警報と爆音。硝煙と鮮血…それらが充満する瓦礫のなかを悠然と歩む人影。

全身を黒一色に染めているが、それに反するように黄金に流れ、風に靡く髪。だが、そ の顔はバイザーに覆われ、窺うことはできない。

人影は瓦礫と散らばるように倒れ伏す死体の上を気に留めた様子もなく、まるで死者を 誘う死神のように歩む。

その時、呻き声が聞こえ、ふと足を止めそちらを見やると、一人の女性兵士が瓦礫の下 で苦しんでいた。額から血が流れ、息も絶え絶えで虫の息だったが、それでも懸命に生きようともがいている。

そんな様に女性は心底愉しげに笑みを浮かべ、ゆっくりと歩み寄る。

「た、助け……」

既に視界が朦朧としているのだろう…その兵士の眼は虚ろだった。だが、眼前に人の気 配を感じ、それに縋るように必死に手を伸ばすも…その前に佇む人影は救いではなく……死を誘うものだった。

光が一瞬煌いたかと思った瞬間……兵士の首が胴体から離れ、ゴロンと転がる。一拍 後、離れた胴体から噴水のように噴出す鮮血。

夥しい真っ赤な血飛沫が周囲に飛散し、真っ赤に染め上げていく。破壊の後に装飾を施 し、真っ赤に染め上げられたその場は、まるで死の美を表わすような空間を醸し出す。

人影の右手には、その真っ赤な装飾を施したもの。命を刈り取った死神の刃が握られて いた。それは、人影と同じ黒の刀身。

そして、その鮮血は死神にも装飾を施していた。温度を保つ真っ赤な液体が黒い服に赤 黒く斑模様を描き、背徳感を感じさせるものを齎していた。だが、それは人影の持つ妖艶さをより強く誇張していた。

艶やかな金色の髪を靡かせ、右手に握る刃からは滴る鮮血。黒いコートに装飾された赤 黒い斑模様。真っ赤な世界のなかで佇むその黒。その姿は、吐き気がするほど美しく、また鳥肌を抱かせるほど醜い……その姿は、地獄に堕ちた天使か…屍から 産み落とされた悪魔か……ただ言えるのは、その地獄に佇む姿は、魔性であった。

不意に、視界に斬り落とした首が飛び込む。その表情は苦痛でもなく安堵でもない。た だ一瞬の内に命を刈り取られたことを示唆させるように無表情だった。まるで、魂を刈り取られたかのごとく…一瞥し、頬に跳び掛かった鮮血を指でなぞり、そ の跡が血化粧を施す。だが、女性は内に満たされない空虚感を憶える。

(ダメ…こんな血じゃ……私 を、満たしてくれない)

心底落胆したように手に持った刃を持ち上げ、その刀身に付着した鮮血が滴り、その様をバイザーの下の瞳 に映し、口元が歪む。

「舞台は整った。新たな運命 の混沌が……」

肩を竦め、手を振り払い、刃に付着した鮮血を振り落とし、漆黒に煌く刀身を腰の鞘に 収める。

「父様。父様の遺してくれた この夜刀神、母様を手に入れるために…そして、私の手で護るために……あの騎士を殺します」

陶酔するように恍然とした表情を浮かべ、人影はそのまま一棟の格納庫に入る。様々な スクラップが散然とする様は、まるで墓場のようにも取れる。

その奥に進み、そしてその奥に佇む巨大な影を見上げる。MSと取れる四肢を持つその 機体は、全身を衣のようなボロを纏い、その姿を窺うことはできない。

まるで墓場を護る墓守…いや、墓場から這い上がった死者……どちらとも取れる異様な 様相を醸し出す機体の胴体中央に微かに見える衣の下の鉄の装甲。その装甲の中央に開かれたハッチ。

人影はそのまま導かれるように機体を昇り、ハッチ内に飛び込むように搭乗する。シー トに着くと同時にハッチが閉じられ、一瞬コックピットが暗闇に包まれるも、次の瞬間には周囲に光が満ち、人影の周囲が透けたように映し出される外の映像。

全方位モニターのコックピット内で人影は操縦桿を握り、左手でパネルを叩きながら操 作し、それによって命を吹き込まれたように機体の随所から噴出す排気音。操縦桿を引き、レバーをゆっくりと押すと、それに呼応するように機体はゆっくりと その身を立ち上がらせていく。

完全に立ち上がった機体。ボロ衣に覆われた影の頭部。暗闇の奥に光を放つ金色と真紅 のオッドアイの光。

「さあ…破滅の混沌へ。全て を虚無に……そして…私の……母様のために」

不適な笑みを浮かべ…『影』は世界へとその身を晒す。

 

 

新たな混沌を誘う虚無の運命の担い手として…………





機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS

PHASE-08 亡霊

 

 

アーモリー・ワン内の工廠の各所に立ち込める黒煙。

飛び交う衝撃と銃声、そして振動。それらを見詰めながら、工廠内に佇んでいたジェス は息を呑む。

「いったい何がどうなってる んだ?」

先程までの雰囲気とまったく違うことにジェスは不安を隠せない。いや、この雰囲気は 何度か味わったことがある。

「近いな…どうやら敵の襲撃 のようだな」

ジェスとは対照的にカイトは落ち着いた様子で状況を分析する。元々こういった荒事が 本業の彼にとっては特に取り乱すようなものでもない。

だが、この状況は流石にマズイ。なにせ、すぐ近くで激しい戦闘が行われているようだ が、肝心こちらは生身だ。巻き添えを喰うのは御免とばかりに溜め息を小さく零し、ジェスを見やる。

「取り敢えずアウトフレーム を起動させろ。俺もジンアサルトで出る」

「だ、だけどセトナが買い物 に出たままだし、マコト達もまだ戻っていないんだぜ」

セトナは食材を購入するとばかりに街に出向き、マコトとカスミもミネルバのクルー達 と一緒に出掛けてしまっている。彼らが戻らない現状がジェスに不安を与えている。

相変わらず感情的になる奴だとカイトが内心悪態を衝くも、論するように咎める。

「今からでは捜せないだろ う。街ならきっとシェルターに入っているはずだ」

どの道、この混乱した状況では彼らを捜すのも戻ってくるまで待つこともできない。そ れに、街には一般市民がいる以上、シェルターへの誘導が始まっているはずだ。シェルターに入ってしまえば、戦闘が終わるまで確認はできない。

