その数分前、6番格納庫で搬入の準備が進む3機を見上げながら、マーレは悪態を衝い ていた。

「ちっ、インパルスやセイ バーだけ先にミネルバに搬入されたか。特別扱いしやがってっ」

先の試験を終え、テストパイロットから正式パイロットに任命されたものの、マーレの 搭乗機はテスト通りのアビスだった。カオス、ガイアの2機はコートニー、リーカから別のパイロットに代わったのを考えれば、出世コースだろうが、マーレに は納得いかない。

先の発表パーティーで正式パ イロットに任命されたシンに浴びせられる脚光にまたもや屈辱を味あわされた気分だった。

そして、インパルスとセイバーの2機のみが早々とミネルバへと搬入され、それも特別 扱いのように感じていた。

(だがまだ諦めん。チャンス は必ずある…いつか俺がインパルスを……)

そう…まだ機会が完全に失われたわけではない。少なくともミネルバに正式配属になっ た以上、まだインパルスのパイロット候補として伸し上がるチャンスはある。あの小生意気なシンを打倒し、誰がナンバー1か思い知らせてやる。

そんな野望じみた考えに耽っていたが、突如耳に聞こえた爆音にハッと振り返った瞬 間、マーレの視界に銃声と鮮血、悲鳴が飛び込んできた。

物陰から飛び出したエレボス、レアの二人が一斉に銃を乱射し、突然の奇襲に反応が遅 れた軍人達が銃声が木霊した瞬間、弾丸の連射を身体に喰らい、鮮血を飛ばしながら薙ぎ倒される。

誰何の声は銃声に掻き消され、慌てて応戦しようと侵入者達に銃を向けたが、遠くから 飛来した弾丸がその兵士達の頭部を撃ち抜き、一瞬で絶命させる。物陰から大型ライフルを構え、スコープを覗きながらステュクスは小さく舌を舐め回し、笑み を浮かべながらトリガーを引く。

放たれた弾丸は真っ直ぐに兵士に襲い掛かり、成す術もなく撃ち倒されていく。エレボ スは撃ち抜いた男の身体を蹴り、身を跳躍させる。宙で弧を描くように側転しながら両手のサブマシンガンを乱射する。その異様な動きに反撃の手が一瞬止ま り、兵士達は一斉に身を撃ち抜かれ、命を刈り取られた。

その動きは、コーディネイターの彼らから見ても不可解で、非現実的なものだった。

着地したエレボスに向けてクローラーの上で銃を構える兵士だったが、別方向より撃ち 込まれた弾丸に頭を撃ち抜かれ、音を立てながら転がり落ちる。その音にエレボスがあさっての方角を見やると、ステュクスはニヤリと笑みを浮かべ、エレボス は舌打ちしながら肩越しに片手の銃口を背後に向け、背後に迫った兵士を撃ち殺した。

「はぁぁぁぁっ」

レアもまたエレボスやステュクスが殺戮するなかに飛び込み、兵士達に肉縛する。右手 に持ったナイフで次々に喉笛を切り裂き、背後に振り返ると同時に左手に持った銃で確実に心臓を撃ち抜いていく。ナイフを振るう度に白いドレスが翻り、血飛 沫が紅いまだら模様を描き、いいようのない背徳感を宿した美しい血化粧を施す。

「なに!?」

唐突に眼前で繰り広げられる殺戮にさしものマーレも呆然となり、反応が遅れる。そん な隙をレアが逃すはずもなく、正確にマーレの心臓目掛けて銃弾を放つ。

衝撃がマーレを襲うも、そんな痛みを憶える余裕もなかった。

撃ち抜かれ、噴き出す鮮血がマーレの赤いパイロットスーツをより紅く染め上げてい く。

「バ、バカな……連合、軍 か………だから、ナチュ ラルは、信用…できないんだ……

脳裏を一瞬掠めるマコトの顔…やはり、ナチュラルは敵だと…驚愕と憎悪を滲ませなが ら、マーレの意識は深い奥底に引き込まれ、倒れ伏した。

「おらっ、これで終わり だっ」

景気づけとばかりに懐から取り出した手榴弾を振り投げ、抵抗する兵士達が身を隠すコ ンテナ付近に着弾した瞬間、閃光が拡散し、爆発が兵士を呑み込み、抵抗が完全に止んだ。

ほとんど抵抗することも逃げることさえもできず、瞬く間に30人はいた兵士とエース の証である赤のパイロットスーツを着込んだ者達が全滅し、制圧された。

辺りに乱雑するコーディネイターの死体と濃厚な血の臭いと硝煙。そんな様を一瞥して も、レアの表情は変わらない。

ただレアの内にあったもの……敵を殺せというあの人の声のみ。

(褒めてください…私、ちゃ んと殺しました。コーディネイターを…私達の敵を)

そんな思考を抱きながら、レアは頬から流れ、口内に入った異物に表情を顰める。錆び た鉄のような味。倒した誰かの返り血だろうか…レアの頬に付着した血が口まで流れたのだ。

その味に嫌悪感を憶えながらレアは気のない動作でもはや必要のなくなったナイフと銃 を放り捨てた。

辺りに動く者がいなくなったのを確認すると、ステュクスがエレボスに歩み寄り、手に 持っていたライフルを捨て、エレボスに声を掛けた。

「エレボス」

「ああ。しかしこうも簡単に いくとはな…コーディネイターの連中、もう平和ボケか?」

あまりに呆気なく事が進んだことに拍子抜けし、侮蔑するように鼻を鳴らし、死体の一 つを蹴る。

「政治的パフォーマンスとい うやつでしょう。『我々はテロに屈しない』とね…まあ、そのおかげでこうもあっさり進んだわけですし」

式典にかこつけて一般市民まで招くのだから、潜入などお手の物だ。むしろ、これはど うぞ盗ってくださいと言っているのではないかと思えるほどだ。

「けど、まさかこんな苦労さ せやがるとはな、ロイの野郎…何が自分の機体が欲しければ、自分で奪ってこいだっ」

こんな辺鄙なコロニーにまで送り込んだ上官に向かって毒づくと、ステュクスは眼鏡を 持ち直し、不敵な笑みを微かに浮かべる。

「仕方ないでしょう。命令と あらば…それに、ザフトがせっかく新型を造ってくれているんです。どうせなら前のお返しをするのも悪くはないでしょう」

悪びれもなく言いのける。

彼ら3人が部隊に正式に配属になった時に、それぞれの新型機が受領されると聞かされ ていたが、あけてビックリ…新型機は新型機でも、それはザフトのものであった。

数日前に彼らの許に下された命令は、アーモリー・ワンにて開発されているザフトのセ カンドシリーズの奪取…要は、自分の機体が欲しければ、敵から奪ってこいだった。

前大戦において中立コロニーであったヘリオポリスで当時の連合軍が開発していたGシ リーズを奪取された屈辱を晴らそうという上層部の思惑もあったかもしれないが、やらされる方にはいい迷惑だった。

