セカンドシリーズ強奪による奇襲から既に十数分が経った頃。シン達と別れたマコトは カスミの手を引きながら、割り当てられていた格納庫に急いでいた。場所がミネルバ付近であったのが幸いだったのか、奇襲による標的から逃れ、遠目からでも 格納庫の無事は見て取れる。

だが、工廠内を走る視界には、慌しく動き回る兵士達に無事だったハンガーより出撃し ていくMS。演習ではない本物の戦闘に、マコトは肌をピリピリさせていた。嫌な汗が身体をつたう。

遂先日の宇宙での模擬戦を嫌でも思い出させる。あの時も一歩間違えれば、死が待って いた。そして今この時も…無力な自分。だが、マコトは諦めない。必ず生き延びると…この手に抱く護るべきものを決して離さないと。

そして、そのために必要なのだ。自身の身を護るためのセレスティが。息を乱しなが ら、マコトとカスミはようやく目的地に到着した。

ハンガー内に入ると、人の気配はまったくなかった。担当官も恐らく事態に対応に負わ れて民間機のチェックどころではなかったのだろう。ハンガーを見やると、3基のクローラーの内、セレスティが固定されている隣の2基は空になっていた。

「ジェスさん達は無事に出ら れたのか」

どこかホッとするように安堵の息を漏らす。この場に機体が無いことから、恐らくジェ スとカイトは無事機体に乗り込んで離脱できたのだろう。何処へ行ったかは解からないが、それを詮索している余裕は無い。

工廠内ではシェルターまでは遠く、また全てを把握していない以上、セレスティに乗っ て工廠内から離れるのがベターだ。マコトはセレスティを見上げ、一瞥するとカスミに視線を移す。

「カスミ、大丈夫か?」

「はぁ、う…うん」

走ってきたためか、カスミの息もやや荒い。それを確認すると、マコトはカスミの手を 引いてセレスティの足元に駆け寄り、下りてきていたラダーに掴まる。二人分の重量を持ち上げていくラダーがハッチ付近にまで到達すると、開かれていたハッ チに飛び乗り、そのままコックピットへ乗り込む。シートに着くと同時にカスミを膝に抱え、マコトは懐から取り出したコントローラーを右のコネクターに接続 させる。

連動し、ハッチが閉じられ、コックピット周りが透けるように周囲の映像が映し出され る。瞳に光が走り、セレスティは起動する。

固定具を外し、セレスティは歩みながらハンガーの外に出、そしてマコトは工廠から離 れようとした瞬間、突如コックピット内に奇妙な反応が響いた。

「な、何だ?」

警告音とは違う。いや、そもそも初めて見る反応だった。セレスティの正面モニターに は『CRESCENT』という文字が表示されている。

「クレ、セント…?」

いったい、何を意味するのか、だが、セレスティがこんな反応を示すのは初めてだっ た。そして、その反応が指し示す先を表示する。

マコトは無意識にそちらへと振り向く。その先には、激しい砲火が轟く戦闘が行われて いる。あそこに、セレスティが反応している何かが在るというのだろうか。

だが、マコトは戸惑う。戦闘空域に向かい、巻き込まれればまず間違いなく危険が及 ぶ。自分独りなら構わないが、今はカスミも同乗している。彼女を危険な目に遭わせるのは絶対避けなければならない。

この反応は確かに気になるが、今は逃げる方が先だった。反応に背を向けようとした瞬 間、コントローラーを握るマコトの手にカスミの手が添えられた。

「カスミ……?」

困惑しながら見やると、カスミは手を添えたまま、反応が指し示す方向を見やってい る。

「呼ばれている…同じ鍵 に……そして呼んでいる…器となる虚ろなる闇が……」

まるで魅入られたようにモニター越しに見詰めながら呟くカスミにマコトはますます混 乱する。カスミはいったい何を言っているのか…だが、カスミは間違いなくこの先に関心を示している。

(もしかして、この反応の先 に…カスミと関係する何かがあるのか?)

今を以って不明であるカスミの失われた記憶。その手掛かりがこの先にあるというのだ ろうか。

逡巡しても答は出ない。迷っていたが、やがて一瞬眼を閉じ、やがて意を決したように 見開いた。

「いくぞっカスミ」

聞いているのかは解からないが、そう呟くと同時にマコトはカスミの手の上から操縦桿 を握り締め、強く握った。

そして、ペダルを踏み込み、操縦桿をゆっくりと押す。セレスティは唸りを上げ、スラ スターを展開し、粒子を噴射する。周囲に気流の乱れを起こしながら、セレスティは上空へ舞い上がる。

戦闘空域を一望し、爆発の炎が咲き乱れるなか、セレスティの反応はますます強くな る。

そして、センサーが捉え、頭部がそちらを振り向き、モニター内に映像が捉えられる。 主戦場となっている場所から程近い場所が表示される。

「あそこかっ」

あそこに何が待っているのか…不安が胸中を過ぎるも、それを抑え込み、マコトは握る 力を強める。

息を呑み込み、覚悟を決めるとともに操縦桿を引き、スラスターが唸りを上げて噴射す る。その加速に推され、セレスティは真っ直ぐにその場へと向かう。

まるで運命に導かれるように……その先に待つ、死神との邂逅を知らず………傀儡のよ うに…………

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS

PHASE-09  星屑の海へ

 

 

