光と闇………

それはこの世界が誕生した刻 から永遠に存在し、永遠に消えることのない二つの相反するもの………

           

 

 

人という存在に対し……闇の 中で蠢き、人の世に仇名す闇の世界の住人………

 

それを……妖魔と呼ん だ………

 

人と妖魔の争いは、気の遠く なるほど永く続いてきた……歴史の表に出ることなく………

妖魔と戦う者達……本来は、 弱き人の身で戦う者達………神の力、はては魔術……呼び方は多々あれど、特殊な力をもちて、妖魔を滅する者達………

そして……それらの最上に位 置する者………精霊と呼ばれるこの世界を成す4つのエレメント………

 

 

――――地・水・炎…そし て……風………

 

 

これら4つの精霊を束ねし精 霊王………だが、精霊王と契約した者は、未だ確認されていない………

だが…それは、人にとって諸 刃の剣ともなる……精霊王と契約した者は、神にも匹敵しうる力を得るとまで言われている………

そして……精霊王と契約した 者をこう呼ぶ………コントラクター、と…………

 

 

 

 

 

だが……全てにおいて光と 闇…陽と陰……神と悪魔………

対となるものは必ず存在す る…それは精霊王においても例外ではない………光を護りし精霊王と闇を護りし精霊王………

 

 

そしてこの時代……二人の精 霊王と契約せし者が現われる…………

一人は……風の精霊王と契約 せし、八神和麻………

そしてもう一人は………黒き 炎の精霊王と契約を交わせし……闇乃百合…………

 

 

 

 

 

風の聖痕    黒の断罪者・蒼き継承者

第壱話    邂逅

 

 

 

 

 

日本に存在する妖魔を相手と する屈指の炎術者の一族……神凪………

その本邸の一室にて、二人の 男が向かい合い、座っていた。

このご時世だというのに…畳 敷きの部屋に灯るは、蝋燭ののった蜀台が数本………まあ、雰囲気はあるが……

一人は、片足を義足にしてい る男…神凪現当主:神凪重悟……そしてもう一人は、重悟に仕える神凪の中でも屈指の炎術士:神凪厳馬。

「……して、真か…厳馬?」

「は……間違いありませ ん………倉岡哲夫は、間違いなく殺されたでしょう」

神妙な面持ちで尋ねる重悟 に、厳馬は答える。

二人の腰を落としている足元 には、新聞の切れ端がある……

 

『議員、倉岡哲夫邸強襲!?  犠牲者多数! 倉岡氏は行方不明』

 

見出しには、その文字がデカ デカと載っている。

「ふむ……倉岡は、頼道と交 流があった………何をやったかはしらんが……3年前に、分家を率いて行動したことがあったな?」

「はぁ……あの時は、私も気 付かぬところでしたので………」

億尾にも出さず、厳馬は答え るが、重悟はやれやれと肩を竦める。

「しかし……この晩………微 かだが、炎の精霊達が騒いだ………強大な炎の波動に……だが、それ程強大な炎の使い手なら、我ら神凪の知らぬ者ではないはず……」

「残念ながら……調べはつい てはおりません。風牙衆にも情報を収集させていますが……しかし…恐らく、神凪の者ではないでしょう……分家は愚か、綾乃でも、あれだけの波動はまだ持っ ていない……」

「うむ……解かった。引き続 き、調査をしてくれ………なにか、嫌な予感がするのだ……」

表情を暗く落とす重悟に、厳 馬は恭しく頭を下げ、静かにその場を後にした。

 

 

 

 

 

「趣味ワル……」

内心の不快感を押し隠せず、 八神和麻は表情を顰めて毒づいた……

山手の高級住宅街に鎮座する その建物は、周囲との調和を完全に無視したデザインで、住んでいる者の正気を疑うのに十分な代物だった。

関わりたくないと、本気で 思った……だが、はいそうですかと断るわけにもいかない…なにしろ、和麻は日本に戻ったばかりで、懐が寒いのだから……

大きく溜め息をつき、肩を落 とすも…その仕草には一片の隙もない……

「まあ、仕事だし……諦める か」

自分を納得させるよう呟く。 だが和麻はある妙なことに気がついた。屋敷を覆う闇が、聞いていた以上に深いことを。

これなら霊視力のない一般人 でも、屋敷の周りが薄暗く感じるかもしれない。

(帰ろうかな……)

