傀儡――――

 

 

それは魂なきもの――――

だが―――魂を容れた瞬間…それは眼醒める………

 

 

 

 

 

一人の少女に導かれ、謎のMSへと搭乗したマコトは操縦桿を握り締め、ゆっくりと押 し、ペダルを踏み込んだ。

エネルギーインジケーターに光が走り、各アクチュレーターに連動し、金属独特の摩擦 音が機体の各所から軋むように聞こえてくる。

炎が舞い上がるなか、貨物室のハンガーに固定され、瓦礫に埋まる一体のMSは突如沈 黙を破り、その腕を突き出し、瓦礫の隙間を拡げる。そのまま左右の手を使い、上体を起こし、瓦礫を振り落とす。

あたかも……墓場から甦るように………打ち捨てられた傀儡が再び黄泉から舞い戻った かのように………

コックピットの180度モニターには立ち上がる様が映し出され、満ちる炎がコック ピット内を赤く照り映え、マコトは知らず知らずのうちに汗を零す。

紅蓮の炎に彩られるなかに悠然と立ち上がるガンダム。

その白き装甲が赤く染まるなか、暗い闇に包まれていたセンサーアイが光を発する。

静かに…そして深く……蒼穹に…………

 

 

 

―――――傀儡は魂を宿し……仮初の生を得る………

―――――さあ……世界へ誘い………踊るがいい…………

 

 

 

運命の輪廻のなかで―――――――

 

 

機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS

PHASE-02  GUNDAM

 

 

C.E.74――――― 

月面衛星軌道上で対峙するムラサメと純白のMS。ムラサメのコックピット内でレイナ は強張った面持ちで対峙する純白のMSを凝視していた。

「メタト…ロン……カイ ン……」

その形状を見間違えるはずが無い。かつて、その全てをかけ、そして殺しあったきょう だいの愛機……だが、同時に沸き上がる疑念。

 

―――――カインは死んだ。

 

殺したはずだ……他でもない……自分の手で…闇へ誘った。

その刻にメタトロンも共に消えた……何故、その機体がここに………だが、眼前に佇ん でいるのは間違いなくメタトロンだ。

いや…問題はその内にいるパイロットだ。

(カイン…なの……)

思わずそんな言葉が脳裏を過ぎるも、その疑念もメタトロンの相似の機体がその真紅の 瞳を輝かせた瞬間、掻き消えた。

カメラアイを真紅に輝かせ、咆哮を上げる機体……刹那、レイナは反射的に操縦桿を 捻った。

ムラサメのスラスターが火を噴き、離脱した瞬間、幾条もの閃光が走る。

「ぐっ!」

突然かけた機動に歯噛みしながら、レイナはその閃光の正体を視界に収める。MSの周 囲に浮遊する6つの飛翔体。羽を思わせる形状にその銃口を鈍く光らせている。飛翔体が加速し、その銃口から光の高速弾が放たれる。

その見覚えのある攻撃パターンにレイナは内心苛立つものを抑えられない。

この武器自体もレイナにとっては忘れられないものだ……ザラっとしたような不快感が 沸き上がってくる。

ビームの弾丸が縦横無尽に襲い掛かり、レイナは舌打ちして回避する。紙一重で網目の ように襲いくる銃弾をかわすも、いつまでもかわし切れない。

反撃しようとイカヅチを構え、ビームを放つも、飛翔体は悠々とかわす。

(っ、手持ちの火器じゃ分が 悪い……っ)

己に毒づく。相手は広域戦闘用の攻撃機動ポッド…だがこちらは貫通性に優れた火器。 こんな状況ではいうまでもなく不利だった。

イカヅチを下げ、ビームサーベルを抜く。シールドを突き出し、飛翔体に向けて加速す る。

「はぁぁぁっ!」

シールドでビームの弾丸を受けながら懐に飛び込み、ビームサーベルで一閃する。ビー ムの刃が飛翔体を掠め、一基が蛇行する。だが、致命傷ではない。

「っ!?」

追い討ちをかけようとした瞬間、ムラサメに覆い被さるように掛かる影。ハッと顔を上 げると、純白のMSがムラサメのすぐ眼前にまで迫っていた。

真紅の瞳が鋭く射抜いた瞬間、鋭い一撃がムラサメに向かって振り下ろされた。

ほんの一瞬……その場が静寂に包まれたように錯覚した瞬間、ムラサメの左腕がスロー モーションのようにボディから離れ、一拍後、爆発した。

「がぁぁっ」

爆発に弾かれ、衝撃に呻くレイナ。コックピットに響くレッドシグナル……息を乱しな がら、純白の天使を見据える。4枚の白銀の翼はまるで悪魔のような錯覚を憶えさせるほど禍々しく、その右手には巨大な鎌が握られ、刃が真紅のビームに光っ ている。