一瞬の内に舞い上がり、セレスティの上を取る黒衣の死神。その影が覆い被さり、コッ クピット内を陰に包む。

カスミの異変に気を取られていたため、マコトも反応が遅れる。次の瞬間、鋭い衝撃が 身に襲い掛かった。

死神の振るった黒刃がセレスティのボディに叩きつけられ、衝撃と重力の圧力が機体に 圧し掛かり、セレスティは地表へ叩き落された。

「うわぁぁぁっ」

押し潰されそうなほど重い圧力が加えられ、叫び声を上げるも、受け身も取れず、セレ スティは格納庫に墜落する。天井を破り、破片が周囲に舞い、格納されていたMSを押し潰しながら倒れ伏す。

「げほっげほっ」

激しい嘔吐感に襲われる。コックピット内でマコトは呻き声を漏らし、カスミもまたマ コトの腕のなかで表情を苦悶に歪める。

内臓がまるで潰されたように身体の感覚が薄く、麻痺が全体に浸透している。視界もま た靄のように霞んでいる。

そんな視界に否が応でも入り込んでくる黒い影。瓦礫に埋もれるセレスティに覆い被さ るように上空に浮遊する死神。その黒衣が人口風に揺れ、靡き、禍々しさを醸し出す。

まるで蛇に睨まれた蛙…そんな状況だろうか、マコトはこみ上げてくる嘔吐感を抑え込 みながら、震える手で操縦桿を握り、必死にモニターを見渡しながら何か、自分でもよく解からないが、何かを求めて視線を彷徨わせる。そして、その視線が格 納庫内の自機で押し倒したゲイツRの傍に転がるビームライフルに留まり、それと同時にビームライフルに向けて手を伸ばした。

倒れ伏しながらも、右腕が動き、すぐ傍に転がるライフルを掴み、マコトは反射的に腕 を持ち上げ、トリガーを引いた。

弾かれるように上空へと持ち上げられるセレスティの右腕、次の瞬間、握られたビーム ライフルからビームが発射され、死神へと襲い掛かる。だが、死神はそのビームを悠々と回避する。それでも、我武者羅に連射しながらせめて近づけさせまいと 必死にトリガーを引く。そして、ようやく感覚が戻ってきたのか、痺れが取れてきた。感覚の戻った左手でレバーを掴み、それを力一杯に押し上げる。それに連 動し、セレスティのバックバーニアが噴射され、その反動で振り子のように上体を起こし上げるセレスティはまるで跳ねるように飛び上がった。

バランスも取れず、まるで吹き飛ばされたような飛び上がり方。その行動にゼロは微か に意表を衝かれたが、弾丸のように向かってくるセレスティを僅かに身を傾け、激突することなく空中で交差し、過ぎる。

別に狙ったわけでもなかったが、ただ無我夢中で機体を起こし上げたため、空中で姿勢 を保てず、そのまま墜落するセレスティ。工廠内にうつ伏せに倒れ伏し、その衝撃が再びコックピット内をシェイクし、表情を顰める。

「はぁ、はぁ…くそっ」

呼吸を乱しながら、なんとかこの場を離脱しようとする。やはり、来るべきではなかっ た。あの死神からは冷たい気配しか伝わってこない。以前のステーション襲撃事件も、デブリ帯での海賊襲撃時にも感じなかった死者のような冷たい気配。まる で、人が乗っているとは思えないような感覚だ。

とてもではないが、関わって生き延びれられるという確証がもてない。そして、アレに 関わるなと本能が伝えている。

マコトが必死に機体を立て直そうとするなか、カスミは虚ろな眼でただ頭を抱え、掠れ た声を噛み殺していた。

瞳の焦点が合わぬなか、脳裏を過ぎる光景と声。そして、その絶望を喰らうように死神 がセレスティに向かって瞳を輝かせた瞬間、カスミの鼓膜にその感覚が走り、鼓動が大きく脈打った。

激しく動悸する心臓。こみ上げてくる嘔吐感。胸を締め付ける嫌悪感。それらが入り混 じり、カスミは内を巣喰う得体の知れない何かに拒否反応を示す。

 

 

 

 

 

―――――――死ニタクナイ

 

 

 

 

 

 

意味すら知らぬその言葉が過ぎった瞬間、セレスティの瞳から蒼穹の光が消え、それに 連動してモニターがブラックアウトし、コックピットが闇に包まれる。

突然の状況にマコトは息を呑む。機体の故障かと思ったが、次の瞬間、コックピット内 が赤い光に包まれる。

 

WARNING WARNING WARNING

 

正面モニターに表示される警告を告げるレッドシグナル。初めて見る反応にマコトは呆 然となり、操作を手離す。その間にもコンピューターは次々とシステムを起動させていく。未だブラックボックスを多く抱えるマコトにとって、それを静止させ る術はなかった。

 

BLASTER MODE   STAND BY READY

 

「ブラスター…モード?」

いったい何を意味するのか、そしてセレスティに何が起こっているのか、困惑するマコ トを横にカスミはただ小さく呼吸を乱しながら、ポツリと呟いた。

覚醒…鍵の……

その声は、コックピットに響くアラートに掻き消され、自機の異常に気を取られるマコ トの耳には届かなかった。だが、それがまるで眼覚めの合図であるかのように、死神が黒刃を振り被り、セレスティに向かって加速した。

無防備に倒れ伏した背中を晒すセレスティ。ブラックアウトしたためにマコトはそれに 気づかない。だが、次の瞬間………

 

DRIVE

 

