――――――魂は天へと召される

 

 

終焉を迎えし生命…その魂は天国へと導かれる。

幼き日に聞かされたどこにでもある御伽噺。

 

 

だが――――

 

 

遺された者はそれを尊ぶべきなのか…それとも……悲観するのか………

もしくは………

 

 

 

 

 

その魂を天へと誘った運命を呪えばいいのだろうか――――

 

 

 

 

神を汚す行為。違う―――神なんてものはこの世にはいない。

もし本当にいるとしたら、憎んでしまうかもしれない………

大切な家族を奪ったのだから――――

遺されていた最後の家族…それを喪ったあの日を境に…全ては暗転した………

何もできず…することさえできず……全てを喪った………

無力な…ちっぽけな存在であることを身が切り刻まれる程思い知らされた。どうしよう もない現実に打ちのめされる自分自身を、呪った………

 

 

全てが灰色に見えた。

灰色の世界を彷徨いながら、生きる目的を捜し続けた。

 

 

無力感と罪悪感と時折衝動的に湧き上がってくる怒りにも哀しみにも似た傷みに押し潰 されてしまいそうで恐かった。

だから……だから、身を投じた…裏世界へ―――――――

幸いに、機械関係については父親から仕込まれていた。機械を弄るのが好きな性質も手 伝い、戦後の混乱期だけあって生きていくのには困らなかった。

だが、危険な仕事にも手を出し、己の身を危険に晒し出した。もう喪うものはなにも無 い………そんな自暴自棄な考えを心の奥底で抱きながら………

他人から見れば、死に急いでいる…愚かな考えだと思われるだろう。訂正もしなければ 否定もしない。だが、あの哀しみを知らない者には何も解かりはしないだろう。

それでいいと思う…『自分』と『他人』は違うと―――そう割り切れる。

だから壁をつくった。どれだけ親しくなろうとも……もう自分から己を曝け出すことは しないと…喪った絶望と悲哀を……二度と味あわないために………

愚かでどうしようもないほどの自己満足で矛盾じみて欺瞞の考え――――だから……独 りで運命に抗い続ける。

この命が運命に喰われるその刻まで――――宇宙の暗き闇を見詰め…そう己に誓い、刻 んだ………

 

 

そのはず―――だった。

だが、運命は再び俺に残酷な試練を与えようとしているのかもしれない………

俺は…力を欲した―――自身の無力さを呪い、それを晴らすための力を………

そして得た……

力と…護るべき新たなものを………

今度こそ…護り抜いてみせる……運命などに奪わせはしない。自身という魂に誓い、そ の尊厳をかけた闘いだ。

だからこそ、俺は挑む……どれだけその立ち塞がるものが高かろうと…強固であろうと も……運命の鎖を断ち切るために……………

 

 

この信念が折れぬ限り――――――

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS

PHASE-06  信念の宇宙

 

 

 

L4宙域。アーモリー・ワン近隣の演習場にて、交錯する2体のMS。蒼き翼を持つ純白の 機体:セレスティとモノアイを輝かせるグレーの機体:ジン。それを駆るのは、対峙することになったマコトとマーレ。

互いにMSに乗り、ペイント弾が装填された銃を構えて撃ち合い、ぶつかり合うもマコ トの不利は明白であった。

だが、マコトはこのデブリが散乱する演習場を利用し、マーレを翻弄し、遂に千載一遇 の隙を衝き、一気に加速する。

「これでっ」

ジンに接近しようとデブリの影から飛び出したセレスティは銃口をジンに向ける。だ が、マコトは無意識に距離を詰めようとする。射撃に関しては素人のマコトが確実に相手に弾を当てるにはある程度距離を詰め、間合いを取る必要がある。だ が、接近すればそれだけ相手の技量が上回っていた場合、逆に危険が増す。マーレはそのマコトの間合い外から攻撃し、弾がセレスティに迫るも、セレスティは スラスターの小型バーニアを数基展開させ、攻撃をかわし、その反応に眼を見開くマーレに向けてマコトは照準を合わせた。

「おおおおおっっ」

モニターで合わさる照準。それに弾かれるようにトリガーを引き、セレスティの銃口か ら火が迸り、弾丸が発射される。

真っ直ぐに伸びる弾丸はジンのボディに着弾し、内臓されていた火薬に代わり、ペイン トが飛び散る。黄色の着色を施されたペイントがジンを染め上げた。

その受けた量から測定したコンピューターが判定を下す。

YOU LOST

その言葉の意味を…自身のジンが負けを判定したことにマーレは一瞬、茫然となる も……次の瞬間には、突撃してきたセレスティに意識を引き戻された。

「うわぁっ」

加速していたセレスティ。攻撃にばかり眼を向け、減速するのを忘れていたマコトは慌 てて制動をかけるも、既に遅く…ペイントまみれになったジンに向けて突撃した。

正面から激突するセレスティとジン。その衝撃が互いのコックピットに響き、呻く。縺 れ合ったまま、2機は後方のデブリに激突した瞬間……閃光が迸った。

先程まで、2機がいた空間を熱を帯びた光が過ぎった。刹那、その光が吸い込まれた岩 塊が吹き飛んだ。

「なっ?」

「なにっ!?」

響く警告音と突如眼の前に起こった状況にマコトだけでなくマーレも驚愕に眼を見開 く。

「ビームだとっ!」

今の光がビームと逡巡した瞬間、彼方より光が再び襲い掛かってきた。

「ぐっ」

「うわっ」

互いに歯噛みし、マーレはセレスティを弾くように蹴り飛ばし、縺れ合っていた2機は 弾かれ、その離れた空間を過ぎるビームは目標を見失い、再び岩塊を吹き飛ばす。

マーレは軍人としての経験故か、慌てて身を隠し、身構えるもマコトのセレスティは突 発的に襲い掛かった事象に動きがやや鈍り、機体を必死にAMBACで操作しながら降り掛かるビーム から身を隠すためにデブリに身を隠す。

