遥かなる昔……神は人間を 造った……

生み出されし人間…ナチュラ ル………

 

そして…次はナチュラルが神 を真似て人を造り上げた………

新たな人類…コーディネイ ター……

 

しかし、ナチュラルが神の下 を離れたように、コーディネイターもまたナチュラルの下を去る……それが戦争の始まり………

 

 

そして…次はコーディネイ ターが新たな人を造り出す………

真紅の瞳を持つ…呪われた黒 の子供達………

 

その名を……マシンチルドレ ン………

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-01  偽りの平和

 

 

どこまでも……永遠に続くか と思うような闇のなか………一人の少女が佇んでいた。

虚ろな…それでいて、どこか 自失したような夢見心地の真紅の瞳………

『…………』

生気が抜けたような表情で無 意識に己の手を見やる……真紅の瞳に、真っ赤な鮮血が映る………

手から零れると錯覚するぐら いに手を真っ赤に濡らす鮮血……よくよく見れば、手だけでなく身体にも夥しい血が降り掛かっている………

だが……己の血ではない…… 傷みも感じないかもしれないが、無意識にそう感じた………

そして次の瞬間……少女は自 分の周りに無造作に拡がる黒ずんだ死体に気づいた………

闇のなかでもはっきりと浮か ぶ黒い影……姿はよく見えないが……その黒ずんだ死体の周囲には血の池と濃厚な死の臭いが伝わってくる………

『私が……やったの か………?』

半ば近くできていない感覚の なか……無感動にそう憶える…………

血に濡れた自分……だが…そ の顔に恐怖も哀しみ浮かんでいない…………

『BA……あんたが…い や………これは私の……………』

その時……少女の前に黒い人 影が現われる…………

『っ』

微かに表情を顰めて……その 影を見やる……………

知っている……自分は…眼前 に立つこの人影を…………永遠とも思える程か…それとも瞬く間か………

時間の感覚すら知覚できな い……対峙していた少女が、その影に向かって歩み寄ろうとした瞬間、踏み出した足が沈んでいく感覚に捉われた………

まるで底なし沼にでもはまっ た感覚……ただ、それが発するのは血の臭い………

少女の意識は……そのまま血 のなかへと沈んでいった………

 

 

壁に身を預けていた少女が ハッと眼を見開く。

覚醒していない意識のな か……少女が周囲を見渡すと…そこは移り住んでから一年少々のコロニーの通うカレッジの屋上………自分がいつもいる場所だ………

少女はそのまま呆然と己の手 を見やる………夢のなかで血に濡れていた己の手………

「久しぶりに見たな……あの 頃の夢……あと…」

先程まで見ていた夢について 馳せる……血まみれで立つ自分……その後……何があったかよく思い出せない……ただ、頭に鈍い傷みが残る程度だ………

今一度……少女は己の手を見 やり………自嘲を浮かべた………

「絶対にとれないよね……血 の臭い…………」

その言葉は……誰に聞こえる ともなく消えていった…………

少女は立ち上がり……手を翳 す………血に濡れた己の手を…………

不意に、胸元のペンダントの 先端のクリスタルが鈍く光る…………

 

それが………少女自身の運命 の始まりであることも知らず…………

 

 

 

 

人類が新たな生活空間と資 源・エネルギー開発を宇宙に求めるようになった時代。

―――――――――C.E.

 

遺伝子操作によってより高い 知能と身体能力を持った新人類『コーディネイター』が生まれ、その数を増やしていた。

しかし…地球に生きる『ナ チュラル』との意識の違いが悲劇を生む。

 

コズミックイラ70…血のバ レンタイン事件の勃発。

これにより地球、プラント間 の緊張は一気に本格的武力衝突に発展した。

誰もが疑わなかった地球軍の 数で勝る勝利。しかし、ザフトは核エネルギーを無効化し、電波通信やレーダー波を阻害する『ニュートロンジャマー』…そして、『モビルスーツ』と呼ばれる 新型機動兵器を投入……

