どこまでも続くと思しき青空。だが、それはまがいものの空…人工的に投影された立体
映像に過ぎない。
だが、それでもその青く輝く人工の空から降り注ぐような光に照り出される街並み。
だが、街並みにしては巨大な格納庫を幾つも広大な空間に並べている。そんな中央に聳
えるように立つ一つの巨大な高層ビル。
その最上階に近いフロアの一室。一方の壁一面に張られた強化ガラスより差し込む光が
部屋のなかを照らし、執務室と思しき様相を感じさせる。
その光を背に、自らの身体で影を作り出しながら椅子に腰掛ける一人の長髪の男がい
た。肩まで切り揃えられた黒髪に、服装もかなり気品を漂わせる身形をしている。そして、その物腰はどこか不適なものを漂わせていた。
男は流麗な手つきで手元の書類と思しきものに眼を通しながら、眼を走らせる。
「力とは、ただ争うためだけ
のものではない。それは時として大きな抑止力となり、新たな時代の到来を告げるものとなる」
どこか、謎めいた物言いで独り言のように呟き、それが大きな部屋のなかへと霧散して
いく。男は机の上に置かれたチェスのボードの駒を手に取
り、それを楽しげに弄ぶ。
手元のコンソールウィンドウには、数体のMSと思しきデータが表示されている。各部
位のスペックデータと登録機体ナンバー、そして全体の立体CG図。
それらを一瞥すると、男は立ち上がり、ゆっくりとその視線を背中の強化ガラスに向
け、歩み寄っていく。ガラスの寸前まで歩み寄ると、視界には窓から見える景色が映し出される。
その時、蒼く投影される人工の空を飛行する機影が飛び込んできた。4つの機影はその
まま、白い尾を描きながら飛行し、彼方へと飛び去っていく。その光景を満足気に見詰める。
「人は、自らの内に定められ
た遺伝子によって変えられぬ運命を持っている。それを引き出し、準じることに…私は可能性を見出してみせよう」
男の背後のデスクの上に置かれた幾つもの書類…微かに見える幾人もの顔写真とプロ
フィールが載せられた書類と横に並ぶチェスボード。
そして、書類群の一番上に置かれた書類2枚には、二人のプロフィールが記載されてい
た。
――――――ZGMF-X56S:IMPULSE FORMAL
PILOT:シン=アスカ
――――――ZGMF-X23S:SAVIOR FORMAL
PILOT:ステラ=ルーシェ
「彼らが、それを証明してく
れるだろう…運命という…変えられぬ理を……ア」
最後に囁かれた言葉は、誰に聞こえることもなく虚空に消えていく。
男―――プラント現最高評議会議長:ギルバート=デュランダルは不適な笑みを浮かべ
たまま、今一度、その人工の空を仰いだ。
新たなる運命の始まりを…静かに告げるように……空はどこまでも蒼く…そして、その
奥に存在する闇を浮かび上がらせていた…………
機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS
PHASE-03 セカンドシリーズ
―――――あの刻の光景は…決して忘れない………
心身外傷という言葉がある…俗に言う『トラウマ』という意味だ。幼少時などに体験し
た事象が記憶や身体に深く刻み込まれ、それが成長しても何かしらのマイナス要素として害を齎す。
例えば、幼い頃に高い場所から落ちて怪我をした者は成長してから無意識に高い場所へ
上がることを拒み、狭い空間に閉じ込められた者は、成長してから独り部屋にいることを長く続けられなくなる。その無意識下に刻み込まれる恐怖と禁忌……そ
して、マコト=ノイアールディもそんな傷を抱えていた。
深く…深く………―――――
闇――――――
それは、暗く、全てを包み込む―――静寂と死の象徴……それを恐れる者もいれば、受
け入れる者もいるだろう―――――
それは、この世界のごとく……決して消えぬ理として――――
そして……少年は闇を恐れた――――
息が詰まるような薄暗い…そして耳がキーンとなるほどの静けさが漂うなかを視界に映
すマコト。まるで、重力という鎖が無くなったかのような…それでいて、自分の身体ではないような浮遊感を憶えながら、虚ろな意識のなかでただただ…眼前に
拡がる闇を無意識に視界から排除しようとしていた。
―――――嫌だ、嫌だ…と、心が軋む。
薄暗い闇はマコトにとって禁忌するものだ……嫌でもあの光景を浮かび上がらせる。
脳裏に浮かぶのは一年前のあの光景。爆発炎上するシャトルに向かって、マコトは呆然
と立ち尽くすだけであった。
そして…弾かれたように強化ガラスに向かって体当たりするようにぶつかった。
(くそっ、くそっ、くそっ)
マコトは必死になって強化ガラスを叩きつける。
手に血が滲み、痛みが駆け抜けてもマコトは叩きつけた。
行きたいのに…あの場所へ……今すぐに行きたいのに………だが、自分の前に立ち塞が
る強化ガラス…いや―――――宇宙という人間では絶対に超えられない闇の壁が自分の前に立ち塞がる。
(カスミ……っ)
