デブリのなかを逃げるセレスティとそれを追随するストライクダガー。息を乱しながら も、マコトはレーダーに眼を向ける。

モニター上に表示される光点は2つ。あの一機はどうやら行動不能にできたようだ。あ の瞬間を思い出すと、震えが背中を這って言いようのない不安と嘔吐感がこみ上げるも、それをなんとか抑え込み、マコトは逃げることに意識を集中させる。

確かに、囮としての役割は果たせているが、予想外なのは相手の方だ。仲間が行動不能 になり、この不安定なデブリのなかに取り残されているというのに、相手は救助することもなく自分を追いかけてきている。

「こいつら、仲間を見捨てた のか」

信じられないといった表情で呟く。まだ他にも仲間がいる可能性は否定できないが、そ れでも眼の前で被弾した仲間の機体を放り出してまで追いかけてくるとは、マコトからしてみれば信じがたいことだった。

だが、そんな逡巡をしている間もなく、ストライクダガーはなおも加速し、距離を徐々 に追い詰め始めている。

エネルギーインジケーターに眼を向けると、もうバッテリー残量が残り少ない。徐々に 加速も弱まってきている。もう外周部付近に近づいてもいい頃だ。

(後少し、保ってくれっ)

祈るように叫ぶも、運命は彼に味方しなかった。バーニアからの点火が弱まり、失速す るセレスティ。推進剤が底をついたのだ。もう、長距離航行はできない。

「くそっ」

歯噛みしながら、セレスティは少しでも機体を安定させようと浮遊していたデブリに取 り付き、足をデブリの表面に張りつけ、踏ん張るように佇む。

その様子に男達は醜悪な笑みを浮かべる。

「へっ、どうやら動けなく なったようだな」

「散々手間かけさせやがっ て…楽に死ねると思うなよっ」

狂気を爛々と滲ませ、ストライクダガーのバイザーが鈍く光り、ビームライフルを構え ながらセレスティに向かう。

そして、佇むセレスティのなかでマコトはやや引き攣った顔を上げる。

それは、覚悟を決めたもの…たとえ相手が何であれ、戦う。生き延びるために。

「こういう状況、何て言っ たっけ…窮鼠猫を噛むだったっけ」

追い詰められた鼠も、極限にまで達すれば猫にだって喰らいつく。なら、自分も喰らい ついてやる…遊び半分で追い掛け回すような相手の喉元を……そんな覚悟でマコトはセレスティの右手に腰部の柄を握り締める。

もはや模擬銃もない。飛び道具がない今、セレスティの武器は腰部のビームサーベルの み。抜くと同時に展開されるビーム刃。

「持続時間は5分…っ」

残り少ないバッテリーを回しているのだ。長くは保たない。そんなセレスティを無駄な 足掻きと取ったのか、それとも武器を持ち出したことに警戒したのか、距離を空けたまま静止するストライクダガー。

「おい、あいつビームサーベ ルを構えたぞ」

「へっ、だがあれだけだろ う。なら、ライフルで狙い撃ってやる」

映像で確認した限り、装備はあのビームサーベルのみだ。模擬銃は先程の乱闘で破損 し、既にない。最も、そんなもの武器には入らないが。

そして、セレスティが構えるのはあのビームサーベルのみ。どうやら、哀れな兎の最期 の威嚇といったところだろうが、牙を剥く獅子には何の意味もない。

無常に構えられ、その鈍く光る銃口がセレスティを狙い、マコトは息を呑む。結局、 マーレは間に合わなかったかと、内心悔しさがこみ上げるも、そんな感傷すら無意味なものに変わろうとした瞬間………ストライクダガーに向かって衝撃が走っ た。

「なにっ!?」

「なんだっ!?」

突如背後から襲い掛かった衝撃に構えていたライフルの銃口が逸れ、態勢を崩す。だ が、機体に響くのは振動のみで物理的なダメージはない。よくよく見ると、ストライクダガーのバックパックが黄色に染まっていた。

その光景にマコトは眼を見開き、その攻撃が放たれた方角に視線を向けた。

そこには、右腕を喪ったジンが左手に構えた銃を放っていた。ストライクダガーに向 かって放たれる銃弾。だが、それはただのペイント弾で相手の注意を逸らすしかできないもの。

「マーレ、何で…っ?」

紛れもないマーレのジンが何故ここに…逃げたはずではなかったのだろうか。困惑する マコトとは対照に、ペイントまみれにされるストライクダガーのコックピットで、男達は怒りに顔を真っ赤に染めていた。

こんな無意味なペイント攻撃を仕掛けるジン…その損傷具合から、セレスティと共にい た機体であるということは理解できた。

姿を隠していたのは味方を囮にして逃げたか、何かの装備でチャンスを窺っているかも しれないとも踏んだが、そのどちらも外れ、男は忌々しげに吐き捨てる。

「鬱陶しいんだよっ、てめ えっ!」

身体の奥底から沸き上がる不快感をぶつけるように加速するストライクダガー。なおも こちらに模擬銃を構えるマーレのジン。

その向けられる銃口に恐怖ではなく敵意と殺気を向け、よけようともせず真っ直ぐに突 撃する。ペイント弾など、何発受けても関係ない。

「死ねぇぇぇっ、宇宙の化け 物どもぉぉぉぉっ!!!」

吼え上げながらジンに向かってビームサーベルを振り上げるストライクダガー。もはや かわせない密着状態での斬撃。マコトが声を上げ、その場の誰もがジンが斬り裂かれる光景を思い浮かべるも、マーレ本人はその口端を不適に薄めた。