戦局は疲弊したまま11ヶ月 が過ぎようとしていた……

 

 

 

中立国オーブ…資源開発コロ ニー:ヘリオポリス……地球衛星軌道上、L3郡に属するコロニーである。

オーブは地球の赤道直下、太 平洋上に浮かぶ群島が密集した島国であり、火山島の地熱を利用した工業力の高さと宇宙港の運営で発展した国家だ。

地球の一国家でありながら、 高い工業生産能力を有するが故に、中立という立場を堅持している数少ない国家だ。なによりも、宇宙港を擁することが、連合にとっても一目置かれる要員であ ろう。エネルギー資源の枯渇が著しい地球の諸国家は、その解決策を宇宙に求めたからである。シャトル打ち上げは赤道付近が適していることから、世界では低 緯度の地域が注目されることになった。

赤道直下付近に立地するオー ブはまさに理想の条件だった……無論、中立故に昨年3月に始まったザフト軍の地球侵攻作戦:オペレーション・ウロポロスによって標的にされなかったという 要因もあるが………

そのヘリオポリス内にある工 業カレッジのキャンパス……そのキャンパス内にある一つの休憩所では一人の少年が手元のノートパソコンでキーを叩いていた。

《……では次に、激戦の伝え られる華南戦線、その後の情報を………》

少年:キラ=ヤマトは、ウィ ンドウの片隅で報道されている戦争ニュースに視線を移す。

ブラウウの髪に、アメジスト の瞳の小柄な少年だ。まだ幼さを残す繊細な顔立ちは、どこか戸惑いがちになっていた。

緑溢れる中庭、溢れる日差 し、ガヤガヤと楽しげにお喋りをしながら歩いている学生達。地球のどこでも見られるような、なんでもない日常風景。だが、彼らが踏み締めている芝生の下に は、厚さ約100メートルに及ぶ合金製フレームがあり、その外には真空の宇宙が広がっている。

そこが、彼らの住むコロニー という世界であった。

コンピュータ画面の片隅に開 くウィンドウの中では、アナウンサーが深刻そうな顔で戦災ニュースを喋っている。

《ザフト軍は先週末、華南宇 宙港の手前8キロ地点まで迫っており……》

「おーい、キラー!」

アナウンサーの声に被って掛 けられた声にキラが振り向くと、そこには二人の少年少女が手を振り、笑顔で歩み寄ってきた。

カレッジ内のゼミ仲間である トール=ケーニヒとミリアリア=ハウだ。

「カトウ教授が探してたわ よ……なんか、頼みたいことがあるって……」

「ええっ!?」

ミリアリアが最後まで伝え終 わる前にキラは不満そうに表情を顰めた。

「なに、またなにか手伝わさ れてるの……?」

キラの困った表情に苦笑しな がら尋ねると、キラは肩を竦める。

「プログラムの解析…でも、 これだってまだ終わってないのに………」

半ば愚痴るように肩を落と し、溜め息をつく……キラは所属するゼミの教授であるカトウにプログラムの解析を手伝わされていた。だが、いくら情報処理能力が高いキラでもこれだけ仕事 を任せられるのは正直辛いのであろう。

「んじゃさ、クズハに頼むっ てのはどうだ? 彼女も情報処理の成績いいだろ?」

トールがそう問い掛けると、 キラは首を振る。

「無理だって…面識もないの に……それに、ゼミの子じゃないから頼めないよ」

「真面目だねぇ、キラ君…… お、新しいニュースか?」

無遠慮に近づき、肩越しに ウィンドウのニュースを覗き込む……キラも曖昧な返事で応じる。

立ち上る黒煙と爆音、倒壊し たビル群、戦闘は継続しているらしい……去年、プラントの擁するザフト軍は、世界樹コロニーを陥落させ、遂に地球への侵攻を開始した。中立国オーブのコロ ニーであるここヘリオポリスでも、開戦当初は皆、地上で行われている戦況を息をつめて見守っていたが、最近はもうそれにも慣れてしまい、もはや遠い世界の 出来事か映画などと同じ感覚にしか知覚していない。

