アーモリー・ワン内に発着する民間シャトル。

現在はプラントからの希望者のみの入国であるため、民間といっても限定される。

観光地として訪れる傾向が強く、プラントから多くのコーディネイター達が直に控える 新型機公表を一目見ようと来訪している。

そんな人々が行き交う港内に、三人の人影があった。

先頭を歩くのは濃緑の髪を靡かせ、やや野性味を感じさせる少年。顎から頬にかけて走 る傷跡が異様に目立つが、気にした素振りは見せない。

「はっ、ここがアーモリー・ ワンか。退屈なとこだ」

毒づくように鼻を鳴らす少年に向けて、その僅か後方を歩いていたもう一人の少年が溜 め息をつき、読んでいた本を閉じる。

「まだ騒ぎは起こさないでい てほしいものですね。僕達に課せられた役目、それをお忘れなきよう」

茶色の髪を肩口で切り揃えるセミロング、そして顔に掛かる眼鏡が逆の知的な雰囲気を 漂わせる。

嗜められた少年は鼻を鳴らし、視線を後方へと向けるが、肝心のもう一人の姿が見えな い。

「おい、あの馬鹿はどうし た?」

「おや、さっきまで一緒だっ たんですが」

やや上擦った口調で問うに対し、問われた方はさして冷静に答え返す。

「またか」

「やれやれ…やはり彼女は不 要だったのではないですかね」

眼鏡を持ち上げながら慇懃な言葉を漏らすと、途端胸元を掴み上げられた。

「てめえ、それ以上喋ったら その眼を抉るぞ」

鋭い眼光で射抜くが、肩を竦め、その態度に舌打ちすると乱暴に手を離す。解放された 少年はやれやれとばかりに埃を払うように襟元を整える。

「心配などしなくてもすぐに 見つかりますよ」

周囲をグルリと見回すと、やや離れた位置に目的の相手を発見し、緑髪の少年はやや表 情を顰めて小走りに駆け寄る。

強化ガラスの前に佇み、向こう側の宇宙をぼうっと見やる一人の少女。薄い青のショー トボブの髪を持ち、その瞳は宇宙を凝視している。

「おいっレア、はぐれるなっ て言っただろうが」

駆け寄った少年がそう嗜めるが、レアと呼ばれた少女は微動だにせず、視線を宇宙に固 定しながら、ポツリと呟いた。

「宇宙…暗い……冷たい」

「ああ?」

「またですか。レア、いい加 減にしてください。大佐から言われた命令を忘れたんですか?」

追いついた眼鏡の少年がそう漏らすと、瞬間…レアの眼が僅かに変わり、反応を示し た。

「ロイの」

「そうです。僕らの任務はこ のコロニーで開発されている新型機の奪取。忘れないでください」

「命令…ロイの……命令…遂 行しなきゃ」

刹那、表情が険しくなり、人形だった様子が生気を得たかのように変わり、二人は疲れ 気味に溜め息を漏らす。

「まったく…実験の後遺症で すかね。本当に大丈夫でしょうか?」

「うるせえ、いざとなったら 俺だけでその新型ってのを全部かっぱらってやるよ」

不安を憶える少年に吐き捨て、レアの手を取り、三人はそのまま港内を突き進む。

「ロイの命令…必ずやり遂げ る」

「ええ、それが僕らの存在意 義…役立たずの道具で捨てられてはたまりませんからね」

「へっ」

やや顰めっ面で鼻を鳴らしながら、三人はアーモリー・ワン内部に向かって歩みを進め ていく。彼らの眼に映るのは、平和な街並み。されど、退屈な虚構の世界。

 

――――――エレボス=バルクルム

――――――ステュクス=ローランド

――――――レア=フェイルン



<エレボス>



<ステュクス=ローランド>                       <レア=フェイルン>


 

アーモリー・ワンに新たなる嵐を引き起こす者達が、静かに降り立った。

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS

PHASE-04  蠢く影

 

 

 

時間は既に夕刻を迎え、アーモリー・ワンの空も青から朱へと投影を変えている。

煌びやかな建物のネオンが地表を照り輝かせるなか、一際大きなアーモリー・ワンのホ テルのロビーに佇む二人の人影。

歩む二人の姿を確認した他の客達は遠回しに驚いた表情を浮かべ、すれ違う従業員の誰 もが過ぎる時に歩みを止め、一礼する。そんな彼らに向けて軽く会釈するのは、キラとラクスであった。

流石に彼らの顔を知らぬ者は少ない。まして、今回はお忍びというわけではない。セカ ンドシリーズの公式発表の場に立ち会うためにデュランダルに正式に招待されたという形式上はなっている。

