風の聖痕    黒の断罪者・蒼き継承者

第四話    策謀

 

 

 

 

 

「まだか!? いつまでかか る兵衛!!」

「……しばしお待ちを」

背後で急かす男に、兵衛は振 り向きもせず答え、そっと瞑目した。その両手はまるで水でも掬うかのように窪めて、前に差し出している。

ひゅるりと兵衛に向かい風が 吹いた。風が空気に中に漂う残滓を運び、兵衛の掌に落としては過ぎ去っていく。掌にたまっていく妖気を誰もが息を呑んで見詰めていた。

屋敷から僅かに離れた場所 で、三人の肉片が発見されたのは、翌朝になってからのことだった。その信じられない事態に、神凪一族は震撼した。

それも当然だろう。ほぼ眼と 鼻の先で身内が三人も殺されたのに、それを防ぐどころか誰一人気付きもしなかったのだ。

事実の究明のために、直ちに 風牙衆が招集された。そして兵衛自ら空気中に残る妖気をかき集め、敵の正体を洗い出しにかかった。

兵衛の掌には、二つの気が収 束される。

兵衛はそれに微かに動揺を見 せたが、それをすぐさま隠す……だが、一人だけはそれを見逃さなかった。

「ぬう……」

「こ、これは……」

呻きにも似た声が漏れる。兵 衛の再現した気はほんの掌大の大きさに過ぎない。

だがその妖気の禍々しさと総 毛立つほどの冷気はその場にいた者達を………名高き神凪の術者達を恐怖させるには十分だった。

「これは……どうやら、片方 は妖気のようですが、もう片方は区別がつきませぬ。ですが、これは紛れもなく炎の気配……そしてもう一つは、風術によるものです。それも風牙衆よりも桁外 れに強力な術者が……恐らく、どちらかが三人虐殺した犯人でしょう」

その報告に……神凪の術者達 は震撼する。

風だけならまだしも……神凪 の術者が炎によって殺されたなど、笑い話もいいところだ。

「ふん! 兵衛、貴様も耄碌 したな! 神凪が炎で殺られるはずなどない!」

「そうだ! 炎の気配は慎治 達のものであろう、やったのは風の術者とやらに決まっている! いったい、それは誰の仕業なのだ!?」

「これ以上のことは、もう少 し時間を頂きませんと………」

当然の詰問に兵衛は言葉を濁 す。

「さっさとやれ!! それだ けが貴様の取り柄だろうが!!」

「やめんか」

重悟は罵倒する術者達を黙ら せ、兵衛に労いの言葉を掛ける。

「そうか、ご苦労だった。も う下がっていいぞ……ところで…」

一旦言葉を呑み込みそうに なったが……躊躇うように尋ねた。

「流也の具合はどうだ?」

宗主が自分の息子に気をかけ ていることが意外だったのか、それとも同情だったのかは兵衛には感じえなかったが、兵衛は表情をやや顰めて答えた。

「は……なんとか、自分であ る程度なら動けるようには回復してはおりますが…あの一件以来、私を含めた親類以外とはほとんど逢いたくないと……」

兵衛はやや周囲を緊張した面 持ちで見渡しながら小声で答えると、重悟もやや表情を苦くした。

「神凪一族のお役に立てるほ どに回復することはもう……不甲斐ない息子で、申し訳ありません」

「致し方あるまい……流也を 責めるな、養生させてやれ」

重悟のいたわりの言葉を受 け、兵衛はひれ伏し、感謝の意を表す。

「は…ありがとうございま す。部下に指示を出さねばなりませんので、これにて……」

「よろしく頼む……期待して いるぞ、兵衛」

風牙衆の長は、無言で口頭し て、その姿を消した。

 

 

 

 

神凪邸には、ある種の険悪な 雰囲気が漂っていた。

身内が三人も殺され……犯人 は、風術師。神凪に深い恨みを持つ者。ある意味予想通りの報告に誰もが同じ思いを浮かべる。絶妙なタイミングで日本に戻ってきた男の名を……

「和麻じゃ! 奴は復讐のた めに力を身につけ、日本に戻ってきたのじゃ! 者共! 裏切り者の和麻を殺せ! 一刻も早く和麻を奴を見つけ出し抹殺するのじゃ!!」

金切り声で喚き散らしている のは先代宗主、頼道である。現役を引退しても尚、先代の威光を嵩に来てわがまま勝手に振舞っているのだ。

一族のほぼ全員に嫌われてい るが、本人だけがそのことにまったく気付いていなかった。

「父上、先走りすぎです。和 麻がやったという証拠は何一つないのですよ」

重悟は頼道の暴走を押さえよ うと口を挟む。

「手ぬるいっ! 和麻以外に 誰が……」

「先代、少し黙って頂きた い。貴方が口を出すと話が進みません」

耳障りな声で喚く頼道を厳馬 が冷然と遮った。その眼に浮かぶ侮蔑を隠そうともせずに……大した実力もないくせに、謀略の際と一族内のパワーバランスによって宗主に選ばれたこの男を、 厳馬は心の底から軽蔑した。

