一人……薄暗い部屋で考えに 耽っていたキラは先程のラクスとのやり取りを思い出す。

トリィがキラの指に止まる。

「やっぱり…ダメだよ、こん なの……!!」

彼女を…アスランの元へ返さ なければ…その決意を胸にキラは行動を開始した。

 

穏やかな寝息を立てるラク ス。

その時、ハロがドアが開いた ことに反応する。

「しっ……」

キラが注意するが、ハロは止 まらない。

その声でラクスは眼を擦りな がら起き上がってくる。

「ん…なぁに、ハロ?」

起き上がったラクスはそのぼ やけた視界にキラの姿を見つける。

「あら、キラ様…どうかなさ いましたの?」

問い掛けるラクスにキラは真 剣な表情で言う。

「静かに…黙って一緒に来て ください」

未だ覚醒してないラクスは疑 問を浮かべながらその言葉に従った。

 

ラクスを連れ出したキラは次 にメイアが入れられている独房を目指した。

「ん……?」

独房のドアが開き、メイアが そちらに眼を向ける。

キラと…隣にいるラクスの姿 を見つけ、眼を見開く。

「ラクス嬢…それに……」

「貴方も……黙ってついて来 てください」

訳が解からずにメイアも連れ 出され、3人は通路を格納庫へ向かって走った。

 

 

キラが先頭に立ち、辺りに注 意しながら進む。

「おいおい…あたしらを何処 へ連れていこうってんだ? だいいち、こんな事をしたらヤバイんじゃねえのか?」

呆れたように言うメイアにキ ラは真剣な表情で言い放った。



「僕がそうしたいからそうす るだけです……」

呟いた瞬間、人影に気付いた キラはラクスとメイアを通路の影へと押し込む。

「ん…キラ?」

「え……?」

そこにはちょうど交代で起き 上がってきたサイとミリアリアがいた。

キラは二人を隠すように立つ が、ラクスは影から顔を出して笑いかける。

それに気付いた二人は表情を 硬くして近づく。

「…何やってんだ、お前?」

キラは苦々しげに視線を逸ら す。

「まさか……?」

「黙っていかせてくれ」

意図に気付いたミリアリアが 言う前にキラは遮った。

「サイ達を巻き込むつもりは 無い……僕は嫌なんだ、こんなやり方!」

暫く無言だったサイ達も頭を 掻く。

「ま、女の子なんかを人質に 取るなんて、本来悪役のすることだしな……手伝うよ」

フッと軽く笑みを浮かべて言 うサイにキラも表情が和らぐ。

 

 

その後…なんとか人目に見ら れずにパイロットロッカーへと辿り着いた。

キラはパイロットスーツに身 を包むと、メイアには救助時につけていた青のパイロットスーツを渡す。

メイアは素早く通す。

それを確認すると、キラは次 にラクスのために船外作業服を取り出す。

「これを着て…その上から で……」

言いかけてキラは言葉に詰ま る。

ラクスの纏うロングのスカー ト…この上からでは流石に難しいと思う。

それに気付いたラクスは納得 したように笑いかけると、肩のストラップを外してロングスカートを脱ぐ。

ドレスの身頃の部分が、ミニ スカートくらいの長さで残っているのだが、キラは思わず赤くなって眼を逸らした。

「おう…大胆だなぁ、ラクス 嬢」

メイアはしたり顔で笑ってい る。

 

 

