アーモリー・ワンの中央ビルの最上階に位置する執務室では、プラント最高評議会現議 長であるデュランダルがガラス向こうのアーモリー・ワンの街並みを見下ろしながら、静かに囁いた。

「平時の兵器とは、ただ威力 があればよいというものではない。その力を示すことで戦いを回避する力ともなりえる」

「はい」

その言葉に頷き返すのは、デュランダルの背後で来賓用のソファに腰掛けるやや長身の 女性。

「そういった意味では、人々 にそれを正しく伝えなくてはならない。君の担う役割はとても大きなものだ…期待しているよ、ベルナデット=ルルー君」

「ご期待に添えるように努力 いたします、議長閣下」

強い意志を込めた返答を返すのは、プラントの放送局に属するレポーター:ベルナデッ ト=ルルーであった。その返答にデュランダルは満足気に笑みを浮かべ、ゆっくりと振り向き、ベルナデットを見やる。

「彼らと同じように、君達も これからの時代に重要となる」

どこか確信めいた…それでいて不適に笑うデュランダル。

「今回は、プラント以外の ジャーナリストも数名招待している……君の推薦した彼もだ」

手に持つ書類に記された人物のデータを一瞥し、そう告げるデュランダルにベルナデッ トは微かに笑みを浮かべる。それが何を意味しているのかは解からないが…少なくとも彼女にとって好ましい結果となったことに違いはなかった。

「ありがとうございます…新 生ザフトを知ってもらういい機会になります」

頬を僅かに緩ませ、そう喜色ばむベルナデット…デュランダルは僅かに肩を竦める。

「間もなく彼の乗った艦が入 港する。出迎えと案内を頼むよ」

「解かりました…では、私は これで失礼します」

一礼し、ベルナデットは立ち上がり、静かに執務室を退席していく。それから数分後、 執務デスクの上に備えられた通信端末から補佐官の声が聞こえてきた。

《議長、クライン外務次官が 面会にお見えになっておられますが……》

窺うように問い掛ける補佐官に、デュランダルは相槌を打つ。

「ああ、解かった。部屋に通 してくれ」

《はっ》

通信が途切れると、デュランダルは不敵な笑みを浮かべる。

「さて…外務次官殿はどう出 てくるかな?」

どこか、愉しげに佇んでいると、やがて待ちかねた来訪者が到着し、部屋内に呼び出し 用の音が響いた。

《失礼致します、議長。ラク ス=クラインです》

「ああ、待っていたよ。入り たまえ」

その言葉に反応するように執務室のドアが開き、その奥から一人の女性が静かに入室し てきた。少女とも取れる童顔な顔つきだが、その瞳には強い意志を象徴するかのような青が漂い、また物腰も凛としたものを感じさせている。

特徴的なピンクの髪をポニーテールで束ね、シックなスーツを纏うのは、プラント評議 会議員の一員にして外務次官:ラクス=クラインであった。

「クライン外務次官、ようこ そ」

「ええ。こちらこそ、お忙し いなか、申し訳ありません」

柔和な笑みを浮かべ、手を差し出すデュランダルにラクスもやや表情を顰め、手を握り 返す。

「とんでもない。外務次官は 私にとって大切な友人です。歓迎こそすれ、邪険には致しませんよ」

「そう言っていただけると、 私としては光栄に思います」

微笑を浮かべ、ラクスもまた表情を和らげる。

「では外務次官、お席へ…秘 書官の彼はどうされました?」

本来なら、デュランダルの方が立場が遥か上だというのに、まるで同列のように言葉を 交わす議長にラクスは好感を持っていた。だからこそ、今回のこの来訪は正直荷が重いと言わざるをえない。だが、これもまた自分の仕事なのだ。

そう割り切り、ラクスはソファに腰掛けながら、一息つくと、口を開く。

「彼は今、私の入国手続きと 数日後来訪される大日本帝国の代表の方を出迎える準備をしております」

「そうですか。外務次官はい い秘書官をお持ちで…信頼されているというのは、なによりも嬉しいことです」

「ええ。本当に私にはもった いないぐらい有能ですわ」

「羨ましいですね。私も彼に 助けてもらいたい」

冗談めいた言葉を交わすなか、ラクスの表情は緩んでいた。彼女の秘書を務める人物 は、彼女が一番信頼し、一番大切な存在だからだ。その人物が褒められ、嬉しさを隠す方が難しいかもしれない。

その時、二人の会話に割り込むように開かれるドア。入室してきた係と思しき人物が手 にプレートをのせ、その上に二つの慎ましやかな湯気を立てるカップを添えている。無言のまま、二人の腰掛けるテーブルの前に歩み寄り、静かにカップを前に 置き、一礼すると、無言のまま執務室を後にする。

デュランダルは微かに頷くと、ラクスに向かって手を差し出し、カップを勧める。

「外務次官、まずはお茶をど うぞ」

「ええ、ありがたくいただき ます」

慣れた手つきでカップを手に取り、ラクスはカップのなかに注がれていた紅茶を一口口 に含み、その微熱に乾いていた喉を潤すと、静かに一息つく。

だが、一瞬閉じられた瞳が再び開かれると、その視線が微かに細まる。

「では、そろそろ本題に入り ましょう…議長」

どこか、刺すような視線と口調だが、デュランダルは変わらず柔和な笑みを浮かべてい る。ラクスはカップを皿に置くと、持参したバックのなかから数枚の資料を取り出し、それをデュランダルの前に差し出す。差し出されたその書類と思しき資料 に視線を向け、内容を把握したのを見定めると、ラクスは言葉を切り出す。

