【実に興味深い】

ジェスの足元に置かれた携帯型量子自立コンピューターである8が電子音を発しながら 感心したような文字を表示する。

「でしょでしょ」

リーカは満足気にしゃがみ込み、つつくように8の本体を触る。

「でも、それを聞く限りはま るでインパルスだけが開発の要って気がするけど、あとの4機はどういった目的で製造を?」

コートニーの説明を聞く限り、インパルスというコードネームを与えられた機体はかな りの期待と威信を込められたもののように聞こえる。見方を変えれば、インパルス一機に掛けているコストと機体特性があまりに大きすぎるのだ。

新型機を開発するには途方もない予算が必要になる。それが究極という目的のものなら 尚更だ。ならば、他の4機はそれぞれ局地戦に特化した機能を持たせている。ただの局地戦機なら既存の量産機種の応用で事足りるはずだ。

X23S:セイバー、X24S:カオス、X33S:アビス、X88S:ガイア。これら4機も元 々はインパルス・システムのための機体だった。当初はコアスプレンダーと同等の分離式コックピットを内蔵する計画があった」

セカンドシリーズの開発計画が持ち上がった当初は変形システムによる汎用型量産機種 の開発であった。前大戦主力であったジンは確かに高い汎用性を示した名機ではあったが、地上進攻を開始したことでその汎用性にも限界があったことを示され た。空戦ではディン、海戦ではグーンやゾノ、砂漠戦ではバクゥというようにそれぞれの局地戦で実験機は多少導入されたものの、どうしても専用機としてのア ビリティは劣っていた。

だが、その局地戦機もその戦場に合わせて開発された特化機であるために汎用性は低 い。

そこで考案されたのが、変形機構を備えた機体の開発であった。特殊地形に対応できる 機構とオールラウンドに対応できる機構を使用できる能力を備え、それぞれ空戦、海戦、地上戦に応じて開発されたのが、セイバー、カオス、アビス、ガイアの 4機であった。

そして、その開発過程でコアスプレンダーというコアブロックシステムがセカンドシ リーズに採用されたことで当初の変形機構を持つ4機にもコアブロックを内蔵した合体システムを搭載した機体へと再設計が試みられた。

もしそのまま4機の再設計が完成したなら、それぞれのパーツも交換し、多種な戦闘に 少数の人員で柔軟に対応できるはずだっただろう。

だが、結果としてそのシステムは完成をみることは無かった。

「ただ、分離システムだと海 や砂漠などの局地の対応がうまくいかなかったんじゃないかしら。今は特殊地形では他の機体がインパルスをサポートする形ね」

ただでさえ複雑な変形機構に分離システムまで組み込むのは機体のハード容量が足りな かったということだろう。おまけにそれらのシステムをサポートするためのプログラムがより複雑化し、とてもではないが実用化できるような代物ではなかっ た。

最終的にコアスプレンダーはインパルスのみに搭載され、他の4機は初期開発通りの変 形機構を備えた機体としてロールアウトした。だが、インパルスもまだまだ試行錯誤段階の機体であるために開発陣が提唱する『インパルス・システム』の証明 にはまだまだ不確定要素が取り除けず、結果として他の4機がインパルス用に開発されたシルエットによって補えない地形でのサポートを受け持つという形に なった。

現在は、ミネルバを母艦に汎用性の高いインパルスが主戦闘を含めたオールラウンダー をこなし、地上戦をガイア、海戦をアビス、空戦をセイバー、カオス。そして5機のサポートとしてザクタイプ3機がそれぞれ就くという形での就航となってい る。

実質、セカンドシリーズの主軸はこのインパルス一機を運用させるためのものと捉えて いいだろう。

「じゃあ、これから実戦デー タを収集していくのか?」

「ええ。今後、開発が進め ば、インパルスにカオスやガイア、4機の機能が組み込まれるかもしれないわ」

「へぇ〜戦艦まで含めたシス テムか……」

「究極の目標では戦艦も不要 だ。シルエットなどのパーツはドラグーンで制御し、武器とパワーはパイロットの好きな時に呼び出せるようになる可能性もある」

4機のそれぞれの特性を活かしたシルエット。セイバーのフライングスラスターとメガ ランチャーがインパルスにドッキングし、機体を赤に染め、飛翔するセイバーシルエット。カオスのドラグーンを応用したオールレンジ攻撃を可能とするカオス シルエット。下半身が変形し、大地を4脚で疾走し、駆け抜けるガイアシルエット。海戦を可能とするスクリューモーターや魚雷管を装備したアビスシルエッ ト。そしてそれらを戦艦からではなく、パイロットの脳波により、離れた位置からでも自由に呼び出せるネットワークシステム:ドラグーンを応用したドラグー ンフライヤーにより、各種シルエット兼パワーパックを状況に応じて換装できる。

それらの光景が脳裏に浮かび、ジェスは眼を輝かせる。

「凄いな〜」

確かに、たった一機であらゆる戦局に対応できる理想の究極兵器としての姿に見えるこ とだろう。

だが、現実はそんな理想通りにいくような甘いものではない。その事を熟知しているカ イトは苛立たしげに吐き捨てた。

「くだらんっそんな夢のよう な話はありえん!」

唐突に上げた怒声に思わず全員の視線が集中するが、カイトは気にも留めず鼻を鳴ら す。

「そもそも終戦条約で保有戦 力に制限をかけられたことへの苦肉の策だろうが」

先に大戦終結時に交わされた条約のなかで、各国の保有戦力の透明化が義務づけられ た。それに伴い、軍事力も制限されたものへとなり、今までのように各地形に特化した専用量産機を大量生産し、保持することが難しくなったのだ。

無論、それもどの程度まで護られるかは各国の裁量に委ねられているため、裏で戦力を 隠していても不思議ではない。だが、それでも対外的なアプローチがある。そのために表立って大量生産による軍事力拡大は難しくなった。

そこでザフトも先の大戦で連合の開発したX105: ストライクの武装換装による汎用性に着目し、ニューミレニアムシリーズに採用した。

そして、このインパルスの開発目標もそうした政治的背景が絡んでいると睨むカイトの 着眼もあながち的外れとはいえなかった。

「ああ、今はな」

コートニーも苦笑を浮かべ、肩を竦める。

あくまでそれらもまだ机上の段階でしかない。実際にそれだけの機能をたった一機の MSに持たせるとなると想像もできない程難解なプログラムが必要になるうえ、それを扱うパイロットが極端に限られるなど、現時点ではデメリットしかない。

「まだ実証試験中。開発プラ ンも日に日に変わってるってシンが言ってた」

インパルスのコックピットを見上げながら、ステラが静かに囁く。

「そりゃな」

マコトも相槌を打ちながら、機体を見上げる。

試験機というのはあくまで新機能のテストのためにある。それらが行き詰れば、費用も 時間も限られている開発陣は路線を変更せざるをえないだろう。

再びそっぽを向くカイトにジェスは溜め息を零しながら、コートニーとリーカを見や る。

「そう言えば、まだアビスの マーレさんに取材してなかったっけ。マーレさんは?」

既にセカンドシリーズ5機のうち、4機のパイロットの取材は終わっていたが、最後の 一人であるマーレだけが取材を拒否するように起動テストが終わる同時にいつも姿を消していた。