嫌な予感がひしひしと感じ る……和麻の実力ならば、この程度なら確かに朝飯前に近いが……本気で帰りたいと思ったが、今回は日本での初仕事……特に、この手の仕事は自分の実力を示 さなければ、やっていけない。

仕方ないと割り切って、和麻 は重い足取りで屋敷に向かった。呼び鈴の前に立ち、呼び鈴を押そうとするが………

《……八神様、ですね》

押すより早く、何の前触れも なくインターホンから声が流れる。

《お待ちしておりました。ど うぞ横の通用口からお入りください》

その言葉と同時に、門の左横 にある小さなドアが開いた。そこから勝手に入って来いということらしい。

(随分ぞんざいな扱いだ な……)

やや苛立ちを憶えながら、屋 敷に入ると……中には多くの監視カメラやセンサーの類が溢れている。

よっぽど、腹黒いことをやっ ているのだろう…まあ、だからこそこういう仕事が舞い込むだが……

溜め息をつきながら歩いてい ると……不意に足が止まる。

そのまま、あさっての方角を 見やる……

(なんだ……風が妙に騒ぐ な………)

胸中を駆け巡る予感……だ が、まだそれが良い事なのか悪い事なのか、判別するには至らない………風をその身に受けていると、そこへ屋敷のメイドが出迎えに現われ、和麻は胸に感じた 違和感を取り敢えず抑え込み、屋敷の依頼主のもとへと案内された。

 

 

 

(帰っときゃよかった……)

案内されたリビングに入った 時、和麻は自分の選択を心底後悔した。

リビングには、偉そうにして いる貧相な小男…一応、依頼主の坂本某だ……そしてもう一人……男が待たされていた…一応、顔見知りだ。

その男は和麻を見ると一瞬驚 愕の表情を浮かべたが、すぐにニヤリと唇を歪め、蔑むように罵った。

「なんだ、もう一人の術者と はお前のことだったのか、和麻。神凪の嫡子でありながら、無能ゆえに勘当されたお前が、よくも術者などと名乗れたものだな?」

説明的な台詞は明らかに坂本 に聞かせるためだろう。

その術者は神凪の分家の一つ である結城家の末子である結城慎治である。彼は実に愉しそうに和麻を馬鹿にする。

和麻も敢えて言い返そうとは しない…炎の才がなかったのは事実だし、言い返しても無駄だと悟っているのだろう。

だが、その言葉に過剰に反応 したのか、坂本が胡散臭そうに見やる。

「話が違うじゃないか。一流 の霊能力者だというから、君を雇ったんだぞ!」

和麻はヤレヤレとばかりに、 肩を竦め、答える。

「仲介人が何を言ったのかは 知りませんが……不服なら俺は帰りますが?」

「ふむ、そうだな……」

坂本は腹黒さを感じさせる卑 屈な眼で、なにかを思案している。

その様に、和麻は心底嫌悪し た。

(ちっ……所詮はこの程度 か。だがまあ……この際贅沢は言えんか。俺も金を稼がなきゃ食っていけないからな)

