月面よりやや離れた宙域に存在する一つの補給ステーション。

ジャンク屋組合の許、民間で経営されるステーションでは、周辺をジャンク屋の警備レ イスタが警護し、ステーション外部から伸びる接舷アームには、マコトの乗っていた輸送艦がドッキングされている。

月面より離脱したマコトは無事このステーションに帰還し、艦の補給の傍ら、ステー ション内のハンガーで手に入れた謎のMSの解析を行っていた。

ハンガーに固定される純白のMS…機体各所にケーブルが繋がれ、構造データの解析に 入っているが、表示されるデータは芳しくない。

(機体フレームは連合のもの に近いけど…駆動路は一応バッテリー型のようだな)

スキャンにかけてみた機体構造は連合のG系列に近いものを持っているが、それでも ハッキリとは解からない。駆動路周辺から検出される数値は通常のバッテリー駆動路のようだが、それでもハッキリとは解からない。

それに、データバンクにアクセスもしてみたが、肝心のバンクは真っ白の状態。カスミ のことも少しは解かるかと期待したが、落胆を隠せず軽く息を吐く。

(だけど…)

マコトにはもう一つ気掛かりなことがあった。この機体…どこかで見たような覚えがあ るのだ。といっても、今はMSの普及は当たり前でデザインも様々だ。勘違いしている可能性もあるかもしれないが……そこまで考えてマコトは上から響いた声 に我に返った。

「ダメじゃ、マコトこれ以上 詳しいことは何にも解からん」

MSに取り付いていたこのステーションの作業員と思しきやや年輩めいた男が作業帽を 微かに上げながら声を上げ、お手上げといった感じでマコトに首を振る。危険が無いか念のために装甲板も外して内装のチェックを行ったが、危険物の類はな かったが、それでもマコトも表情を顰める。

「そうですか」

「ああ、ここの設備じゃこれ 以上は無理じゃな。一応危険はないようだが、機体登録もないし、パーツの出所も綺麗さっぱり消されてる。正直徹底してて不気味じゃな」

その言葉にますます表情を顰める。機体の登録ナンバーさえ不明…おまけに構成パーツ も製造ナンバーから抹消されており、実質この機体は存在しないもの……ロストナンバーだ。

いくら昨今、先の大戦時におけるMSが大量に出回り、中には未確認の機種があるとは いえ、それでもそこまで徹底されて登録が抹消されている機体はほとんど無い。

「わしらも今までヤバイ機体 はいくつか扱ったがな、正直こいつは異常じゃ。どっからこんなヤバげなもん拾ってきたんじゃ?」

歳を僅かに頬に刻んだ作業員の男はくいっと固定されているMSを指差す。だが、マコ トは言葉を濁す。手に入れた経緯が経緯だけに話していいものか……まさか、戦闘に巻き込まれて知りもしない輸送艦から非常事態だったのでそのまま乗ってき た等と…あまり話したくはない事情だ。

「ま、話したくないんだった らいい。だが、どうすんだ、こいつ?」

マコトの表情から何か複雑な事情があると察したのか、男もそれ以上は追及しようとは しない。この世界は何かと物騒なもの…言うなれば訳ありの事情があって然るべきなのだ。だからこそ男もそれ以上聞こうとせず、マコトもやや表情を緩ませ、 やがて思案するような表情で機体を見上げる。

確かに、状況が状況だっただけにそのまま持ってきてしまったが…この機体も本来の持 ち主は自分ではない。あのカスミと一緒にあったのだから、その辺の関係があるとは思うが、もし持ち主が現れれば返した方がいいかもしれない。

だが、それまでは……

「当分は俺の方で使います。 機体の登録もしときますし」

マコトで管理しなければならないだろう。なにより、作業機として使っていたレイスタ を喪ったのだ。代わりの機体としてこいつを使わなければならないだろう。残念ながら新しい作業機を購入するのは愚か、レンタルする程の余裕も無い。幸いに 操縦方法はさして変わらないようだし、パワーなどもレイスタとは比べ物にならない程の出力がある。作業に支障は出ないだろう。

「そうか…んじゃ、登録手続 きするが、こいつの名前どうすんだ?」

そう…自分の機体として登録する以上は機体名が必要になる。レイスタ等はジャンク屋 組合がライセンスを持っているために製造ナンバーが登録されていて楽だが、個人でカスタマイズした機体などはそうはいかない。

