その爆発による震動は、内部にも伝わり、アーモリー・ワンの偽りの大地を震動させ る。それはその場にいた者達全てになにかしらの影響を与えていた。

「キラ、これは…!」

鳴動する大地に、ラクスが不安げに…そして間違いであってほしいかのような泣きそう な表情で窺う。だが、それに対してキラは表情を顰める。

「これは、外部からの衝撃。 アーモリー・ワンが攻撃を受けている……?」

雫も地表が不気味に震動したのを感じ取り、表情を顰める。

宇宙に浮かぶコロニーに地震などありはしない。コロニーが揺れる…それは、最悪の可 能性を示唆させていた。

「外からの攻撃…港か!?」

あの3機の新型MSを奪った強奪犯の背後になにかしらの組織的なものがあるのは薄々 感じ取っていた。ならば、アーモリー・ワンの外には脱出時にこれらの機体を運び去るための艦が用意されているはずだ。先程の震動は、恐らくその外に現われ た艦が攻撃を加えてきたのだろう。

キラの脳裏に前大戦時の光景が甦る。自身の転機となったあの運命の日の出来事が…親 友達によるザフトの急襲によって崩壊してしまったオーブのコロニー:ヘリオポリス。そこで開発されていた当時の連合の最新MSの強奪事件。キラもあの場に いた。唯一残されたストライクを駆り、ヘリオポリスを崩壊させる一因となり、その結末はコロニーの崩壊という最悪のものだった。

まるで、あの時と同じ歴史が繰り返されているようで、キラは表情を顰めた。

眼前で繰り広げられる次世代型MS同士の戦闘…皮肉にも、それはかつての自分を見て いるような気さえした。あの新型2機のパイロットが自分の考えている通りの二人なら、その腕はキラとて熟知している。だが、あの奪われた3機を乗りこなす パイロットの腕もそれに劣らぬエースクラスだ。新型機の強奪をこなす程なのだから、かつての親友達と同じように特殊な訓練を受けているはずだ。

だが、どうすると…自分はただこうして静観しているだけに過ぎない。このMSに乗っ たのもこの場から離脱するためだ。そして、敵の注意が逸れた今、離脱する最大のチャンスだというのに、キラは眼前で苦戦する友軍機を見捨てるという決断が できずにいた。

自分の知っている者を放っておけないというキラの生来の苦悩が続くなか、新たな爆発 が響き、思わずそちらに眼を向けると、コロニーの天頂部から爆発が起こり、それに伴って破片が降り注ぐ。その場にいた者達は思わず動きを止める。

そして、その爆発に紛れるように爆煙を裂き、姿を現わす機影。だがそれは、ザフトの 友軍機ではなかった。

「アレは……!?」

驚愕する先にあったのは、アーモリー・ワン内部に突入してきたストライクEの率いる 部隊であった。

 

 

「このおぉっっ!」

獣型形態のガイアが鋭く駆け、翼部のビームブレイドを煌かせ、セイバーを翻弄する。

「くっ!」

ステラは歯噛みし、シールドを掲げて刃を防ぐも、その勢いで弾かれる。体勢を崩した 隙を衝き、カオスが斬り掛かるも、間に割って入ったインパルスがシールドで刃を受け止め、右手のレーザー刀を横薙ぐ。

「このっ」

迫りくる光刃に無理矢理操縦桿を引き、カオスが距離を取り、刃は空を斬る。

その間に立ち上がったセイバーはインパルスと背中を合わせるも、ガイアが再度襲い掛 かる。その俊敏性を活かし、2機を翻弄するも、その軌道を読み、シンはエクスカリバーを投擲する。

「そこっ」

鋭く回転しながら襲い掛かる刃をビームブレイドで弾くも、勢いを相殺できずにガイア も弾かれ、建物の残骸に取り付いた瞬間、上空からの砲撃が襲い掛かり、ガイアは身を翻す。

インパルスとセイバーの参戦で態勢を立て直したMS部隊が援護に回ってきた。ディン が上空から砲撃するも、別方向からのビームが機体を貫き、ディンが爆発する。

そこへ飛来するアビスのM107 パ ラエーナ改2連装ビーム砲が火を噴き、航空部隊が一掃される。つまらなさ気に一瞥し、ステュクスが 通信を開く。

《エレボス、先程の震動》

あの震動にステュクスも気づいたようだった。アレは、彼らにとって時間を意味してい た。エレボスは荒げた声で返した。

「言われなくても解かって る、お迎えの時間だろ!」

《お迎えが来てくれますよ。 ですが、遅れてはバスに乗り遅れてしまいますがね》

カオスの隣に着地するアビスからどこか肩を竦めるように揶揄するステュクスにエレボ スはますます苛立つ。

「うるせえっ! 解かって るって言ったろうが!!」

舌打ちしながら、機体強奪と同時に得ていたデータを引き出す。

「だいたいだなっなんだよあ りゃ!? ロイの奴は新型は3機って言ってなかったかっ!?」

非難がましく、八つ当たり気味に怒鳴るも、ステュクスは困ったように首を傾げるだけ だ。

《僕に言われても困ります よ、僕だって知らなかったんですから》

我関せず…そんな調子ではぐらかすステュクスにエレボスは話にならないとばかりに大 仰に毒づく。

「くそっあんなの予定にない ぞっロイの野郎…ちゃんと調べとけっ」

いい加減な情報を寄越した上官に毒づく。新型が5機なら5機とちゃんと調べておけ と…その時、コロニー天頂部から爆発が耳に入り、ハッとそちらに振り向くと、飛び込んできた機影にエレボスは表情を顰め、ステュクスは顎をさする。

《どうやらお迎えですね。エ レボス、データ転送を》

「解かってるよ」

あらかじめ、調べておいた工廠内のデータを転送する準備を進める。その時、背後から 敵機の反応を告げるアラートが響く。シグーが突撃銃を手に突撃してくるも、上空より振り注いだビームに機体を撃ち抜かれ、撃破される。

