『壊す』という行為がある。 人は何でも壊すものを持っている……それが定義するものは様々だ。

物であったり、国であったり…そして人であったり………



その行為は誰にでも…赤ん坊にだってできる簡単な行為…人……いや、全ての生命に共通する行為だろう。



反面…『つくる』……これもまた誰にでもできることだ。

人は何でもつくれるものを持っている…それが定義するものは様々だ。

物であったり、国であったり…そして人であったり………



その行為は壊すの次に憶えるもの…だが、これは全てが同じではない。つくる行為が全ての生命にできる行為ではない。




この2つは似ている…そこにあるのは言わば、プラスとマイナスだ。だが、『壊す』が単一の行為であるとは逆に『つくる』は多種の行為である。

そして一瞬の出来事と長い時間をかけて成す事という大きな差がある。

生きていく過程のなかで、生命は大なり小なり何か過ちを必ず犯す。それは、生きていく上で決して避けられない業だ。

だが、その『壊す』と『つくる』という2つの事象を繰り返しながら、歴史は紡がれていく。

その経験から得たものは、次の機会へと活かすことができるようになる。だが、そのためにはその犯してしまった過ちという過去の事実を受け入れ、それを受け入れた上で活かさなくてはならない。

その繰り返し…決して離れず…決して離れることは無い……繰り返される……

それがこの世界の理――――

そして世界は再びその行為を繰り返していく………





それこそが運命られたものであるが故に…永遠に続くものだとしても………

世界は繰り返す――――

愚かな理を…永遠に………誰も疑問に思うことすらなく―――――――




機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS

PHASE-10  旅路




アーモリー・ワン外部での戦闘が激化するなか、その戦闘を背に離れていく艦艇があった。

ジャンク屋組合において広く普及してるMS用輸送艦が微速で進むなか、アーモリー・ワンのハッチから2機のMSが飛び出し、その輸送艦に向かっていく。

飛び出してきたのはジェスのアウトフレームとカイトのジンアサルトだった。

《ジェスさん、マディガンさん、こっちですっ》

通信越しに聞こえてきたのはユンの声。ベルナデットに指示された外部へと続くハッチから飛び出した二人はどんぴしゃのタイミングで合流できた。

2機はそのまま輸送艦の上に降り立ち、ジェスは離れていくアーモリー・ワンに視線を向ける。

港周辺では火線が幾重も飛び交い、そこでも激しい戦いが起こっていることを示唆させている。

「外でも戦闘が始まったのか」

緊迫した面持ちでカメラを向けるも、この距離ではその詳細を知ることは叶わない。強奪犯である以上、回収部隊がいることもいくら戦闘に疎いジェスでも解かる。

《こちらは大丈夫だと思いますが……》

不安げに漏らすユン。一応、輸送艦からは民間のIFFを発信している。だが、実際の戦闘でそれが護られるという保障はない。

「もう少し離れた方がいいな。スピードを上げてくれ」

どの道、アーモリー・ワンに戻ることは不可能だ。なら、極力戦闘空域から離れるしかない。カイトは警戒した面持ちで前方を見据える。ジェスも複雑な表情のまま前方を見やったが、そこにおかしな違和感を憶えた。

それは、ジャーナリストとしてのある種の感性とでもいうのだろうか…ジェスの表情が徐々に強張っていく。

「いや、ちょっと待ってくれ」

【ドウシタ?】

突然の静止に8が疑問を挟むも、ジェスは無言のままガンカメラを前方に向け、モニターに映る映像を凝視し、同じ宇宙の映像を睨み、カメラにほんの微かな違和感を見定めた瞬間、声を上げた。

「何かいるぞっ」

《大変ですぅ、ミラージュコロイドデテクターに反応ですぅ》

同時に周囲を全警戒レーダーでサーチしていたユンがミラージュコロイドの粒子反応を捉え、泣きそうな声を上げた。

そして、弾かれるようにカイトは操縦桿を引き、ジンアサルトを飛び立たせる。

「姿を見せろっ!!」

ジェスが捉えた方角に向けて右手の複合銃を発射する。弾丸が何もない空間を過ぎろうとした瞬間、宇宙から抜け落ちるように影が動き出す。周囲から浮かび上がる輪郭はMSのもの。それが徐々に色を帯び、完全に姿を現わしたのは、一体の黒いMS。

