風の聖痕    黒の断罪者・蒼き継承者

第禄話    失望…悪意

 

 

 

 

対峙する百合と妖魔………両 者の間に、緊張が漂う。

『女…… 貴様、何故我を邪魔する………』

先程の綾乃達のように見下す 口調ではない……明らかに警戒した口調だ。

それに対し、百合はフッと軽 く笑みを浮かべ、肩を竦める……百合にしてみれば、神凪の者を助ける気など毛頭なかったが、神凪を滅ぼすのは自分だ……それだけは誰にも譲れない……視線 を鋭くし、妖魔を睨む。

「私の獲物に……手出しはさ せない」

身勝手な思考だが、これは復 讐者にとって共通の認識なのだ……自分が殺す以外に相手に死は赦されない……何故、邪魔をする……それが百合の考えだった。

神凪に滅びと絶望を与えるの は自分の生きる力……決して消えぬ憎悪の炎……

手に持った禍火神を構え る……刃に炎が迸り、コーティングされたように刃が黒く染まる。

百合と妖魔の周囲を静寂が支 配する……綾乃達も、この異様な雰囲気に圧倒され、声を発することもできない。

先に仕掛けたのは妖魔の方 だ……咆哮を上げ、妖魔の身体が黒い靄のようなものに覆われ、それが瞬速し、風刃を巻き起こす。

黒い風刃が幾条も襲い掛かる が、百合は跳躍してかわす……目標を見失った風刃は周囲を斬り裂く。

「ひゃあぁっ!!」

その衝撃は綾乃達にも拡が り、三人は身を竦める。

だが、そんな外野は気にも留 めず、激しい攻防は続く……風刃をかわし続ける百合は、そのまま徐々に妖魔との距離を詰める。

刀を構え、妖魔に斬り付け る……刹那、炎が妖魔の身体を焼いた……

『ぐぉぉぉっ!』

妖魔が怯むも、至近距離から 咆哮を吼え、周囲を斬り裂く衝撃波の風刃を巻き起こし、それが百合の肩を掠る。

鮮血が飛び、百合は微かに舌 打ちしながら距離を取る。

黒炎を刃に凝縮し、斬撃とし て繰り出した瞬間に爆発させる……これなら、ある程度は力の行使時間を延ばせるが、それでも威力は落ちてしまう。

あとは、技に頼るしかな い……またもや刀を水平に構え、切っ先を妖魔へと向ける。

刹那、百合は駆け出す……妖 魔の眼前まで迫ると、真正面から突撃してきた百合に対し、妖魔は風刃を薙ぐ……胴体を狙って放たれた横一直線……だが、百合は瞬時に刃を大地へと突き刺 し、勢いの反動をつけて跳躍した……そのまま空中で一回転し、そのまま上段から刃を振り下ろした。

黒刃が妖魔の身体を斬りつけ る…だが、百合の攻撃は止まらない。

振り下ろした刃をそのまま振 り上げ、下段から斬り上げた……そのまま次は横へと薙ぎ…最後にクロスさせるように×文字に斬りつけた……奇声を上げる妖魔の声も響かないほどの息をつか せぬ連続攻撃……妖魔は後退する。

(ちっ……思った以上にタフ ね………)

だが、百合は舌打ちする…… 今のは自身の技の中でもかなりの大技だ……相手を過小評価していたわけではないが、予想を遥かに上回るタフさに内心毒づいた………

再度、刀を構える……そんな 百合に対し、妖魔は囁いた。

『貴 様……何者……?』

 

 

「………闇に捨てられた 者……そして…滅びを齎す者……」

 

 

どこか、自嘲気味な表情を浮 かべ、百合は呟く。

『…… ぐっ、ククク…成る程……禍いものか………』

何かを察したのか……愉悦を 感じさせる口調で呟き…その言葉に、百合の表情が微かに強張る。

「御託はもういい……そろそ ろ、あんたには滅えてもらう………」

殺気が漂い、視線が鋭くな る……構える刃に黒い炎が立ち昇る。

『禍 いものぶぜいが……いきがるなっ!!』

妖魔は牙を立て……黒い風の 壁が周囲を覆い尽くそうとする………だが、百合はそれに動じず、ただジッと刀を横に構える……何時如何なる時でも冷静であれ…心を乱した方が負けだという ことを百合は熟知している。