「彼は普段から別行動が多 い」

「なんかあの人、俺らを随分 嫌ってるみたいだけど」

マーレとはまだ数えるほどしか会ったことがないが、それでも好意的ではないのはその 態度から明白だった。

決して言葉を交わそうとせず、まるでこちらが居ることなど無視し、敵意にも近い視線 を浴びせてくる。正直、好意的にはなれない。

「ナチュラル嫌いだからね、 彼」

リーカが苦い表情でそう評し、ジェスとマコトは首を傾げる。

「マーレは以前、地球の水中 部隊に所属していたときに、白鯨っていう凄いパイロットに苦しめられたことがあるんですって。この話は彼の前では禁句だけどね」

小さく舌を出し、口元で指を立てるリーカ。

マーレは前大戦中、ジブラルタル基地の水中部隊に属していたが、大戦後期に発動した 連合軍のジブラルタル攻略戦に投入された水中MS部隊と激突し、白鯨という連合軍のパイロットに敗れ、重症を負った。それが彼のなかで決して拭える屈辱と なり、その白鯨というパイロットを強く敵視するようになり、またそれが飛躍し、ナチュラル全てを嫌悪するまでに至った。

傍から見れば迷惑だが、一概にそれだけが理由でもない。

「それに、自分がテストパイ ロットなのも気に入らないみたいなの」

「え? どうしてだい?」

「私達のなかでは、シンとス テラだけが正式パイロットで、私達はテストパイロットなの」

新型機の試験を任せられたのは確かに喜ばしいことだが、彼らは所詮、裏方。表では目 立たぬ存在。それがマーレは気に喰わなかったのだろう。

「マーレは、本当はインパル スのパイロットになりたかったらしいの」

インパルスを見上げながら呟くリーカに全員の視線がインパルスに向けられる。セカン ドシリーズのなかでも花形に近い位置づけにあるインパルス。考えようによっては現ザフトのなかでも最高に近い栄誉だろう。それを、事もあろうに年下の、し かもオーブからの移民であるシンに奪われたのだ。しかも正式パイロットであり、対し自分はテストパイロットという地位に甘んじ、マーレはシンをライバル視 していた。

「だが、これでいい…マーレ は水中戦を熟知している。アビスのテストを任せられるほどの人材は彼以外にはいないだろう」

黙していたコートニーは静かに囁く。

ザフトのなかで水中戦に秀でたパイロットは少ない。そのほとんどが前大戦時のジブラ ルタル、カーペンタリア攻略戦でMIAとなったからだ。

故に、帰還した兵士のなかで水中戦経験に秀でていたのはマーレ以外にはなく、適材適 所というものだったのだろう。

「それに、インパルスの件は 議長がお決めになったことだ。議長の判断に間違いはないだろう」

「うーん、そうね。それに、 ラクス様も推薦したっていうし」

確かにマーレの個人的確執が気にはなるものの、それを決定したのがプラントの最高権 力者である以上、簡単には覆りはしないだろうし、何かの確信があってのことだろう。

「俺も、あいつが一番相応し いと思うぜ」

マコトも相槌を打つ。

そんな様子に退屈気に肩を竦め、去ろうとするカイトにジェスが思わず喰って掛かるよ うに問い掛ける。

「さっきからどうしたんだ よ、カイト?」

「なんでもねえよ、ここでの 缶詰生活に飽きてきただけさ」

どうにも横柄な態度にジェスは苦笑を浮かべる。

「しょうがないだろ、極秘新 兵器の取材なんだから。プラント政府の許可が出るまでの辛抱さ」

「いつになることやら…この ままじゃ身体がなまっちまう。MSに乗って憂さ晴らしでもしたいぜ」

最後まで毒づきながら、施設を後にするカイトにジェスは表情を苦くしたままだ。

「彼、相当フラストレーショ ン溜まってるわね」

「ああ。こういうのは性に合 わないみたいだからさ」

小声で問い掛けるリーカにジェスも頭を振る。元々はマティアスが雇った護衛だ。自分 はこういった事に興味が尽きないが、カイトはMS乗りだ。こういったものはあまりに日常離れし過ぎて退屈なのだろう。

その時、入れ替わりに数人のザフト兵が施設に入ってきた。

「ヤッホー、ステラ、リー カ」

赤髪のショートカットを靡かせる活発そうな少女が手を振り、それに気づいたリーカが 手を振り返す。

「ルナ、メイリンにレイも」

つられて視線を向けると、ステラやリーカと同じ赤服を着込んだ赤髪の少女と金髪の少 年、そして緑服を着込み、ツインテールに髪を束ねている少女がゆっくりと歩み寄ってきた。

「リーカ、彼らは?」

「あ、紹介まだだったわね。 彼らはシンやステラと同じミネルバに正式配属の子達よ」

視線で促すと、赤髪の少女が勢いよく答え返す。

「初めまして、私ルナマリア =ホークって言います」

ショートカットの活発そうな雰囲気を体現するように手を頭に当てて挨拶する赤服を 纏った少女。

「メイリン=ホークです。オ ペレーターでお姉ちゃんの妹になります」

同じ赤い髪を両サイドでツインテールに束ね、控えめの挨拶をする緑服の少女。

「レイ=ザ=バレルだ」

金髪を肩口で切り揃え、無表情で静かに告げる赤服の少年。

それぞれの性格を表わすように三者三様の返事を返す3人。

ルナマリアとレイはミネルバ配備のザクのパイロットとして、メイリンはオペレーター としてミネルバ艦橋に配属となっている。

「俺はジェス=リブル。この 度、取材のためにアーモリー・ワンに来たジャーナリストです」

笑みを浮かべて応じるジェスにルナマリアが眼を輝かせる。

「えー、じゃあ貴方、カメラ マン? だったら是非私のこと記事にしてね。ミネルバのエースパイロット、ルナマリアさんを」

「……射撃はイマイチだけ ど」

胸を張り、自信気に答えるルナマリアにさり気に呟かれた言葉にルナマリアは表情を僅 かに引き攣らせ、その声を発した主へと視線を向ける。

「なーんか言ったかな〜ステ ラちゃ〜ん?」

顔は笑っているが、眼が笑っていない表情で見やるルナマリアにステラはそっぽを向い たまま囁いた。

「別に…独り言」

歯軋りするように癇癪を起こすルナマリアに呆気に取られる一同。

「あの、この二人仲悪いんで すか?」

マコトは思わず小声でメイリンとレイに問い掛けると、メイリンは乾いた笑みを浮か べ、答え返す。

「あ、その…普段はそんなこ とないんですけど」

言葉がさ迷う。確かに犬猿の仲とまでは言わないが、二人の間にあるのは、言うなれば ライバル意識。同じミネルバに正式配属パイロットであるものの、ステラはセカンドシリーズの一機を任されているが、ルナマリアはザクであった。故に、パイ ロットとしての技量はどちらが上かと問われれば…年下で、おまけに同じ部隊に配属になった頃は先輩後輩の間柄ながら、既に赤服を着ていたステラにルナマリ アは過剰なライバル意識を持ち、またステラも無邪気に相手の弱点を衝くものだから、直情的なルナマリアはその度に喰って掛かるという光景が既にお馴染みに なっていた。