「さて、長居は無用ですね」

「よし、行くぞ!」

エレボスは勢いよくサブマシンガンを投げ捨て、駆け出す。その号令に応じるように、 ステュクス、レアもまた駆け出し、それぞれ3基のクローラーに向かい、その上に横たわる鉄褐色の灰色の巨人のコックピットに飛び込んだ。

シートに着くとともにコンソールを操作してOSを起ち上げると、手元のモニターに OS名が浮かぶ。

 

 

―――Generation

―――Unrestricted

―――Network

―――Drive

―――Assault

―――Module

 

『G・U・N・D・A・M』―――起動画面の頭文字を繋げるとそう読める。『ガンダ ム』とでも読むのだろうかとレアは内心思うも、すぐに思考を設定画面に切り替える。

《どうだ?》

通信機からエレボスの声が響く。

NO PROBLEM。情報通りです》

「いいよ」

ステュクスが応じ、レアも作業を続けながら答えた。その手が踊るように各キーを叩 き、教えられた通りに起動シーケンスをこなす。

《量子触媒反応スタート、パ ワーフロー良好!》

OSの起動とともに各コンソールに光が灯り、コックピット内に充満していく。

《全兵装アクティブ、オール ウェポンズフリー》

続けて各兵装のロックを解除し、戦闘体勢へと移行させていく。

「システム、戦闘ステータス で起動……」

エンジン音が低く唸りを上げ、クローラーを震わせ、横たわる3機のカメラアイに火が 灯る。主を得、目覚めるようにその巨体を持ち上げ、クローラーごと立ち上がる。ロックを強引に弾き飛ばし、電源ケーブルが切り離される。

《へっ、凄いパワーじゃねえ か》

《ザフトには感謝ですね》

エレボスとステュクスは自身が搭乗した機体の能力に魅せられるなか、機体を立ち上が らせ、2機に遅れてレアも機体をクローラーから立ち上がらせた。

立ち並ぶ3機の鉄褐色の装甲が、揺らめくように色づく。エレボスの乗り込んだ機体は ダークグリーンに。ステュクスの機体はネイビーブルーに。そしてレアの搭乗する機体は黒く染め上げる。

 

――――ZGMF-X24S:カオス

――――ZGMF-X31S:アビス

――――ZGMF-X88S:ガイア

 

『混沌』、『深淵』、『大地』の名を冠する3機は本来とは異なった主を得、その道を 違える。格納庫に佇む3機のセカンドシリーズは、その威容と異端さを醸し出しながら、ゆっくりと歩み出す。主が敵と定めた自身の創造主を淘汰するため に……

3機が起動するとともに倒れていた兵士の内、一人の作業員が這い蹲るように作業コン ソールに縋る。瀕死の状態で意識が朦朧とするなか、最期の力を振り絞って警報ボタンを叩き押した。

ガラスを破り、押し込まれると同時にけたたましいサイレンが響くも…既に遅かっ た………

 

 

 

その数分前…雫はデュランダルに連れられ会談の場であった執務室から出ていた。

突然、工廠内を案内しようと言い出した彼に戸惑いを浮かべつつも同行し、それに伴っ てラクス、キラ、リンらも喧騒とMSが歩き回る工廠を歩いていた。

工廠内には幾棟もの格納庫が立ち並び、きびきびと動き回る兵士に、MSが歩く度に地 響きが聞こえ、辺りからはオイルの匂い。雑然とする工廠内にリンは思わず警戒するように見回す。かつて、自分も一度はこの場所に身を置いた。軍を脱走した 身なれど、ザフト内で培った習性は早々消えるものではない。内心自嘲しながら、バイザー越しに視線を周囲に向けていた。

(思えば開戦当初から身を置 いていたな……)

よくよく考えてみれば戦端となったユニウスセブンの攻防戦に自分は参戦していたの だ。あの頃はそんな戦績にも戦いにも意味を持てなかったため、興味など無かったが。あの当時、自分も乗った最新鋭機であったはずのジンやシグーもちらほら 見えるが、既に旧式に成り下がった。そして大戦後期に実戦配備が始まったばかりだったゲイツも改良型が開発されている。

薄黄色の戦車タイプの機体は、恐らくザウートの次世代機だろう。

思わずMSに見入っていたが、その耳にデュランダルの声が再び響き、注意がそちらに 向く。

「やはり、外交官には今のプ ラントを見ていただくのが一番でしょう」

その言葉は暗に今のプラントの軍事力を示唆させているのか、探るような視線を向けな がら、行き交うMSや格納庫の中を時折指差して解説するデュランダルを雫とリンは凝視する。

「確かに、素晴らしいもので すね。私は軍事には疎いのですが、こうして見るだけでも貴国の力の程が身にしみります」

どこか揶揄するような口調で答え返すも、雫自身困惑しているのだ。まさか、工廠内を 案内する等と言い出すとは思わなかったのだ。今回はあくまで条約を詰める前の交渉の第一段階でしかない。視察ともまた違うような気がし、デュランダルの真 意を図りかねていた。

「先程申しました通り、今の 世界における貴国とプラントの立場は、複雑な位置にあります……ならば今この情勢下のなか、我々がどのような道を取るべきかは、よくお解かりの事と思いま すが……」

デュランダルのほのめかしに対し、リンは内心舌を巻かずにいられなかった。

なかなか上手い言い方だ。プラントと日本が対等の立場であるかのように示唆し、それ を持ち上げて今この行為自体も肯定的に錯覚させる。そして、相手の警戒を解き、自らの話術に引き込む。

人間、自分を認めてくれる者にはどうしても警戒を緩めてしまうものだ。

(やはり、油断ならない… か)

だが、デュランダルが漏らしたのは正論だ。果たしてこの問いに雫はどう答えるのか、 視線を雫に向ける。

「勿論、それは承知していま す。ですが、急がば回れ…あまり事を急ぎすぎては、足元をすくわれかねないことも、議長ならお解かりになると思いますが……」

どうやら、デュランダルの言葉の罠には掛からなかったようだ。皮肉を込めた言葉にラ クスだけでなく随行するキラ達らも表情を硬くするも、デュランダルは一人感嘆を感じさせるように表情を驚きに包んでいるようにリンは感じ取った。