動揺や焦りは、自身を死へと 招く……静かに構える百合に、妖魔は優越感を感じさせる口調で囁く。

『も はや貴様は逃げられん……全方向から来る我が刃……かわせるか……』

「弱い犬ほど、よく吼え る……」

あからさまな挑発に、妖魔は 反応した。

『死 ねぇぇぇぇぇ!!』

全方向……縦横無尽に襲い掛 かる刃………だが、百合は瞳を大きく見開いた瞬間、妖魔に向かって真っ直ぐ駆け出した。

風刃が身体を切り刻む……だ が、百合は止まらない……下手に避けようと思うより、自身から攻撃を受け、懐に飛び込んだ方がダメージも少なく、また相手の意表を衝ける……考えるだけな ら単純だが、実際にそれをやるにはかなりの勇気を要する…恐怖や焦燥した心では、どうしても機敏に動けない。

鮮血を飛ばしながら、百合は 妖魔の懐に飛び込み……刀を振り上げた……煌く黒炎が妖魔の身体を斬り抉り……黒い炎が身体を貪り焼いた……

『ぐ ぎゃぁぁぁ!!』

絶叫が響く……聞く者の鼓膜 を破らんばかりの奇声だ………

刹那……周囲を覆っていた黒 い壁が砕け散り………佇む百合と、黒い炎が身体に貪り喰らうように纏わり付く妖魔の姿………

『ぐっ…… うぅぅ……』

苦悶の声を上げ、妖魔は自ら の周囲に風を纏わせる……逃亡と悟った百合は逃すまいと刀を投げ飛ばす……だが、刀は黒い霧のような靄を突っ切り、そのまま後ろの樹に突き刺さる。

次の瞬間には、妖魔の姿は消 えていた……百合は舌打ちした。

周囲に感覚を張り巡らせる が……既に付近に気配はない……徐々に残していった気配が遠ざかっていく……自分には、それ程の探査能力はない……たとえそれが、自身には畑違いの力だと しても、百合は自身の無力さを呪わずにはいられない。

「っ……くそっ」

内心に毒づくと……せめても と妖魔が逃げた方角を探る。

あの傷ではすぐに動くのは無 理であろうが……弱っている間に倒し、自身へと取り込む。

そのまま気配を追い……行き 先を絞り込むと、百合は腕に流れる鮮血を振り払った。

身体を掠ったのはほんの掠り 傷……顔を掠った傷跡を拭い、突き刺さった禍火神を引き抜くと、不意に気配を感じ、振り向く……視線は、街の方に向けられていたが、傍目にはのどかな街並 みにしか見えない。

だが、百合は微かに感じ取っ ていた……こちらをジッと凝視する視線を……正体を掴もうにも掴めない以上、百合は逃亡した妖魔を追おうと禍火神を鞘へと収めると、歩き出そうとするが、 その百合の背中に声が掛けられた。

「ちょっと待ってくださ い!」

その声に、百合はピクッと身 を一瞬硬直させる……今一番、関わりたくないと思っている者に声を掛けられたからだ……不愉快な心情をなんとか抑え込み、振り向くと、そこには綾乃達が佇 んでいる。

「まずは、助けれくれたお礼 を言います…ですが、貴方はいったい何者ですか? 失礼とは思いますが、私達と一緒に来てもらいたいんです」

言葉通り……まったく礼儀を 弁えていない口調に、百合は憮然とした表情を浮かべる。

「断る……今は、あんた達と 関わってる暇はないのよ」

正直、神凪の者と話すこと自 体が百合にとっては嫌悪することだ……本音を言えば、ここでこの眼前の綾乃を殺したやりたい気分だった。

綾乃の言った言葉が、百合に は赦せなかった……

 

 

――――たかが虫けら……

 

 

先程の土蜘蛛の妖魔と戦って いた時に綾乃が吐いた暴言……たかが……いったい、この小娘は何様のつもりだ………上級妖魔はともかく、下級の妖魔は大半が本能に従って生きている……人 間が生きるために他の動物を喰らうのと同じで、下級妖魔が人間を喰らうのは生きていくためだ……生きていく上で仕方のないことだ。