『GAT-SO2R:NダガーN』。前大戦後期において開発されたGAT/A-02E:ブリッツダガーの後継機。ダガーの形状を残していた試作型に対し、よりその原形となったGAT-X207の形状を色濃く受け継ぎ、なによりもNジャマーキャンセラーにより長時間の隠密稼動を前提とした機体。さらには、終戦条約で使用を禁止されているステルスとしてのミラージュコロイドを搭載している。

ジンアサルトの銃弾を回避し、距離を取るNダガーNにカイトは舌打ちしながら両肩のガトリングポッドを発射する。

「こいつは俺に任せろ!」

火器と巧みな機動でNダガーNを狙撃するジンアサルトにDFH-S2026攻盾システム:シルトゲヴェールで受け止め、内蔵されたビーム砲で反撃する。

だが、ジンアサルトも回避しつつ攻撃の手を緩めない。互いの軌道を描きながら撃ち合う2機を映像で追いながらジェスは息を呑む。

徐々に交戦宙域が離れていき、それを不審に思った瞬間、ジェスの耳にユンの焦った声が飛び込んでくる。

《ジェスさん、新たな接近反応が!》

「何っ!?」

反射的に掲げたGフライトに攻撃が着弾し、振動が伝わる。

「うわっ」

表面が融解し、仰け反るアウトフレームに向かって宇宙から抜け出してくる同型機。今のは囮かと理解する間もなく、NダガーNが動きの鈍るアウトフレームに向けてシルトゲヴェールを向け、ジェスの眼が見開かれる。

砲口にエネルギーが収束した瞬間、輸送艦の後方から高速で接近する機影が現われた。淡いパープルホワイトに塗装された鳥のようなフォルム。割り込むようにNダガーNに向けて脚部のクローを突き立てて突貫し、そのクローで機体を掴み、輸送艦より離れていく。

「こいつは!?」

その機体形状は見覚えがある。セカンドシリーズのカオスのMA形態とほぼ同じだった。眼を驚愕に見開くジェスに聞き覚えのある声が響く。

《下がっていろ、ジェス=リブル》

「その声は、コートニーか!? 何故!?」

混乱するジェスを横にコートニーは注意を捉えたNダガーNに向ける。拘束されていたNダガーNは強引にクローを外し、弾くように離脱する。

「くっ」

端正な顔が微かに歪むも、コートニーは冷静に敵機の動きを捉え、操縦桿を切る。それに連動し、コートニーの駆るXMF-P192P:プロトカオスが前部フェイスのモノアイを動かし、機種の向きを変える。カオスのMA時の機動評価試験として試作されたこの機体には過度な装備もなく、MS形態にもなれないが、連合のガンバレルに近い有線の攻撃機動ポッドを装備している。コートニーもまたその卓越した空間認識でNダガーNの動きを読み、機動ポッドを展開する。

「捕らえるっ」

機体から離脱する機動ポッド4基が有線ケーブルで繋がりながらも、それぞれが独立した別体であるかのようにビームを浴びせかける。

4方向から襲い掛かる砲撃にNダガーNは防御に徹しながら距離を取ろうとする。

だが、それを逃すほどコートニーは甘くない。複雑な軌道を描きながら機動ポッドが狙いを定め、2基が正面から狙撃し、シルトゲヴェールで受け止めるも、別方向から放たれたビームが掠め、肩の装甲を抉った。

体勢を崩しながら不利と悟ったのか、離脱するかのように距離を取るNダガーNを逃すまいと後を追う。

その戦闘をカメラを構えるのも忘れて見入っていたジェスは掛けられた声にハッと我に返った。

《ジェス、無事だった?》

通信越しに聞こえてきた声に振り向くと、M66 キャニス短距離誘導弾発射筒を装備したザクファントムが接近してきた。

「リーカか、助かったよ」

ホッと安堵の息を漏らすジェスにザクファントムのコックピットでリーカも表情を緩める。

《他にも近づく部隊がいるっていうコートニーの読み、当たったわね》

心底感心したというように肩を落とす。機体を正式パイロットに譲渡した彼らは次の任務に備えていたところへ、あの強奪事件が起こった。そして、コートニーは数時間前から港の通信施設や索敵レーダー等の電波が不調を起こしている事態に他にも妨害部隊がいる可能性を浮かべ、リーカとともに非常用ハッチから警戒に出撃した。その過程でジェス達の援護に回れたのだ。