爆発にやや眼を覆いながら、顔を上げると、シグーの爆発の後から降り立つストライク Eがカオスのアビスの傍に降り立つ。

《バルクルム少尉、ローラン ド少尉、目的は達したのか?》

《目標は奪いましたが、予想 外のアクシデントに見舞われまして》

カズイの問い掛けに、ステュクスは悪びれもなく答え返す。確かに予想外の事態だっ た。

《そうか。早めに退却した方 がいいな。各機、回収急げ》

ストライクEと共に降り立ったダガーL数機が指示された格納庫に近づき、背部の大型 コンテナを開き、そこにある物を積み込んでいく。それは、セカンドシリーズ3機用の予備パーツだった。

彼らの任務は強奪チームの援護及び関連パーツの回収。その光景にシンやステラが眼を 見開き、させまいと突撃してくる。

だが、ダークダガーLがビームカービンで狙撃し、2機は分断される。そして、ダーク ダガーL2機掛かりでセイバーを牽制する。

《追撃されると面倒だ。アレ を破壊する》

「いいのかよ、アレも一応新 型だろう?」

あっさりと下したカズイにエレボスがやや戸惑いながら問い返す。確かに情報には無 かったが、アレも新型機のはずだ。無傷とまではいかなくとも回収すればいいのではないかと考えたが、カズイは肩を竦める。

《命令は君らの援護と関連 パーツの回収だけ。あとはいくら壊しても構わない…そう指示を受けている。フェイルン少尉と合流して叩け》

冷静で、それでいて冷淡に告げるとストライクEは身を翻し、両腰にマウントされたハ ンドガン:M8F-SB1 ビームライフルショーティーを抜き、振り向き様に連射する。

放たれたビームが接近してきたゲイツRを撃ち抜き、爆発させる。

《君らはあの新型を叩け、他 は俺がやる》

一方的に命令を伝え、ストライクEは次なる獲物を求めて飛び上がる。その尊大な態度 にエレボスは舌打ちする。

「けっ偉そうにっ」

《まあまあ。しかし流石はア イスブリット、では僕らは命令通りにしますかっ》

嗜め、そして加速するアビスにエレボスも渋々ながらその後につけ、2機はガイアと交 戦するインパルスに襲い掛かる。

 

 

突如として出現したMS部隊にキラ達も眼を驚愕に見張っていた。

「アレはダガー、でも何処 の…?」

雫も困惑する。出現したのは確かにダガータイプのMSだが、あの機体は地球の国家な らある程度は保持していてもおかしくない。前大戦末期に開発され、その後も何度かマイナーチェンジを繰り返しながら生産され、今日でこそ限定生産に留まっ ているものの、あの機体を保有する国家は多い。大西洋連邦、大東亜連合、南アメリカ合衆国…そして、祖国日本にも数える程度だが存在している。

そのために、あの機体を運用しているのが何処の陣営か、特定は難しい。

だが、雫のそんな思考も急激に掛かった振動に掻き消えた。

「くっ掴まって!」

叫ぶと同時にキラは操縦桿を切り、ザクを跳躍させる。同時に打ち込まれるビームが地 表を吹き飛ばす。

ダガーLがこちらに攻撃を仕掛けてきたのだ。保持するビームカービンが火を噴き、ザ クを狙い撃つ。

同乗者がいるため、あまり大きな回避行動が取れず、キラもまた久方ぶりの操縦にどこ か身体の感覚が追いつかない。大戦後、無意識にMSに乗ることを避けていた自分に対し、恨みがましい思いが沸き上がってくる。

キラはともかく、身体を固定していないラクスや雫はその機動に身体をシェイクされ、 必死にコックピット内で耐える。

その様子を一瞥したキラは慌てて機体を静止させるも、戦闘中に機体を静止させるのは 最も危険な行為だった。立ち止まったザクに向かってダガーLが銃口を向け、キラの眼が見開かれる。銃口に光が収縮した瞬間、ザクの上方より飛来した閃光が ダガーLの銃を貫き、ダガーLは右手ごと爆発に弾かれる。

体勢を崩したダガーLにハッと振り返ると、そこには見慣れぬ機体が飛来してきた。

「あ、アレは…吹雪!」

やや身体に疲労を憶えながらも、モニター越しにその機体を見た雫が声を上げる。

ダガーLを狙い撃った機体、吹雪はそのままザクの前に降り立ち、ダガーLを牽制す る。

「こちら、大日本帝国軍所 属、真宮寺刹那です。援護します、後退を!」

SOUND ONLYで入った通信に思わず雫が声を弾ませる。

「刹那ちゃん!」

「え、し、雫? ってちゃん 付けで呼ばないで…ってそうじゃなくてっなんでその機体に!」

先程までの凛々しさは何処へやら、慌てふためく刹那に傍から聞いていたキラとラクス は戦闘中だというのに思わず眼を丸くする。

「ええと、そのいろいろ複雑 な成り行きで…」

どう説明したものか、言い淀んでいると、再び響く敵機の接近を告げるアラート。ハッ と顔を上げると、ダガーLが加速してビームサーベルを振り上げる。それに気づいた刹那は慌てて操縦桿のトリガーを引き、それに連動して吹雪も頭部のバルカ ン砲を発射し、放たれた銃弾がダガーLの装甲を掠め、動きの鈍るダガーLに向けて右腕に装着された68mm3連装ガンを構え、発射され る。発射された銃弾がダガーLの右腕を撃ち抜き、爆発させる。