自身を納得させると、坂本は 話を切り出した。

「こうしてはどうかね? 二 人に除霊してもらい成功したほうにだけ金を払おう。ああ、無論失敗した方にも前金を返せとは言わんよ」

「いい考えですな」

ふざけた言い草だが、慎治は 即座に了承した。さらにはバカに仕切った顔つきで和麻に問う。

「お前はどうする?」

「………別に」

和麻もしぶしぶながら承諾し た。だがその言葉に慎治は過剰に反応する。

「ふん! 無能者は降りても いいんだぞ? 指をくわえて見ていろ。炎術の手本を見せてやる!」

「手本、ね……言うように なったな、分家の末っ子ごときが」

「き、貴様っ!」

見下していた相手に、逆にバ カにされ慎治は激昂した。

依頼人の前であるが、拳を握 り和麻に殴り掛かる。

だが……和麻は流れるような 動きで顔に向かっていた拳を叩き落し、そのまま横に回り込み、後ろから軸足を蹴り払った。

重心を失い…体勢を崩された 慎治はそのまま後ろに倒れ込んだ。

「く、くそっ!」

後頭部をぶつけそうになった が、慎治はかろうじて受身を取り、素早く立ち上がり再び身構える。

だが、慎治は誤解していた… もし和麻が本気を出せば今の一瞬で、慎治を再起不能にすることなどワケはない。だが敢えてそれはしなかった……別に再起不能にしようが、殺そうが構わな かったが、今は依頼人の前だからだ。

そんな勝ち誇った態度さえし ない和麻に、慎治は激しい怒りを覚える。

「そこまでにしてもらおう」

不意に制止の声が掛かり、2 人は同時に声の主に振り向いた。

「君達を呼んだのは試合をし てもらうためじゃない。この部屋の調度はどれ一つとっても見ても君達に払う報酬よりも高いんだよ。乱暴な真似をされては困るな」

自らを賞賛するような口調 に、和麻は心の中で吐き捨て、慎治から視線を逸らす。

「ん……?」

その時、和麻はすぐ間近で漂 い始めた妖気を感じた。

「……来たか」

屋敷中の妖気がリビングの一 転で焦点を結ぶ。和麻はさりげなく、妖気と自分との間に坂本と慎治を挟む。

「何だと? 何が……」

和麻に遅れること十秒以上、 妖気が黒く濁り出すに至ってようやく慎治も気がついた。

「むう、出たかっ!」

「な、何だね? どうしたん だ?」

唐突にリビングに充満した異 様な気配……緊張感が漂い、尋常ではない様子に坂本は怯える。

その横で慎治は既に術を行使 するように集中している。その代わりに和麻が律儀に坂本に答える。

「お仕事の時間だよ。あんた に取り憑いた『悪霊』とやらが出てきたのさ」

だがそれは悪霊と言うには強 すぎる気配。悪霊とは本来、人間の霊が変化したもの。その強さは抱える怨念によっても違うが、ここまで強大な力を得ることなどほとんどない。

しかし今この空間を埋め尽く す妖気はかなり強い。悪霊と証するにはあまりにも異常だった。

(どういうことだ? 仲介人 の話とは随分違うな)

 

――――ま、初仕事ならこん なものだろ? あんたの実力が噂どおりなら、片手で捻れる悪霊だよ―――

 

仲介した男は確かにそう言っ た……こういった仕事ほど、実績が問われる。

彼らの仕事はある意味術者よ り信用が命だ。これほど大きなミスを犯すことなど、まずありえない。

そんないい加減な仲介人が生 き残れるほど、甘い業界ではない。

(ハメられたか? ま、いい さ。お手並み拝見といこうか)

和麻は壁に凭れながら腕を組 み、見物に回った。

 

 

悪霊の出現に備え、慎治は精 神を集中していた。出現した瞬間に焼き尽くそうというつもりらしいが、彼は油断していた。たかが悪霊ということに……それは命を懸ける場において、あまり に愚かな行為だ。

術者でなくても、一流の者な らば、いついかなる時も慢心せず、細心の注意と全力をもって挑まなければ、生き残れない。

(ったく、所詮は分家の人 間…いや、神凪だからか………)

和麻は呆れたように慎治を見 る。

「おい…まあ、気をつけろ よ」

「ふん、貴様のような無能者 に心配してもらう謂れなどない!」

慎治はつまらぬ虚勢と聞こえ たのだろう……無視し、集中を続ける。

妖気はさらに巨大になり、慎 治は胸の前で透明なボールを構えるように両手を合わせ、その掌の間には小さな炎が宿る。

(あの程度か?)

