夜の闇が拡がる………黒の復讐者を後押しするように………

 

黒髪と漆黒のコートを靡か せ……百合はゆっくりと歩く………

自らの生き甲斐………胸の内 に焦がれる憎悪の炎………

 

ここに至るまでに潜り抜けて きた日々が脳裏を駆け巡る………自身を捨て…力を求めた……そのためなら、自分自身などどうでもよかった………もう、失うものなどなにもないのだか ら………

唯一百合のもとに残っている ものは、自身の命のみ……だが、これは復讐さえ果たせばどうでもいいもの………

不意に、胸元の水晶が煌 く……それをそっと握り締める。

これは自身への誓いであると 同時に、戒めだ………自身の中の憎悪を決して絶やさないために……そして…百合の感覚が獲物を捕らえた………

 

「数は……3か」

 

小さく呟くと、コートの裏側 に忍ばせていた愛刀に手をかける。

 

 

「さあ………断罪の始まり よ………神凪……」

 

 

刹那……黒い炎が百合の周囲 に舞い上がった………

 

 

 

 

風の聖痕    黒の断罪者・蒼き継承者

第参話    血の狂宴

 

 

 

 

「くそっ!」

同日深夜……慎治は、ムシャ クシャしながら毒づく。

宗主の前で自らの失態を語 り…さらに、無能者扱いされていた和麻によって仕事をあっさりと奪い取られた……それに対し、他の分家や長老衆はこぞって慎治を見下した。

 

―――――無能者に負けた愚 か者

 

いくら慎治が和麻の危険性を 訴えようとしても、聞き入れもしない。

それどころか、自分は謹慎処 分を受けた……やり場のない怒りを胸に残しながら、慎治は同じ分家連中と憂さ晴らしに街に出ようとしていた。

宗家を後にし、やや離れた集 合場所へ向かっていると……

 

ギャァァァァァァァァァ

 

まるで夜の闇を裂くような悲 鳴……しかも、それは今自分が向かっていた場所から響いてきた。

眼を見開き、慌てて慎治はそ こへ向かう。

慎治がその場へと到着する と……

「し、慎治!」

待ち合わせをしていた二人の 内、一人が縋るようにこちらに這うように向かってくる…腰が抜けたように足が立たないようだ。

慎治が視線を奥へ向ける と………ギョッと眼を見開いた。

黒い人影が、男の首を絞め上 げ……その身体は人影の持つ刀に貫かれていた………

人影が、まるでゴミでも捨て るように殺した男の身体を放り投げる……

月明かりが……闇に覆ってい た顔を照らす。

闇の下から現れたのは、黒髪 の女だ……

「な、何だ……お前はっ!」

その眼を見た瞬間、慎治は足 元が震え上がった……眼前の女は、到底自分が敵うはずもない相手であることを本能で察したのだ。

「………神凪の者」

黒衣の女……闇乃百合はゆっ くりと口を開く。

「お前達は……一人も生かし ておかない…………決して」

口調にはっきりと表れる殺 意………自分達へと向けられるはっきりとした敵意………

「うっわぁぁぁああ!!」

それに恐怖し、一人が逃げ出 そうとする……だが、逃すまいと百合は握っていた刀:禍火 神(マガツガミ)を男に向かって投げ放った。

鋭く飛ぶ刀は、慎治の真横を 通り抜け……逃げ出そうとしていた男の首から刺さり、刃が口から飛び出した。

血が噴出し、絶命した男はそ の場に崩れ落ちる。

それを確認した慎治は、恐怖 に顔を歪め、その場に座り込む。

百合はゆっくりと歩み寄って くる……響く足音は、死神の歩みに聞こえた。

いや……死神そのもの だ………

「ひっ……く、くる な…………っ!!」

恐怖が極限に達した慎治は、 我武者羅に炎を掻き集める……手の中で強くなる炎…ここにきて、死への恐怖が慎治に全力を出させたのか…先の妖魔との戦いとは比べ物にならない程強い炎が 作り出されるが……百合はまったく動じた様子も見せず、歩み寄ってくる。

「うっ、う わぁぁぁぁぁっ!!」

慎治はその炎を百合に向かっ て放った。

炎の塊が真正面から向かって くる……だが、それに対し百合は防御も回避もしようとしない。

炎が百合に着弾し……百合の 姿が金色の炎に包まれる………魔を浄化する最高位の炎だ………

「ひゃ……ひゃった!」

うまく舌が回らない慎治は、 歓喜の声を上げる。

だが……次の瞬間、突如とし て百合を覆っていた炎が天へと立ち昇っていく。

唖然となる慎治……立ち昇る 炎の中心には……まったくの無傷の百合が佇んでいる。

いや……慎治の炎は、百合の 周囲で止まり、百合にはまったく当たっていなかった。

上昇する炎によって、黒髪が 上へと靡き…瞳を閉じている百合………

「………この程度? 炎の神 凪………」

揶揄するような口調で…ゆっ くりと眼を見開く。

その瞬間、慎治は絶句し た……真紅と漆黒のオッド・アイに………全身から漂う殺気と威圧感……慎治は、触れてはならないものに触れたという感覚に陥った。

炎が完全に拡散し、百合は ゆっくりと近付いてくる……慎治の眼前に立つと…無造作に座り込んでいた慎治の腹を蹴り上げた。

声にならない悲鳴を上げ、慎 治は吹き飛ぶ。

「あがっ…あぁ……」

呻き声を上げる慎治……仰向 けに倒れている慎治の左腕を、百合は踏み付ける。

駆け抜ける激痛……百合は踏 み付けた場所を抉るように踏み…力を込める………

 