その文字が表示された瞬間、セレスティの瞳が再び輝きを取り戻す。だがそれは、禍々 しいまでの真紅。

そして、振り下ろされる黒刃に反射的に反応するように身を翻し、上体を起こすと同時 に右手を振り上げ、黒刃を手で受け止める。

その交錯した衝撃波が激しいうねりとなって周囲に拡散し、瓦礫を振動させ、音を掻き 乱す。

死神の振り下ろした刃を右手で掴み止め、互いに押し合う力の均衡が揺らし合う。そし て、死神の金色と真紅の瞳とセレスティの真紅の瞳が交錯した瞬間、セレスティはスラスターを噴かせ、機体を押し上げた。それにより均衡が崩れ、押し返され る死神。強引に振り払い、距離を取ってバックステップで着地する。

抉る地表と噴き上がる粉塵が黒衣を振動させる。それを見据えるセレスティのコック ピットで、マコトはただただ唖然となっていた。

モニターは回復し、ようやく周囲の映像が映し出されたが、そこには驚くべき光景が あった。いや、正確には今の状況に、マコトは驚愕を超えていた。

「どうなってるんだ……」

掠れた声で囁かれた言葉は誰に向かって問われたのか。マコトの手は今、宙を彷徨って いる。いや、そもそもマコトは現在操縦を行っていない。あの異常状態からセレスティの操作は一切行っていない。にも関わらず、セレスティは動いている。動 き、あの死神を相手に対処している。主であるはずのパイロットの意思など関係なく。

だが、その疑問に答えるものは無く…主の存在を無視し、セレスティは真紅のカメラア イを睨むように輝かせ、獣のような駆動音を轟かせ、死神に向かって加速した。そのパイロットを完全に無視したGにマコトの表情は歪むも、それを気にも留め ず、セレスティは死神に向かって拳を突き出した。

死神は拳を横へと跳んでかわすも、空を切ったと同時にセレスティは足を軸に踏み止ま り、上体を捻るように回転し、腰部からビームサーベルを抜き、バネのように振り薙いだ。

薙がれた刃が死神に斬り掛かるも、死神も黒刃を振り上げ、受け止める。交錯する刃と 刃が火花を散らし、互いの機体を照り映えさせる。

モニターから差し込む閃光が眩くなか、ゼロは口元を緩めた。

「カスミ…もっと己の内の虚 無に身を委ねなさい」

今のセレスティの姿こそが、自らが望んだものであるとでも言うように、ゼロは操縦桿 を切って死神を操り、セレスティの刃を弾き返した。

弾かれたセレスティは体勢を崩すも、片足を軸に堪え、バルカンを斉射する。だが、襲 い掛かるバルカンを回避しようともせず、黒衣で受け止めながら突き進み、死神は脚部を振り上げ、セレスティのボディに叩き入れた。

その衝撃がコックピットにも大きく伝わり、激しい振動がマコトやカスミに襲い掛か り、呻き声を漏らしながらセレスティは格納庫の壁に叩きつけられた。

 

 

 

 

その頃、戦線を離脱した刹那は被弾したザクウォーリアを抱え、仮設された司令部らし き避難所へと後退していた。

2機が降り立つも、周囲は騒然とし、気に掛ける者は少ない。連れてこられるままだっ たキラはやや複雑な面持ちでモニターの風景を一瞥し、溢れる負傷者に忙しく動き回る兵士達の様子を見やる。

《医療チームD班は第7工区 へ!!》

《Bブロックも駄目だ、動け る機体はミネルバのドックへ行ってくれ!》

集音スピーカーから響く怒号に状況が予想よりも悪いことが裏づけされる。刹那も予断 を許さぬ状況に警戒しながらモニターを見ていると、端に移動体を捉え、モニターに表示し、拡大する。そこには、軍用バギーに乗った軍人達が映し出されてい たが、その後部座席に座る人物は、刹那にとって見覚えがあった。

だが、今は気に掛かるのは隣の機体に乗っているであろう相手のこと。

《雫、大丈夫?》

コックピットに響いた声にハッとキラが我に返ると、隣でザクを支える吹雪からSOUND ONLYの回線が開かれ、不安な声色で同乗する雫の安否を問う。

「ええ。私は大丈夫です」

キラの隣でやや表情を顰めながらも答える雫に回線越しではあったが、刹那の安堵の溜 め息が聞こえる。そして、次にはやや咎めるような口調でキラに話し掛けてきた。

《パイロットの方、僕は撤退 してくださいと言ったはずですよ。確かに僕には貴方に命令する権利はありませんが、他国の代表を同乗させて戦闘をするなど》

刹那自身は部外者ではあるが、自国の代表が乗っているなら話は別だった。元々は、刹 那が雫の護衛を請け負って同行していた。状況的にそれが不可能であったことを差し引いても同乗したままで戦闘に加わり、負傷でもさせれば国際問題にもな る。

その事を理解し、キラも自身の迂闊さと軽率さに表情を暗くする。

「私は大丈夫だから、それよ り秘書官。ラクスさんの方を」

止むを得ない状況であったことは雫も理解しているし、宥めるように制すると、負傷し たラクスを心配げに見やり、キラも暗い面持ちながらも、ラクスの安否を気遣うように呼び掛ける。

「ラクス」

取り敢えず意識を確認しなければならない。なるべく小声で呼び掛け、身体を微力で揺 さぶると、ラクスの睫毛が微かに震え、その瞼が動き、青い瞳が薄っすらと開かれていく。