被弾に後退するダガーL。それを一瞥すると、刹那は通信越しに叫んだ。

「とにかくっ雫! ここは僕 が抑えるから、パイロットの人に早く後退してって!」

雫は唯の外交官だ。MSの操縦などできるはずがない。だとしたら、誰か別のパイロッ トが搭乗しているはずだ。身も知らぬ相手に任せるのは気が引けるが、この状況では仕方ない。

吹雪はそのままダガーLに向けて突撃し、注意を逸らしていく。

「あの、ヤマト秘書官、この 隙に早く」

離れていく吹雪を不安げに見やりながらも、刹那の思いに応えるために、キラに話し掛 け、キラもやや後ろ髪引かれる思いで頷こうとした瞬間、見やった正面モニターには、セカンドシリーズ3機の攻撃に晒されるインパルスが映し出された。

インパルスの上段から振り下ろされるエクスカリバーをガイアはビームサーベルで受け 止める。

「でやあぁぁぁぁぁぁ!」

「くうぅぅぅぅぅ!」

レーザーとビームの刃が干渉し合い、鋭い反動が襲い掛かるも、受け止めるガイアの方 に徐々に圧力が加わってくる。持ち堪えるガイアのコックピットでレアは呻くも、そこへカオスからの通信が飛び込んだ。

「レア!」

それを聞いてハッとレアは強引にエクスカリバーを弾き流し、ガイアを後ろに跳躍させ る。その光景に一瞬虚を衝かれたシンだが、後方からの敵機接近のアラートを聞いて背後に振り向いた瞬間に飛び込むカオスがビームライフルを放ちつと同時に 飛び上がり、そのすぐ背後に身を隠し、姿を現わすアビスの胸部のMGX-2235 カリドゥス複 相ビーム砲から高出力のビームが放たれた。

カオスのビームを回避した瞬間に迫りくるビームに、反射的にシールドを掲げて受け止 めるも、その熱量にシールドが耐え切れず、表面を融解させる。

「くっ」

シンは強引に身を捻り、ビームを受け流す。その体勢が崩れた瞬間を狙って跳躍したカ オスが両足の爪先に装備されたMA-XM434 ビームクロウを展開し、降り掛かってくる。

「シン!」

ダガーLを相手にしていたステラが慌ててカオスに向けてビームを放つ。だが、隙を見 せたセイバーに向けてダガーLがバズーカを放ち、砲弾がボディに着弾し、爆発に吹き飛ばされる。

「きゃぁぁっ」

VPS装甲のおかげで致命傷は避けたものの、その衝撃に弾かれるセイバー。

「ステラ! くっ!」

セイバーの被弾にシンが声を荒げるも、セイバーの攻撃で弾かれたカオスが着地と同時 にエレボスが舌打ちしながらビームを発射する。

インパルスはシールドで受け止めるも、すぐ背後からのアラームが鳴り、視線を向けた 瞬間、視界にガイアがビームサーベルを薙ぎ払う光景が飛び込み、片足で強引に制動をかけ、機体を屈ませ、斬撃をかわす。ギリギリで回避し、なんとか間合い を取ろうとするも、それより早くガイアの攻撃が放たれた。

「ええええぃぃぃ」

レアの気迫が込められた二撃目が振り払われ、その勢いを受け止めきれず、弾き飛ばさ れる。

「がぁぁぁっ」

体勢を崩したインパルスにその光景を見ていたキラ達が眼を見開く。

「ああっ」

雫が思わず悲鳴を上げる。

「キラ!?」

「掴まっていてっ!」

キラは思わず、同乗者であるラクスや雫が不安定な状態にあるのを一瞬忘れ、眼前でや られそうになるかつての戦友を助けようと無意識に行動を起こした。

操縦桿を引き、加速するザクウォーリア。その加速にラクスと雫が表情を顰め、ダガー Lを退けた刹那が驚愕に眼を見開いた。

弾き飛ばされ、体勢を崩したインパルスはそのまま地表に倒れ込み、その好機を逃さ ず、背後に回り込んだアビスは手に持ったMX-RQB516 ビームランスを振り被った。

「もらいましたよっ新型!」

愉悦を感じさせる表情でステュクスの眼光が光り、その絶体絶命の危機にシンは息を呑 んで身体を一瞬、硬直させる。

その瞬間、キラが操縦するザクウォーリアが疾風のように割り込んだ。

「はあぁぁぁぁぁぁ!」

右肩のショルダーに装備されたスパイク部分を突き立て、急加速で突撃したザクの体当 たりをアビスはまともに喰らった。

「くぅぅぅぅっ!」

アビスも加速していた分、その激突時の衝撃は凄まじく、衝撃にステュクスが呻く。弾 かれたアビスを一瞥し、素早く左肩から抜き去ったビームトマホークをガイアに向けて投擲した。

ビーム刃を展開したまま回転し、襲い掛かるトマホークをガイアはシールドを掲げて受 け止められるも、刃が表面に突き刺さる。

「おのれっ!」

怒りに煽られ、今までの緩やかな表情に微かな皺を寄せたステュクスが邪魔をしたザク に向けてアビスの身を起こさせ、胸部のビーム砲を発射した。

「っ!?」

キラは慌てて左肩のシールドを掲げるも、量産型のシールド強度では、その熱量を受け 止めきれず、シールドが左腕ごと捥ぎ取られた。

消滅した関節部分から火が昇り、その反動でザクは格納庫の壁に叩きつけられた。

コックピットを激しい衝撃と 振動が襲い、強く揺さぶる。

「きゃぁぁっ」

今までで一番激しい振動に雫が悲鳴を上げ、必死に掴まる。だが、ラクスは身体が弾か れ、狭いコックピット内で飛び跳ねる。

「っ」

壁に跳ね返り、キラの腕のなかへ落ちてきたラクスの身体にキラは慌てて抱き支える。

「ラクスっ!?」

抱き抱えたラクスの頭を持つ手にぬるりとした液体のような感触が走り、手の掌が滑 る。キラがハッと見やると、先程の衝撃で頭を殴打したのか、ラクスの額から赤い鮮血が零れ落ちてきた。