《こちら、華南から7キロの 地点では、依然激しい戦闘の音が……》

リポーターが上擦った声で報 告する…その背後には、巨大な影……ザフトのMSと呼ばれる兵器が映し出されている。

「うわ、先週でこれじゃあ、 今頃はもう陥ちゃってんじゃねえの、華南?」

トールはお気楽にコメントす ると、キラは苦笑を浮かべてウィンドウを閉じた。

「華南なんてけっこう近い じゃない。大丈夫かな、本土?」

華南宇宙港は地球連合の構成 国:東アジア共和国の国土内に有する宇宙港だ……確かに、赤道直下のオーブ本土に近いといえば近い。

トールとは反対にミリアリア は不安そうに呟く。

「近いったってうちは中立だ ぜ。オーブが戦場になるなんてまずないよ」

どこまでも楽観的なトールの 観測に、キラはかつての親友の言葉を思い出した。

その時、キラの肩に乗ってい たメタリックグリーンの鳥型マイクロロボットが羽を拡げ、飛んでいく。

その姿を見詰めながら、キラ は脳裏にこれをくれた親友の顔を思い浮かべる。

 

―――――父は多分、深刻に 考えすぎなんだと思う……プラントと地球とで戦争になることなんてないよ………

 

月面都市:コペルニクスで幼 年学校をともに過ごした幼馴染み……穏やかで物静かな親友だった……別れは辛かった…だが……所詮彼らは賢明でも子供………大人の事情には逆らえなかっ た………

 

―――――キラもそのうちプ ラントに来るんだろ?

 

せめて笑って別れようと慰め てくれた……また逢える……そう信じて別れてもう3年………彼は今なにをしているのだろう………

そう考えながら、キラは画面 を閉じる……戦争なんてものは、自分達には関係のないものだと思っていた。ニュースの画面を閉じてしまえば消えてしまう、そんな他人事のようなことだと。

このときは、まだ………

 

 

 

同時刻……キャンパス内のあ る一室………コンピューターの前で一人の少女がキーを叩きながら、情報を処理していた。

その時……少女の持つ端末か ら呼び出し音が鳴る。

少女は軽く息を吐くと…端末 を操作し、受信する。

ウィンドウの片隅に一人の男 が映し出される。

「何の用、ルキーニ?」

《いやなに……少し、君に伝 えておきたいことがあってね》

気だるげな少女の問い掛け に、ルキーニと呼ばれた男は悪びれもなく含みのある笑みを浮かべる。

「今は別に、あんたから情報 をもらうような状況じゃないけど……」

付き合うつもりがないのか、 少女は邪険そうにそう呟くが、ルキーニは表情を変えない。

《君が今居るヘリオポリスに 関しても、かね?》

ルキーニの言葉に少女の表情 が微かに強張る……その様子に満足したのか、ルキーニは言葉を続ける。

《君も知っているかもしれな いが……ここ最近、ヘリオポリスに多くの資材が輸送されている………モルゲンレーテの連中は、それを使って地球軍の士官とともにMSを開発しているらし い………》

微かに息を呑む……ここ数ヶ 月……ヘリオポリスには大量の物資や特殊な資材が持ち込まれていたのは知っていたが、まさかそれでMSを製造しているとは流石に予想外であった。

「地球軍がMSを……?」

《いや…大西洋連邦の独断 だ……それに掴んだ情報では、既にほぼロールアウトしているらしい………しかも、それを知ったザフトは特殊部隊を派遣している》

「ザフトが…っ」

少女は驚愕に眼を瞬かせる。

ということは……ヘリオポリ スが攻撃される予感をはらんでいるということに他ならない。

《さて…私の話はここまで だ。君がどうするかは楽しみに見させてもらうよ》

喰ったような笑みで誤魔化す と、ルキーニは鼻を鳴らす。

《ああそうそう…次は必ず君 のコードにアクセスしてみる……楽しみにしててくれたまえ》

静かな嘲笑とともに通信が切 れ……少女はウィンドウを閉じる。

「相変わらず、喰えない男 ね………」

肩を竦めると……そのまま立 ち上がり、部屋を後にする………あの男の性格は最悪だが、情報だけは少なくとも信頼できるだろう………ならば、もう事は進行中のはずだ。

急ぎ、このヘリオポリスから 離れる必要がある……内心にこれからの行動プランを立てると、少女はかけてあった漆黒のジャケットを羽織り、キャンパス内へ足を踏み出した。

 