まるで……獲物を狙う死神の鎌のごとく――――――

あと少し…ほんの少し反応が遅れていたら、間違いなくコックピットを斬り裂かれてい た。嫌な実感がレイナの内を駆け巡る。

「この反応…それに能力…… どうやら、本物のようね」

苦い口調で吐き捨てる。あの機体が何であれ、この機動性にパワー、そして戦闘能力 ――間違いなくメタトロンそのものだ。

そして―――――

(私への……憎悪っ)

先程の咆哮と鋭い視線……一瞬でも気を抜けば殺されると思わされる程の狂気と憎悪を 感じさせた。そしてそれは…間違いなく自身に向けられている。

微かに流れる鮮血が操縦桿をつたり、流れ落ちながらレイナは純白の天使を睨む。

煙を噴き上げながら滞空するムラサメに対峙する純白のMSのコックピットには、一人 の人影があった。だが、コックピット全体が薄暗く、その顔を確認することはできないが、口元だけは微かに歪んでいた。

「フッ……流石だな。レイナ =クズハ……その資格を得ただけはある」

微かに発せられた称賛…人影に取って、先程の一撃は間違いなく渾身の一撃だった。だ が、それを被弾したとはいえ、コックピットを外したレイナのパイロットとしての技量はそれを上回っていた。

「惜しいな…そんな機体であ ることが」

惜しむらくは、レイナの乗っている機体が量産機ではなくあの機体……無限の翼であっ たなら、と一瞬過ぎる。

だが、そんな仮定に興味などない。今この眼の前の光景のみが現実……口元が微かに歪 む。

「だが、貴様の命……ここで 狩らせてもらう」

純白のMSは鎌を構え、レイナは機体の状態を確認する。

「レフトアーム損失、スラス ターも機能がほとんど停止…火器ももうダメか」

機体の随所にレッドシグナルが点灯している。

左腕を欠損、この状態ではもはや変形も不可能。戦闘機形態になれればまだ離脱の可能 性はあったが、それも難しい。おまけにスタビライザーの機能も稼働率が半分を切っている。火器も残っているのはビームサーベルのみ。ほとんど手詰まりだ。

「見逃してくれる可能性 は……0、か」

自身を嗜めるようにぼやく。

そんな甘い考えを抱かせるような相手ではないのは既に実証済み。だが、簡単にやられ るつもりもない。

最悪でも相打ちには持ち込んでやると内心に囁き、レイナは残った右手にビームサーベ ルを構える。あの機体の正体は何なのか、そしてカインとどういう関係なのかは知れずじまいになるが、死んでしまってはそんなものに何の価値もない。知りた いと思ったのはあくまでレイナの個人的感傷だ。

そう切り捨て、強張った面持ちでビームサーベルを構えると、相手もそれに応じて鎌を 構える。

一瞬の視線が交錯した瞬間、ムラサメと天使は加速し、相手に向かって斬り掛かった。

「はぁぁぁっ!」

ビームサーベルを振るうムラサメの斬撃をかわしながら、天使は鎌を振るい、レイナは 紙一重でかわしながら距離を詰め、間合いを取る。

あの獲物なら接近すれば使用範囲は制限される。その目論見通り、天使の鎌の振り方は どこかおぼつかない。このまま距離を詰めて、一撃を加える。

振るうビーム刃をかわし、天使は突如左手を振り被る。レイナが一瞬眼を見張った瞬 間、左手のマニュピレーターからビームが迸った。

「っ!?」

それが何かを悟った刻には遅く、天使は左手をムラサメに向けて振り下ろした。ビーム の爪がムラサメのボディを引き裂くように切り裂く。

砕け散る装甲…そして引き剥がされるコックピットハッチ……破片が飛び、僅かに露に なるコックピット。

「ぐっ」

エアーの排出される音にレイナは間髪入れずコンソールのボタンを叩き、破損箇所を防 ぐ粘着剤が飛び、亀裂部分を塞ぐ。

パイロットスーツを着ていないことが今回の致命傷だ…咄嗟に後ろに飛んだからあの程 度で済んだが、まさかあんな装備を持っているとは予想外だった。しかも、先程の攻撃で頭部も僅かに欠け、モニターにノイズが走っている。