「これは、今期の評議会での 予算案です。ですが、この軍事面に関しての予算は少々かけすぎではないでしょうか?」

その書類には、現在のプラント内の国家予算の次期案が纏められているが、その一点… 軍事費に関する項目の予算案が他の項目よりも高めに設定されている。

「セカンドシリーズに関して は確かに評議会で開発を可決しましたが、それに続けて新型量産機種、またサードシリーズの開発はまだ協議中のはずです」

セカンドシリーズの開発に関しては評議会での議論の結果、可決された。だが、現在のZGMF-1000に代わる次期主力機開発及びセカンドシリーズでのデータを基にしたサードシリーズと呼ばれ るプロジェクトもこのアーモリー・ワンで始まった。

だがそれは、評議会にとっては由々しき事態だった。

「議長、確かに評議会は軍備 に関しては引き続き予算を割くことを承認しておりますが、度を過ぎる予算は評議会での議論を交わしていただかなければ困ります」

戦時中なら、軍事に予算が回されても致し方ないが、今は平時…おまけにまだ先のA.W.終結から間もない時期だ。軍事は一番縮小されるべき項目であり、今は未だ試行錯誤しているプラントの 生活安定。そして福祉などあげればキリがない。

「いくら議長にそれらの裁量 権があるとはいえ、評議会を無視するようであれば、議長の不信任案も議題に上げなければなりません」

そこでラクスは初めて表情を顰める。

「議長…私は、議長を信頼 し、また尊敬しております。それは評議会の意志であり、またプラントの誰もが考えております。だからこそ、此度の軍事予算の増加とセカンドシリーズ公表の 真意を、お聞かせいただきたいのです」

ラクス個人としてはデュランダルを信頼している。A.W.終結後のジュセックの後を継ぎ、プラントをここまで復興させ、また地球との融和政策を進める。正直、 自分の理想とする未来へと進めてくれる人物と考えている。だからこそ、今回の件については明確な答を聞きたかった。

真剣な面持ちを浮かべ、窺うようにデュランダルの言葉を待つラクスに、デュランダル は笑みを浮かべる。

「クライン外務次官、そこま で私を信頼してくれ、感謝の言葉もありません」

徐に立ち上がり、ゆっくり背を向けるデュランダルにラクスは表情を顰めたままだ。

「外務次官が心配しておられ るのは、やはり地球との外交ですかな?」

静かに首を振り、発せられた一言にラクスはますます表情を顰め、俯かせる。外務次官 として、地球各国を回るラクスには、やはり時には罵声に近い糾弾が浴びせられることもある。

今回のセカンドシリーズ発表に関して地球…特に大東亜連合を構成する国々から批判が 上がった。プラントはまた戦争を仕掛けるつもりかという露骨な発言もあったほどだ。無論、大東亜連合はプラントとの国交について今現在難航している国々だ から無理もないが、比較的友好を築いている大西洋連邦やオーブ、大日本帝国からも無言のプレッシャーを受けたほどだ。ラクスがいくら此度のセカンドシリー ズはあくまでプラントの自衛の為の開発と主張しても、なかなか受け入れがされない。やはり、デュランダルの明確な答が必要なのだ。

「そうです。私の無能のため に、プラントと地球各国との国交をまた断絶させるわけにはいきません」

そう、自分がどれだけ罵られようとも、あの2年前の最悪の事態にまた戻すわけにはい かない。顔をあげ、そう告げるラクスにデュランダルは首を振る。

「いえ、外務次官は立派な方 です。それは私を含め、プラントの誰も思っていること。先の戦争を止められた英雄であり、今はプラントの大事な議員の一人です」

「その話はやめてください。 私は英雄でもなんでもありません。私はただ、私の成すべきことを成すために今の立場に就いているのです」

賛辞にやや厳しげな視線を浮かべる。デュランダルは肩を微かに竦め、失礼とばかりに 首を振る。

暫し無言が周囲に漂うが、デュランダルは視線をラクスに向けると、静かに語り出す。

「外務次官は、力をどう捉え ておいでですか?」

「力、ですか? 随分と抽象 的な質問ですわね…そうですね、私は、嫌悪するものであると同時に必要なものだと考えております」

なにかを成すためには意味こそ様々なれど力が必要になる。ラクスにとっては『外務次 官』という肩書きが力の一つだ。もしラクスがただの小娘であったなら、地球の政治家は誰も耳を貸さないだろう。外務次官という肩書きがつくだけでそれが一 変する…だが、過ぎたる力はまた忌むべきものと捉えている。力ずくで圧政しようとするなら、それは必ず対立と反発を生む。

そう答えるラクスにデュランダルは満足気に笑みを浮かべる。

「その通りです。だからこ そ、私も力を欲しました…このプラントを護るため。そしてなにより未来のために。大きな力は確かに災いを呼ぶ火種になるやもしれません。ですが、それは同 時に大きな抑止力になる。私はそう考えています」

大きな力は恐れとともに抑止ともなる。それは、国家が過去から行ってきた防衛手段の 一つでもある。力は確かに隠しておくもの…だが、それを錆付かせては意味がない。時にはその力を誇示し、自らの力の大きさを示すのも外交の一つだ。

「つまり…プラントの立場を より強くするために、此度の発表を行った、と?」

おぼろげながらデュランダルの思惑を悟ったラクスはそう問い返す。

「そう取っていただいても構 いません。外務次官とてご存知でしょう。我が国の磐石は未だもって不安定。それを強めるためには、多少の強硬さも必要と考えたのです」

その言葉にはラクスも口を濁す。デュランダルの言うことにも一理あるからだ。確か に、未だ国家的には弱い立場にあるプラント。国際社会において発言力を高めるためにはこうした軍事的アプローチも一つの手段だとは思う。