「気にするな。いつものこと だ」

既に慣れているのか、レイが淡白にそう答えると、マコトは未だ乾いた笑みを浮かべて いるメイリンに向けてやや同情するように呟いた。

「心中、お察しします」

「あはは……どうも、ありが とうございます」

不快でもなく、深々と頭を下げるメイリンは小さく溜め息を零した。

「ちょっと、レイにメイリン も! それどーいう意味よっ」

今のやり取りを聞いていたのか、ルナマリアが怒りの形相で怒鳴るが、レイは涼しい顔 で応じる。

「現実を言ったまでだ」

「何ですって〜!」

喚くルナマリアにレイは正反対の態度で聞き流し、それらが暫く続いていたが、掛けら れた声で呆然となっていたマコトらは我に返った。

「お待たせ、チェック終了っ て…またか」

インパルスの整備を終えたシンがラダーを使って降り立ち、視界に飛び込んできたいつ もの光景に軽く溜め息を零した後、気にした様子も見せずに一瞥する。

シンにとっても既にお馴染みの光景のようだった。そんなシンに声を掛けるのは逸早く 抜け出したステラだった。

「シン、お疲れ様」

「ああ、サンキュステラ」

「シン、インパルスはど う?」

ステラの背中から覗き込むリーカにシンは軍服の胸元をやや崩しながら答え返す。

「事細かにデータ取りだから な。今ようやく項目半分終えたってとこ。続きは明日の外部演習」

やや疲れ切った表情で呟く。5機のなかでインパルスだけが細かなデータ取りを要求さ れるため、シンはいつも上がるのが遅い。基本動作過程を終えたデータも逐一モニタリングし、それを報告しなければならない。

元々、そうした細かな作業が苦手なシンはこの演習後が大変だった。

「仕方ないじゃない。じゃ あ、明日はいよいよ宇宙での分離・合体テストね」

「え、明日宇宙でやんの か?」

初耳な話にジェスが問い返すと、コートニーが応じる。

「基本的な動作過程はほぼ終 了したからな。次は実戦を想定した機動試験に入る。明日は、アーモリー・ワン周辺宙域での機動試験、及びインパルスの性能試験が控えている」

未定だが、ミネルバは進水後、月軌道に配備となる。セカンドシリーズ5機も宇宙空間 での運用を前提とされるだろう。そのための機動試験項目をこなすのが彼らの役目だった。

「俺らも同行させてもらえな いかな」

宇宙空間での試験と聞き、是非ともその場面を収めたいジェスは興奮した面持ちで呟く と、リーカが苦笑を浮かべた。

「一度、議長に相談してみた ら? 一応、撮影目的のためだし」

「そうだな。よっし、まずは ベルに相談してみるか」

思い立ったが吉日とばかりにジェスは足早に駆け出し、ベルナデットを捜しに出て行っ た。

「元気いいな、シン、私と コートニーはこれからカオスとガイアの整備があるから、失礼するけど、貴方はどうする?」

「俺は休憩するよ。そうだ、 マコトも飯まだだろ?」

「え、ああ」

話を振られたマコトは頷き返す。そう言えば、ずっとジェスに付きっ切りでセカンドシ リーズを見ていたため、食事も取っていなかった。

「じゃ、いこうぜ」

「解かった、じゃ言葉に甘え るよ」

まだ会って間もないというのに、マコトとシンは親友のような関係を築いていた。これ また、二人の境遇があるだろう。二人とも、同年代で同世代の友人が少ないということがある。

ナチュラルとコーディネイターという違いはあるが、まだまだ十代半ばで共に複雑な事 情を抱えていても彼らは同世代で気の合う仲間を欲する頃合だ。その意味では、波長が合ったのだろう。

「お二人とも、凄く仲いいん ですね」

何気にその様子が気になったのか、メイリンが声を掛けると、シンとマコトは互いに見 合わせ、苦笑を浮かべる。

「ああ、なんつーかな」

うまい言葉が出ず、笑みを浮かべるシンは未だ噛み付いているルナマリアに向かって声 を張り上げる。

「おーいルナ、レイ。俺ら飯 にするけどどうする?」

やや大きな声に流石に反応し、振り返る。

「お昼? 解かったわよ、私 らもまだだったしね」

「構わない」

ルナマリアもレイも先程まで自分達が搭乗予定の機体の整備で呼ばれていたため、お昼 がまだだった。

そして、一同は揃って格納庫を後にし、一路軍宿舎の食堂に向かった。

 

 

数十分後…宿舎の一画に設けられた食堂には、大人数のテーブルに腰掛ける姿があっ た。

「へぇ、結構美味いな」

うどんを啜るマコトはその味に舌鼓を打っていた。軍の宿舎というぐらいだから、てっ きり軍用の簡素な食事とばかりに思っていたが、予想に反してメニューも豊富だった。

「でしょ、狭い施設内に缶詰 されてるなかでここが唯一の救いだからね」

「お、お姉ちゃん。落ち着い て」

席の端に座るマコトの隣ではカレーを食べるルナマリアが咳き込まんばかりの勢いで話 し掛け、それを隣に座るメイリンが宥めている。

「ルナマリア、凄く喋る」

「喋り足りないんだろう。好 きにさせてやれ」

サンドイッチを頬張るステラにレイはコーヒーを啜りながら呟く。

ステラが呆れるぐらい、ルナマリアは先程からマコトに…といっても、ほぼ一方的だが ――話し掛けている。

ルナマリアは同僚で気兼ねなく話せる相手が少なかった。妹であるメイリンやシンはと もかく、ステラは人見知りがややあり、おまけに物静か。レイは無口無表情無愛想と三拍子揃っている。

シンにしても、ステラと付き合っているため、気軽に話し掛けられない。同じザクパイ ロットで顔を合わせる機会が多いレイにしても口数が少なく、どちらかといえば多弁なルナマリアは同僚に恵まれていなかった。

そのため、部外者とはいえ、こうして気兼ねなく話せる相手がいて今まで溜め込んでい たフラストレーションが一気に解放されたというべきかもしれない。一方のマコトも特に気にした様子を見せず、応じていた。

だが、マコトはやはり主に話すのは眼の前に向かい合わせに座るシンであった。

「シンはずっとプラント で?」

「いや、俺はオーブから移住 してきたんだ」

「オーブ? 確か、あの国っ て……」

マコトは記憶を巡らせる。オーブは、マコトの記憶違いでなければ地球の南洋に位置す る小さな島国だ。だが、高い技術力を誇り、現在ジャンク屋組合のライセンスMSであるレイスタの雛形となったM1を製造した国だ。そして、中立を唱え、前 大戦には……