だが、今の戦い方はまるで獣のそれ……相手への激しい敵意ゆえの無意識の攻撃。それ 故に察せられなかった。

「くそっ、メインカメラはも う無理かっ」

毒づきながらサブカメラに切り換え、モニターがクリアになった瞬間、眼前に迫る天 使。息を呑む間もなく振り下ろされる鎌をかわすも、天使は持ち手を変え、柄の下から伸びるビームの穂先が真っ直ぐにムラサメに襲い掛かる。

「このっ」

だが、レイナはムラサメの右足を振り上げ、足裏でビーム刃を受け止める。右足首が破 損するも、そのまま弾くように離脱し、後退しながらバルカンで狙撃する。

バルカンが天使を掠めるも、装甲に弾かれ、怯みもせず、加速し、半壊のムラサメは回 避しきれず、弾き飛ばされる。

「がぁぁっ!!」

コックピットを襲う衝撃に苦悶を上げながらムラサメは岩塊に激突する。

電子のショート音とアラートがコックピットに響き、レイナの額から流れる鮮血。

悠然と歩み寄る天使にレイナは操縦桿を握り締め、ムラサメをなんとか立ち上がらせよ うとする。

刹那、コックピットに響く別の警告音……ハッと見やると、先程の民間艦と思しき艦の エンジン部分から火の手が上がっている。瞬時に不味いと察したが、次の瞬間……エンジンが炎を噴き上げ、艦が爆発に包まれていく。

岩塊に身を隠していたが、その爆発によって発生した衝撃波が岩塊を弾き、ムラサメも 吹き飛ばされる。

「くっ……ん…アレは……」

衝撃に耐えていたレイナの視界に飛び込んできたもの……爆発した艦の内から現れる 影……純白のボディに蒼穹の瞳を輝かせる一体のMS。

「ガン…ダム……?」

その機体形状はG―――極一部のパイロットの間で名づけられしMSの呼称。 『GUNDAM』と呼ばれし機体―――それに酷似していた。

だが、それに気を取られた一瞬がレイナにとっての命取りとなった。

「っ!?」

気づいた瞬間には遅く、天使はムラサメの懐に飛び込み、鎌を振り下ろしていた。ボ ディに刻み込まれる光の刃…袈裟懸けに斬り裂かれ、コックピットに火花が飛び、コンソールが破損する。

「がはっ、くっ」

破片が皮膚を切り、鮮血が舞うなか、レイナは苦悶を浮かべながらも吼えた。

「はぁぁぁぁっ!!」

残った右手のビームサーベルを振り上げ、至近距離でビーム刃を展開し、天使のボディ に突き刺す。どんな装甲だろうと、この距離なら無傷はあり得ない。密着した状態で展開されたビームが天使の装甲を貫き、小さな爆発が起こる。

それに連動して天使のコックピットにもショートが迸り、人影は微かに表情を顰める。

(ちっ、甘く見すぎていた か…だが、アレはどうやらうまくいったようだ。なら)

顰まっていた表情が微かに醜悪に歪み、人影は手元のボタンの一つを押した。

火花が散るコックピットでレイナは額から鮮血が流れ、唇で噛み締めながら天使を睨ん でいた。

刹那、受信の表示が灯り、微かに息を呑む。接触回線が繋がった…なら、それは必然的 に眼前の天使………逡巡する間もなく、モニターに天使のコックピットが表示される。

そのモニターに映った人影に、レイナが驚愕に眼を見開いた。

「お、お前は……っ」

その言葉が最後まで続かなかった……斬り裂かれたエンジンから火が噴き上がり、ムラ サメを呑み込んでいった。

コックピットに迫る炎がレイナの視界に入り、一拍後…ムラサメは閃光に包まれ、天使 の姿もそのなかへ消えていった………

 

 

 

 

「ううっ…何がどうなっ た?」

ぶつけた頭から響く脳震盪に眩暈を起こしながら、マコトは状況を確認する。

起動したMSのコックピットに映るモニターに、覚醒していない意識を向けると、二体 のMSが折り重なっている光景が眼に僅かに過ぎり、それを中心に閃光が迸り、爆発が轟く。

「な、何だ…MSが爆発した のか?」

慌てて計器類を操作し、状況を確認する。

各種センサー類やレーダーには反応がない…いや、爆発の影響か、熱を持っている金属 パーツも多く周辺に浮遊しているために細かな判別は難しい。

だが、少なくともMSの反応は近くにはない……あのMSの集団も漆黒のMSも見当た らない。微かに警戒を漂わせながら、マコトはふと自分の腕のなかで気を失っている少女に気づき、視線を落とすと、そこにはマコトの胸に顔を寄せ、眠る少女 の顔があった。