正論に押し黙るも、さらに続けられたカイトの言葉にジェスはハッとする。

「ジェス、お前はジャーナリ ストだろう。今、お前がやるべきことやれ!」

カイトの一喝にジェスはゆっくりと周囲を一瞥する。行き交う兵士達に動き回るMS。 すぐ傍で行われている戦闘。

それらを捉え、伝えるのがジェスの仕事であり、信念だ。

「……解かった」

逡巡していたが、やがて覚悟を決めたのか、苦い表情で頷くと、アウトフレームに向 かって駆け出し、カイトもやれやれと肩を竦めながら後を追い、ジンに搭乗する。

二人の搭乗したアウトフレームとジンアサルトはハンガーより起動し、係官に誘導され ながら、工廠内に飛び出す。

Gフライトに乗り、アーモリー・ワンの空に舞い上がるアウトフレームとジンアサル ト。上空に浮上したアウトフレームはすぐさまガンカメラを眼下の工廠内に向け、ジェスはモニターの倍率を絞りながら戦闘が行われていると思しき場所を特定 する。

広大な工廠内を一望する余裕もなく、眼下では至るところで爆発の炎が咲き乱れてい る。

倍率を上げ、その戦闘空域を映し出すと、ジェスは息を呑む。先日まで自分が撮影して いたセカンドシリーズの内の3機。カオス、ガイア、アビスがザフトのMSを相手に戦闘を行い、破壊活動を行っている。

「な、なんであの3機が?」

「どうやら、奪われたのはあ の機体らしいな」

驚愕に困惑するジェスだったが、カイトは状況を一瞥し、悪態を衝く。あの新型の性能 は嫌というほど見せられた。そして、アレを欲する者がいるという可能性も考えてはいたが、流石にこの状況はカイトにとっても予想外だったらしい。

カイトの評にジェスは汗を流しながらも、自分の本分を果たそうとカメラを向ける。自 分の仕事は眼の前の真実を世界に告げること。そう己に言い聞かせ、次々と破壊されるザフトのMS達の無残な現実に歯噛みする。

工廠内は既に瓦礫の山と化し、黒煙が昇り、炎が燻る。破壊を続ける3機の内、ガイア が一機のザクと交戦を繰り広げているのが映る。

大した抵抗もできずに敗れていく他のMSとは違い、そのザクはガイアを相手に決して 劣らない戦闘を繰り広げていた。それは、そのザクのパイロットの腕がかなりのものであることを示唆させていたが、業を煮やしたガイアはザクを強引に弾き飛 ばし、距離を取ったザクに向かってカオスが上空より斬り掛かる。

これまでかとジェスが身を乗り出さんばかりに見入るが、ザクはカオスの斬撃をかわし た。その腕に驚愕しながらも、カオスとガイアの2機の同時攻撃にさしものパイロットも追い詰められている。

だが、次の瞬間には別方向からの攻撃を受け、カオスとガイアが仰け反ると、カメラの 視界に見覚えのある機影が飛び込んできた。

「インパルス……っ!」

それはセカンドシリーズの中枢機。戦闘機形態から合体し、MS形態となったインパル スとセイバーが現われ、インパルスが対艦刀を手に向かっていく。

激しくなる攻防に思わずもっと見入ろうと無意識に機体を地表に近づけようとするも、 それに気づいたカイトがアウトフレームの肩を掴み、静止させる。

「なにやってる、ジェス!  これ以上近づくな! 戦闘に巻き込まれちまうからなっ」

大仰に悪態を衝くカイトにジェスは我に返り、慌てて操縦桿を戻す。

「解かってはいるよ、カイ ト……解かってはいる……」

いいようのないやるせなさが渦巻き、ジェスは歯噛みする。

「なんだってこんなことに… あの静かだったコロニーが一瞬にして火の海だ……」

カメラ越しに見える光景はもはやあの壮観も絢爛さもない。あるのはただ破壊の跡の み。無数のMSの残骸と廃墟。そしてその戦闘で傷つき、呻く兵士達の声。すぐ眼前で繰り広げられる戦いの恐怖がジェスの内をジワジワと侵食する。

「こんなこと、誰だって望ん じゃいないだろ? それとも…望む者がいるってことなのか……」

こんな真似、普通の神経ではできはしない。それ以上に、こんな大それた真似を突発的 に行うような馬鹿がいるとも思えない。なら、この出来事を望み、裏で誘導した存在がいる。

この破壊を望んだ思惑が…そんな考えにジェスは見え隠れする真実に息を呑み、それが 明るみにできない悔しさに表情を顰める。

その時、通信の受信が鳴り、ジェスが回線を開くと、モニターにベルナデットの姿が映 し出される。

《ジェス! 良かった、無事 なのね》

「ベル」

ジェスの姿を確認した瞬間、安堵にも似た表情を浮かべるも、すぐさま表情を引き締 め、呟く。

《ここは危ないわ。報道ス タッフにも退避勧告が出たわ。貴方達もすぐに脱出を》

「しかし」

カメラから眼を離し、ジェスは言い淀む。ジャーナリストとして、この戦闘の真実をで きる限り収め、伝える。そんなジェスの信念を理解しているからこそ、ベルナデットは気丈な態度で告げる。

《貴方の気持ちは解かるけ ど、プラント内の取材は私達に任せて!》

そう。自分もジェスと同じように報道の人間としての信念を持っている。だからこそ、 ここは自分達が頑張らねばならないとき。それを理解したジェスは名残惜しそうな表情で頷いた。

「解かった。あとの取材、頼 むぞ」

《ええ。港は使わず、ルート 475を使って外へ。そこでジャンク屋組合の艦に合流するといいわ》

退避ルートが転送されてくる。この状況下では港は対応に追われてまともに機能するま い。ルートを確認し、カイトが促す。

「あっちだ、行くぞジェ ス!」

「ああ、ベル、マコト達がま だ戻っていない。無事かどうか確認頼む」

ここまで一緒にいた彼らを置いていくのは気が引けるが、もはやここに留まることはで きない。仲間の安否を気遣うジェスに表情を緩める。

《ええ、任せて。落ち着いた ら連絡するわ、じゃあ!》

「ああ、あんたも気をつけて な、ベル」

笑顔で一時の別れを交わし、モニターが切れる。カイトのジンアサルトが先導し、後を 追おうとするも、ジェスは今一度戦闘区域を見やる。未だ続く戦闘の火花に表情を苦々しくしたまま、一瞥し、ジェスは操縦桿を切った。