刹那、ジンは模擬銃を捨て、素早く背腰部に左手を回し、手が再び取り出された瞬間、 その左手には何かが握られていた。

それを確認する余裕もなく、ただ真っ直ぐに向かうストライクダガー目掛けて、ジンは 左手に握るそれを投げつけた。

「っ!!?」

突如、真正面に迫る黒い物体。それが何か、視認した瞬間…モニター向こうから放たれ た閃光にコックピットは覆われ、その閃光のなかに意識が掻き消えた。

爆発に覆われるストライクダガーのコックピット。ジンが投げつけたそれ…それは、こ のデブリ帯に漂っていたMS用のグレネードだった。ピンが抜けた、いつ爆発してもおかしくない手榴弾と同じもの。それがストライクダガーのコックピットに 当たった瞬間、衝撃が安全装置を外し、爆発したのだ。

至近距離で…しかも相手が非武装と決め込んで無防備に突撃したため、コックピットに 直撃されたストライクダガーはボディ部分の爆発により態勢を崩し、そのまま失速してジンの後方に流れ、やや離れた位置に浮遊していた残骸に激突し、次の瞬 間、爆発に包まれた。

「へっ、ざまあみろ」

その様子をしたり顔で吐き捨てる。

模擬銃しか持っていないと油断した結果がこうだと…あの通信を入れてすぐに近くに浮 遊していたMSの残骸に装備されていたグレネードを掴み、それを隠すように装備してマーレは戦闘の熱分布を頼りにこの位置を割り出した。

なんのことはなかった…元々マコトも外周部目掛けて逃げていたのだから、Nジャマー の影響が弱まってその位置を特定できたにすぎなかった。

だが、その攻撃は効果的だった。非武装と思っていた敵機に続けて僚機を2機も墜とさ れては、流石に軍人崩れとはいえ、警戒を強めるには充分だった。

残された最後の一機のコックピットで、男は冷や汗を浮かべながら、ジンとセレスティ を交互に見比べていた。

そして、この状況に対し、背筋を這うような不安と理不尽さがこみ上げてきた。こんな はずではなかった。自分達は狩る側の存在だったはずだ。

哀れな獲物をしとめ、それを元手に悠々自適な生活を送るはずが、仲間は墜とされ、残 されたのは自分独り。

動悸が激しくなり、呼吸も荒くなる。この緊張感は2年半前の戦争時以来のものだ。こ の感覚が嫌で、脱走したというのに……今まで、こんな不安は無かったはずなのにと、何度も内心に叫ぶ。

そんな神経をよりすり減らせるようにセレスティとジンは睨むように視線を向けてい る。そのカメラアイが輝き、それが引き金となったように、男は悲鳴を上げて操縦桿を引いた。

バーニアが噴き上げ、ストライクダガーは恥も外聞も関係なく、その場から離脱した。

突如離脱したストライクダガーにやや唖然となっていたが、やがて敵が逃げたと頭が理 解するとともに、マコトは大きく息を吐き出し、肩を落とした。

寿命が数年分縮まったような感覚で、自分がまだ生きているという実感を感じ、安堵の 面持ちでシートに背を深く沈めた。

 

 

離脱したストライクダガーは必死にデブリのなかを逃げまとい、母艦に向かっていた。 母艦といっても駆逐艦を改装したもので、乗員はほとんどいないが。

だが、それでも今は逃げることに必死だった。このままでは、自分もあの二人のように 殺されると…最初の強気は何処へやらと思うほどの恐怖に縛られ、母艦の座標を目指していたが、その宙域に到着した瞬間、男の視界に信じられないものが飛び 込んできた。

「な、なんだよ…これ」

震える口調で呟く先にあるのは、デブリのなかでは珍しくもない戦艦の残骸。だが、そ れは周囲を漂う他の残骸に比べればまだ真新しげな雰囲気を漂わせている。それは、彼らの母艦の成れの果てだった。

ブリッジとエンジン部分のみを正確に撃ち抜かれ、誰に気づかれることもなくこのデブ リの仲間入りをはたしていた。

男は酒を呑みすぎて悪酔いでもしているのかと思い込みたくなるような悪夢の連続だっ た。

その時、コックピットに熱源反応のアラートが鳴り、反射的に振り向いた。振り向く と、ストライクダガーのほぼ真後ろに一体のMSが佇んでいた。だが、その姿は宇宙の闇に包まれ、ハッキリとは判別できない。

だが、そんな得体の知れないMSが唐突に現われたというのに、男は警戒ではなく安堵 の面持ちを浮かべた。

「あ、あんたか…は、話が違 うじゃねえかっ」

安堵を浮かべてすぐに責めるような口調で喰って掛かる男。そのMSは、男にとって顔 馴染みとまではいかなくても知らないものではなかった。

「新型機がここで模擬戦をや るから簡単に奪取できるって…あいつら、コーディネイターじゃねえかっ、俺達が勝てるわけねえ」

彼らがマコト達の演習の情報を齎したのは、この眼前のMSのパイロット。だが、伝え られたのはその演習を少数で行うという情報のみ。それを誇大解釈して、容易に新型機を手に入れられると思い込んだのは彼らの方なのだが、そんなものは遥か 忘却の彼方に置き去り、男はただ相手を罵ることと助かることのみしか考えていなかった。