思わず顔を上げ、声を荒げた瞬間……それまで拡がっていた宇宙港の光景は消え、やが
て世界が闇に包まれる。
永遠に続くかと錯覚するようななか、マコトの眼に映る妹の姿……まるで人形のように
眼を閉じ、浮遊する妹に向かって叫ぶが、声が出ない。やがて、妹の背中から黒い靄のようなものが噴出す。
まるで、妹の身体の内から喰らい尽くすような靄が身体を覆い、それらがやがて一つの
形を形作っていく。人型に近い形になった黒い靄はその腕を拡げ、妹の身体を抱き締める。刹那、妹の身体がまるで砂のように崩れ落ちていく。
肉片が剥がれ落ち、白い骨格が露になり、皮膚に鮮血が滲む……まるで、その闇に呑み
込まれ、喰らわれるように――――その光景に、マコトは激しい吐き気に襲われる。
だが、一瞬視線を外し、再度顔を上げた瞬間…マコトの視線は開かれていた妹の視線と
交錯する。
顔が半分崩れ落ち、血が流れ…それでもその一つの瞳がマコトを凝視している。無表情
に…人形のように…ただ虚ろななかで、その口が何かを発している。
―――――――イタイヨ……
その意味を察した瞬間、最期に残った顔も崩れ落ちた。
マコトは声にならない絶叫を上げた―――――
「カスミっ」
マコトは勢いよく起き上がり、息を乱す。
「はぁ、はぁ…くそっ、また
あの夢か」
荒れる呼吸を呑み込み、悪態をつきながら右手で額を押さえ、先程の夢を反芻させる。
思い出したくない光景が、嫌でもリフレインされる。
あの日から……妹を喪ったあの日から………幾度となく見た夢。壊れていく妹の姿とそ
れを貪り食うかのような闇。マコトにとっての悪夢。あのシャトル事故から半年はほぼ毎日のように夢に見た。
宇宙空間で爆発、炎上したシャトルは破片すらほとんど残さず崩れ落ち、乗客・乗員の
生存者は愚か、遺体の回収さえ不可能であった。結局事故原因はシャトルの整備不良によるエンジントラブルということで片付けられた。
マコトの許には遺体もない棺桶のみ…元々身内さえいないマコトはそのまま裏稼業に身
を投じた。そして、毎夜のように見る夢…その度に己の無力感と喪失感、そして宇宙という闇への嫌悪感を募らせていった。
ここ最近は見なくなっていたというのに……いつまでも引き摺るまいと考えていたが、
やはり忘れられるはずがない。再度肩を落とし、視線を落とすと、マコトはすぐ真下に落ちている布に気づいた。
真っ白な、それでいて微かな湿りを感じさせる布…その時、横から声を掛けられた。
「大丈夫?」
その声にハッとして振り返ると、そこにはこちらを覗き込むように凝視するカスミの姿
があった。
「カス…ミ?」
半ば知覚できないなか、呆然とその名を呼ぶが、カスミは表情を変えず、そのまま手を
伸ばし、マコトの手元に落ちている布を拾い、それを横の台に置かれた器に浸け、水で濡らし、それをキツク絞るとともにまた布を手に振り返り、マコトの額に
当てる。
冷んやりとした感触と小さな手から感じる温もりに、マコトは内からこみ上げてくるも
のが抑え切れず、マコトは身を乗り出してカスミを抱き締めた。
突然のことだったが、カスミは抵抗も拒否もせず、そのままされるままに抱き寄せられ
た。そして、カスミを抱き締めながらマコトは微かに啜り泣くように声を漏らした。
「よかった…俺、護れたんだ
な……」
そう自分に言い聞かせるように呟き、抱き締める腕に力を込める。カスミの華奢な身体
を、まるで存在を確かめるかのごとく。
カスミはその力に微かに表情を顰めながらも、小さく呟いた。
「…いたい」
「あ、わりい」
その小さな非難にマコトは慌てて手を離すと、カスミは顰めていた表情を戻し、そして
再びマコトを凝視する。
「泣いてた。何故?」
その言葉にギョッとして眼元を思わず拭う。カスミはまるで無邪気な子供のようにマコ
トの顔を覗き込む。
その視線に耐えられず、マコトは眼を逸らす。なにか、いいようのない罪悪感を感じた
のだ。ひょっとして、自分はこの少女を妹の身代わりにしようとしているのではないだろうかと……そんな嫌悪感を憶える。
カスミはそんなマコトに追い討ちも引きもせず、ただ無言で見据えていた。やがて、マ
コトは軽く息を零し、静かにカスミを見やった。
「わかんねえ……情けないけ
どな」
やや自嘲を浮かべ、肩を竦めた。過去の忌まわしい現実の哀しさと、現在の護れたとい
う嬉しさ…それらが入り混じった状態だった。だが、今のこの護れて嬉しいというのは決して嘘ではない。
そんな言い訳じみた言葉を内に吐くマコトを、カスミはただ静かに見据えたまま、部屋
には無言が漂った。
そして、今の状況を知ったのは、数時間後のことだった。
宇宙に浮かぶ宇宙ステーション。
だが、外装に亀裂がはしり、周囲には残骸と思しきものが多く浮遊している。そして、
外装に張り付き、損傷部位を修復するように作業を行うレイスタや資材を運搬するワークスジン。そして、MAを改修した作業機が残骸を回収している。
それは、遂先日に襲撃された第107宇宙ステーションだった。その