そのためにラクスもVIPとしてこのホテルに招待されていた。

やや苦笑いを浮かべながら、広いロビー内を見渡し、目的の人物を探すが、見当たら ず、二人は困惑した表情を浮かべる。

「いませんね」

「そうだね…まだ来てないの かな?」

ラクスは戸惑いながら懐から一通の便箋を取り出す。

数時間前に届けられた旧友からの手紙…今日、自分達が泊まるホテルのロビーで待つと いう約束というには一方的な内容。だが、そこがその相手らしいといえばそうだ。

時間も特に指定していた訳ではない…もう少し待とうかと思い、ロビーの喫茶ルームに 入ろうとした瞬間、声が掛かった。

「相変わらず、有名人は辛い な」

唐突に掛かった声に二人は一瞬虚を衝かれるも、慌てて振り向くと、喫茶ルームの端で こちらに背を向けている人影が視界に入る。

シャンデリラの光が紫銀の髪を照らし、その髪をポニーテールにして椅子に腰掛ける人 物がゆっくりと振り返ると、その顔は大きなバイザー型のサングラスに覆われている。

だが、口元を微かに緩めているその顔は、間違いなくキラとラクスの記憶のなかにある 彼女のものだった。

「リンっ」

ラクスが声を弾ませ、駆け寄るように席に近づき、キラもその後を追う。

「久しぶりね、ラクス、キ ラ」

サングラスを取らず、話し掛けるリンにラクスは表情を緩ませる。

「久しぶりなのは貴方達が連 絡を寄越さないからじゃないですか」

どこか、咎めるような口調だが、それにはからかいが含まれている。ラクスとキラはそ のまま向かい合うように腰を下ろし、リンと向き合う。

「本当に久しぶりだね。元気 だった?」

「まあ、元気と言えばそう ね…もっとも、あんた達はよく見かけるから聞くまでもないでしょうけど」

遠回しに自分達が世界で動き回っていることを指され、苦笑いを浮かべる。

「でもリン、そのサングラス は…」

「これか? 私の顔は知られ ているからな……余計なトラブルは避けたい」

サングラスを持ち上げながら、鼻を鳴らす。仮にもここはプラント所有のコロニーなの だ。そしてリンは先の大戦でザフト軍にも属した経験がある。戦後に身を隠したものの、顔を知らない者がいないという保証もない。

余計なゴタゴタに巻き込まれるのは不本意のため、わざわざ入国時にも『ルイ=クズ ハ』という偽名を使ったほどだ。

肩を竦めるリンに笑みを浮かべながら、ラクスは表情を顰める。

「取り敢えず、場所を変えて もよろしいでしょうか? ここでは流石に目立ちますし」

周囲を窺うように視線を動かし、その意図を察する。ゆうまでもなく、プラントの議員 であるラクスが親しげに話し掛けている人物ということで周囲からはこちらを遠回しに窺う視線がいくつもある。

下手につつかれて、余計なトラブルを誘発するのは確かにお互いに好ましくないとリン も頷き、ラクスはキラを見やると、キラが先だって先導する。

「それでは、外務次官…こち らへ」

やや硬い表情で促すキラが歩み出し、ラクスとリンも後を追う。キラは目配せで周囲か ら窺っていた兵士に合図すると、兵士達はやや戸惑いながら離れていく。

その様子を見やりながら、リンは内心苦笑を浮かべる。

(変わったな、キラも)

2年前はまだ甘さが抜けない子供だったが、なかなか立派に秘書をこなしている。何気 ない様子で佇む兵士達がラクスに近づく自分を危険人物と疑っているのを制し、三人はそのままエレベーターに乗り込み、階を上がる。

そのまま、最上階に程近いVIPルームに入り、ようやく肩の力が抜けたとでもいうよ うにラクスが息を吐いた。

そして、視線をリンに向け…やや表情を苦々しく曇らせる。

「心配…していましたのよ、 私やキラ…いえ……貴方とレイナ…お二人を知る方々は全て……」

曇る表情と声…先の大戦終結後、姿を消したレイナとリン……その行方を、ずっと案じ ていた。その数ヵ月後…TDODという非合法処理者が裏世界で活動をはじめたという情報を掴んだときに、二人の選ん だ道の過酷さを………

「私と姉さんが選んだこと だ。後悔はしていない…それに、私達のような存在が今のあんた達に近づくわけにはいかないでしょう」

壁に背を預け、素っ気無く伝えるリンに二人は黙り込む。

政治の世界はなにも真っ直ぐなだけでは務まらない。時には裏で汚い真似をする必要が ある。レイナとリンが選んだのはその汚れた道だ…そして、自分達が選んだのは国を…国民を守るために…ひいては世界のために……まったく正反対な道だから こそ、並行に進むことはあっても決して交わることはない。