和麻は明らかに呆れ切った眼 でその炎を見る。

あの程度の奴に退魔を任せて いる時点で、神凪という質も落ちたものだと思わざるをえない……たとえ、それが自分のいた一族でも………

こうやって、客観的に見れる ようになったのも、ある意味自分も変わったからかもしれないが………

そして、怨嗟に満ちた声が空 気を振るわせ、悪霊が姿を見せる。その溶け崩れた顔が、すべての生ある者に無限の憎悪をぶつける。

「ひぃっ」

「はああぁっ!」

悲鳴を上げる坂本に眼もくれ ず、慎治は鋭い気合と共に必殺の炎を放った。悪霊はその炎に浄化され跡形もなく滅び……

「……阿呆」

和麻は一言呟くと、次に起こ るであろう火事に対して備えた。

悪霊の苦鳴が響き、襲い掛 かった炎が周囲に拡散した。

「がああああああっ!?」

爆発した炎に巻かれ、慎治は 絶叫した。また無意味に広いリビングが火の海と化した。

この悪霊は火の属性を宿して いた……そして、その背後から現われる火の妖魔。

慎治の炎を喰らい尽くした妖 魔は、ただただ自分になす術もなくやられた慎治を嗤った。

彼ら、神凪の分家の人間は確 かに神凪の宗家と同じように、破邪の力を秘めた炎を有している。普通の炎のように、分子運動を加速させることで生じる物理的現象ではない。不浄を焼き払う 神秘の力を有する。

だがそれは血筋による力でも ある。血が薄れていくにつれ、その能力が低下することが必然である。分家の人間が最高位の炎である『黄金』を失って久しい。

炎の属性を有する妖魔が相手 ならば、放った炎を逆に吸収されることもあり得るのだ。

和麻は無表情に煉獄と化した 居間を傍観している。

そう言えば……ここにある装 飾品は依頼料よりも高いとかほざいていたな、と思っていた。

「死んだか?」

和麻の周りには清涼な風が取 り巻き、荒れ狂う炎が近づくことさえ出来ないでいる。また熱も遮断されているのか、汗一つかいていない。

 

「た、助けて……」

和麻の足元で黒い物体が呟 く。

何気に視線を落すと……そこ にはいつ結界内に入ったのか、坂本が這いずるようにいた。

「ああっ、た、助けてく れっ」

坂本は叫びながら、亡者のよ うに和麻の足にしがみ付く。

「………助けてほしいか?  だったら、追加料金に一千万払いな。俺は『悪霊祓い』を依頼されたが、こいつはそんなレベルじゃないんでな…こいつクラスになると、契約金じゃ割が合わね えし、それに俺はあんたを護るっていう依頼なんて受けてねえし、勿論そんな義理もない」

まるで悪魔のように無情に言 い放つ。だが和麻はこんなクズじみた依頼人に情けをかけてやるほどお人好しでもない。

無表情に見下ろす和麻の視線 は、間違いなく実践しなければ自分を見捨てることを躊躇うことなく実行する意思を感じさせた。

そして、さらに決断を急がせ るように炎が襲い掛かってきた。

「熱っ、ひっ、ひぃっ、た、 たしゅけて! 払います!! 一千万出します!!」

涙目になりながら坂本は叫 ぶ。

たとえ、どれだけ散財しよう とも、大切なのは自分の命だ。

「まいどー」

和麻は表情を変えずに短く告 げると、眼前の悪霊を睨む。

「さて、と……んじゃ、お前 には消えてもらうか………」

先程までの軽薄そうな雰囲気 が抜け……戦士としての顔を浮かべる和麻の周囲の空気が変わる。

「邪魔だな」

ポツリと呟くと右手を横薙ぎ に振るう。その手に押し出されるかのように荒れ狂っていた炎がまとめて窓の外に放り出される。炎は草木に燃え移ることなく散り散りになって霧散する。