「評議会を通さず、此度の決 定を独断したことは謝罪しましょう。ですが、これだけは信じていただきたい。私は決して前の戦争の犠牲を無駄にはしない。必ず平和な世界をつくり、またそ れを恒久的に続けていくための努力を怠らないと」

頭を一度下げ、そして力強く発したデュランダルに、ラクスは表情を顰めていたが、や がて息を一つ吐くと、ゆっくりと顔を上げる。

「解かりました。議長のお言 葉、信じましょう…評議会には、私の方から説明しておきます」

その強硬な外交は確かに諸刃の剣でもあり、危険な一面もあるが、もう公開してしまっ た以上、言い繕うことはできない。なら、自分にできるのはその危険なカードをどううまく有効活用し、外交に活かすかだ。

「感謝します、外務次官…お 疲れでしょう。今日はもうお休みになってください」

「ええ、お言葉に甘えさせて いただきます」

流石にこれからのことを考えるとやや憂鬱になることも否定できないので、その気遣い には素直に頷く。

席をやや重い足取りで腰を浮かし、何かを思い出したようにラクスはデュランダルに向 き直った。

「ああ、忘れるところでし た。後日、大日本帝国からの使者がアーモリー・ワンに来訪されます。スケジュールの調整をお願い致します」

「ほう、あの国からです か?」

今まで笑みを崩さなかったデュランダルが微かに驚きの声を上げる。

大日本帝国。A.W.後に設 立された極東の新興国家。規模的には小国であるものの、即位した帝の下、その力を強めつつある。デュランダルにとっても無視できない国の一つだ。

「ええ、以前からプラントと の外交についての条約を詰めたいと仰っておりましたのですが、何分急なものでしたので、議長には申し訳なく思いますが…」

独立国家としては小国である日本。そして、国を衰退させないために、他国との交流を 始め、国益を上げ、国力を増す。そのために様々な国への外交を積極的に求めている。無論、かつて大西洋連邦の属国であった名残か、大西洋連邦との同盟は引 き続き行い、また今のプラントと同じく隣接する大東亜連合の中枢国家、東アジア共和国とは外交が難航している。

そして、それらの対処のためにプラントと友好を結びたいと考えているのだろう。

「いえ、構いません。では、 来訪日に合わせてスケジュールを調整しましょう」

「お願いします。では、私は これで」

頭を下げ、一礼すると、ラクスは静かに執務室を後にした。

静寂が戻り、一人佇むデュランダルはゆっくりと椅子に腰掛け、手を組んで顎をのせ る。

(ふむ…クライン外務次官に ヤマト秘書官……彼らもまた、私にとって必要な存在となろう)

内心に独りごちると、デュランダルは向きを変え、今一度アーモリー・ワン内の空を仰 いだ。

 

 

デュランダルの執務室を後にしたラクスは長いスロープを進みながら、一息零す。それ は、この先に控える激務への心労か、それともデュランダルへの信頼と不安の葛藤か…ラクスは何気に横に面した巨大なガラスに眼を向ける。

壁一面に貼られた強化ガラスの向こう側では、隣接する軍施設の様が映し出され、直に 控えるミネルバの進水式及びセカンドシリーズ公表の式典のために、多くのMSが準備されている。

その様にどこか表情を顰めていると、正面から呼ぶ声にハッとした。

「ラクス」

その声に振り向くと、眼前のスロープの終着点に一人の青年が佇む。

「キラ…いえ、ヒビキ」

ラクスの視線の先に佇むのは、彼女の秘書官を務める人物:ヒビキ=ヤマト…いや、キ ラ=ヤマトであった。戦後、プラントに移り住んだキラはラクスの秘書を務めるに当たり、偽名を使うことにした。キラ=ヤマトの名は連合軍時代に地球側に知 られてしまっているため、余計な混乱を避けるために本来の姓である『ヒビキ』と名乗り、今は生活している。

童顔な顔つきながら、背は伸び、もう少年という容貌ではない。ラクスがスロープから 降りると、ゆっくりと歩み寄る。

「お疲れ様。どうだった、議 長との会談は?」

とても秘書らしくない態度だが、ラクスは気にも留めない。この二人の間にはそんなも のは無用だろう。キラはこの2年間、ラクスの秘書として常に助けていた。そのため、彼女の苦労の程も誰よりも理解している。

キラの問い掛けにラクスは曖昧な笑みを浮かべる。

「ええ、議長のお考えは知る ことができました。ですが、それを波風をなるべく立てぬように伝えなければなりませんね」

冗談めかした愚痴だが、こうした軽口を叩けるのもキラが相手だからだろう。そんなラ クスの様子にキラは表情を顰め、覗き込むように表情を窺う。

「ラクス…無理はしないで ね。僕じゃあまり役に立たないかもしれないけど」

萎縮するキラにラクスは微笑を浮かべ、首を振る。

「そんな事はありませんわ。 キラが傍で支えてくれるから、私はこうして頑張れるんです。さあ、落ち込んでばかりはいられませんわ」

己を奮い立たせるようにそう告げるラクスにキラもまたつられて笑みを浮かべる。

「解かったよ。でも、今日は もう休んでね…ホテルを取ってあるから」

促すように先に歩き出そうとするが、何かを思い出したようにラクスに向き直る。

「あ、そうそう…さっき、係 の人がこれを渡してくれたんだ」

スーツの懐に手を入れ、その下から取り出したのは、一通の手紙…ラクスは首を傾げ る。

「君宛に届いてたって…で も、差出人は解からないって。少なくとも危険物ではないようだけど……」

キラも言葉を濁す。

受け取ったラクスは手紙に眉を寄せる。手紙は宛名も何も書かれていない封筒…無論、 手紙に爆弾を仕込むというテロという可能性もある。ラクスの命を狙う者も決して少なくはないのだ。だが、そういったチェックは厳重に行っている。