そして、今の自分達は立場を何よりも優先しなくてはならない。感情を優先させては、 政治家としては二流になる。

「……そうですわね。でも、 こうして今は会えている。それだけで充分かもしれませんね」

肯定するラクス。

確かにそれは理解しているが、それでもこうして実際に会えた現実は素直に喜んでいる のも事実だ。

「あの…その、レイナは?」

今まで口を挟まなかったキラがリンに言葉を振る。ラクスも気になったのか、真剣な面 持ちで耳を傾けている。

2年前のあの時は、レイナとリンは常に一緒だった。共に戦い、背中を預け、そして共 に姿を消した……決して途切れぬ絆を持つ二人。

だからこそ、何故レイナはここにいないのか…不思議に思ったことだったが、リンはや や表情を俯かせ、サングラスの下の瞳を一瞬閉じ、思考を巡らせると…やがて静かに口を開いた。

「……姉さんは、今…行方不 明よ」

小さな声で囁かれたその言葉は、部屋に響き渡るように聞こえ、キラとラクスはそのあ まりに予想外な内容に息を呑む。

「行方…不明?」

嘘というよりも信じられないという思いの方が強いかもしれない。

――――レイナ=クズハ…先の大戦において戦争を終結させた最功労者。そして、二人 にとってかけがえのない存在。

レイナを知る二人からしてみれば、信じろというのも無理な話であった。

「それは、御自分の意志で… それとも……」

行方不明というのは、自分から姿を消したのか……それとも…なにか別の要因があって のことなのか…震えるような口調で問うラクスにリンは首を振る。

「解からない…でも、数日 前……姿を消す直前、少し様子がおかしかった」

姿を消す直前の最後に聞いた姉の声…今考えれば、あの刻にもう少し気に掛けておくべ きだったのかもしれない。

姉が何に呼ばれ、そして姿を消したのか…今は解からない。

「レイナ……」

キラが苦悶を滲ませた声で呟く。

ラクスはその呟きに表情を苦くする…知っている……キラの内の葛藤を。2年経った今 でも、キラの内の彼女への想いはまだ複雑なものだった。

「大丈夫よ」

「「え」」

「姉さんは簡単には死なな い……それが…姉さん自身の業なのだから」

どこか、遠い眼であさっての方向を見る。

姉は死など恐れていない…だが、それでも簡単にその道を選べない……2年前のあの戦 い…カインとの戦いで命を削り、そしてカインをその手で殺した……その刻に交わされた業の誓い…いや、呪いといってもいいかもしれない。

自身が選んだ道を進む覚悟を…どんなに惨めでも、這ってでも…生きるという選択 を……

姉のその信念を課したカインにやや嫉妬めいた感情を抱きながらも、今となってどこか でその信念を信じている。

「だから…姉さんは必ず生き ている」

二人を凝視し、はっきりと告げたリンに、キラとラクスは不安げだった表情を微かに和 らげる。

「そうだね」

「レイナは…あの人は強い人 ですからね」

不安はまだ拭えないが、それ以上に信じている…レイナという存在を………

暫し無言が続いていたが、やがてラクスの方から切り出す。

「リン…そろそろお聞かせく ださい。今日、ここに…このアーモリー・ワンに来た訳を……そして…貴方達がこの2年間、何をしていたのか……」

探るような視線にリンはやや眉を寄せ、キラは不可解な表情を浮かべる。

「私が知らないとでもお思い ですか? シオン様を通して何かを探っていたようですが…」

「相変わらず、妙なところで 鋭いわね」

肩を竦め返す。

大西洋連邦の政治家にして現ブルーコスモス盟主:シオン=ルーズベルト=シュタイ ン。ラクスも何度も顔を合わせ、話をしたことがある。そのシオンに問い質したのだ。レイナとリンの行方を……裏世界の情報網において、コーディネイターは ナチュラルに遠く及んでいない。レイナとリンは裏の世界で生きる身…なら、一番情報を得るために接触するのは誰か…そう考えれば、候補は少なかった。

そして、シオンは先の大戦時にも接触し、一番可能性が高いと踏んだのだ。案の定、レ イナとリンの二人はシオンと連絡を取り、何かの情報を得ていた。詳細は流石に秘匿のために話してはくれなかったが、それだけで充分だった。

TDODとして、裏世界で動く理由は 事欠かないと思うが、それだけならそこまで情報を頻繁に欲する必要はないはずだ。

真剣な面持ちで見るラクスにリンは逡巡する。

話していいものか…この問題は、自分とレイナの二人だけで解決すべき問題だ。無論、 黙秘してもいいのだが、この二人は納得しないだろうし、肝心の接触してまで探ろうとしていることが難しくなる。