頼道が宗主の地位にあった三 十数年間、神凪の力は史上最低にまで落ち込んだ。

神凪の象徴の神剣・炎雷覇を 頼道は制御できず、かといって最強の呪法具を他人に委ねる器量も持たない。

その結果、炎雷覇は重悟が宗 主になるまで倉庫に死蔵されていた。

厳馬は思う……これほど愚か な話しはない、と。

宗主の地位は最強に術者が継 ぐ、それが厳馬の信念だった。ゆえに、重悟が宗主となったことを恨んでいない。自分の力が及ばなかっただけと納得している。

頼道に信念がない…あるのは 権力欲のみ。しかも、未だに先代の地位を振り翳し、勝手なことを起こす…3年前も、厳馬や重悟のあずかり知らぬところで分家を動かしたとの報告もあった が、それを無理矢理揉み消した……権力の乱用に、厳馬は露骨に嫌悪し、頼道もまた激しく嫌悪していた。

伯父と甥と言う近しい関係に あるだけに、二人の憎悪は一層激しく、深いものになっていた。

「お主、和麻を庇おうとして いるな? いや、これはお主の企みなのではないか? 和麻に異国の術を学ばせ、重悟と綾乃を殺し、煉に宗主を継がせるつもりではないだろうな?」

頼道はその矛先を厳馬に向け る。悪意が物質化し、粘液となって糸を引きそうな物言いに、周囲からざわめきが起きる。

「それは下衆の勘繰りと言う もの」

厳馬もまた同じように非礼な 言葉で返す。彼はまったく気にも留めない。この男の言葉など彼にとって蚊に刺されたほどにもない。

「父上! いい加減になされ よ!」

しかし重悟は、この暴言を聞 き流すことはできなかった。強引に退場を促す。

「先代はお疲れのようだ。自 室に下がって頂け」

「待たぬか重悟! 厳馬を信 じてはならぬ! 儂の言うことを聞かぬと、必ず後悔することになるぞ!」

頼道は両脇を抱えられなが ら、荷物のように運ばれながら消えた。

「申し訳ない。父の暴言、私 の顔に免じて許して欲しい」

重悟は畳に両手をついて頭を 下げる。厳馬は如才なく応じた。

「気になさることはありませ ん。先代も神凪を愛すればこそ、あのような発言をなさったのでしょう」

空々しいやり取りを終える と、二人は顔を見合わせ和やかに笑った。

『この話はここまで』と言う 暗黙の了解を得て、実務的な打ち合わせに入る。

「和麻の仕業…と、否定はで きんが…厳馬、お前も感じたか……あの場に残った炎の気配……」

神妙な面持ちで語る重悟に、 厳馬は頷く。

「はっ……あれはまさしく、 炎の精霊……しかし、それは我ら神凪にとって忌むべき炎の色……」

苦い口調で語る厳馬……伊達 に、神凪における神炎使いではない。

二人が話す内容の意図が掴め ず、他の面々は首を傾げ、ざわめていている。

重悟と厳馬は微かに感じ取っ ていた…あの場に残った、炎の気配を……慎治達のような分家の人間では決して得られない炎………黒炎を………

精霊王の加護を受け、神炎と 呼ばれる炎には、様々な色が宿る…一般的な赤い炎、魔を浄化する金色の炎……そして、神炎使いには各々の特質が炎に表れる。

重悟は紫…厳馬の蒼……だ が…長い神凪の歴史において、黒い炎を使う者など決して存在しない……なぜならば……

 

 

――――黒い炎……それは破 滅の炎………全てを滅ぼす忌むべき炎…………

 

 