「開けてみないことには、解 かりませんね」

やや警戒した面持ちながら、ラクスはゆっくりと封を切る。開かれたなかから取り出さ れる一通の便箋。

それを拡げ、そこに書かれている文章に眼を通し、小さな声で呟く。

「今日、ホテルのロビーで待 つ」

手紙には、一言だけ…そう添えられていた。手紙というにはあまりに短い文章に首を傾 げる。だが、最後に記されたイニシャルが眼に入った。

RC

キラとラクスはそのイニシャルを読み上げ、それはすぐさま該当する名前が浮かび上 がった。

 

―――――RC-Rin=Cisty

 

「リン…っ」

やや上擦った声を上げる。キラも隣で驚いた表情を浮かべている。

二人のなかに浮かび上がった人物…2年前の戦いで共に戦い、そしてその後行方を晦ま せていた人物。

「リンが…このコロニーに」

そう考えた瞬間、二人の内には驚きよりも嬉しさの方が滲み出してきた。あの戦争が終 わって姿を消した大切な者達。ずっと会いたいと思っていた。

その彼女らが来ている…自分達に逢いに……そう考えた瞬間、二人はいても立ってもい られず、互いに笑顔で頷き合った。

「いこう、ラクス」

「ええ、待たせるわけにはい きませんわ」

先程までの憂鬱な表情はどこへやら…軽やかな足取りで二人はその場を後にし、懐かし い旧友との再会に向けて胸を躍らせるのであった。

 

 

 

同時刻。アーモリー・ワンに向けて航行する一隻の艦。

それは、マコトが所有する輸送艦。その格納庫には、ジャンクに混じって固定されるセ レスティの隣に2機のMSが固定されていた。

一機はボディに白い十字架を模したようなデザインを施されたザフトの旧式機であるジ ン。もう一機はセレスティと似た頭部形状を持つ機体。それら3機を載せた輸送艦のコックピットでは、マコトが操縦桿を握り、モニターに映る巨大な砂時計を 見上げる。

まだ距離はあるはずだが、それでもその巨大さは圧巻される。マコトはこの仕事を始め てまだ一年足らず。まだプラントを訪れたことはなかった。その為、同型コロニーであるアーモリー・ワンへの入港に緊張を隠せない。

その時、コックピットへのドアが開き、振り向くと、そこにはスーツ姿の髭面の男が佇 んでいた。

「ご苦労さん、あとどれぐら い掛かる?」

「もうすぐですよ、マディガ ンさん」

問い掛けてくるのは、依頼されたフォトジャーナリスのボディガード役のカイト=マ ディガンと名乗る男だった。

数日前に受けた依頼…マティアスから指示のあった二人がステーションに来訪した。フ リーのフォトジャーナリスであるジェスとそのボディガードのカイト。

明るく、またフレンドリーに話し掛けてきたジェス。そのジェスに対し野次馬バカと悪 態をつくカイト。なんとも対照的な二人と思いつつ、マコトは依頼通り、二人をアーモリー・ワンへと送っていた。無論、自分も興奮を抑えられないでいる が……

「解かった。あいつに伝えて くる…入国手続きなんかは任せるぞ」

そう言い、一瞥してコックピットを後にするカイトにマコトは苦笑を浮かべ、やがて艦 がアーモリー・ワンの警戒エリアに差し掛かり、通信が入ってきた。

【接近中の艦に告ぐ。船籍と 入国目的を述べよ】

「こちら、ジャンク屋組合代 表艦。船籍ナンバー:1197。マコト=ノイアールディ…ジャンク屋組合より、此度の新兵器視察の ための代表者をお連れした」

照合を問い合わせる通信にそう答えると、暫し沈黙が続く。やがて、照合が完了したの か、返答が返ってきた。

【確認した。ようこそ、アー モリー・ワンへ】

来訪に歓迎の意を告げるアナウンスが流れた後、アーモリー・ワンより誘導ビーコンが 発射され、それを受信し、それが促す港に向けて操舵する。

港付近には、ザフト軍のナスカ級やローラシア級戦艦が展開し、周囲をゲイツRが編隊 を組んで警備に当たっている。その物々しい警備を横に、マコトは表情を微かに強張らせながら、ゆっくりと港へと進入していった。

「さて、アーモリー・ワン… どんなとこなんだろうな」

この先に待つものに期待を抱きながら、艦は港に収まり、外装に向けて固定用のアーム が接続され、エンジンを切る。

そして、身を起こしてマコトは隣の自室に向かう。

ドアを開けると、カスミがベッドに腰掛けながら、小さな窓から見える港の風景を眺め ている。

「カスミ、着いたぞ。入国手 続きしなきゃならないからお前も一緒に来てくれ」

声を掛けると、カスミはコクンと頷いて身を起こし、マコトに歩み寄る。マコトはカス ミの手を引きながら、後方の客室に向かう。

客室のドアをノックすると、部屋のなかから返事が返ってくる。

「あいよ」

「失礼します。到着しまし た。入国手続きがあるんで、機体と一緒に入ります。機体の準備もお願いします」

ドア付近で佇んでいたカイトに声を掛けると、頷きながら奥で音を立てているジェスに ややウンザリした表情で振り向く。

「解かった…おいジェス、早 くしろ」

「解かってるって、ちょっと 待てよカイト」

ガサゴソと準備をしながら、ジェスは愛用のカメラを構え、眼を期待で輝かせている。 これから撮ることになるものに対しての興奮を抑えられないのだろう。そんなジェスにカイトは溜め息を零し、マコトは苦笑を浮かべた。