室内には歪んだ表情を浮かべ る妖魔のみが残る……そして、風が吹き荒れる。

だが、和麻はただ静かに佇ん でいるだけ。手もポケットに突っ込んだままだった。指一本動かさない。

しかし、まるで意志をもつか のごとく、風は吹き荒れ、炎を蹴散らしていく……もはや、実力の差ははっきりと現われている……妖魔は抵抗すらできず、されるがままに身を斬り刻まれてい く。

「これで……」

和麻は最後にゆっくりと右手 を上げる。霊視力のある者なら、その手に集った精霊の密度に恐怖しただろう。

「終わりだ!」

恐ろしいまでのスピードで右 手を振り下ろす。右手の延長上に伸びた不可視の刃が空気分子すら切り分けながら、妖魔を真っ二つにした。

音もなく、霊子の欠片さえ残 さずに消滅していく妖魔を、和麻は冷めた目で見ていた……

 

 

「おい…終わったぜ」

和麻は床に未だ転がったまま で呆然としている坂本に告げる。

「金は三日以内に振り込んで おけよ。さもないと、この世に生まれてきたことを後悔することになるぞ?」

脅すように睨むと、その殺気 を感じ取ったのか、坂本はブンブンと首を縦に振る。

「わ、解かった。金は三日以 内に払う……しかし、結城君には悪いことをしたな。まさかこんな大事になるとは思ってもみなかったよ」

そんな坂本の言葉に反応し、 和麻はゆっくりと慎治の成れの果てらしい消し炭に近付く。

「忠告してやったはずだぞ、 ばーか」

過信した慎治が全て悪い…… 最初から全力でぶつかれば、少なくともこれ程一方的に負けることはなかっただろう……全て、自分の慢心が招いた結果……自業自得だ。

和麻はその成れの果てを思 いっきり踏みつけた。その行為には流石に坂本も声を荒げる。

「な、何をするんだ!? 君 達の間で何があったか知らないが、死体を辱めることはないだろう!?」

「ばーか………死んでねー よ」

ボソリと吐き捨てると、和麻 は何度も繰り返し踏みつける。すると表面を覆っていた炭が剥がれ落ち、ほとんど焼けどもしていない肌が現われる。

「こ、これは……」

眼を丸くする坂本……少なく とも、ここまで肌が炭化しては、命はないと常識的に思ったからだ。

「神凪の人間は皆、炎の精霊 王の加護を受けている。分家の人間だってこの程度の炎じゃ死にはしない」

そして和麻は自嘲するように 唇を歪め、こう付け足す。

「俺は例外だがな」

「うっ…ぐっ………」

何度も蹴られ、ようやく気が ついたようだ……ゆっくりと身を起こし…周囲に先程まで漂っていた気配が消えたことを悟ると、驚いたような眼で和麻を見やる。

「お前が……やったのか?」

「見りゃ解かるだろう」

揶揄するような口調で囁か れ……意識がずっとあったことを見抜かれ、慌てたように言い訳した。

「気付いてたのか……さぼっ たわけじゃない、本当に動けなかったんだ」

「んなこと俺が知るか。それ に見苦しい言い訳をするな、バカが」

和麻は冷たく言い捨てると、 背中を向けて立ち去ろうとする。だが慎治は立ち去ろうとする和麻に、慌てて声を掛ける。まだ聞かなければならない事がある。

「なぜ戻ってきた?」

その問い掛けに、和麻は歩み を止め……背中越しに答えた。

「………答える必要はないだ ろう。俺のことなど、神凪にはもはや関係ないんだからな」

慎治はさらに険しい表情を浮 かべる。

「……何を企んでいる?」

「さあな……」

はぐらかすように答え、肩を 竦める。

「神凪に戻ってくるのか?」

その言葉に、和麻の表情が変 わる。

「死んでもゴメンだ……」

吐き捨てるように呟く……神 凪など、自分にとってはまさに苦痛の場所でしかなかった。

そんな場所へ好き好んで戻り たがるほど、和麻は人ができていない……復讐するなら、話は別だが………もう話すことは無いとでも言いたげに、和麻はその場を後にした。

慎治は言い知れぬ不安に襲わ れながら、その離れていく和麻の背中を見ていた。

(一刻も早く宗主に報告せね ば……)