後の調査であの襲撃者達はブルーユニオン所属の機体という可能性が示唆されたものの、その組織自体が公に存在するものではない為、世論を通じての抗議も行
えなかった。
そして、少なくない死傷者と損害を受けたステーションであるが、月面との中継地点で
あるが故に破棄されることなくこうして修復作業にジャンク屋組合本部であるジェネシスαから資材や人員が回され、急ピッチでの再建に取り組んでいた。
そして、ステーション内部では多くの作業員達が破損箇所の深刻な区画を優先的に修復
作業に取り掛かっていた。そんななかに混じる一人の少年。工具箱を手に現場に現れると、それに気づいた一人が声を上げた。
「お、我らが英雄じゃねえ
か」
その声に反応し、作業員達は一斉にマコトに視線を向け、衆目の眼に晒されたマコトは
首を傾げる。
「な、何だ?」
困惑するマコトに向かって作業員達が一斉に歩み寄り、口々に称賛の言葉を発した。
「聞いたぜ、あいつらを追っ
払ったってな!」
「若いのにたいしたもん
だ!」
背中を叩かれ、揉みくちゃにされながらマコトはますます戸惑う。あの後、カスミから
大まかな現状を聞き、そしてステーションの修復作業に自分も加わろうとこうしてこの場にやって来たが、そこでこの歓迎。
マコトはまだ自覚していないが、ステーションにとってあの襲撃は半ば死を覚悟する程
苛烈なものだった。降伏勧告すらない無差別な攻撃にステーションそのものが危ぶまれたものの、マコトの参戦によって死傷者は出たものの、結果的に全滅を免
れたのだ。その為に、マコトはこのステーションに従事する者達にとっては英雄に近い存在になっていた。
「おいおい、それぐらいにし
ておいてやれ」
その状況が暫し続いたものの、やがてそれらを制止する声が響き、作業員達は余韻冷め
やまぬ表情で仕草を止め、ようやく解放されたマコトはやや痛む身体に苦笑いを浮かべながら顔を上げると、そこにはステーション来訪時にセレスティの調査で
世話になった作業員:トウベエ=タチバナが佇んでいた。
「ほらほら、作業に戻れ」
手をパンパンと叩き、作業員達はやや不満げに各々の持ち場へと散るなか、トウベエは
ゆっくりマコトに近づく。
「もう起き上がっていいの
か?」
「ええ、心配かけてすいませ
ん。もう大丈夫です、あ、俺も手伝います」
苦笑いを浮かべ、そう提案するが、トウベエは笑みを浮かべて制する。
流石に3日間も寝たきりだった人間を使うわけにもいくまい。マコトも後から聞いた話
だが、戦闘後、敵が撤退したと同時に残っていた作業機で漂っていたセレスティを回収した時には既に意識がなく、それからずっと意識が戻らなかったらしい。
「そうか、だがまあ別に手伝
わんでも構わんぞ…お前さんには別の仕事が待ってるからな」
「仕事?」
その言葉に思わず問い返す。
「ああ、そうだ。今朝方お前
さん宛に通信が来た。詳しくは所長に来てくれ…それに、わしらの英雄さんをこき使う訳にはいかんからな」
どこかしら、からかうような口調にマコトは被りを振る。
「やめてくださいよ、俺は別
にそんなつもりじゃないですから」
マコトにしてみれば、別段そこまで称賛されるようなことはしていない。ただ、あの刻
は無我夢中だったのだ。ただ大切なものを護りたいという……マコトは踵を返し、用件を窺おうとその場を後にする。
そんな背中を見送りながら、トウベエは小さく溜め息を零した。
「いい眼だ…あいつらと同
じ……真っ直ぐで…」
脳裏に、かつて自身が微力ながら助成し、そして今のマコトと同じく戦い抜いた者達の
顔が過ぎる。彼らもまた、今のマコトのように真っ直ぐな思いとともに戦い、未来を選択した。
だが、それは同時に辛く、苦しいものでもあった。マコトにもまた、それらが降り掛か
るような予感が微かに過ぎり、トウベエは苦く思った。
マコトはゆっくりとした足取りでステーションの管理責任者の執務室前に立つと、呼び
出し音を押す。
「マコト=ノイアールディで
す、失礼します」
執務室に入室すると、作業途中だった男が顔を上げ、応対する。
「ああ、君か。待っていた
よ…先ずは礼を言おう、君のおかげで被害も最小限に抑えられた」
頭を下げる所長にマコトはまたもや苦い表情を浮かべる。どうも普段から賛辞を贈られ
ることに慣れていないマコトには気恥ずかしい思いがある。
「あ、その…聞いたんです
が、俺になにか仕事があると?」
「おお、そうだそうだ…」
マコトの言葉に所長はデスクの抽斗を開け、そこから何かを取り出すと、マコトに向け
て差し出した。差し出されたそれは、一通のビデオメール。
「これは?」
手に取ると同時に疑問を浮かべ、問い返す。
「それは、ジェネシスαの
リーアム代表が君宛に送ってきたものだ。詳しくは私も知らんが……」
所長の口から出たあり得ない人物の名にマコトは思わず空いた口が閉まらず、ポカーン
となる。
「リーアム代表って…あの
リーアム代表ですよね?」
やや上擦った口調で問い返し、所長が頷き返したのでますます困惑する。『リーアム=