着替えが終わってロッカー ルームから飛び出した3人を見ると、ぽっこり膨れ上がったラクスの船外作業服の腹部を見たサイは思わず呟いた。

「…いきなり何ヶ月?」

その言葉にミリアリアは溜め 息をつき、キラは忘れろと言わんばかりに手を振る。

既に整備も終わり、ゼロとイ ンフィニートの修理も済んだようで、人気のないのを確認すると、キラはラクスとメイアを促してストライクへと誘導する。

「シートの後ろへ」

先にメイアを促し、メイアは シートの後ろに滑り込む。

次にキラがシートに座り、そ の膝の上にラクスが乗ると、ラクスはサイとミリアリアに微笑んでおっとり言う。

「またお会いしましょうね」

「それは…どうかな?」

サイ達は苦笑する。

ふと、彼らの顔が何かを思い ついたように硬くなった。

「キラ……?」

「ん?」

「……お前は帰ってくるよ な?」

OSを立ち上げるキラがハッ と顔を上げ、視線が絡まる。

「おい! 何してる!?」

その時、下の方からマードッ クの怒鳴り声が響いてくる。

「お前はちゃんと帰ってくる よな!? 俺達のところへ!」

真剣な…それでいて泣きそう な表情で繰り返す。

「必ずね……約束する」

キラは軽く笑みを浮かべて頷 き返した。

何故…誰もいないと思ったの だろう。

ここにいる…キラのことをこ んなにも思ってくれる人が……

ハッチが閉じ、固定具が外れ ていく。

「きっとだぞ! 約束だ ぞ!!」

遠ざかっていくサイの声が響 く。

警報が鳴り響き、作業員達が 格納庫へと駆け込んでくる。

ストライクは歩き出し、キラ は対外スピーカーで呼び掛ける。

「ハッチ開放します! 退避 してください!!」

カタパルトに向かうストライ クに尚も叫び続ける。

「俺はお前を信じてる!!」

 

 

 

格納庫の騒動の十数分前…… ブリッジにはマリュー、ナタル、ムウ、アルフ、レイナが今後のことについて話し合っていた。

マリューとナタルの間にはギ スギスとした空気が流れている。

「それで…どうするつも り?」

レイナが開口一番に尋ねる。

「どう、とは……?」

「このまま…あの子達を人質 にしたまま、いくかってこと?」

マリューは意図が解からずに 尋ねると、レイナは軽く溜め息をついて説明した。

「少なくとも、敵は攻撃でき ん…このまま艦隊との合流を目指せば……」

「そう上手くいくかしら?」

「どういう意味だ?」

アルフが尋ね返す。

「敵がこのまま、私達を見逃 すとも思えない……多分、今頃…本国に攻撃許可を求めている可能性が高い…フラガ大尉?」

「ん?」

「大尉は、敵の指揮官を知っ ているんですよね?」

「ああ、相手はラウ=ル=ク ルーゼ……厄介な相手だ」

この艦とMSのデータが地球軍に渡り、後々の自分達への脅威となるものと、最高評議 会議長の娘とは言え、たった二人の命……どちらを取るか、私なら迷うことなく前者を選びます」

レイナの言葉に一同は考え込 む。

「クルーゼの奴だ…恐らく嬢 ちゃんと同じ判断をすると俺も思う」

ムウの言葉に頷き返す。

そして…恐らく、あのリンと いう人物も自分と同じ決断をするだろう……それは、先の彼女の行動が示している。

「確か、彼女の父親がプラン トの評議会議長でしたよね…たとえ父親といえども、仮にもプラントの命運を背負う人物…迷っても、恐らくは私と同じ決断をします」

人の上に立ち、政治を行う… それなりの覚悟と強さを必要とするもの。

たとえ肉親であろうと、時に は国のために切り捨てなければならないことがある。

「つまり、敵がラクス=クラ インらを見捨てる決断をする前に、こちらから新たな交渉を持ちかける…そう言いたいのか?」

ナタルの問い掛けに頷く。

「ええ…ラクス=クラインと メイア=ファーエデンの両名の返還を条件に、相手に帰れ、とかね」

「だが、敵がそんな条件を呑 むか?」

アルフの疑念はもっともだ。わざと交渉に応じた振りをして騙まし討ちをしてくる可能性もあ る。だが、レイナはその疑問に苦笑で返した。

「当然ですよ、私ならそんな 条件…呑みませんよ」

あっさりと答え返される。

「だからこそ、相手に迎えに 来させるんです…たとえば、イージスとかにね」

全員がやや動揺する。

「イージスに二人を乗せれ ば、少なくともイージスは戦闘に加入できなくなる。そうなれば、敵の戦力はかなりダウンするはず。こちらの戦力とイージスを欠いた敵戦力なら、少なくとも 五分です」