神凪が加護を受ける炎の精霊 王とは完全に対極に位置する炎なのだ。

「……今回の件、どうやら厄 介な事態を起こすやもしれん…我らの時代に、暗黒面の炎の使い手が現われるとは……しかも、神凪に敵対している………」

「宗主…まだ、そうと決める には早計です。先代の言ではありませんが、和麻がタイミングよく日本に戻ったことも引っ掛かります。取り敢えず、炎の使い手に関しては、調査を進め、先ず は奴を一度呼び出して、話を聞いた方がいいでしょう」

厳馬の口調は至って平静だっ た。到底、自分の息子を詮議している雰囲気ではない。

「和麻は大人しく従うか な?」

「従わなければ、力ずくで引 き摺ってくるだけのこと。少しばかり力を身につけたところで、所詮は和麻。二、三人でかかればたやすく捕らえられましょう」

「ふむ……よかろう、人選は 任せる。ただし、あくまで穏便にだ……決して無理強いはするな」

力任せで和麻を連れてこよう ものなら、それこそ和麻は神凪を敵視するだろう。

重悟とて和麻の仕業とは思い たくはないが、常に可能性は踏まえておかなければならない……それになによりも、重悟自身も和麻がどれほど成長したか見てみたかった。

その心持ちは、子の成長を思 う親のそれであっただろう……少なくとも、実の父親であるはずの厳馬よりも……

「御意」

そんな重悟の心持ちとは裏腹 にやはり人事のように平静に、厳馬は息子の捕縛命令を受け入れた。

 

それから後……対策が講じら れる中、神凪本邸には、小さな朗報が伝わった。

「綾乃様がお帰りになりまし た」

さらに対策を練る二人に…特 に重悟には、嬉しい知らせが届いた。

「おお、戻ったか!」

重悟の顔が緩み、厳馬は覚め た眼でその様子を眺める。待つほどもなく、彼女が現れた。

スパーンと景気よく開いた襖 の先に、その場にいる全員の視線が集まる。

「ただいま帰りました、お父 様!……って、どうかしたの?」

威勢良く現れた少女は、場の 雰囲気に気づくと訝しげに訪ねた。腰まで届くまっすぐな黒髪がかしげた首の動きにあわせて波打つ。

光り輝く美少女だった。少女 の出現と共に、暗くよどんだ空気が一掃されていく。

その身から溢れ出す霊気が、 室内を一気に祓い清める。正体不明の敵の出現、そして身内の死……暗い話題をつき回していた者達は、眩い輝きが不安や焦燥を消し去っていくのを感じた。

朱を刷いた金……まさに太陽 そのものの輝きの前に、全ての暗い波動は存在することを許さないただそこに在るだけで、闇を祓い、光をもたらす強大な霊威。

炎雷覇の継承者にして次期宗 主の地位を約束された者…それが重悟の愛娘、神凪綾乃だった。

「報告はどうした、綾乃」

重吾が娘を嗜めた。緩みきっ ていた顔は、既に別人のように引き締まっている。娘の誇れる格好良い父親でありたい……それが重悟の信念だった。

「失礼いたしました」

綾乃はその言葉を聞きその場 に平伏する。

「解き放たれし妖魔、完全に 滅殺いたしました」

「うむ、よくやった」

術者として、宗主への報告を 終えると、綾乃は無邪気に質問を繰り返した。

「で、何があったんですか、 お父様?」

 

 

「ふーん、鼻先で三人も殺さ れたのに誰も気づかなかったか。確かに一大事よね」

事の顛末を聞かされた綾乃は さして驚いた様子も見せない…遠縁とはいえ、身内が三人も殺されたと聞いても、綾乃は落ち着いていた。

『一大事』との言葉も、『三 人が殺された』ではなく『誰も気づかなかった』事を指している。

冷たいわけではない…何を優 先すべきか、彼女はしっかり把握しているのだ。まだ十六歳の少女にしては、驚嘆すべき自制心といえた。

「その風術師が誰か、見当も つかないの?」

「疑わしいのが一人いる」

綾乃の問いに、重悟は苦々し げに答えた。

「……和麻だ」

「……誰、それ?」

本気でそう問い返してきた綾 乃に、重悟は思わずこめかみを押さえ、頭を抱えそうになる。

「再従兄の名前ぐらい、覚え ておけ…継承の儀で炎雷覇を賭けてお前と争っただろうが」

そう言われ…綾乃は顎に指を 当て、首を傾げる…そして、その記憶が該当したのか、手をポンと叩く。

「再従兄って………もしかし て、4年前に家出した和麻さん? あれって争ったっていうの?」

身も蓋もない言い方……正直 すぎる娘の言葉に、重悟は横眼で厳馬の表情を盗み見る。だが、内心はともかく、外見からは厳馬の感情の揺らぎは読み取れない。

「確か、どっか外国にいっ たって聞いたけど……そこで修行して風術師になったって事?」

「そのようだ…最近日本に 帰ってきたらしい……八神和麻と名を変えてな。殺された慎治が、昨日出会っていた。仕事がぶつかって、見事にしてやられたそうだ。4年間かなり努力したよ うだな」