「さて、と準備完了! いく ぜっ」

機材とカメラを担ぎ、はりきった調子で歩み出すジェス。そんなジェスに呆れた表情で 頭を掻きながら後を追うカイト。そしてマコトとカスミが続き、4人は格納庫に向かった。

格納庫に到着すると、ジェス は愛機であるアウトフレームに乗り込んでいく。その様を見やりながら、マコトはアウトフレームを一瞥する。

最初に見た時から明らかにジャンク屋や民間に出回っている機体とは違うと感じてい た。まあ自分も今の機体を手に入れた経緯が経緯だけに余計な詮索はしないが……カイトもジンに乗り込み、マコトもカスミを伴い、セレスティへと搭乗した。

格納庫のハッチを開放し、機外へと歩み出す先には、ザフト軍の整備士達が誘導し、そ の先に用意された移送用のトレーラーの後方の固定台へと機体を横倒しにし、3機はそれぞれ固定され、機体を降りると、そのまま移動用の車両に乗り込み、4 人を乗せた車両が発進し、それに続くように3台のトレーラーが後を追う。

港内のゲートを抜け…次の瞬間、光が視界に飛び込んでくる。思わず一瞬眼を覆うが、 やがてその視界には拡がる光景に眼を奪われる。

中心に聳え立つように伸びる巨大な支柱…その周囲に悠然と拡がる湖。そして街並み… まるで一枚画のように拡がるアーモリー・ワン内の光景に、マコトは見入る。

「おおっすげえ」

「はしゃぐな」

同じくプラント内を見るのは初めてのジェスは興奮を隠せず、思わず車両の窓にへばり 付き、カイトはもう額に手を当てながら青筋を浮かべている。

そんな様子に苦笑を浮かべながら、マコトは隣のカスミを見やると、カスミは窓から見 える光景を静かに凝視していた。

「どうした、カスミ?」

声を掛けるも…カスミは無言で見詰めているだけ…怪訝な表情を思わず窺うように覗き 込むと、カスミは小さく呟いた。

「偶像の世界」

「?」

マコトの方に振り向いたカス ミは言葉を続ける。

「虚構の世界…そこに在りな がら在るべきでないもの……そして…魂は永遠に彷徨う」

金色の瞳の奥に漂う虚無という闇…そんなものを垣間見たような錯覚に捉われる。

カスミはそう告げると、再び窓の外に眼を向ける。背中を向けるカスミを見詰めなが ら、マコトは今のカスミの言葉を反芻させる。

(虚構…在りながら在るべき ではない……どういうことだ?)

まったく言葉の意味が掴めない。だが、そう告げたカスミのあの表情が脳裏を捉える。

(カスミ…お前はいった い……)

その疑念も、車両の動きが停止したために遮られた。

「おっ到着したか」

ジェスが先に車外へと身を乗り出し、マコトは今一度カスミを見やるが、カスミは無言 のまま身を起こし、マコトも今の疑念を内に抑え込んだ。

4人はそのまま機体のトレーラーが搬送された施設へと歩み、3機のMSがそのままト レーラーから立ち上がり、それぞれメンテナンスベッドに固定される。

「メンテナンスベッド固定確 認、OKです!」

整備員の一人がそう告げると、何人かの待機していた一斉に機体のチェックのために取 り付いていく。

「ではこちらにサインを」

「あ、はい」

担当が差し出した預かり書にサインすると、担当官は頷く。

「では、責任を持ってお預か ります」

「よろしくお願いします」

一礼すると、担当官は踵を返し、離れていく。ジェスはその時、自分を見る視線に気づ きそちらに振り向くと、一人の女性が眼に入り、笑みを浮かべる。

「よお、ベル」

その声につられてマコトも振り向くと、長身の女性が眼に入る。

「久しぶりね、ジェス」

女性:ベルナデット=ルルーは微かに眼を細め、隣を見やる。

「あら、今日もボディガード のお供つきなのね」

「あ? ああ」

小馬鹿にするような視線だが、向けられたカイトは意にも返さず、肩を竦める。

「これも仕事だからな」

「ご苦労なことで…あら、 そっちは初めて見る顔ね」

「ああ、彼らは俺達をここま で連れてきてくれたんだ」

ベルナデットがジェスの後方に立つマコトとカスミを見やり、ジェスも頷きながら、二 人を紹介すると、マコトが頷く。

「知り合いなんですか?」

「以前、南米の独立を撮影し た時にな」

一年半程前。まだ終戦条約が結ばれる前…連合という組織が既に瓦解しかけていた頃に 大西洋連邦の属国であった南米:南アメリカ合衆国が独立を宣言した。

ジェスはその時、その独立をレポートしようと南米に出向き、そこでプラント系列から 出向していたベルナデットと出逢った。

「聞いたよ。今回は世話に なったな」

本来なら、ジェスのような根無し草のジャーナリストが招待されるようなものではな い。ジェスの招待にはベルナデット推薦があったらしいと聞かされ、感謝の意を述べるもベルナデットは苦笑で応える。