Gフライトが加速し、アウトフレームとジンアサルトはそのまま戦闘区域より離れた場 所にある非常用ルートを使い、アーモリー・ワンより離脱していった。

 

 

 

警報が鳴り響く格納庫の一画。そこは、大日本帝国軍に設けられた区画だった。

同行した整備士達が慌しく動くなか、ハンガーに固定されたダークブルーともパープル とも取れる機体のコックピットには、純白のパイロットスーツに身を包んだ刹那が搭乗していた。

「状況は?」

「新型3機が何者かに強奪。 ザフトが迎撃に出ていますが、推されているようです」

作業を行いながら、ハッチ向こうにて待機する整備士の返答に刹那の表情が険しくな る。

「し…斯皇院外交官は?」

「解かりません。状況が混乱 していて、こちらにも詳しい情報が……」

言い淀む整備士に刹那の表情も沈痛なものに変わる。だが、再び振動が地表を揺らし、 それによって意識を引き戻される。

「解かりました。僕も出ま す」

「お気をつけて」

「ええ、貴方方も早くシェル ターに」

敬礼し、離れていく整備士。それを確認すると、ハッチを閉じ、コンソールを叩きなが ら起動を開始する。

各種モニターに光が灯り、機体に命が吹き込まれていく。

(まさか、こんな形で実戦を することになるなんて)

複雑なものが表情に浮かぶ。この機体自体、まだ試験の範囲を出ない機体だ。演習での 問題点はクリアしていても、実戦での起動にはリスクが大きい。そんな不安を抱きつつも、刹那は首を振る。

「いけない、しっかりしな きゃ」

弱気になっている場合ではない。現実問題として敵襲が起こっている以上、静観してい るわけにはいかない。

まだ、この機体を失うわけにはいかない。起動を終えると、刹那はヘルメットを取り、 頭に被ると同時にバイザーを下ろし、ノーマルスーツを密封し、操縦桿を握る。

正面モニターに格納庫内が映し出され、それに連動して機体の頭部のツインアイがグ リーンに輝く。

ロックが解除され、機体はハンガーより解放されると、刹那は準備されていた装備を装 着し、キッと前を見据える。

「真宮寺刹那、JAT-X007:吹雪、出ます!」

力強く大地を踏みしめ、刹那の搭乗する吹雪は格納庫より飛び出し、刹那はスラスター を展開し、噴射させてアーモリー・ワンの空に舞い上がる。

空中に飛び上がった吹雪は眼下の状況を確認し、モニターに表示させる。

「酷い…工廠内は壊滅的じゃ ないか」

こうして一瞥しただけでもその被害の程が身に思い知らされる。だが、そんな感傷に 耽っている場合ではないと慌てて熱分布を検索し、未だ戦闘が行われている区画をサーチする。

「あそこかっ」

爆発の熱分布とアンノウン反応。それを確認すると同時に刹那は吹雪をその区画へと急 行させた。

「でも、いったい誰が…?」

セカンドシリーズ自体がこのコロニーで開発されているというのは既に知れ渡ってい る。だが、問題は何処の勢力がこの件を起こしたかだ。

「それも、捕まえてみなけれ ば解からないか」

いくら逡巡しても答は出ない。なら、相手を捕らえて直接聞くしかない。決然とした面 持ちで刹那は操縦桿を引き、吹雪は加速した。

 

 

 

突然の奇襲にMSに搭乗したリンとキラ達。セカンドシリーズのカオス、ガイアの2機 に苦戦していたリンだったが、突如姿を現したインパルスとセイバーの2機に彼らだけでなくエレボス、レアも一瞬唖然となっていた。

だが、インパルスとセイバーのコックピットでシンとステラはキッと表情を引き締め、 操縦桿を引く。

破壊によって成された廃墟と屍の大地。命を散らせるように咲き乱れる炎のなかを吹き 飛ばすように2体のMSは加速する。

その地獄を終わらせるためか…その地獄を続けるためか……そんな考えさえなく、ただ 赦せぬ理不尽な現実を打ち砕くために。

「うおおおっっ!」

咆哮を上げ、大地を疾走するソードインパルスがその手の大剣を振り上げてガイアに迫 る。巨大な刀身に沿って走るレーザーの光刃が迫り、レアは眼を見開く。

「なに、コイツ!?」

自分の前に突如として姿を現した機体がバーニアを噴かし、大地を駆けながら一瞬の内 にガイアに急接近し、その大剣を振り上げる光景に反射的に操縦桿を引く。

振り払われた斬撃を、ガイアは身を低くして回避する。空を斬った大剣はそのまま地表 を大きく抉り、粉塵が舞う。

シンは舌打ちする。このエクスカリバーは連結させると自機よりも長刀になるため、ど うしても扱い方が限られてくるうえに、攻撃の隙も大きい。だが、シンは振り払った勢いをそのまま腕を回転させるように横へと軌道修正した。

屈み込んで回避したガイアであったが、その体勢は次の攻撃には格好の的になり、レア の瞳に迫り来る光刃が映り、頭の中で警報音が鳴り響き、それに従い慌ててシールドを掲げるも、鋭い斬撃の衝撃と強烈なGが身体を圧迫し、レアは苦悶に顔を 歪める。

「このおっっ」

苦痛に相手への怒りを滾らせ、レアは弾かれながらもガイアのMMI-GAU25A 20mmCIWSを乱射した。

その振り払ったために一瞬、攻撃の硬化時間によって固まっていたインパルスだった が、そのバルカンの応酬は装甲によって弾かれ、致命傷を与えるには至っていなかった。

眼を驚愕に見開くレアに向かってインパルスは腰部からMA-BAR72 高エネルギービームライフルを取り出し、ガイアに向かって発射する。

レアは咄嗟にスラスターを横に噴かせ、その一射をかわすも、連続して放たれるビーム に地上へと降下する。

降下したタイミングを狙って再度シンはトリガーを引くも、獣のような反応速度でガイ アは背後へと跳び、ビームをかわす。目標を見失ったビームはそのまま地表を焼き、爆発が起き、ソードインパルスの装甲をより赤く照り映えさせる。