ガーフィールド』の名はジャンク屋組合のみならず、この世界にいる者なら知らない者の方が少ない。現在のジャンク屋組合の組合代表の一人を務め、尚且つ前
代表のフォルテ=ライラックの信任も厚く、現在のジャンク屋組合の地位をより確立させた人物である。
だが、そんなお偉い人物が何故自分にビデオメールなど送ってきたのか…特別知ってい
るわけでもないはずなのに……ここ数日は、こうした身に憶えのない指名が多いなと妙な感想を憶え、マコトは所長に向けて一礼すると、内容を確認するために
一度、自身に割り当てられている部屋へと戻った。
部屋へ戻ると、視界に備えられていたベッドに眠るカスミの姿が入った。
ベッドに倒れ込み、静かに眠るその姿に、マコトは微笑を浮かべ、ゆっくりと毛布をか
ける。この3日間、ずっと看ていてくれたために疲労がかなり出たのだろう。眠るカスミを起こさないように静かに隣へと移動し、ドアを閉じると、マコトは備
え付けのビデオモニターのデッキに先程渡されたビデオメールを挿入し、再生させた。
微かなノイズがモニターに走り、それがやがて鮮明を帯びた映像に切り替わると、それ
は一人の人間を浮かび上がらせた。
【お久しぶりね、マコト】
モニターに映った一人の男…その一声と顔にマコトは声を上げた。
「マティアス」
モニターに映るのは、何度か仕事の依頼を引き受けたことがあるマティアスが映し出さ
れていた。顔見知りではあるが、マコトはマティアスのことを詳しくは知らない。まあ、妙な口調を除けば別段怪しくはない。身なりから地球のある貴族かなに
かとしか考えていないし、依頼人のプライベートに深く突っ込まないのがマコトなりの考えだ。そして、これはビデオメールの一方的な語りのために、マティア
スという男はまったく表情を変えずに話を続ける。
【今回も貴方に仕事を依頼し
たいの。直接話をつけようと思ったのだけれど、貴方は連絡が不通になっていたからね。こういう形を取らせてもらったわ】
その内容から、マコトはあの月面への出向き時にはマティアスが自分を探していたこと
を悟る。だが、捉まらずにこういった形を取ったのだろう。そこまでして依頼したい内容とは何なのか…マコトは改めて耳を傾ける。
【依頼内容は、ジャンク屋組
合からの代表者をアーモリー・ワンまで送り届けてほしいことよ。貴方も知っているでしょうけれど、アーモリー・ワンでプラント政府が新型機動兵器の開発を
行い、それが近いうちに公式発表される】
「例のやつか」
L4コロニー群に新設されたアーモリー・ワンでプラント政府が新型機を開発していること
が公式的に発表されたのが遂一ヶ月程前。その時はまだその詳細が発表されなかったが、ここにきてデュランダル議長により、近々正式に発表が齎されると、
ジャンク屋組合の間でも噂になっている。
【公式発表の場には他国の人
間はまだ招待されていないけど、その新型機の公式発表の前準備のために、プラント以外からも各種メディア関係者が非公式に招待されている。無論、ジャンク
屋組合もそれに呼ばれ、組合の代表として私が懇意にしているフリーのフォトジャーナリストを選んだわ。そのデータも一緒に送っておくから、あとで確認して
おいてちょうだい】
初耳な話だった。マコトは思考を巡らせる…非公式とはいえ、わざわざ公式発表の前に
民間のメディアを通じて情報を伝える。それがまだ公共事業に準ずるものなら不思議ではないが、軍兵器となると話は別だ。いわば、国家にとって最重要機密に
属するものであり、おいそれと存在を示唆させるような真似はしない。その兵器がどのような能力か、またどのような形を持っているかは解からないようにしな
ければ意味がない。
だが、デュランダルはそれをわざわざ公表しようとしている。
(なにか別の思惑か…ま、俺
には関係ないか)
そこまで考えてマコトは首を振った。今のはマコト個人の考えだ。対し、相手は一国の
代表…当然、政治的な思惑も絡んでくる。政治家ではないマコトには解からない考えがあるのかもしれない。
【そこで、冒頭でも言ったと
思うけど、貴方には彼とその護衛役である二人をアーモリー・ワンへと送り届けてもらいたいの。それと、今回はあくまで非公式だから、正式発表が終わるまで
はアーモリー・ワンからの入国はかなり規制される。恐らく、それが終わるまでは出国できないと思うから、その間の滞在費も別に今回は用意しておくわ。ま
あ、貴方も新型機を見れば、留まりたいと思うかもしれないけど】
モニターのなかで意味ありげに笑うマティアスにマコトはやや表情を顰める。確かに、
それぐらいの規制はあるだろうが、マコトとしてもその新型機に興味があるのは隠せなかった。この商売をやり始めてからというものの、メカに関して興味を持
ち、今ジャンク屋組合の間で持ちきりの新型機となれば、見てみたいという欲求もある。
それに、今回は依頼費だけでなくアーモリー・ワンでの滞在費も込みとくれば、特に断