「リーカ、アーモリー・ワンの方は?」

既に戦闘が開始されてからかなりの時間が経っている。内部の混乱は収拾されたのだろうか。気に掛かるジェスにリーカは表情を顰める。

《強奪部隊の方はミネルバチームが追っているわ。シンやステラも戦ってる》

出撃時に確認できただけの情報を伝え、ジェスは咄嗟に思いついた疑問を問い掛けた。

「マーレさんは?」

マーレは正式パイロットに選ばれた。だが彼の搭乗機たるアビスは強奪された。ならば、彼はどうなったのか…その問いにリーカの表情が険しくなり、口調がぎこちないものに変わる。

《彼は……搭乗前に撃たれて重症。救命処置を受けているわ…》

言い淀みながら漏らすリーカにジェスも表情を顰める。

「……そうか」

《せっかく正式パイロットに任命されたっていうのに、こんなことになっちゃうなんてね……》

3機が格納されていたハンガーは3機の離脱と同時に救助作業が行われ、半数以上の士官は絶命していたが、マーレは幸いにも一命を取り留めた。だが、心臓付近を弾丸が貫通し、出血が激しく今も意識不明のまま、緊急処置が行われている。

同情するように表情を顰めていたが、やがてリーカは表情を引き締める。

《ここは危ないわ、私の誘導に付いてきて。安全な場所まで護衛するから》

《マディガンさんも呼び戻します》

離脱しようとするなか、ジェスは浮かない表情のまま、あさっての方角を見やる。先程から感じる違和感はまだ消えない。

「少しだけ待っててくれ」

《ジェス?》

徐にアウトフレームの向きを変え、首を傾げるリーカを横に微速で宇宙を進む。

【ナンデ戻ラナインダ、ジェス?】

ジェスの行動に疑問を挟む8に表情を変えぬまま、ボソっと呟く。

「嫌な予感がするんだ。誰かに見られているような……」

【何モ無イゾ、熱源モミラージュコロイドノ反応モ無イ。気ノセイジャナイノカ?】

各種センサー類と直結されている8は解析するも、反応はない。ジェスとてそれは理解している。言葉を濁しながらも、それでも拭えないこの違和感。表情を顰めながら何も無く、どこまでも拡がる宇宙を見渡す。

「そうなんだけど…この妙な違和感は何なんだ……」

長年のジャーナリストとして培われた感性故か。ジェスにはこの宇宙の何処から見られているような視線を感じる。それも、すぐ近くに…数分、モニター越しに睨むように見詰めていたが、ジェスは一瞬逡巡し、意を決したようにシート奥から作業スーツのヘルメットを取り出した。

それを被り、バイザーを下ろして首元と固定し、スーツを密封する。空気の微かな音がスーツ内に満ち、ジェスは顔を上げる。

【オイ! 何ヲスルンダ?】

突然の行動に注意を促すも、ジェスは答えず、手元の愛用のカメラを手繰り寄せ、片手でパネルを叩き、ハッチの開放を促す。

【マッタク、コレダカラ野次馬ハ】

そんなジェスに呆れたように漏らす8に苦笑を浮かべつつ、ジェスは表情を引き締め、開放スイッチを押す。

「自分の眼で確かめる」

何でも自分の眼で確認しなければならない。多少の危険は覚悟の上だ。そうすれば、この違和感も解消できるかもしれない。天頂部のハッチが開放され、空気の排出音が微かに木霊し、宇宙の暗闇にジェスは一瞬眼を閉じる。そして、シートが上へと昇り、やがてジェスの身体が機外へと現われる。

完全に身が出た瞬間、ジェスはゆっくりと眼を開ける。そして、その視界に信じがたいものが飛び込み、ジェスは驚愕に眼を見開く。

ほぼ直前に向かい合う一体のMSが対峙していた。コックピットからのモニターではまったく何も確認できなかったその空間に…いや、それよりもこれ程接近していて何故気づかなかったのか…そんな疑問を浮かべる余裕も無く、まるで幽霊のように佇むMSにジェスは掠れた声を漏らし、背中に冷たいものが走る。