その相手の俊敏さにシンはコックピット内で歯噛みする。

その横では、カオスに狙いを定めたセイバーがMA-BAR70 高エネルギービームライフルを構えてトリガーを引く。

エレボスはシールドを掲げて受け止めるも、その熱量にシールド表面が僅かに融解す る。その熱量は先程のゲイツRの攻撃と比べ物にならないほどの熱量だった。

「ちっ」

予想外の出力に舌打ちし、エレボスはカオスのバックパックからミサイルを発射する。 無数に放たれるミサイルが弧を描きながらセイバーに襲い掛かるも、ステラはセイバーを後方へと跳ばせ、ミサイルが降りてきた瞬間を狙って頭部のバルカン砲 で狙撃する。

衝撃で空中爆発するミサイル。その光景を一瞥しながら、爆発に向かってMA-7B スーパーフォルティスビーム砲を発射する。

爆発によって視界を遮られていたエレボスだったが、爆発を切り裂くように向かってき た閃光に眼を見開く。

「なにっ!?」

慌てて機体を飛び上がらせ、閃光をかわす。空中に舞い上がったカオスに向けてステラ はビーム砲を連射する。

ビームの火線に晒されたカオスは装甲を掠める熱量に歯噛みしながら、カオスを降下さ せ、瓦礫の壁に身を隠す。

「こいつらっ!?」

突如として出現した白と赤の2機に、エレボスは睨みつけるように毒づく。機体フレー ムや特徴的な頭部と特殊装備など、今自分達が搭乗しているこの3機と同一系統のものであることは間違いなかった。

「くそっ、あれも新型 か!?」

物陰からセイバーを狙い、モニターに表示される2機を見て毒づく。

機種を特定したコンピューターが2機の名称を伝えていることからすると、確証はでき たが、肝心の自分の疑問は解決されていない。

「どういうことだ!? あん な機体の情報なんて聞いてないぞっ!」

自分達に下された命令は、このアーモリー・ワンで開発されている新型機3機の奪取。 確かにそれしか聞かされなかった。

あと2機存在しているなど、話が違うと命令を出したいけ好かない上官に向かって心の なかで罵倒する。

それに、この2機の攻撃は半端ではない。機体性能はともかく、それを引き出す動体視 力に反応速度、間違いなく先程まで相手をしていたどのMSとも違う。

こいつらは侮ってはならない相手だ、と確信したエレボスは、口元を引き締めながら狙 い撃つセイバーに向けて再度反撃に転じた。

 

 

目まぐるしく繰り広げられる戦いにリンもやや見入る。

「アレがセカンドシリーズの インパルスとセイバー…それに……」

データで確認しただけだったが、間違いない。あの強奪された3機も、今その3機と戦 闘を行っている2機もセカンドシリーズの機体に間違いない。

そして、あのインパルスとセイバーに乗っているのは自分が知るパイロットであること も。

戦闘を横に機体の状態を確認する。目立った損傷はないが、それでも最初に攻撃で各部 の関節路に負荷が掛かっている。

その作業を行いながらも、モニターに映るセカンドシリーズの戦闘を視界に入れる。流 石に次世代機開発のために造られただけあり、その機動性もパワーも特殊装備も従来の機体よりも高い。

「しかしこの状況、2年前の ヘリオポリスとまったく同じね」

あの当時もヘリオポリスで開発されていた連合の新型兵器であったGを奪取し、奪った 機体と同系同士の戦いを繰り広げた。

そして、その結末まで一緒になるのかと……強奪が目的なら、必ず回収部隊の存在があ るはず。

いくらなんでも単独でこのコロニーから離脱できるはずがない。

「増援があるか」

あの強奪チームを援護するための部隊が必ず近くにいるはず。あの3機は幸いにインパ ルスとセイバーの2機が抑えてくれる。

キラ達への危険も回避された今、リンはその増援の迎撃に紛れて離脱しようと考えた が、ふと耳に音が聞こえてきた。

「っ!?」

耳に流れてきたこの音色は……思わず振り返るように周囲を見渡す。

口笛の音色ではあるが、この音が奏でる歌はリンにとって聞き覚えどころか、聞き間違 うはずもないもの。

(どこ…どこからっ)

何処からともなく響くこの音色…いったい何処から聞こえてくるのか、周囲を見渡して もその音源たる存在の姿はない。

いいようのない苛立ちと微かな困惑を浮かべながら、周囲を窺うように見やっていたリ ンだったが、背中越しに感じた冷たい気配にハッと振り返る。

「!!?」

コックピット越しでもハッキリと伝わって冷たい殺気。気を一瞬でも抜けば、間違いな く殺られると確信できるような気配。

振り返った先からより鮮明に聞こえてくる口笛とともに周囲の風景から抜き出るように 姿を現わす影。

ボロの黒衣で全身を覆い、悠然とした足取りで姿を現わす機影。まるで死神のような雰 囲気を漂わせる機体はリンのザクの前に佇み、凝視する。

その黒衣に覆われた頭部の奥に感じる視線にリンは額から汗が流れ、操縦桿を握る手が 汗ばむ。

リンは眼前の相手が持つ異様な気配に戦慄するような直感を憶えた。いや、それ以前に 気に掛かるのは……

(何故…あの歌を知ってい る?)

この眼前の機体から聞こえてきたあの歌は、間違いなく姉と自分の知っているあの歌 だった。

だが、あの歌を知っている人間は限られている。自分と姉…そして、その歌を教えてく れたあの人のみ。混乱が内に渦巻きながらも、相手から感じる殺気とも取れる冷たい気配に警戒が解けない。

どれ程そうして睨み合うように対峙していただろうか……激しい戦闘が行われているは ずの戦場で、その一画だけが静寂に支配されているような錯覚に陥る。

迂闊に呼吸さえできない緊迫感が漂うなか…突如、黒衣の下で敵の瞳が輝いた瞬間、リ ンは反射的に右腕を引き上げた。

次の瞬間、甲高い激突音が周囲に木霊する。

黒衣の機体はリンのザクに向かって刃を振り下ろし、リンはザクのビームトマホークで その攻撃を必死に受け止めていた。

一瞬の内に間合いに入り込まれ、繰り出された攻撃…もし少しでも反応が遅れていれ ば、まず間違いなくコックピットをやられていただろう。

嫌な実感が内を巡りながらも、押し切ろうとする相手にリンも歯噛みしながら必死に防 御する。

モニター越しに覗く死神の黒衣の奥に鈍く凝視する瞳。血のような真紅の輝きと魔性の ような金色の輝きに呑まれそうになるも、リンは操縦桿を引いた。その瞬間、均衡が崩れ、リンのザクは後方へ跳ぶも、衝撃に弾かれ、ビームトマホークを打ち 落とされる。