「はぁ、はぁ…な、何だよ いったい……?」

息を乱しながら唐突に起こった状況に困惑する。マーレもやや混乱した面持ちでビーム が放たれる方角を睨むように見据える。

「くそっ、いったい誰が?」

こんな演習地帯で襲われるとは想定外を通り越して明らかに異常事態だった。だが、こ のビームは明らかに人為的に行われているもの。

「海賊か?」

こういったデブリ帯や暗礁地帯で起こる人為的な災厄といえば、それしか思い当たらな い。マコトはセレスティの頭部に備え付けたサイドカメラを展開する。

サイドからアームが伸び、カメラのレンズが開かれ、ビームが飛来する方角を凝視し、 マコトは最大望遠で拡大する。

メインモニターに表示される方角の奥…ややぼやけているも、その映像がやや鮮明を帯 び始めると、モニターには機影が映る。

そこには、ビームライフルの銃口をこちらに向けているストライクダガーが映し出され ていた。

「!!!」

その光景に一瞬、声を詰まらせた。

正規の量産機とは違うカラーリングを施された数機のストライクダガーの構える銃口に 剣呑な光が宿り、それがモニターの正面を捉えた瞬間、サブカメラがショートしたのか、映像が雑なものに切り換わり、マコトは声を張り上げていた。

「危ないっ、逃げろっ!!」

叫ぶや否や、マコトは操縦桿を引き、セレスティが岩塊から離脱し、マーレもその叫び に反射的に操縦桿を引いていた。

2機が離脱した瞬間、岩塊がビームによって融解し、撃ち抜かれ、粉々に砕け散る。破 片が周囲に散乱し、機体に降り掛かる。そして、数条の光がその後から過ぎり、空間を薙ぎ払った。

マコトは言うに及ばず、マーレでさえもこの異常事態にただ驚くだけだった。

(ぐっ、どうなってる! こ んな状況は俺の予定にないぞっ)

先の第1演習場でのアクシデントは確かに奇襲に見せかけたトラップを仕組んだが、今 回はあくまでマコトに身の程を教えるだけのものでトラップの類も用意などしていない。

ナチュラルの操縦するMSな ど相手にならないと…ただそれだけしか考えていなかったため、今のこの状況にただ混乱するばかりだ。

降り注ぐビームに丸腰のジンでは流石に分が悪い。マーレは歯噛みしつつ再度デブリに 身を隠し、そこへマコトからの通信が響く。

「おいっ相手は旧連合のスト ライクダガーだ! 早く逃げないとっ」

「くっ、黙れ! たかがナ チュラルのMSに……っ」

「危ないっ」

言い募ろうとした瞬間、マコトが叫び上げるとのコックピットにアラートが響いたのは 同時だった。

ハッとマーレが振り向いた瞬間、ジンの上方から急接近してくるストライクダガー。ス ラスターを噴かしながら、ビームサーベルを振り上げる。

唐突な奇襲にマーレも反応が遅れ、身を捻るも遅く…ジンの右腕を斬り裂かれる。ビー ムの熱がジンの装甲を紙屑のように融解させ、斬り落とす。

爆発が轟き、マーレのジンは弾き飛ばされ、それを見たマコトは半ば無意識にジンの進 行方向へ回り込み、ジンのボディを受け止める。

衝撃が機体を揺さぶり、歯噛みするも…モニターには獲物をしとめようと迫るストライ クダガーが映し出され、反射的にトリガーは引いた。

「うわぁぁぁっ」

恐怖に表情を引き攣らせつつも、引かれたトリガーによってセレスティの持つ銃から弾 丸が発射され、ストライクダガーに着弾し、ペイントがぶちまけられる。

頭部、ボディとペイントまみれになったストライクダガーはカメラが遮られたのか、動 きが鈍り、チャンスとばかりにマコトは操縦桿を戻し、セレスティのスラスターが逆噴射し、後退する。その間にも後方からの援護射撃と思しき攻撃が降り注 ぎ、回避しつつジンを抱えながら、マコトはよりデブリが密集する宙域へと逃れていった。

 

 

セレスティとジンがデブリのなかに消え、立ち往生していたストライクダガーだった が、サブカメラに切り換えたのか、周囲を窺い、相手の反応が消えたのを確認すると、コックピットのなかでパイロットと思しき男が毒づいた。

「くそ! あいつらどこに行 きやがった!!」

パイロットスーツも着ず、無精髭にぼさぼさの粗暴とも取れる容貌の男が憤怒の表情で 吐き捨てた。

「おいっ大丈夫か?」

留まっていたストラクダガーに仲間の駆るストライクダガーが接近してきた。それを確 認すると、男は大仰な態度で応じた。

「ああ、連中が持ってるのは ただのペイント弾だ。ふざけた真似しやがって」

あの銃を向けられた瞬間、男は微かに恐怖したのだ。だが、着弾したそれはただの模擬 弾で、あの恐怖した瞬間に激しい羞恥と嫌悪感を憶えた。

よくよく見れば、ストライクダガーは全機が所々錆び、また装甲の傷を鉄板で塞いだ継 ぎ接ぎの部分も見え、ろくな整備もされていないのは明白だった。

彼らは、脱走兵だった。元々は旧地球連合の大西洋連邦に属する軍人だったが、大戦後 期に激化する戦況と軍という組織の待遇の悪さ、それら鬱憤が溜まり、彼らはMSや小型の駆逐艦ごと、戦闘のどさくさに紛れて脱走したのだ。故に、彼らの扱 いは既にMIAになり、公式には死亡となっている。

