なのはは今…鬱蒼とした場所に立っていた。

今の自分は、既に馴染みと なった魔法少女の服装に身を包んでいる……眼の前に迫る影…だが、自分は動けない……まるで金縛りにあったように身体が動こうとしない。

恐いと……なのはは震えそう になる………眼前に迫る影がなのはを覆うとした瞬間、なのはは眼を閉じる。

だが……いつまで経ってもく るべき衝撃がこない……恐る恐る眼を開けると……影の前に立つ人影………なのはに背を向ける姿は、まるで護っているようだった。

(……何だろう…この感じ… 私……この人を…………)

背中しか見えない人影……全 身を漆黒で統一した人影は、両手のなかにある刃を振り上げ、影へと向かっていく。

刹那……眩い光がなのはの視 界を覆った。

 

 

「う、うん………」

窓から差し込む陽の光と鳥の 囀りに……ベッドで身じろぎしたなのははゆっくりと眼を見開く。

「……夢?」

半ば夢現な表情でぼんやりと 天井を仰ぐ。

「なのは?」

ふと、耳元で呼ぶ声に首を振 り向かせると……すぐ眼の前にフェレットが佇んでいる。

「あ、ユーノ君…おはよう」

「うん……なのは、大丈夫?  なにか、少し魘されていたけど………」

不安げに覗き込むフェレット は人の言葉を発し、そしてなのはもそれを自然に答え返している。

なのはが魔法と出逢ったきっ かけとなった動物であり、なのはのパートナーだ……慣れない魔法戦闘やジュエルシード収集においてなのはのよい参謀役といえよう。

「うん……ちょっと、変な夢 見ちゃって………」

眼を擦りながら、身体を起こ すなのはにユーノは首を傾げる。

「夢?」

「うん……変な…」

言いかけて……なのはは夢に 記憶を馳せる……変な夢だった………そして…夢のなかで出てきた黒い影で覆われた人影…………

(誰なんだろう…あの人…… でも…知っているような気がする…………)

顔は見えなかった……だが… 不思議と恐さはなかった…まるで……ずっと以前から知っているような…そんな気さえした………

考え込むなのはに向かっ て……ユーノが呟いた。

「あの、なのは……そろそろ 着替えた方がいいんじゃないの……今日、友達と出掛けるって……」

「え……あぁぁぁぁっ!」

その一言でようやく我に返 り、なのはは手元の時計が表示する時間に驚きの声を上げた…………

 

これから待つ出逢いへの…… 予感を胸に…………

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのは

THE MAGIC KNIGHT OF DARKNESS

Act.02   Contact 〜出逢い〜

 

 

 

「マス……恭、そちらはど う?」

艶やかな黒髪を靡かせ、そし て真紅の宝石の輝きを持つ瞳を眼鏡で覆った長身の女性がリビングで片づけている少年に呼び掛ける。

「ああ、こっちももうじき終 わる」

振り返った黒ずくめの少年は 淡々と答えるも、その表情はどこか柔らかだ。

「そう……じゃ、それが終 わったらお昼を食べにいきましょうか」

女性はそう言うと、片づけに 戻り……少年は軽く一瞥すると、雑巾を置き…そのまま身体を起こして部屋を歩き……リビングに面したベランダへと出る。

「ふぅ……眺めはあっちと変 わらないんだな」

ベランダから見える光景 に……少年はやや自嘲気味に笑う。

少年……かつて高町恭也と名 乗っていた者………そう……過去形だ。

アレから既に数日……恭也は この世界へとやって来た日のことに記憶を馳せる。

あの日……あの運命の 日………恭也は一度死んだ………そして……新たな命を授かった…そう解釈すればいいのだろうか…新たな家族とともに………

ティアと…そして……相棒で ある剣との出逢い…………コンサートホールでの龍の刺客と思しき人間の残した爆弾で吹き飛び…そして……自分は一度死んだが……生き返った…あの蒼い宝 石:ジュエルシードのおかげで………

これが何なのか、恭也にも… そしてティア達にもハッキリとは解からなかったが……少なくとも、持ち主の願いを聞き入れるものだということは察した。

このジュエルシードを拾い… 懐に入れていたおかげで、爆発し……そのままこの恭也が十歳の頃の身体に再構成されたらしい……詳しい原理はまったく不明だが……そして…亜空間という か、異次元空間において眠っていたティアとインフィニティはそのジュエルシードと自分の内にあった輝きにより、眼醒めたということ……そして…自分の使い 魔として…従者となったこと。