――――― グシャッ……

 

鈍い音が響いた……慎治の左 腕の骨が完全に砕かれた音だ………百合は乱暴に慎治の首を掴み……その身体を持ち上げる………右手には、禍火神が握られ…刀身は、先程の男の血で真っ赤に 染まっている。

刀を振り被り、右脚を貫 く……悲鳴を上げたくとも、首を絞めつけられているため、声も出せない……貫いた場所から抜き取ると、今度は左脚を斬り落とした。

噴出す血……慎治はもはやま ともに動いていない思考で理解した……自分は完全になぶられているのだと………

この人身の死神は、慎治の恐 怖と絶望を喰らっていた。一息には殺さず、じわじわと弄び、儚い抵抗を愉しんでいるのだ。

傷だらけになり…もはや生け る屍となった慎治………足元には、血の池ができている。

その池に佇む百合……真紅に 染まった右眼に、黒い炎が宿る。

「………よろこびなさい…… お前が…私の炎の……神凪滅亡の最初の一人よ…………」

聞こえてもいない慎治にそう 告げると……百合の左腕から、炎が舞い上がった。

黒い炎が慎治の身体を焼き尽 くしていく………

数瞬の後……黒こげとなった 慎治の死体が……いや、微かに人の姿を留めた消し炭がその場に転がった。

腐っても、神凪か……と、百 合は毒づいた。

仮にも炎の精霊王の加護を受 けているだけはある……完全に燃やし尽くすことができなかった………

踵を返し……神凪の本邸へと 向かおうとした瞬間、唐突に殺気を感じ、百合は跳躍する。

次の瞬間、虚空に何かが薙ぐ 音が響いた。

着地した百合が顔を上げる と……そこには異様な雰囲気を醸し出す人影が立っていた。

いや……人の身ではな い………禍々しいまでのこの気配は………

静かに禍火神を構える百 合……刹那、無音の中から鋭い斬撃にも似た衝撃波が襲い掛かってくる。

「ちっ」

微かに舌打ちし、衝撃波を刀 で防ぎながら移動する。

(風の使い手………あの男 じゃない………)

脳裏に、先程出逢った和麻の 顔が過ぎるが、あの男とは風の質が違う。

思考の中にいる百合に、容赦 なく風刃が縦横無尽に放たれ、周囲のものを切り裂いていく。

いつまでも遊ぶ気のない百合 は、瞬時に右手に黒い炎を収束させる。

動きを止めると同時に、その 影に向かって黒炎を放った。

黒い炎の塊はその影を包み込 む……だが、次の瞬間には、黒い炎を拡散させた。

周囲に風を張り、真空状態に して炎の伝達を中和した……どうやら、予想以上の相手のようだと百合は思った。

冴え渡る月光の下、凶々しい 影が浮かび上がる………それはどこか歪んだ…それでいてどこか人目を引き付けてやまない…異界の美ともいうべき美しさをはらんだ光景だった。

(風の妖魔……)

構える百合に向かって、影は 再度風刃を放った。

次の瞬間、百合の頬に紅の一 線が走る……先程よりも速い………

一瞬、気を逸らされた百合に 対し、風刃が幾条も襲い掛かってくる……それを回避するも、身体を掠り、血が飛び出す………だが、百合はフッと笑みを浮かべる。

「悪いけど……あんたとこれ 以上、遊ぶ気はないのよ………」

冷たく言い捨てると…右腕全 体から黒い炎が沸き立つ。

「はぁぁぁっっ!!」

鋭い咆哮とともに放たれる黒 い炎の渦……それは影に突き刺さり…先程と同じく、届かない…かと思われた炎が、風を貫通し、影に突き刺さった。

身体の一部が燃え上がり、影 は寄声を上げる。

だが、次の瞬間には、影は風 を周囲に纏い…その場から消えていく。

「逃がさ……っ!」

追おうとした瞬間、ガクンと 百合の身体がその場に崩れそうになる。

「あっ…ぐっ………時間切れ か……」

身体中から黒い靄のような渦 が立ち昇る……今日は、ここまでだ。

意識を失いそうになる身体に 鞭打ち、百合もその場を離れた………

 

 

彼らが去った後には、破壊と 殺戮の惨状のみが残された……もはや、人であったかも識別できない程細切れにされた肉片……生臭い臭気の漂う…………

 

 

 

 

惨劇の幕が上がる……神凪を 滅亡に導く序章として………

 


BACK  BACK  BACK




inserted by FC2 system