衝撃に呻きながらも着地するザクに向かって死神は再度急加速で迫る。そのスピードは 従来のどの機体よりも速い。

咄嗟に機体を屈ませ、振り払われた斬撃をかわすも、死神のもう一方の手が伸び、ザク の首を掴む。

「しまっ!」

迂闊と考える間もなく、死神はそのままザクを掴んだまま加速し、ザクを格納庫の壁に 向かって叩きつける。

凄まじい衝撃がザクを襲い、リンの身体に鋭いGが襲い掛かり、嘔吐する。

「がはっ」

身体が麻痺し、操縦桿から手が離れる。だが、それでも意識を失わないのは流石という ところか。並みのパイロット、おまけにノーマルスーツも装着していない今の状態では失神してもおかしくない。

呻き声を噛み殺しながらモニターに映る死神を睨むように見据えるリンの耳に、声が聞 こえてきた。

「フフフ…流石ね、騎士」

「何?」

声の聞こえてきた先はこの眼前の死神。それは確信できたが、聞こえてきたのは女の 声。聞き覚えのない声だ。

「誰!?」

警戒心を滾らせ、思わず語気を荒げるも、死神のコックピットでは、そんなリンの反応 をまったく意にも返さず、さも愉しげに、涼しい口調で応じた。

 

 

―――――私はゼロ……虚無 の騎士

 

 

「ゼ…ロ……?」

相手が発した名にリンは頭を困惑させる。

だが、そんなリンを嘲笑うように、死神のコックピットで、ゼロと名乗った女性は不適 な笑みを口元に浮かべ、表情を歪めた。

 

 

 

「リン!」

戦闘を離れた場所で静観していたキラ達だったが、モニターに映るリンのザクが突如出 現した謎の機体と交戦に入ったのを見て驚愕するも、すぐ傍ではセカンドシリーズ5機による激しい応酬が続いていた。

爆発と振動がモニターの向こうで轟き、コックピット内を照り映えさえる。

その熱量にキラ達も意識を引き戻され、眼前の戦いに注意を戻す。キラの眼には、ガイ アと激しい攻防を繰り広げるインパルスが映る。

一秘書官でしかない自分の立場ではその詳細を知ることはできなかったが、アレがセカ ンドシリーズの一機であることは察せられた。そして、その機体形状は2年前の大戦で自分が搭乗した最初の機体と何処となく連想させるディテールを持ってい る。

「キラ、あの機体はインパル ス…乗っているのは、彼です」

見入るキラに向かってラクスがそう呟く。

それだけでキラはあのインパルスのパイロットが誰であるかを理解した。あの腕は紛れ もなく実戦を経験している。

そして、ラクスと自分が知る者となれば……そんな思考を巡らせるなか、インパルスと ガイアは目まぐるしい交錯を繰り広げている。

獣型形態で襲い掛かるガイアは獰猛に猛り、背部の翼にビームの刃が展開される。高速 で襲い掛かる相手にこの状態では分が悪いとシンは即座にエクスカリバーの連結を解除し、両手に持ち構えると同時に加速する。

「何!?」

連結させていた大剣が2本に分離したことに、自分の予想を超えた事態にレアは困惑し ながらもレバーを引き、ガイアを疾走させたまま跳躍させる。同じタイミングで大きく振り被ったインパルスのエクスカリバーが空中で交錯するも、互いに空を 切り、エクスカリバーは地表を抉る。

あと一歩遅ければ、間違いなくあの衝撃に叩き潰されていたのは自分であったとレアは 脳裏に浮かべ、それがいいようない怒りを憶えると同時にレアはインパルスに向かって敵意をぶつける。

空中で体勢を変え、MA-81R ビー ム突撃砲を放つ。だが、背後からの狙撃をインパルスは左腕のシールドを掲げて受け止め、ビームを拡散させる。それだけに留まらず、シンは片手のエクスカリ バーを振り被り、ガイアに向けて投擲する。

回転しながら襲い掛かるエクスカリバーにレアは眼を見開きながらも危ういところで人 型に戻り、シールドでレーザー刃を受け止めたが、その反動で大きく弾き飛ばされる。

「こいつぅぅぅ」

呻きながらも着地するガイア。大地に突き刺さるエクスカリバー。予想以上に相手の腕 が立つことにシンは焦りを憶えるも、その耳に突然通信越しに声が飛び込んできた。

《シン! 命令は捕獲だぞ!  解かってるんだろうな、あれは我が軍の……》

通信の先はミネルバのブリッジ。そして怒鳴るように通信を送っているのはミネルバ副 長のアーサー=トラインだった。

こちらの戦闘を確認していて危惧を抱いたのだろう。こんな時にと頭を抱えたくなり、 やや投げやりに反論した。

「解かっていますよっ大事な 機体ですからねっ」

言われずともそんな事ぐらい百も承知だ。だが、本気で殺しに掛かってきている相手を 前にしてそんな懸念を口にされても難しい。

相手の技量も自分と同じ…いや、それ以上の腕だ。そんな相手に対して無傷で機体を奪 還しろと言うのは少々酷に思えた。

一瞬、通信に気を取られたため、隙ができた。微かに動きの鈍ったのをレアは獣のごと き感覚で嗅ぎ取り、ガイアを加速させた。

「でぇぇぇいい!」

鋭い眼でインパルスに狙いを定め、ビームサーベルを振り上げる。それに気づいたシン は慌てて防御しようとするが、そこへ赤い影が割り込む。

「えええぃぃっ!」

ステラの気合とともに振り上げられたセイバーのビームサーベルがガイアの刃を受け止 め、エネルギーの干渉で互いに弾かれるも、ガイアは着地と同時にセイバーに連撃を浴びせる。

幾条も斬り払われる斬撃を紙一重でかわし、ステラも応戦に転じる。振り上げる刃と刃 が交錯し、ステラとレアは互いにコックピット越しに相手を睨む。

「ステラ!」

援護に回ろうとしたシンだったが、後方よりミサイルの接近を告げるアラートが響き、 慌てて機体を飛び上がらせる。ミサイルが先程までいた場所を焼き尽くし、その攻撃をしたカオスに向かってシンはビームライフルを放つも、カオスはシールド で受け止め、応戦してくる。