「いいのよ、どうせ私が推薦 しなくても選ばれたでしょうし…それに……」

ベルナデットの視線がジェスの首からぶら下げられるパスに向けられる。

「貴方が、ジャンク屋組合か らの代表としても派遣されているのでしょう?」

「ん…ああ、こいつか。マ ティアスが手配してくれたこれがあれば、かなり自由に取材できるって」

パスを振りながら、ジェスはお気楽に述べるが、それがどんなに凄いことか知ったマコ トは思わず息を呑む。

ジェスはいい写真を撮ることのみに気が向いているようだが、最新兵器を撮る許可を得 るだけでも大変だというのに、さらにはジャンク屋組合からの代表者まで手を回すとは。

ジャンク屋組合もまた中立の立場を貫くために今回の取材に対し、プラントに対してア プローチを試みたということだろうが……ジェスはそんな思惑などどこ吹く風とばかりにしている。

そんなジェスの様子にやや呆れた表情で肩を落とす。

「貴方のクライアントはかな りのやり手のようね…まあいいわ、どちらにしろナチュラルである貴方に取材してもらうことに意味があるのだから…乗って」

一同を車に促す。視線を一瞬マコトとカスミに向ける…本来なら、ジェスのみだけを案 内し、他の同行者は遠慮願いたいところだが、ジェスと同等のパスを与えられえている以上、それを無下に扱うわけにもいかない。

マコト達は車に乗り込み、ベルナデットがアクセルを踏み込み、車はゆっくりと発進 し、軍施設内を走る。

幾棟も並ぶ施設や倉庫のなかを走る道を進みながら、その光景に圧巻される。

(ニューミレニアムシリーズ のザクがそこらかしこに)

倉庫群の周囲には、ザフトのMSが犇めくように並んでいる。ジンをはじめ、ゲイツR やTFA-4DE:ガズウート、そして現在のザフト軍主力兵器に移行しつつあるZGMF-1000モデル機が立ち並び、さながらザフトのMSの展示会場のような雰囲気を醸し出している。

「ニューミレニアムシリーズ のザクか…量産体制も整っているみたいだな」

ジェスもその光景に思わずカメラを持ち上げそうになるが、それに気づいたベルナデッ ト低い声で制する。

「ダメよ…ここは撮影不許可 地域よ」

「え? そうなのか」

間の抜けた表情で問い返すジェスにベルナデットは溜め息を零す。

「ここは軍事施設なのよ。そ れより、貴方にはすぐに凄いものを撮らせてあげるわ」

「凄いもの?」

二人の会話にマコトも耳を傾ける。未だジャンク屋組合でもほとんど出回っていないザ クがこれだけ並んでいるだけでも壮観だというのに、これ以上の何かがあるのか。

「そうよ。貴方も聞いている でしょう…議長が公表されたセカンドシリーズを」

「ああ」

「今回貴方に撮影してもらう のはそのセカンドシリーズ。ザフトの威信をかけた最新のものよ。ただの兵器群とは訳が違うわ」

「らしいね」

相槌を打ちながら聞き入るジェスにベルナデットはどこか誇らしげに告げる。

「平和のために造られた兵 器…そこをしっかり見てちょうだい」

自信を持って告げたベルナデットだったが、バックミラーに映る表情を渋めるカイトに 気づき、眉を寄せる。

「…何か言いたげね」

「いや…平和のための兵器、 ね……確か、前大戦を引き起こした核ミサイルも長らくそう呼ばれていたな、ってね」

揶揄するような口調で鼻を鳴らす。

マコトもそのカイトの意見には頷く。先の大戦を引き起こしたもの…平和のためと謳い ながらも所詮はただの兵器。平和を護るのではく平和を壊すものと捉えた方がよっぽど合っている。

兵器は使い方しだいで意味が変わる。マコトはそう考えている…だが、それでも一つ使 い方を間違えれば、それは変わることも…そんな矛盾とした現実。

ベルナデットはやや表情を顰め、口を尖らせる。

「それは、ナチュラルが誤っ た使い方をして……」

「それじゃ、また間違うかも しれないぜ」

機制を制され、またもや口を噤む。常日頃から理知的と謳っているコーディネイターが そんな野蛮なことには使わないという自信か…沈黙が漂うなか、ジェスが苦笑いを浮かべながらベルナデットに話し掛ける。

「そういや、その新兵器って 新しい技術を導入されてるんだろ?」

「え、ええもちろんよ。核エ ンジンといった類は搭載していないわ。それに代わる新機軸の技術を取り入れているの」

先の大戦後に結ばれた終戦条約のなかで、NJCの 軍事的転用の抑制が上げられた。莫大なエネルギーを齎す核分裂路を規制することに各国とも難色を示し、結果…大量破壊兵器及び大量生産による軍事転用の禁 止が最大譲歩となった。

無論、それがどの程度まで赦されるのかは各国の裁量に任されているのが実情のため、 未だしっかりとした政策が執られていないのも事実だが。

「へぇ、楽しみだな」

ジェスは純粋な好奇心だけにそれらが現れる瞬間を待った。やがて、十数分走った車は 一つの大きな演習場に辿り着く。

出入り口の守衛がベルナデットに応じ、車が演習場内へと招き入れられる。

湖に面した広大な演習場の端に設置された倉庫群の端に佇む一台のデータリンク及び軍 車輌の前に車が止まり、ベルナデットが先導で降り、ジェス達を促す。

彼らの先には、3人の人影…ベルナデットは恭しく声を掛ける。

「皆、今日から取材に加わる フリージャーナリスト兼ジャンク屋組合代表のジェス=リブルさんを案内したわ。ジェス…彼らが新型機のテストパイロットよ」

紹介するように振り向くベルナデットは、3人の男女を紹介する。一人は普通の服装だ が、もう一人はザフト軍のエースである赤の軍服を纏っている。

「コートニー=ヒエロニム ス。リーカ=シェダー。そして、マーレ=ストロードよ」

紹介された3人は三者三様の態度で答え返す。コートニーと呼ばれた青年は表情を変え ず、リーカと呼ばれた女性は笑顔を浮かべて会釈し、マーレと呼ばれた青年は無愛想な、それでいてどこか睨むような視線で見やった。