まるで人形のように眠る少女…呼吸音も微かにしか聞こえず、マコトは表情を顰める。 正直、もうこの場に留まる理由がない。

周囲はもう先程の戦闘を感じさせないほど静けさに包まれている。

SOSを発信していたと思しき艦から救出できたのはこの少女だけ。それに、襲ってい たMS集団も漆黒のMSも消えた今、この宙域に留まるのは自分のみ。こんな場所に長居は無用だ。

「レイスタは…爆発でやられ ちまったか……」

マコトは艦に固定していたレイスタを捜すが、反応はない。あの爆発でスクラップに なってしまった可能性が高い。乗ってまだ半年ほどだったが、自分の機体を喪ったのは正直嫌なものだが、状況が状況だけに仕方ない。

軽く溜め息を零すと、マコトは次に機体の状態を確認する。

「モニターに異常なし、セン サー類も正常…各駆動部分も問題はなし、か」

機体状態をチェックしながら、マコトは未だ表示されている正面のモニターを見やっ た。

そこに浮かぶOSの頭文字を繋ぎ合わせて導き出される言葉。

「ガンダム……か」

今一度、ポツリと反芻させる。

偶然乗り込んだこの機体……だが、あの爆発を受けたにしては機体ダメージはない。無 論、システム自体がまだ把握できていないからどこまでが大丈夫なのか解からないが、少なくとも通常の行動なら問題はなさそうだった。

(だけど……)

一つだけ引っ掛かるような感覚がある。だが、マコトはその疑念を内に流し、考えを改 める。

「本格的な調査は一旦ステー ションに戻ってからにするか」

どの道、こんな状況では機体の調査もできない。ステーションに戻れば、他のジャンク 屋の人間もいるし、なにか解かると思い、マコトは操縦桿を握り、引く。

それに連動し、MSが蒼い瞳を輝かせ、スラスターが微かにうなりを上げ、姿勢制御を 整え、向きを反転させ、宙域からゆっくりと離脱していく。

僅かな緊張感を漂わせながら、マコトは静かにその場を去っていく。その離れていく機 影を見下ろすように破片の上に佇む機影。

宇宙の闇がその姿を覆い隠し、窺うことはできない……だが、その機体は暗闇のなかで 瞳を金色に近い色に輝かせ、低い唸りを漏らす。

「っ」

刹那、マコトは機体の動きを止め、振り返る。

振り返り、周囲を窺うが、動くものの気配はない……だが、頬を汗がツーっとつたう。

(気のせい、か)

微かに感じた凝視するような嫌な視線……だが、見渡せる範囲に浮かぶのは残骸のみ。 神経が少し過敏になり過ぎているとマコトは己に言い聞かせ、無意識のうちに機体の航行スピードを上げ、その場を静かに去った。

完全に機影が離れ、ほぼ視認できなくなると、静けさの漂う場所に再び姿を見せる機 影。

そのコックピット内では、人 影が微かに見える口元を薄く歪ませた。

(なかなか鋭い……でも、そ うでなくちゃね………)

どこか愉悦を感じさせる口調で呟き、人影はほくそ笑む。

そして、その視界にすぐ眼前に漂ってきたものに気づく。それは――――MSの頭部。 レイナの搭乗していたムラサメのものだった。

静かに手を伸ばし、その半壊した頭部を掴み、一拍後、頭部を握る手に力を込めた。

鈍い音とともに歪み、砕け散る頭部……破片が周囲に舞い散るなか、笑みを噛み殺し、 静かに囁いた。

(全ては始まる…… ねぇ………――――)

呟かれた言葉は誰に聞こえることもなく虚空に消え、その機影もまた闇に溶け込むよう にその場から消えていった。

 

 

 

 

月面の引力圏近くに停泊させておいた作業艦に戻ったマコトは機体をハンガーに固定す ると、少女を抱き抱えて機体から降りる。

ラダーから降りたマコトは今一度、自分が乗っていた機体を見上げる。純白のボディに 輝かせる蒼穹の瞳。それがまるで見下ろしているように感じる。

マコトは手に持った起動コントローラーを腰のベルトに引っ掛けると、そのまま踵を返 して格納庫を後にした。

そのまま自室のベッドの上に少女を横たえ、毛布を被せ、無意識にその寝顔を凝視す る。静かに眠る少女……その顔にマコトはやはり既視感を拭うことはできない。

(そういや、名前…なんてい うんだろうな)

思えば、まだこの少女の名前も知らない。まあ、出逢った状況からしてそんな余裕はな かったが……マコトは未だ深い眠りのなかにある少女を残し、一人ブリッジに向かい、操縦シートに腰掛ける。