「此度のセカンドシリーズ、 そして新造艦に合わせた大規模な軍事式典。プラントの地球での立場は決してよろしくはありません」

それでも言葉を選ぶ辺りはまだ理知的なのだろう。今回の軍事式典に関しても傍目…地 球側の国々から見れば、不安を掻き立てるには充分なものだ。

ただでさえ先の大戦における地球各国とプラント間の社会問題はまだまだ解決されてい ない。そんな状況では、プラントを快く思わない者にとっては絶好の付け入る隙になるのではないのだろうか。

「私も外交官です。軍事力を 否定はしません。ですが、軍事力を背景にした外交など恫喝でしかない。私達は人間です…言葉を交わす術を持っている。だから、こうして私は貴方と話してい ます」

真っ直ぐな視線を向ける雫にデュランダルは頷き、その整った顔に穏やかな…見る者を 引き付ける聖職者のような笑みを浮かべる。

「それは我々とて無論、同じ です。そうであれたなら、一番良い」

雫の言葉を肯定しつつも、柔和な笑みを浮かべたまま、こう続けた。

「ですが…力なくば、それは 叶わない」

その言葉に雫だけでなくラクスやキラも表情を沈痛に俯かせる。リンもそれが真理であ るため、苦いものを感じている。

先の大戦では、その力で終結させただけにデュランダルの言葉は嫌でも響く。

「だからこそ、日本も軍備を 整えていらっしゃる」

アドバンテージを取られた…そんな心境だろうか。雫は返す言葉が見当たらず、黙り込 むだけだ。

力なくば叶わない……それは雫にもよく解かっていた。現にその力で日本を独立させ、 また自国の独立を維持するために軍備も日本は整えている。

力のない者の言葉を聞こうとする者などいはしない…それが政治の世界なら尚更だ。だ がそれは、言い換えれば軍事力を背景にしたものだ。己の内で矛盾と罵り、言葉が彷徨う。

「議長のお言葉…それが確か に真実で今の現実でしょう。ですが、これだけは言えます…過ぎたる力は、いずれ争いと災いを齎します。それは議長がご存知でしょう?」

前大戦の末期に起こった第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦。プラントに向けて放たれた核 の炎、そしてジェネシスから放たれた死への光。それらが多くの命を奪ったのは、誰もが知ること。

だが、雫のその言葉に動じる気配もなく、緩やかに被りを振る。

「いいえ、外交官。争いがな くならぬから……力が必要なのです」

雫が息を呑んで立ち尽くしていると、突如警報が鳴り響いた。

 

 

突如工廠内に轟いた警報に、あてがわれたハンガーで起動準備を進める刹那。工廠内を 歩くルナマリア、レイ、セス。そしてミネルバに向かおうとするシン、ステラ、マコトの耳にも届き、工廠内は先程とは違い、一瞬静寂に包まれた後、再び喧騒 に包まれた。

その余りにも突発的な事態に、対談も忘れ、その場にいた者達は周囲に視線を彷徨わせ る。

「なんだ?」

デュランダルが困惑気味に漏らし、ラクスとキラも混乱した面持ちを浮かべながらも、 キラは油断なく見回し、すぐに行動に移れるようにラクスの傍で構える。

「これは……?」

鳴り止まぬサイレンに雫も胸騒ぎを憶えながら周囲を見回し、リンも工廠内の兵士達が 事態を把握しようと動き始めている光景を一瞥する。

(やはり……っ)

緊迫した状況のなかで、確信に近い何かを憶えた瞬間……一画の格納庫内部から鉄の巨 大な扉を数条のビームが貫き、真っ直ぐに伸びるビームが前方の格納庫内部に吸い込まれるように消え、格納庫内に固定されていたMSを吹き飛ばした。

「伏せろっ!」

「きゃっ」

咄嗟にリンが叫び、リンはコートを拡げ、雫の腕を取った。悲鳴を上げるも気に掛ける 余裕もなく、雫をコート内に庇い、身を低くする。

「ラクス!」

キラも素早くラクスの身を抱き寄せ、近くに止めてあった車両の物陰に飛び込み、デュ ランダルも近くにいた数名の兵士で覆い被さり、盾となる。

次の瞬間、彼らのいた場所を爆風が全てを吹き飛ばすように駆け抜ける。MSのエンジ ンが誘爆した際における爆風が過ぎり、濛々と立ち込める粉塵のなか、リンは舌打ちして粉塵を振り払うように身を起こす。

「あ、あの…ありがとうござ います」

「礼ならいい」

そんな余裕はないとばかりに状況を確認する。

「い、一体何が!?」

もがくようにして身を起こしたラクスが、呆然と声を上げた。デュランダルも随員達に 庇われて無事なようで、周囲に視線を向けながら危なげなく立ち上がっていた。

混乱するなかでリンは冷静に爆発のあった方に視線を向けると、風に吹き流されていく 爆煙のなかから、3体の巨大なシルエットが現れた。

「カオス、ガイア……アビ スっ!?」

誰が漏らしたのか知らない。だが、その特徴的なフォルムを見て判別し、驚愕とともに その名を口にした。

そして、随員の一人がデュランダルに詳細を伝えると、驚愕に染める。

「何だと?」

今までの冷静な彼らしくない驚きだったが、それに気を取られる余裕はなかった。リン 達の視線はその姿を現わした機体に釘付けにされていたのだから。

ツインアイにツインマルチプレートアンテナという特長的な頭部に、ジンやゲイツに比 べ、すらりとした直線的なフォルム。それぞれに特殊武装を施されてはいるが、その基本的なデザインは見間違えようがない。

「あれは!」

「ガンダム……」

かつて、共に駆った愛機を思わせるその姿に、キラが絶句し、ラクスが愕然と呟き、リ ンはその形状に切れぬ皮肉な運命を憶えた。

 

 

 