それを……人間を襲ったか ら……姿形が異質だから……たったそれだけのことを『たかが』と言い捨てる……生きるためにしていることの何が悪い……それが罪だというのなら……

だから百合は、下級妖魔を討 つ時は必ず哀悼の意を持って討つ……命を奪ったせめてもの贖罪として……

そして、この小娘の退魔のや り方も気に喰わない……たとえどんな相手だろうと、全力でぶつかるのが最低限の礼儀だ……自身の力を過信し、弱い相手には強気に出る……そんな態度が赦せ なかった……

もし、封印の補強が最初の任 務だと知っていたら、百合は間違いなく身勝手に封印を解いた綾乃をなんの躊躇いもなく殺していただろう……たとえ憎い神凪でも、傷付いた者を殺すのは百合 の性に合わない………全力で殺しにくる相手を完膚なきまでに叩き潰すことこそ、百合の復讐だ……その上、今はあの妖魔を追う方が先決だ。

「自身の力も見極められない 小娘が……思い上がるな」

低い声で綾乃に吐き捨てる。

「なっ……!?」

さも自尊心を傷付けられた綾 乃は怒り任せに炎雷覇を振り上げようとしたが……次の瞬間には、百合はその場から消えていた……

「なによ、なんなのよ! あ の女!!!」

地団太を踏みながら、綾乃は 悔しそうに毒づく……

「ちょっと美人で強いからっ て……なによなによ! あたしだってもうちょっとすれば……」

論点がすれている愚痴をこぼ しながら、綾乃は喚く……そこへ、傷を押さえながら雅人と武志が歩み寄ってきた。

「お嬢、大丈夫か?」

「私は平気です…それより叔 父様、私はあの女を追います! もしかしたらそこに和麻もいるかもしれませんから」

不機嫌な表情のまま、雅人に 告げると、雅人は慌てたように声を掛ける。

「無茶だ! お嬢だって怪我 は浅くないはずだろ? それに、追ったところで……」

思わず言いよどむ……あの妖 魔にしろ、百合にしろ、綾乃が敵うとも思えない。

だが、綾乃は変わらぬ表情で 叫ぶ。

「それでも追います! 叔父 様達は、お父様にこのこと報告しに戻ってください!」

綾乃の頑なな態度に、雅人は 大きく溜め息をついた後、静かに答えた。

「解かった…だが、俺も行こ う…一人では危険すぎる……武志、お前はすぐに宗家に事態の報告と応援を頼む!」

「わ、解かりました!」

上擦った口調で武志が答え、 すぐさま駆け出していく……綾乃と雅人も残留している気配を追ってその場を離れた……だが、彼らは気付いていなかった……見逃されていたということ を………百合にその気があれば、今ここで三人とも命を落としていたという懸念を…

 

神凪は、敵にしてはならない ものを敵に回していると………

 

 

 

 

『ぐっ…… ううぅぅ』

呻き声を発しながら、妖魔は 身体を覆っていた黒い靄が消え、その姿が獣から人型へと変わっていく……その様を無機質に見やりながら、女は悪態をついた。

「まったく……せっかくいい 餌を教えてあげたのに………」

綾乃を取り込めなかったのは 女にとっても誤算だった……調子にのって遊ばず、さっさと綾乃を取り込んでいれば、少なくともここまで手痛いダメージを受けることはなかっただろう。

遊び過ぎた火は火傷の元 だ……内心でそう毒づく。

「やっぱりまだ力が完全じゃ ないしね…それに………」

興味を移した女は、視線をビ ルの間を縫うように駆ける百合に向ける……百合は、妖魔がいるこの場を通り過ぎ、別方向……いえ、先程女が見た和麻と神凪の術者達がいる方角へと向かって いる。

女の巻いた妖魔の気配を追っ て……風程の探査能力を持たない百合は、その黒い防護壁を見破れず、放たれた妖気を追うしかなかった。

「フフフ……百合…そして神 凪……私に見せて…狂劇を………」

恍惚するように上気した表情 で、女は近い未来に起こるであろう狂宴を夢想し、ほくそ笑んだ………

 

 

彼らは愚か、百合すらも未だ 気付いていない真の黒幕のシナリオ……それに踊らされているということを………誰も気付かぬまま、新たなステージの幕が上がろうとしていた……

 

 

 

 

 

 

(何処……何処に消え た………っ!)