「…ガ…ガンダム………?」

佇むそのMSはセカンドシリーズの特徴を持ち、尚且つその形状はどこか自身のアウトフレームに近い。酸素はスーツ内に充分確保されているというのに、ジェスはまるで呼吸困難に陥ったように息が詰まるような感覚を憶える。まるで睨まれた蛙。相手のMSは無言のまま、ただ静かに静止したまま…ジェスはほとんど無意識に、カメラのシャッターを押した。

レンズにそのMSの顔が撮られる。その音にMSのカメラアイが不気味に輝く。背面のスラスターが展開し、MSはアウトフレームを攻撃するのではなく、ただ静かに離脱していった。

太陽が映るなか、彼方へと飛び去るMSを見送ったジェスは硬直したまま動けなかった。そこへ突然シートが降下し、ジェスはようやく我に返った。不審に思った8が降下スイッチを起動させたのだ。そのままコックピットに固定され、ハッチが閉じられる。

【何モ無カッタダロ? ン?】

だが、ジェスは答えぬまま、ようやく呼吸が戻ってきた。汗が全身を流れ、動悸も激しい。そして思考も混乱するなか、コックピットに声が飛び込んできた。

《ジェス!》

「カイト……」

聞き慣れた声にどこか安堵したのか、ジェスの表情も僅かに緩む。だが、まだ身体に力が入らない。静止したままのアウトフレームに近づくジンアサルトとプロトカオス。

《くそっ、逃げられたぜ》

《こちらもだ》

頭を掻き、カイトが毒づく。

《追い詰めたのに急にロストしちまった。こんな時にセンサー不良とはな……》

整備が甘いと自己批判する。被弾させ、相手を追い詰めたが、突如センサー系統が不調をきたし、機体がアクシデントを起こした。その隙に相手は離脱し、見逃してしまった。

《同じだ……妙だな》

コートニーも同じ事態に陥った。だが、2機が2機とも同じ事態に陥った状況に腑に落ちないといった様子だ。センサー類の不調ではなく、まるで何者かが妨害したような…そんな示唆をジェスは感じ取り、再び悪寒にも似た不快感が身を襲う。

ジェスはゆっくりとカメラを持ち上げ、その画面に先程撮った映像を投影する。そこには、真実が映し出されている。

この眼で確認した真実が……だが、今のジェスにはそんな余裕さえない。

「今のはいったい……」

掠れた声でジェスは画面に映るあのMSの顔を凝視していった。

まるで、己にとって最悪の相手であるかのように………




戦闘によって巨大な穴の空いたアーモリー・ワン。排出される空気が乱気流となってアーモリー・ワン内を吹き荒れる。その気流の流れに身を任せ、コロニー外へと姿を消していく黒衣の死神。

その後を追うリンのザクウォーリアと気流の流れに捕らわれ、外へと放り出されるセレスティ。

唐突に擬似重力から無重力へと放り込まれ、マコトは必死に姿勢を立て直す。咄嗟のことで反応は遅れたが、なんとか機体のバランスを保つことに成功する。

「ふぅ」

軽く息を零すとともにモニターに眼を向け、状況を確認する。いったい今何がどうなっているのか…肝心のセレスティの状態も理解できていない以上、宇宙へと放り出されたのはまずい。コロニー内部に戻りたいが、穴は外殻の緊急隔壁が閉じられ、既に塞がっている。

「あいつは…どうなった?」

あの死神はどうしたのか…一緒に放り出されたはずだ。まだ近くにいるかもしれないと警戒した面持ちでモニターを凝視し、周囲を見渡していたが、視界の端で火線が迸り、そちらにセレスティが振り向く。

その先では、ザクウォーリアがビーム突撃砲を構え、死神を狙い撃っていた。

黒衣を靡かせ、宇宙の闇に紛れるためにほとんど有視界では相手の姿を捉えられないが、リンは相手の気配を読み、おおよその位置を掴み、トリガーを引く。

だが、相手はそんな子供騙しのような手でどうにかなるはずもなく、苦もなくかわされる。だが、リンの目的は相手を墜とすことではない。相手の動きを封じることだ。

あの死神のパイロットであるゼロという女には訊かなければならないことがある。そのためにも逃がすわけにはいかない。

ここで見失うものかと狙撃を繰り返し、無重力のなかを跳ねるように回避する死神のコックピットでゼロは呆れたように肩を竦める。

「しつこいな…今回はもう貴方と関わるつもりはないのだけどね」

正直、ここで殺ってもいいのだが…ゼロは内に被りを振る。

(そんなのはつまらない…騎士、貴方は簡単には殺さない。絶望を味合わせ、その身を斬り刻んで…そして、命を刈るのだから)