吹き飛ばされ、融け落ちた扉からその存在を誇示するように姿を現わすカオス、ガイ ア、アビスの3機。

「まず格納庫を潰す! MS が出てくるぜ!」

エレボスが陽気に叫び、それに応えるようにステュクスが素っ気なくレアに命じた。

「レア、君は左をお願いしま すよ」

「解かった」

レアは淡々と答え、視線を細めた。

「よしっやぁぁってやる ぜっっ」

野獣のようなエレボスの掛け声とともに、3機はそれぞれの獲物を求めて3方向に飛 ぶ。刹那、火線が迸った。

レアはガイアを左へと加速させ、レバーを引き、それに連動して跳躍したガイアは空中 でその身を変形させ、四脚の獣型形態へと変え、素早い動きで工廠内を駆け、その獰猛な牙と爪で躍動する。黒い疾風が格納庫の間を駆け抜け、背部のビーム砲 が放たれ、格納庫内に並んでいたジンやゲイツRの装甲を貫き、エンジンが爆発し、誘発によって格納庫内のMSが出撃する間もなく格納庫ごと吹き飛ばされ た。

アビスは、両肩を覆う甲羅のようなシールドから突き出した2門の連装砲で砲撃し、幾 棟もの格納庫を撃ち抜き、周囲を火の海に変えていった。

カオスは、ビームライフルで並び立つ式典用ジンを豪華な射的の的を射落とすように、 片っ端から撃ち抜いていた。背面の兵装ポッドが開き、一斉に放たれたAGM141ファイヤーフライ 誘導ミサイルが花火のように打ち上げられ、空中で弧を描き、次々に格納庫に着弾し、炎の花を咲かせていく。

蹂躙する3機のMSは次々と工廠内を爆発と悲鳴に染め上げていく。

だが、ザフト側も奇襲の衝撃から立ち直ると弾かれるように、迎撃のために次々とMS を発進させた。

いくら奇襲を受けたとはいえ、ここは軍事工廠だ。当然、MSの数も半端ではない。

「発進急げっ!」

整備士達が慌しく発進準備を進めるなか、パイロット達はノーマルスーツを着込み、搭 乗機に乗り込んでいく。

「6番ハンガーの新型が、何 者かに強奪されたっ! MSを出せ! 取り押さえるんだっ!!」

指揮官らしき男が怒号を張り上げるも、それを気に留める者はほとんどいない。皆、自 身の作業で手一杯なのだ。

ジン、シグー、ゲイツRらが銃を手にハンガーより起動し、空戦用MSであるディンが 翼を拡げて飛び立ち、大火力を誇るガズウートが戦車形態から二足歩行に切り替え、その砲門を向け、砲撃を浴びせた。

標的にされたアビスのコックピットでロックオンに気づいたステュクスがガズウートに 向けて笑みを浮かべ、砲撃が周囲に着弾するなか、レバーを押し、アビスを加速させた。

いくら改良されたとはいえ、その鈍重さではその機動性に追いつけず、懐に潜り込まれ たガズウートに向けてアビスは手のビームランスを振り被る。

突き出される先端からビームの刃が飛び出し、ガズウートのコックピットを貫き、アビ スはそれを振り上げる。

「はぁぁぁっ!」

突き入れたボディごとアビスはガズウートの巨体を持ち上げ、それを勢いよく放り投げ た。

放り投げられたガズウートはそのまま後方の格納庫内に投げ入れられ、追い討ちをかけ るようにアビスは全火器を展開し、一斉射する。

大容量のエネルギーが格納庫内で荒れ狂い、一際大きな爆発とともに格納庫を炎の柱で 包む。

その炎に照り映えるアビスのツインアイが不気味に輝き、その形相を悪鬼のように錯覚 させる。そして、その主たる少年も歪んだ嘲笑を浮かべていた。

「8番格納庫がやられ たっ!」

「くそうっ何がどうなって る!?」

離れた場所で炎を上げる様子に待機していた式典ジンのコックピットでパイロットが苛 立った声を上げる。

工廠内は混乱し、まともな情報が入ってこないが、敵襲であることは明白だった。しか し、今現在彼らの搭乗しているのは式典用の装飾を施されたジンで装備もただのハリボテに近いものだった。こんな装備では戦闘どころではない。

「とにかく、こんな式典用装 備じゃどうにもならん! 実弾の入ったライフルを…」

武器を換装しようと後ろを向けた瞬間、格納庫の陰から影が飛び出し、その背中の翼か ら光が迸り、式典用ジンの間を駆け抜けた。

黒い影が過ぎった瞬間、ジンの胴体が真っ二つに切り裂かれ、パイロット達は何が起 こったか知覚する前に爆発に意識を呑まれた。

爆発を背に駆けるガイアにザフト兵士が困惑する。

「何だ!?」

「バクゥ? ラゴゥ?」

四脚で向かってくる機影はバクゥやラゴゥといった機体と酷似した形状を持つも、デイ テールはまるで違う。

「いや違う! アレは…っ」

それが新型の一機であると理解した瞬間、ガイアは寸前で大きく跳躍し、MSの上を取 る。

上空で変形し、再び人型となったガイアのコックピットでレアが怜悧な視線で見据え、 何の躊躇いもなくトリガーを引いた。

ビームがジンとゲイツRのボディを撃ち抜き、四散する。爆発のなかへ着地するガイ ア。多くの爆発という炎が太陽のないこの虚構の空を焦がす。躍動に満ち溢れる鋼鉄の獣を自由自在に駆るこの瞬間が、レアの体内の血を熱く沸騰させる。

 

―――これは最高の搭乗機 だ。私のガイア!

 

声にならない歓喜をその表情に浮かべ、レアはその感じる興奮と高まる気分に導かれる ままに襲い掛かってくる新たな獲物に向けて獰猛な爪で切り裂くべくガイアを駆る。

もっともっと…もっともっと壊したい。そんないいようのない快感が神経を浸してい く。

戦闘の混乱が渦巻くなか、ルナマリア、レイ、セスの3人も迎撃に出るために搭乗機が 格納されているハンガーに向かって駆けていたが、その足が立ち止まる。

彼らの搭乗機の格納庫前で一体のゲイツRが護るように応戦していたが、カオスの放っ たビームに装甲を貫かれ、爆発した。

その爆発の余波が格納庫に向かい、壁を融け崩し、爆風が3体のザクを押し倒し、瓦礫 が降り注ぐ。

爆風を避けるために頭を覆って身を低くし、凌いだ3人は慌てて身を起こすも、その眼 前の光景に絶句する。

炎が燻る格納庫内で瓦礫に埋まる愛機を前に、3人は悔しさに歯噛みした。

 

 

 