内心で歯噛みしながら、百合 は微弱となっている妖魔の気配を追う……自分に風の探査能力があれば、こんな苛立ちはないものを……百合は常々、自分の無力さを呪っていた。

力を求めて得た黒炎……だが それは、全てを消滅させる攻撃に特化した能力だ。

精霊にも役割はある……四大 原則を成す4つのエレメントには、それぞれ一長一短がある……単純に優越を決められないのだ。

無論、百合とてそんな事は理 解している……多少ぐらいは自身が契約した以外の精霊に干渉もできるが、それは付け焼刃のようなものだ。

その時、前方から微かに風の ざわめきを感知し、百合はその場へと駆けた。

 

 

「ん……」

樹の裏で腰を抜かしている術 者と、気を失っている分家のアホ二人を一瞥し、和麻はその場を去ろうとしていたが、不意に風が騒いだのに足を止めた。

(なんだ……)

風の精霊が騒ぐ……和麻は、 まるで自分の風が否定されるような圧迫感を感じた。

同じ風だというのに……その 時になって、和麻はハッと気付いた。

以前……海外でいた時に聞い た伝承にも似た言い伝え………

 

 

光あらば闇あり……二つの相 反する精霊達がこの世界を成す…と………

 

 

この世界を構成するのは二つ の相反するものだ……光が差せば、影が生まれる……二つのエネルギーがこの世界のバランスを保っている。それは全てにおいて当て嵌まる。

精霊王も例外ではない……な らば、この不安を煽るような風は………

(まさか、いるってのか…… 俺以外に、風と契約した奴が………)

いかに優れた風術師であろう とも、風で和麻の上をいくのは不可能だ……技量云々よりも、それは絶対的なルールなのだ……風の精霊王と契約した以上、風は常に和麻に付き従い、和麻と共 にある……精霊とは『原初の法則』に従い、永遠不変のもの…その精霊達が個々に動き出しては、世界などその瞬間に崩壊する……その精霊達が和麻の意思に反 する行動を取るのは、絶対にあり得ない…唯一の例外である暗黒面を除けば………

構える和麻の上空で、黒い何 かが収束していく……禍々しく、圧倒的な全てを薙ぎ払うような冷たい風……風でここまで警戒したのは初めてだ。

黒い靄のようなものが上空に 現われる……それを視認した瞬間、和麻は眼を細めた。

(本体じゃないな……一部… いや、単なる囮か………)

黒い靄のようなものは、攻撃 もなにもして来ない……ただそこにあるだけ……まるで、何かを引き寄せる目印の如く……その発している気配だけが尋常ではないため、精霊達が騒いでいる が……怪訝そうに見詰めていた和麻の前で、唐突にその黒い靄が黒い炎に包まれた。

「なっ!!」

一瞬、眼を見開き…慌てて周 囲を見渡す……そして……振り返った方角には、予想通りの人物が佇んでいた。

 

「っ……逃がしたっ」

忌々しげに舌打ちし、百合は 拳を握り締める……いつ捲かれたかは解からないが、ここに実体化したのは単なる身代わりだ……神凪が絡んでこなければ、すぐに追えたものを……いや、逃が してしまった自分が迂闊だったのだ。

軽く息を吐き出し、顔を上げ る…その時になって、初めて和麻の存在に気付いた。

「お前……」

和麻が驚いた顔で百合に声を 掛ける。

「なんで、貴方がここ に……」

百合の方も、和麻の姿に困惑 する。

「いや…俺は最初からここに いたんだけど………っていうよりも、お前アレが何か解かってたのか?」

和麻の問い掛けに、百合は首 を振る。

「……風の妖魔…解かってい るのはそれぐらい………」

その答えに、和麻も考え込 む……自身の風をあれ程乱されたのは初めてであるし、風を扱うということは理解できる。

だが、あれ程の風を操れる妖 魔がこちら側の世界に来れば、事前に察知できるはずだ……いや、和麻が契約する以前からこちら側にいたという可能性も否めないが、それでも気配ぐらいは気 付ける……風の探査網から逃れるほどではない………