ラクスは意識を失っているらしく反応がない、薄ら寒いものを憶え、慌てて呼び掛けよ うとするも、再びコックピット内にアラートが響く。前を見やると、モニター越しに迫るストライクE。

「無駄な足掻きをっ」

雑魚が粋がるなとばかりにビームサーベルを抜き、ザクに向けて振り下ろそうとする も、そこへ割り込む影。

「させるもんかぁぁぁっ!」

刹那が吼え、吹雪のカメラアイがグリーンに輝き、吹雪の左腕に装着されたユニットが 展開され、それがライトブルーの輝きを放つ。

「何っ!?」

眼を見開くカズイの前で、振り下ろされたビーム刃はザクの前に立ち塞がった吹雪の左 腕に輝く青い光の盾に防がれていた。だが、刹那は防ぐと同時にボタンを押し、操縦桿を切った。

吹雪が受け止めていた腕を振り払い、ビーム刃が横へ流されると同時に左腕の青い盾が 形状を変える。今度は盾から丸いサークルのような形状へと変化し、それを振り被る。

カズイは反射的に身を後方へ跳躍させるも、思わず手離したビームサーベルの柄がその サークルに切り裂かれ、爆発する。

立ち込める爆発を離れた位置に着地して見据えるカズイの前で、黒煙が晴れた向こう側 から青い盾を再び構えた吹雪とザクが現われる。

刹那は微かに息を乱しながらも、ザクを一瞥し、左腕の装備を解除し、右手でザクの肩 を取り、抱えると同時にスラスターを噴かせ、上空へと舞い上がる。

次の瞬間、その壁を後方より飛来したビームが灼き払った。それを一瞥し、刹那は焦燥 に駆られ、ザクを抱えたまま戦闘空域より離脱した。

「逃しましたかっ」

ストライクEが距離を取ったと同時に攻撃を加えたアビスだったが、吹雪とザクが離脱 していくのを一瞥し、舌打ちした。

カズイもどこか険しい表情だったが、2機にビームと銃弾が降り掛かり、ハッと振り返 ると上空よりディンやゲイツR、シグーの編隊が迫ってきた。

その援護射撃を行う増援に向けて、ストライクEは両手にビームライフルを構え、アビ スもビームを肩で受け流しながら、甲羅の内に備わったMA-X223E 3連装ビーム砲を展開し、 一斉射する。次の瞬間、眩いばかりの光条が解き放たれ、光が機体に吸い込まれるように貫き、上空で爆発の華が咲き乱れる。破片が煙の尾を引いて舞い落ち る。だが、それに怯むことなくディンが肩からミサイルを発射する。

そんな友軍の奮闘にシンも駆られ、機体を真っ直ぐにアビスとストライクEに向けて突 撃させる。

「うぉぉぉっ!」

歯噛みしながらエクスカリバーを振り被る。レーザー刃が白く長い弧を描き、2機に振 り薙がれるも、アビスとストライクEはその一閃をかわし、飛び退く。飛び退くと同時にストライクEが頭部バルカンで狙い撃ち、頭部を掠める。衝撃に気が逸 れた瞬間、後方よりガイアが飛び掛かってきた。

上段より振り下ろされる刃をシールドで受け止め、レアは歯噛みする。

「このおぉぉっ」

「これ以上やらせる かぁぁぁっ」

激しく機体をぶつけ合いながらも、シンは強引にガイアの刃を押し返し、エクスカリ バーを振り上げた。

 

 

 

 

「早くっ! 入れるだけ開け ばいい!」

ルナマリアはじりじりしながら叫んだ。

そこは先程、攻撃によって倒壊した格納庫であった。ゲイツRの残骸の向こうに瓦礫に 埋まったMSが倒れ伏している。動ける作業員や周囲にいた兵士が総出で、瓦礫に埋まり、身動きの取れなくなっているMSのコックピット周りから瓦礫を運び 下ろそうと四苦八苦しながら動いていた。MSが使えれば楽なのだが、この状況では動ける機体は全て迎撃に回っており、また最初の奇襲でハンガーを優先的に 狙われたために余分な機体が無いのだ。

一方のレイやセスは自身の搭乗機の傍らに立ち、コックピットハッチが徐々に現われる のを静かに待っていた。

強奪犯による新型機の奇襲という状況ながら、動けないことに不安と焦燥を抱き、苛立 ちを憶えていたが、今こうしていられるのはある意味では幸運だった。彼ら3人も奇襲の報で急ぎ搭乗機に向かっていたが、すぐ傍でMSが撃破され、格納庫が 倒壊したのだ。もし、後一分駆けつけるのが早ければ、今頃は搭乗機に乗ることも無く、最悪瓦礫によって押し潰されていたかもしれない。だが、3人はその幸 運に感謝をする余裕が無かった。

「レイ!」

レイに声が掛かった途端、弾かれたように機体の上に飛び乗り、コックピットハッチへ と向かう。周辺を覆っていた瓦礫は見事に取り払われており、乗り込むことが出来るスペースが確保されていた。それを確認するとすぐに、レイはハッチ付近で 作業を行っていた作業員達に僅かに礼を述べ、素早くコックピットに滑り込んだ。

「中の損傷は解からん、いつ も通りに動けると思うなよ! 無理だと思ったらすぐ下がれ!」

慌しく注意を行う表情には、苦悩が見て取れる。整備士なのだろう。この状況では仕方 ないとはいえ、状態が確認できていない機体で出すことに対する罪悪感を感じさせる表情に、レイは感謝を込めて無造作に頷き、ハッチを閉じ、素早くOSを起 ち上げた。