人工の青空が拡がるヘリオポ リスの空を見上げながら……学生達が談笑に耽るなかを歩く一人の少女……

流れるような銀色に輝く髪を 靡かせ…神秘的な真紅の瞳……整った顔立ち………

だが、容姿とは逆の全身を染 めるような黒の服装で統一している。

黒のズボンにチェーンをベル ト代わりに腰に巻き、黒のアンダーシャツに漆黒のジャケット……少女が姿を現わすと…学生達の大半が視線を向ける。

それ程少女は存在感を漂わせ ていた。

(鬱陶しい……)

少女……レイナ=クズハは先 程から感じる周囲の視線に無表情を更に顰める。

奇異な眼で見られるのはやは り気分がいいものではない。

せねばならないことがあ る……足早にその場を去ろうと出口に向かって歩き出す。

その時、彼女の頭上を一羽の メタルグリーンのマイクロロボットの鳥が飛ぶ。

それに気づいたレイナは顔を 上げ、何気なくその姿を追っていると、ロボット鳥は方向を変えて飛び降りていく。

降りていく先には一人の少年 がいた。

「トリィ、行くよ」

少年の肩に止まり、『ト リィ』と鳴いてロボット鳥は応える。

「キラ、行くぞ!」

「早く」

「あ、解かった」

少年の後方から呼ぶ二人の少 年少女の元へ走っていく。

(キラ…そうか、彼がキラ= ヤマト…か)

少年の後姿を見やりながらレ イナは少年の名を思い出す。

確か、工業科に優秀な学生が いて、情報処理の項目で自分と同じように好成績を弾き出している少年が名をキラ=ヤマトといったのを聞いていた。

だがそれだけであった………

レイナにとってそれだけの事 でしかない……自分はとかく他人に干渉されるのが嫌いだ。

そして……自分自身もまたそ んな生活に馴染もうとも思わない……

この…呪われた真紅の瞳があ る限り……

 

 

 