「お、おいっ俺を助けろ…こ んな目に遭わせやがって」

身勝手に言い募る男だったが、相手は無言のまま。それが男の神経を逆撫でし、ますま す憤る。

「おいっ聞いてんのかっ」

反応がないことに苛立ち、思わず掴み掛かろうとした瞬間、振り上げたストライクダ ガーの腕を掴み上げた。

「なっ!?」

引っ張り上げられるストライクダガー。そして、ほぼ眼前で佇むMSの頭部のツインア イが不気味に輝き、男は先程までの憤りではなく、別の感情に支配された。

「じょ、冗談だって…た、助 けてくれよ」

今度は逆に必死に命乞いを始めたが、それにも無反応のまま…次の瞬間、MSの頭部に 備わった大型のマルチプレートアンテナが光り、それに一瞬眼を閉じる。そして、突如ストライクダガーのコックピット周りの計器が動き始め、驚愕する。

「な、何だ…何をしたっ?」

離されたストライクダガーは男の意識とは関係なく、動き始め、そのあり得ない事態に 混乱する。

その様子をまるで満足気に見るように、MSのコックピットのなかでパイロットらしき 人物が僅かに差し込む口元を薄く歪めた。

「行け」

誰にも聞こえることない小さな声色。

だが、それに呼応するように、ストライクダガーは男の意志を無視し、身を翻して加速 する。

「う、うわぁぁぁぁぁっ」

男が悲鳴を上げるも、そんな主を無視し、ストライクダガーはバーニアを噴かして飛び 立つ。向かう先は、先程逃げ去った演習場の外周部。

飛び去っていくストライクダガーを見詰めるMS。そして、バックパックから巨大な翼 にも似たスラスターが展開され、謎のMSもその場を立ち去る。

哀れな生贄を餌にして……目的を果たすために……………

 

 

 

「なんであんた、逃げなかっ たんだよ?」

敵が去った後、マコトは推進剤の切れたスラスターに代わり、AMBACでなんとか被弾したジンの傍まで寄ると、疑問に感じたことを尋ねた。

マーレを逃し、救援を呼んでもらうために囮という危険な役割を買って出たというの に、肝心のマーレがこの場に戻ってきたのではまったく意味がなかったのではないか。

だが、マーレは不遜な態度で鼻を鳴らす。

「フン、ナチュラルに助けら れるなど、俺にとっては我慢ならん」

その口調の悪さは相変わらずだが、以前までのような不快なものをあまり感じず、マコ トもやや困惑する。

「リーカには連絡を取った。 すぐ迎えが来る」

投げやりな態度で言い放つと、話は終わりとばかりにシートに凭れようとするが、何か を逡巡するように口ごもると、やがて真剣な面持ちのままセレスティを見やった。

「おい」

唐突に掛けられた声にマコトも回線に耳を向ける。

「貴様のこと、少しは認めて やる。ナチュラルにも、少しは見所のある奴がいるらしいな。あのガキにもあとでそう伝えろ」

言い捨てると同時にシートに身を乱暴に預ける。自分らしくない言葉にマーレは軽く自 己嫌悪した表情で顰めた。

マコトの方も唐突に放たれたマーレの言葉に呆気に取られていた。だが、やがてその表 情が緩み、温和なものに変わる。

追求されるのも言葉を掛けられるのも嫌なのだろうと敢えて言葉をかけようとせず、マ コトはセレスティの状態把握に掛かろうとした瞬間、コックピットに再び警告音が鳴り響いた。

「っ!?」

マコトだけでなくマーレもそのアラートに眼を見開く。慌てて確認しようとするも、気 を緩めていたため、反応が遅れる。

刹那、2機を掠めるように放たれるビーム。その放たれた方角をモニターで確認し、先 程撤退したストライクダガーが映し出され、驚愕と戸惑いを憶える。

「なっ、あいつ、逃げたん じゃないのかっ?」

欺いただけだったのか、そんな逡巡の間もなく、ストライクダガーはビームを浴びあせ てくる。セレスティはこの特殊な装甲のおかげで掠めた程度なら致命傷にはならないが、ジンは一発でも受ければそれでお終いだ。

だが、もはやバッテリーも推進剤も切れ、満足に動くこともままならない2機はいい的 だった。

相手のストライクダガーも同じ状態のはずなのに、相手はまるでこちらをしとめる気し かないようにビームを連発してくる。

やがて、ビームが切れたのか、ストライクダガーはビームライフルを捨て、バックパッ クからビームサーベルを抜き、刃を展開すると同時に加速する。

「くっ」

せめて受け止めようとビームサーベルを構えた瞬間、彼方より一条の閃光が飛来した。

セレスティとジンの直上を掠め、真っ直ぐに伸びる閃光がストライクダガーのコック ピットを撃ち抜き、制御を失ったストライクダガーはそのまま体勢を崩し、2機を避けてあらぬ方角へと流れ、デブリを抉りながら墜落した。

煙を噴き上げ、機能を停止するストライクダガーを見詰めながら、茫然とした面持ちで マコトは先程の閃光が放たれた方角を見やった。

レーダーサイト内に反応はない…それから考えると、相手は遥か遠く離れた位置から動 くMSのコックピットのみを正確に撃ち抜いたということになる。恐ろしいほどの射撃精度だ。

また新たな敵かと思い身構えるが、その方角より迫る機影が捉えられた。機種を特定し たコンピューターがデータを表示する。

 

―――――ZGMF-1000

 

「ザク…?」

掠れた声で囁き、今一度モニターに眼を向けると、こちらへと接近してきたのはザフト のザクウォーリアだった。白を基調としたカラーリングに紅をポイントカラーにしたような一般機とは違うタイプだった。