起動シーケンスを起ち上げ、進路を月近くのステーションへと設定し、作業艦は艦首の 向きを変え、月を背にした瞬間、ブースターが火を噴き、ゆっくりと加速していく。

デブリのなかを進みながら、作業艦は月の重力圏を抜け、航行する。

「ふぅ」

自動操縦に切り換え、シートに身を預けながらマコトは大きく息を吐き出し、肩を落と した。今になって疲労がドッと押し寄せてきた。

謎の呼び出しに謎のMS戦…おまけに謎のMSと少女……よくよく考えてみれば、あま りに奇想天外な事態の連続だった。今の仕事に就いてまだ一年程だが、この先経験できないかもしれない事の連続だったと思うと今更ながら震えにも似た感覚が こみ上げてくる。

だが、それに並行して自身に降り掛かった謎もまたマコトの内で渦巻いている。

「結局依頼人は現れずじまい か……」

あの場へ呼び出した依頼人とは遂に会えなかった。

そして呼び出された先で遭遇したのは戦闘……結局、依頼は無効ということになるだろ う。

報酬ではないが…MS一機を得たといえば確かにいいが、肝心の乗機であったレイスタ を損失したので結局はプラスマイナス0だ。

加えて……一番マコトの内で引っ掛かっているのは、MSと一緒に助け出した少女。

不意に、脇に置いてあったコントローラーを右手に持って凝視する。あの謎のMSを起 動させるためのキー…確かに今まで見たことがない起動システムだが、このコントローラーも別段変わったところはない。

ならいったいなんのためのシステムなのか……考えれば考えるほど謎はつきない。

「ま、本格的な調査は戻って からにすっか」

コントローラーをダッシュボードに放り、こんな状況であれこれ考えても答が出ないと 踏んだのか、マコトは思考をやめ、シートに腕を組んで枕代わりにしてもたれ掛かると、今一度天井を仰ぎ、右手を懐に入れ、一枚のフォトを取り出す。

いつもはレイスタのコンソールに貼り付けてあったマコトに取って唯一無二のもの…レ イスタから離れる時、無意識に持ち出して正解だったと今更ながら思う。

これだけはたとえ死んでも離さない…もうこれだけが、彼にとって家族と一緒にいたと いう証なのだから……そして、マコトはその視線を、フォトの中心で佇む少女に向ける。

まだ二桁にも達していない歳 の少女がやや不安げな面持ちで隣に立つ少年の腕を取り、こちらを向いている。

その表情が、マコトの記憶のなかにある顔と…部屋で寝ている少女の顔とともに交互に 駆け巡る。

「カスミ……」

無意識に口から出た言葉…まだ、吹っ切れていない。いや…忘れることなど決して不可 能だろう……あの光景は今でもマコトの瞼に焼き付いて離れない。

轟く爆発と黒煙……砕け散る破片…それらが次々とリフレインし、マコトは歯噛みしな がら首を振った。

「くそっ」

どうしようもない苛立ちを抑え込み、マコトはフォトを懐に収め、月の引力圏を脱した と同時に席を立ち、今一度部屋へと向かった。

ブリッジのすぐ傍に設けられた自室に戻り、ドアを開くと、ベッドに寝かされていたは ずの少女が眼を覚まし、起き上がっていた。

「お、眼覚めたか?」

マコトが声を掛けると、少女はゆっくりと視線を向ける。その虚ろな…まるで人形のよ うな視線と金色という瞳の色に僅かに気圧されながらも、マコトは抑え込み、ベッドの傍の椅子に腰掛け、身体を向けて視線を絡ませる。

「取り敢えず、名前…聞かせ てくれないか?」

いろいろ訊きたいことは山ほどあるが、まずは肝心な少女の名。いつまでも知らずにい る訳にはいくまい。だが、少女は表情を変えず無言のままマコトを凝視している。その様子にマコトは怪訝そうになる。

「なんだ、自分の名前だよ、 名前」

「名前……」

再度確認するように問い掛けると、少女はか細い声で反芻し、マコトは少女の反応を 待ったが、次の瞬間に発せられた言葉は予想外のものであった。

「知らない…名前……解から ない」

小さな声で発せられた言葉。マコトはその意図を一瞬はかりかねたが、少女はただ表情 を変えずに視線を落としている。その表情は、『名前』という己を表すアイデンティティをまったく理解していないことを感じ取らせた。