マコトは顎に手をやりながら考え込む。機体を見上げ…その頭部に輝く蒼穹の瞳と視線 が合ったような錯覚を憶えた瞬間、頷いた。

「よしっ、セレスティ…こい つはセレスティだ」

『セレスティ』…『蒼』を意味する言葉。蒼穹の瞳を持つこの機体に合っているかもし れない。

「解かった。んじゃ手続きは しといてやるよ…ああそれと、もしもっと本格的に調べたいんだったらジェネシスの方へ行った方がいいぞ」

手を挙げ、軽く笑みを浮かべながら離れていく男に笑みを返しながら、マコトはセレス ティと名づけた機体を見上げる。

今からこの機体は自分の搭乗機となる……レイスタ等とは違う完全なスタンドアローン の機体。マコトは内心にやや子供じみた興奮が沸き上がってくるのを抑えられなかった。

「暫くよろしくな、相棒」

軽く話し掛けるような口調でマコトは新たな相棒となった機体に向かって呼び掛けた。

マコトは今後のことについて考えを巡らせる。このセレスティの本格的な調査のため に、ジャンク屋組合の宇宙の本拠であるジェネシスαに行った方がいいだろうか。マコトはまだ訪れたことはなかったが、あそこの設備は元ザフトのものだけに 民間ステーションよりは期待も持てる。

そう考えていた時、人の気配を感じて振り向くと…そこには無重力のなかを進むカスミ の姿があり、マコトはやや驚いて近づく。

「カスミ、艦にいろって言っ ておいただろ」

調査のためにカスミを艦に残してきたはずが…それよりどうやってここまで来れたの か。カスミはこのステーションは初めてのはず。顔見知りもいないステーション内でマコトの許までやって来たことに驚きを隠せない。

だが、カスミは無言のままマコトに近づき、その腕を取り、マコトは眉を寄せる。

そして、カスミは消え入りそうなか細い声で呟いた。

「……くる」

「え?」

よく聞き取れなかったマコトはもう一度問おうとカスミに声を掛けようとした瞬間、ス テーションは振動に包まれた。

「うわっ」

体勢を崩し、同じくバランスを崩したカスミを抱き止めながらマコトは周囲を窺った。 ここは宇宙に浮かぶステーションだ。地震などあり得ない。となると可能性は二つ…ステーション内での事故か…それとも……

《ステーション内の各員に通 達、ステーションに向けて所属不明のMSが接近! 防衛隊は直ちに防衛体制に入れ!》

緊急のアナウンスがステーション内に響き渡る。

「敵襲!? くそっ」

思わず毒づく。最悪の可能性が当たってしまった。

マコトは反射的にセレスティを見上げる。何もできず、何かをすることさえできなかっ たあの刻…自分ではどうしようもない現実を唐突に見せ付けられたあの瞬間が脳裏を掠める。

マコトは抱き止めるカスミを見やり、唇を噛む。

自分にはそんな大きなことができるという自惚れなどない。だが、今の自分にはやれる ことがある。今のこの新たな護るものを護るための力が……マコトはカスミを離し、セレスティを決意のこもった眼差しで凝視した。

 

 

 

ステーションに迫るダークブルーカラーのMS、GAT-01D1:デュエルダガー。前大戦時に少数量産されたストライクダガーの後継機。汎用性の問 題から主力機の座をダガーLに奪われはしたが、その性能は今でも決して現行機に劣らない。

フォルテストラこそ装備していないが、高い機動性を誇る機体郡は真っ直ぐにステー ションに向かって加速する。それに対し、ステーション側も警備用のMSを出撃させる。

レイスタに簡易スラスターと装備を施したジャンク屋の警備型レイスタが出撃する。

《接近中のMSに告げる!  こちら第107ステーション警備隊である! 貴公らの行動は国際条約に著しく反する! ただちに停 戦されたし!》

国際チャンネルを通じての停止勧告を行うも、デュエルダガーらは止まらず、ビームラ イフルを構え、攻撃を開始した。

降り注ぐビームにレイスタが撃ち抜かれ、爆発する。他の警備機も慌てて防衛に入る。

《繰り返す! こちらは第107ス テーション! ただちに攻撃を停止されたし!!》

何度も呼び掛けるが、反応はなく、攻勢を強めるデュエルダガーらにレイスタは押され る。

その攻防をやや離れた場所で静観するように佇む数機のMS。ダークブルーのダガーLの中央 に佇むやや鈍重なMS。ブルーユニオンの主力機:センチュリオン。

センチュリオンのコックピットでは、指揮官と思しき一人の男が戦闘の様をモニターで 見詰めている。

男の名は、アレット=ヒューノス。ブルーユニオンに所属するMSパイロットだった。 パイロットスーツのバイザー下に見える青い眼光が鋭く戦闘を射抜くように見詰めている。