仕方ないとでも言いたげに、リンは軽く一息零すと、顔を上げる。

「二人は憶えている? 2年 前のあの戦いを……」

その言葉に脳裏を掠めるのは、2年前のあの戦い…滅びを齎そうとした白き使徒達との 命を懸けた激戦。

「忘れるはずがないじゃない か」

「ええ…忘れようと思っても 忘れられませんわ」

あの戦いを終えて残ったのは確かに満足感はあった。だが、それと同時に苦く哀しいも のであったのも事実。

そんな思いを経たこそ、今の自分達はこうしている。

だが、その意図が掴めずに首を傾げる二人にリンは天井を仰ぎながら、言葉を発する。

「あの戦いで、私達のきょう だいが使った天使……アレのプラントを捜し、破壊するのが、この2年間の私達のもう一つの仕事だった」

サングラスの奥の真紅の瞳が不気味な光を発する。

2年前のあの最後の戦い…レイナやリンのきょうだい達が投入した天使。投入した数こ そ数十という規模だったが、問題はそれを何処で製造していたかだった。

ユニウスセブン内にそんな製造プラントはない…なら、どこか別の場所で造っていた可 能性が高い。

それを捜し、破壊するのが、レイナとリンの後始末だった。

その時になって初めてキラとラクスもその疑問にぶつかった。息を呑む二人にリンは続 ける。

「連中があれだけの数をどこ で造っていたのか、まだ解からないままよ」

この2年間…月や廃棄コロニー、果ては地球の企業の裏工場など、いくつもの疑わしい 場所を探ってみたが、未だにプラントらしきものは見つかっていない。

仮に、もう破壊されてしまったとしても何らかの痕跡が残るはずだ。それさえも出てこ ないというのは、余程巧妙に隠されていると見るべきだろう。

全てがデータで管理される今、過去の情報も全て正しいとは言えないのが実情だ。

そして……仮にもし、その存在自体を隠蔽している者がいるとしたら。

「リン…何が言いたいんです か?」

煮え切らないリンの態度にラクスは思わず口調を荒げる。

「はっきりとした確証はない けど、これだけは言える……」

顔を上げるリンは、静かに…そして、低い声で呟いた。

 

 

 

――――――あの戦いは…まだ、終わっていない………

 

 

 

汗を流すキラとラクス。

そしてリンもまた、サングラスの奥に眼光を隠し、口を噤んだ。

いつの間にか、夕暮れは終わりを迎え、アーモリー・ワンには雨が降り注いでいた。

夜の闇をヒタヒタと告げるか のごとく……

 

 

 

 

翌朝…再び真っ青な青空が拡がるアーモリー・ワン内部の中央演習場。

広大な演習場には、様々な演習フィールドが設置されている。その一画…ひらけた場所 では、5機のMSがその姿を現わしていた。

緑の装甲を輝かせる一体のMAに近い機影が空中を飛ぶ。刹那、空中で身体を変形さ せ、ホバー形態から人型へと姿を変える。

被さっていたリフターが後退し、折り曲がっていたボディが垂直に伸び、脚部の爪が収 納され、脚部が伸びる。両腕が起動し、その手にはライフルとシールドが握られる。

リフターの後から出現した人型の頭部が180度回転する。

 

――――ZGMF-X24S: カオス 

 

緑色の装甲を映えさせ、地上へと着地すると同時にライフルを構え、演習場に設置され た的に向かってトリガーを引く。

放たれたビームが的を一撃で粉砕し、次の瞬間…空中に出現した的目掛けて反射するよ うにトリガーを引いた。放たれた一撃が寸分の狂いもなく的を破壊し、カオスはその場に佇む。

だが、やや離れた位置の湖に面した水面から水飛沫が起こり、そちらに振り向くと、水 中から貝のような水色の物体が飛び出してくる。丸みを帯びた機影が旋回した瞬間、流れるように貝が割れ、裂けた隙間から飛び出す腕と脚…そして人型の頭部 が顔を出し、その瞳を光らせた瞬間、両手に槍のような武器を構え、一気に駆け出す。

その先には、連合のダガーを模したハリボテ…それに目掛けて槍を振り薙ぎ、ハリボテ を一閃する。

上下に分かれたハリボテの上半身が無造作に大地に沈む。

 

――――ZGMF-X31S: アビス

 

それを一瞥し、顔を上げるアビスのフェイスマスクから微かな気圧が漏れる。

場所を変え、拡がった空間を駆ける一体の黒い機影。四肢を使い大地を疾走する黒き 獣。駆ける獣に向かって大地からせり上がった機銃が銃口を向ける。

銃口より発射される銃弾が真っ直ぐに獣に放たれるも、獣はそれらの弾丸の嵐のなかを 怯むことなく突進する。だが、銃弾はほぼ全てがその機影を捉えることなく過ぎる。俊敏な動きながら、装甲を掠める銃弾は弾かれ、傷をつけるに至らない。