ティアやインフィニティは、 自分のことをよくは知らない……なんでも、眠っている間に記憶の一部が欠如したらしく…自分達がどうして生まれたかは解からないらしい。ただ憶えているの は、彼女達はマスターによって眼醒め…そのマスターに忠誠を尽くす守護騎士であること………

あまりに突拍子すぎたことの 連続だった……恭也も流石にパンク状態であったが……そして、朝が明けたあと……恭也はここが自分のいた世界ではないと知った。

翠屋は確かにあった…この街 は海鳴だが……自分の知る海鳴ではない……翠屋に…死んだはずの父:士郎と…自分がいたのだから………

それを確認した瞬間、落胆は 確かにあったが……それでも、不思議と嘆くほどではなかった。何故なら……そこに暮らす家族達は幸せそうだったから………胸は傷んだ。だが、家族の幸せを なにより優先する恭也はその事実を受け入れた。

独りなら…恐らくどうなって いたか解からない……だが、恭也にはティアがいた…そしてインフィニティがいた………独りではない…新しい家族がいる………そして、恭也はこの世界で生き る決意をした。

自分は一度死んだ身…そし て……この世界に何故来たのかは解からないが………それを知るのも生きる目的であるかもしれない。

差し当たって、恭也は戸籍の 拾得と住居を捜そうとした。その辺は、ティアがうまく操作したらしい……つくづく、魔法というのは便利なものだと思った。

そして……新たな戸籍では、 恭也は名を変え…恭と名乗ることにした。

ティアは意味を考え、雫…… そして、戸籍上は姉弟として……苗字に不破と名乗ることにした。

その後、このマンションの部 屋を借り、こうして準備を進めているわけである。

「恭〜終わった〜〜?」

ティアの呼び掛けに恭也は ハッとする…どうやら、随分長く物思いに耽っていたらしい……まあ、ここ数日で経験したことを思えば、一生の間に起こり得ないことが起きすぎたせいもある が………

苦笑を浮かべながらリビング に戻ると……ティアがパタパタと歩み寄ってきた。戦闘時以外は容姿を変え、黒髪を靡かせているティア……恭也も相槌を打つように答える。

「ああ、こっちは終わっ た……それより、管理局の方になにか動きがあったか?」

「少し待って……」

ティアは眼を閉じ…意識を集 中させると……彼女の回りに立体映像のようなウィンドウが表示され、仮想のコンソールを叩きながらデータを表示する。

「どうやら、管理局側でも ジュエルシードに関して近々部隊を動かすようですね……」

これが、ティアの能力の一 つ……あらゆるデータバンクなどに侵入する能力……そして、そのなかで知った時空管理局という魔導士や魔法関係において統括し、いろいろな世界情勢を裏か ら平定する機関が存在していることを……ジュエルシード……その名も、そこから知った。

そして……それらがこの世界 に飛び散ったことを………

「そうか……なら、俺達もあ まり派手に動かない方がいいな」

正直、関わりあうとなにかと 厄介な気がする……なにしろ、相手の勢力がどういった組織形態を成しているのか、はっきりと解からない以上、迂闊に接触するのは避けたい。なにより、ジュ エルシード回収を行なっているのが……こちらの世界の高町なのはである以上、正体は隠しておきたい。

「はい……全ては、マスター の御心のままに」

ウィンドウを消し、跪くティ ア……通常は、姉として言葉遣いをしているが、やはり彼女にとってマスターである以上、敬意は絶対に崩さない。

その姿に苦笑を浮かべなが ら、恭也は切り出す。

「片づけも一段落ついた し……昼を食べにいこうか、雫姉さん」

「……解かったわ。ついで に、足りない日用品も買いましょう、恭」

互いに笑みを交わす二人…… 今の二人は、姉弟である不破雫と不破恭だ……そして、二人は街へと繰り出す……そこで待つ……かつての妹との出逢いを知らず………

 

 

 

賑わいが拡がる街並み……そ のなかを歩く3人の少女…………

「面白かったね、あの映画」

「そうかしら…私はイマイチ だったと思うけど………」

紫に近い髪を靡かせる控えめ な少女にやや吊り上げた眼を持つ勝気な少女がぼやくように呟く。

なのはの親友である月村すず かとアリサ=バニングスである。そして、彼女らの隣にはなのはの姿……その後方には、腕を組んで歩く高町恭也と恋人であり、すずかの姉である月村忍がい る。今日は、この面々で先程、映画を見てきたのだ。