ヘリオポリスの宇宙港に一隻 の戦艦が寄港する。

《軸性修正。右6,51ポイ ント…進入リフト良好》

《性能噴射停止。電磁バケッ トに制御を移管する》

「減速率2,56、停船す る…停船コース上にいる者、退避せよ」

一隻の民間艦がアームに固定 される……輸送艦:マルセイユ3世のブリッジで、艦長が隣に立つ金髪の男に声を掛ける。

無事に入港した戦艦のブリッ ジではようやく肩の荷が下りたといわんばかりに艦長がホッとした笑顔を零していた。

「着艦終了だ…これでこの艦 の最後の任務も無事終了だ。貴様も護衛の任ご苦労だったな、フラガ大尉」

「いえ、航路何もなく幸いで ありました…艦長」

無重力なのか、ふわふわと浮 きながらその辺についている棒につかまってフラガ大尉と呼ばれた男は艦長に敬礼をした。

民間艦に偽装しているが、こ の艦に乗るクルーは皆軍人であった。

「艦長。周辺のザフト艦の動 きは?」

「2隻トレースしている が……なぁに、ここのドックにさえ入ってしまえば心配はいらんよ」

鼻を鳴らし、笑みを浮かべる 艦長に男は苦笑を浮かべて肩を竦める。

「中立国…ですか? 聞いて 呆れますな……」

皮肉るような物言い……中立 国であるオーブの資源コロニーでMSを開発するなど、条約違反どころの問題ではない……だが、その皮肉にも艦長は笑みで応じた。

「そうだな…しかし、そのお かげでこの計画をここまで進行してきたんだ。オーブとて、地球の一国ということさ」

軍人の悪知恵を垣間見、その 男…ムウ=ラ=フラガは腐った今の連合に軽い苛立ちを覚えた。

ブリッジの出入り口が開かれ て5人の青年達が出てくる。

「では艦長。我々はここ で……」

「うむ。ご苦労だったな。出 て行っていいぞ」

「「「「「は!!」」」」」

若者達が5人、艦長に向け敬 礼をし、ブリッジから出て行く。

「上陸は……ホントに彼らだ けに任してもよろしいのですか?」

ムウがやや不安げに艦長に尋 ねるが、艦長は余計な心配とばかりに笑い上げる。

「心配はいらんよ……イメリ ア中尉のお墨付きだ…ひよっこだが『G』のパイロットに選ばれたトップガン達だからな………お前がうろちょろしてる方がかえって目立つぞ?」

艦長がからかいながらそう言 う。

それはムウの実績を差してい るが、ムウはそれを苦笑で受け止めることより他に無い。

「ふ……そうですか……」

だが、心に燻ぶる不安を取り 除くことができない……ムウはどうしても頭からトレースしているザフト艦が頭から離れなかった。

いくら地球の中立国とはい え、オーブは連合、ザフトと裏で繋がっている……ならば、今回のこのヘリオポリスの件も既に連中の知るところになっているのでは……と内心に危惧する…… それが自分の思い過ごしであってほしいと微かに願いながら………

 

 

 

 

ヘリオポリス宙域に程近い小 惑星の陰に身を潜める2隻の戦艦。

その内の一つ、ザフト軍の高 速艦:ヴェサリウスのブリッジでふわふわと浮いてる人物がいた。

「そう難しい顔をするな、ア デス」

その浮いている人物が話し掛 ける。

「しかし…よいのですか?  相手は中立コロニーですが…」

艦長席に腰掛ける男が仮面を 被った男に問う。

「良いのだよ」

そう言って仮面を被った男、 ラウ=ル=クルーゼは一枚の写真を投げる。

写真は無重力を漂い、艦長の 手に収まった。

「これは…」

写真に写るのははっきりとは 解からないが明らかに兵器の一部……

そう…MSと呼ばれる兵器。

しかし、それはザフトのもの ではなく、地球軍によって開発されたMSである。

地球軍が中立国であるオーブ でMSを開発しているという情報を入手したザフト側は戦慄した。

このMSこそが今回の作戦目 標。地球連合軍がオーブの軍需企業『モルゲンレーテ』と手を組んで開発した新型機動兵器。通称『G』。

その入手した情報からザフト のMSを遥かに凌ぐ性能を誇るという。この『G』計画の阻止と新型機動兵器の奪取……それが今回の作戦の内容であった。

「地球軍の新型MS、これが 完成したら…戦局に多大な変化を与えるかもしれん……」

クルーゼは肩まで伸びた金髪 を靡かせ、明後日の方向を見る、

「はぁ…いえ、ですがしか し、評議会からの返答を待ってからでも遅くは無いのでは……」

アデスと呼ばれた男の言葉を 遮るように、クルーゼが言う。

「遅いな。私の勘がそう言っ ている……華南が陥ちた以上、連中ももう手をこまねいている場合ではなくなるだろうからな………」

「流石、漆黒の戦乙女です な……もう華南を陥としたとは………」

感嘆するようにアデスが仄め かす。

漆黒の戦乙女と呼ばれるザフ ト軍内部でも屈指のパイロット……彼女が参加した作戦は必ず勝利に終わることから、こう呼ばれることになった。

その異名どおり、彼女が地上 に降りて僅か一週間で東アジアの拠点であった華南が陥落したのだ。

「ああ……その功績により、 彼女にはネビュラ勲章が授与されるらしい……」

どこか、揶揄するように呟 く……他人の功績に興味がないのか……その表情を読み取れない。

「我々もまたせねばならぬこ とをせねばな……ここでアレを見過ごせば、その代は……いずれ我々の命で支払わなくてはならなくなるぞ? 地球軍の新型機動兵器があそこから運び出される 前に奪取しなければな」