「外交官らをシェルター へ!」

最初の衝撃から立ち直ると、デュランダルはすぐさま随員にそう指示を出した。

それに従って兵士の一人が雫を先導すると、デュランダルはラクスらを見やる。

「外務次官らもご同行くださ い、ここは危険です」

「え、しかし…」

困惑するラクスだったが、キラがラクスの肩を抱き、呆然としているラクスを促し、後 ろ髪引かれるように後に続いた。

リンも逡巡するも、身を翻し、ラクスらの後を追った。その後姿を一瞥すると、デュラ ンダルは指示を飛ばす。

「なんとしても抑えるんだ!  ミネルバにも応援を頼め!」

流石にデュランダルはすぐに冷静さを取り戻し、事態の収拾に掛かっていることに感心 しながら兵士の後についていった。

その声を背中に受けながら、リンは瞬く間に火の海と化した工廠内を見回す。もはや先 程の光景はどこにもない。

あるのは硝煙と血の臭いのみ。一瞥したあの3機のMSは間違いない。セカンドシリー ズの機体だ。かつて自分が駆った愛機、エヴォリューションの流れを汲むと思われる、次世代型MS。

(やはり、セカンドシリーズ か…それに、ガンダムっ)

新たな火種になりうるもの…だがまさか、こんなに大胆不敵に行動を起こすとはリンに も予測できなかった。

いや…戦時中ではなく平時だからこそ、及んだのかもしれない。

力は新たな災いと争いを呼ぶ…そう漏らした雫の言葉が内を巡る。あのセカンドシリー ズもまたそういったものだったということ。考える間でもないことだった。その力を危惧し、また欲する者がいる限り……

また…新たな嵐が吹き荒れる……そんな予感をリンはひしひしと感じていた。

 

 

 

戦闘区域からほど近い工廠内のドックに繋留される淡いグレイの戦艦。前方に突き出し た艦首の両側に大きな三角形の翼が広がり、船体中央に小型のカタパルトが備わり、両舷にもMS用ハッチを備えている。翼部や船体下部を赤に塗り分けられ、 従来のザフト艦に比べてやや直線的な印象を感じさせるそのフォルムは、どちらかと言えばオーブ系艦船に類似している。

それは、明日に進水式を控えたザフトの最新鋭艦:ミネルバだった。

そのブリッジでは、奇襲の確認に追われるクルー達の姿があった。今、動けないこの艦 もいい的だ。進水式を待たずして沈まされるなど、艦長にとってこの上ない屈辱だ。

ギリッと奥歯を噛み締めるように中央のキャプテンシートに着くのは純白の軍服を着込 んだ女性。

先の大戦においてナスカ級:ヘルダーリンの艦長を務め、最終決戦において多大な貢献 をした士官:タリア=グラディスだった。

その功績を認められ、こうして新造艦の艦長に任命された彼女はモニター越しに映る爆 発を睨むように見据える。揺れと振動はこのミネルバにも伝わってくる。

「艦長! 司令部より入電!  ミネルバ艦載機にも応援の要請が!」

上部の通信席に座る通信管制を務めるメイリン=ホークが上擦った声でタリアにそう報 告した。

「なんですって!?」

さしものタリアも言葉を失う。このミネルバに艦載されている機体は、現状2機しかな い。だが、その2機はただのMSではない。それを出撃させることに対する影響をタリアは逡巡する。

だが、司令部からの要請である以上、従うしかない。すぐさま思考を切り替え、タリア は矢継ぎに指示を飛ばした。

「メイリン、格納庫に通達!  インパルス及びセイバー発進スタンバイ! アーサー! 彼らは!?」

その指示に驚愕するクルー達だったが、有無を言わせぬタリアの口調に慌てて実行して いく。

そして、タリアは立ち上る煙を映し出すモニターを睨みながら、新たな戦いの予感に身 を震わせた。

 

ミネルバ周辺でも慌しく作業員が動き回り、作業を中断してミネルバへの搭乗が行われ ている。

シンとステラも駆けるようにミネルバへと向かっていく。

「マコト、お前らは早く逃げ ろっ!」

タラップの前で止まり、同じようにここへと走ってきたマコトに向かってシンは怒鳴る ように叫ぶ。

「はぁ、あ、ああ」

走ってきたためか、息が大きく乱れながらも頷き返す。工廠に戻れば突然の警報。聞き 慣れぬ音に面を喰らったのも束の間、次の瞬間には爆発と悲鳴が木霊する破壊の光景が繰り広げられ、マコトは一瞬呆然となったものの、シン達に意識を戻さ れ、なんとかミネルバの傍まで避難してきた。

「けど、なんでこんな……」

やるせないものが胸のなかで拡がる。まさか、こんな場所で戦闘が起こるとは思ってい なかった。

「わからねえ。けど、俺達に も出撃が下ったんだ、お前らは関係ない、早く逃げろ!」

正直シン達も困惑しているのだ。突然の奇襲に出撃。2年前に味わったあの感覚が再び シンの内で沸き上がるのを感じていた。

そして、護るという意思も…マコト達は元々招かれただけの客人だ。戦闘に巻き込むわ けにはいかない。

「シン、気をつけてな」

「ああ。縁があったらまた会 おうぜ!」

手を振ると、シンはステラに促され、タラップを駆け上がり、艦橋内へと駆け込んでい く。

その背中を見送ると、マコトは表情を顰める。

次に会うのは…果たしていつのことになるのか……そんな不安がマコトの内を駆け巡る も、右手に感じた感触にハッと我に返る。

右手に握り、ここまで走ってきたカスミがマコトを見上げている。そうだと…今の自分 には護るものがある。

決意を新たにマコトは今一度シン達が消えたミネルバを一瞥し、彼らの身を案じながら その場を離れた。

生き延びるために……護り抜くために………

 

 

《コンディションイエロー発 令! コンディションイエロー発令! 各要員は持ち場に!》

メイリンの非常事態を告げるアナウンスが響くなか、パイロットスーツに着替えたシン とステラがミネルバの格納庫に駆け込むと、既に技術主任であるマッド=エイブスを筆頭に発進体勢が急ピッチで進められていた。

「シン! ステラ!」

「マッド主任! インパルス とセイバーは!?」

「どちらもいける! 早く乗 れっ」

その時、格納庫がまた揺れる。戦闘の振動が大きくなってきている。このまま大きくな れば、最悪外壁に穴が空くような事態になる。そうなれば最悪の結末だ。

「何をしている! 全員、作 業を急げ!」

振動に不安な面持ちを浮かべる整備士達を一喝し、作業を再開する。そして、シンとス テラは互いに頷き、整備士達の間を駆け抜け、機体が収められている収納エレベーターへと向かう。