「解からない……私は… 私……解からない……」

まるで壊れた人形のように喋る少女にマコトは眼を伏せるが、やがて顔を上げ、軽く息 を吐き出す。

「そっか、名前ないのか…」

予想外の事態だった…だが、名前が無いというのは正直困る。

少女の顔を覗き込み…マコトは内に無意識にある名を反芻させ、口が開いた。

「んじゃ、カスミって呼んで いいか?」

暫く思案していたが、何気に発せられた言葉…マコトも自分が何を言っているのか一瞬 問い詰めたくなるような感覚に捉われる。この名は特別だ…もう二度と呼べないと同時に二度と口に出したくはなかった名。哀しみと愛しさを嫌でも思い出させ る…あの過去の残照を。

マコトの言葉に少女は表情を変えず、呟かれた名を反芻する。

「カスミ……」

「そ、カスミ。嫌…か?」

窺うように覗き込むと、少女は微かに視線を落とし、小さな声で囁いた。

「カスミ…名前……私の…名 前……」

まるで、初めて玩具を与えられた子供のように名前を反芻する少女にマコトは笑みを浮 かべる。

「そう、カスミ…んじゃ、カ スミって呼ぶな?」

少女…カスミはマコトを見詰め、やがて静かに頷いた。

「じゃあカスミ、訊いていい か? なんであの艦にいたんだ? それに、あのMS…いったい何なんだ?」

正直、解からないことだらけなのだ。

あのMSにカスミが何故あんな状態で独り艦に乗っていたのか……だが、カスミは静か に首を振る。

「解からない……」

「解からない?」

問い返すと、カスミは再度首を振るだけ。

「解からない…私は……何も 解からない………何を探すのか…何を求めるのか…何を望むのか……何を見出すのか…何を信じるのか………」

まるで謎めいた物言いで話すカスミにマコトも口を噤む。だが、その真意を探ることは できない。そして、結果としてはカスミは何も知らないということだ。

記憶喪失…そういう言葉で括るのも違うような気がする。まるで、赤ん坊のように知識 を持たない状態に近いのかもしれない。先程の名前という一番最初に与えられる己を形成するアイデンティティを知らなかった。

「そっか…解かった」

だから、マコトに答えられたのはカスミの言葉を肯定するだけ。迂闊に踏み込むのもで きない。

だが、結局何も解からずじまい……せめて、カスミが自分のことをある程度でも知って いてくれれば、カスミの両親や家族を探すこともできたが、これではそれすらも難しい。

あとは、あのMSの調査で解かることに期待するしかない。

マコトは今一度カスミを見やると、カスミはジッとこちらを凝視している。初めて見る 好奇の対象を観察する子供のようだと思いつつ、マコトは意志を決めた。

「じゃあ、暫く俺といるか?  お前の面倒ぐらい見てやれるし」

どちらにしろ、暫くは一緒にいるしかない。それに、この少女を誰かに預けるというの も何か気分が悪い。それは、マコト自身の内にある何もできなかったという陰があるからかもしれない。

少女はキョトンとした表情で見詰めていたが、マコトは軽く笑い、手を差し出す。

「ほら、遠慮するなって。ま あ、当面は俺がお前の家族になってやるから」

「家族?」

「ああ。名前もないんじゃ な…暫くは俺の妹ってことで登録しておかないと」

別姓を使うことも考えたが、兄妹にしておけば余計なことを勘ぐられることもないし、 なにより登録するのも楽だ。

ステーションやコロニー間の乗員チェックは厳しい…その点を踏まえても、こちらの方 がリスクは少ない。

やや言い訳じみた考えだが、マコトはカスミを見やり、もう一度名を呼んだ。

「お前は俺の妹…カスミ=ノ イアールディ。よろしくな、カスミ」

再度手を差し伸べると、カスミはぎこちない動作で手を伸ばし…マコトの手に近づける も、なかなかその手を掴むことができない。

そんな様子にマコトは笑みを浮かべ、手を伸ばし、カスミの手を取った。

「よろしくな、カスミ」

「…………」

カスミはやや呆然とした表情でマコトを見詰めていたが、マコトは手元の計器がなった のに気づき、思わず手を離す。瞬間、カスミは微かに声を漏らしたが、それにマコトが気づくことはなかった。

「んじゃ、俺は一旦ブリッジ にいくから。じきにステーションに着くからそれまでは休んでろよ」

月の引力圏を抜け、後はステーションまでの航行だが、その操舵のためにマコトはカス ミに軽く呟き、その場を後にした。

閉じられる扉…マコトが消えたその扉を暫しジッと凝視していたが、やがてその視線が 自身の右手に向けられる。先程握られていた手…それを見詰めながら、カスミはポツリと呟いた。