ガイアと接線を繰り広げていたセイバーが弾くように距離を取り、ミネルバに通信を繋 ぐ。

「艦長」

《何?》

話を振られたタリアはどこか鋭い瞳を画面越しに向ける。

「相手を無傷で捕獲するのは 不可能です。手足の一本ぐらいは構いませんよね?」

涼しい表情でそう問うステラにアーサーが表情を引き攣らせる。

《ちょっステラ! 君ま で…っ》

大人しそうな外見に反して過激な発言に反論しようとするも、隣のタリアにぴしゃりと 遮られる。

《アーサー、黙りなさい!  仕方ないわね…この状況ですもの、大破させなければ多少の損傷は許可しますっ》

アーサーを一喝し、タリアもやや逡巡を見せるも、素早く割り切って指示を飛ばす。既 に強奪された3機によって甚大な被害が出ている。これ以上被害を防ぐには最悪撃破しかないが、さしものタリアもそれは躊躇われた。なら、最悪修理可能な状 態までなら上層部も文句は言うまいと現場での判断を下す。

その通信を聞くとともにインパルスとセイバーが互いに背中合わせに後退し、背中越し に通信を送る。

「了解、シン!」

「ああ、解かった!」

意を得たり…そんな表情でステラは頷き、通信を聞いていたシンもそれに応じて2機は それぞれの相手に向かって加速する。

狙うのは動きの基本となる四肢…MSも機械とはいえ人型。手足を失ってはまともなバ ランスを取るのは難しい。狙いを絞り、インパルスとセイバーは刃を振り上げた。

 

 

ミネルバ艦橋では、モニター越しに激しさを増す戦闘にアーサーが思わずタリアに言い 募る。

「艦長、あいつら本気で壊し かねませんよ」

副長としては確かに有能なのだが、こういったイレギュラーに弱いのは考え物だとタリ アは思った。

「仕方ないでしょう、この状 況じゃ現場の判断でやらないと。戦況は常に動いているのよ、上の指示を待ってはいられないわ」

実際問題として司令部自体もかなり混乱していてまともな指示がこない。それに、あの 3機を相手に手加減などさせてこちらの残った機体を失っては元も子もない。

この件の事後処理を考え、やや沈痛な表情で額に手をおく。

「っ! 艦長、戦闘区域内に 別のアンノウン反応がっ!」

その時、レーダーを監視していたバート=ハイムが声を荒げた。

「ええええええっ!?」

「アンノウン?」

アーサーが声を荒げ、タリアも思わずシートごと振り返り、問い返す。

「はい、突然戦闘区域内に出 現! 現在、我が方のMSと交戦中!」

「あ、アンノウンだなんて、 いったい何が…」

「しっかりしなさいっアー サー! 演習でもないのよ! 気を引き締めなさい!!」

混乱するアーサーにタリアが再度一喝を入れる。だが、さしものタリアも困惑していた のだ。強奪された3機に加えてアンノウン反応。どうやら、敵はかなりの規模を持つ部隊のようだと推理し、タリアは手元の子機を持ち上げ、別回線に連絡を入 れた。

「こちらミネルバ艦長、タリ ア=グラディス! 強奪部隊ならば外に母艦がいるはずです、そちらは!?」

強奪の手順といい、アンノウン機を投入するなど、一般の部隊ではない。かなりの特殊 な運用を想定された部隊のはずだ。そして、新型機強奪という暴挙はザフトでも先の大戦で行っている。あのヘリオポリスで当時クルーゼ隊が行った作戦と類似 している今回のこの件もそれと同じ可能性がある。すなわち…強奪部隊の拠点たる母艦の存在が。

そんな、確信めいた推測を滲ませながら、タリアは通信先である軍港管制塔の返事を 待った。

 

 

 

タリアが通信を入れた軍港の管制ブースは慌しくなっていた。

突然の内部での強奪事件に合わせて港も敵襲に備えていたのだ。そんな緊迫した管制に 届いた通信に管制塔の司令官はやや苛立たしげに用件を伝えたオペレーターに怒鳴った。

「グラディスになど言われな くても解かっている! 余計な口を出すなと言ってやれ!」

そう言ってタリアの苦言通り、母艦たる熱反応を捜し、レーダー等を最大範囲で索敵す るもまったく反応がない。

いくらなんでもおかしいと苛立つ感情を漂わせる管制塔と喧騒が漂う軍港に向けて接近 する機影。宇宙の闇に同化するような黒の塗装が施されたダガーL:ダークダガーLが接近していた。

その隠密行動を前提とされたカラーリングとステルス性、そして熱反応をキャッチされ ないために姿勢制御用のAMBACのみで音を立てずにゆっくりと軍港の入口の壁に近づいていく。

そんな静かに忍び寄る影に管制塔は気づかない。

それと時を同じくして、アーモリー・ワン周辺宙域を巡回するナスカ級戦艦に向けて接 近する巨大な影があった。

息を潜めるように接近する艦のブリッジ中央では、顔をサングラスで隠し、金髪を持つ 周囲のクルー達の着用するものよりも薄暗い制服を着た男が腕時計を見て時間を確認していた。

時計に表示された数字全てが0になると同時にアラームが鳴り、男は口元を歪めた。

「フッ、では行こうか諸 君……慎ましく、な」

おどけたような号令に、苦笑を噛み殺す男の隣の艦長シートに着く女性。

「ええ、了解…ロイ=R= シュターゼン大佐」

こんなところが自分が彼を気に入っている理由かもしれないと女性、特務艦:ガー ティ・ルー艦長であるエヴァ=アジルールはふと思い、視線を前へと向ける。

「全兵装起動! エンジン稼 動!」

指示を飛ばすエヴァに従い。ガーティ・ルーの艦橋はにわかに活気づく。

「ゴットフリート、1番2番 起動! ミサイル発射管1番から8番、コリントス装填!」

ガーティ・ルーの全兵装が起動し、戦闘体勢へと移行する。それと同時にMSの発進準 備も進められる。

「イザワ機、バルト機、カタ パルトへ」

素早く命令を各セクションに伝達し、操艦に従事するクルーを一瞥しながら、エヴァの 隣の部隊長シートに着くロイと呼ばれた男は口元に侮蔑に近い嘲笑を浮かべた。

その表情を浮かべた先には、正面のモニターに映し出されるナスカ級戦艦が在った。既 に射程距離に入っているというのに、こちらに気づいた素振りもなく、無防備に背中を向けている。