ハッチが開放され、その先には愛機が発進の時を静かに待ち構えている。二人は愛機へ と飛び込んでいくように搭乗する。

コックピットに着くと同時にハッチが閉じられ、ヘルメットのバイザーを下ろし、発進 シークエンスを開始する。

《インパルス、セイバー発進 スタンバイ! パイロットは搭乗機へ》

コンソール画面にOS起動画面が表示され、各種モニターに光が灯る。

 

 

―――Generation

―――Unrestricted

―――Network

―――Drive

―――Assault

―――Module

 

 

『GUNDAM』と名打たれたOS画面の起動とともに機体が起ち上がり、エネルギー が機体の躍動を響かせるようにいき渡る。武装を確認し、全装備がグリーンを表示する。

そして、戦闘ステータスで機体を起動させる。

《インパルス、モジュールは ソードを選択。シルエットハンガー2号を開放します。シルエットフライヤー、射出スタンバイ! プラットホームはセットを完了、中央カタパルトオンライ ン!》

コロニー内での戦闘となる派手な火器は使えない。なら、近接戦とパワーに優れたソー ドシルエットの方がいい。

《気密シャッターを閉鎖しま す! 発進区画、非常要員は退避してください!》

セイバー、コアスプレンダー、ソードシルエット、チェスト、レッグの順番でエレベー ターホールへと収まり、その周囲を覆うように透明なガラスが降り、整備士が退避していく。

《中央カタパルト、発進位置 にリフトアップします》

ベルトが動き、エレベーターを上へと押し上げていく。上昇する感触がコックピットに 着くシンとステラにも重く圧し掛かり、息を呑む。

《全システム、オンラインを 確認! 発進シークエンスを開始します! ハッチ開放! 射出システムのエンゲージを確認!》

起動を終え、発進位置に就く。前方に拡がるハッチが開かれ、その先に光が差し込む。

その光にステラは一瞬眼を閉じるも、再び開かれた瞳に力強い意志を宿し、先を見据え る。

《カタパルト推力正常…進路 クリア、セイバー発進、どうぞ!》

カタパルトラインが形成され、ステラはレバーを押し、操縦桿を押し込む。それに連動 して後部エンジンが火を噴き、発進を告げるパネルが点灯し、戦闘機を打ち出すように発進させる。

「ステラ=ルーシェ、セイ バー出るの!」

鉄褐色の戦闘機がミネルバから飛び出し、加速する。

続けて上階へ立ち昇るリフト。ゆっくりとカタパルトデッキの床が眼の上から下がり、 同時に前方のハッチの向こうに見える光が視界に入る。隙間から薄青い空が覗く。

ミネルバに戻ってすぐに伝えられたのは自分の搭乗する機体と同じく開発されたセカン ドシリーズの3機が強奪され、それによる奇襲が行われているということ。

演習ではない…久方ぶりに感じる戦闘の空気が肌をピリピリさせる。

《進路クリア、コアスプレン ダー発進、どうぞ!》

「シン=アスカ、コアスプレ ンダー、出るぞ!」

左手のスロットルを全開にし、直後カタパルトによる加速度が身体をシートに押し付け る圧迫感が襲い、機体がエンジンを噴き上げる。

電磁パネルが全てのシークエンスをクリアさせ、『LAUNCH』という文字が表示された瞬間、コアスプレンダーが飛び立つ。

ミネルバから飛び出し、一瞬のちに全方位が開け、シンは差し込む光に僅かに眼を細め た。空中で機体を旋回させ、加速させる。

そして、ミネルバではインパルスを形成するパーツの射出に移行する。

《カタパルトエンゲージ、シ ルエットフライヤー射出、どうぞ!》

先端に戦闘機を思わせるパーツを装着したソードシルエットが自動制御でエンジンを噴 かし、カタパルトから飛び立つ。

《続いてチェストフライヤー 射出、どうぞ!》

カタパルトが固定されると同時に固定具が外れ、宙に浮いた瞬間、チェストが発進す る。

《レッグフライヤー射出、ど うぞ!》

最後にレッグが射出され、3機のフライヤーは先行するコアスプレンダーを追い、加速 し、戦闘空域へと突入していった。

工廠内を飛ぶシンの視界に立ち昇る黒煙が映り、予想以上の破壊に愕然となる。至る所 に火が見え、数十棟の格納庫が無残に倒壊し、何十というMSが破壊され、その屍を晒している。

そして、未だに工廠内で咲き誇る火花。あの場所誰かが死んでいくのかと思うと、いい ようのない怒りで頭が沸騰し、砕けそうなほど強く奥歯を噛み締めていた。

その怒りを胸にシンは戦闘空域に突入していった。

 

 

 

先導され、リン達は格納庫の間を走っていたが、建物の陰を出た所でリンは足を止め た。それに反応するように全員が足を止めると、ほんの十数メートル先で、MS同士が戦闘を繰り広げていた。

陰から飛び出したカオスがビームサーベルでジンを貫き、リンは舌打ちして雫を引き寄 せ、キラはラクスを抱いて、引きずるように建物の陰に跳び下がる。直後、機体は爆発し、炎は反応の遅れた先導の兵士をあっという間に呑み込んだ。

ジンとゲイツRがカオスに向けて砲撃するも、シールドを翳して受け止め、カオスは次 なる獲物目掛けて駆ける。

その光景に絶句するラクスと雫。だが、今は気に掛けている余裕はない。

「こっちよ!」

案内役を失った以上、できるだけ戦闘区域から離れるしかない。

リンは駆け出し、キラもそれに応じてラクスを促して走る。雫も先程の光景を何度も振 り返りながらも今は従うしかなく、後を追った。

息を切らしながら走るも、彼らの退路を塞ぐように縦横無尽に走り回るガイアが向こう 側から踊り出、上空から迫るディンの砲撃が、ガイアを避けて4人の周囲に降り注ぎ、巨大な穴を穿つ。

咄嗟に近くにあった車両の陰に飛び込み、身を隠す。流れ弾が周囲に着弾し、建物の壁 が崩れ、轟音とともに破片が降り注ぐ。

(くそっ、こいつら正気なの かっ)

リンは内心悪態を衝く。あの強奪犯にしても迎撃するザフトにしてもコロニー内で派手 な火器の応酬をやるなど、正気の沙汰とは思えない。下手をすればコロニーの外壁に穴が空き、内にいる人間は全滅する。