やがて銃弾のなかを突っ切った機影は鋭く飛び上がり、上空でその姿を変える。

機体全体が変形し、次の瞬間、黒き獣は一体のMSへと姿を変える。

 

――――ZGMF-X88S: ガイア

 

大地に激しい衝撃と煙を噴き上げながら降り立つガイア。

そのガイアに掛かる影…ガイアが顔を上げると、空中を舞う真紅の戦闘機。

アーモリー・ワンの空を弧を描きながら飛行する戦闘機は地上に向けて急降下し、激突 寸前で機首を持ち上げ、低空飛行する。

そして、再び機首を空中に向けて飛び上がり、上昇するなかで機体を変形させていく。

機首が起ち上がり、背面へと回る。ボディが変形し、突き出すように出現する腕と脚。

頭部がせり上がり、アンテナが左右に拡がり、ツインアイに光が灯る。

 

――――ZGMF-X23S: セイバー

 

空中で変形したセイバーがライフルを構え、静止する。その横を過ぎる機影。バーニア を噴かし、空中を飛行する白い機体。

 

――――ZGMF-56S: インパルス

 

バックパックの大型スラスターが刹那、ドッキング解除され、離脱する。インパルスの 装甲が白から灰色へと変色する。α装備:フォースシルエットに代わり、飛来する別のシルエット。

誘導ブロックが外れ、真っ直ぐにインパルスに向かうパーツ…インパルスのバックパッ クから誘導ビームが伸び、それがシルエットを引き寄せる。

ドッキングし、インパルスに緑を基調としたカラーリングが施される。γ装備:ブラス トシルエットの主武装:M2000Fケルベロス高エネルギー長射程ビーム砲を両脇に構える。降下と 同時にトリガーを引き、放たれるビームが何重にもなった鉄の壁に突き刺さる。

その熱量によって融け落ち、ポッカリと穴があき、その直前に着地するインパルスの バックパックからブラストシルエットが外れ、再び飛来したシルエットが新たなシルエットを発射する。

巨大な二刀の剣が備わったβ装備:ソードシルエットがインパルスにドッキングし、イ ンパルスの上半身装甲が赤へと変貌する。加速するインパルスは背中から対艦刀:MMI-710エク スカリバーを抜き、中央で合体させ、二連装エクスカリバーを振り上げる。

真っ直ぐ袈裟懸けに振り下ろされた一撃は設置されたMSのボディ装甲を紙のように斬 り飛ばす。

飛ばされた破片はそのまま演習場を見渡せる管制塔の近くへと落ちる。

『衝撃』・『剣聖』・『混沌』・『大地』・『深淵』の名を冠せし5体のMSは悠然と その場に佇む。

管制塔のすぐ傍でMS用の大型カメラを構えて佇む一体のMS。アストレイ・アウトフ レームのコックピットでは、ジェスが興奮した面持ちでその演習を撮影していた。

モニター越しのレンズに映る5体の威容に思わず息を呑む。

「すげえ…これが、セカンド シリーズ……」

同じく、管制塔のモニタリング室では、オペレーター達が演習データを収集し、その中 心にはベルナデットとカイト、そしてマコトとカスミもまた強化ガラス越しに演習場に佇む5体のセカンドシリーズを凝視している。

「ジェス、どうかしらね?」

ベルナデットがモニター越しにジェスに問い掛けると、ジェスは興奮冷めやまぬ様子で 声を弾ませる。

《すげえ! すげえよベル、 こいつら!》

夢中でカメラを回すジェスにベルナデットもどこか満足気だ。だが、傍から見ていたカ イトは興味なさ気にあさってを見やっている。

その態度にマコトは苦笑を浮かべながら、モニターのなかで佇む5体に視線を向ける。

(流石、ザフトの最新機だけ ある。あの複雑な変形システムに換装システムもザクより強化されてるな)

技術者としての眼でセカンドシリーズとしての機体を自己評価する。機体の反応に機 能、そして複雑な変形機構と、どれをとっても高い完成度を誇っている。

それらの機構をどうにか利用できないかと頭が考える。無論、詳細は絶対に閲覧させて はくれないだろうから、あくまで外面から解かる推測だけだが、本来なら、国家機密に属する軍事兵器をこれ程間近で見れることにマコトは改めてマティアスに 感謝の念を送った。

「各機、テスト項目終了しま した」

「解かりました。ジェス、貴 方も戻って」

5機が演習を終え、それぞれ格納庫に戻るなか、ジェスも後を追うようにアウトフレー ムを動かし、その様子にカイトはやれやれと溜め息をつき、マコトも後を追った。

 

 

 

その頃…アーモリー・ワンの繁華街。

人通りはまばらだが、それでもメインストリート脇に立ち並ぶいくつものショッピング センターなどでウインドウショッピングを楽しむ市民達。

そんななかに混じって歩むカスミ…静かな足取りで歩くカスミは横を過ぎる者達を気に も留めることなくゆっくりと視線を動かし、ショッピングセンターや時には天を見上げ、上に見えるコロニーの内壁、そして行き交う人々を一瞥する。