パネルを叩きながらコックピット内に点灯していくモニター画面とシステム。低い音と ともに特徴的なモノアイが点灯し、レイは周囲の状況を確認しながら機体を起き上がらせる。瓦礫を振り落としながら、上体を起こす機体は、頭部に羽飾りのよ うな一本角を擁し、両肩にシールドを装備した機体、ZGMF-1001:ザクファントム。同系列の ザクウォーリアの上位機種に当たるもので、ボディを紫がかったグレイ、頭部と四肢をレイのパーソナルカラーである白色に染められている。

レイは素早く機体の状態を確認してみるが、致命的な損傷は生じていなかったことを理 解すると、隣で未だに瓦礫の撤去作業をしている作業員達に外部スピーカーで呼び掛けた。

《どけ、ルナマリア》

外部スピーカー越しに聞こえた声に、同じようにハッチを塞ぐ倒壊物に手を焼いていた ルナマリアと作業員が意図を察し、機体の上から慌てて飛び退いた。

ルナマリアとセスのザクウォーリアのコックピットハッチにはかなり大きな倒壊物が降 り注ぎ、人の手では動かせないほどのものであったが、ザクファントムの手がコックピットハッチを塞いでいた鉄骨を掴み、人の手ではどうしようもなかったも のを瓦礫とともに意図も簡単に払いのけた。

瓦礫が排除されるとともに、そこに赤、白と赤に塗装された機体が現れた。ルナマリア とセスのザクウォーリアだ。それを確認すると、ルナマリアは喜び勇んでコックピットに飛び乗り、セスも風のように素早く飛び乗り、ハッチを開放して滑るよ うに乗り込んだ。

シートに着くと同時に素早くOSを起ち上げる。だが、時間が惜しいのか、セスは自機 の状態を確認したものの、ルナマリアはそれを飛ばし、素早く機体を立ち上がらせた。

《セス、早くしなさいよ》

遅れているセスに注意を促すも、セスは無言のまま状態確認を済ませ、素早くパネルを 叩きながら戦闘モードへとシステムを移行させ、セットアップが終了するとともに操縦桿を引き、機体を立ち上がらせた。

倒壊したハンガーの上に佇む3機のザク。

《3人とも、こいつを持って 行け!!》

スピーカーで拡張された声に振り向くと、こちらでも作業を行っていたのか、ハンガー の内部に固定されていたザクの専用兵装であるMMI-M633 ビーム突撃銃が在った。

3機はその銃を掴み、格納庫から数歩離れると同時にバーニアを噴かせて戦場へと飛び 立つ。

空を切り裂くように飛び立つザク3機に声援を送るように作業員達は帽子を脱ぎ、手を 振った。

 

 

 

その頃、デュランダルと随員はなんとか工廠から離れ、急遽仮設されたと思しき指揮所 兼救護所にやって来ていた。

だが、そこもまた混乱のなかにあった。

「港が使えんとはどういうこ とだ!?」

「衛生兵! 衛生兵! こち らにも怪我人が!」

「違う、コーランド隊はB地 区へ!」

情報がまともに入らず、また司令部との通信もままならない。さらには工廠内を見学に 訪れていた民間人の避難や救護、怪我人の呻き声など、野戦病院さながらの雰囲気だった。

そんな喧騒の場へやって来たデュランダルは声を上げた。

「誰が此処の指揮を執ってい る? あの3機はどうした!? 状況を説明してくれ」

デュランダル自身もやや苛立ちながら問い掛けるも、周囲はそれぞれの対応でなかなか 答える者もおらず、また要領の得ない情報しか飛び込んでこない。

次の瞬間、すぐ付近で爆発が起こり、随員達が慌てて壁となる。

「議長!」

デュランダルも腕を上げて顔を覆い、爆発を防ぐ。光が収まると、ようやく階位の高い 士官が指揮車のなかから現われ、駆け寄ってきた。

「此処はまだ危険です、有毒 ガスも発生しています。議長もシェルターにお入りください」

「そんなことができるか!  事態すらまだよく解かっていないのだぞ」

反発するデュランダルに士官は顔を顰める。彼らにとってデュランダルの身が危険に晒 されるのはなによりも防がなければならないこと。

「しかし…ならばせめてミネ ルバへ!」

苦肉の策とでも言いたげに、士官が視線で促し、やや離れた位置に停泊するミネルバに 視線が向く。この状況ではミネルバ艦内の方がまだ安全で状況の確認もできる。デュランダルは微かに舌打ちしながらも、仕方無しとばかりに応じる。

そして、補佐官らを伴い、用意されたエレカに搭乗し、一行は一路、ミネルバへの進路 を取った。

 

 

 

戦いの場を空中へと移動させる各機。

インパルスがカオス、ガイア、アビスの3機を。セイバーがストライクEとダガーLを 相手にそれぞれ対峙する。

「くそっ、この新型!」

インパルスが手ごわいのにエレボスは毒づく。カオスの放つビームを受け止めながら、 シンもまた距離を取る。

ダガーLが援護に徹し、セイバーを牽制するなか、ストライクEは両手のハンドガンを 放ちながらセイバーに襲い掛かる。

縦横無尽に襲い掛かるビームをシールドでかわすも、ストライクEは突如ハンドガンを 収め、両手を翳す。その瞬間、掌からワイヤーのようなものが迸る。それが何かを悟るより早く、ステラの感覚が身体に伝わり、セイバーを戦闘機へと変形さ せ、上昇する。

ワイヤーはセイバーの機体を掠める。もう少し反応が遅ければ、あの蜘蛛の糸に機体を 絡め取られていただろう。

EQS1358 アンカーランチャーを戻し、ストライクEは再度ハンドガンを実装して追い討ちをかけ る。

「ステラ!」

セイバーの援護に向かおうとするも、ガイアが横手より襲い掛かる。シンは機体を上昇 させ、その斬撃をかわす。

「こいつっ、何故墜ちな い!?」

苛立たしげに吐き捨て、憎々しい視線でインパルスを睨みつけるレア。レアの意識は先 程からこのインパルスのみに固定されている。どれだけ仕掛けても撃墜できず、あまつさえこちらに反撃してくる。今まで感じたこともない負の感情がレアの内 に滾り、それがより怒りを増幅させる。