る理由はない。
(アレの詳しい調査は、もう
少し後にすっか)
マコトとしてはセレスティの本格的な調査のためにジェネシスαへと向かおうと思って
いたが、それは後回しでもいいだろう。今は仕事をこなして、生活費を工面する方が堅実的だった。
【そんな訳で、お金は貴方の
口座に振り込んでおくわ。数日後にはそちらに代表者が着くと思うから、あとはお願いね。彼に貴方のパスを持たせておくから。それじゃ、よろしく】
その言葉を最後に、記録が終了し、モニターは再びノイズ画面に戻り、マコトは軽く息
継ぎをしておから、コンソールを叩き、ディスクの別領域に記録されている代表者の詳しいパーソナルデータを検索し、それをプリントアウトする。
「けど、相変わらず有無を言
わせないようにしてるよな」
やや苦笑じみた表情を浮かべ、肩を竦める。マティアスからの依頼は毎度ながら、断る
という選択を最初から無視されているような気がする。なにかしら、別のおまけをつけてきて、断れない道に仕向けているようだ。
今回のアーモリー・ワンでの拘束というリスクも新型機を間近で見られるというある種
のリターンで打ち消している。強引というか、打算的というか…そんな考えを巡らせながら、プリントアウトされたパーソナルデータを手に取り、そこに記載さ
れている人物を確認する。
そこには、今回の依頼であるジャンク屋組合からの代表者とその護衛役の人物のデータ
が顔写真とともに載せられている。
ジャーナリストにしてはやや毛色が違う雰囲気を滲ませる一人の青年と、青年が使用し
ているMSの名を反芻する。
――――――――――JESS=RABBLE
――――――――――MODEL
NO.UNKNOWN:ASTRAY-OUT FRAME
首筋にゴーグルを巻きつけた青年:ジェス=リブルと、その搭乗機である民間機:アス
トレイアウトフレームというMS。
「ジェス=リブル…フリーの
フォトジャーナリストか」
相手の名を反芻させながら、マコトはシートに腰掛け、これから待つ出逢いにやや期待
と興奮を滲ませながら、天井を仰いだ。
数日後、マコトは彼らと出逢い、アーモリー・ワンへの旅立ちとなる。
――――それが…新たなる運命の幕開けとも知らず…………
場所を変えてL4宙域。周囲
に拡がる宇宙のなかにポツンと浮遊する砂時計型のコロニー。
L4のプラント軍事工廠:アーモリー・ワン。
そのアーモリー・ワン内部の大部分は軍事基地及び軍関連施設で占められている。プラ
ント内の最新技術を集束し、本国にも劣らぬ軍事技術により、最新鋭の量産機種:ZGMF-1000シ
リーズをはじめ、様々な新兵器のテストが行われている。
多くの軍人が行き来するなか、施設の一画…あるビルの情報閲覧室。シャッターの隙間
から微かに差し込む人工の光のなか、薄暗い部屋の情報端末のモニターから光がこもれ、キーを叩く音が聞こえる。
シートに座り、キーを叩きながらモニターに表示されるデータの波を凝視する女性:紫
銀の髪をポニーテールに束ね、漆黒のコートを羽織る女性の持つ真紅の瞳に膨大なデータが次々と読み込まれていく。
「ザフト、セカンドシリー
ズ…成る程、確かにプラントが誇るだけはある」
どこか侮蔑するように漏らすのは、リンであった。アーモリー・ワンへと入国したリン
は、軍事施設へと潜入し、セカンドシリーズのデータ収集に当たっていた。流石に開発地だけあってプロテクトは固いものの、詳細なデータが全て揃っている。
「ZGMF-56S:インパルス、ZGMF-X23S:
セイバー、ZGMF-X24S:カオス、ZGMF-X31S:
アビス、ZGMF-X88S:ガイア、か」
表示される5体のMSのCG図とそのコードネーム。そのどれもが今までのザフトに無
かった機能が組み込まれている。
「分離・合体機構を搭載した
汎用型のインパルス…対空戦想定の高機動形態への変形機構を持つセイバーとカオス、地上戦における万能機ガイア、海戦用の巡航形態への機構を持つアビス…
そして、戦艦ミネルバか」
汎用機のインパルス、空戦機のセイバー、カオス、陸戦機のガイア、海戦機のアビス。
そして母艦たるミネルバ。
「まるで、3年前のアークエ
ンジェルね」
失笑にも似た笑みを浮かべる。機体の特性機能といい、新型母艦といい…まるで3年前
の連合のアークエンジェルと同じ陣容だ。まあ、リンはデータで知っただけだが、当時はそのアークエンジェルに散々苦渋を舐めさせられたザフトとしては、そ
の威容にそってみたくなったのかもしれない。
「既に5機とも実戦での調整
段階に入ってるか…ミネルバも9割方完成。配備機は5機にサポートとしてザクタイプが3機か」
新型機5機は既に完成し、実戦での問題点の洗い出しレベルにまで入っている。この分
なら、近いうちに実戦配備が可能だろう。母艦のミネルバも竣工式を待つ段階に入っている。直に、ミネルバは宇宙へとその身を晒すだろう。ザフトの威信をの
せて…リンは次に新型機のパイロットを検索した。