既にこのアーモリー・ワンに寄港して数日。マコトはジェスらとともにセカンドシリー ズの演習に見入っている。せっかく正式公開前に拝めるのだ、見逃す手はないだろう。

カスミはその間、付き合わせるのもなんだと思い、アーモリー・ワン内でのショッピン グでもさせてやろうと思い、送り出した。

一人で行かせることに不安を感じもしたが、カスミは特に異論も挟まなかったので、カ スミはそのまま一人街並みのなかを歩く。

特に興味を示すものもなく、ただ淡々と歩いていたが、不意に…ショーウィンドウのガ ラスに映る自分の顔が視界に入り、歩みを止める。

薄っすらとガラスに映る自身の顔…その金色の瞳が自分を映している。その瞳の奥のそ のまた奥に…永遠に続くかのごとく………

暫し佇んでいたが、やがて視線を落とし…興味を失ったように歩き出そうと前を向いた 瞬間、鈍い衝撃が身体を襲い、カスミの身体は後ろへと倒れた。

尻餅をつき、座り込むカスミ…その前には、同じように尻餅をついている少女がいた。

「いたた、ゴメンね。ボウっ としちゃってて」

茶色の髪を三つ編みのおさげにしている少女が打ちつけた場所をさすりながら慌てて身 を起こし、カスミに駆け寄る。

「ホントゴメン…本に夢中に なっちゃってて」

苦笑いを浮かべながら手を取る少女にカスミは視線を落とすと、すぐ傍に落ちている本 が眼に入る。どうやら、この少女が本を立ち読みしながら歩き、カスミに気づかなかったらしい。まあ、カスミも前方を確認せずに振り向いたのだが…身を起こ すと、少女が不安げな視線で覗き込む。

「怪我とかしてない?」

「……問題ない」

淡白に答え返すカスミに少女はやや表情を引き攣らせる。

どうにも見た目とのギャップが激しい口調だったからだ…引き攣った笑みを浮かべてい たが、なにかを思いついたのか、ポンと手を叩いた。

「そうだ、お詫びになにか奢 るね」

笑顔で告げる少女にカスミは無言のまま首を傾げる。

「奢る?」

「そう。いこっ」

手を引っ張る少女にされるままに…カスミは歩み出す。

「あ、忘れてた…私マユ。マ ユ=アスカ。貴方は?」

歩きながらこちらを振り向き、名を告げるマユに、カスミは一瞬思考を巡らせ…不意 に、脳裏をマコトとの会話が過ぎり、口を開いた。

「カス…ミ」

震えるような口調で…消え入りそうな程か細い声だった。

だが、マユは気にした様子を見せず…カスミの名を聞くと同時に歩く速度を速め…カス ミは自分の今発した言葉を内に反芻させていた。

 

 

 

 

演習場の端に設けられた格納庫では、演習を終えたセカンドシリーズ5機がディアク ティブモードでハンガーに固定され、整備を受けている。

インパルスは上半身と下半身を分離させ、コックピット付近では整備班がパイロットか らの報告を聞き、レポートに纏めている。

その様を見上げるように足元で佇むジェスやカイト、マコトらとステラ、コートニー、 リーカらがいた。

「ステラ、セイバーの方はど う?」

「反応に問題はない。でも、 変形時にかかる負担が大きいからパーツの損耗率は大きい」

リーカの問い掛けにステラは表情を変えずに答え返す。

「そっか」

「セイバーって高速機動を主 眼にしてる機体だもんな。高速飛行時に変形したらその分負担が掛かるのも大きくなるし、メンテする方は大変だな」

ステラの言葉を聞きながら、マコトも漏らす。

MSというのは精密機械の塊だ。それこそ、間接パーツにしても通常に動くだけで磨り 減り、それが続けば反応は鈍くなる。セイバーやカオスは、高速飛行戦闘とそれに応じた柔軟な空中戦闘用に変形機構を導入されているが、変形というのは通常 ではあり得ない方向に間接を曲げるため、その分の負担が大きくパーツに掛かる。

故に、通常のMSよりも細かなメンテ作業が必要になる。

「ああ。それにセイバーとカ オスの2機とも、大気圏内での運用を前提にしているからな。地上ではその作業も大きく左右する」

マコトの批評に相槌を打つのは同じくカオスのテストを務めるコートニーだ。宇宙空間 でさえパーツの磨耗が激しいのに、それが空気抵抗のある地上ともなれば、よりシビアな整備が必要とされるだろう。