「コートニーとは、一度南米 で会ってるわね」

「久しぶりだな」

3人のなかで唯一面識のあったコートニーに向けて手を差し出すと、コートニーも微か に笑みを浮かべ、手を握り返す。

「ああ」

南米での独立撮影時にそれを良しとしないテログループの介入があった。その時、南米 軍と撮影に訪れていたザフト軍の護衛隊のなかに所属していたコートニーは現行機のZGMF-1000シ リーズの雛形であるZGMF-X999A:試作型ザクのパイロットとして参戦した。

ジェスもコートニーの姿を写真に収め、インタビューをしたのだ。

「次は私ね、よろしく…リー カと呼んでね」

コートニーとの握手が終わると、コートニーの背中から顔を出すリーカが手を差し出 し、ジェスもまた握り返す。

「あ、ジェス=リブルです。 よろしく」

リーカの顔を見たジェスの視線がリーカの顔にある物に向けられ、その視線に気づいた リーカが悪戯っぽく笑う。

「あっ、私の眼鏡のこと気に なる?」

図星を指され、ジェスは苦笑いを浮かべる。どうも気になることには何でも気になって 訊きたくなってしまう。

「コーディネイターって眼が 悪い人がいないってばっかり思ってたから」

事実、ジェス自身、カイトを含めたコーディネイターとも何度か会ったことがあるが、 その誰もが眼鏡をかけている者はいなかったし、コーディネイター社会を見てみても眼鏡をかけて者を見た記憶がほとんどない。

そんな疑問に思うジェスにリーカは微笑む。

「確かに少ないわね。私は生 まれつき盲目なの。遺伝子操作は全てをコントロールできるわけじゃないの」

リーカは生まれながらにして盲目のコーディネイターだった。それらは全て先天性のも のであり、遺伝子操作の段階ではどうしようもないことだからだ。

だが、リーカは顔に掛かった眼鏡を持ち上げる。確かに自身の眼で見ることはできない が、それでもリーカは眼鏡のデバイスを介してその光景を網膜に投影し、視力を得ていた。

「プラントの技術を持ってす れば、視力を得ることなど容易い…ナチュラルとは技術力が違うからな」

鼻を鳴らし、侮るような口調で呟かれた言葉に一同が一斉に視線を向けると、モニター 車両のシートに腰掛けている最後の一人、マーレが見下すような視線を向けていた。

「マーレっ」

その視線と口調にベルナデットは思わず反論するも、マーレは何処吹く風とばかりに無 視する。

そんな不遜なマーレに対して、ジェスは会釈する。

「ジェスです、これからよろ しくお願いします」

にこやかに話し掛けるジェスにマーレはなお不愉快そうに視線を逸らす。

「フン…ナチュラルの取材な ど、議長も何をお考えなのか」

その侮蔑の愚痴にマコトは表情を顰める…コーディネイターがナチュラルに対して優越 感を憶え、どこか見下すような態度を取ることがあるとは聞いていたが、このマーレという男はかなり反ナチュラル感情が強いようだ。

最も、自分はただの同行員だ。その不愉快な苛立ちにも似たものをなんとか抑え込み、 成り行きを見守る。

「まったく、協力してもらわ ないと困りますよ」

幸先が悪いことにベルナデットは不安を憶えながら、周囲を見渡し、目的の人物が見つ からなかったのか、リーカに声を掛ける。

「あと…シンとステラは?」

「インパルスとセイバーのテ スト中。そろそろ戻って…噂をすれば……来たよ」

その時、上空に衝撃波にも似た轟音が轟き、リーカが指差した。マコトやジェス達もつ られて顔を上げると、上空を飛ぶ5つの機影を捉えた。

ジェスは思わずカメラを構え、マコトやカスミ、カイト達もその機影を視線で追う。

「アレが…新兵器? 戦闘機 なのか? てっきりMSだと思っていたが……」

やや圧倒されながら見やるジェスにマコトはその形状に眉を寄せる。

確かに、5つの内3つは戦闘機のような形状を持っているが、あとの2つは何か形が変 だ。まるで、MSの上半身と下半身のように見える。

「いや、アレは……」

その言葉を漏らした瞬間、上空で3機が急接近する。

(ぶつかるっいや、違う)

操作ミスかと思ったが、3機の戦闘機の内、小さな小型機が中心となり、翼を折り畳 み、ブロック状へと変形していく。それを覆うようにレーザーラインで繋がれる2機は包み込むように合体していく。