「貴方と同じ可能性 は……?」

唐突に百合が尋ねる……こう いった分野は、自分の及ぶところではないと理解しているからこそ、和麻に尋ねるのだ。

だが、和麻は首を振る。

「俺と同じって可能性はねえ な……」

妖魔が精霊王と契約できる可 能性はない……だが、可能性があるとすればもう一つ……不意に、和麻は百合を凝視する。

「あるとすれば……お前と同 じってことだ」

その言葉に、息を詰まらせ る……自分と同じ……それはつまり………

「暗黒面の風………厄介ね」

愚痴をこぼすように呟き、百 合は大きく息をつく。

相手の正体がはっきりしない 以上、憶測だけではどうにもならない……情報を集めなくては……

「……っていうか、なんで俺 達こんな風に話してんだ」

ふと、何かに気付いたように 和麻が声を上げた。

何時の間にやら、随分と親し い会話を繰り広げていた……まだ、会って2度目なのに……それに気付いたのか、百合も微かに苦笑を浮かべた。

「……そう言えば、そうね」

自然に警戒を解いていた自分 が可笑しかったのか……それとも、この男だからだろうか……そんな百合の顔を覗き込み、和麻が意地悪な笑みを浮かべる。

「やっぱ、お前はそうやって 笑った方がいいぜ……むっつりした顔よりな」

「なっ」

不意打ちに近い言葉に、百合 は微かに頬を染めた……和麻は内心でしたり顔を浮かべる。

昨夜のお返しができたと思っ たからだ…やられっぱなしってのは和麻の性に合わない。

憮然とした表情で百合は顔を 逸らし、背を向ける。

「なんだ、もう行くのか… せっかくだから、デートに誘おうと思ったのに」

「……お生憎、私も忙しいの よ」

手を挙げ、その場から去ろう とした瞬間……百合は気配を感じてその場に構える。

和麻も同じように背を向け、 背中合わせに周囲に注意を向ける。

気付いた瞬間には、周囲を囲 まれていた………数は、ざっと見ただけでも数十はいる。

(こいつら…まさか、神凪 か………)

周囲に漂う炎の精霊の気 配……それだけで相手が自然に特定できる。

「見つけたわよ、和麻!!」

その時、いきなり大声で名を 呼びつけられた。

「?」

和麻は声のする方を見る…そ こには術者達の人垣を掻き分け、二人の人物が立っていた。

しかも女の方は、仁王立ちと 言うのが一番適切であろう。

「誰だっけな?」

肝心の和麻は、その姿に該当 者が浮かばず……頭を捻るが……隣にいる男は微かに覚えがある……確か、大神家当主の弟だ……だが女の方が思い出せない。何処かで会ったような気もする が、どうにも思い出せない。元々、神凪では知り合いさえも微塵もないぐらい少ない……ましてや、こんな風にギャーギャー喚く女と話した記憶もない。

その隣で、百合は半ば軽蔑の 眼を向けていた。

(あの小娘……私の言ったこ とを理解してなかったようね………)

あれから追ってきたのだろう が……百合が見逃すのは傷付いていた時の一度目だけ…あとは問答無用だ……そこまで百合は甘くない。

どの道、神凪の術者は全て殺 す……遅いか早いかの違いだ……自分の力も見極められない小娘には、死を以ってそれを味わってもらう。

百合が戦闘体勢に移るよう に、静かに炎の精霊を掻き集めていく……その横では、未だ綾乃の不毛な罵りが続いていた。

「怨敵、八神和麻!! 妖魔 と結託し、神凪の術者を惨殺した罪、その命で購ってもらうわよ!!」

その言葉に和麻は眼を白黒さ せ、首を傾げる。

まったく身に覚えがない…… 先程も分家のアホ二人にも言ったが、和麻は神凪の術者を殺した覚えはない……ましてや、妖魔と契約したなどと言い掛かりもいいところだ。

だが、百合だけは微かに眼を 細める……

「武哉!?」

雅人は地面に血まみれで倒れ ている武哉と慎吾に気付き、声を荒げる。

「死んでねーよ…一応な」

少なくとも、和麻から攻撃は していない……自分達の炎を受けたのだから……それで死ぬとは思えない……単に自分達の過信が招いたからだ。

和麻としては、殺しても正当 防衛でよかったが、そこまでする価値もない相手であった……だが、そんな和麻の言葉も今の神凪の術者にしてみれば、神経を逆撫でするものでしかない。