「当時の連合軍に占領されち まってな。まあ、いろいろあったんだけど…結局、オーブには戻らずプラントに来たってわけ」

マコトの言葉の意味を察したのか、やや苦い表情で答える。

シンが居たオーブは当時の地球連合軍に侵攻を受け、属国とされてしまった。これで コーディネイターを受け入れてくれる国は地上になくなり、コーディネイター達はプラントに移るか、身分を隠して生きるしかなかった。

マコトもシンがそんな苦労をしたのかと思い、やや表情を顰める。だが、実際にシンは それ以上の経験をしたのだが、流石にそれを話すつもりはなかった。

「ステラね、その時にシンと 会ったの」

「へぇ、あんた達の馴れ初 めって戦場でのロマンスってわけ」

シンを見やりながら話すステラにルナマリアがやや呆れた表情で呟く。

「あんた達って全然昔の話し ないし…あんたも気になるでしょ?」

やや咎める口調でマコトに同意を求める。ルナマリアがシン、ステラと同僚になって既 に2年近いが、二人はほとんど昔のことを話そうとしない。オーブからの移民であることは聞いていたが、それ以外ほとんど知らないのだ。

「別にいいさ。人には、いろ いろあるだろうし」

マコトもあまり人には話したくない過去を持っているだけに、干渉されるのが少し躊躇 われた。

話題を逸らすように、マコトはシンに尋ねた。

「それより、地上ってどんな とこなんだ? 俺、ずっと宇宙にいたから、地球がどんなとこなのか知らないんだよ」

C.E.になって既に半世紀以上。今や宇宙で生まれ、宇宙で生を終えるのも珍しくない時代。 マコトも宇宙生まれで宇宙育ちだ。地球という世界に興味があってもおかしくない。

「俺もオーブで生まれたから オーブのことしか言えないけどな、赤道直下で常夏でな…」

シンは数年前まで暮らしていた祖国の話を始め、青い海、そして照りつける太陽。吹く 風、それらを話していく。

その話に、マコトだけでなくルナマリアやメイリン、そしてレイも少なからず聞き耳を 立てていた。彼らもまたプラントで生まれ、プラントの世界しか知らず、興味津々に聞き入っていた。

「へぇ…地球か」

「一度行ってみたいね」

「ミネルバが就航すれば、機 会もあるだろう」

ルナマリア、メイリン、レイは思い思いに地球というまだ知らぬ地に思いを馳せ、マコ トも遠くを見るようにその情景を思い浮かべていた。

「そういやルナ、お前らはど うなんだ?」

そこで思い出したのか、シンが不意にルナマリアに問い掛けた。

「へ? 何が?」

「だから、お前らは機体の調 整とかどうなんだよ?」

「ああ、取り敢えず私もレイ もセスも問題なし。ま、ザク自体データ取りしなくてもいいしね」

肩を竦め、苦笑を浮かべる。

ミネルバに配属となるセカンドシリーズ5機のサポートとして配備されるザク。それら の調整は別の場所で行われており、基本的には別行動となっている。だが、既にロールアウトして半年以上。実戦での問題点もあらかたクリアされ、量産体制に 移行している今、ルナマリア達が行うのは各々に合わせた細かな微調整のみ。

「へへ、ついでだからカラー リングもつけたのよ。私は赤、レイは白、セスは白と赤だけどね」

せっかく最新鋭艦に配備される機体なのだから、ハクをつけたい。セカンドシリーズ5 機のサポートが一般機では格好がつかない。まあ、対外的なアプローチも含め、ミネルバ配備のザクにはパーソナルカラーを施すことを許可された。

それにルナマリアはこのミネルバ配属で遂に念願の赤を纏ったのだ。前大戦後期にパイ ロット不足からアカデミーでの単位を半端な状態で卒業し、大戦末期から終結後に至る今日まで、ずっと緑を纏っていただけに、歓喜したものだ。

「だいたい、レミュだけガー ディアンズ出向で真っ先に赤ってのが気に喰わないのよねっ、私だって私だって」

ぶつぶつと愚痴を零しながら、ここにはいない親友―-自分を置いて出世街道を進んでいると思しき―――にやや募りながら、一人自分の世界に入るルナマリア。

傍から見ると、危ない人のように見え、隣に座るメイリンは溜め息を零し、他の面々は 引き攣った表情を浮かべている。

「はは、ところで、さっきか ら話に出てるセスって誰?」

ふと、疑問に思ったことを問い返すと、シンが相槌を打つ。

「ああ、俺らと同じくミネル バ配属のパイロットの一人だよ。確か、名前はセス=フォルゲーエンって言ったっけ」

シンがそう漏らした瞬間、マコトは眼を瞬き、表情を驚愕に変える。

固まった表情で呆然となるマコトにシンは眉を寄せ、声を掛ける。

「マコト、どうかしたの か?」

「え…あ、ああ。いや、なん でもない……」

ハッと我に返り、言葉を濁しながら視線を逸らす。怪訝そうになる一同だが、マコトは 気に掛けられないほど視線を俯かせ、その思考はさ迷っている。

(フォルゲーエン……お袋の 旧姓)

『フォルゲーエン』は、マコトの母親の旧姓だ。カスミを生んですぐに病死したと父か ら聞かされている。だから、マコトは母親のことをよく覚えていないし、知りもしない。

(偶然、だよな。勘ぐりすぎ だって)

そう、偶々同じ姓だっただけだろう。ここ最近、昔を思い出す機会が多かったせいで変 な勘ぐりをしたと自身に向かって言い聞かせ、先程から覗き込んでいるシン達に向かって顔を上げる。