どこか、脅迫にも似た口 調……上官の意図をはかりかね、アデスは当惑する。

「はぁ? そうですか……」

「ああ。ここで、見過ごした らな……勘など現代では非科学的なものだがよくあたるのだよ…私の勘は…そう思わんか?アデス」

クルーゼが不敵な笑みを浮か べ、アデスを見る。

「では、私は彼らの所へ行っ てくる」

クルーゼはそう告げると、ブ リッジを後にした。

作戦開始の時刻を静かに待つ 2隻の戦艦は、まるで獲物を捕獲せんとする猛獣のような雰囲気を醸し出していた……

 

ヴェサリウスの一室で赤のパ イロットスーツを着込んだ少年達が集まっていた。

一人の少年が緊張した面持ち で手を握り締める。

「どうした…アスラン?」

そんな様子を気にしたか、銀 髪の少年が話し掛ける。

「イザーク……」

アスランは話し掛けてきたイ ザーク=ジュールに眼を向ける。

「緊張してるのか? お前ら しくもない」

「オーブのコロニーに潜入な んて楽なもんさ。連中…俺達が仕掛けてくるとは夢にも思ってないからな」

イザークに同調したのはディ アッカ=エルスマン。

パイロットスーツの胸元を締 めながら鼻を鳴らしている。

「まさか怖いのか、アスラ ン?」

揶揄するようなその言葉に反 応したのはアスランではなく隣に立つ少年。

「違いますよ! ディアッ カ、これは危険な任務なんですよ!」

アスランの助けに入ったのは ニコル=アマルフィ。

「おいおい落ち着けって…こ れから作戦だってのに不仲はよくないぜ……」

仲裁するように割って入るラ スティ=マックスウェル……そこへ、声が掛けられた。

「ラスティの言うとおりだ」

騒ぎを嗜めるように入ってき た人物に全員が視線を向ける。

「クルーゼ隊長」

「本作戦の持つ意味は大き い…地球軍がヘリオポリスで密かに開発した新型機動兵器の奪取……これが成功するか否かで今後の戦局が大きく左右される」

クルーゼの言葉を真剣に聞き 入る5人。

「諸君の肩にザフトの命運が 掛かっていると言っていい…大いに期待する」

「「「「「はっ! ザフトのため に!!!」」」」」

締め括るクルーゼの言葉にア スラン=ザラ、イザーク=ジュール、ディアッカ=エルスマン、ニコル=アマルフィ、ラスティ=マクスウェルの5人は敬礼で返した。

 

 

 

(平和なものね…偽りの平和 に守られているというのに……)

停留所に来たレイナは先程、 停留所でのやり取りを見てそう思わずにはいられなかった。

そこには先程のキラ達と3人 の少女達が賑やかに言い合うのを鬱陶しそうな表情で見ていた。

その光景を見ると…思わずに はいられない……自分達の平和が、いかに脆いかを……

この偽の桃源郷に酔いすぎ、 外の世界は戦争を続けていることを忘れているのではないか……

(そう言えば…気になるのが いたわね……)

最初にここから出発した女一 人に男二人の3人組……なにやら普通とは違う雰囲気を醸し出していた……レイナは感じ取っていた。

あれは……軍人が持つ雰囲気 だということに………

(どうやら、ルキーニの言っ たことはまず間違いないみたいね……)

軍人がこのヘリオポリスにい る……まだオーブ軍の兵士だという可能性も捨て切れないが、宇宙軍を擁さないオーブは基本的に宇宙に軍人を配置したりはしない。

このヘリオポリス防衛のため に僅かに割かれている程度だ……それに、どこか侮るような物言いと雰囲気は、このヘリオポリスに好印象を持っていないということに他ならない。