そして、その横を航行していた機体もまた形を変えていく…先端部分のブレードが回転 し、形状を変形させていく。

刹那、マコト達の前で戦闘機は人型へと姿を変えた。

「!!?」

「MSになった!」

驚嘆するマコトやジェスの前で鉄褐色の灰色だったボディに鮮やかなカラーリングが施 される。

一機は流麗な真紅にも似た赤…もう一機は白を基調としたトリコロールカラー……変形 した2機はそのまま車両の間近に着地してくる。

微かな突風が舞い、眼を覆う中、2体のMSは静かに佇み、その存在を誇示する。

「アレが新型機の内の2機…ZGMF-56S:インパルスとZGMF-X23S: セイバーよ。パイロットはシン=アスカ、ステラ=ルーシェ」

ジェス達の反応に気をよくしたのか、語るベルナデットの口調もどこか自信に満ちてい る。

「アレが…インパルスとセイ バー……平和のための兵器」

カメラを落としそうになりそうな程、呆然となるジェスは、無意識に呟いた。マコトも また、やや見入るような視線で『平和のため』という兵器を見詰めていた。

着地したインパルスとセイバーのコックピットハッチが開放され、二人の人影が姿を見 せる。

降下用のワイヤーに掴まり、ゆっくりと降り立つ。

赤のパイロットスーツを纏った二人はそのままマコト達の前に歩み寄ってくる傍ら、ヘ ルメットのバイザーを上げ、ヘルメットを取る。

現われたのは、黒髪と金髪を靡かせる二人の少年少女…そのギャップにまた別の意味で 唖然となる。

マコトは自分と差して年齢の差がなさそうな二人が新型機のパイロットを務めているこ とに驚きを隠せない。

ヘルメットを片手に、マコト達の許へ歩み寄った二人は、微かに頬を緩めて言葉を発し た。

「シン=アスカです」

「ステラ=ルーシェ」

「あ、ジェスです。ジェス= リブル…よろしくお願いします」

慌てて手を差し出し、握り返す。

そして、シンと呼ばれた少年はジェスの隣に佇むマコトを見やり、手を差し出した。

「よろしく」

「あ、ああ。俺はマコト、マ コト=ノイアールディだ」

名を発し、手を握り返す。

この新たなる出逢いは、マコトに何を齎すのか…今のマコトには解からぬことだった。

ただ、何かが始まる…そんな予感を僅かに心に燻らせていた………

 

 

 

その光景をやや離れた位置に存在する軍宿舎の一室から凝視する影…カーテンで窓を完 全に隠し、僅かに開けた隙間から入る光が薄暗い室内に差し込む。

凝視する影は、黒髪を靡か せ、真紅と紫のオッドアイを持っていた。身に纏うのはザフトの赤服。

その視線がマコト…そしてカスミに向けられる。

「アレが…01に選ばれた者。そして…鍵、か」

「……そうよ」

小さく発せられた言葉に応え返す声…それに反応し、女性と思しき人影は室内に振り向 く。室内には、薄暗い部屋のなかでも一際輝くような黄金の髪を弄んでいる別の影がいた。

01に選ばれし者、マコト=ノイアールディ。そして、鍵を与えられし命」

謎めいた言動を続ける人影は、女性のようだった。だが、その顔を黒いバイザーで覆い 隠し、その表情を窺うことはできない。

「果たしてどこまで進めるか しらね……堕天使はその翼を折られた。残るは…その比翼のみ」

その言葉に反応し、赤服の女性が顔を向ける。

「あの人は?」

どこか、震える口調で問い掛けると、女性は鼻で笑うように答えた。

「心配しなくていい。ちゃん と生きてはいる…まあ、そう簡単には死なないでしょうね。目的のためには…心配しなくてもいいわよ。アレもちゃんと進行してるから」

嘲るような物言いに、女性はやや安堵に染まっていた表情を苦悶に変えた。

「やめてっ、あの人をそんな 風に…あの人は、貴方の……っ」

刹那、女性の喉に鋭い力が掛かり、女性は窓に打ち付けられた。

「うはっ」

女性の首に絡まる白い指…瞬間移動でもしたかのごとく、一瞬で間合いを詰め、首を締 め上げる女性に表情が歪む。

そんな表情を愉しむように金髪の女性は口元を穏やかに緩める。

「勘違いしていない…セ ス……貴方とあの男は所詮は死人。無様に罵られて死んだ身…それに、私にそんな口がきけるの? 私は、父様と母様の血を継いでいるのよ」

誇示し、優越を示すような口調にセスと呼ばれた女性は表情を歪めながら口を噤むも、 さらに強まる力に呼吸が苦しくなり、苦悶を漏らす。

「あっあ……」

「…いいな、その表情。私は 貴方のそんな表情が大好きよ。でも」

その苦しむ様を微笑みながら見詰めていた女性は手を離し、解放されたセスは膝をつ き、激しく咳き込んだ。

「げほっげほっ」

呼吸が苦しい…苦しみながら見上げると、女性は惚然とした表情で虚空を見詰めてい る。

「私が本当に見たいのは、母 様の顔……そう…あの顔………」

まるで、愛しい者を想うような…それでいて恐怖も感じさせる表情で己に酔う。女性は 踵を返し、背を向ける。

「貴方は、己の役目を果たし てさえいればいい…比翼の騎士を……葬りなさい」

小さく告げると、女性はそのまま気にも掛けずに暗闇のなかへと霧散するように消えて いった。

残されたセスは、ようやく呼吸が落ち着いてきたが、その表情は悔しさと怒りに染まっ ていた。

「解かっている…私には、そ れしかないのだからっ」

吐き捨てるように毒づき、拳を握り締める…その爪が喰い込み、微かに血が滲む。

修羅への道―――

それが、セス=フォルゲーエンの選択した道なのだから………

 

 

 

 

 

様々な思惑が絡み合い…そして闇のなかで蠢く…………

大きな運命のうねりの前触れのごとく……………

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

その力を示す新たなる兵器 達……

だが、軋轢が対立を生む。

 

対峙する少年は己の存在をか けてその意志を示す……

それは、新たなる決意か…そ れとも、ただの自己満足か……

 

 

再会するかつての戦友…語ら れる言葉………

――――あの戦いは…まだ終 わっていない………

 

運命の輪は…新たなる運命を 巻き込み…途切れることはない…………

 

 

次回、「PHASE-04 蠢く影」

 

信じた道、突き進め、インパ ルス。




BACK  TOP  NEXT






inserted by FC2 system