「わりい。ホント、何でもな いんだ」

苦笑を浮かべて手を振ると、シン達もそれ以上聞こうとせず、その気遣いが嬉しかっ た。

「そう言えばシン、あんたマ ユちゃんはどうしたの?」

「ああ、あいつなら今出掛け てるよ。どうせ今頃、どっかでケーキかなんか食ってんじゃないの」

腕を宙で組み、頭を預け、ぼやくように呟くシン。

「ったく、看護士になるのは いいけど、毎日毎日ああしろこうしろって、口煩いからな〜〜あれじゃ、口煩い姑だぜ」

悪口というのは本人がいないからこそ、気軽にできるし、聞いていないという安心感か らか、それも場合によってはエスカレートしていく。

扱き下ろすシンだったが、周囲の視線が何かを捉え、表情を引き攣らせるが、シンはそ れに気づかない。

「俺には煩く言うくせに自分 はどうなんだって」

「シン、シン」

ステラがシンの腕を引くも、シンは気づかず、トドメの言葉とばかりに放った。

「ああいうのを、性格ブスっ て言うんだろうな」

刹那、シンは後頭部に衝撃を受け、そのまま顔からテーブルにダイブした。勢いよく顔 を打ちつけ、甲高い音が周囲に木霊する。

そのシンの後ろには、ニコニコと笑みを浮かべ、右手に分厚い本を持った渦中の人物、 シンの妹であるマユ=アスカが佇んでいた。

「悪かったね、お兄ちゃん… 性格悪くて」

地を這うような声に一同は息を呑み、口を噤む。

「いてて…げっ、マユ」

強く打ちつけた顔を摩りながら視線を上げ、その眼がマユを捉えた瞬間、シンは表情を 引き攣らせる。

「はい、毎日毎日生活能力の ない兄の面倒を見るために彼氏をつくる暇もない、性格ブスのマユ=アスカですよ」

最高の笑顔…少なくともそう形容する程の笑みで告げるマユに、シンはぶわっと脂汗が 浮かぶのを憶える。内に危険信号が大きく鳴り響く。

「ごめんね〜お兄ちゃん。お 兄ちゃんが寝ぼけてたみたいだから、起こさなきゃと思って。お節介でごめんね〜〜家に帰ったら、いろいろ話そっか」

痛快な皮肉を込めた言葉にシンはもはや何も言えず、この後の仕打ちを想像し、身震い した。

他の面々は触らぬ神になんとやらで既に静観を決め込んでいる。そんななか、マコトは マユの後ろに隠れるように佇んでいる人影に気づいた。

「カスミ」

やや驚きの声を上げ、その人物:カスミの名を呼ぶと、マユが驚いたように見やった。

「お知り合いなんですか?」

「ああ、その…妹なんだ」

「そうなんですか。この区画 に知り合いがいると聞いて捜してたんですが、見つかってよかったね、カスミちゃん」

ややホッとした面持ちで話し掛けると、カスミは無言のまま頷き返す。

「マユ、お前どうしてその子 と?」

「うん、さっき街中でぶつ かっちゃって…それで知り合ったの」

数時間前、街中でぶつかり、お詫びにと近くの喫茶店でお茶をご馳走し、その後何処に 住んでいるのかという話になり、カスミはここだと簡潔に述べた。

マユも当初は首を傾げた。この区画は軍関連施設で一般人は立ち入り禁止エリアになっ ている。そして、カスミは仕事で来ていると説明し、マユはそれが外来のジャーナリストではないかと思い、彼ら用に開放されている宿舎まで案内してきた。幸 いにも、マユもシンとステラという兄と姉がいたため、通行証を所持していた。

そして、ここへカスミの知り合いを捜しに来た。改めてマコトに向き直り、頭を下げ る。

「初めまして、私はマユ=ア スカです。一応、この愚兄とステラ義姉ちゃんの妹です」

先程の仕返しか、明らかに違う対応にシンはへこみ、ステラはやや表情を緩めて頷く。

戦後、プラントへと移り住み、そして今は医療関係の仕事に就こうと勉強中だ。

「ああ、よろしく。シンにも 妹がいるとは知らなかったよ」

「言ってなかったっけ? わ りいわりい」

妙に気が合うとは思ったが、まさか妹がいるとは思わなかった。

「まったく、どうせ忘れてた だけでしょ」

毒づくマユに図星なのか、シンは口を噤む。その様に一同は笑みを噛み殺す。

「相変わらず、どっちが年上 か解かんなくなるわね」

失笑するルナマリアに非難めいた視線を向けるが、レイが声を掛けた。

「シン、ルナマリア…そろそ ろ戻らなければならない時間だ」

その言葉に反応し、無意識に時計を見やると、既に宿舎に戻らなければならない時間 だった。ここはハイスクールではない。規律が定められた軍組織なのだ。

「いけね、早いとこ明日の演 習の準備しねえと」

「私らは明日同行できないか らしっかりやんなさいよ」

「解かってるよ」

席を立ち、一同は揃って食堂を後にする。

そのまま食堂を抜け、施設の外に出ると、マコトとカスミはシン達を見送ろうと付き添 う。その時、出ると同時に施設前の通路に一台のジープが止まった。

「ほう、ナチュラルと一緒と は…流石にエースパイロットは余裕だな」

ジープの運転席から皮肉るように侮蔑する一声を発する男:マーレに一同は表情を顰め る。

「なによマーレ、あんた」

すかさずルナマリアが反論しようとするが、それより早くマコトが歩み出た。

「シン達は俺が誘ったんで す。特に他意はありません」

口調は丁寧だが、やや表情は厳しげなものに変わっている。シン達は確かに友人として 接してくれてるが、その立場がある。一民間人でしかない自分とザフトのパイロット…どちらを優先させるか、今のマコトの立場上考える必要もないことだっ た。

そのマコトの言葉にマーレは毒気を抜かれたとばかりに視線で皮肉る。そんなマーレに シンが話し掛ける。

「俺が誰といようと関係ない だろ、マコト達は議長からの許可を得てここに居るんだ。何の問題もないだろ。俺達は明日、宇宙に出るんだから、そろそろ戻らなきゃならないだろ」

憮然とした態度で告げるシンに鼻を鳴らし、再び前を見る。

「明日の演習…せいぜい気を つけるんだな」

そのままアクセルを踏み込み、ジープは走り去り、それを見送ったルナマリアは悪態を つく。

「相変わらず嫌な奴。いっつ も偉そうに」

どうやら、マーレは仲間内からもあまりよい感情を抱かれていないらしい。まあ、あそ こまで露骨に他人を見下していれば解からなくもないが。

「あんたらに同情するわ」

自分達はまだいいが、あのマーレと四六時中顔を合わせなければならないシンとステラ には同情するが、シンは苦笑を浮かべる。

「もう慣れたさ。それに、俺 達は他所者だし」

移り住んだ当初はオーブからの移民ということもあり、誹謗中傷も少なくなかった。苦 い過去を思い出し、シンは表情を顰めたが、その手をステラとマユが握る。

「シン、帰ろう」

「そうだよお兄ちゃん。明日 に備えて私がちゃんと面倒みてあげるから」

手を取り、引っ張る二人にシンは引き摺られるように歩いていく。

「引っ張るなって…じゃあ な、マコト」

そのまま歩き去っていくシンを追うようにルナマリア達も歩き出し、レイとメイリンが マコトとカスミに一礼し、後を追っていく。

既に夕暮れに染まるプラント内で姿が消えていくまで見送ると、マコトは静かに呟い た。

「あいつ…強いな」

正直、シンを羨ましいと思ってしまった。

故郷から移り住み、不快なこともあったはずだ。それでも、それに屈せず前を向いて歩 くシンに、マコトは彼と友人であることを嬉しく思う。

(俺も…あんな風になれるの か)

自分も、前を向いて進めるのだろうか……過去の忌々しさを乗り越えて…そう逡巡する なか、カスミがポツリと呟いた。

「世界はいつか変わってい く。不変は誤り…変化こそがあるべき姿」

一瞬息を呑み、カスミを振り向くと、カスミは無言のままプラントの空を見上げてい る。

マコトもその視線を追うようにプラントの空を見上げ、先程のカスミの言葉を反芻させ る。

 

――――不変が罪であり…変化こそが正………

 

それが、己に当て嵌まるのかどうか…今のマコトには解からなかった。

 

 

 

 

陽の映像が途切れ、プラント内も夜に包まれる。だが、都市部からは灯りが消えること はない。人々が行き交うなかに混じるように歩く黒衣の女性。

顔をバイザーで隠したリンは無言のまま、繁華街のなかを進んでいた。

彼女の脳裏には、昨晩のキラとラクスの邂逅が反芻していた。

 