軍人ならば、自らの国のコロ ニーをそこまで思ったりはしないだろう。

(あまりのんびりはしていら れないか……厄介なことが起きなければいいけど………)

不安が起こるが、だからと いって何かをしようとも思わない。

下手に首を突っ込んで、面倒 なことに巻き込まれるが嫌だからだ。

レイナはコロニーの出国手続 きとヘリオポリス内での自分の痕跡を消すために、施設が充実しているモルゲンレーテへと向かう。

ヘリオポリス内のメインコン ピューターにハッキングするためにはカレッジのコンピューターでは難しい……エレカに乗り、そのまま真っ直ぐに向かった。

 

 

 

ヴェサリウスから射出された 奇襲用ユニットから幾人がでてくる。ロックのかかっている進入口にパスコードを入れロックをはずす。

それと同時に、中に張られて いたはずの防衛システムの赤外線が一分間というリミットを持ったザフトのハックにより解除される。中に入っていくザフト兵。

『G』奪取用に選ばれた赤い パイロットスーツを纏った5人、そしてその補佐のための緑のパイロットスーツを纏った者が数名だった。

フェンスに遮られた先に見え る白い巨大な戦艦……そしてその中の一人が合図を出し四方に分かれる。

そして、戦艦:アークエン ジェルのドックに爆弾を設置し始めた……

残りタイムリミットが10分 のタイムリミットを告げる……

 

 

ヴェサリウスのモニターに電 子的な文字が表示される。

「陽動隊から打電、爆薬の セット完了、至急発進されたし!…とのこと」

オペレーターが読み上げる と、クルーゼはヘリオポリスを睨んだ。

「ヴェサリウス急速発進」

「ヴェサリウス発進、ニュー トロンジャマー展開!」

アデスがクルーゼの命令を復 唱する。

刹那、操舵士はエンジンの回 転率を上げた。

それに伴い、ブースターが蒼 い筋を吐き出したかと思うと、すさまじい轟音が機関部に鳴り響く。

それに続いてクルーゼは右手 を上げる…そして、それが下ろされると同時に2隻のカタパルトからMS:ジンが発艦していった……

 

 

 

ザフト艦が近づいているとい うことでドックの中では警戒音が鳴り響いている。

「こちらヘリオポリス。接近 中のザフト艦、応答願います。ザフト艦、応答願います!」
通信士が必死に呼び掛けるが反応はない。

上司が無理矢理部下から通信 機具を奪い取る。

「接近中のザフト艦に通告す る!! 諸君らの行動は我が国に対する条約に大きく違反する…直ちに停船されたし! ザフト艦、ただちに停船されたし!」

必死に呼び掛けるも、通信は 繋がらず…ヴァサリウスとガモフの停船勧告に答える素振りすら見せない……その時、部下の一人が上擦った声を上げた。

「強力な電波干渉! ザフト 艦より発信されています…これは明らかに戦闘行為です!!」

男の顔が引き攣っていく…… だが、その間にもザフト艦から何機ものジンが出撃してくる。

 

ザフト艦の接近はヘリオポリ スの港に待機する地球軍の輸送艦にも伝わった。

「機種は!?」

緊迫感が漂うブリッジにパイ ロットスーツに着替えたムウが駆け込んで来る。

「2隻確認した。ナスカ及び ローラシア級。電波妨害直前にMSの発進を確認した」

モニターに表示される戦艦の 機種とMSの突入予定コース。

自分の予感が当たったことに 舌打ちする。

「やっぱりこうなったか、 ルークとゲイルはメビウスにて待機、まだ出すなよ!!」

何処か確信のあった声で呟く ムウ。

自分の部下に指示を飛ばし、 自身もパイロットスーツに袖を通し、格納庫へと急ぐ。

 

 