「くそぉぉっ! ど けぇぇぇ!!」

早くステラの援護に向かいたいがために、シンは背部にマウントされた翼とも取れる 取っ手に手をかける。引き抜くと同時に大きく振り被り、投げ飛ばす。RQM60 フラッシュエッ ジビームブーメランがビーム刃を展開し、ガイアに襲い掛かるも、シールドを翳して受け止める。跳ね返されたブーメランは弧を描いて再度インパルスの手に戻 る。

「鬱陶しいんですよっ!」

反動で弾き飛ばされたガイアの後から現われたアビスが両肩の甲羅を開き、銃口が光 る。

シンが急旋回して回避しよう とした瞬間、ステラの叫びが響く。

「シン! ダメ!!」

ハッとした瞬間、シンは回避行動ではなく防御体勢に移った。同時に解き放たれる六条 の熱線がインパルスのシールドに着弾する。

シールド表面を融解させながらも耐えるインパルス。

「へえ? 簡単には引っ掛 かってくれませんかぁ」

揶揄するように嘲るステュクス。もしあの時、シンが回避行動に入れば、間違いなくカ オスの射線に飛び込んでいただろう。だが、防御した攻撃もインパルス全てに降り注いだだけでなく、掠めて地上に伸び、眼下で展開していたガズウート、ゲイ ツRやジン等の友軍機が餌食となり、爆発する。

咄嗟に防御したおかげで全滅とまではいかなくとも、友軍の破壊と自身の迂闊さ、力の 無さにシンは自身に怒鳴りつけたくなるように歯噛みした。

「ステュクス、もう一度仕掛 けるぞっ」

「ええ、今度こそ…っ」

笑みを浮かべていたステュクスの表情が微かな苦悶に歪む。アビスの攻撃が加えられた のだ。幸いにシールドだったため致命傷にはならなかったが、それでもその虚を衝いた攻撃にはさしものステュクスも表情を顰めた。

「ステュクス! ちぃぃ!」

同じように浴びせられる攻撃にカオスが回避する。そして、その攻撃はセイバーと戦闘 を繰り広げていたストライクEにも浴びせられ、カズイも舌打ちして回避する。

MS形態に戻したセイバーも距離を取り、シンとステラがその援護射撃が加えられた方 角を見やると、表情がどこか緩む。

「レイ、セス!」

「ルナ!」

弾んだ声を上げる先には、飛来してくる3機の機影。MMI-M633 ビーム突撃銃を構えたレイのザクファントムとセスとルナマリアのザクウォーリアが向かっ てきた。心強い仲間の到着にシンとステラは内に力が沸き上がるのを感じ取った。

レイとセスが無言のまま相手を見据え、攻撃を繰り出す。ザクファントムがカオスを狙 い撃ち、エレボスが急旋回で回避する。ザクウォーリアが正確な狙撃でストライクEを狙い、カズイも歯噛みしながら回避し、応戦する。

「このぉ、よくも舐めた真似 を!」

怒りを露にルナマリアは威勢のいい啖呵を切り、ビーム突撃銃をアビスに向けて撃ちま くった。

降り注ぐビームの弾幕に翻弄されながら、ステュクスはやや大仰に溜め息を零した。

「中尉、エレボス、これでは キリがありませんよ。肝心、この機体もいつまで保つやら」

忘れがちだが、ここはザフトの軍事工廠だ。いくらハンガーを優先的に潰したとはい え、MSの数も半端ではない。さらに、この奪取した機体にしても従来通りのバッテリー駆動機だ。先程からエネルギーを消費する武器を幾度となく使用してい るため、このままではエネルギー切れで動けなくなる可能性が高い。

ステュクスからの通信にエレボスも内心に焦りを滲ませる。最初に相手していたザフト 軍機ならともかく、乱入してきたこの新型2機に加えて増援のザク3機もパイロットの腕は高い。現に数で推し、翻弄してくる。

カズイも眉を寄せ、難しげな表情を浮かべるも、そこへ次の行動を起こさせる通信が 入った。

《隊長、目標の奪取に成功。 これより離脱します》

セカンドシリーズの関連パーツ回収の任に当たっていたダガーL部隊が任務を終え、コ ンテナを背負い、上昇してコロニー外殻に向けて飛行していく。その様を一瞥し、ここいらが潮時と判断し、息を吐く。

「離脱する、各機遅れるな。 脱落者は見捨てる!」

元々のカズイの任務は関連パーツの回収及び3機のセカンドシリーズの回収だ。敵との 交戦ではない。身を翻し、離脱するストライクE。

エレボスはやや悔しさに舌打ちしながら、レアに通信を繋いだ。

「レア、離脱するぞ! そい つを振り切れるか!?」

援軍が加わったことで分散されてしまった。セイバーを抑えていたストライクEも離脱 したため、セイバーもまたこちらへの攻撃に加わってきた。彼らの優先目標はセカンドシリーズ3機の捕獲なのだから。

だが、その通信をレアは聞き流すように無視していた。いや、実際は聞こえているのだ ろうが、もはやレアの意識はインパルスへの憎悪のみに向けられ、彼女は殺気立った声で言い捨てる。

「墜とす…墜とすっ!」

完全に頭に血が上ったレアは、ビーム砲を乱射しながらインパルスに迫る。

「このっ!」

標的に固定されたシンはビームライフルで応戦しながらガイアを狙い撃つも、ガイアは 素早い動きで旋回し、突撃してくる。

「こんなっ私は…私はっ…… 負けないっ負けるもんかぁぁぁっ!」

突撃するガイアに向けてインパルスは胸部バルカンで狙撃するも、その弾丸を避けよう ともせず、弾きながらレアは獣のような視線と殺気を剥き出しにし、空中で2機が交錯し、両機の刃がぶつかり、甲高い音が周囲に響き渡る。