 

ホテルの一室で、静寂が満ちるなか、ラクスは重々しい様子で口を開いた。

「どういうことですか?」

ラクスの問い…それは、先程リンが漏らした言葉。

「……言葉の通りよ。いえ、 正確には終わっていないんじゃない。また…始まろうとしているのかもしれない」

そう…あの戦いは確かに終わった。

彼らの死で……だが――――リンは一瞬思考を彷徨わせる。

 

――――始まりは終わり…終わりは始まり……生は死…死は生………

 

全ては始まりと終わりがある…だが、それはただの一方通行の事象ではない……それ は、繰り返しなのだ。

始まりと終わりは繋がり…決して途切れることなく続いていく。

それがこの世界………リンはキラとラクスを見やり、身体を起こす。

「ラクス…あんたも薄々察し ているはずよ。世界はまた……キナ臭い方向へ進もうとしている。闇が、再び世界を覆うとしている」

二人に歩み、そして過ぎると同時に窓から見える夜のプラントを見詰める。いや違う ―――正確には、その先にある闇を――――

リンの言葉にラクスは思い当たったのか、表情を顰める。

「ええ、今世界は不安定なな かにあります。歯車が少しでも狂えば…また、あのような悲惨な歴史が繰り返される……」

唇を噛み締める。

大東亜連合、大日本帝国、大西洋連邦…地球と…そして宇宙とプラント……世界は今、 歯車が少しずつ軋みを上げかねないような事態に進んでいた。

「解かっているのです。恒久 的な平和などありはしない…戦争が終わっても、それはまた新たな争いのための準備期間でしかないことも……」

やるせなさを感じさせる表情でラクスは吐露する。

誰だって平和のなかで生きたい…そう願っていても、その思い描く先は違う。全てが幸 福に生きられる世界などありはしない。世界という歯車はいつかは錆び、綻び、噛み合わなくなる。

それを無理して回し続ければ、取り返しのつかない未来が待ち構えることも、あの大戦 で嫌というほど実感した。

「でも、たとえそれが仮初だ としても…少しでも長くこの平和を続けなければならない。それが私にできる唯一のことです」

人は神ではない。

その世界の理を変えることはできない。だが、いつか避けられぬ運命だとしても、それ を可能な限り先延ばしにすることはできるはずだ。それがラクスのこの外務次官という立場に対しても誇りと信念だった。

「歯車は止まらない。だが、 手を入れることはできる、か…あんたらしいな」

苦笑を浮かべ、肩を竦める。

振り向くと、再び二人に対峙する。

「私がこのアーモリー・ワン へ来た理由は二つ。一つはセカンドシリーズの実態を掴むこと」

そう…セカンドシリーズというザフトの新たなるカード。その実態を掴むこと。そし て……

「もう一つ…ギルバート= デュランダルの調査」

静かに発されたその言葉に、キラとラクスの息を呑む音が響く。

「ラクス、キラ…あんた達に とっては信頼できる人物かもしれないけど、生憎私はそこまでお人好しじゃない。デュランダル議長が何を考えているのか…それを見極めるまではね」

機制を制するように呟き、二人は口を噤む。

個人的な感情で事象を見ない…それがリンと、レイナの考えだ。あくまで客観的な視点 で判断する。

対外的には確かにデュランダルは良い為政者に映るだろう。だが、それが逆に不気味に 見えることがある。

どんな名君だろうと為政者であろうと…完璧な政治家などいはしない。それは過去の幾 多の国が証明している。政治家は誰もが良い政治を行いたいと考えてはいるが、それを実現させるためには必ずどこかで歪みを生じさせる。その歪みによって、 政治家の多くは嫌われることも……

その歪みが果たしてどれ程のものになるか……それを見極めるのが、リンがこのアーモ リー・ワンに来た目的だった。

「個人的にはどうこういうつ もりはない。ただ、性分なだけよ」

別段、デュランダルが裏で何をしているか…それに興味はない。だが、もしそれが見過 ごせないのなら……何らかの措置は取るつもりだ。

それはラクスも察したのか、頷く。

「解かっています。貴方が意 味もなく行動することはないと…確かに掴みどころのない方ですが、私は議長を信頼しています」

リンの考えも解かる。だが、ラクスは支持する側の人間だ。どうしてもその思いの方が 勝ってしまう。

だからこそ、リンがどういった判断をするのか…それを確かめるために、ラクスはキラ を見やる。

「キラ、あのPASS、まだ予備がありましたよね?」

「え? あ、うん。ちょっと 待って」

話にただ呆然と聞き入っていただけだったキラは唐突に掛けられたラクスの言葉にやや 慌てながら部屋の端に移動し、何かを探している。リンはやや首を傾げながら見詰めていると、目的の物が見つかったのか、キラが再び歩み寄ってくる。

そして、リンにある物を差し出す。

差し出されたそれは…一枚のPASS。 訝しげになるリンにラクスが微笑を浮かべる。

「それは、私の許可した者に 与えられる通行PASSです。それがあれば、このアーモリー・ワン内であれば、ほとんどの施設に入 ることができます」

その言葉にリンは眼を剥き、そのPASSを 見やる。

無論、規制された区画もあるが、外務次官のラクスのPASSとなれば、ほぼ全ての施設への出入りは難なく適うだろう。

「貴方のことですから、どう せ施設に勝手に潜り込もうと考えていたのでしょう? 万が一ということもあります。持っていても損にはなりませんよ」

どこか悪戯めいた笑みを浮かべる。考えは確かにあっているが、まさか、もう施設に潜 り込んだとは夢にも思っていないだろう。だが、確かにこのPASSがあれば余計なリスクもトラブル も避けられる。

「それに、私の関係者という ことで口添えもできます」

「いいの? こんなものを部 外者に渡して」

今の自分は言わばプラントにとっては厄介な存在のはずだ。

このアーモリー・ワン自体がプラントにとっては国家機密に属するものだ。そんな施設 のPASSを簡単に自分のような相手に渡していいのか…呆れるように問い掛けると、ラクスはクスリ と笑みを浮かべる。

「取り逢えずは、貴方自身の 眼で、アーモリー・ワンを…議長をご覧になってください。まだこれは内密なのですが、数日後、大日本帝国からの使者が内密に来訪されます」

その言葉に微かに息を呑み、ラクスを凝視する。

(わざわざアーモリー・ワン に使者を寄越すとは…流石に切れるわね、天乃宮帝)

脳裏に、大日本帝国を治める者の顔が過ぎり、微かに表情を顰めるも、それに気づかず ラクスは話を続ける。

「その使者の方々の御案内 を、私が務めることになっています。それで、よろしければリンもご同行ください。その時なら、議長と直接の面会も叶います。貴方は、私の関係者とでも改竄 はききます」