「成る程…悪くはないな」

レイナの提案を聞いていたム ウが頷いた。

「まあ、イージスが二人を敵 艦に連れて行ってから戦闘に参加するという可能性もあります。だったら、こちらが敵艦に攻撃を仕掛ければいいだけのこと。敵が二人を乗せたまま戦闘を行う という判断はできないでしょうし」

せっかく助けた重要人物を乗 せたまま、戦闘に介入するということはあり得まい。

レイナはマリューを見た。ナ タルがどう言おうと、最終的な決定権は艦長であるマリューにある。

「どうします、艦長?」

「……解かりました。やっ て…」

マリューが決断しようとした 時、突然鳴り始めた警報にブリッジのマリュー達は驚く。

「どうしたの?」

カタパルトが開き、発進体勢 へと移行している。

「格納庫、何があった?」

格納庫の状況を見たナタルが 声を上げる。

そこへマードックからの通信 が入った。

《坊主の奴が嬢ちゃん達を連 れ出したんでさ…ダメだ、もうエアロックが開けられちまった!》

固有名詞は発しなかったもの の、それが誰かをナタルははっきりと認識した。

「なんだと!?」

上擦るナタルの声にブリッジ は呆気に取られる。

「くっ! あのバカ…勝手な ことを」

レイナは思わず舌打ちする。

まさか、キラがこんな独断専 行をするとは、予想外だった。

 

 

発進口でエールストライカー を装着する。

発進準備が整うと、キラは二 人に呼び掛ける。

「いきます…しっかり掴まっ ててください!」

その言葉と共にキラはストラ イクを発進させた。

電力ケーブルが外れ、PS装 甲を展開し、ストライクは宇宙へと飛び出した。

 

 

アークエンジェルの後方で機 会を窺っていたヴェサリウスにストライクの発進が報告される。

「足付きからのMSの発進を 確認」

「何!?」

その報告にアデスは驚き、ク ルーゼはモニターを見やる。

「MS搭乗員は発進準備」

格納庫に警報が響き、アスラ ンとリンもそれぞれの機体へと搭乗する。

 

 

「くっ……!」

レイナは床を蹴り、カズィの 手から通信インカムを引ったくり、全周波数に合わせる。

「嬢ちゃん!?」

「さっき言った通りでいきま す…キラが勝手な交渉を持ち掛ける前に、ね!」

ムウ達を一瞥すると、レイナ は回線を開いた。

 

 

 

《ザフト軍に告ぐ!》

突然、ヴェサリウスのブリッ ジとストライクのコックピットに響いた声に全員が驚く。

先程の女性士官とは違う、少 女の声……

《こちら、地球連合軍所属 艦:アークエンジェル。たった今当艦より発進したストライクに、ラクス=クライン、メイア=ファーエデンの両名を同行させている!》

その通信にヴェサリウス内は 騒然となる。

《二人を今からそちらに返還 する。ただし、ナスカ級は艦を停止…イージスが迎えに来ること…そして、二人を返還後、そちらはこの場より速やかに離脱されることを要求する……以上》

通信が途切れ、キラはやや呆 然となる。

自分が交渉を持ち掛ける前に レイナが動いた。

レイナの後押しを受け、キラ はアークエンジェルとヴェサリウスの中間点を目指す。

 

 

 

格納庫のヴァルキリー内で、 リンは軽く笑みを浮かべていた。

(迅速な判断…流石ね)