「なんで…どうして、こん な……っ!」

キラの腕のなかでラクスがやり切れない思いを吐き出す。

めまぐるしく動く現実…やはり、新たな争いは噴出してしまうのか。それも今度は自分 達の属する陣営から。

「これが現実よ、ラクス」

沈むラクスに向かってリンが言い放つ。

虚を衝かれたラクスは息を呑むも、リンは淡々と告げる。

「貴方自身が言ったことで しょ…歯車が狂えば、世界はまた不安定な状態になる」

恒久な平和などありはしない。それはラクス自身が言ったことだ。それは新たな争いの ための準備期間でしかないと…解かってはいたが、いざ現実に直視しては、やるせないものを憶える。

「とにかく今は生き延びるこ とだけ考えなさい」

そう…悩むのも後悔するのも後だ。この場を生き延びなければ、そんなものに何の意味 もなくなる。

未だ迷うラクスを一瞥し、リンが顔を上げて戦闘を見やると、ガイアが跳躍し、空中で ディンと交錯する。背中の2枚の翼が拡がり、それに沿って発される光刃がすれ違いざまにディンのボディを切り裂き、落下してきた。

ディンの残骸が格納庫の屋根を突き破り、内部で激しい爆発を起こす。それによって巻 き起こる爆風と爆発に弾かれるように壁を突き破って倒れてくる影。

爆風から身を護るように車両の陰に隠れる。建物の破片が降り注ぎ、巨大なものがすぐ 傍に倒れ、その衝撃で身を寄せていた車両が僅かに跳ね上がる。

「キラ……!」

キラに庇われていたラクスは震える声で自分を庇った身を案じて声を掛けるも、キラは 安心させるように微笑む。

「大丈夫だよ」

「そっちも無事ね」

「ええ。なんとかですが」

雫を庇っていたリンも歯噛みする。破片が直撃しなかったのは幸運だが、このままでは まずい。

車両の向こう側では、MS形態になったガイアがビームライフルを放ち、シグーやゲイ ツRを粉砕し、手近の格納庫を手当たり次第に破壊している。

もはや周囲は瓦礫の山と化し、退路を探すのは不可能に近い。絶望がひしひしとにじり 寄るなか、この状況を切り抜ける術を模索し、リンは周囲を見渡すと、すぐ後方に倒れ伏した機体に気づいた。

路上に横たわっていたのは、2機の緑のMS。ZGMF-1000: ザクウォーリアだ。どうやら、先程の攻撃で破壊された格納庫から飛び出したらしい。開かれたハッチと目立ったダメージを受けていないことを確認すると、リ ンは意思を固め、キラを見やる。

「キラ、腕は鈍ってないわ ね?」

「え?」

唐突に掛けられた声にキラも振り返り、その視線の先にあったザクウォーリアを確認 し、リンに思わず視線を向けると、リンが視線で促し、意図を察したキラも決然と頷く。

「キラ、あんたは二人を!」

言うやいなやリンは駆け出し、キラも一筋の光明を見出したような思いでラクスと雫に 声を掛ける。

「ラクス! 貴方も!」

ラクスと雫を促し、呆然となっていた二人を引っ張りながら機体に駆け寄る。二人の手 を引きながらハッチ付近まで登ると、二人を促す。

「早く、乗って!」

「え?」

戸惑うラクスを抱き上げ、雫を顔で促すと、雫はおずおずとコックピットに入り、それ に続くようにキラも飛び込む。素早くシートに着き、慣れた動作で起動シークエンスを立ち上げる。

ハッチが閉じられ、コックピットの起動スイッチを押しながらキラは急ぐ。

自分がかつて搭乗していた機体とは多少レイアウトが違っているが、大体の見当はつく し、基本的な部分は変わっていないことに感謝をすると同時に、場違いな安心感を持ってしまった。

「キラ………」

3人で狭いコックピット内で、ラクスは複雑な思いを滲ませながら声を掛ける。あの大 戦で傷つき、もう二度とMSには乗らないだろうと思っていたキラの気持ちを慮るが、キラはそんなラクスの思いをありがたいと思うと同時に、短く吐き捨て た。

「こんな所で、君を死なせる わけにいかないよ!」

むしろこの状況では、この中の方が外よりは遥かにマシな避難所だった。操縦系統は旧 型と異なってはいるが、大方見当がつく。動かせないわけはない。

そして、隣のザクに搭乗したリンもハッチを閉じ、同じように起動シークエンスを開始 する。この機体に乗るのは初めてではない。既に何度か乗ったこともある。操作方法に問題はない。

流れるようにキーを叩き、コンソールに光が灯ると同時にリンは通信回線を開き、隣の ザクに通信を繋ぐ。

「キラ、私がガードに就く。 あんたは二人を!」

「う、うん!」

この状況ではどちらかがガードに徹しながら戦闘空域を離脱するしかない。そして、キ ラには悪いがお荷物は任せる。リンは同乗者に気を遣って戦闘ができるような性格ではない。

起動が終わると同時に機体の状態を確認するが、問題はない。これならいけると確信す ると、リンはシートに備え付けられたベルトで身体を固定した。

エンジンが滑らかな駆動音を伝え、モニターに光が入る。頭部のモノアイに光が宿り、 ゆっくりと身を捩り、破片を振り落としながら状況を確認しようとザクの身を起こさせる。胸部の排気口から熱せられた排気が噴出し、上に積もった瓦礫がばら ばらと落下した。

レバーを押し、ザクはその身を力強く立ち上がらせた。

その新たな脅威を察したのか、レアは高まる五感に導かれるままに振り向き、リンとキ ラは表情を顰める。

機体の起動で相手の注意を引いてしまった。モニター越しに映るガイアがビームライフ ルを構えた瞬間、リンとキラは培った反射神経でレバーを操作し、ペダルを踏み込んだ。

ザクがスラスターの噴射で左右に跳び退くと同時に、ビームが背後の壁を灼いた。

「何?」

攻撃が外れたことにレアが一瞬困惑したのも束の間、リンのザクが着地した足を軸に し、踏み切ると同時にスラスターを噴かせ、敵機へと突貫する。

虚を衝かれたレアはザクのショルダーアタックをまともに喰らい、背後に吹っ飛ばされ る。

「ぐっ」

その衝撃に呻き、反動でビームライフルを手離すも、ガイアはなんとか着地する。

「やはり、PS装甲か!」

あの攻撃でガイアにはほとんどダメージがない。やはり、この機体にも物理攻撃対策用 にPS装甲が採用されているのだろう。構えながらその機動性とパワーに苦い感想を抱きつつ、相手の出方を待つ。