これが滑稽でなくてなんであろうかと内心に滲ませる。

だが、それも仕方のないことだった。なぜなら、ナスカ級戦艦のレーダーにはまったく 反応していないのだから。ガーティ・ルーが存在するはずの宙域には、いかなる艦影も見て取ることができず、宇宙が拡がっている。それは視覚的にも、レー ダーなどの観測機器や索敵器をもってして捉えることが不可能なカラクリがあるのだから。

未だに気づかないナスカ級戦艦を一瞥し、ロイは不敵な笑みを浮かべたまま命令を下し た。

「主砲照準、左舷前方ナスカ 級。発射と同時にミラージュコロイドを解除、機関最大。さて……我々も舞台に上がらせてもらうとしよう」

そう漏らす指揮官に、隣に座すエヴァも謹厳そうな顔に微かに笑みを浮かべる。

「ええ。砲火の華を以って… ね」

ロイの言葉を紡ぐように漏らし、エヴァもまたこみ上げる興奮に突き動かされるように 声を張り上げた。

「ゴットフリート、1番2 番! 撃てーっ!」

エヴァの号令とともに放たれた225cm2連 装高エネルギー収束火線砲・ゴットフリートMK.71が火を噴き、標的とされたナスカ級戦艦は突如 虚空より迸った火線に反応するのは愚か、気づくことさえできず、ほとんど何が起こったか解からないまま機関部を撃ち抜かれ、一瞬の後にナスカ級戦艦は乗員 ごと激しい爆発を起こして四散する。

爆発に消える僚艦に並行していた同型艦のブリッジでクルー達は唖然となる。だが、そ の間にもエンジンが唸りを上げ、それに比例して船体を加速させるガーティ・ルー。船体に急激な加速が掛かり、同時に今まで何も無かった宙域から揺らめくよ うに帳を落としたかのごとく滲み出す青銅色の艦影。虚空から一隻の戦艦がその姿を現わした。

先の大戦において地球連合において実用化されたMS迷彩用として開発されたミラー ジュコロイド。可視光線を歪め、レーダー波を吸収し、ガス状に散布して磁場を安定させ、対象物を完全に覆い隠す高度なステルス技術。

このガーティ・ルーはそのミラージュコロイドを装備した特殊艦だった。だが、ミラー ジュコロイドをもってしても戦艦の熱量をカバーはできない。それ故に、ガーティ・ルーはエンジンを停止したまま、両舷に追加した推進装置からガスを噴射 し、その推力のみで隠密潜行し、ここまで接近したが、もう充分だった。

エンジンを稼動させ、ミラージュコロイドという衣を脱ぎ去った今、ガーティ・ルーは その牙を剥く。

突然現れ、主砲とミサイルを乱射しながら突き進んでくるガーティ・ルーに、最初の標 的にされたナスカ級や付近の哨戒の部隊、アーモリー・ワンの管制が完全に虚を衝かれたのは間違いなかった。まさか、ミラージュコロイドを装備した戦艦が潜 んでいるなど、思いもしなかったに違いない。だが、その油断がガーティ・ルー側にとっての好機だった。

二隻目のナスカ級戦艦は不意を衝かれたものの、迫りくるミサイルの大半をかろうじて 迎撃し、回頭して応戦してくる。

「ナスカ級接近、距離 1900!」

そのオペレーターからの方向を受けて、ロイは指示を出す。

「来るぞっMS発進後、回頭 20! 主砲照準インディゴ、ナスカ級! あちらの砲に当たるような間抜けな真似はするなよ!」

その警告にも似た指示にクルー達は不適な笑みで応じた。

 

それと同時に、開かれた両舷のカタパルトハッチから対艦用のストライカーパック:AQM/E-M11 ドッペルホルン連装無反動砲を装備したダガーLが2機、電源ケーブルをパージして飛び 立つ。

そして続けて一体のMSがカタパルトに乗る。だが、その形状は今しがた発進したダ ガーLとは明らかに形状が違っていた。

全身を灰色に染める装甲に持つ量産機種とは違う重厚な雰囲気。そしてツインアンテナ とツインアイの頭部。

GAT-X105E:ストライクE、発進準備! 装備はエールストライカーを!》

カタパルトの上部格納庫のハッチが開放され、青で塗装された翼が降り、機体のバック パックに装着される。

この機体の名は、『GAT-X105E: ストライクE』。前大戦において連合に多大な貢献を齎した『GAT-X105:ストライク』の直系 後継機であった。

両肩にサブスラスターを追加し、頭部のフェイスも若干変更になってはいるが、その基 本的な性能は変わらない。

青い翼を装着されたストライクEのコックピットで、ダークブルーのノーマルスーツに 身を包んだパイロットがパネルを操作し、発進準備を進める。

その時、コックピット内に通信が入り、パイロットはサブモニターに視線を向けると、 そこにブリッジのロイの顔が映し出される。

《では、彼らの援護、及び関 連パーツの奪取頼むよ》

「了解」

《君の活躍に期待する…カズ イ=バスカーク中尉》

ニヤリと口元を歪め、通信を切る。そして、今まで隠れていた顔を上げ、その表情が明 らかになる。

それは、かつてアークエンジェルにおいて通信担当を行い、オーブ防衛戦の折に下艦 し、戦後行方不明となっていたカズイ=バスカークだった。

カズイは慣れた動作で発進準備を終え、操縦桿を握る。カタパルトラインが形成され、 その先に浮かぶ戦場を見据える。

《進路クリア、ストライク E、発進! どうぞ!》

管制からの指示に従い、カズイは無表情だった表情に初めて笑みを浮かべた。口元を歪 めた、卑しい笑みを……

「カズイ=バスカーク!  エールストライクE! 発進しますっ」

カタパルトが打ち出され、ラインのなかを高速で駆け抜けるように発進し、電源ケーブ ルがパージされる。

宇宙に飛び出すと同時にストライクEの灰色の装甲に青を基調としたカラーリングが走 る。

ガーティ・ルーと同じ青鋼の装甲を映えさせ、折り畳まれていたエールの翼が拡がり、 下部のスラスターバーニアが火を噴き、加速するストライクE。そのストライクEに続くように大型コンテナを装備し、Mk39 低反動砲を手に3機のダガーLが発進した。