だが、彼らには関係なかった。軍の装備を持って脱走した身では、もはや裏世界でしか 生きるしかできないのだから。それからは戦後の混乱の治安の悪さに乗じ、民間艦や施設を襲い、略奪行為に手を染めるようになった。

それらを売り飛ばし、海賊という生活に定着した。仮にも戦闘訓練も受け、MSを扱え るのだ。集団で行動し、略奪する彼らにとって邪魔なものはほとんど無いに等しかった。軍に遭遇するものなら逃げに打って出る。

そんな生活を既に2年半近くも続け、有頂天になっていた時に、彼らにある情報が齎さ れたのだ。

「あの白い奴かね、ザフトの 新型ってのは?」

「だろうな。生意気に反抗し やがってっ」

「はははっお似合いだぜ」

ペイントに染まった機体に仲間が大声で笑い上げる。

だが、やられた方にしてみれば笑い話ではない。今まで刃向かう者など無きに等しかっ た男にとって、あの白いMSが起こした行動はいたく自尊心を傷つけられた。

身勝手なプライドだが、それが酷く忌々しい。

「だが、アレを手にいれりゃ 高く売れる。ジャンク屋なんかめじゃねえ…どこの企業だって高く買い取ってくれるぜ」

彼らがこのL4宙域にまで足 を伸ばしたのは、遂数日前に齎された情報によるものだった。L4宙域において建造されたアーモ リー・ワンにおいて開発されているザフトの新型機。その機体がこの演習場で稼動試験を行っているというものだった。

情報の真偽は怪しかったものの、これまでに繰り返してきた略奪行為にもやや刺激が薄 れていただけに、この辺りで大きな儲けを得たいと考えたのはある意味自然の成り行きだったのかもしれない。

今まで手に入れたMSのパーツや貴金属等は確かに金にはなるが、所詮はジャンクパー ツに盗品。まともなルートで捌けるはずもなく、収入も微々たるものが多い。それが大いに不満だった。

だが、ザフトの新型機ともなれば、当然その機体には多くの新機軸の技術や高性能パー ツが使用されているはずだ。そんな機体ともなれば、兵器を開発しているメーカーに持ち込めば、諸手をあげて高く買い取ってくれるだろう。

「で、どうするよ?」

「どうせなら、あのジンもい ただくか?」

問い掛ける仲間に男は鼻を鳴らし、口元を歪める。

「いや、小生意気なコーディ ネイターに身の程ってやつを教えてやった方がいい。あのジンを奴の眼の前で派手にぶっ壊して、恐怖を刻んでやらないとな」

「そうだな」

ジンも手に入れたほうが儲けにはなるが、所詮は旧型機。なら、刃向かった報いとして 仲間を眼の前で壊し、相手を精神的にいたぶってやる。相手はコーディネイターだ。宇宙にいる化け物なのだと……大戦中に連合内に浅く、そして広く浸透した ブルーコスモスの思想はこの男達にも若干ながら染まっていた。

「よし、お前らは正面からあ いつらをいぶり出せ、俺が奴らをしとめる」

「へっ、おいしいとこどりっ て訳か。いいぜ、ただし儲けの配当は少なくしてもらうがな」

男は表情を顰めるが、仕方がない。コーディネイターを殺すという役割をこなすのだか ら。彼らにとってある意味コーディネイターのMSを墜とすことが一種のステータスになっているようだ。

「で、売り込むとしたら何処 にだよ? ルナティックか? それともアクタイオンにでも売り込んでやるか?」

会話を横に、もう一人がレーダーを操作し、デブリ帯に消えた機影を探索しながら問い 掛ける。

「ルナティックは規模が小さ いうえに月だからな…アクタイオンならいいだろう。あそこはMSの開発に躍起になってるしな」

新型機をより高く買い取ってくれるとなら、今現在大東亜連合とも専属の繋がりを持つ アクタイオン・インダストリーの方がいいだろう。前大戦においてオーブのモルゲンレーテに遅れを取った分を取り戻そうと、MSの開発に躍起になっているら しい。

相槌を打ちながらレーダーを見詰め、センサーがやがて熱反応を捉えた。反応は2つ。 それを確認した男は仲間の機体にデータを送信する。

「見つけたぜ」

「よしっんじゃやってやる か」

相手の座標を確認し、2機のストライクダガーがバーニアを噴かし、身を隠していると 思しき場所に向かって加速する。

「あまり時間は掛けるなよ… 近くにはあいつらの母艦もあるんだからな」

「そうそう、欲張って元も子 にはなりたくないんでな」

Nジャマーの影響で、まだ自分達の襲撃は気づかれていないだろうが、このデブリ帯の 外側にはあの2機の母艦もある。ハイリターンは求めても、リスクは負いたくない。それが彼らの考えだった。

意気揚々と向かう仲間を見送った男は血走った、猛禽鳥のような眼でレーダーを凝視し た。

「宇宙の化け物どもめ…この 俺に恥をかかせてくれた礼はタップリしてやるぜ」

卑下た笑みを浮かべ、男は操縦桿を引く。

哀れで愚かな獲物を狩るべく…ストライクダガーはビームライフルを構え、獲物が息を 潜める宙域に向けて突き進んだ。

そんなストライクダガーを遠巻きに見詰める影。デブリの上に佇み、宇宙の闇がその機 影を覆い隠し、その姿を確認することはできないが、機影の頭部が微かに俯き、その二対のセンサーアイが不気味に輝いた。

 

 

 

猛る軍人崩れの海賊の標的にされた獲物は、なんとか会敵から逃げ延び、近くを浮遊し ていた廃艦の格納庫に身を隠していた。

ぽっかり大きく空けられた外装から覗く宇宙を窺うように格納庫内に鎮座するセレス ティとジン。そして、マコトはセレスティのコックピットから離れ、被弾したマーレのジンの右腕を見ていた。