「キ…ラ……」

掠れた声ながらも、ハッキリと応じたことに一応の安堵を憶え、キラは大きく息を吐き 出した。

「大丈夫?」

「え、ええ…大丈夫で す………」

ゆっくりと身を起こし、額を押さえながら頭を支える。頭を殴打したはずだから、かな り立ち眩みを感じているはずだ。

「ラクスさん、無理はしない で」

「は、はい」

気遣わしげに話し掛けると、ラクスは未だ青い顔ながら微笑んでみせた。その表情にキ ラはやるせないものを自分自身に感じ、自己嫌悪した。

「ごめん、つい…」

いくら眼の前でかつての仲間が窮地に陥ったとはいえ、今の自分の状態も考えずに戦闘 に介入したのは大きな過ちだった。かつてレイナにも言われたことだ。後悔を憶えながら詫びるキラにラクスは紛らわせるように答えた。

「いいんですよ。キラだけの 責任ではありませんから」

正直、ラクス自身も不甲斐ないと感じているのだ。仮にも前大戦時にはMSに乗った 身。パイロットとしての心構えも曲りなりも持っている。このぐらいなら、戦闘の際には考えられることだ。

「それよりも、早く斯皇院様 が安全に降りられる場所へ…っ」

自分はいいが、雫はそうはいかない。早く安全な場所へ向かわせようとするも、頭に響 く鈍い痛みに再度頭を押さえる。その押さえた手から微かに鮮血が零れ落ち、キラは息を呑み、慌てて操縦桿を動かした。

「とにかく、すぐに安全な場 所へ向かうよ」

こんな状況ではラクスに手当てもできない。雫とて打撲ぐらいは負っているはずだ。そ の治療のためにはもう少し戦闘区域から離れた方がいい。

「ええ。そう言えば、リン は……?」

ラクスの問い掛けにようやくキラもリンの存在を思い出した。

「あのご同行されていた方で すか? 奇妙なMSらしき機体と戦闘に入りましたが、それ以降は……」

工廠内を逃げているときに庇ってくれたラクスの随官らしき女性の姿を思い浮かべ、雫 が躊躇いがちに言葉を濁す。

キラも最後に確認できたのはあの黒衣の機体と戦闘に入ったまでだ。その後は解からな い。

「大丈夫だよ、リンは」

根拠のない言葉だが、リンをよく知るラクスは小さく頷き返す。心配ではあるが、リン はそう簡単に死ぬような存在ではない。

不安は拭えないものの、キラも頷いて未だ繋がったままの吹雪の刹那に話し掛ける。

「移動します。貴方も御同行 ください」

《解かりました》

この状況では、ザフト軍機ではない刹那の吹雪が単独で行動すれば、殺気立っている軍 と余計なトラブルを起こしかねない。刹那が応じると、キラも頷きながら同乗者に気を遣うようにゆっくりと機体を移動させる。

移動するモニターの光景にラクスと雫の表情は暗く歪み、同時に哀しい現実を感じる。

黒煙が立ち込め、瓦礫が散らばる無残な破壊の爪跡。破壊されたMSが力尽きたように 格納庫の壁に身を凭れさせ、または倒れ伏す姿は無常なものを嫌でも知覚させる。そしてこの惨状を作り出したのは、ザフトがその威信をかけて造り上げたセカ ンドシリーズ。

その力を恐れたのか…それとも欲したのかは解からない。だが、その新たな力はこの災 いを齎した。そしてその災いを断つために対峙するのは同じセカンドシリーズという力。新たな力が争いを呼び…そして争いが無くならぬが故に力が必要とな る。決して切れぬ二つの連鎖。

「やはり、力無くば…蹂躙さ れるしかないのでしょうか」

雫は暗い声色で静かに呟く。その問いにキラとラクスは答える術はない。かつて、力を 求め、その理不尽と思える現実に抗った者として…答えることなどできるはずもなかった。

《……どちらへ向かわれるの ですか?》

通信越しに同じように聞いていた刹那だったが、刹那にも答えられず、だがそれでも雫 の心情を和らげようと話題を逸らす。

「ええ、ドックの方は無事の ようですので、そちらへ向かいます。ドックには新造艦のミネルバも係留されています」

ドックの周辺は幸いに無事らしい。先程の兵士達の会話を集音マイクで拾って確認し た。そこには現在ミネルバもある。避難場所としては今現在ではベターな場所だろう。

《ドックの方ですか? そう 言えば、先程デュランダル議長らしき方が向かわれていましたが…》

「議長が?」

一瞬驚くも、渡りに船とはこの事だろう。部外者である日本の二人にMS。この混乱に あってはデュランダルが近くにいてくれた方が余計なトラブルも無く、身元を保証してくれるし、なにより優先的に手当ても受けさせてもらえるだろう。

それを考え付くと同時にキラはザクの手をドックの方へ指差し、刹那も応じてザクを抱 えたまま、吹雪をドックの方へ向かって歩み出させた。

 

 

 

 

アーモリー・ワン外部では未だ激しい砲火が轟いていた。船体を被弾し、大きく傷つ き、満身創痍ながらも必死に応戦していたナスカ級戦艦:フーリエはガーティ・ルーに対しビーム砲を放つも、ガーティ・ルーはスラスターを駆使し、砲撃を回 避する。