「か…ぞ…く…………

やや虚ろな視線で無意識に発せられた言葉……刹那、鈍い傷みがカスミの脳裏を走る。

微かに苦悶に呻き、頭を垂れる。ほんの一瞬であったが、顔を上げたカスミの表情は、 元の無表情なものに変わっていた。

そのまま視線を動かし、部屋に備えられた窓の向こうに映る月を見据える。その金色の 瞳に月を映しながら、カスミは人形のように佇むのだった。

 

 

 

 

同時刻……L4コロニー群へと向かって航行する一隻の旅客シャトル。

客室には、大勢の人の姿がある。

「いよいよだな」

「そうね、新しいプラントを 地球へ見せられるわ」

「新型機のお披露目か……」

談笑を交わす人々は興味と期待感を滲ませながら沸きあっている。そんな人々とは対照 的に水を打ったように静かに見据える女性が客室の一画に座り、微かに表情を顰めた。

(ザフトの新型機、か……あ ながち、ただのではないかもしれないな)

紫を滲ませるような銀の髪を頭の上でポニーテールに束ね、手元の端末に眼を向けてい るのは、漆黒のコートを羽織った女性。

彼女の名は――――リン=システィ。

先の大戦を戦い抜いた一人……戦後、彼女はレイナと共に裏で非合法な仕事をこなす傍 ら、世界情勢の収集に明け暮れていた。ザフトのセカンドシリーズと呼ばれる新型機の存在についても発表されるより早く掴み、その情報を探っていたが、流石 に極秘プロジェクトだけあった詳細なデータを得るのは難しかった。

端末を叩きながら、リンは表示されるデータに眼を通る。

表示されるのはMSの構造データが5体…どれもが、異なる形状を持ち、ザフト内部で Xナンバーと呼ばれる形状を持っている。だが、得られたデータはそれまでだ。これらの機体がどのような能力を持っているのか…そして、開発過程でどの程度 改良されているのか、そこまでは流石に掴めていない。

MSを設計し、開発しても当初のデータ上のスペックで全てうまく行くはずがない。開 発側の算出した数字と実践で算出されるデータは違うし、装備も変更になる可能性もある。結局のところ、ハッキリと掴めていないのが現状だ。

(性能的には既存のザクとは 比べ物にならないスペックを持っている。噂されている次期主力機とも違うタイプか)

現在ザフトにてゲイツに代わる次期主力機として配備されているニューミレニアムシ リーズと呼ばれるZGMF-1000のザクシリーズとその後継機として開発されていると噂されているナンバーがあるが、 これらはあくまで次期モデルのテスト機だ。それぞれが特化された機能を持ち、新機軸の実験機的な役割を担っている。

将来的には可変機構を導入した量産機の開発を目的としているのだろうが……リンは頬 杖をつきながら軽く溜め息を零し、データを一度閉じる。

遂先日に公表されたザフトの新型機。その発表をプラントに生きる市民はどうやら自分 達の新たな力の誇示と捉えている傾向がある。2年前の戦争など、半ば過去のものになりつつある。時間の流れは記憶を風化させ、人々はその恐怖も哀しみも薄 れさせ、次なる争いを齎す始まりとなる。まあ、アレだけお互いに殺し合ったのだ。一般市民にとってはたまったものではないだろう。元々ナチュラルとコー ディネイターの対立という図式で始まったものがたった2年程度で忘れられ、埋められるような浅いものではないのは明白だ。

未だにナチュラルはコーディネイターに対して劣等感を抱き、コーディネイターは自分 達の優越性を保とうとしている。お互いのアイデンティティを簡単に捨てられるなら、戦争というもの自体2年前も…いや、そもそも人類の歴史からとっくに無 くなっているだろう。

考えても仕方のないこと…それが人間であり、世界なのだ。所詮、ただの一個人である 自分達にはどうしようもないことだ。もっとも、こうやって世界の流れを監視するような行為をしている今の状況も矛盾しているといえばそうだ。リンは溜め息 を僅かに零すと、別の考えを思考に浮かべる。

(だけど…問題はギルバート =デュランダル議長、か)

新型機のデータ云々はまあ置いておいても構わないが、問題は別のところにある。今回 の新型機公表を行った現在のプラント最高評議会議長であるデュランダルの真意だ。

一時期、プラントにもいたリンではあるが、評議会議員全ての顔を知っていたわけでは ない。だが、プラントの議長に選出されるなら、それなりに名は知れ渡られていたはずだ。流石に無名の平の下議員が議長に選出されるはずがない。頭を捻りな がら、リンはキーを叩く。

それまで表示されていたセカンドシリーズのデータが消え、新たに表示されたのは現在 のプラント最高評議会議長であるギルバート=デュランダルの顔写真がプリントされた個人データだ。