「艦長はタリア=グラディス
か」
表示されるミネルバのメインブリッジクルーの一覧。全員憶えのない面々だが、艦長に
任命されている士官はリンにも覚えがある。確か、2年前のA.W.でザフト軍艦隊を指揮した人物
だ。それらの経験も買われたのだろう。続けて、新型機のテストパイロットを務める者達の名前が表示される。
「ZGMF-X24Sテストパイロット、コートニー=ヒエロニムス。ヴェルヌ開発局のホープか」
カオスのテストパイロットを任されているのはヴェルヌ開発局のテストパイロットの
コートニー=ヒエロニムス。テストパイロットでありながら、その腕は高い。先の大戦でも記録には残っていないが、戦闘に出たという噂は聞いている。
「ZGMF-X31Sテストパイロット、マーレ=ストロード。ZGMF-X88Sテ
ストパイロット、リーカ=シェダー」
あとの二人は聞いた覚えが無い。やや鋭い眼つきの男だが、以前は地上で水中部隊に所
属していた。第2次カサブランカ沖戦線で負傷し、プラントに帰還となっている。もう一人の女性は、第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦に参加していたようだ。恐
らく、戦後に赤に任命されたのだろう。
だが、彼らは正式パイロットではない。あくまで試作された新型機の実戦テストを行う
ための存在。そして、続けて表示されたデータに、リンは眼を剥く。
「ZGMF-X23S正式パイロット、ステラ=ルーシェ。ZGMF-X56S正
式パイロット、シン=アスカ」
そこに表示された、2体の新型機、インパルスとセイバーのテスト兼正式パイロットと
して登録されている人物は、リンにとって見覚えのある者達だった。
――――シン=アスカとステラ=ルーシェ
2年前の戦争中に姉のレイナが助け、そして最終決戦では共に戦った戦友だ。戦後、プ
ラントに渡り、ザフトに属しているとは知っていたが、まさか新型機のパイロットに任命されているとは思わなかった。
だが、当時の彼らの実力と戦績…そして、それからのザフトでの訓練を考えれば、別段
不思議なことではない。彼らの特別な出生も手伝ったのだろうが、パイロットとしての腕は抜きん出たものを持っていた。
「しかし、あとの3機はテス
トパイロットだというのに、二人は正式パイロットか」
やや引っ掛かったのはその点だ。データを見る限りは、シンとステラはセカンドシリー
ズの開発プロジェクトがスタートしてから間もなく正式パイロットに任命されている。まだ機体さえ仕上がっていない理論だけの状況で正式パイロットに任命す
るというのはおかしい。
「選抜者は…デュランダル議
長か」
考えるまでもない。今回のこのプロジェクトは、デュランダルが中心となって行われて
いる。当然、パイロットの人事配置など、デュランダルの手によるものだろう。
どういった思惑があるかは解からないが…リンはもうこれ以上はデータを引き出せない
と踏み、あとは実際にデュランダルがどういった人物か、そして問題のセカンドシリーズがどのようなものか、調べようと席を立つが、何気にモニターを一瞥す
ると、そこには別のデータが表示されていた。
「ん?」
表示されていたのは、ミネルバに配備されるサポート機のザクのパイロット達のプロ
フィール。表示される3人のデータの最後に表示される人物の顔を見た瞬間、リンの内に何かが引っ掛かる。
プロフィールとともに添付される映像には、黒髪を持つ自分と同年代の女性が映し出さ
れている。だが、リンが眉を寄せたのはその女性の瞳……真紅と紫のオッドアイ。
「セス…フォルゲーエン」
無意識のその女性の名を呟く。
その真紅の色は……そこまで考えて、リンは肩を竦め、苦笑を浮かべる。
(なにをバカな…)
そんなはずがない…別に瞳の色が真紅だからといって全てそれに結びつけるのは愚か
だった。神経を僅かに尖らせているのかもしれないなと席を立ち、情報室を後にしようとする。
モニター画面には、未だ表示される女性―――セス=フォルゲーエンという名の人物が
まるで映像のなかから凝視するかのように見詰めていた。
この時にもう少し注意深くしておくべきだったのかもしれない……彼女らを縛る運命
は…まだ途切れてはいないということに………
情報室を出たリンは周囲に警備がいないのを確認すると、素早く施設の天井へと飛び、
そこに身を隠す。招かねざる対象である以上、余計なトラブルは避けなければならない。
そのままリンは難なく施設を
抜け出し、やや離れた場所に出ると、施設を一瞥し、繁華街へと足を向ける。
軍事工廠として設立されてはいるが、アーモリー・ワン内部には民間施設も十二分に設
けられている。コーディネイター達が謳歌する街並みに溶け込みながら、リンはそのまま一般の連絡端末に歩み寄り、そしてボタンを押す。
連絡ラインに繋げ、待つこと数十秒…リンの表情はやや険しくなる。
(………姉さんからの定時連
絡が途絶えている?)