そして…アークエンジェルか らの通信を受け取ったヴェザリウスは驚愕に包まれていた。

敵からの突然の通信にも驚い たが、それより驚いたのは内容だ。

「どういうつもりだ、足付き め!?」

ヴェサリウスのブリッジで眉 を寄せるアデス。

「ちっ、どうやら先手を取ら れたようだな」

クルーゼは舌打ちした。リン の言う通り、本国にラクス達ごと討ってもいいかという許可を求めていたのだが、その返事が来るよりも早く敵が動いてしまったのだ。これでは見捨てるという 選択はできない。

誰かは知らないが…小賢しい 奴がいるようだとクルーゼは考えていた。

「しかし…イージスに迎えに 来いとは…敵は、これを機にイージスを奪還するつもりでは?」

アデスの言葉に、クルーゼは 頭を左右に振った。

「いや、違うだろうな。恐ら く狙いはイージスの無力化だ」

「……成る程、ラクス様達を 乗せていては、戦うことができない」

「そうだ。その隙に足付きは 全力でこの宙域から逃げ出してしまう。我々はラクス=クラインを乗せていては、戦闘には入れない……となれば、我々は本国へ引き返すしかない。敵ながら、 なかなか考えた手だ」

重要な人物だが、こうなって は足枷としかならない…クルーゼが敵を賞賛するのは珍しい。

アデスが驚きの眼で上官を見 ていた。

《隊長! 行かせてくださ い!》

その時、MSデッキからアス ランの通信が飛び込んでくる。

「……解かった、許可する」

《ありがとうございます!》

いずれにせよ、こうなっては 相手の要求を呑むしかない。

「……艦を止め、私のシグー を用意しろ、アデス」

クルーゼは踵を返し、ブリッ ジを後にする。

そして、イージスが二人を引 き取ったと同時にエンジンを始動するように命じ、自分もシグーの所へと向った。

 

 

 

「ナスカ級、エンジン停止… 制動をかけます」

パルの声にレイナは軽く溜め 息をつき、マリュー達も安堵の息をついた。

「どうやら…うまくいったよ うね」

キラが勝手なことをする前に 何とか、こちらの予定通りに事が進んだ。

「しかし、これは独断専行で す!!」

「まあまあ、少尉。結果的に はこちらの作戦通りにいきそうなんだ」

「しかし……」

「それに下手に小細工をした ら、今度はストライクがこっちを撃ってくるぜ」

ナタルは絶句する。

軍規に忠実な彼女の中にこの 異常事態に対応するマニュアルはないのだろう。

「多分な」

ムウはニッと笑う。

つられてマリューも僅かに頬 が緩む。

艦長としては許せない行為だ が、取り乱すナタルを見せてくれただけであの少年にキスしてやりたい気分だ。

「大尉、俺達も!」

「よしっ!」

アルフとムウがMAで待機す るため、格納庫へと向かう。

レイナもその後を追った。

 

 

ムウ達と別れ、ロッカールー ムに入ったレイナは中で人影がいるのに気付いた。

「フレイ=アルス ター……?」

その赤髪の少女の名を訝しげ に呼ぶ。

「赦さない……」

フレイは…低い声で呟き、手 にナイフを持つ。

レイナは僅かに瞳を揺らす。

「パパを殺した…コーディネ イターの化け物のあんたなんか……」

憎悪を漂わせた瞳……

コーディネイターではない が…後半の言葉は自分には当て嵌まるかもしれない……

(化け物、か……確かに、そ うかもしれない)

レイナは反論することもな く、無言で見詰める。

「あんた達みたいな化け物!  皆死んじゃえばいいのよっ!」

刹那…フレイは駆け出し、レ イナに折り重なった。

「ぐっ…」

不意に、腹部に痛みが走っ た。

痛みに歯を食い縛りながら… フレイの身体に拳を入れた。

鈍い音と共にフレイはその場 に崩れた。

「はぁはぁ…おかしいとは 思ってたけど、ここまで壊れてたなんてね」

腹部に突き刺さったナイフを 抜き取る。

血が噴出し、レイナは傷を抑 える。

「はぁはぁ……油断したな」

自分自身への不甲斐なさに… レイナは自嘲気味な笑みを浮かべた。

だが、これでは恐らく戦闘に など参加できまい。

………となれば、この戦闘を 止める権限を持つのは、あの少女のみ。

息を激しく乱しながら…レイ ナは格納庫に飛び込んだ。

 