「情報では、新型機がステー ション内にあるはずだ。攻撃隊に通達、敵機を殲滅後、ステーションを沈黙させろ」

《はっ!》

低い口調で発した言葉に部下と思しき者の声が応え、それを一瞥すると、アレットは視 線をモニターに向ける。

(わざわざL2から こんな場所まできたが、本当にこんな場所に新型機とやらがあるのか?)

やや不審めいた表情で内心に囁く。この民間ステーションに謎の新型機が運び込まれた という情報が諜報部より齎された。

情報の真偽がされる前に上層部よりこのMSの奪取を命じられ、アレットらがこの宙域 に派遣された。情報が事実なら、このMSを手に入れ自軍の新たな戦力確保というのがブルーユニオン上層部の方針だ。

L2コロニー群に本拠を構えるブルー ユニオンだが、上層部の者達はほとんどが未だ地球に存在する政治家達だ。先の大戦で強硬よりもさらにタカ派と呼ばれたブルーコスモスの一部の政治家達だっ たが、彼らは戦後に立場を冷遇されている者がほとんど。おまけに、現在のブルーユニオンの盟主が誰なのか、未だに一般のブルーコスモスには知らされていな い。当時、ジブリール派がガーディアンズによって捕縛され、行き場をなくしていた強硬派の下層メンバーの面々は軒並みL2コロ ニー群へと逃れていた。L2コロニー群は元々連合の支配が強かった場所であり、治安も当然ながら悪く、木の葉を 隠すなら森に隠せという格言通り、彼らはそこに隠れるように逃げ延びていた。

それから一年はもはや組織としての機能などなくこのまま途絶えるかと思っていた矢先 に旧強硬派を名乗る者達が組織をブルーユニオンに改名し、新たな組織改革を行った。組織体系も怪しいブルーユニオンであるが、それでも彼らの意思は一つ… コーディネイターの殲滅である。

(まあいい、たとえ新型機が 発見できなくてもコーディネイターと仲良くするような連中は一緒に消すだけだ)