「こちらアルファ3、セス= フォルゲーエン。そこの民間機、及びジンのパイロット、無事か?」

通信機から聞こえてきたのは女性の声。そのギャップにマコトはますます眼を丸くす る。

「セス? 貴様か?」

「マーレか。どうやら無事の ようね」

相手を判別するやいなや、マーレが問い掛けると、セスと名乗った女性は紅と紫のオッ ドアイを瞑目させ、2機の前で立ち止まった。

「貴様が何故ここにいる?」

「ご挨拶ね。たまたま私達も ここで演習していた。そこへ救援要請の通信が来たから、救援に来た」

簡潔に答え返すセスにマーレもやや表情を顰める。どうやら、マーレはこのセスのこう いった沈着なところが苦手らしい。

「アルファ1と2が道中被弾 していたダガーを回収、牽引している。もうすぐシンとステラが来る。それまではおとなしくしてなさい」

ミネルバ配属のザクの部隊、アルファチーム。アルファ1はレイ、2はルナマリア、3 はセスがコールサインになっている。もっとも、これも暫定的なもので、ミネルバが正式竣工の暁にはコールサインも変更になる予定だが。

彼ら3機もまた、この演習場でフォーメーションの演習中にコートニーからの通信を受 け、そして救援に向かい、その途中で被弾したストライクダガーを発見し、牽引をレイとルナマリアに任せ、セスは独りマコトとマーレの捜索と救援に来たの だ。

黙り込むなか、マコトはモニター越しにザクウォーリアを見やる。SOUND ONLYのため、相手の顔は確認できないが、その名乗った名。

「フォルゲーエン、か」

ほとんど顔も憶えていない亡き母の旧姓。だが、ただそれだけ…深く考えず、マコトも 緊張の糸が切れたように深い疲労に襲われ、シートに身を沈めた。

セスはコックピットで周辺を警戒しつつ、視線を一瞬セレスティに眼を向けるも、一瞥 しただけすぐに外す。

数分後、シンとステラのジンが合流し、被弾したセレスティとジンを牽引し、彼らは無 事に帰還することができた。

帰還後、流石に海賊に襲撃されたということで簡単な聴取はあったものの、それ程の処 罰はなかった。

肝心の模擬戦の勝敗は有耶無耶になってしまったが、マコトには関係なかった。自分の 信じたことが、間違っていなかったと確信したのだから……

 

 

 

 

あれより数日後……アーモリー・ワンでは平和な日々が続いていた。

あの海賊の襲撃の一件以来、特にトラブルもなく、セカンドシリーズの性能試験も無事 消化が進んでいる。

そんななか、マコト、ジェス、カイトの3人は連れ立って軍施設を歩いていた。

「マコト、その新装備っての は今日届くのか?」

「ええ。連絡では、もう届い て搬入作業に入っているはずです」

数日前にジャンク屋本部から届いた連絡。アーモリー・ワンでのセカンドシリーズ撮影 に際し、民間機であるアウトフレームでは、宇宙空間での撮影時にその機動性についていけず、なかなか満足のいく写真が撮れずにいた。そんなジェスの不満を 解消すべく、彼のサポート役である8が一肌脱いだのだ。

「けど驚いたよな、8がアウ トフレームの新装備を発注してくれてなんて」

「どんな装備なんだか」

また面倒事が増えるのかとやや疲れ気味に肩を竦めるカイト。そんなカイトに8は文句 をつけるように文字を表示させる。

【私ガ設計シタノダカラ完璧 ダ】

口を尖らせるような文字にジェスも苦笑し、宥めるように呟く。

「これでもっといい画が撮れ るようになれれば助かるぜ」

軽快な足取りで向かうなか、彼らの機体が格納されている倉庫が近づいてきた。それに 伴い、3人の耳に声が聞こえてきた。

「ん?」

「え?」

アウトフレームのバックホーム間近で思わず立ち止まる。バックホームの最上階部分か ら聞こえてくる唄声。

「歌?」

首を傾げるマコトとは対照にジェスとカイトは何かに思い立ったらしく、顔を見合わせ る。

「おい」

「まさか」

息を呑んだと思った瞬間、ジェスとカイトは脱兎のごとく駆け出した。

「え? え?」

突然の奇行にマコトは眼を剥き、困惑する。だが、慌てて二人の後を追う。ジェスとカ イトはバックホームに飛び込み、奥に設置されている梯子に手をかけ、同時に昇っていく。そして、最上階へ辿り着き、部屋を覗き込んだ。

「あっお帰りなさいませ、 ジェス様♪ お食事できてますよ♪」

二人を出迎えたのはその髪と同じピンク色のエプロンに身を包んだ一人の少女。テーブ ルには豪勢な料理が並び立ち、食欲をそそる匂いを発し、手には新しく出来上がった料理を抱え、笑顔で挨拶する少女はそのままジェスを覗き込む。