既にムウとアルフはMAに乗 り込み、発進準備が進められている。

そのため、全員が走り回り、 誰もレイナに気付かない。

幸いと思い、レイナはそのま まルシファーに乗り込んだ。

コックピットに飛び込むと、 ハッチを閉じ、素早くOSを立ち上げる。

そして……ストライクへ通信 回線を繋げた。

 

 

コックピット内に通信受信の 音が響き、キラは回線を開く。

《聞こえる…キラ》

「レイナ……」

通信機の向こうから聞こえて きた声に、キラだけでなく、ラクスやメイアもやや驚きに包まれる。

《勝手なことをして……》

「……ごめん、でも僕は…」

咎めるような口調にキラは思 わず顔を背ける。

《済んだことはもういい わ……ラクス》

「はい…何でしょう?」

《後を…お願い》

その言葉だけで…全てを理解 したラクスは顔の見えないレイナに向かって微笑んだ。

「はい……レイナ様、またお 会いしましょうね」

《…そうね。戦争が終わっ て……互いに生きていられたら、ね》

レイナは苦笑を浮かべたよう に答えた。

《……ぁ、キラ》

再度、呼ばれ…キラは顔を上 げる。

《自分の道は…自分で決めな さい》

やや励ますような口調と共 に……通信は途切れた。

キラは嬉しくなった。

だが、もう少し注意を払って おけば、気付いたかもしれない……

レイナの口調が僅かに乱れて いたことに……

ストライクのコックピットに 向かってくるイージスが映し出される。

ストライクの手前でスラス ターを吹かし、イージスは一定の距離を保って停止する。

ストライクはイージスに向 かってビームライフルを突きつける。

「アスラン=ザラ……か?」

緊張したキラの声が響く。

「そうだ」

対するアスランもやや硬い声 で答える。

「コックピットを開け」

アスランは言われるままに ハッチを開く。

ビームライフルが威嚇するよ うにこちらに向けられているが、アスランはキラが撃つはずがないと信じていた。

続けてストライクのハッチも 開かれる。

コックピット内に3人の人影 が見え、アスランは身を乗り出す。

オープンになったままの通信 機から、あちらのやり取りが聞こえてくる。

「話して」

「…え?」

キラの声に少女が小さな声で 聞き返す。

「顔が見えないでしょ…ホン トに貴方だって、解からせないと」

「ああ、そういうことです の」

キラの膝の上に乗る人物がこ ちらを向き、手を振る。

「こんにちは、アスラン。お 久しぶりですわ」

ヘルメットのバイザーのせい で顔ははっきりと解からないが、間違いなくラクスだ。

後ろにいる人影も恐らくメイ アであろう。

二人の親密そうなやり取り に、なんとなくこそばゆい気分になりながら、アスランはホッと息をついた。

「…確認した」

「なら…彼女達を連れてい け」

アスランは固定ベルトを外 し、機外へと身を乗り出す。

それを見てキラはラクスの背 中をそっと押す。

「さ…行って。君達は、あそ こにいちゃいけない」

真空の宇宙を滑るようにメイ アがラクスの手を引き、ストライクから離れていく。

アスランはラクスを受け止 め、メイアはその隣に立った。

「ありがとう、アスラン」

アスランは頭を下げる。

ラクスがストライクを見や る。

「いろいろとありがとう、キ ラ」

「世話になったな、少年」

ラクスは微笑み、メイアは手 を振る。

ラクスの呼び声の柔らかさに アスランは彼らの係わりを理解した。

きっと、囚われの身のラクス にキラは優しく接してくれたに違いない。

相変わらずだ……好き嫌いが 激しく、人見知りする自分と違って、キラは大人しいのに、誰とでもすぐに打ち解けた。誰もが、彼の持つ穏やかな雰囲気に安心して、心を開くのだろう。