冷たい言葉を内心に吐き捨てる。彼らの内にあるのはコーディネイターへの狂気のみ。

《隊長、目標より降伏の通信 がきておりますが…》

部下の一人が窺うようにそう問い掛けると、アレットは鼻で嗤った。

「無視しろ」

その為ならどんな行為でも行うだろう…そのためにブルーユニオンに身を投じているの だから。

そして、モニターのなかでは既に決着が着きつつある状況が映し出されていた。




ステーション防衛に出撃した警備隊はほぼ壊滅に近い状態に陥っていた。元々戦闘など 碌にこなしたこともない民間の警備機とテロ行為に通じた機体とでは腕が違う。

警備機以外にまともな防衛設備のないステーションの管制室には警告音と悲観的な報告 ばかりが飛び交う。

「警備隊、損耗率74%!」

警備機が抜かれ、ステーションに接近するデュエルダガーの一機がバズーカを放ち、弾 頭が直撃し、激しい振動に襲われ、管制室内に悲鳴が上がる。

「だ、第3ブロック大破!  隔壁緊急閉鎖!」

「非戦闘員はシェルターブ ロックへの退避を急げ!」

ステーションには百人以上のスタッフが働いている。だが、仮にシェルターに逃げ込め たとしても果たして無事にいられるかどうかは怪しい。

「軍への連絡は!?」

管制室のリーダーと思しき人物が一抹の望みを託して問い掛けるも、オペレーターの一 人が泣きそうな表情で首を振る。

「ダメです! Nジャ マーの影響で電波が阻害されています! 通信不可能です!」

その返答に歯噛みする。軍に援軍を要請することも叶わない…もはやこれまでかと思っ た瞬間、一人が声を上げた。

「あ、き、緊急ハッチより通 信!」

その言葉に眉を寄せた瞬間、メインモニターに一人の少年が映し出された。

《こちらマコト=ノイアール ディ、管制室聞こえるか!?》

「お前は確か…」

その顔に男は一瞬思考を巡らせる。確か、ステーションにやって来た一人だ。MSの整 備と調査を目的としていた少年が何故ハッチからの通信に出ているのか。

その疑念も次に少年から発せられた言葉に解決された。

《ハッチを開放してくれ!  今から防衛に出るっ!》

一瞬、発せられた言葉を理解できなかった。だが、少年が座っているのはMSのコック ピットシート…先程はやや思考が混乱し、気づかなかった。

「何を言っているんだ、君 は!? 相手はテロリストだ! 我々がどうにかなる相手ではない!」

《だけど、このままじゃっ》

「これ以上犠牲は出せん、降 伏を…」

民間の組織とはいえ、所詮は本格的な攻撃を受ければ一溜まりもない。これ以上犠牲を 出す前に降伏した方が得策と男は考え出したが、その考えも攻撃により遮られた。

「だ、ダメです! 敵機との 通信が取れません!」

先程から停止勧告ではなく降伏勧告も行っていたが、そのどれにも返答はない。通信は 届いているはずだ。考えられるのは、相手側が一方的に通信を無視しているということ。

ならば、もはや自分達の行く末は決まったも同然…悔しげに拳を握り締める。

《早く開けろよ、モタモタし てると、ハッチを壊して出るぞ!》

なおも言い募るマコトに男はやや小さな声で問い掛けた。

「たった一機で何ができ る?」

相手はプロだ…対し、戦闘に関しては素人同然の自分達ではたとえ一機出たところで何 の変わりもない。

《解かってるよ…けど、この まま何もせずやられるのは嫌なんだ。俺には、護りたいものがあるんだっ》

苦悩を感じさせる表情でそう呟く…その根拠も自信もまったくない……だが、それでも 真っ直ぐな瞳に男は軽く肩を竦める。

「ハッチを開放しろ、それと 予備のライフルとシールドを渡してやれ」

「…よ、よろしいのです か?」

「奴のやりたいようにやらせ てやれ」

《サンキュ》

その言葉に笑みを浮かべ、マコトは通信を切った。男はシートに腰をドカっと下ろし た。正直、このままこのステーションと運命を共にする可能性が高い。万に一つもない可能性だが、男はマコトのやりたいようにやらせようと決めた。どうせ死 ぬのなら、やりたいようにやらせてやった方がいいだろう。

それに、あの眼に…微かな決意を込めた瞳に賭けたのも事実だ。自嘲気味な笑みを浮か べる横で、オペレーター達は作業を行う。

「ハッチ開放します!」

「続けて200秒後にライフ ルとシールドを射出!」

モニターには、開放されるハッチが映し出され、その開くハッチの奥から現れる機影に 男は視線を向けた。







ステーションの緊急ハッチが左右に開放されていく。その扉の奥の暗闇から浮かび上が る純白の装甲。漆黒の宇宙のなかでも輝くその姿を晒す機体。

コックピットのシートに腰掛け、身体を固定するマコトは操縦桿を握り締めながら、頬 をつたる汗を感じながら息を呑む。

この先に待つのは本当の戦い…殺し合いの世界……ハッキリ言って、自分が生き残れる 可能性の方が低い。だが、決めたのだ…決して後悔しない道を取ると。どんなに可能性が低くても、諦めてしまえばそこで終わる。なら、最期の最期まで悪足掻 きをしてやる。

その気概だけを胸に秘め、マコトはパネルを操作し、機体の最終ロックを解除する。そ れに連動し、機体のバックスラスターが大きく拡がる。

蒼穹を施されたその翼が蒼白い粒子を吐き出し、唸りを上げる。そして、それが臨界に 達した瞬間、マコトは僅かに顎を引き、操縦桿を引いてペダルを踏み込んだ。頭部の瞳が蒼く輝き、スラスターが光をこもれ出し、機体を飛び上がらせた。

ハッチより離脱する機体に向けて別の射出口よりレイスタと同型のライフルとシールド が射出され、真っ直ぐに向かってくる。そのランデブーのタイミングを見定めながら、クロスした瞬間、機体の両手に握られるライフルとシールド。

「マコト=ノイアールディ、 セレスティ…いくぜっ!」

意志を込めた瞳で相棒となった機体の名を呼び叫んだ瞬間、それに応えるように機体は 勢いよく加速し、砲火の轟くなかへと加速していく。

蒼き守護者の名を冠せしMSはその存在を戦場へと晒していくのであった。

既にステーションの警備機は壊滅に近い状態に陥っていた。たいした抵抗もできずにや られていく警備機のレイスタに向けてデュエルダガーが銃口を向けた瞬間、高速で接近する反応を捉え、思わずそちらに眼を向けると、真っ直ぐ加速してくる純 白の機影が映った。

加速するセレスティのコックピットでマコトは内に走る緊張と恐怖が入り混じった感情 を必死に自制していた。

(落ち着け、落ち着けマコ ト…お前がやらなきゃ、皆やられちまうんだっ。震えるな、マコト!)