「それともお風呂になさいま すか?」

首を可愛らしく傾げ、新妻よろしく問い掛ける少女にカイトは頭が痛くなるを憶える。

「やはりコイツか……」

【オカエリ!】

「セトナ! 何でここ に!?」

8は嬉しそうに答えるも、ジェスも呆気に取られながら呟いた。

そして、後を追って昇ってきたマコトもその異様な光景に二の句が告げないでいた。

「あの、お知り合い…です か?」

少なくとも顔見知りなのは確かなようなので、初対面のマコトは恐る恐る問い掛ける も、カイトは説明拒否し、ジェスが上擦った声で応じる。

「あ、ああ…彼女はセトナ= ウィンタース。その、以前撮影で知り合ったんだ」

「初めまして」

「あ、はい…こちらこそ」

にこやかに挨拶するセトナにやや赤くなりながら、慌てて頭を下げる。

だが、そんなマイペースなセトナにカイトは苛立たしげに話し掛ける。

「そんな事はどうでもいい、 いったいどうやってここまで来た? 軍事施設だぞ、ここは!!」

カイトの疑問ももっともだった。ここは一般のコロニーではない。入国管理が徹底され たプラント所有のコロニーだ。現在厳しい管理体制が布かれ、おまけに今ジェス達がいるのは一般に開放されていない軍施設だ。なんの許可もなしにここまで来 た方法が解からない。

だが、その問いにセトナは顔を俯かせ、言い淀む。

「……気がついたらここに」

「そんな訳ないだろっ!!」

テーブルを叩き、音を立てて怒鳴るカイトにセトナが涙目で震える。

「お、落ち着けってカイト」

「そ、そうですよ。怖がって ますし」

可憐な少女の涙…それに抗える男は少ない。何故か、妙な罪悪感を憶えるからだ。ジェ スとマコトが擁護するなか、椅子に座ってこの珍劇を見ていた人物が声を発した。

「あの〜〜お邪魔ひてます 〜〜〜」

テーブルの料理を食べながら、のんびりとした口調で話す人物に初めて気づいたように 一度は視線を向ける。

そこには作業服にそばかすといった女性とカスミが座っていた。

「あんた風呂の」

「あれ? セファンさん」

ジェスが問うより早く、その顔に見覚えのあったマコトは思わず名を呼ぶ。

「あ〜〜マコト君じゃないで すか〜お久しぶりです」

「ええ、レイスタを貰った時 以来ですね」

親しげに挨拶を交わす。ユンはレイスタを購入した時に手続きにきた担当だったので、 その後も何度かレイスタの整備や強化等で会ったことがある。

「でもなんでセファンさんが ここに?」

「セトナと一緒に来たの か?」

「いえ、ユン様は先程お一人 で……」

ユンの代わりに答えるセトナがナフキンを差し出し、それを頭を下げながら受け取る と、食事を終えた口元を拭う。だが、根本的なセトナの問題は解決せず、カイトは頭を抱えたまま、溜め息を零した。

「カスミ様、どうでしょう か?」

ユンの横でセトナの焼いたアップルパイを頬張っていたカスミは口元に欠片をつけなが ら、コクリと頷く。

「これ、美味しい。お代わ り」

甘いものを食べて喉が渇いたのか、コップを差し出すと、セトナは嬉しそうに頷きなが らすぐ横のキッチンにパタパタと歩み寄っていく。

その微笑ましい様子を眺めていた一同だったが、ユンが口元を拭き終え、一息ついて用 件を話し出した。

「はい、私はジャンク屋本部 から来ました〜御注文の品を持って…ご馳走様ですぅ」

その言葉に眼を輝かせるジェス。

「もしかして、アウトフレー ムの新装備か!?」

身を乗り出さんばかりに問うジェスにユンはのんびりと応じる。

「はい♪ ではご案内致しま す〜〜」

席を立ち、先導するユンについて行くジェスとカイト。

ただ、カイトだけはやや難しげな表情でユンを見ていたが…マコトもアウトフレームの 新装備が気になり、カスミを見やると…カスミは差し出された飲み物とアップルパイに夢中になっており、そのまま声を掛けず後を追った。

バックホームから降り、そのまま格納庫内を進むと、格納庫奥にジャンク屋組合のマー キングを施されたコンテナが置かれていた。

担当官が誘導灯で指示し、コンテナのハッチが開放される。開放され、真っ暗だったコ ンテナ内に差し込まれる光がその内にあったものの姿を浮かび上がらせる。

ゆっくりと車輪を動かし、コンテナ内から前進する機影は、小型の戦闘機を思わせる フォルムを持っていた。

「こいつが……」

【ソウダ、アウトフレーム専 用オリジナルストライカーパック、Gフライトダ】

興奮した面持ちで見入るジェスに8が自慢するように応じる。

「長距離航行用の支援パック か」

支援戦闘機をベースにしたようなフォルムながら、大型スタビライザーとノズル、単体 での航続距離や機動性強化に着手したストライカーパックのようだ。

接続時には、本体がバックパックに装着され、サブフライヤーが細かな軌道修正や制動 などを行えるようになるらしい。

「これなら追いつけるぞ、イ ンパルスに」

興奮と決意にも似た熱意を感じさせる表情でジェスはGフライトを見上げた。

 

 

数日後、大詰を迎えたセカンドシリーズ5機の機動試験は概ね順調に消化し、今回は5 機の連携を踏まえた模擬戦を行うため、演習場へ繰り出していた。

ナスカ級のカタパルトが開放し、誘導ラインが形成される。そして、発進体勢に入る5 機のセカンドシリーズ。

「シン=アスカ、インパルス いきます!」

「ステラ=ルーシェ、セイ バーいくの!」

「マーレ=ストロード、アビ ス出すぞ!」

「コートニー=ヒエロニム ス、カオスOKだ!」

「リーカ=シェダー、ガイア GO!」

ナスカ級より飛び立つ5機。フォースシルエット装備のインパルスが先陣を切り、トリ コロールのカラーリングが施され、それに続くセイバーに赤が、アビスに青が、カオスにダークグリーンが、ガイアが黒に彩られる。