「それは職権乱用じゃない の、ラクス?」

いくらなんでも不審人物のIDを 改竄するなど…確かに現在のラクスの立場なら不可能ではないが、明らかに権力の乱用だ。だが、そんなリンにラクスは肩を竦め返す。

「あら? 権力は、使うため にあるんですよ」

したり顔で微笑むラクス…どうやら、この2年半程で随分狡猾さに磨きが掛かったよう だ。

小さく溜め息を零し、PASSを コートにしまい、リンは身を翻す。そのまま二人の間を過ぎり、部屋を後にしようとする。

「ま、これはありがたく貰っ ておくわ。でも、あんたの話にのるかは、もう少し考えさせてもらう。また連絡するわ」

振り向くことなくそう告げると、リンは部屋を後にしようとするが、その背中に声が掛 かった。

「リン…最後にこれだけ言っ ておきます。私達は、今でも貴方とレイナを仲間だと思っています。だから…無茶はしないでください」

切なげに伝えるラクスにキラも同じような表情を浮かべている。その言葉に、表情は見 せなかったが、リンは微かに口元を緩め、そのままドアを閉じた。

遠ざかっていく足音に、キラとラクスは静かにその場で立ち尽くし、リンとの邂逅を内 に巡らせていた。

 

 

脳裏に消える昨晩の記憶。

歩んでいたリンは微かに視線を細め、気づかれないように視線を流し眼で後ろへと向 け、感覚を集中させる。

(尾けられてる……)

微かに感じる視線…そして、歩幅をこちらに合わせ、尚且つ一定の距離を保ったまま近 づいてこない。それだけなら、この一般人の流れに混じり、誰も不審に思わないだろう。

内心、対処手段を模索する。このままなら、撒くことも可能だが…リンは速度を変え ず、そのまま歩みを人気のない区画へと向ける。

人の行き交いが途切れ、やがて繁華街の外れ…軍施設に程近い倉庫郡へと入り込む。や がて、その歩みが止まり、全周囲に感覚を張り巡らせ、気配を探りながら、呟いた。

「出てきなさい……誰かは知 らないけど、わざわざ襲わせやすいように人気のない所まで来てあげたのよ」

挑発するような口調で呟くと…コンテナの影から姿を見せる者達。漆黒の装束に身を包 んだ者達がリンを取り囲むように現われる。

黒装束の男達は懐から脇差を抜き、その刃をギラリと鈍く輝かせながら、殺気を込めつ つリンに集中する。

リンは表情を変えず、瞬時に感覚を研ぎ澄ませ……周囲の気配を探る。

(数は……5)

伏兵の気配はない。リンはコートの裏に右手を伸ばし、忍ばせていたものを握り締めた 瞬間、男達が一斉に襲い掛かった。

刃を輝かせながら狙う…だが、リンはその瞳に軌跡を映し、瞬時に身を捻った。

捻った身は刃をかわし、そのまま流れるようにリンはコートの裏から刃を振るった。輝 く剣閃…刹那、一人の男が身を斬り裂かれ、鮮血を噴き出しながら崩れ落ちる。

動揺する男達の前で、佇むリンの右手には、黒塗の柄から伸びる銀色の刀身を輝かせる 一刀の刀が握られていた。




銘もない刀…そして、自身の十字架の証。今は亡き妹から渡された刀を構え、リンは男 達に対峙する。

その視線が鋭く細まった瞬間…リンは駆けた。

疾走し、刃を振るう。だが、男達も暗殺に手馴れた者。最初に斬られた仲間の殺られ様 をただ呆けていただけではなかった。

刃の軌跡を見切り、かわすと同時に距離を詰めて一人が斬り掛かる。

だが、リンもその軌跡を読み…紙一重でかわすと同時に刃を斬り上げた。振るわれる刃 が男の身体を斬り、鮮血を飛ばしながら男は倒れ伏す。

その背後に向かって斬り掛かる別の男…だが、振り下ろされた刃は硬い金属音とともに 受け止められる。

驚愕する男の先には、逆左手で背中に振り上げる鞘が摩擦音を上げながら刃を受け止め ていた。その一瞬の隙を衝き、リンは鞘を振り、刃を弾くと同時に鞘を振り戻した。

鉄製の鞘が男の脳天に直撃し、骨が微かに歪むような音と脳震盪を起こし、男は意識を 手放した。

崩れ落ちる男を一瞥し、残りは二人。

個別に仕掛けるのは危険と判断したのか、同時に駆け出し、リンに刃を振るう。リンは 一方を刀身で、もう一方を鞘で受け止める。甲高い金属音が周囲に響く。

「くっ」

微かに歯噛みし、右手の持ち手を回転させ、体重をのせていた刀身の向きを逸らし、捌 くと同時にもう一方の腕を引き、こちらも均衡が崩れ、微かに体勢を崩す。その隙を衝き、刀身を男に向けて薙いだ。

峰が男の脇腹に直撃し、男は嘔吐しながら弾き飛ばされる。それを見届けることなく、 リンは瞬時に鞘を収め、振り向くと同時に左手を振り…手首に仕込まれた鋼線が迸り、真っ直ぐに男の腕を絡め取る。

刹那、一気に距離を詰め、驚愕する男の腕を掴み取り、そのまま振り投げた。投げ飛ば された男は背中を強か打ちつけ、衝撃に身悶える。

身体の自由がきかなくなった男に向けて刃を突き付け、低い声で問い掛ける。

「さあ、訊かせてもらおう か? 誰の指示で私を狙う?」

リンが狙われる立場だということは嫌というほど理解している。だが、狙われたままで いるほどお人よしでもない。向かってくるなら容赦はしない。

問い掛けに男は眼を見開き、何かリアクションを起こそうとするが、それを逸早く察し たリンは左手を伸ばし、男の顎を掴んだ。

「舌は噛み切らせない…話さ ないなら、指を一本ずつでも斬り落とす」

ゾッとするような冷たい視線を向けられ、男は気圧される。

硬直したように口を噤んでいたが、次の瞬間…男は突如眼を見開き、がくがくと打ち震 えながら、声にならない悲鳴を上げ、やがて事切れた。

「っ」

息を呑む。完全に絶命した男…よく見ると、押さえつけている顎から微かに血が滴り落 ちている。

ハッと周囲を見渡すと、他の倒れている男達も口元から鮮血を零していた。

(毒殺…死人に口なし、か)

歯噛みし、男を離すと…リンはゆっくりと立ち上がる。そのリンに向けて陰から窺う 影。右腕から伸びる刀身を煌かせ、陰から一気に飛び出し、それに気づいたリンは咄嗟に身を捻るが、僅かに遅く、腕を刃が掠め、鮮血が飛ぶ。

舌打ちし、距離を取る。襲撃者の姿を確認しようと視線を向け…その先には、漆黒の ローブを着込み、完全に顔を隠した人物が佇んでいた。

影の右手には、腕から伸びる刀身が煌き、先端が微かに血を滴らせている。

「こいつらの黒幕はあん た?」

構えるリンに影は無言のまま…右手の刃を構え、再度襲い掛かる。

「問答無用かっ」

毒づきながら、その刃を受け止め、リンは身を屈めて右脚を振り払うも、相手も跳躍 し、回転するように背後に距離を取る。

刃を突き立て、大地に火花を散らせながら制動をかけ、一拍置くと同時に飛び出し、体 勢を戻せていないリンに襲い掛かる。振り薙ぐ刃を柄を持ち上げ、受け止める。

互いに眼を見開く。

(こいつ…できるっ)