己に向かって叫び、マコトは操縦桿を引いた。加速したまま右手のライフルを振り被 り、銃口を向けた瞬間、トリガーを引いた。

放たれる閃光…見慣れぬ敵機の出現に僅かに呆然となっていたデュエルダガーに向かっ て真っ直ぐ伸び、閃光がデュエルダガーの右肩を貫き、右腕が根元から融解し、爆発する。

怯むデュエルダガーに僚機は一斉にセレスティに目標を定める。そして、数機が加速し て一機に襲い掛かってくる。

「くっ! うわぁぁぁっ!」

一斉攻撃にマコトは我武者羅に操縦桿を捻った。刹那、セレスティのスラスターが旋回 し、セレスティは急制動をかけ、鋭いGがマコトの身体を圧迫する。だが、そのためにデュエルダガーのパイロットは驚き、慌てて制動をかけるも、一機が加速 を相殺できずにセレスティに向かって突進してくる。

マコトは操縦桿を横に引き、セレスティのボディが僅かに傾き、デュエルダガーは激突 を免れて横に逸れるも、そのまま近くに浮遊していた残骸に真正面から激突し、その衝撃に装甲がひしゃげ、爆発する。

敵機を破壊したという感慨を抱く余裕はマコトにはなかった。なにせ、セレスティのス ラスターの噴射に機体を振り回されていた。

「うわわっ、な、なんて推進 力だっ」

レイスタやワークスジンなどの操縦に慣れていたマコトにとってセレスティの持つ推進 力は桁違いであり、操縦もまったく通じなかった。そのために機体に振り回され、セレスティは姿勢を保つのもおぼつかなかった。

だが、逆にその予測不能な行動がテロリスト達の動揺を誘った。先程僚機のデュエルダ ガーが破壊されたのを見て慎重にさせている。これが訓練された軍人ならそれが単なる偶然と気づくだろうが、生憎とそこまで訓練されている者はこの部隊には いなかった。

「なんだ、あの動きは!?」

「予測ができん! 各機警戒 しつつ距離を取れ!」

混乱しながらも、デュエルダガーらは距離を取る。いかに予測不能な行動を取ろうと も、所詮距離を取ってしまえば問題にならない。

そして、その様子を監視するアレットはモニターに映るセレスティに眼を細める。

「ほう、アレか? だが、パ イロットは素人のようだな」

確かに見慣れぬ機体だ。だが、あの動きは明らかに機体に振り回されている。訓練を積 んだパイロットの動きではない。なら、乗っているのはただのど素人だ。

「距離を取って近づくな。手 足の一本ぐらいは構わん、行動不能にさせろ。ただし破壊はするな…捕獲しろ」

そう命令を下す。自分が出る幕もない…上からの命令は対象の捕獲だ。そして、命令を 受けたデュエルダガーらは距離を取ると同時に火器を構え、一斉に砲撃する。

降り注ぐビームの雨にマコトは何とかバランスを保ったのも束の間、シールドを翳す。 シールドに着撃するビーム。だが、小さなシールドで機体全体を護ることはできない。

すり抜けたビームがセレスティの装甲を掠めるも、表面が微かに焦げた程度でコック ピット内にも異常音は表示されなかった。その状況にマコトは微かに息を呑む。

「ビームを…っ」

ビームを完全に無効化した。正直、常識を覆すような状態だった。ビームを弱体化する には機体表面を特殊なコーティングを施して熱量を緩和するか、完全なエネルギーシールドで中和するかのどちらかだ。だが、ビームを完全に無効化する技術な ど、まだ実用化されていないはずだ。

マコトは戸惑ったが、それ以上に戸惑ったのは相手の方だった。確かに着弾したはずの ビームがほとんど効果が見られないのだ。これまでビーム兵器は無敵と思える強さを持っていた。それがまったく効いていないのだから動揺も仕方ない。