彼はやはり…アスランが覚え ていた通りのままだった……そう思うとたまらなくなり、アスランは叫んだ。

「キラ! お前も一緒に来 い!!」

キラは息を呑む。

「お前が地球軍にいる理由が 何処にある!?」

今なら邪魔はない……このま ま、キラ……

昔と同じように…傍で、一緒 に笑って欲しい………

だが、その欲求は……虚しく 拒まれる。

「…僕だって、君となんて戦 いたくない………」

辛そうに拒絶の言葉を呟く。

「でも、あの艦には護りたい 人達が…友達がいるんだ……!」

『友達』…その言葉がアスラ ンの希望を打ち砕いた。

二人は表情を伏せ、震える。

「そうか…ならば……仕方な い」

アスランは顔を歪め、悲痛な 表情で叫んだ。

「次に戦うとき…俺がお前を 撃つ!!」

その言葉にキラは息がつまり そうになるが、それを堪えて叫び返した。

「僕もだ……アスラン!!」

ストライクのハッチが閉じ、 ゆっくりと遠ざかっていくのをアスランは黙って見詰めていた。

 

 

「敵MS、離れます!」

「エンジン始動だ、アデ ス!」

シグーのコックピットでそう 命令すると、クルーゼはシグーを発進させた。

続けてリンのヴァルキリーも 発進する。

 

 

その動きがアークエンジェル にも伝わる。

「敵艦よりMS発進!」

「ナスカ級、エンジン始 動!!」

マリューは唇を噛む。

問題はここからだ。

「こうなると思ってたぜ!」

ムウは舌打ちし、ゼロを駆っ て出撃する。

「いきます!」

アークエンジェルからゼロと インフィニートが発進する。

「嬢ちゃんは!?」

レイナが出撃してこないこと に不審がったムウがアルフに尋ね返す。

「解かりません!」

「ちっ!」

仕方なく…2機のみで向か う。

 

 

「隊長!?」

接近してくるシグーに気付 く。

《アスランはラクス嬢達を連 れて帰投しろ!》

同じく接近してくるゼロとイ ンフィニートにキラも気付く。

「フラガ大尉……!」

《何もしてこないと思った か!?》

((くっ………!))

キラとアスランは言葉に詰ま る。互いの認識の甘さに……

自分ならしないという前提 で、上手くいくと信じ切っていた…だが、その目論見の甘さを突きつけられる。

自責の念がキラの胸に押し寄 せる………

 

 

同じく、アスランも唇を噛ん でいた。

最初から、自分の隊長はこう するつもりだったのだ。

敵の条件を呑んだフリをし て、その隙に乗じて敵を叩く。

これでは、自分はいい餌 だ……激しい憤りが押し寄せるが、ラクス達を乗せていては戦闘に参加するわけにもいかない。

その間にもイージスを抜き、 敵機に向かっていく2機のシグー。

その様子をイージスのコック ピットに入ったメイアが睨みつける。

(ちっ…クルーゼとリンの 奴……!)

吐き捨てるように心に呟く。

(やるか……)

思わず眼の前のアスランから イージスの操縦を奪い、割り込もうとする。

だが、その時………

 

「ラウ=ル=クルーゼ隊長」

通信機のスイッチを入れ、凛 とした口調で呼び掛けたのは、ラクスだった。

「止めてください。追悼慰霊 団代表の私の居る場所を、戦場にするおつもりですか。そんな事は許しません」

アスランは少なからず驚い た。

何時もの穏やかに笑うラクス とは違う姿に……

 

 

クルーゼは通信に舌打ちし た。

(ちっ、こんな時に何 を……)