特に綾乃と雅人はつい先程、 和麻が使役したと思われる妖魔に襲われたばかりだ。

精霊とともに戦う彼らにとっ ては憎むべき妖魔……その妖魔と結託したと思しき和麻の存在は、まさに敵だった。

「貴様、神凪を恨むのは解か るが、妖魔の力を借りて復讐しようとは何事だ!!」

和麻も神凪に生まれ、精霊魔 術の理を知っている。魔を払うべきものが、魔の力を借りることなど絶対にしてはいけないこと。

雅人はそれが許せなかっ た……いや、彼でさえ冷静さを欠いていた。

 

 

和麻は雅人の言い分にますま す頭を傾げ……百合は冷ややかに見やりながら、足元で未だ無様に気を失っている神凪の術者を見やる。

「ふーん……この転がってる ゴミは、神凪だったのか」

百合がポツリと呟く。

その言葉に、綾乃や雅人は過 剰に反応する。

「ゴミですって……あんた、 何様のつもりよ!」

それはこっちのセリフだと言 いたい……少なくとも、百合は和麻の言葉を信用している……この男の経緯を考えれば………それに、相手の力の質さえも見抜けないのかと呆れてものも言えな い……

先程自分達を襲っていた妖魔 の主がもし本当にこの男なら、同じ気配を若干ながらでも感じ取れるはずだ………明らかに、自分達の言い分が正しいと言わんばかりの態度に、百合はますます 憤りを強め、殺意を増す。

「小娘が……そんなにこのゴ ミが大事なら…しっかり受け止めな」

そのまま転がっていた武哉の 身体を蹴り上げた…意識を失っている武哉はそのまま吹き飛び、雅人が慌てて受け止める。

「お、おい! 武哉!」

甥の名を呼ぶも、顎を蹴り上 げられ、口元から血を出しながらピクピク痙攣している武哉の状態は、かなり危ない……どうやら、顎の骨が完全に砕かれたようだ。

「ほら……もう一人」

百合はそのまま今度は慎吾を 持ち上げ、投擲のように投げ付けた……それは見事に綾乃に直撃した。

「きゃっ! よくも…あんた もやっぱり和麻の仲間ね! あの妖魔から私達を助けたのも、ここに連れてくるための芝居だったのね!!」

要するに、和麻と百合が結託 し、百合がここへ綾乃達を誘い込むために助けたと言いたいらしい……なんとも、よくそこまで想像できるものだとやや感心した。

 

百合が綾乃達を助けたのは、 あくまで自分で殺すためだ……勘違いも甚だしい………

というよりも、なんで自分よ り弱い相手に対してそんな回りくどいやり方をせねばならない……力ばかりに固執して、なにも理解しようとしない。

猿以下の低脳だ……

「なーんかよく解からん が……俺ら、すっかり神凪の敵にされたようだな」

ぼやくように和麻が頭を掻き ながら、呟く。

「最初から敵にされてると思 うけど………」

百合が突っ込むと、和麻が苦 笑を浮かべた。

「違いない」

百合も口元に笑みを浮かべ、 二人は自然に背中を合わせ合う………

「まあ…取り敢えずはこの場 を切り抜ける方が先だな……話はそれからにしようぜ」

「……賛成…でも………戦え るの、貴方に?」

背中越しの百合の問い掛け に、和麻は一瞬驚いた表情を浮かべるも……数秒瞑目した後、眼を見開き…取り囲む神凪の術者を睨み付けた。

なにもしてこなければ和麻は 神凪には関わらないと考えていた……だが、向こうがこちらを殺そうと向かってくるなら話は別だ。

命を奪いに来る敵は容赦なく 叩き潰す……それが和麻の考え方だ。

「……ああ。少なくとも、こ の場での利害は一致してる……仲良くしようか?」

風の精霊王と黒炎の精霊王の 契約者……それぞれ人と妖魔を守護する精霊達のコントラクターが背中を預けて戦う……なんとも滑稽なことだと百合は思った。

だが、それでも構わない……

 

 

 

――――神凪を追われた者と 神凪に全てを奪われた者………

 

 

 

「そうね……似た者同士、背 中を預け合うのも一興ね………」

二人が互いに構えた瞬間…… 風と黒い炎が巻き起こる………

 

 

流血の戦いが、今始ま る………

 


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