(ギルバート=デュランダ ル……先の大戦時はパトリック=ザラの許、遺伝子工学に従事、第三世代誕生事業に従事、か)

デュランダルは先の大戦の折は当時の評議会議員であったパトリックの許で当時問題と なっていた第三世代誕生促進のための遺伝子の検出と収集にあたり、男女の遺伝子の不一致を研究していたらしいが、その問題もラクスが外務次官に就任し、他 国から移民を募り、少しずつであるが改善されつつあるとも聞いている。だが、それはコーディネイターからナチュラルへの回帰というコーディネイターの自尊 心を捨てる行為だと一部では反感もあるらしい。

だが、デュランダルのなかで眼を引くのはこの程度だ。あとの経歴は特に眼を引くもの はない。悪い言い方をすれば、この程度の経歴でよく議長に選出されたと思える程だ。当時、臨時で議長に就いたとはいえ、ジュセックは政治家としてのキャリ アも長かった。それ故に大戦中は接触したし、当時の評議会にはジュセックとまではいかなくてもそれなりのキャリアをもつ議員は多数いた筈だ。それらが押し のけられ、まったくの無名であったデュランダルが議長に選出された。

(裏でなにかがあった、か)

政治の世界ではそういった裏取引や工作が常套手段だ。デュランダルが選ばれたのも裏 を返せばそういったことがあってもおかしくない。

そこまで考えてリンは天井を仰ぎ、軽く顔を手で覆った。

何をそこまで深く考え込んでいるのか……別にデュランダルがどういった経緯を経て議 長になったかはどうでもいい。現在の議長は紛れもなく彼であるし、別段パトリックのように戦争を再びやろうなどという意思も今のところは感じられない。現 にプラント政府としての立場を地球圏でも拡大させつつある。

だが、それだけに今回のような発表は今のプラントの立場をやや危なくするのではない かという危惧もある。今のプラントの立場は地球圏では微妙なものだ。その調整のためにラクスがアーモリー・ワンに向かっているというのも掴んでいる。

ラクスに接触してみれば、何か解かるかもしれない。まあ、正直ラクスらに会うのは気 が引けるが、この際しょうがない。自分の名を出せば簡単に面会は叶うだろう。

あとは実際にアーモリー・ワンに着いてから考えようと思い、リンはディスプレイを閉 じ、その拍子に左手の薬指に嵌った銀の指輪が視界に入り、背を背凭れに預け、窓から見える宇宙を見やった。

(そう言えば、姉さんはどう したのかしら)

本来なら、一緒にこのシャトルに乗っていたはずの姉…だが、搭乗直前になってレイナ から緊急の連絡が入ったのだ。今回の件は自分に任せると…野暮用ができたと言ってそのまま何処かへと姿を消した。

(少し、様子が変だったけ ど……)

別段、姉がフラリと何処かへ行くのは珍しくない。元々放浪癖のある姉だ。リンにも 黙って数日間姿を消したことも一度や二度ではない。だが、今回は少し様子がおかしかった。声が僅かに低かった…そう、たとえるなら数年前……ここ最近は特 に見なかったあの時の状態に近いような声。

そこから何かあったと推察するのは容易い…あの姉がそこまで豹変するからには、何か しら余程のことがあったのだろう。最も、リンにそれを窺い知ることは叶わないが。

それに、今のリンの目的はデュランダルの調査だ……アーモリー・ワンに着けばレイナ と定時連絡も取れるだろう。その時に確認できるのならすればいい。だが、リンの内にはもやもやとした不安感が渦巻いていた。左手を翳し、リングを眺めてい ると、微かに歓声が起こり、何気に窓に視線を向けると、視界に大きな建造物が飛び込んできた……他の乗客達も歓声にも似た声を上げ、窓から見えるその巨大 な建造物:L4のプラントコロニー:アーモリー・ワンを見詰めていた。

プラント独特の砂時計を模したような構造のコロニーから誘導ビーコンが発せられ、旅 客シャトルはゆっくりとコロニー内に入港していく。

港周辺では現在のザフトの主力機であるZGMF-601R:ゲイツRが警戒している。その光景を眺めながら、リンはその不安が僅かに確信に近 いものを薄々ながら察していた。

 

――――――世界は結局矛盾しかない。そして…世界が求めれば……また嵐はくる。

 

脳裏に、そうリンに漏らした姉の言葉が過ぎる。

嵐はまた来ると…ここから……そんな確信を抱きつつ、リンはアーモリー・ワンへと足 を踏み入れるのであった。

新たな運命の始まりの地へと――――――

 




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