「ゴッドフリート、撃 てぇぇぇ!」

エヴァの号令とともに狙いを定め、トドメの一撃を放つ。放たれたビームの光条が真っ 直ぐにフーリエの船体を貫き、僚艦と同じように爆散し、沈んでいく。

「ナスカ級撃沈!」

「左舷後方よりゲイツ、新た に3!」

「同方向にナスカ級、及び ローラシア級!」

爆発がブリッジを照り映えさせたと思ったのも束の間、外周を哨戒していた他の警備隊 が駆けつけてきた。ナスカ級とローラシア級戦艦からゲイツRが3機発進してきた。

「アンチビーム爆雷発射と同 時に加速20%、10秒! ミサイル発射管、1番から4番スレッジハマー装填! MSを呼び戻せ!」

ガーティ・ルーより放たれるアンチビーム爆雷が艦周辺に散布される。港は作戦通り奇 襲で機能を封じ込められた。新たに艦を出す余裕は無い。だが、MSまではそうはいかない。そして哨戒部隊がこちらに向かって集結しだした。

命令を出すエヴァの隣で無表情のまま思考に耽っていたロイは徐にオペレーターに尋ね る。

「彼らは?」

「まだです」

問い掛けられたオペレーターは表情を顰めながら答え返し、ロイはやや困惑したように 息を吐き、エヴァも表情を顰める。

「トラブル? それとも、失 敗…かしらね?」

アーモリー・ワンに潜入したはずの別働隊のことだ。既に帰還の予定時間を過ぎてい る。

「距離5000に新たにロー ラシア級!」

「同方向よりMS、数4!」

またもや別方向から向かってきたローラシア級からジンとシグーの混成部隊が発進して きたのが確認できた。突撃銃の応酬を受け、友軍のダガーLが被弾し、爆発する。

「イザワ機、撃墜!」

その報告にエヴァは表情をますます険しくさせ、睨むようにロイを見やる。

「流石に港を潰した程度で は、ザフトの戦力を封じ込めるのは無理だったかな」

そんなエヴァの視線を受け流しながら、ロイは愉しげに顎をさすり、微かに生える無精 髭が指肌をざらつかせる。

「港を潰したといってもあれ は軍事工廠よ、長引けばこっちが保たないわ」

エヴァは上官の注意を喚起した。内部に潜入した部隊も気掛かりではあるが、これ以上 この宙域に留まるのは危険だ。いくら相手の不意を衝いたとはいえ、こちらはたった一隻。それに対し、哨戒部隊やアーモリー・ワンから増援のMSが現われ、 手詰まりにされている。いや、もしかしたら機能を封じ込めた港自体、早くに復旧しないという保障がないわけでもない。

一部隊のために部隊全体を危険に晒すのは艦長としてはあってはならないことだ。

そんなエヴァに対し、やんわりと笑みで制し、ロイは肩を竦める。

「私とて解かっているさ。だ が、失敗するようなら、所詮はそこまでのもの。そんな駒は必要ない。彼らがその程度の駒で終わるような連中ではないさ。それにアイス・ブリットまでつけた のだ。失敗されては困るし、私もこんな作戦最初からせんさ」

どこまでが真意なのか…時折見せる冷徹な一面を覗かせる上官にエヴァも黙り込む。そ の様子を一瞥したロイが一瞬こちらを見やると、エヴァは内にざらりとした感覚を憶える。サングラス越しに感じるロイの眼光。そのなかに混じる鋭い刃のよう な光。思わず息を呑むエヴァにロイは席を立ち、身を翻す。

「出て時間を稼ぐ…艦を任せ るぞ」

返答を待たずしてロイは後方のエレベーターに乗り込んでいく。その様子を一瞥し、エ ヴァは緊張が僅かに解れたように息を吐く。だが、あの内の鋭さに魅入られている自分がいる。そんな感情も否定することはできない。そして、自分の上官は自 分本位で進めることも…エヴァには嫌でも理解できた。

(男はいつだって自分勝手な ものね……)

苦笑を浮かべつつも、そんな彼を補佐するのが自分の役目だとでもいうようにエヴァは CICに向けて指示を飛ばす。

「艦固定! カタパルト開 け、格納庫、エグザスを出す! 準備急げ!」

指揮官自ら戦線に出るのは好ましくないが、こちらの艦載機数が圧倒的に劣る現状では 仕方ない。おまけに上官もパイロットとしての性をかなり強く持っている。

エヴァは淡々と溜め息を零した。

 

 

格納庫に降り立ったロイは騒然とする整備士のなかを掻き分け、リニアレールにスタン バイされている機体に向かって無重力のなかを飛ぶ。

機体上部ハッチ付近には、一人の整備士が待機していた。その整備士に手を振りながら 話し掛ける。

「軍曹、準備は?」

「いつでもいい。だが、パイ ロットスーツぐらいはつけてくれや」

顔に皺を刻んだややくたびれた容貌の男は整備帽を上げ、咎めるように注意を促すも、 ロイはやんわりと制し、コックピットに乗り込んでいく。

「あいつら迎えに行くんだ ろ、お前さんも無理するなよ」

「ああ」

覗き込みながら応じると、ハッチを閉じ、一瞬暗闇に包まれたロイだったが、次の瞬間 にはモニターに光が灯り、計器類が浮かび上がる。パネルを叩きながら操縦桿を握り、感覚を確かめる。

TS-MA4F:エグザ ス』それがこのMAの名称だった。前大戦において地球軍の主力を担ったMAの次世代型。既にどこの軍でもMSが主力となっているが、ロイ達の属する連合軍 はMAの強化に再着手し、このエグザスもその過程で開発された機体だ。無論、ただのではないが。