だが、両者共に致命傷とはならず、レアは悔しさにより押し潰されそうだった。こんな 感情は初めてだった。こんな敵は今までいなかった。たとえどんな相手でも自分は負けない…負けられない。負けたらあの人に褒められなくなる…二度と名前を 呼んでもらえない…そんな恐怖にも似た感情が無意識に突き動かす。

(いやっいやっいやっいやっ いやっいやっいやぁぁぁぁぁっ)

そんな恐ろしい考えを抱きたくなく、心のうちで激しい葛藤を繰り返す。表で戦う獣と 内で震える幼子…そんな相反する二つの人格を持つように、レアはただただ己の敵を倒すためにガイアを駆る。

「離脱だ! やめろ、レ ア!」

さしものエレボスもレアの情緒が不安定なことに焦りを抱いたのか、切羽詰った口調で 呼び掛けるも、レアには届かず、ガイアは再度ビームサーベルを掲げて敵機に襲い掛かっていく。

「私はぁぁぁぁぁっ!」

「レア!」

咆哮を上げ、猛るレアの耳に、エレボスの声と…そして、続けて飛び込んできたステュ クスの皮肉げに投げつけた言葉が突き刺さった。

「ならレア、君もここで姉の ように死ぬんですねぇ」

「っ!!?」

刹那、レアの炎のように沸騰していた内に鋭いメスが突き刺されたような錯覚に陥っ た。

「お、姉…ん……」

片言のように呟くレアは心臓に亀裂が走ったような氷のような冷たさが身体を駆け抜け る。頭のなかが真っ白になる。体内を流れる血液に冷たいものが混じり、今まで突き動かしていた力が抜けていく。

全てが崩れていくように操縦桿を握る手が震える。

「ステュクス!」

エレボスは咎めるように怒鳴るも、ステュクスはなおも言い放つ。人形を操るための言 葉という糸を……

「大佐には僕から伝えておき ますよ…レアは姉の後を追って死んだっとねぇ」

嘲笑のような言葉が突き刺さり、レアの内はより冷たく侵食されていく。

内に渦巻くのは呪いのような声。殺せと…壊せと……頭のなかをリフレインする呪詛の ような声。

「いやぁ……いやぁ…死にた くない…死に…たく………ない…」

糸の切れた操り人形のように片言で呟き、レアは震える腕で身体を抱き締める。霞む視 界と焦点の合わない瞳。

「助けて…助けて……助け て…」

不確かなものに押し潰されるようにレアは誰かに向かって呼び掛ける。

恐慌状態に陥ったレア。そして、空中で突如動きを止めるガイア。ただ滞空し、隙だら けの状態にシンは戸惑う。

「何だ…っ!」

突然の奇行に戸惑うも、そのチャンスを逃さず、ガイアの動きを止めようと、ビーム ブーメランを投げ飛ばすも、間一髪のところで割って入ったカオスのシールドで防がれた。

弾き返すと同時にインパルスを狙い撃ち、ビームブーメランを受け止めるとともに回避 するインパルス。

「ステュクス、てめえっ!」

「仕方ないでしょう、駄々っ 子には荒療治も必要ですし」

「黙れバカ野郎っ余計な事 を……っ」

憎悪のこもった視線でステュクスに怒鳴るも、涼しい顔で応じる。だが、そんな二人の 言い争いでさえ、レアには遠く聞こえた。

「死ぬ……? 私…いや…… いやあ…」

呆然となっていたレアは、エレボスが防御してくれていなければ、自分がやられていた と無意識に悟る。

死…それが圧倒的な濁流のようにレアの感情を押し流す。そして、思考を恐怖という泥 で覆っていく。

死ぬ…姉のように……それが、レアを錯乱状態に陥らせた。

「いやぁぁぁぁぁぁっ!」

一際大きな絶叫と涙を零しながら、レアは必死に操縦桿を動かした。

早く逃げなければ、やられると…死ぬと……まるで内に呪いを掛けられたようにレアは 必死に逃げた。もはや、その姿は戦士ではなくただの怯え惑う幼子でしかなかった。

急加速で外殻目指して離脱するガイアにエレボスは舌打ちする。

「レア! ちっ」

忌々しげに吐き捨て、その後を追う。

「結果オーライ…退きます よっ」

やや悦の入った表情でステュクスが言い捨て、眼晦ましのように肩の連装砲を放ちなが ら、アビスもそれに追随した。

 

 

 

3機が身を翻し、離脱していく。アビスの攻撃で反応が遅れ、シンは表情を顰めた。

「逃がすか!」

遅れた分を取り戻そうと、バーニアを全開で噴かし、追跡に入る。銃撃を掻い潜り、加 速するインパルスに追い縋るようにセイバー、そして3機のザクも追随する。

離れていく3機を逃すまいと睨むなか、シンは遂今しがたのガイアの奇行に困惑し、思 考を巡らせていた。執拗にこちらを攻撃し、翻弄した相手が一瞬とはいえ、完全な無防備を晒した。パイロットになにか不調でもあったのかと思い、答の出ない 迷いに苛立つ。

同じように追跡するステラは内に嫌な実感が沸き上がってきた。あの3機と戦闘に入っ てから内に燻っていた疑問。あの3機に搭乗しているパイロットについて…機体を容易に奪取したことといい、かなり特殊な訓練を受けていることは察せられ、 その上でどこかの陣営に属する者達というのは確信できた。だが、それとは別に問題なのはパイロットだ。訓練を受けて乗りこなした自分達ならいざ知らず、あ の強奪犯は今日初めてあの機体に搭乗したはずだ。奪取し、それを乗りこなす技量を目の当たりにし、それが単なるナチュラルではないと徐々に確信した瞬間、 ステラの内に数年前の出来事が来去する。