ビームの余熱でやられた影響か、まだ切断された断面には微かな熱が燻り、灼け焦げて いる。そのダメージ具合を確認しながら、表情をますます顰めていく。

「ダメだ…完全にやられち まってる。ここじゃ応急処置も無理だし」

スパナを手にヘルメット越しに流れた汗を拭うように頭を擦る。だが、その手は微かに 震えている。

頭のなかを反芻する先程の光景…ストライクダガーがビーム刃を振り上げて迫る光景。 自身の命を刈り取ろうとするその恐怖に思わず発砲した。生憎と手にしていたのはただの模擬弾だったため、相手をペイントまみれにして逃げの時間を稼げたぐ らいだったが。

それでもこうして今生きている…生き延びれられた。なら、まだ諦めるには早い。気を 取り直してダメージの確認を再開するマコト。

そこへ、気配を感じ振り向くと、マーレが近寄り、被弾箇所に張り付く。

「どうなんだ?」

いつもの侮った口調ではなく、どこか険しい口調にマコトも僅かに毒気を抜かれながら も、手を休めず言葉を発する。

「残念だけど、右腕はもう使 えないな。こんな状況じゃ、応急処置もできないし、せいぜい誘爆しないように回路をカットするぐらいだ」

工具になにか代用パーツでもあれば、まだ応急修理なりはできたが、生憎模擬戦だった ためにセレスティのコックピットに持ち込んでいたのは最低限の工具のみ。代用パーツも戦艦のなかならなにかあるかと思ったが、めぼしいものはない。最も、 こんないつ襲われるか解からない状況では、そんな作業もままならないかもしれないが。

顰めた表情で舌打ちする。

「くそっ」

マーレはマーレで被弾したジンを一瞥し、腕を組んで考え込む。

「どうする? Nジャマーの 影響が強いから、こうして身を隠せているけど、それもいつまで保つか解からない」

誘爆を防ぐため、本体とのラインを封鎖し、作業を終えたマコトがマーレに向き直る。

幸か不幸か…模擬戦前に散布したNジャマーと合わさってこの演習場に元々滞留してい たNジャマーが電波を阻害し、少しでも距離を取ればなんとか相手の索敵範囲から身を隠せてはいるが、そのために演習場の外周で待機している母艦と連絡が取 れない。

「貴様に言われずとも解かっ ている。確実なのは、影響の薄い場所から母艦に連絡を取るだけだ」

口調は相変わらず厳しげだが、その表情は生存を高めようとする兵士のものだった。 マーレとて性格には難ありでもセカンドシリーズのテストパイロットに選ばれた者なのだ。己の生存を高めるという兵士としての心構えをこんな状況で放り投げ るほど愚かでもなかった。

だが、状況は余りにも不利だ。こちらは被弾したジンに民間機。おまけに装備も模擬戦 用のものばかり。回路をOFFにしているため、今は身を隠せているが、シン達が異変に気づいて救助 を待つのも肝心のライフシステムが保たない。

やはり確実なのは、演習場から離れ、母艦と通信可能範囲にまで逃げ延びるしかない。 相手の位置が掴めず、不利な事に変わりはないが。

逡巡していたマコトも同じ結論なのか、やがてセレスティとジンを交互に見やり、一瞬 眼を閉じるが、意を決したように顔を上げた。

「なあ、俺があいつらを引き つける。あんたはその隙に演習場を離脱して、シン達に連絡を取ってくれ」

唐突に紡がれた言葉にマーレが微かに眉を顰めながら見やる。

「貴様、何を言ってる?」

「このままここに隠れてたっ ていずれ見つかる。けど、まともに相手もできない。なら、助かる可能性が一番高いのはそれしかないだろう。それに、あんたの機体、どの道まともに動くのも ままならない」

苦虫を踏み潰したようにマーレが口を噤む。現時点でまともに行動できるのはセレス ティのみ。だが、2機で逃げてもまず間違いなく相手に見つかり、逃げ切れる可能性は限りなく低くなる。

なら、最悪でも一人は生き延びれられる可能性が高い方を選択する方がいい。マーレを セレスティに乗せてもいいのだが、マコト用にセッティングされているOSを調整する時間もない。ジ ンは片腕が動かず、留まって時間を稼ぐのもままならない今、結果的にどちらか片方が囮として相手の注意を引きつけ、その隙にもう一機が救援を呼ぶ。そして それがどちらの役割かも必然的に決まる。

同じ結論なのか、マーレも口を挟もうとはしない。

「なら、それでいいだろう。 俺があいつらを引っ掻き回す。あんたはその隙に」

時間が惜しいとばかりに話を打ち切り、マコトはセレスティに乗り込もうとするが、そ の背中にマーレが睨むように声を掛ける。

「待て」

低い声に思わず背を向けたまま立ち止まる。

「貴様、何故そこまでやろう とする。貴様は何故独りで逃げようとせん?」

マーレにとって当然の問い掛けだった。勝ち目がない戦いに自ら飛び込んでいくなど、 愚かとしか言いようがない。自分はそんな無謀な真似をするほど愚かでもない。いや、そんな死にに行くような真似など好き好んでやりたがる人間などそうはい ない。

「ナチュラルは自殺願望でも あるのか? それとも御大層な正義感というやつか?」

どこか侮るような口調で肩を竦める。

だが、マコトは無言のまま…そして、一瞬俯いたが、やがて顔を上げてセレスティを見 上げる。

「俺は、死なせたくないだ け…奪われたくないだけだ。たとえそれが…なんであろうとっ」

自らの存在意義…そんな御大層な言葉で飾るつもりはない。だが、決意したのだ。

決して奪わせない。決して屈しない。相手がどんなに強固であろうとも…どんなに高い 壁であろうとも……どんなに無謀だとしても。そして、たとえ相手が誰であれ、自分の知ってしまった者を、大切な者を自分の眼の前で奪わせはしないと。