連合も初期機で開発したX300系 統の機体を先の大戦後期には僅かに量産したようだが、結局は特殊なメンテナンスや運用の限定なども手伝い、今では量産機種は連合のなかではほとんど運用さ れていないようだ。

「けど、インパルスってのは ホント独特のシステムを積んでいるな?」

「今までない発想だよな、合 体機構を導入した機体なんて」

ジェスはカメラを撮りながらぼやき、マコトもそれに相槌を打つ。

確かに、変形機構自体は前大戦から既に実用化され、それが量産に適した形にまで完成 しているのに対し、機体そのものをいくつものパーツから合体させるというのはなかなか浮かばない発想だろう。元々、MS自体が人間を大きくしたようなイ メージがあるだけに違和感が拭えないのかもしれないが。

「それはそうよ、なんてたっ てザフトの未来をかけた機体だからね!」

力説するリーカに感心したように答え返す。

「でも、私の理想としては、 もっとバリバリに武装した機体がいいかな。全身にミサイルを装備してぇ、敵の艦隊の真ん中で一斉射撃するの。気持ちいいと思わない?」

眼を輝かせながら話すリーカにジェスは表情を引き攣らせる。

「さあ、どうかな」

どう答えていいものやら…マコトもその光景を脳裏に浮かべ、同じように表情を渋くす る。

確かに、爽快感はあるかもしれないが、問題はどうやってその重武装の機体で艦隊の真 ん中まで到達するかだ。護衛を付けたとしても、下手に着弾して誘爆でも起こせば、友軍ごとお陀仏だ。

だが、リーカにそれを伝えるのは何か気が引け、表情を引き攣らせるだけだった。

「ところで、合体システムの メリットをもう少し教えてくれないか?」

「え? それは……」

唐突に振られた話題にリーカは言葉を詰まらせ、視線が泳ぎ…やがて、隣のコートニー に向けられる。

「それはコートニーが説明す るわ。彼は技術畑出身だから」

どこか焦ったような口調で喋るリーカに、話を振られたコートニーは眼を微かに丸くす る。どうやら、リーカはテストパイロットとしてはともかくそれ以外は不真面目という新たな一面が解かり、問い掛けたジェスやマコトもどう答えていいか解か らずに乾いた笑みを浮かべるので精一杯だった。

「…設計者の真意は解からな いが、俺独自の解釈でよければ話そう」

小さく溜め息を吐いた後、コートニーはそう告げる。確かに前大戦時や戦後数年はヴェ ルヌ開発局に身を置き、新型試作機の開発やテストパイロットに携わっていたが、ここ最近は専ら試作機のテストパイロットが多くなり、コートニーは技術的な 分野から疎遠になっていた。

無論、セカンドシリーズの直接的な開発スタッフとして加わっていたわけでもないた め、どういう意図でインパルスが製作されたかは詳しく知らない。だが、元々技術者としての眼からコートニーは独自の考察を立てていた。

「旧大戦において数多くの MSがザフト、連合を問わず戦場に投入されたのは既に周知の事実だろう」

前置きのように語り出すコートニーに一同は無意識に首を振る。

開戦と同時に姿を現わし、それまでの兵器的概念を崩したMS。ザフト、連合共に多く の機種が戦争に投入され、なかには試作機や高性能ワンオフ機といった未確認機種も数多く投入された。その数は正式には把握できていないが、数十以上の機種 があるとまで言われている。

「だが、そのなかでも一部の エースの存在が戦局を左右した実例も少なくない」

多くのMSが投入されたなかで、戦場を次に左右したのはエースパイロットの存在だっ た。ザフトや連合において彼らは二つ名を持ち、また無名ながらも飛び抜けた技量を持つパイロット達の存在は味方の士気を上げ、数人分の働きをこなし、場合 によっては戦局に大きく影響を与えた。

「この考えを推し進めると、 どんな戦局に対しても対応できる機体を一機開発すれば、一人のエースのみで戦いを勝ち抜くことも可能となるわけだ」

「そんなことが…」

「バカな、夢物語だ」

あまりのスケールにジェスは呆然となり、カイトは非現実的な考え方に毒づく。

「確かに、考え方は間違っ ちゃいないけど、極端すぎだよな」

マコトもややその考えには難色を示す。

戦時下において『英雄』と呼ばれる存在が現われた時に問われる言葉がある。

 

――――たった一人で戦局を変えることができるか?