「和麻さんか……やっぱりあ たし達のこと恨んでるのかな?」

「かもしれん」

重悟は無表情に…だが、重苦 しい口調で答えた。彼とてその事を悩んでいたからだ。

「だが、そうだとしてもむざ むざ殺されるわけにはいかん。万が一、和麻が犯人ならば、あ奴の命を以って贖わせる」

「万が一、ね」

綾乃はちらりと厳馬に眼を向 ける。厳馬は眉一筋動かさず、綾乃の視線を受け止める…和麻を追い出した張本人と、その原因となった者の視線が交錯させる。

先に眼を逸らしたのは綾乃 だった。術者としての実力はともかく、人生経験では向こうのほうが遥かに上…正直、腹の探り合いで勝つ自身はない。

不毛な争いはやめ、重悟に向 き直る。

「で、どうするんですか?  討ちますか?」

「和麻がやったと決まったわ けではない。取り敢えず、会って話をしてみよう思う」

淡々と物騒なことを言い出す 娘に、重悟は危険なものを感じる。

炎雷覇という圧倒的な力を有 するせいか、綾乃は何事も力ずくで解決しようとする傾向がある。次期宗主としての立場を自覚し、もう少し柔軟な思考をして欲しい。

重悟は常々そう考えていた。

「まだお前が動く必要なは い。別命があるまで待機していろ」

「………はい」

不承不承に頷いた娘に、重悟 は労いの言葉を掛ける。

「ひと仕事終えたばかりで疲 れているだろう、今日はもう下がって休みなさい」

「……解かりました」

納得した様子ではなかった が、綾乃は父の言葉に従った。

一礼すると速やかにその場を 離れる。作法通りに襖を閉めるまで、一度も重悟と眼を合わせない当たり彼女の抱いた不満が如実に現れていた。

「………我侭娘が」

誰に似たのやら…と、重悟は 内心で溜め息交じりで呟く。

しかしそんな苦々しい口調を もってしても、娘への溢れんばかりの愛情を隠し切ることはできなかった。

「では、宗主…私は早 速………」

厳馬が一礼し、重悟が頷くと 厳馬は退室していき……会議を終えた他の者達が揃って部屋を後にしていく。

一人残った重悟は、やや疲れ を滲ませた表情で天井を仰いだ。

宗主になってからというも の……神凪の高慢と腐敗ぶりを少しでも改めようとしてはいるが、よくなるどころかますます助長するばかり。

「和麻か……」

重悟がこれほど和麻に気をか けるのも一つの理由があった……かつて、和麻と同じように神凪内で疎まれ、そして神凪を去った自分にとっても親しい者が原因であった。

「雪乃…姉上……貴方が今、 神凪を見たら嘆くだろうか………それとも……」

かつて、自分に笑いかけてく れた今はいない姉の姿を重悟は脳裏に思い浮かべた………

 

 

 

 

 

夜が明け、賑わう往来とは 打って変わった陽の差さぬ横道を百合は静かに歩いていた……その容姿に、アンダーグラウンドの浅瀬にいる半端なはみだし者達が口笛を吹く。

「なぁ姉ちゃん…こんなとこ に何の用だい? 俺と遊ばねえか?」

いかにもといった感じの男が 声を掛けるも、百合は眼中にも入れず、無視する。

「おいっ、無視する……」

腹を立てた男が振り返り、そ の肩を掴もうと手を伸ばし……百合はその腕を絡め捕り、そのまま片腕で壁に向かって投げつけた。

壁に強かと打ちつけられた男 は、悶絶しながらその場に蹲り…それを見詰めていた他の者達は唖然としている。

そんな異様な視線を気にも留 めず、一瞥すると…百合は再び歩き出す。

奥にひっそりと存在するバー を見つけると、百合は地下に続く階段を降り、扉を開けた。

中は小さな照明だけが灯り、 人影はまばらだ………

(確か、ここのはずだけ ど……)