そして、続けて発進体勢に入るのはGフライトを装備したアウトフレーム。

《ジェス、スタンバイよろし い?》

「ああ、いつでもいいぜベ ル」

ベルの管制に従い、発進口に移動するアウトフレーム。コックピットでゴーグルを下ろ し、加速時に眼の神経を傷めない準備をし、迫る発進の時を緊張した面持ちで待つ。

誘導灯が点灯し、『LAUNCH』 の文字が表示された瞬間、ジェスは操縦桿を引き、ペダルを踏み込んだ。

ゆっくりと加速するアウトフレーム。バックバーニアノズルが点火し、それが機体を勢 いよく押し出し、アウトフレームをカタパルトから離脱させる。

「ジェス=リブル、Gフライ トテイクオフ!!」

真っ直ぐに弾丸のように飛び出すアウトフレーム。Gフライトのシステムを統括する8 が稼働率を計算し、表示する。

【加速比率143%、Gフライトパック制御良好、システムオールグリーン】

超加速に突入したアウトフレームはボディボードのように乗るサブフライヤーを制御 し、宇宙を飛行するセカンドシリーズ5機に追い縋る。

やがて、先頭のインパルスに追いつくと右手にガンカメラを構える。レンズ越しに撮っ た映像がコックピットモニターに投影され、その精度にジェスは笑みを浮かべる。

「よしっ、捉えた! このス トライカーパックのスピードならついていける!」

相対速度を合わせ、映像の精度を調整しながら撮影を行う。

「ありがとうよ、8!」

【ナンノ、ナンノ】

感謝するジェスに満足気に応じる8。それに苦笑を浮かべつつ、ジェスは全神経をカメ ラに集中させる。

少しでも気を抜けば激突しかねない距離を保ちつつ、喰らいつくように5機のフライト に付いて行く。元々軍事用に調整された機体と民間用ではそのパワーに差が出てしまう。悠然と飛行する5機に対し、アウトフレームは限界ギリギリまでスピー ドを上げなければ追随するのは難しい。

それだけの加速がかかれば、当然なかのパイロットに対する負担も大きいが、ジェスは 持ち前の根性で歯を喰い縛りながらカメラだけに意識を集中させた。

「離れないぞ、インパル ス!」

加速力で言えば、フォースシルエットを装備したインパルスが一番だろうが、MA形態 になればセイバー、カオスに分がある。だが、今回はMS形態での連携飛行及び連携戦闘だ。

カメラ越しに映るインパルスを何枚も撮り、少しスピードを落として後続を飛行する4 機の撮影に移る。

セイバーがカメラに捉えられると、セイバーは飛行中に機体を回転させ、加速する。ア ビスは特にアクションもなく通り過ぎ、カオスは雄雄しく飛行し、ガイアは右手を振り、どこかカメラ目線で応じる。

それぞれの様子をカメラに収め、やがて5機の機能を活かした連携戦闘に突入する。同 時に5機は分散し、配置につく。

アビスが両肩を開き、MA-X223E: 3連装ビーム砲の砲撃態勢に入る。コックピットの照準モニターに敵機を捉える。

離れた位置に滞空するのは演習相手に選ばれたザクウォーリアが4機。

「エコー1より各機、周囲警 戒!」

「「「了解!」」」

隊長機であるザクウォーリアの背後に円状に固まる4機。モノアイのカメラを動かし、 周囲を索敵する。

左右に動いていたモノアイが一点を捉える。刹那、彼方より飛来する幾条もの熱源。

「来たぞっ散開!!」

叫ぶやいなや4機は分散しようとするも、飛来した6条のビームに回避が遅れた一機が 脚部を捥ぎ取られ、被弾する。

「ちっ、一機か!」

その撃墜数に不満を漏らしながらも、マーレは相手の座標データを次の相手へと送る。

「リーカ!」

「OK!」

笑顔で応じるリーカがレバーを引き、それに連動してガイアはMA形態へ変形する。黒 い獣となったガイアはその4脚と背中のスラスターを駆使し、デブリの上を飛び交い、真っ直ぐにザクウォーリアへと向かう。

「おのれっ、エコー2、エ コー4!」

隊長機の指示に従い、ザクウォーリア2機がビームマシンガンを構え、ガイア目掛けて 発砲する。高速で迫るビームの弾丸の軌道を読み、それを俊敏な動きでかわす。

「はぁっ!」

リーカの咆哮に呼応するようにガイアのバックパックのMR-Q17X:グリフォン2ビームブレイドが展開され、そのまま襲い掛かる。

翻弄するように機動するガイアが寸前でデブリに体重をかけ、勢いをつけて跳び掛か る。2機の間を過ぎった瞬間、2機の手に握られていたビームマシンガンが斬り裂かれ、また弾き飛ばされる。

「おのれっ」

部下を瞬く間にあしらわれ、隊長機がビームマシンガンを構えてガイアを狙うも、そこ へ真っ直ぐに降下してくる赤い戦闘機。

「やらせないの」

ステラは加速に耐えながらロックオンし、MA-7B: スーパーフォルティスビーム砲を発射する。直上からの射線に晒されたザクウォーリアのビームマシンガンを撃ち払い、舌打ちしてザクウォーリアは射線を外す も、加速したまま下方へと去るセイバー。