普段なら、たとえ姿を消していても定期的に連絡を互いに取り合っていたレイナとリン
だったが、それがここにきて途絶えている。ラインは遂数週間前に変えたばかりだ。なら、考えられるのは一つ。
(姉さんの身になにかあっ
た)
連絡を絶つほどの何かがレイナの身に起こったと考えるのが妥当だろう。脳裏を過ぎる
のは、数日前のレイナからの最後の連絡。今にして思えば、あの時から様子がおかしかった。
内心にどうしようもない苛立ちと動揺を憶えながらも、それを押し隠してリンは端末を
閉じ、歩み出す。
正直、リンには打つ手がないのだ。姉は自分の行動先を残すようなへまはしない。姉が
どこへ行ったか、調べようがないのだ。それに、あの姉がそうそう不覚を取るとも思えなかった。
姉の行方への不安とその姉を信頼する葛藤に思考を巡らせていると、リンは街頭の大型
モニターに視線を向けた。そこには、アーモリー・ワンへ来訪するラクス=クラインの映像が映し出されていた。
不意に、左手の薬指を見やる。
銀に輝く指輪を見やりながら、リンは拳を握り締め、その映像を見ながら、リンは首を
振る。
「……私は私の成すべきこと
する」
そう…姉の行方も確かに気掛かりだが、今のリンにどうしようもない以上、自分のすべ
きことをせねばならない。それが、自分達で決めたことなのだから……リンは踵を返し、街中へと歩みを進める。
(姉さん……)
胸の奥に、微かな不安を燻らせながら………
アーモリー・ワンより離れた地…月。
月面に幾つも点在する月面都市郡より離れた場所に存在する軍施設。かつては、地球連
合の拠点だったプトレマイオスの名残。そして、今はそれに代わる新たなる組織、大東亜連合の所有施設であった。
大西洋連邦は先のA.W.で
の失態を糾弾され、月面より撤退し、代わりに覇権を握ったのは東アジア共和国であった。元々は旧中国を中心とする国家郡のため、戦後内部崩壊を起こした
ユーラシア連邦よりも立ち回りはよかった。
その後、月面の軍事施設をほぼ手中に収め、そして先の大戦中に建造を開始し、完成し
たプトレマイオスに次ぐ拠点:アルザッヘル基地。
周囲には、連合の標準艦艇が行き交い、哨戒にダガーL部隊が配備されている。
そんな基地内部の一画…戦艦のドックでは、何十という艦艇が固定されている。その
奥…影に掛かるドックには、他の標準艦艇とは違う形状を持つ艦艇が停泊していた。
青を基調とした船体カラーに、艦艇前部はAA級を思わせる形状を備えている。そし
て、艦内部の一室で、その営みは行われていた。
薄暗い室内に唯一灯る小さな照明……それが照らすのは、ベッド。ベッドの周囲には、
衣服や下着といった類が散乱し、そのベッドの上にいる者達の影を部屋の壁に浮き上がらせる。
シーツを被りながら絡み合う二人の人影…影から、男女と推察するのは容易かった。
嬌声が途切れ、やがて影はシーツのなかに沈む。
それからどれ程経っただろうか…ベッドの奥に備わったモニターの隅にある呼び出し用
のランプが点灯し、音が鳴る。
シーツから一人の男が立ち上がり、その拍子に男の持つ金に近い髪が微かに揺れる。だ
が、男の顔には顔の半分近くを覆い隠すようなサングラスが掛かっていた。そのため、男の顔を窺うことはできない。
男はすっと手を伸ばし、受信のボタンを押すと、モニターが点灯し、その奥に一人の男
が映し出される。
《やあ、お楽しみ中だったか
な?》
「いや、構わないでくれたま
え」
からかうような口調に男も微かに口元を緩ませる。その態度に男も肩を竦める。
《君も知ってのとおり、アー
モリー・ワンでの件…彼女からの報告によれば、もう間もなくだそうだ》
「ああ、その件か。心配など
要らぬよ。既に彼らを向かわせてある…我々ももう間もなく発つつもりだ」
その返答に男は笑みを浮かべ、鼻を鳴らす。
《流石だな。では、朗報を期
待しよう。ただし、今回は援軍は回せない。人手不足は解消できていないからね》
冗談めかした口調で肩を落とすも、フッと嗤う。
「そんなものは必要ない」
《ならば言うまい。ああ、そ