 

その問いの答えはNOだ。

戦争は個人でやるものではない。集団による多極的なものだ。英雄が強いなら無視すれ ばいい。英雄が強いなら無理に戦う必要はない。

英雄以外の敵を倒せばいい。後方を叩けばいい。

確かに英雄―――この場合は新型機とエースパイロットだろう。それらの存在は戦争を やる上で決して消えない要素だろう。必ず一人は現われる。だからといってその一人だけで戦いに勝てるなど誰が信じるだろうか。

パイロットは機械ではない。当然疲労がくる。機体が無限に戦えられるか? 動き続け れば電子機器が熱を帯び、システムがフリーズする。たった一人と一機の新型機で戦局が変えられるなら、苦労して多くの兵士を教育し、扱いやすい量産機種を 造る必要などない。

どんな戦いだろうと、最終的に勝負を決するのは圧倒的な物量だ。現に、先の大戦末期 にはMSの量産に成功した連合に快挙を続けていたザフトは追い込まれた程だ。

質を高めるというザフトの戦略は最終的には瓦解したと言っても過言ではない。だが、 その考えを更に推し進めようとするのは、流石に利巧とはいえない。

コートニーも同意見なのか、否定しようとはしない。

「確かに現実には簡単ではな い。だが、そのテストベースとしてX56S:インパルスは試作されたのだろう」

ザフトの技術陣とてそれが夢物語であることは重々承知しているだろうが、それでも汎 用性に優れた良機を開発するのは当然のことだ。

現に、先の戦争後期に開発されたEXナ ンバーはその『たった一機で戦局を変える』というコンセプトを基に採算度外視で当時の最新技術を投入して開発された。その開発された2機のEXナンバーは開発後奪取されたものの、敵側での運用で開発陣の考えを裏付ける程のデータを弾き出していた。 ならば、とその究極の機体という途方も無いプロジェクトに乗り出したのだろう。

その為に考案されたのが、先の大戦後期に開発されたユニットモジュールによる機体構 成システム。

X11AU:リジェネレイト、そして雛形試験機、ZGMF-X101S: ザクスプレンダーのデータを基にコアブロックたるパイロットの搭乗したコアスプレンダーが中心となり、戦局に対応したチェスト、レッグ…そして銃や盾、合 体するウエポン群が設計された」

連合軍から奪取したX300系 統の機体フレームを基に前大戦後期に開発されたX11AUのリジェネレイトはコアブロックをバック パックに設置し、人型部分となるMSをいくつものパーツから構成し、戦闘時における機体破損による後退ロスを避ける方法が実施されたが、そのあまりに非効 率性から同時期に開発されたX11AT:スペリオルの変形機構が今日のX20系統に受け継がれている。

だが、技術陣はこのモジュールシステムによる機体構築システムを再設計し、その試験 機としてZGMF-1000モデルに組み込んだ。ZGMF-X101S: ザクスプレンダーというコードネームを付けられた機体がパイロット脱出用のコアブロックとしてコアスプレンダーを設計し、ザクの上半身と下半身からなる3 分離合体による試験機動が行われた。

「けど、上層部の受けはよく なかったよね」

リーカがやや眉を寄せて口を挟む。

ザクスプレンダーに搭載されたコアスプレンダーの性能は現在のインパルスに比べ、圧 倒的に性能の落ちるデータしか検証されなかった。元々、パイロットの緊急脱出装置としての実証テストであったのだから仕方ないかもしれないが、このシステ ムは軍上層部には受けはよくなかったものの、結果的にインパルスに組み込まれ、現在の形に仕上がっている。

「その辺りの事情は知らない が、結果としてインパルスという機体がこの形に仕上がったのは事実だ」

その後、コアスプレンダーに単体での離脱戦闘にも耐えるように装甲材、及び防御兵装 が組み込まれ、上半身、下半身というザクスプレンダーのテスト結果から最適な飛行形態を設計し、上半身部分にMS構成時における戦闘用にビームライフルと シールドを装着し、下半身もより航行に適した形になった。

そして、ZGMF-1000モ デルに採用されたウィザードシステムを参考に装備換装による汎用機として、空中戦闘用のα/フォー スシルエット、近接戦闘用のβ/ソードシルエット、長距離・広域戦闘用のγ/ブラストユニットという連合のX105:ストライク を模した3つの装備が設計された。

「そして、それらのパーツ全 てを補完、運用、射出等のサポートを行い、尚且つエネルギー供給まで可能とする母艦ミネルバ。これらが全て揃うことにより、『インパルス・システム』と呼 ばれるある意味理想の兵器となる」

インパルスを構成する機体パーツの予備ストックを運用、管理するための専用設備が設 けられた母艦。さらにはNJCの軍事運用の制限により、対外アプローチを込めて核エネルギーに代わ る新機軸駆動システムとして考案されたのが、先の大戦で一部の戦局で試験的に導入された外部からのエネルギー供給システムであった。機体にエネルギー受信 のための端末を装着し、母艦から発射される送電システムによる、瞬時にエネルギーを充電できる新型供給システム:デュートリオン。

これにより、機体が破損・エネルギー切れといったマイナス要素に対し、円滑に対応が 可能となる。

この兵器ネットワークシステムを開発陣は『インパルス・システム』と呼称した。



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