エグザスを固定したリニアレールが格納庫から移動し、発進口へと移動していく。発進 のタイミングをCICから移行させ、準備が整うと同時にロイは不適な笑みを浮かべ、機体を固定するアームを解除する。一瞬、身が浮かび上がるような感覚を 憶えたと同時に操縦桿を引いた。

開かれたガーティ・ルーの左舷ハッチより宇宙の海へ飛び出す一機の純白のMA。細く 尖った機首から後部へかけての流線型のフォルムが獰猛な鮫を思わせる。機体下部に一対のレールガンを装備し、機体周囲には取り巻くように4基の特殊兵装が 備わっている。

機体を加速させながらロイはエグザスをガーティ・ルーに接近を試みるゲイツRに向け る。新たな敵影に気づいたゲイツR3機が攻撃を集中させるも、まるでその弾道を見切っているようにエグザスが攻撃の間隙を縫って回避する。正面モニターの なかで照準が動き、それがゲイツR3機を捉えた瞬間、ロイは口元を微かに歪め、エグザスの4基の特殊兵装を展開した。

4方に飛ぶ4基が縦横無尽に独特の軌道を描き、ゲイツRらにビームの雨を浴びせかけ る。ゲイツRらのパイロット達は何が起こったのか理解する暇もなくその命を炎のなかに呑まれた。爆発を機体に浴び、白のボディを赤く染めながら周囲を飛び 交う4つの特殊兵装が機体に固定される。M16M-D4:ビームガンバレル。メビウス・ゼロに装備 されていた装備をより発展させた直系後継機。次なる獲物を求め、ロイはエグザスの機首を向ける。

機体に固定されていたガンバレルを解放し、加速しながら展開する。高速で動く小さな 飛翔体を捉えるのは並大抵の腕では不可能だ。ジンやシグーは翻弄され、次々と被弾して爆発の閃光へと消える。オールレンジによる多重攻撃を可能とするこの エグザスにとって、数機のMSなど脅威にならない。だが、このエグザスもその装備の特殊上、卓越した高度な空間認識能力が必要不可欠であり、この機体はほ んの数える程度しか生産されていない。

ロイは喰らった獲物に満足気に笑みを浮かべ、一路アーモリー・ワンに向かって加速す る。瞬く間に敵を一掃したエグザスにガーディ・ルーのブリッジではクルー達が歓声を上げ、エヴァはやれやれと指揮官席でゆっくりと座ることをよしとしない 上官の豪胆さに苦笑を零した。

 

 

 

外部での戦況バランスが再び水平に戻ろうとするなか、内部での戦いはバランスが傾き かけていた。

強奪したセカンドシリーズ3機と関連パーツを奪取した部隊が後退を始めた。いくらな んでもバッテリー駆動機である機体がそう長く戦えるはずがない。

先行離脱したダガー部隊に追い縋るように外殻の強化ガラスに向かって飛行するカオ ス、ガイア、アビス、ストライクE。ただ、我武者羅に逃げるガイアのコックピットでレアは震えるように身体を片手で抱き締めたまま、もう片方の手で必死に 操縦桿を握る。それが、自身の命を繋ぐ命綱とでもうように。ただひたすら逃げることのみに意識が向いていた。

そんな彼らを追撃するシン達。インパルスとセイバーの後方に就くザクのコックピット で、レイとセスは互いに状況を分析していた。

「どう思う、セス?」

《セカンドシリーズの奪取は あくまで挑発行為でしょう。なによりミネルバが狙われていない》

そう、強奪された3機による奇襲によって受けた被害は甚大だ。だが、腑に落ちないの はそれがMSによるもののみということだ。工廠の破壊なら物理的なものでなくていい。爆発物をセットするなり、警備システムをダウンさせるなど、工作はい くらでもあるはずだ。前大戦でクルーゼ隊が行ったように。だが、実際に受けたのはMSによる被害のみ。そして、セカンドシリーズと同時期に公表されたはず の新造艦たるミネルバは攻撃対象に入っていない。敵の目的が新型機奪取なら、戦艦も狙うはずだ。それが行われていないところを見るに、挑発に近い可能性が 高い。

《こちらが受けた被害もばか にならないけど》

そう漏らしたセスにレイも内に沸き上がる怒りを抑えられずにはいられない。

《問題は何処の部隊か…なに より、何故この時期に行動を起こしたかよ》

「ああ…っ」

疑念に思考を巡らせていると、逃げに徹していたカオスが突如機体を反転させ、ビーム ライフルを放ってきた。

4機は分散し、それに目掛けてエレボスは、カオスの背部の機動ポッドを分離させ、攻 撃する。2基のEQFU-15X機動兵装ポッドがビームを放ちながらザクに迫る。前大戦において使 用されたドラグーンシステムの流れを汲む無線のオールレンジ兵装。それらが無秩序に動き回り、4機の動きを掻き乱す。その隙を衝き、アビスが前面に滑り込 み、胸部のカリドゥスと肩の3連装ビーム砲を放った。

余計な詮索をしている場合ではない。回避したセスはザクのビーム突撃銃を構え、アビ スに放つ。アビスは肩の装甲で受け流しながら後退し、セスは背後に感じた気配にハッと身を翻す。

脇をすり抜けるように過ぎるビーム。カオスがセスのザクを逃し、エレボスが舌打ちし ながら次のターゲットをインパルスに定め、攻撃を集中砲火で浴びせる。

ビームを回避し、シールドで受け止めながらシンは歯噛みする。

《なんて奴らだ! 奪った機 体でこうまで……!》

カオスのドラグーンによる攻撃は試験時にコートニーが行っていたのを見てはいるが、 実際に向けられたのは初めてだ。なにより、コーディネイターでも操作が難しいドラグーンをこうまで巧みに…しかも初めて乗った相手が使いこなしているとい う現実に困惑する。