だが、そのバックパックから別の砲身がのぞき、それを察した隊長機が叫ぶ。

「いかんっ! エコー2、 4! 離脱しろっ」

その瞬間、セイバーのM106: アムフォルタスプラズマ収束ビーム砲が発射され、ガイアの突撃で態勢を崩していた2機に襲い掛かる。一機はなんとか反応し、射線を外したものの、もう一機 は反応が遅れ、左腕を撃ち抜かれ、被弾する。

離脱したエコー4が隊長機に合流し、体勢を立て直そうとしたが、そこへ撃ち込まれる ビーム。何もない空間から幾条も放たれる。

それは、カオスのEQFU-5X機 動ポッドだった。カオスより離脱した2基の機動ポッドはコートニーの意思に従い、複雑な機動を行いながらビームを浴びせかける。

不規則な攻撃に翻弄され、残った2機のザクウォーリアはスラスターを噴かして離脱す る。

だが、息をつかせぬ攻撃に息が上がり、また神経を追い詰められていた。やがて、攻撃 がやみ、2機は静止する。

それが命取りだった。2機の背後から姿を見せるインパルス。カオスはインパルスの待 ち伏せるこの座標へと相手を誘導していただけに過ぎなかった。

インパルスは左手に腰部から取り出したM71-AKフォー ルディングレイザー対装甲ナイフを構え、隊長機のザクウォーリアの首筋に向け、右手のライフルをもう一機の頭部に銃口を押し付けた。

そこで勝負は決まった。

「参った、ゲームオーバー だ」

大仰な口調で零す隊長機が両手を挙げ、インパルスは構えを解いた。

そして、その戦闘の一部始終を余すことなく撮影していたジェスはセカンドシリーズの 性能に改めて驚愕させられていた。

「すげえ……」

その一言でしか表せない。

だが、それが新たな時代を告げる何かであることを感じさせるものは確かだった。そし て、それを伝えられることをジェスは言葉に表せない思いで感じていた。

 

 

演習をモニタリングするナスカ級の周囲で見守るジンアサルトとセレスティ。マコトと カイトはモニター越しに演習を見詰めていたが、マコトもまたその演習風景に見入られていた。

まるで完成された舞台のごとく宇宙を駆ける5機は、確かにプラントが誇るだけはある と感じさせる。そして、それをこの眼で見れたことにマコトは感慨深いものを感じていた。

ナスカ級のブリッジでは、演習終了を確認したオペレーター達が事後処理を行う。

「シミュレーションバトル ケース26C終了」

「バトルデータ確認、データ 確認後フィードバックへ…」

その作業を横にパネルモニターを覗き込むベルナデットらは、満足気な表情でセカンド シリーズを見詰めていた。

「流石は、ザフトの次代を担 う機体…そして、パイロット達ですな」

「ええ」

艦長の褒め言葉にベルナデットも満更ではないといった表情で相槌を打つ。

「5機の連携も思っていた以 上の出来です…それに………」

もう一つ…パネルを操作し、モニターにはアウトフレームが映し出され、呆れたよう な…それでいて感心したような面持ちを浮かべる。

「彼らに喰らいついていく貴 方の野次馬根性も、大したものだわ、ジェス=リブル」

馬鹿にしているのか、称賛しているのか…はかりかねる口調だったが、そこにはジェス のそんな姿勢を認めるものが含まれていた。

演習を終え、被弾したザクウォーリアに手を貸し、ナスカ級へと引き上げていく各機。 そんな彼らを遠巻きに見詰める影。

岩塊の奥に姿を隠し、監視するような視線を向ける3体の機影。

気配を完全に殺した彼らにまったく気づくことなく、相手は帰還していく。一番奥に姿 を隠す機体のカメラアイが不気味に輝き、セカンドシリーズを凝視する。

やがて、奥の機体が手を挙げると、前方にいた2機がその場から離脱し、宇宙の闇に同 化するように消えていく。

それを一瞥することもなく、残った最後の一機は暫しその場に佇んでいたが、やがて後 方へ跳び、同じようにその姿を掻き消えさせた。

無音と静寂に戻った宇宙には、何も残ってはいなかった………

 

 

 

同時刻、アーモリー・ワン軍宿舎のメインゲートを訪れる人影。紫銀のポニーテールの 髪を揺らし、宿舎内の受付を歩むリン。

バイザー奥に隠した瞳が、前方で待ち構えるように佇んでいた人影を捉える。

「リン、お決めになったので すか?」

真剣な面持ちで問うのはラクス。その傍らには、キラの姿もある。昨夜、リンから大日 本帝国からの使者との会談に同行させてほしいという旨を受け、二人はこうして待っていた。

「ええ。あんたの話に乗るこ とにしたわ」

リスクが無い訳でもない。だが、今一番真実に近づくにはやはり自分から動くしかな い。

バイザー越しではあるが、その決意のほどを感じ取ったラクスは静かに頷き返す。

「解かりました、では手続き をするので、こちらへ」

ラクスが視線でキラを促し、それに応じてキラが先導で歩みだし、その後をゆっくりと ついていく。

そのまま中央の大型エスカレーターに乗り、ゆっくりと上がっていく。何気に先を見 やったリンの視界に、上の下りの方に乗り、降りてくる人物が入った。

(アレは…確か、セス=フォ ルゲーエン)