あの忌まわしい…過去の汚点が………

(そんな筈…ないよね)

首を振ってその考えを打ち消す。あの機体を捕獲し、パイロットを捕まえれば解かるこ とだ。たとえそれが、どのようなものでも…不安を抑えるようにステラは先導するインパルスを見据え、その力強い背中に場違いな安心感を憶えつつ、インパル スに並ぶように加速させた。

セイバーがインパルスと並んだ瞬間、後方でルナマリアのザクウォーリアのバーニアか ら黒煙が噴出して高度が下がった。

「あえっ!?」

どこか間抜けな声を上げるルナマリア。どうやら、最初の倒壊に巻き込まれた時に僅か ながら機体に不調を受けていたようだ。起動前にチェックしておけばよかったかもしれないが、もはや遅い。

失速するザクウォーリアに4人が気づく。

「ルナ、戻って!」

そのトラブルにステラが声を掛けると、ルナマリアはやや悔しそうに言い募る。

「でも…!」

「無理をするな、ルナマリ ア」

冷静な口調でレイがそう告げると、ルナマリアは渋々応じ、機体を後退させた。心配で はあるが、ルナマリアとて赤なのだ。着地ぐらいはこなせると思い、4人はそのまま追跡を続行した。

 

 

 

空中で激しい攻防が繰り広げられるなか、地表での戦いも水面下で静かに続いていた。

リンのザクの首を押さえる黒衣の死神。その奥の瞳が不気味に輝き、まるで魂を吸い取 るような悪寒を憶えさせる。

「く……」

先程の衝撃により麻痺がまだ身体に燻っており、満足に動けない。だが、そんなリンを 嘲笑うように死神はザクの首を掴んだまま、無造作に振り上げる。

持ち上げられる機体…突然掛かったGに表情が顰まるも、歯噛みし、耐える。

振り上げられたザクを死神はそのまま放り投げ、ザクは格納庫に叩きつけられる。

再度身体を襲う衝撃…シートに固定していなければ、まず間違いなくコックピット内で シェイクされ、無事では済まないだろう。

「ぐっ」

だが、さしものリンもそれには応えたらしく、呻き声しか出ない。だが、そんな痛みよ りもリンの内を巡るのはあの死神から聞こえた声。

(ゼロ? 虚無? いった い、どういうこと……)

死神から聞こえた声は自らを『ゼロ』と名乗った。『虚無』を意味する名…いったい、 何を意味しているのか、リンの思考は困惑する。

そして、それ以上に死神を通してくるゼロの殺気。全てを凍らせるような絶対零度の殺 気。自分の存在を認めない憎悪…それが肌をざわつかせる。

動かない身体に悪態を衝きながら、それでもこのまま何もせず殺られてたまるかとリン は必死に操縦桿を握り、ザクを操作する。

ぎこちない動きながらもなんとか立ち上がるザク。だが、足元がフラつき、おぼつかな い。そんな様子に死神のコックピットでゼロは口元を歪める。

「無様ね…そして、情けない わね。これが、比翼の騎士? 所詮は禍がいものの存在ね」

嘲笑を浮かべ、死神は右手に握る黒刀を構えた瞬間、コックピット内に微かな反応が捉 えられた。

「この反応…」

死神がそちらを向き、相手の注意が逸れたことにリンが不審に思い、その視線を追い、 そちらに振り向くと、一体のMSが滞空していた。

対峙するザクと死神を見下ろすように滞空するのは、純白の機体。マコトのセレスティ だった。

「何だ…アレが、こいつを呼 んだのか?」

セレスティのコックピットでカスミを抱えるマコトは戸惑いながらモニターに映る黒衣 の機体を見据える。

モニターに映る黒衣の機体に対し、セレスティのコンピューターが反応を示している。

まるで、呼ばれるように……セレスティの蒼の瞳と死神の金と紅の瞳が交錯した瞬間、 互いに感応するようにカメラアイが幾度も点滅する。

「なっ何だよ?」

突然の事態に困惑するマコトだったが、同じようにカスミが突如頭を抱え出した。

「うっ」

「カスミ!?」

慌ててカスミに呼び掛けるも、カスミは声を噛み殺すように漏らし、頭を抑える。

「うぅぅぅっ…」

苦しむカスミにマコトは困惑し、その原因が眼前の死神にあるのかと思い、視線を向け る。

そして、死神のコックピットでゼロは微笑む。

「器に選ばれし者…そして鍵 を与えられし者……でも、その鍵も器も必要ない」

笑みのなかに冷たい視線を浮かべ、ゼロはセレスティに相対する。その感じる殺気にマ コトは息を呑む。

「虚無へと…誘ってあげ る……カスミ」

ポツリと漏らした瞬間、死神は宙に舞い上がり、セレスティに向かう。

マコトの瞳に漆黒の刃を振り上げる死神が映り…その刃が振り下ろされる…………

 

 

 

 

 

 

 

――――――神さえも刈る死 神のごとく……機械の傀儡を操る無を以って…………

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

姿を現わす影。

襲い掛かる死神の刃に少年は 追い詰められていく。

そして、死神に問うべく騎士 は立ち向かう。

 

 

混迷する戦いのなか、仲間と ともに追い詰めるも、全ては宇宙へと消えていく。

宇宙へと身を晒す彼らを襲う 新たなる砲火。

轟く砲声が伝えるのは、新た なる予兆。

 

誘われるように新たなる艦が 旅立つ。

無限に続く…星屑の海 へ………

 

 

次回、「PHASE-09 星屑の海へ」

 

機関最大、旅立て、ミネル バ。


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