だから戦う。自分の前にそのための力があるのなら…自分にできるのなら、とマコトは コックピットに飛びつく。

「だから…信じさせてくれ」

背を向けていたマコトがどこか縋るような視線を一瞬向け、マーレが表情を顰めると同 時にマコトはコックピットに飛び込み、ハッチを閉じる。

シートに着くと同時にAPUを 起ち上げ、セレスティのモニターに光が走り、全周囲に映像が表示される。

そして、状況を確認する。

セレスティは問題なく動くが、先程の模擬戦でバッテリーと推進剤をかなり消費し、長 時間の活動は不可能。

「最大で10数分ってとこ か」

稼動限界時間を概算し、続けてマコトは相手の情報を引き出す。

モニターに表示される、最初の会敵時に撮影した敵機の映像。モニターで数えられるの はストライクダガーが3機のみ。

だが、その状態は見る限りとても正規軍の機体とは思えないほどのものであって。所々 に見える戦闘の傷跡に傷を塞ぐ鉄板、そして錆。まともな整備を受けているとは考えにくい。この時点でどこかの軍の所属という線は消えた。いや、そもそも既 にストライクダガー自体量産をとっくに打ち切られ、現在は生産されていない。とどのつまり、地球の諸国家で使用している軍はほとんど無い。

この点からも、前大戦時に大量の流出したストライクダガーのジャンクないし、脱走兵 崩れの海賊という線が濃厚だろう。

「海賊なら、相手はあの3 機、と考えていいか」

軍なら、奇襲においても当然実行部隊と予備部隊というふうにある程度の数を揃える が、海賊にとっては獲物を素早くしとめるために全機で襲い掛かるパターンが多い。可能性が無いわけではないが、相手は3機のみと仮定しても問題ないだろ う。

そして、相手の眼を引き付ける囮となりうるか…この点は問題ないだろう。このセレス ティは見た目は裏世界で流通している量産機種とは明らかに違うワンオフ機としてのイメージを持たせられるだろう。相手が海賊なら、より金になりそうな獲物 を狙うはずだ。

状況を整理し、マコトは操縦桿を握り締める。手が汗ばむ…遂数十分前までは戦闘をし ていたとはいえ、それは模擬戦。真剣味はあったが、どこか『死』という感覚は薄かった。

だが、今度は違う。相手は明確な殺意を持って襲い掛かってきている。数日前のステー ションでの攻防が脳裏を過ぎる。

あの時は運良く生き延びられた。だが、今度もそううまくいくとは限らない…最悪な可 能性が浮かび上がるも、それを振り払うように頭を振る。

「違うだろっ、そんな弱気に なるな…俺は、絶対に諦めない」

消え入りそうになっていた自身の生きる意味。だが、それが今明確なものになって自身 の内で変わろうとしている。

それを打ち砕かれてたまるか…必ず生き延びる。生きて、生き足掻く。

あの絶望に二度と敗れないために……必ず、生きて護り抜いてみせる。

大切な者を喪う傷みも…大切な者を哀しませる傷みも……二度と。

真っ直ぐなほどの純粋な想いとも取れる信念を胸に、マコトはセレスティを起動させ る。

蒼穹の瞳がその信念に応えるように輝き、排気音を静かに響かせながら、機体を飛び上 がらせる。

粒子が舞い散り、セレスティは裂け目から飛び出し、獣の徘徊する狩場へと身を乗り出 していった。

それを見送ったマーレは、どこか気難しげな表情で暫し茫然と佇んでいたが、やがて舌 打ちし、ジンへと乗り込んでいった。

 

 

 

その頃、デブリ内をハイエナのように固まって周囲を猛禽的な眼で見回し、獲物の姿を 捜していた。

「おいっ本当にこの辺なの か?」

「ああ、確かにこの辺で熱反 応があった。デブリじゃねえ、間違いなくエンジンの駆動熱だ」

怒鳴るように問う男にやや投げやりに答え返す。

確かに微量ながら感知したのはこの宙域だが、この辺りはNジャマーの影響も強く、 レーダーやセンサー類も不調が大きい。

苛立ちながら、血走った眼で周囲を見渡していたが、そのモニターがある映像を捉え た。

やや離れた位置に移動する白い機影。モニターがズームされ、その機種を検索するも、 『UNKONWON』という文字が表示される。だが、男はその映し出される機影にニヤついた笑みを 浮かべた。

データが無くて当然のものだ。映し出されるのは白いMS。先程、自身の機体をペイン トまみれにし、自尊心を大きく傷つけたあの忌々しいザフトの新型機がまるで獅子に狙われた小兎のように逃げまとっている。

「おい、奴だけか? あのジ ンは?」

「知るか、だが目的は奴だけ だ! 追い込むぞっ」

「「おうっ!!」」

僚機と思っていたジンが見当たらないのは不審に思ったものの、目的はあくまで新型機 とこの屈辱を晴らすことだけ。その欲望に突き動かされ。3機のストライクダガーはセレスティに向かって加速する。