もしこれらの機体を取り逃がせば、それは将来自分達の…ひいてはザフトにとって脅威 となろう。自分達の手で造り上げた機体によって窮地に陥るなど、滑稽もいいところだ。尚更、逃がすわけにはいかないとステラもセイバーのビームをカオスに 浴びせ、牽制する。

「脱出されたらお終いだ!  その前になんとしてでも捕らえる!」

一連の攻撃はどれも牽制に近い。現に、カオスとアビスは遠距離攻撃に徹しながら距離 を少しずつ拡げている。

《解かっているっ逃がさな いっ》

苦々しい口調でシンが答え、距離を空けつつある敵機に追い縋ろうと外殻に向けて加速 し、ステラ、レイ、セスもそれに続く。

追撃が続くなか、レイは突如内に奇妙な感覚が駆け巡った。反射的にシートの上で身を 起こす。

(なんだ……?)

背筋を駆け抜けるような奇妙な感覚。言い換えれば、敵の殺気を感じたとでも言うのだ ろうか。機体の異常かとも思ったが、特にレッドシグナルは点灯していない。今の奇妙な感覚もほんの一瞬ですぐに掻き消えた。だが、その感覚が身を貫いた瞬 間、見えない何かに頭を押さえられたような圧迫感を憶えた。

初の実戦によるプレッシャーが極度に緊張しただけかもしれない。身体の不調も否定で きないが、今は戦闘に集中しなければならない。ここでレイが抜けては戦力が低下する。レイはそう切り捨て、意識を前方に集中させる。

胸の内に、その小さな違和感を残して………

 

 

 

 

ミネルバの艦橋では、バートがなんとか司令部にコンタクトを取ろうと何度もコールを 送っていたが、既に機能をほとんど失っている司令部が答えられるはずもなく、返ってくるのはノイズだけであり、顔を顰める。

「ダメです! 司令部、応答 ありません!」

その報告を耳にし、タリアは眉間に皺を寄せ、顔を顰める。司令部は愚か、港との連絡 も既に途絶えている。恐らくは先程の震動…あれが港への攻撃であったのだろう。後手に回っていることに対し、敵の鮮やかな手腕に敬服するとともに苛立ちが 募り始めていた。

「工廠内ガス発生、エスバス からロナール地区まで、レベル4の退避勧告発令」

別系統で情報収集に当たっていたメイリンの報告を聞き、タリアの機嫌は滅入ってき た。それを表情には出さないものの、実直である副長は明らかな動揺を口にする。

「艦長……まずいですよね、 コレ? もしこのまま逃げられでもしたら……」

マズイに決まっている。そんな事口に出さずとも解かっていることだ。どうにも言わず もがなのことを言い過ぎるアーサーにむっつりと答える。

「……バサバサと首が飛ぶわ ね、主に上層部の」

やや投げやりに答え返すと、アーサーは更に情けない声を出した。その様子にますます 心のなかに溜め息を零す。艦の責任者が動揺を表に出せば、それは下層にも伝わる。どのような状況であれ、毅然とした態度をとらねばならない。副長という役 職に就いている以上、もう少し毅然としてほしいものだと、タリアはアーサーをこの事態が収拾した後には、みっちりとしごいて鍛えてやると、このような状況 下ではあるが、心に決めた。

「でも、そんなことさせてた まるもんですか」

そう、それも全ては事態を収拾させてからだ。そのためにも敵を決して逃してはならな い。

「ザ、ザクウォーリア帰投し ます!」

その時、ブリッジ前方にバックパックから煙を噴出している赤のザクウォーリアがよろ よろと向かってきた。

「ハッチ開放、整備班に通 達!」

ミネルバのハッチが開放され、ルナマリアのザクウォーリアが緊急着艦する。機体をお ぼつかない足取りながらもなんとかカタパルト内に着地させ、格納庫内に機体を移動させていく。元々、この艦に配備が決まっていた機体だ。搬入が前倒しに なったと思えばいい。メイリンがパイロットが無事であることを確認し、ホッと安堵の息をついている。

若干の余裕がうまれたのか、タリアは顎に手をやる。

「それにしても……何処の部 隊かしらね? こんな大胆な作戦……」

モニターには、シン達の追撃を振り切って、外殻を目指すセカンドステージ3機に未確 認機種が映し出されている。

先行離脱したダガー部隊は既に破壊された天頂部から脱出している。どうやら彼らは パーツ回収のために回されただけのようだったが、逃してしまったことに歯噛みする。

港への連絡が途絶えたと同時に侵入してきたあの未確認機群。だが、随行していたのは 間違いなくダガーだった。となれば、必然性から考えれば地球側の勢力と考えられる。だが、と疑問にぶつかる。強奪されたセカンドシリーズ3機をあそこまで 自在に乗りこなすという点から考えると、その線も疑問が残る。あれらはかなり特殊な機体であり、それを奪って早々に乗りこなすようなパイロットが、ナチュ ラルであるとは思いがたい。2年前のクルーゼ隊の模倣犯のようにも見えるが、そこにコーディネイターとナチュラルという違いが出てくる。にもかかわらず、 これほどの作戦を遂行できる部隊となると、勢力は限られてくる。

(大東亜連合? それとも大 西洋連邦…いえ、もしかしたらブルーユニオン?)