だが、マコトの方は戸惑いと驚きを内に押し込め、今のこの状況を打破できる可能性が 高くなったことに頭を切り替え、操縦桿を握り締めた。

「やっと慣れてきたぜっ!  いくぜっ!」

先程から随分と無様な動きをしていたが、それでようやくこの機体の機動にもある程度 だが慣れた。操縦桿の操作を見極め、今の自分に可能な推進力でスラスターを噴射させる。

加速するセレスティ…その突撃に呆然となっていたテロリスト達は反応が遅れ、一機に 向かってそのまま突撃し、シールドを掲げて突っ込んだ。

鋭い衝撃音が周囲に響き渡り、直撃で体当たりを喰らったデュエルダガーはそのまま吹 き飛び、浮遊していた岩塊に激突した。それに眼もくれることなく、振り向き様にライフルを振り被る。

銃口を合わせた瞬間、トリガーを引き、放たれるビームがデュエルダガーを貫いてい く。無論、実戦など初の体験であるマコトに正確な射撃など無理だった。故に、狙いもつけずに発射されるビームはデュエルダガーの頭部や機体の一部を吹き飛 ばし、戦闘不能に追い込んでいく。なかには運悪くコックピット付近を貫かれ、爆発する機体もあった。

そんななかで、マコトは内に湧き上がってくる考えに戸惑う。

この感覚…昔何処かで……そんなはずは無いと己に向かって言い放つ…初めての戦闘で 緊張しているだけだと…マコトはその疑念を抑え込んだ。

絶望的な状況だった戦闘は、みるみるうちに変わっていった。その様を見詰めるアレッ トはやや驚愕の視線を浮かべていた。

「バカな…たったアレだけ で、これ程変わるのか。それに…」

あんな無様な動きを多少した程度で今はまだマシな動きを見せている。そして、モニ ター越しでも確認できたあの異様な瞬間。ビームを無効化した…アレットは知らず知らずのうちに内に向かって舌打ちしていた。

「ハッ、なら認めねばならな いな…諜報部の情報とやらをっ」

上が手に入れろと命じた新型機…そして、それを僅かの戦闘の間で使いこなすパイロッ トの腕に……アレットが操縦桿を引き、センチュリオンのバーニアが噴射し、センチュリオンは徐々に加速しながら発進し、続くようにダガーLも加速 する。

爆発の華が咲き乱れる戦場へと真っ直ぐに向かってくる反応にマコトも気づいた。

「なんだ、増援? くそっ、 どうにかなりそうだってのにっ」

なんとか撃退はうまくいきそうだったが、ここで増援に来られては拙い。マコトとてこ のまま戦い続ける余裕はなかった。だが、敵は無情にも現れた。

「ん? アレは確か、月で見 たっ」

先頭に立ち加速する機影をモニターで確認した瞬間、マコトは息を呑む。確か、月の軌 道上であの漆黒のMSと戦闘を繰り広げていた機体の同型機だ。

セレスティに迫るセンチュリオンのコックピットでアレットは僚機のダガーLに向け て通信を送る。

「お前達は無事な奴らを連れ て撤退しろ、俺はこいつを…やるっ」

静かな高揚にも似た感情を荒ぶらせながら操縦桿を引き、なおも機体を加速させる。そ の加速にマコトは眼を見開く。

「速いっがぁぁっ」

敵機のスピードに驚く間もなく、突撃してきたセンチュリオンの体当たりを受け、弾か れるセレスティ。マコトは歯噛みしながらレバーを引き、スラスターを逆噴射させて制動をかけるも、急激に掛かったGに身体を圧迫させる。

「ぐぅぅ」

苦悶を浮かべ、顔を上げた瞬間、モニターにはセンチュリオンの迫る光景が映し出され る。息を呑む間もなく、振り上げたセンチュリオンの拳を叩き込まれ、セレスティはステーションの外壁に激突する。

鈍い音とともにひしゃげる外装に叩きつけられたセレスティ。そのコックピットでは、 打ちつけた衝撃にマコトは先程のダメージと合わさってこみ上げる嘔吐感を抑え切れず、吐き出す。