そして、その先では既に戦闘が開始されていた。

先行して発進したダガーL2機がナスカ級戦艦に攻撃を開始したのだ。一機がバック パックの連装無反動砲を放ち、ナスカ級の装甲を被弾させる。だが、攻撃に晒されながらも、相手もMSを発進させてくる。迎撃に出撃したシグーとゲイツRの 攻撃を回避するとともに逆に撃ち返し、撃墜する。

その戦闘を横にすり抜け、ストライクEとダガーL3機が戦場を回避し、真っ直ぐに アーモリー・ワンの港に向かって加速する。

港周辺で警備に就いていたジンが突撃銃を乱射し、接近を防ごうとするも、ストライク Eはその攻撃をよけようともせず、真っ直ぐに加速する。

突撃銃の弾丸が装甲に着弾するも、それは全てこのストライクEの装甲によって弾かれ る。

「馬鹿だねぇ、実体弾は効か ないってのは既にご承知だろうにっ」

愉悦を憶えるようにカズイが吼え、ストライクEは両手に保持したビームライフルを構 え、トリガーを引く。

放たれた2条の閃光がジンの装甲を貫き、次の瞬間には宇宙の藻屑へと爆発に消える。

ジンのパイロットは恐怖に駆られ、必死にストライクEを狙い撃つも、その攻撃は意味 を成さず、鬱陶しげに感じたカズイは一気に接近し、ビームサーベルを抜いてジンを縦に両断する。

真っ二つにされたジンが次の瞬間、爆発に消える。その爆発の赤で装甲を紫のように染 めながら、カズイは沸き上がる興奮と快感に身を震わせていた。

「強い…俺は強くなっ たっ!」

己の内に燻る惨めな過去に決別するように…そして、今の自分を鼓舞するように高らか に嗤い、そしてストライクEは次なる獲物を求めて港に急行する。

戦況は圧倒的に、ガーティ・ルー側に有利な方向へ進んでいた。不意を衝かれた側はな かなか戦況を立て直せておらず、応戦もままならない。だが、彼らの目的はこんな局地戦を制することではない。

ロイは視線をモニター内でゆったりと回転するアーモリー・ワンへと向け、次いで時計 の時刻を確認する。

(さて…そろそろ次の花火が 上がる頃だな)

間もなく、先行させていた別働隊が行動を起こす。そして作戦は第2段階に入る。

サングラス奥の眼光が怪しく 輝き、口元を歪めた。

 

 

 

その頃、アーモリー・ワンの軍港の管制塔兼司令ブースは蜂の巣をつついたような騒ぎ だった。軍工廠が奇襲を受け、その報告に外に母艦の存在を予想して友軍艦を哨戒に出した途端、何もない空間からいきなり砲撃を受け、友軍艦一隻が撃沈され てしまったのだから。

「パーセル被弾!」

「フーリエにミサイル接近!  数18!」

突然の攻撃に加えて、姿を現わす所属不明艦。だが、こちらを攻撃してきたことから敵 であることは明白だった。

「不明艦捕捉! 数1、オレ ンジ25マーク8ブラボー! 距離2300!」

「そんな位置に?」

オペレーターの報告に、そのすぐ後ろにつく上官達は耳を疑った。報告された敵艦の位 置は、アーモリー・ワンからはほとんど目と鼻の先の位置だ。そこまで接近されていて何故気づかなかったと一人が叫びそうになるが、それより早く別の将官が 嫌な予測を口走った。

「ミラージュコロイド?」

その可能性に一同の面に驚愕と憤慨が浮かび、動揺が走る。確かに、レーダーに補足さ れず、奇襲を行うには最適で最悪の技術だった。だが、『ミラージュコロイド』は終戦条約で使用を禁止されているはずだ。

「連合軍なのか!?」

考えられる敵勢力の名を口にするも、その問い掛けに、オペレーターは上官の苛立ちを 煽るような答えを返した。

「熱紋ライブラリ照合……該 当艦なし!」

それが意味するところは、データにない新型艦ということだ。船籍を推測することは愚 か、どの勢力か判別することも不可能だった。だが、敵ならば迎撃に出なければならないと怒鳴るように司令官は命令を下した。

「迎撃! 艦を出せ! MS もだ!」

指示を受けて、係留されていたローラシア級戦艦が発進体勢に入り、またMSの発進体 勢も進められる。ゆっくりと司令ブースの前を横切って行くローラシア級戦艦が港口に差しかかろうとした瞬間、それを待ち構えていたように突如、黒いMSが 躍り出てきた。それは、ガーティ・ルーが放ったもう一つの猛毒だった。

接近し、機を窺っていたダークダガーL2機は、一気にバックパックのスラスターを噴 かし、ローラシア級戦艦の真正面の艦橋前に躍り出ると同時に、右肩に担いだMk39 低反動砲を 発射した。

発射された弾頭を艦橋で確認した瞬間には、砲弾は真っ直ぐにブリッジを突き破り、艦 橋を吹き飛ばす。

その結果を見届けることもなく、ダークダガーLは縦横無尽に動きながら、後続の艦や 港に向けて手当たり次第に次々と砲撃を加えていく。

エンジンブロックに被弾した一隻が激しい爆発を起こし、その反動で流され、船体が司 令ブースへと流れ、エンジンの噴射の光が司令ブースの者達の視界に映った瞬間、司令ブースは光のなかに呑み込まれ、爆発した。

一隻が爆発すれば、その衝撃で別の艦も次々に衝突、誘爆を引き起こし、狭い発進路内 では巻き添えを避けることもできず、次々に爆発していく。

こうして港口は瞬く間に爆発と戦艦の残骸で埋め尽くされ、もはやその役割を果たすこ とが不可能になってしまった。

その廃墟を見下ろすダークダガーL2機は撃ち尽くしたバズーカを放り捨て、腰部にマ ウントしていたM703K ビームカービンに持ち変える。

そして、もはや邪魔者のいなくなった港口に進入してくるストライクEとダガーL3 機。一度静止し、ダークダガーLに合流すると、ダークダガーLが指で合図し、ストライクEがそれに応じると、ストライクEはエールのスラスターを噴かし、 港奥へと向かう。それに続くダークダガーLとダガーL。港を突っ切り、彼らはアーモリー・ワンの底部、軍事工廠を目指す。

奇襲と同時に港を機能停止に追い込み、しかる後に強奪隊の援護に回収チームを向かわ せる…ここまでは全て、ロイ=R=シュターゼンと名乗る男の計画通りだった。



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