その姿は、兎を狙う獅子というよりは、弱者に襲い掛かるハイエナそのものだった。

追い縋るように加速してくるストライクダガーにモニターで確認したマコトは内心、 ガッツポーズを決める。

「よしっかかったっ」

相手はこちらの誘いにのった。あとは、時間を稼ぐだけ。なるべくデブリが密集し、障 害物が点在する宙域に向かってセレスティの軌道を修正する。

密集している空間へと逃げ込むセレスティの行動を疑問に思うことなく後をさらに加速 して追いつこうとするが、そこへ立ち塞がる無数のデブリ。

デブリ内での活動に慣れているマコトは限界ギリギリのスピードでデブリ内を進むも、 それと異なり、3機のストライクダガーはデブリを避けるのに静止や減速を頻繁に行い、なかなか追いつけずに足止めを余儀なくさせられていた。真っ直ぐ飛ぼ うものなら、間違いなく激突する。加速を殺し、デブリに気を配りながら後を追おうとするも、縦横無尽に浮遊し、また進路上に現われるデブリに男達は苛立ち を憶える。

「くそっ、なんで追いつけね えっ」

立ち塞がるデブリに悪態を衝く。流石の彼らもこれだけ密集したデブリ帯のなかを動く ための技量は低かった。

だが、マコトは違う。仮にもジャンク屋として危険な場所での活動も行ってきた。こう したデブリ帯を抜けるにはどう動くべきかも。このデブリ帯がマコトにとって微力な助けとなっていた。特にこの辺は激しい戦闘が行われた影響で不発弾や未だ にエネルギーが滞留しているエンジンを積んだ戦艦やMSの残骸もあるのだ。下手に行動すれば、まず間違いなく自分達まで巻き込まれる。そのために、一定の 距離を保ったまま、セレスティとストライクダガーは追いかけあいを続けていた。

「このぉっ」

いい加減、痺れを切らしたのか、先陣を切るストライクダガーがビームライフルを発射 した。だが、その行為はマコトよりも仲間の方の眼を驚愕に見開かさせた。

「ばっ!」

言い止めるよりも早く、放たれたビームがセレスティに届くこともなく、前方に立ち塞 がったデブリに着弾し、デブリが砕け散る。視界が遮られたばかりか、その破片は加速して破壊した者の方へ流れ、襲い掛かった。

「うおっ」

降り掛かる破片にようやく気づいたのか、シールドを掲げて破片を受け止める。幾度も 当たる破片がシールドへ振動し、機体を揺さぶる。

加速を持った質量が相殺されず、シールドの表面を傷つけていく。

「なに考えてるんだってめ えっ!」

「こんなとこでぶっ放すなっ 俺達がやられちまうっ」

仲間からの罵倒に男が悔しげに歯噛みし、その苛立ちをぶつけるかのようにモニターに 映るセレスティを睨みつけていた。

こんな事態になったというさらなる憤怒を滾らせて、男は言い捨てた。

「うるせえっそれよりあいつ を捕まえるぞっお前は回り込め。俺らで追い詰めるっ」

責任転嫁するように喚き散らし、悪態を衝きながら分散する。仮にも一時期は軍組織に 身を置いていたゆえか、紛いなりにもフォーメーションは考えていたらしく、一機が別方向に飛び、隊列を離れると同時に残りの2機が加速し、セレスティに追 い縋る。

その様子をモニター越しに確認したマコトはやや唖然とした面持ちだった。

まさか、こんなデブリが密集した危険な宙域で火器を使用するとは思わなかった。下手 に火器を用いれば、間違いなく自身にも危害が及ぶ。どうやら、くだんの連中はこうした悪条件での運用錬度は低いと踏み、うまくいけば当初の予定通り時間を 稼げると踏んだ。

「なんとか稼げる…ん?」

次の瞬間、モニターに映っていたストライクダガーが一機消えた。機体トラブルかと 思ったものの、確認をする術はなく、まさかマーレのジンを捜しに行ったのではと微かな動揺を憶えるも、それも距離を詰めてきたストライクダガーに掻き消え た。

ストライクダガーはシールドを前面に押し出し、デブリを強引に弾きながら向かってき た。

「なんて無茶しやがるっ」

常軌を逸しているとしか思えない行動に距離を取ろうとするも、こちらもこれ以上ス ピードを上げれば、デブリに激突する可能性が高くなるため、迂闊に加速できない。

そうこうしている内に徐々に狭まる距離。死の予感がひしひしと伝わるなか、マコトは せめてもと手にしていた模擬弾を放った。

銃から乱射される模擬弾はストライクダガー2機の前方で着弾し、内装されているペイ ントを周囲に撒き散らし、視界を遮る。

「このっ」

「往生際の悪い真似しやがっ てっ」

遮られる視界に無駄な足掻きと罵り、ますます憤怒を募らせていくも、そんな声が聞こ えるはずもなく、その隙に離脱し、なんとかデブリ宙域の外周部目掛けて向かおうとしたが、そこへ背筋を凍らせる警告音が轟いた。

「っ!!?」

ハッと顔を上げると、レーダーからロストしていたもう一機のストライクダガーがデブ リの陰から突撃してきた。ノズルを噴かし、加速するストライクダガーのコックピットでパイロットが不適に嗤う。

「さあ、鬼ごっこは終わりだ ぜっ」

バルカンを発射するストライクダガー。弾丸がセレスティに襲い掛かり、激しい振動が 機体を揺さぶる。

「うわぁぁっ」

呻くマコトは我武者羅に操縦桿を動かし、セレスティは銃を構え、ペイント弾を発射し た。ペイント弾をシールドで受け止め、一気にコックピットを潰そうとするも、セレスティは突如銃を握っていた腕を振り上げ、その行動に眼を剥いた瞬間、銃 身が振り下ろされた。

コックピットだけを狙った行動が仇となったのか、接近しすぎたストライクダガーの頭 部目掛けて振り下ろされた銃身がその質量と加速を持って頭部に殴打され、銃身が歪むと同時にストライクダガーの頭部もひしゃげ、破壊された。