「ごほっ、こ、これが、本当 の戦闘かよっ普段とまるで違う」

口から零れる嘔吐物を噛み締めながら、マコトは表情を歪める。作業機を操縦していて もここまで激しいGは掛からない。これがただの作業MSと戦闘MSとの違い。一歩間違えば死が待っている。おまけにこの眼前の機体のパイロットは間違いな く戦闘に関しては自分よりも遥に上だと悟った。

身体に掛かった負担に未だ痺れる手を伸ばし、操縦桿を握り締めようとするも、それよ りも早くセンチュリオンが再度急接近し、体当たりをセレスティに叩き込んだ。

「がはぁっ」

再び襲う衝撃にマコトは苦悶の声を上げ、傷められた内蔵から吐き出される嘔吐物に鮮 血が混じる。

外装にめり込むセレスティ。距離を取ると同時にアレットは薄く嗤う。

「いかにビームを無効化する 装甲だろうと、衝撃までは中和できまい」

どんなに強固な装甲を持とうとも、所詮はMS。機体に掛かる衝撃を中和できるはずが ない。その衝撃を受けるのは中のパイロットだ。アレだけの衝撃を喰らえば、いかに訓練した者でも暫くは動けないと踏み、センチュリオンは距離を取る。

そして、ゆっくりと右手にビームサーベルを構え、それを振り上げながら、形成口をセ レスティのコックピットへと向ける。

「これで…最期だ。この距離 ではいくら貴様の装甲でも耐え切れまい」

この至近距離で、相手が動くのもままならないなら、いかにビームを無効化するような 特殊な装甲だろうと無事では済むまい。加速が加わったビーム刃なら装甲を貫くだろうと踏み、ビーム刃が形成される。

爛々と赤く輝くビーム刃に意識を朦朧とさせていたマコトは歯噛みする。

「くっ、くそっ…死ぬ…の か……俺は………」

眼前に迫る死に…マコトの思考は動こうとしない。身体が言うことをきかない………迫 る死の恐怖に、マコトは息を呑み、汗を滲み出す。

 

 

そして、その様が中継されるステーション内……セレスティが追い詰められる現実にも はやこれまでかと誰もが悲壮めいた表情を浮かべるなか、一人静かに佇むカスミは無言のままモニターに映るセレスティを見詰めている。

凝視するカスミの金色の瞳の奥で、何かが薄く煌いた。

 

 

センチュリオンがビームサーベルを構え、バーニアが火を噴く。

「その機体、もらうぞっ!」

機体を鹵獲するため、コックピットを狙って加速する。真っ直ぐに迫る閃光にマコトは 死を無意識ながら覚悟する。

だが、脳裏にステーションにいるカスミの顔が過ぎる……自分が今ここで死ねばカスミ は…その考えが過ぎり、マコトは最悪の光景が浮かび、声が震える。

「俺は…また、喪うのか…… 嫌だ…俺は……俺は、俺はっ!」

もう喪わない……悲壮めいていた表情に強い意志が戻る。刹那、コックピットのコン ソールの一部が音を発した。

「っ!?」

何の音と逡巡する間もなく、それに連動してセレスティの瞳が蒼穹に輝き、セレスティ は咆哮にも似た駆動音を轟かせた。

 

―――――――あたかも…獣のように………

 

その咆哮にアレットが眉を寄せた瞬間、センチュリオンの動きがセレスティの眼前で停 止した。

「ぐっ何っ!? システムエ ラーだとっ!」

まるでセレスティの眼前にできた見えない壁に激突したような錯覚を憶えたのも束の 間、センチュリオンのシステムがエラーを表示し、フリーズしている。

アレットは慌ててシステムを再起動させようとし、注意をセレスティから外した。その 行動はセレスティのコックピットにいるマコトからも確認できた。

「な、何だ…どうしたん だ?」

真っ直ぐに突撃してきたはずのセンチュリオンが、突如眼前で停止した。それも、まっ たく操作を喪ったかのごとく浮遊している。その状況に暫し呆然となっていたが、マコトは素早く思考を切り替え、未だ自由のきかない身体に向かって叫び、操 縦桿を握り締めた。

「うおおおっっ!」

あらん限りの力で操縦桿を引き、それに連動してセレスティは外装から機体を引っ張り 上げ、僅かな隙間が開いたと同時にスラスターが拡がった。

拡がる蒼穹の翼……虹色にも似た粒子を噴き出し、セレスティは飛翔する。

その動きに気づいたアレットが視線を向けた瞬間、セレスティは一直線にセンチュリオ ンに向けて降下してきた。

マコトは加速に掛かるGを受け、歯噛みしながらコンソールのボタンを押す。モニター 画面にセレスティのCG図が表示され、腰部の筒状の物体が選択される。

セレスティは左腰に収まる筒状の物体を掴み、それを勢いよく抜き放った。同時に展開 される蒼穹のエネルギーが真っ直ぐに伸び、ゆっくりと形作っていく。形成されたそれは、ビームの刃。