落ち合う予定の人物の姿がな いのを確認すると、カウンターにいるマスターに酒を注文すると、壁に側面した席に腰掛ける。

数分後、酒の入った瓶とグラ スを持ってきたマスターが一礼し、席に置く。

それを無造作にグラスに注 ぎ、一杯飲み干す。

 

 

……… 不味かった………

 

 

の味しかしない……)

酒だけではない……口の中に 拡がるのは血の味だけだ………またもや乱暴に口に含むと、その時、百合の背後の席に誰かが腰掛けた。

「……待たせたかな?」

ニット帽を被った男が独り言 のように呟くと、背中越しに百合も答えた。

「別に」

素っ気ない口調で、何度か 会った情報屋に答える。

「取り敢えず…あんたが頼ん でた神凪についてのことは調べておいたぜ」

男は無造作に後手で書類のよ うなものを束ねた冊子を手渡す。

「……敵が多いな」

そう評した情報屋は、くいっ と頼んだ酒を煽る。

それを横に百合は渡された書 類に表示されているデータに眼を通す。

そこには神凪内の分家の数・ 現当主・構成人数・全国における配置などが記されていた。

百合はまずは神凪本陣を潰し てから全国各地に散っている分家連中も一人残さず殺すつもりだった。そのために全国各地に散っている神凪の術者の所在の調査と3年前の事件の詳細の調査を 依頼していた。

「3年前の事件についての首 謀者は神凪頼道……前宗主だった男だ。こいつが、分家を唆してやったらしい…もっとも、当時の現宗主、神凪重悟には事後承諾だっらようだが……」

神凪の中でもかなりの重要度 を誇る情報を世間話でもするようにペラペラと喋る……この調査をまとめた情報量にしてもかなりレベルだ。

情報でメシを食っている男な らでは、だ。

「関係ない…ただ事実が知り たかっただけ……裏付けが取れれば、それでいい」

神凪の内情など知ったことで はない……不快感を隠そうともしない百合に、情報屋は肩を竦める。

「しかし、あんたも正気か い? 分家の連中ならいざ知らず…宗家には神炎使いって呼ばれてる化物じみた連中もいるらしいとの話だ…こいつらの怒りをかうことを、誰もかれも避けてる ぜ」

「………面白いじゃない」

揶揄するような問い掛けに、 フッと笑みを浮かべる。

そこで、何かを思い出したよ うに相槌を打った。

「ああそうそう…もう一つ面 白い情報があったんだ」

「……何?」

興味を引かれたのか、百合が 徐に問い掛ける。

「なんでも、4年前に神凪宗 家を追放された男が日本に帰ってきたんだと…んで、今神凪はそいつの動向にピリピリしてるって話さ」

その内容に、百合は眉を顰め る……追放されたような男を、どうして恐れるのか………

「解からないって顔だな…… なんでも、そいつは外国で風術師になって戻ってきたらしい………」

「風術師………名は?」

どこか……その名に思い至る 心当たりがある百合は、答が出るのを待った。

「八神和麻……旧姓、神凪和 麻だ」

その答に、驚くと同時に戸惑 いも浮かんだ……昨晩に見た、あの苦笑を浮かべる顔が過ぎる…………書類を閉じると……刹那、百合の右手に握られた冊子が燃え…瞬きする間に原子レベルま で消滅して虚空に散っていく……残っていた酒をくいっと飲み干すと、百合は席を立つ。

歩き出そうとし、何気ない仕 草でコートから取り出した札束を纏めたものを情報屋の席に置く。

「今回は、少しイロをつけて おいたわ」

「へへ、毎度あり」

札束を手に持ち、人を喰った ような笑みを浮かべる情報屋を一瞥し、去ろうとする百合の背中に、言葉が投げ掛けられた。

「あと一つ……風牙衆ってい う連中がなにやら不穏な動きをしてる…せいぜい気をつけな」

その言葉を受けながら、百合 はバーを出た………

 

 

 

横道を抜け…差す陽射しを受 け、空を仰ぐ。

「あの男が…神凪………」

今一度、和麻の顔を反芻さ せ……百合は頭を振り、歩き出す………

その時、近くで炎の行使を感 じ取り…歩みを止める。

神凪がいる……それだけで百 合の行動は決まる……昨晩は力を使い過ぎたが、今度はなんとか保たせる……百合は、その感覚が導く方向に向かって駆けた……

 


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