それはあまりに偶発的なものが重なっただけに予想ができなかった。頭部が潰され、モ ニターがブラックアウトした瞬間、今度はパイロットの方が混乱に陥った。

「な、なんだよっおいっ」

それは彼にとって経験がなく…しかし、知っている状況だった。軍属時代にシミュレー ションで何度か経験した撃墜時の状況に似ていた。突如眼前にちらついた『死』に恐怖に顔を引き攣らせそうになりながら息を呑む。

動きの鈍ったストライクダガーにマコトは思考がようやく動き出し、無意識に操縦桿の トリガーを引いた。

刹那、セレスティの頭部のレーザーバルカンが火を噴き、ストライクダガーに降り掛か る。唐突に響いた音にビクっと身を竦ませた瞬間、ストライクダガーの剥き出しになった駆動部に着弾し、まともな整備を受けていない破損箇所から火が昇り、 関節部が爆発した。

小規模な爆発とともに右肩が吹き飛び、それを確認するや否やマコトは慌てて操縦桿を 引き、機体を離れさせる。

煙を噴き上げるストライクダガーを呆然に見詰め、止まっていたかと思うほど呼吸を荒 げ、激しく躍動する心臓を抑えるように左胸を押さえる。

生きているという心地も束の間、残りの2機のストライクダガーが追いついてきた。確 認すると同時に砕けた銃を捨て、慌ててその場を離脱する。

後に残されたストライクダガーは身動きがとれなかったが、そんな状態を確認したにも 関わらず、2機のストライクダガーはそれを無視し、セレスティに向かって加速していった。

彼らにとっては眼の前の獲物のみしか視界に映っていない。この世界、躓いた者を助け るようなお人好しは生き残れない。彼らが常日頃考えていることだった。彼らも仲間が死んだと切り捨てたのだ。

置いてけぼりにされたストライクダガーの灯りの落ちたコックピットで、男は膝を抱え るように身を屈めた。

「待ってくれ…置いていかな いでくれ……独りにしないでくれぇぇぇぇ」

コックピット内で悲痛な叫びを上げるも、それはもはや仲間と思っていた者達には届か なかった。

そして、そんな哀れな彼を招くように、無数のデブリがストライクダガーの周囲に浮遊 していた。

 

 

マコトが必死にストライクダガーの注意を引きつけるなか、マーレのジンは静まり返っ た演習場内を飛行していた。

先程の演習も、海賊に襲われたという状況もまるで無かったかのような静寂。だが、 マーレの内で何かが燻っているのも事実だった。

(何故だ…何故奴は俺を助け ようとする……)

何度も頭のなかを反芻する疑問。自分でいうのもなんだが、マーレはナチュラルが嫌い だ。いや、自分の思い通りにいかないことを理不尽に感じる。だが、それは仕方ないことだ。人間、自分にとって不都合な事態が起これば、それを何かに理由付 けて自分とは関係ないと思い込みたくなる。

何でもかんでも自分の不徳、不器用さと自己批判なり反省ばかりできるような人間は少 ない。故に、ナチュラルであるマコトが自分達の敷地内で動くのも我慢ならなかった。そして、あの自分を見透かしたような視線を向けたカスミという少女を 庇った行動。そんな正義感じみた真似がマーレの癪に障ったのは確かだった。

だから、少しほど身の程を教えてやろうとしただけが、逆にやられ、海賊の襲撃を受け る始末。おまけにその罵倒した相手から、逃されるなど…怒りを通り越して滑稽だと思わざるをえなかった。

もう少しで演習場の外部に辿り着く。そこまで行ければ、母艦との通信も可能になるだ ろう。このまま自分だけ逃げ延びればいい、と……そんな考えが一瞬巡った。

自尊心を大きく傷つけたマコトを見捨てれば、あの敗北は無効になる。どんな状況であ れ、戦う以上は勝ち残った者こそが正しいのだ。

『カルネアデスの板』だ。だが、とそんなマーレの内に巡る葛藤。このまま見捨てたと しても…この内に沸き上がった燻りは消えそうにない錯覚を憶える。このままでいいのかと…このまま見捨てれば……自分の汚点は清算できない、と――――

「ぐっ」

自分でも解からぬ葛藤に苛立っていたマーレの耳に、通信機からノイズ混じりの声が聞 こえてきた。

《聞こ…る? こち……カ… マー……コト、応答…》

ハッと我に返り、マーレはその声に気づいた。どうやら、通信が回復できる範囲まで到 達したようだ。受信しようと、パネルを叩き、周波数を合わせる。

「こちら、マーレ=ストロー ド。リーカ、応答しろ」

《マーレ? よかった、やっ と繋がった》

安堵したように答えるリーカにマーレは表情を顰めたままだ。

《マコトは? 貴方達が演習 場の奥に消えてから急にレーダー類が不調を起こして、連絡が取れなくて心配してたんだけど?》

その問い掛けに答えることなく、マーレは無意識にジンを静止させた。ここまで回線が クリアになったということは、母艦は近いだろう。このまま合流すればいい。それからマコトの危機を教えてやればいい。そうすればマーレにとって落ち度はな にもない。そんな考えが巡りそうになった瞬間、脳裏にカスミの言葉が過ぎる。

 

 

―――――貴方は、怖いの?