「えーそんなことないよ 〜〜」

「なのは、あんたはどう思 う?」

口を尖らせるすずかにアリサ が相槌を打ちながらなのはに話し掛けるも……なのはは俯いたまま、なにかを考え込んでいて聞こえていないようだ。

「なーのーは」

「え? な、なに?」

耳元で呼ばれ、やや驚きに眼 を見張り、慌てて振り向くなのはにアリサとすずかはやや表情を顰める。

「なのはちゃん、どこか具合 悪いの?」

「あんたってば今日はずっと ボケッとしてるじゃない」

「アリサちゃん、ヒドイ よ……でもごめん。大丈夫だから」

やや苦笑を浮かべて手を振る なのはに納得しないながらも、それ以上踏み込んでこない二人……なのはの少し頑固なところは知っている。なのはが話さないなら、あまり深く入り込むのはで きない……なのはの方から切り出してくれるのを待つしかない。

この辺りの配慮は流石親友と いったところか……やや気まずい沈黙が訪れるなか、そこへ忍の声が掛けられる。

「ねぇ、ちょうどお昼時だ し…どこかで美味しいものでも食べようか?」

3人を頭上から覗き込むよう に尋ねる忍に3人は振り返り、見上げる。

「そうだな……流石に翠屋ま で戻ると時間が掛かるし……この辺でいい店はあったかな……?」

「大丈夫よ……貴方達も、そ れでいい?」

頭を捻る恭也にマイペースで 応じる忍は確認を取るように再度問い掛ける。

「私は、それでいいと思う よ」

「うん、いいんじゃない」

「そうだね」

なのは達も異論はなく……そ の応えに頷くと、恭也と忍は記憶を手繰り寄せ……そして、思い出したように手を叩く。

「確か、向こう側にいいレス トランがあったわね……そこへ行きましょう」

忍が指差した方角……その先 に向かって歩き出そうとし、同じように記憶に該当があったのかすずかも笑みを浮かべる。

「こっちだったよね」

道案内をするかのごとく一歩 を踏み出すも…少し勢いをつけ過ぎたらしく、思わずよろめき……前へと身体が流れる。

その先は……道路………信号 は青に変わった瞬間………なのはは嫌な予感が走った。

それを示すように……赤信号 にブレーキをかけるも、僅かに蛇行する大型トラック……その進路上には…すずかの姿が………

「すずか……っ!?」

忍が驚きの声を上げ、恭也や アリサも眼を見開く。

「すずかちゃん……っ」

急ブレーキ音が響く……すず かは呆然としていた逃げることができない……なのはの脳裏に考えたくもない光景が浮かびそうになった時………一陣の風が吹いたような…不思議な気配を感じ 取った。

 

その数分前……ちょうどなの は達のいた場所から道路を挟んだ反対側に荷物を抱えた恭と雫の姿があった。

「買い物はこれで終わり?」

「ええ……あとは、常時買い 足していけばいいわ。それに、材料も買ったから…お昼は腕を振るうわね」

微笑を浮かべる雫に恭が応 じ…そして振り向いた瞬間……恭の眼が驚愕に見開かれた。

その視線の先にいたのは…… 道路を挟んで反対側に佇み、談笑しているのは自分と…そして、元の世界で親友だった月村忍……その足元には、妹であるなのはと同い歳らしき少女が二人…… その姿に…恭の心はざわつく。

やはり、ここは自分のいた世 界ではないと改めて思い知らされる。

(俺は、やはり弱い奴だ な……)

覚悟はしたつもりだった が………まだ未練があることにやや自嘲気味になる。

「マス…恭………」

俯く恭の肩に雫の手が添えら れる……恭の視線を追い、その意図を悟った雫は、主の葛藤に無力な自分を責める。

そして……せめて、少しでも その傷みを分かち合いたいと……添えられる手から雫の温かさが伝わる。

「大丈夫だ……さあ、いこ う」

荒みかけていた心が少しだが 落ち着き、恭は苦い笑みを浮かべる。そして…歩み出す……あちらもこっちに向けて歩き出そうとしている。すれ違いは避けられないだろう…せめて、平静を保 たなくてはならない。この世界では、自分は彼らとは無関係の他人なのだから……そう自身に言い聞かせ、歩みだそうとした瞬間………恭の視界のなかに捉えら れるトラック…そして、その進路上に立ち竦むなのはの友人らしき少女………

「ぐっ!」

その瞬間、恭は後先考えずに 飛び出した……この身体になってからまだ試したことはないが……半ば無意識に神速へと突入する。

辺り一帯の色が全て抜け落 ち、白と黒のモノクロの世界に恭は入ったような錯覚に陥る…そして、ゼリーのような…身体に纏わりつくような感触のなかを掻き分けていくように走る。

眼に映る全てのモノが遅く… まるでスローモーションのようななかを駆ける………なにか……脚が思ったよりも…いや………身体が軽い………そして…モノクロに歪む視界……恭の手が、少 女を抱え…向こう側へと跳んだ。