センチュリオンの直上で振り上げられるビーム刃を、マコトは振り払った。一閃された 刃は蒼き軌跡を描き、次の瞬間にはセンチュリオンの右腕がボディから離れていった。

巻き起こる爆発…衝撃に弾かれるセンチュリオン。

「ぐっ」

アレットの表情が初めて顰まる。煙を上げながら滞空するセンチュリオンの眼前で静止 するセレスティ。コックピット内でマコトは息を大きく乱しながらも、気丈に睨んでいた。

異常音を告げるアラートが響くコックピットでアレットは僅かに憤怒を感じさせる表情 でセレスティを睨んでいたが、そこへ通信音が響く。

《隊長、それ以上の作戦行動 は無理です、撤退を!》

部下のやや上擦った声に、アレットは舌打ちする。なんとかサブシステムの回復には成 功したが、それでも動くのが精一杯だ。いくらなんでもこの状態では戦闘は不可能だ。

レバーを引き、センチュリオンはバーニアを噴かし、マコトはビクっと身構えるが、セ ンチュリオンは背を向け、その場を急速離脱していった。

その光景に思わず呆気に取られる。だが、センチュリオンは反転する気配もなく、やが てその機影は宇宙の彼方へと溶け込んでいった。

静寂が戻ると同時にマコトはようやく自分がまだ生きていることを実感し始めた。

「は、はは…俺、生きてるの か……護れたのか…今度は………」

乾いた声で声を漏らしながら、今更ながら震えが身体を襲ってくる。一歩間違えば死ん でいたかもしれないという悪寒と護り抜けたという小さな喜び……それらがマコトのなかでせめぎ合うように混ざり合い、激しい疲労感と虚脱感、そして睡魔が マコトを襲った。

《お…聞こえ……返事……》

 なにやら通信機から呼び掛 けが聞こえてくるが、それらが今は鬱陶しい。早く眠りたいという欲求がマコトを襲う。

瞼が下りようとするなか、マコトはステーションを見やり、そこにいるであろう少女の 顔を思い浮かべ、小さく囁いた。

……カス…ミ

そう口にした瞬間、マコトの意識は深い眠りのなかへと誘われていった。

そして、セレスティもまたそんな主の意識に呼応するように、カメラアイから光が消 え、糸の切れた操り人形のごとくその場に漂うのであった。

 

 

 

 

モニターに映る残骸の漂うなかを浮遊するセレスティ。周りで騒ぐ作業員達の声さえも 聞こえないような感覚のなか、カスミは無言のまま見詰めていた。

「にい…さん………」

零れ落ちるように囁かれた言葉は、誰に聞こえることもなく虚空に消えていった。

ただ、その金色の瞳だけは宇宙の闇のなかで漂う純白の機体だけを凝視していた。

そして、同じくモニターに映るセレスティを渋い表情で睨むように見やる一人の老齢の 男。その人物は、先程マコトと共にセレスティの調査を行っていた人物であり、先の大戦を一番間近で見た数少ない人物――――――元TFメカニックチーフ、 トウベエ=タチバナだった。

(あの機体…なにやら怪しい な。一応、キョウの奴に連絡しておくか)

かつて、自分自身が整備したどの機体とも違う感覚。そして、長年の整備士として勘が 告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――魂を容れた刻…傀儡は仮初の生を得る………

だが……生を得た傀儡は………何を求めるのか――――――――

 




《次回予告》

 

 

護れたという現実。

それは少年に取って新たなる 決意の刻でもあった。

 

そして…少年は新たなる運命 に誘われる。

訪れる地…そこは少年と少女 に新たなる出逢いを齎す………

 

 

彼らの前に姿を見せる新たな る巨人達。

それは平和の象徴か…戦乱を 呼ぶ種か………

 

 

蠢く影……

新たなるうねりの前触れのご とく……刻は刻まれる…………

 

 

次回、「PHASE-03 セカンドシリーズ」

 

その姿、世界に現わせ、ガン ダム。


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