慎治の不安はある意味で的中 した。

 

 

……神凪を滅亡へと追い込む 狂気の宴は、この瞬間…いや……もっと以前から既に始まっていたのだから………

 

 

 

 

 

屋敷を後にした和麻は、軽く 背伸びをしながら疲れを示すように肩を鳴らす。

「やれやれ…しょっぱなから 面倒くさい仕事だったな………」

軽く愚痴るが、それでもかな り稼げたので、結果的にはよいだろう。

不意に、和麻は夜空を見上げ た……先程、屋敷に入る前に感じた微かな風のざわめき……あれが、なぜか胸中から離れない。

その時……和麻の脳裏に、な にかの波動が駆け巡った。

(こいつは……炎……神 凪………いや、炎の質が違う………)

かなり離れた場所から感じる 炎の波動…神凪の人間ではない………炎の性質が違いすぎる……しかも、その桁が段違いだ。

「……やれやれ、もう一仕 事…厄介なことになりそうだ」

コントラクターである以上、 妖魔やそれに関する事象を見逃すことはできない…愚痴り、風を纏いて和麻はその波動を感じる場所に向かって駆けた。

 

 

 

 

和麻が波動を感じた場所より 数キロ離れた大きな公園………小さな森が生い茂り、街灯が微かに闇に灯る。

その公園の中心………そこに は異様な空気が立ち込めている。

街灯の上には、まるで狼のよ うな黒い獣が獰猛な唸り声を轟かせている…その街灯から微かに離れた場所に佇む漆黒のコートを羽織った黒髪の女……獣と女の周囲には、喰い散らかされたア ベックと思しき人の死体が転がっている。

牙を向く獣に対し、女は無言 のまま…手をコートのポケットに突っ込み、構えもしない……だが…それでもなお、女の周囲には威圧感のようなものを感じ、獣も迂闊には動こうとしない。本 能的に、眼前の相手は危険だと悟っているのだろう……数秒…いや、数十秒だろうか………

緊張が極限に達し……弾かれ たように獣が飛び掛かった………抉られるコンクリート…だが、そこに立っていたはずの女の姿はない……次の瞬間、女は宙を舞っていた…黒髪を靡かせ、流れ るようにコートの裏から取り出した鞘から刀を抜き、獣に向かって投擲した。

刀が獣の身体を貫く……苦悶 を上げる獣に向かって、女は頭上から降り立ち、右手で獣の顔を掴み込んだ……

「……悪いわね」

呟くと同時に、女の右手から 黒い炎がこもれ……獣を焼いた………

断末魔の悲鳴を上げ、消滅し ていく獣…いや……獣の形をした妖魔………その消滅していく身体から立ち昇った黒い瘴気が、女の右腕に吸い込まれていく……漂っていた瘴気を全て自らの身 に吸い込ませると……女はガクンと膝をついた。

「はぁはぁはぁ………」

右手が疼く……もっと生命を 寄越せと………

呼吸を整え、女は右手をだら んと垂らし、左手で刀を抜き、鞘へと収める。

「……神凪………お前達に復 讐するまで…私は、修羅だろうが…悪魔だろうか……なんにだってなってやる………」

身の内に宿る憎悪という名の 炎……それが女の力の源だった………

足早にその場を去ろうとする と……その時、強い波動を感じ、足を止める。

(この感じ……コントラク ター………? 私以外の……?)

疑念を憶えながら、周囲を構 えていると……不意に風が吹き荒み、気配が現われた。

女が振り向くと……そこに は、風を周囲に纏った和麻が佇んでいた………

和麻はどこか警戒した面持ち で女を見ていたが……月明かりが二人の顔を照らした瞬間、女は眼を見開いた。

 

 

 

「……翔…麻…………」

 

 

 

呆然と呟く女に対し、和麻は 困惑を浮かべた。

 

 

 

 

 

これが……この世界に現われ た二人のコントラクター………

八神和麻と闇乃百合の出逢い だった………

 


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