先程までの男達とは違う。この動きは明らかに洗練されたもの…内心に歯噛みしなが ら、弾くと同時にリンは斬撃を浴びせるも、相手は右手の刃を縦横無尽に回し、柳のごとく斬撃を受け流していく。

相手の持つ獲物は刃渡りこそ短いが、小回りがきき、防御の面では優れている。

甲高い音とともに交錯する 刃…肉縛する両者。唇を噛むリンだが、相手は顔を隠し、表情を窺うことはできない。

刃が擦れ、火花が散ると同時に相手は突進し、体当たりを受け、リンは小さく呻きなが ら倒れ込む。

サングラスが外れ、倒れるリンに覆い被さるように相手はリンの右腕を左手で抑え、右 手で左手を掴み、動きを封じる。

「ぐっ」

歯噛みするリンに、相手は右手で握るリンの左手を見やり、その覆い隠された視線が左 手の薬指に嵌る指輪を捉える。次の瞬間、右手で左手の指輪に手をかけ、抜き取ろうとする。

「っ!?」

その行動にリンは眼を見開き、力任せに上体を振り起こし、相手を弾く。衝撃を受け、 相手はよろめきながら距離を取る。

微かに息を乱しながら、リンは左手を強く握り締め、刀を構える。

「はぁぁぁっ」

疾走し、刃を振り払う。相手も足を踏み止まり、その払われた刃を受け止め、息を呑む 音が聞こえる。

鍔迫り合いをしながら、膠着していたが…痺れを切らしたのか、相手が刃を上へと弾 き、均衡していた力ゆえに大きく弾かれる。空いた一瞬の隙…黒衣の相手は蹴りを振り、リンの腹部目掛けて叩き入れた。

鈍い衝撃がリンを襲い、内に走る衝撃にリンは表情を微かに顰めるも、相手が意表を衝 かれたように硬直した。

微かに笑みを浮かべる…あの一瞬、相手の動きを読んだリンは敢えてその攻撃に身を飛 び込ませた。互いに衝撃をぶつけ合い、僅かながら中和したため、衝撃による硬直もせずに済んだ。

「はぁぁっ」

咆哮を上げ、リンは刃を振り下ろす。

だが、相手もすぐさま我に返り、刃を振り上げて受け止める。

金属の交差音が響くも、リンは片足を前へと踏み入れ、その交差点を支点に刃を前へと 滑らせた。

真っ直ぐに突かれた一撃に、相手も息を呑み、反射的に首を捻るも…切っ先が顔を覆っ ていた黒衣を突き破り、微かに露出する。その露出した左耳に輝く真紅のピアス。

その存在を一瞬視界に確認したのも束の間、相手は強引に後方へと跳び、距離を取る。 そして、破れた黒衣を引っ張り上げ、そのまま身を翻す。

「っ!? 待てっ」

逃してたまるものか…だが、リンが追うより早く相手はその身を夜の闇のなかへと溶け 込ませ、消えていった。

気配が完全に紛れ、リンは舌打ちする。

刀を鞘へと収めた瞬間、背筋が凍るような感覚が駆け抜け、眼を見開く。

「っ!?」

ガバッと後ろを振り向くも、そこには誰もいない。知らず知らずのうちに頬をつたる 汗…暫し、その場で佇んでいたが、やがて遠くから人の声が聞こえてきた。

(まずいっ)

どうやら、誰かがこの場での騒ぎに気づいたらしい。下手に捕まるわけにはいかない。 リンは足早にその場を去っていった。

完全にその姿が消えると同時に…そのリンを遥か頭上から見詰める影があった。

高層ビル群の一画…その屋上で佇む人影。

金色の髪を靡かせ、黒衣を纏って佇む少女ともとれる女性……だが、その顔はバイザー に覆い隠され、窺うことはできない。

唯一見える口元が小さく歪む。

「流石は比翼の騎士…所詮、 禍がいものでは相手にはならないか」

つまらなさ気だが、その口調は冷たく…また愉悦に満ちていた。

「でも…騎士、貴方の命は必 ず狩り殺る。貴方は必要のない存在……そう…私にとっても…母様にとっても、ね」

小さく笑みを噛み殺す。

「そう…必要ないのよ……」

呪詛のように反芻し、金色の髪を靡かせ、女性の姿はその場から掻き消えた。

 

 

 

先程の現場から離れたリンは静かな場所で一息つき、あの刻に感じた気配に思考を巡ら せる。

(さっきのは、いったい…そ れにあの気配……)

自分を襲ってきた影…そして、あの最後に感じた殺気とも違う冷たい…まるで自分の全 てを否定するような視線。

「それに…」

リンは徐に左手の裾を捲る。その下からは、真っ赤に染まった白い腕が現われる。脳裏 に、あの相手と斬り結んだ瞬間が過ぎる。

あの最後の一撃時…跳ぶと同時に、リンの左腕に一撃を斬り入れた。腕に走る一閃に血 が滲み、微かな痛みが腕に走る。

己の服を破り、リンは布の切れ端を左腕に巻き、止血する。固く縛りながら、視線をさ 迷わせる。

その視線が、徐に左手の薬指を捉え、リンは左手を持ち上げ、その指輪を凝視する。

「何のつもりなの?」

虚空に向かって思わず問い掛ける。

解からないのはもう一つ…あの襲い掛かってきた相手は、戦いの最中、この指輪を奪お うとした。何故これを狙ったのか……いや、『この指輪』だから狙った可能性の方が高いかもしれない。

そして…そこから導き出される結論は………

「姉さんに関係している」

失踪した姉…レイナに関係があると睨んだ方がいいかもしれない。だが、それが何なの かはまだ憶測するには情報が足りなさ過ぎる。

リンは少し歩き、手すりに身を預け、首を擡げながらプラント内を見上げ、眼を細め た。

(また……何かが起ころうと しているのか………)

謎の襲撃者…謎の視線……そして失踪した姉………やはり、何かが蠢いている…それ も、自分達に関係する何かが……今は見えない闇のなかで………

無意識にコートのポケットに手を入れ、そこからPASSを取り出し、それを一瞥する。

「のってみる、か」

この一件…どうやら深くなりそうな予感をひしひしと感じる。なら、このアーモリー・ ワンも無関係ではない。なら、それを手掛かりにするしかない。

決然とした面持ちでコートを振り被り、リンは夜の闇に身を委ねていった………







 

《次回予告》

 

 

譲れないもの…それが侵され た刻、少年は立ち向かう。

たとえそれがどれだけ高かろ うとも…強かろうとも……

 

宇宙の闇を駆ける弱き白き戦 士を狙うもの……

その銃口に込められるのは侮 蔑か…嘲笑か………

 

 

決して迷わない…少年が決意 した刻、白き戦士は力を開放する……

小さな…小さな力を…………

 

それは……運命の始まりを告 げる…プレリュードかのごとく………

 

 

 

次回、「PHASE-05 LAST PRELUDE

 

その力…解き放て、セレス ティ。


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