可能な限り浮かびうる勢力を挙げてみる。式典前の混乱に紛れて潜入、新型機を奪取 し、プラント内部で騒ぎを起こし、それに呼応するように外部からの襲撃で港を潰すなど、という組織立った行動を取れる存在など。

念のためにメイリンに機種のIFFの 検索をさせてみたが、IFFに反応はなし。

思考を巡らせていると、タリアの背後のエレベーターが開き、一同が顔を向けると、 アーサーらは息を呑み、タリアは後ろを振り向き、その人物を認め、驚きの声を上げ。

「議長?」

彼女の視線の先には、随員を伴ったデュランダルの姿があった。進水式と軍事式典に出 席するために訪問中であったことは知っていたが、何故シェルターに避難もせずここへ…と疑念を遮るようにデュランダルは声を張り上げた。

「状況は!? どうなってい る!」

こちらの驚きを留めず、端正な顔を引き締め、厳しい表情で訊ねるデュランダルに、タ リアはモニターを見回しながら簡単に状況を説明した。

「……御覧のとおりです」

取り敢えずだが、把握しているだけの状況を手短に説明する。どれもが滅入りそうな内 容だが、タリアの内心には、それ以上に重く圧し掛かる厄介な事態に陥っていた。

有毒ガスが発生しているコロニー内部からシェルターへの避難ではなく、事態把握のた めにミネルバに来た。最高責任者として、真っ先に安全な場所に逃げるわけにはいかないという姿勢は確かに立派だろう。

彼に対してはタリア自身、公的のみならず個人的な事情においても好意を抱いている以 上。

だがそれは、あくまで平時のブリッジ外でのことに限る。今は自分はこの艦の艦長であ り、非常時だ。戦闘中に部外者…しかも、抗いがたい権力を持った人物を艦橋に入れたがる艦長など、そうはいないだろう。指揮系統を乱されることが艦長に とっては最も嫌な事態なのだから。おまけに、そこに私的な事情も関わっているのならば。

内心、溜め息を零すなか、モニターの向こうがパッと明るくなり、一同は弾かれたよう にそちらに眼を向ける。

離脱していたガイアがビーム砲とライフルを外殻の強化ガラスに向けて一斉射したの だ。コロニーの構造上、強化ガラスは絶対の気密性を求められる。それ故にその厚さは並大抵ではない。艦砲でも一撃では破壊するのは難しいのだ。案の定、そ の一斉射だけでは僅かにガラスを融かしただけだが、ガイアは二撃目を放つ。いくら強化ガラスでも何度も受ければ、強度は保たない。

それを阻止せんとインパルスがバックパックが二対のビームブーメランを構え、投げ放 つも、それに気づいたアビスが横から一斉射で狙い、ビームに呑まれて爆発する。

「マズイな……」

デュランダルが苦い呟きを漏らす。

その間にもガイアは再度外殻に向けて砲撃し、インパルスらはカオス、アビス、そして 未確認機であるストライクEに阻まれて阻止に向かえない。その状況にどう対処すべきかと巡らせるなか、インパルスから通信が送られてきた。

《ミネルバ! フォースシル エットを!》

空中戦になった今、近接戦闘装備であるソードでは分が悪い。シンの要求に、アーサー が戸惑ったようにタリアの方を向いた。

「艦長?」

窺うアーサーに、タリアは即座に心を決め、応じた。ここがあの3機を押さえる最後の チャンス、ギリギリの瀬戸際だ。持てる手札を切るなら、今しかない。

切り札をただ出し惜しみしては負けるだけ…軍人としての勘からそう決めると、メイリ ンに指示を飛ばした。

「許可します、射出して!」

「は、はい」

タリアの命を受け、メイリンが慌てて格納庫に指示を飛ばす。

即断したタリアにアーサーはふと背後を気にし、視線を後方へと送った。タリアもま た、肩越しにデュランダルを見やり、どこか皮肉が混じったように問い掛けた。

「もう、機密も何もありませ んでしょ?」

「ああ……」

諦めたように肩を竦めるデュランダルの声の後、メイリンが上擦った声でMSデッキに 呼び掛けた。

「フォースシルエット、射出 スタンバイ!」

メイリンの管制に従い、ハンガーでは『1』と名打たれたハッチが解放され、内部から 折り畳まれた黒い飛翔体が姿を現わす。

「フォースシルエット射出 シークエンスを開始します」

バーニアにスラスターを装備した高機動を思わせるフォルムを持つ飛翔体を固定する台 座がゆっくりと中央のエレベーターにセットされる。

「オールシステムズゴー、シ ルエットフライヤーをプラットホームにセットします。中央カタパルトオンライン、非常要員は退避してください」

セットされると同時に周囲が気密シャッターで覆われ、台座をゆっくりと上部へ移動さ せていく。

そして、ミネルバの艦橋下部の射出口のハッチが開放されていく。

開かれたハッチの奥に見えるカタパルトデッキに到達したフライヤーがバーニアを噴か し、グリーンの光が指し示す先へと自動操縦で発進する。

ハッチから飛び出したフライヤーは急加速し、主のもとへ急行する。

天頂部へと向けて飛行するフライヤーをミネルバへと進行するキラや刹那も気づき、一 瞬視線をそちらに向ける。だが、その意図を知らぬ二人はただ飛び去った軌跡を一瞥し、一路ミネルバへと急いだ。


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