ヘリオポリスに接近してくる MS:ジン……それに対応するため、ヘリオポリスから作業用MA:ミストラルが迎撃に出てくるが、所詮は作業用MA。

大した抵抗も出来ずに次々と 落とされていく。

その間にもヘリオポリス内で は潜入した者達による工作が、迫ってきていた。

アークエンジェルに面した司 令ブースにて管制室からの報告を聞かされるアークエンジェルの艦長。

「解かっている…いざとなっ たら艦は発進させる!」

そう言って乱暴に通信機を離 す。

「対応はヘリオポリスに任せ るんだ……」

艦長は上に来ていた『G』の パイロット5人に挨拶すると、後方に下がる。

そこには先程停留所でレイナ が見掛けた女性、ナタル=バジルール少尉が立っていた。

「バジルール少尉! ラミア ス大尉を呼び戻せ! Gの搬入を開始するんだ!」

「はっ!」

艦長からの指示にナタルは敬 礼し、その場から去っていく。

 

 

その頃、地上のモルゲンレー テからは次々にトレーラーが発進していった。

開発された『G』、そしてそ れに関するパーツをアークエンジェルへと搬入するためだ。

その指揮を取っているのはつ なぎを着込み、帽子を被った作業服の女性。

アークエンジェル副長のマ リュー=ラミアス大尉である。

「Gの機体を優先してアーク エンジェルへ!」

3機のGを搭載した大型ト レーラーが他の小型トレーラー、護送車の戦闘車両と共に発進する。

「残りの2機はまだな の!?」

マリューは近くにいた作業兵 に尋ね返す。

「それが、X105と X303は機体のチェックが終わっておらず」

その言葉にマリューは舌打ち する。

「そんなのは後にしなさい!  ザフト軍がそこまで来てるのよ!!」

マリューの叱咤に作業兵は慌 てて動き出す。

 

 

 

小高い丘の上から双眼鏡でヘ リオポリス内のモルゲンレーテ工場を見やるザフト兵達……

「アレだ…クルーゼ隊長の 言ったとおりだな……」

ヘリオポリスの街並みを見下 ろすことができる高台から、目的のものを見つけたイザークは冷静に言った。

「つつけば慌てて巣穴から出 てくる、って?」

ディアッカが皮肉るように可 笑しそうにけらけらと哂った。

ザフト艦侵攻の報せが行き届 いたのだろう。俄かに慌ただしくなったモルゲンレーテ工場付近を彼らはスコープで見詰めていた。すると工場のシャッターから、巨大なコンテナを積載したト レーラーが出てくる。

それに続く兵装車両や他の運 搬トレーラー……

「……アレだな、地球軍の新 型とやらは」

「やっぱり間抜けなもんだ な、ナチュラルなんて」

小馬鹿にするように嘲笑す る……奇襲の報を受けただけで目的のものを曝け出す。

アレが目的の新型MSにその パーツ類だろう……

アスランもまた後ろからそれ を見下ろしていたが、ふと隣にいるニコルが緊張しきった顔をしているのに気づき、苦笑して軽くその背を叩いてやる。

叩かれたニコルは驚いたよう にアスランを見やり、強張った笑みを浮かべる。

もう心配ない、という笑顔だ ろう。彼は周りに気を配ることにできる人間だ。その性格が今のような笑みを浮かべさせるのだろう。

彼らは静かに見据える……連 合軍の新型機動兵器:Gを…………

「………時間だ」

カウントがゼロになった。

瞬間、工場区のあちこちで爆 発が起こる。爆風で破壊される資材、誘爆を引き起こし炎上する施設……ヘリオポリス侵入時に施設内のいたる所に仕掛けた爆弾が爆発したのだ。

笑いある日常を送っていた人 々、買い物をする親子、公園で音楽を奏でる人々。

いつもと変わらぬヘリオポリ ス……

だが、それは嵐の前に静け さ……そして、この平和は唐突に終わりを告げた……

それを一瞬にして消してしま う爆発………

新造戦艦がある港を中心にい くつもの仕掛けられた爆弾が爆発し、その渦中にあった艦長を含める連合の仕官達はブースごと閃光のなかに呑み込まれていった………

 

 




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