黒髪を靡かせ、真紅と紫のオッドアイを持つ赤服の女性。数日前にデータベースで確認 したミネルバ配属のパイロットの一人だ。

何故か気に掛かり、視線を向けてしまう。相手は瞳を閉じ、無言のまま降ってくる。も う間もなくすれ違う。

視線を外し、上を見上げ…リンとセスがエスカレーターを挟んですれ違う。

騎士…間もなく始まるわ

ふっと耳に聞こえた小さな…それこそ注意しなければ聞き逃すほどのか細い声。だが、 それはおぼろげながらもリンの耳に聞こえ、リンは思わず顔を下に向けた。

下へと離れていくセスの背中。警戒した面持ちでその背中を見詰めていたが、様子がお かしいことに気づいたラクスが振り返った。

「リン? どうかされました か?」

首を傾げるラクスにリンは視線を後ろへと向けたまま、顔を向き直す。

「……なんでもない」

答えるリンに不審なものを憶えるも、それ以上追求せず、再び視線を上へと向ける。だ が、リンは思考を困惑に染めていた。

(始まる? なんのこと…そ れに……)

自分を『騎士』と呼んだ。その意味で彼女を呼ぶのは極僅か……そして、『始まる』と 漏らした相手の真意。

やはり、何かが動いていると…確信に近いものを感じ、リンは天井を見上げた。

(このアーモリー・ワンに… 何かが蠢いている)

あの襲撃。そしてセス=フォルゲーエン…セカンドシリーズ、ギルバート=デュランダ ル、大日本帝国。偶然ではない何かがここに集い始めている。

リンは警戒した面持ちのまま、天井を仰いだ。

そして、すれ違ったセスはエスカレーターから降り立つと、無意識にエスカレーター上 部を見上げる。

「そう…始まる……新たな、 運命が」

髪を掻き上げ、セスは身を翻してその場を去った。

自分の立つべき次なる舞台に向かって……自分を必要とする運命に従うように………

 

 

 

 

アーモリー・ワン展望室。

一般には開放されていない関係者のみが利用できる展望室には人影がなく、静寂を保っ ていた。

そんな静寂に溶け込むように展望ガラスの前に佇む少女。

黄金の輝きを放つ瞳でガラスの遥か彼方で蒼白く輝く月を見詰めるカスミ。まるで、魔 性に魅入られたような妖しげな輝きを発する瞳。

ガラスの彼方に浮かぶ月は手を伸ばせば届きそうと錯覚し、だがそれは遥か届かない位 置と気づかせられる。

そして、ガラスに映る自分自身の顔を…まるで不確かなようになぞり、見詰める。

そんなカスミの耳に足音が聞こえてきた。無音のなかを反射するような足音。その足音 が響く方角へと視線を向ける。

奥の闇から聞こえる足音。やがて、その主が姿を現わす。

「月は綺麗?」

親しげに話し掛けるように現われたのは、金色の髪を靡かせる黒衣の女性。その顔を、 大きなバイザーで覆い隠してはいるが、口元には慈愛と錯覚するような笑みを浮かべている。

「それとも…怖い?」

カスミと僅かな距離を空けて立ち止まり、ガラス奥の月を見詰める。

だが、カスミはそんな問い掛けに無表情のまま…その女性を凝視し、呟いた。

「誰……?」

至極同然な質問。

その問いに女性は口元を楽しげに緩め、笑みを零す。

「そうね…貴方に魔法をかけ にきた……悪い魔法使い、かしらね」

自嘲するような物言い。そして、カスミに歩み寄る。その異端な雰囲気にカスミは怖が るわけでもなく、ただ無表情に佇み、見上げている。

カスミの眼前まで歩み寄ると、女性は屈み込み、右手に持つものをカスミの髪に寄せ る。

カチっという音とともに髪に取り付けられたそれは、女性の髪と…カスミの瞳と同じ輝 きを発する一対の錠であった。

その髪に取り付けられた錠にカスミは視線を向ける。困惑に近い表情を浮かべるカスミ の額に女性は顔を近づけ、その髪を掻き分け、額に唇を寄せる。

 

 

――――彷徨える魂に永劫の鎖と御霊の祝福を……神の御霊に…混沌の永遠を………

 

 

暗示のように囁かれる言葉…次の瞬間、無表情だったカスミの瞳が大きく見開かれる。

心臓が大きく脈打つ。

「あ…ああ………あ」

焦点が定まらない瞳。硬直したように佇み、掠れた声を漏らすカスミ。そして、カスミ の意識は奥底へと引きずり込まれ、その場に倒れた。

仰向けに倒れ伏すカスミ…そんなカスミから離れ、満足気に微笑む女性。

「新たなる運命の螺旋…そし て、私と母様のために………」

微笑を浮かべたまま、女性は身を翻し、再び闇のなかへと消えていく。

完全に姿が消え…展望室は再び静寂に包まれる。

差し込む月光が、倒れ伏すカスミの髪につけられた錠飾りに反射し、光を発する。

 

 

 

 

序章は終わりを告げ…新たなる運命の舞台の幕がゆっくりと上がり始める…………

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

これまでの戦いは序章に過ぎ なかった………

新たなる地に導かれし運命は 新たな幕を上げる。

 

 

少年を取り巻く世界は大きく 揺れる。

轟く砲火と濃厚な死。

そして対峙する新たなる戦嵐 の火種。

 

動き始める運命に導かれ、役 者達は舞台へと上がる。

少年もまた…己の信じるもの のために……血塗られた戦嵐のなかへと飛び込んでいく……

 

 

その先にあるのは…喜びか… 哀しみか……絶望か……

 

 

次回、「PHASE-07 吹き荒れる戦嵐」

 

戦嵐のなかへ飛べ、ザク。


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