れと……避妊には充分気をつけたまえ》
どこか馬鹿にするような、それでいて侮る口調に男は憮然とした表情を浮かべたのを確
認すると、通信が途切れた。
ブラックアウトすると同時に、シーツのなかで隠れていたもう一人が身を起こす。
「話は終わったの?」
シーツで胸元を隠しながら問い掛ける女性に、男は無言のままだ。その様子にヤレヤレ
とばかりに肩を竦め、緑に揺れる髪を掻き上げ、脇の台にのせていた煙草を手に取ると、火を灯し、先端に着火させる。白煙が昇り、周囲に散っていくなか、女
性は軽く息を吐く。
「で…行くの?」
「ああ…我々も舞台に向かう
としよう。愚鈍な世界の…な」
ニヤリと薄ら寒い笑みを浮かべる男に、女性は無表情な顰め面のまま凝視している。白
煙が漂うだけが、その時間の流れを感じさせていた。
数時間後…基地内部がやや慌しくなるなか、ドックの一番端に固定されていた戦艦のブ
リッジでは、発進準備が進められていた。
旧地球連合のものと同じ軍服を纏った兵士達がそれぞれの職務を果たすなか、ブリッジ
へと続く扉が開かれ、それに気づいた兵士達が一斉に立ち上がり、敬礼する。
ブリッジに現れたのは、二人の人物…一人は白い連合服に濃い青の肩を誇り、その首筋
は中佐の階級が施されている。制帽を被る頭からは、その人物の持つ長い緑の髪が無重力に靡き、その妖艶さを醸し出している。
続けて入ってきたのはグレーとも黒とも取れる連合服に同じ青の肩を持ち、首筋には大
佐の階級章を光らせている男。金髪を肩口で切り揃えているが、男の顔は大きなサングラスに隠されている。兵士達はそんな男にまったく困惑していない。
二人は無重力のなかを進み、やがて中央に備えられた二つのシートに腰掛ける。そこ
は、艦の艦長及び部隊長のシートだった。
それを確認したと同時に弾かれるように元の作業に戻る一同。刹那、ドックの周囲から
発される光…幾条ものライトが浮かび上がらせるその蒼きボディ。
それを確認すると同時に、艦長シートに着いた女性は声を発する。
「全要員に通達、本艦はこれ
より発進する…各員、発進シーケンス開始、管制からのビーコン確認後、サブエンジン始動、同時に上昇し、距離4000で
静止」
流れるように指示を実行していく兵士達。船体を固定していたアームが外れ、その船体
が無重力に舞う。
《固定アーム解除。ハッチ開
放》
管制塔からのアナウンスが響き、艦艇の上部に設けられた発進口がゆっくりと四方に開
閉し、その先にある漆黒の宇宙を覗かせる。誘導灯が点灯し、道を浮かび上がらせる。
青い戦艦の下部バーニアは小さな火を噴かし、その船体をゆっくりと持ち上げていく。
「発進プロセス、D-28からG-41まで完了」
「目標点まで後60」
「気密隔壁及び全生命維持装
置正常値を維持」
発進口を抜け、宇宙へとその身を晒す青の戦艦…ゆっくりと浮上し、アルザッヘル基地
上空にて静止する。
「主動力始動、エンジン異常
なし…全システムオンライン、発進準備完了!」
その言葉とともにクルー達は動きを止め、次の命令を待つ。それを見守っていた女性は
隣に座る男を見やり、男は女性を一瞥し、口元を薄く歪めた。
「では…参ろうか、エヴァ=
アジルール中佐……我らの処女航海へ」
どこか、自信に満ちたその表情で前方の強化ガラスの奥に拡がる宇宙を見据える男に、
エヴァと呼ばれた女性もまた口元を緩める。
「微速前進…引力圏離脱と同
時に加速、ガーティ・ルー…発進っ!!」
右手を振り上げ、前方を指した瞬間、エンジンが静かな唸りを上げ、火を噴く。ゆっく
りと加速し、上昇していく船体。
―――――機動特殊艦:ガー
ティ・ルー
先のA.W.で名を馳せた
AA級の流れを汲む特装艦。
アルザッヘル基地を後に、宇宙へと乗り出していくガーティ・ルー…そのブリッジで、
エヴァの隣に座る男はサングラスの奥に見える瞳を細めた。
「進路はL4―――アーモリー・ワン」
ニヤリと哂い、小さく囁かれたその言葉は、静かに消えていく。
青き意志に導かれるように……ガーティ・ルーはL4へと向けて旅立つのであった。