 

 

内を見透かしたような視線と声。ギリっと奥歯を噛み締める。

「怖れる? この俺が…怖れ ているだと?」

それは何に対してだろうか…それは、マーレ自身も気づいていない内の奥底に巣食う恐 怖。あの2年半前の戦い。ジブラルタル基地防衛戦で今まで侮っていたナチュラルの操縦するMSに敗れた刻、マーレは初めて戦いというものに恐怖を憶えたの だ。

今までプライドとしてきたコーディネイターとしての優越性。それが覆された瞬間、 マーレの内で存在意義を否定され、それを自覚しないために、ナチュラルに対して嫌悪感を持つということで己のアイデンティティを保とうとした。

無意識に怖れていた…ナチュラルが……いや、自分が負けるということに………マーレ はそんな己を罵倒するように叫んだ。

「俺は怖れてなどいないっ、 俺は、俺はマーレ=ストロードだっ」

ナチュラルなどに借りをつくって溜まるものかと、マーレは息巻いて周囲を見渡すと、 そこへ漂ってきたものに眼を見開く。

そして、躊躇うことなくそれを左手で掴み、アクセスして調べると同時に自身の望む答 が弾き出されると、笑みを浮かべる。

《マーレ、どうしちゃった の?》

急に声を上げ、戸惑うリーカだったが、そんなリーカに構うことなくマーレはジンの進 路を反転させ、今一度デブリの奥を見据える。

「リーカ、あのナチュラルが 海賊に襲われている。シン達を援護に寄越せ」

《え? ちょっそれってど う…》

一方的に告げると通信をカットし、マーレは視線を前へと向ける。

「ふざけるなよ…俺は負け犬 じゃない、ナチュラルに哀れまれるなど、あってたまるかっ」

叫ぶや否や、マーレはスロットルを踏み込み、ジンのスラスターは火を噴き、真っ直ぐ に加速する。

その姿は、猛々しさを漂わせる戦士の様相を呈していた。

 

 

「マーレ、マーレってばっ」

外周部に静止する艦のブリッジで、リーカが通信に向かって呼び掛けるも、回線が切ら れてしまったらしく、返事はまったく返ってこない。

「もうっ」

悪態を零すリーカだったが、その様子が只ならぬものだったので、ジェスが覗き込むよ うに問い掛ける。

「何かあったのか?」

「あったどころじゃないわ よっ」

怒鳴るように返すリーカに思わずたじろぐジェスだったが、そんなジェスを気にも留め ず、リーカは別の通信回線を開いた。

「シン、ステラ、聞こえ る?」

《ど、どうしたんだ?》

唐突に怒鳴るように話すリーカにシンも思わず眼を見開くも、次に発せられた言葉にそ の表情が驚愕に変わる。

「大変よ、マコトが海賊に襲 われてるってっ」

《何だって?》

「ホントかよっ?」

ジェスも信じられず、声を荒げる。

「詳しくは解かんないけど、 マーレからの通信じゃそうらしいって……」

リーカもマーレから一方的に告げられただけだから詳細を知りえないが、流石に真偽の ほどを確かめる術もない。

「でも、さっきからセンサー やレーダーもなんだか不調気味だし…マーレの反応もまた消えちゃったから」

この演習が始まって少ししてから、艦のセンサーやレーダー類が突然不調をきたしたの だ。最初はこの演習場に散布されたNジャマーの影響かとも考えたが、それにしては不可解な部分が多く、不安を憶えたリーカはマコトとマーレに連絡を取ろう としたのだが、通信も雑音のみで繋がらず、より不安を掻き立てていた。

それだけに先程のマーレからの通信は驚くなという方が無理だった。

だが、その通信を送ったマーレのジンの反応もまた消え、それがより真実味を帯びてい る。

《解かった、俺とステラで捜 索に出る、ハッチを開けてくれ》

躊躇うことなく告げるシンと頷き返すステラにリーカも応じ、格納庫のハッチを開放さ せる。

ハッチが開放され、格納庫に固定されていたジンがハンガーから起き上がり、ハッチ部 分へ歩み寄っていく。輸送能力しかないこの艦には、戦闘艦のようなカタパルトが無いため、MSは自力で発艦しなければならない。

赤いパイロットスーツを着込んだシンとステラがコックピットで状態を確認し、積み込 んであった突撃銃を装備し、操縦桿を引いた。

スラスターが火を噴き、2機のジンが艦より発進する。そのまま艦のブリッジ正面まで 移動すると、シンはリーカに問い掛ける。

《マコト達の最後の反応は どっからだ?》

「待って、今転送するわ」

最後に機体反応が確認された座標を割り出し、そのデータを2機に転送する。送られて きたデータを確認し、その方角を見据えるように向きを変える。

そして、2機のジンが加速し、デブリ内に消えていく。その姿を見送る一同。不安な面 持ちを浮かべるジェスやリーカ、厳しげに表情を顰めるカイト。

コートニーは無言のまま、シートに着き、コンソールを叩きだし、その行動にリーカが 視線を向ける。

「コートニー?」

「彼らの位置が掴めない以 上、こちらも安全とは言えない。敵の正確な数が把握できていないからな」

マーレからの通信では海賊による襲撃のみで、その敵がどのような機体を使用し、また どの程度の数なのか、それらの情報が伝わっておらず、またかなり広範囲に行動している彼らを把握することもできず、またこの艦にも伏兵がいた場合の対処手 段が弱い。

だからこそ、コートニーは、最善の手段をできるだけ打とうと、この演習場付近に友軍 がいないか探索していた。

アーモリー・ワンが近隣にある以上、この近くにも友軍がいる可能性が高く、彼らの助 力を仰ごうとしていた。

数分後、コートニーの眼が微かに見開かれ、息を呑み込む。

「いた。彼らに通信を送る」

「何処の部隊?」

やや驚きに眼を張る。

この使用頻度の低い演習場に他の部隊か警備部隊でもいたのだろうか。相手が海賊であ る以上、最低でも迎撃できるだけの装備がある部隊でなければ。

「アルファチームだ。幸い に、実弾演習中らしい」

「あの子達? だったらホン ト都合がいいじゃない!」

弾んだ声を上げ、リーカとコートニーは慌しく作業を行う。それを見やりながら、何も することができないジェスはただ彼らの無事を祈り、モニターに映る宇宙を見詰めるのであった。

 


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