《すぐに戦闘行動を中止して ください。聞こえませんか?》

ラクスの強い意思を感じさせ る言葉に、軽く愚痴を零す。

「困ったお嬢様だ……了解し ました、ラクス=クライン」

クルーゼのシグーが反転した ので、リンも動きを止める。

軽く、ストライクらを一瞥す ると、興味を無くしたように…その場から離脱していった…

(まあいい…チャンスはまた ある)

 

 

唖然としているアスランの前 で通信を切ったラクスは、アスランの顔を見るとにっこりと微笑んだ。

(やるじゃねえか…このお嬢 ちゃん)

メイアは内心、したり顔で笑 みを浮かべる。

あのクルーゼが悔しがる姿を 見せてくれただけで、満足だ。

(さてと…あたしも、そろそ ろ覚悟を決めっか)

静かなる決意と共に、メイア は眼を閉じた。

 

 

 

出撃したムウとアルフがスト ライクの傍に辿り着いた時、いきなり敵が引き上げたことに呆気に取られてしまった。

敵側に何が起こったかは解か らないが、取り敢えず戦闘が回避できたのは確かだった。

《いったい、どういうことっ すかね…?》

《さあな…だが、助かったの は事実だ。こっちも戻るぞ…追撃して、薮蛇はつまらんからな》

「……はい」

敵が完全に去るのを確認する と、反転してアークエンジェルに帰還する。

《しっかし…とんでもねえお 姫様だったな……》

ムウの通信にも答えず、キラ は黙々と、後姿を向けて離脱していくイージスとシグー2機の映像を見詰めていた。

《……どうした?》

不審に思ったムウが映像回線 を繋げる。

「いえ……」

キラは慌てて俯いた。

眼から溢れる涙を見られたく なかった。

アスランに呼び掛けられた 時…どんなに行ってしまいたかったか……自分の同胞達のいる場所へ………

だが……それでも、キラはこ ちらを選んだ。

「……なんでも、ありませ ん」

キラはアークエンジェルを目 指した…自分を待ってくれている人達がいる場所へ……

不意に……レイナの声を聞き たくなった………

 

 

「はぁはぁ…どうやら、うま くいったようね」

回線から、敵が離脱したのを 確認すると、レイナは呼吸を乱したまま、シートから立ち上がり、コックピットを飛び出す。

シートには…ぐっしょり と……黒々とした血が染み付いていた。

レイナはフラフラと……誰に も気付かれないように格納庫を後にする。

「ん……何だ、こりゃ?」

レイナが去った後、ルシ ファー付近を漂っていたマードックは、訝しげな表情を浮かべる。

格納庫に浮かぶ…小さな紅い 水滴を……

 

 

レイナはよろめく身体を引き 摺って、部屋に飛び込む。

部屋の電気をつけようともせ ず、そのまま奥のシャワールームに飛び込む。

入るや否や、蛇口を捻る。

天井から流れる熱湯を浴びな がら……レイナは壁に寄り掛かる。

そのまま……ズズッと引き摺 るように座り込む。

壁に…紅い血が付着する。

熱湯と鮮血が混ざり合い…… 排水溝に流れていく。

レイナは虚ろな瞳で…腹部を 抑えていた手を離す。

もう…痛みはほとんどな い………

「…まったく、この身体は便 利なんだか厄介なんだか………」

愚痴を零し、掲げた手を見詰 めると…紅く染まっている。

「そう言えば……自分の血を 見るのも……久しぶりね………」

自嘲気味な笑みを一瞬、浮か べると…手が力尽きたように落ち、レイナも眼を閉じて首が俯く。

流れる熱湯だけが……傷付い たレイナの身体を癒していた………

 

 

 

《次回予告》

 

 

優しき歌姫は少年から離れ る……

少年は迷い…己が護るべき者 を悟る……

少女は眠り……傷付いた翼を 拡げる……

 

少女が傷付いた時、少年は力 を解放する……

 

次回、「覚醒」

 

力を解き放て、ガンダム。




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