「こいつっ!」

今までまったく反撃もできずにやられていった機体とは違うと、レアのなかで危険信号 にも似た警告が響き、ガイアは体勢を整え、ビームサーベルを抜いて加速する。

浴びせられる殺気とも取れる気迫に触発され、リンも左肩のシールドからビームトマ ホークを抜き放ち、応戦する。

ガイアの斬撃をシールドで受け止めて素早くビームトマホークを振り上げて反撃する が、向こうもシールドを掲げてそれを受け止める。

激しいスパークが両機を照り輝かせ、リンとレアは互いに歯噛みするも、ここで量産機 種という差が出た。ガイアはそのパワーを全快にし、強引にザクを弾き飛ばし、リンが歯噛みする。

「くっ!」

咄嗟に身を背後へと跳ばせ、着地するもガイアは追い討ちをかけるように追撃する。

「ええいっ!」

意地になったように何度もビームサーベルを振るうも、リンは操縦桿を切り、その斬撃 を紙一重でかわす。

その上空でディンと交戦していたカオスは足のビームサーベルで一閃し、ディンを両断 して爆発させる。

その爆発を見詰めるエレボスだったが、モニターに地上の戦闘が映し出され、注意が逸 れる。

「ん? 何やってんだあいつ は、たった一機相手に?」

モニター内でたった一機のザクに苦戦するガイアの様子が映し出され、エレボスは溜め 息をつきながら、援護に向かおうと操縦桿を切る。

「モタモタすんなっレア!」

悪態を衝きながら一撃で終わらせてやると、カオスが足のビームサーベルを展開して急 降下で斬り落とす。

戦闘から離れたキラの駆るザクのコックピットで、キラ達もそれに気づいた。

「「ああっ」」

「リン!」

思わず悲壮な声を上げるも、リンも上空からの接近に気づき舌打ちする。

「ちっもう一機!」

厄介なことになったと悪態を衝きながらも身を捻り、直上からのカオスの斬撃をかわ す。空を斬ったカオスのビームはそのまま地表を焼くも、エレボスは驚愕に眼を見開く。

「何!?」

自分の攻撃をかわしたことにエレボスは焦りにも似た感情を憶える。先程まで相手にし ていた連中とは違うと直感したのか、エレボスもリンのザクに敵意を集中させる。

「かわしただとっだがっ!」

追い討ちをかけるようにビームサーベルを振り上げる。そして、反対方向から迫るガイ ア。

リンは同時に振り下ろされるビーム刃を左肩のシールドでカオスを、右手のビームトマ ホークでガイアの斬撃を受け止める。

攻撃が防がれたことに再度驚愕に眼を見開くエレボスとレア。だが。リンの方も受け止 めるだけで精一杯だった。

歯噛みしながら押し切ろうとする2機を抑えていたが、突如カオスとガイアに銃撃が浴 びせられ、2機は思わずザクから飛び退いた。

「何っ!?」

その攻撃を浴びせられた方角を睨みつけるように見やると、彼方より飛来してくる小型 戦闘機。

シンの操縦するコアスプレンダーが搭載していたミサイルを発射し、カオスやガイアの 周囲に着弾し、炸裂する。

大したダメージではないが、隙ができたとばかりにリンは距離を取る。

その隙にスロットルを踏み込み、シンは棒立ちになったカオスとガイアの横をすり抜 け、再び上空に舞い上がった。

そこへ編隊を組むように追いつく4つの機影。3つのユニットとセイバーだ。

上空へ舞い上がるセイバーが機体を変形させていく。前部ユニットが後退し、脚部が伸 び、現れる両の腕。その腕に握られる銃と盾。

突き出すように出現する頭部とツインアンテナが左右に拡がり、同時に鉄褐色の鋼の色 が流麗な赤へと変わっていく。

その横でシンは3つのフライヤーユニットと相対速度を合わせ、この機体特有のシステ ムを起動させた。コアスプレンダーの翼部のミサイルポッドが外れ、機首がくるりと回転し、翼端とともに機体下部に折りたたまれる。同一軸上に並んだ各ユ ニットにビーコンが発せられたのを確認し、シンはスロットルを絞った。

後方のレッグフライヤーが伸びる赤外線にも似た誘導ラインに従い、コアスプレンダー が接合し、同時にユニット下部がスライドしてMSの下半身となる。ドッキングが正常に繋がり、モニターに『COMPLETION』 の文字が表示される。

更に加速した機体は、次に前方のユニットと接合し、折りたたまれていた両腕が展開 し、四本の角を持つ特徴的な頭部が現れた。

人の四肢と同じ形態を取った機体に向かって最後に二本の対艦刀が備わったシルエット フライヤーが誘導機器を離脱させ、導かれるように背面に装着され、同時にVPS装甲が展開される。

鉄褐色の機体はベールを剥ぐように色づき、下半身と腕部を白く、肩やボディを赤を基 調とする鮮やかな色に変化させる。

ONになった位相転移がまるで命を吹き込んだようにその姿を悠然と現わす。その息吹 にシンは顔を上げ、前を見据える。

シンは背中に負った二本の長大な大剣:エクスカリバーを両手に抜き放ち、自重と擬似 重力、それにバーニアの推力を生かして2体はザクを護るように降り立った。

 

――――ZGMF-56S:インパルス

――――ZGMF-23S:セイバー

 

流麗な赤と燃え立つような赤と純白に身を輝かせる2機は雄々しくその場に佇む。

シンは一振りが刃渡り十数メートルにも及ぶレーザー対艦刀:MMI-710エクスカリバーを柄の部分で結合させ、頭上で大きく振り被り、切っ先をガイアに向け、同時に ビーム刃を形成させた。

突如出現したインパルスとセイバーにその場にいた者達は呆然と佇み、その2機を見据 える。

「なんで、こんなこと を……」

インパルスのコックピットのなかで、シンは例えようのない怒りを感じていた。

「また戦争がしたいのか!?  あんた達は!?」

怒りの咆哮とともに『騎士王』と謳われし王の持つ剣と同じ銘を打たれた大剣を構え、 シンはコックピットの中で吼えた。

烈火のような怒りと気迫を込め、シンは新たな火種を打ち倒すための戦嵐のなかへ舞っ た。

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

平和…誰もが望んでいたも の……

それは呆気なく突き崩され る。

 

新たな嵐が舞うなか、戦士達 は戦いのなかへ身を投じていく。

護るために…戦うために…… 壊すために………

 

激しい砲火が飛び交うなか、 亡霊が姿を現わす。

過去を清算する…卑しき亡霊 が………

 

 

そして…騎士を葬るため に……影は姿を現わす…………

 

 

次回、「PHASE-08 亡霊」

 

卑しき過去を清算せよ、スト ライクE。


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