 

 

急ブレーキ音が響き……なの は達は思わず眼を閉じる。

眼を開けたくない……だが、 それでも確認しなければならない………恐る恐る眼を開ける一同……そして……眼前にあった光景に眼を見開いた。

「え……?」

なのはが声を上げる……ト ラックの先には、予想していたすずかの姿はない…そして、そのすずかは自分達のほぼ直前で黒い少年に抱きかかえられていた。

「すずか!」

「大丈夫!?」

その姿に忍とアリサは脱兎の ごとく駆け出し、駆け寄る。そして、少年の腕のなかに収まるすずかに叫ぶように話し掛けると、すずかの閉じられていた眼が開かれる。

「あ、お姉ちゃん……」

「すずか…もう、心配させ て………」

妹の無事な姿に忍がホッと安 堵の笑みを浮かべる。

「大丈夫か?」

そこに掛けられる第3者…… そして、今すずかを抱えている少年の声だった。

「あ、はい……その…ありが とうございます」

同年代の少年に抱きかかえら れているという初めての経験と、半ば現実感のない状況にすずかが上擦った小さい声で礼を述べると、少年は軽く微笑んだ。

「ありがとう、君」

忍も妹を助けてくれた少年に 礼を述べるが、少年はそれに向けて恐縮するだけだ。

だが、なのははどこか呆然と その少年を見詰めていた……黒い髪に黒い眼を持った少年……なにか…不思議な感覚がなのはのなかを駆け巡る。

(アレ……何だろ……あの 人……何処かで……それに……)

眼前の少年に感じる不思議な 感覚……自分は、この眼前の少年とは初対面のはずなのに……何故か……既視感にも似た感覚が過ぎる……

それに……感じるのはそれだ けではない………微かに感じる魔力…ここにきて、微々たるものだが、それを感じ取れるようになったなのは………声を掛けようとした瞬間、前方から聞こえた 声に少年が振り返った。

「恭、大丈夫!?」

近づいてきたのは黒髪を靡か せる兄達よりもやや大人びた雰囲気を持つ女性……両手に荷物を抱えながら、屈み込み、少年に不安げな視線を向けている。

「俺は大丈夫だよ、雫姉さ ん」

「そう、よかった」

心底安堵するように肩を落と す女性……その時、遠くでサイレンが鳴るのが聞こえた。どうやら、誰かが警察と救急車を呼んだらしい。

「姉さん、この子の手当てを したいから、ここを離れよう」

なにか年齢に似つかわしくな い冷静な口調で話し掛ける少年に、女性も頷く。

「そうね…あの、よろしけれ ば家にきてください……その女の子も放心してますし…家はこの近くなもので」

流石に野次馬が集まり、厄介 そうな事態が起こりそうになっている……それに、すずかの状態を考慮し…恭也と忍は互いを見合って僅かに逡巡するも頷き合う。

本当なら、事情を説明するべ きなのだが……元々口下手な恭也に厄介事を嫌う面々…幸いにすずかは放心しているが目立った外傷がない以上、月村家という忍の家の事情も踏まえ、ここは退 散した方がいいという結論に至った。

「解かりました、お願いしま す……俺は、高町恭也です…貴方は?」

「私は、不破雫です…さあ、 こっちです」

有無を言わせぬ口調で早足で 歩き出す雫と名乗った女性……その名前に兄が一瞬眼を瞬いていたが、すぐさま後を追い、そして…未だ呆然となっているなのはに向けて少年が話し掛けてき た。

「君も早く」

「あ、うん……」

すずかを抱えた少年が、まる ですずかを抱えているのなど関係ないように駆け出す。その背中を慌てて追いながら…なのはは無意識に口が開いた。

「あの……私は高町なのは… 貴方は?」

自分でも何故今尋ねているの か不思議に思う……だが、それでも知りたいという欲求が動く……背中越しに問い掛けたなのはに……少年は首を軽く振り向け、静かに呟いた。

「…恭……不破恭」

その眼差しは……どこか優し さと…哀しみに満ちていた………その眼差しに、なのはは微かに鼓動が脈打った………

 

 

 

 

高町なのはと不破恭………時 空を隔てて邂逅した二人の運命は……ここから始まった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

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【次回予告】

 

 

出逢った私達……不思議な気 持ち…………

何故でしょう…彼から感じる この思いは…………

 

そして…新たなステージが幕 を開けます………

黒衣の剣士と純白の天使…… 貴方達は…………

 

 

次回、魔法少女リリカルなの は THE MAGIC KNIGHT OF DARKNESS

Presentiment 〜静かなる予兆〜」

ドライブ……イグニッション

 

 


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