胸元のペンダントを弄び、夢想にほくそ笑みながら、どうしたものかと思案するなか、やや離れた宙域で激しい爆発が起こる。

モニターの隅に映る熱源。拡大されて映し出されるのは、ガーティ・ルー。その攻撃でザフト側の艦船が撃沈された。

「ベルフェゴールの部隊…なら、マティスの部隊も来ている。囮にはちょうどいい」

ニヤリと笑みを浮かべ、ゼロは片手でコンソールを叩き、素早く何かの作業を終えると、未だ攻撃を続けるザクウォーリアを一瞥し、身を翻す。

死神が反転し、黒衣の下から濁った光がこもれ、加速する。

「っ!?」

その行動に眼を見開く。マズイと瞬時に悟り、後を追おうとするも…死神が加速するなか、振り向き様に黒衣の下から火線が迸ったのが視界に映った瞬間、リンは衝撃を身に受けた。ザクウォーリアの右肩が吹き飛ばされ、爆発に弾かれる。

「ぐっ」

衝撃に呻くなか、片腕を失ったザクウォーリアにマコトが眼を見開き、慌てて接近し、その機体を受け止める。キャッチ時の振動が機体を揺らすも、マコトはそれに耐え、煙を上げるザクウォーリアを抱える。

肩の被弾のみだが、それでもダメージは深刻だ。

「だ、大丈夫か!?」

知りもしないパイロットだが、流石に放ってはおけず、通信越しに問うも相手からの返事は返ってこない。意識を失ったのかと戸惑うマコトだったが、リンは打ち付けた痛みを噛み締めて耐えながらモニターを睨むも、既にそこには死神の姿は無い。

(逃げられたのか……くそっ)

みすみす相手を逃してしまったことにリンは激しく自身の不甲斐なさに毒づいた。

自己批判に捉われるなか、マコトが再度呼び掛けようとした瞬間、両機のコックピットにアラートが響いた。

マコトとリンがハッと顔を上げると、2機の前に宇宙から抜け出るように姿を現わす機影。

ツインアイを輝かせるNダガーNが2機、佇む。その様子を漂うデブリの上に立ち、見下ろす死神。

「騎士…そして器よ。この程度で殺られるようなら所詮それまで……私を失望させないでね……また、愛死合いましょう…チャオ」

口元のルージュをなぞり、不適な笑みを浮かべたまま、ゼロは操縦桿を引き、機体を後方と跳躍させる。

黒衣が舞い上がり、宇宙の闇に溶け込むように、死神の姿は消えていく。まるで…その存在自体が幻であったかのごとく………




アーモリー・ワンを飛び出したインパルス内で宇宙の深淵がシンを押し包む。一瞬、見当識を喪失する。何の身構えもなしに勢いで飛び出したために感覚がずれを生じさせるも、素早く気流によって崩れていた体勢を整え、感覚を適応させる。

同時にモニターを全方位に切り替えて敵機の反応を探る。

「くそっ、何処だ…!?」

焦りに歯噛みする。勢いで飛び出したものの、敵を見失っては元も子もない。宇宙空間は深く、また暗い。有視界では限界があるが、Nジャマーの影響下ではレーダー類も頼りにはならない。

可能な限り遠方までセンサーを飛ばし、MSの熱源反応を捉えた。

「見つけたっ」

友軍のIFFではない。そして数は4…それがアーモリー・ワンより離脱コースを取っている。この距離ならまだ追いつける。そう確信したシンは操縦桿を引き、スラスターを噴射させる。

インパルスが加速し、速度を上げていく。前方を見据えるシンの視界に4機の機影が飛び込んでくる。

接近に気づいた彼らも舌打ちする。

「くそっあいつかよっ」

エレボスが毒づき、ステュクスも睨みながら機体を反転させ、火器を展開する。

「しつこいですよっ!」

フルバーストで放たれた砲撃がインパルスに襲い掛かる。だが、シンはその軌道を読み、操縦桿を捻る。砲撃を紙一重の機動でかわし、ステュクスは眼を見張る。

「かわしたっ!?」

フォースインパルスは宇宙での高機動戦闘を主眼に置いた機体。対し、アビスは水中戦を主眼にしているため、また機体自体も完全に制御できていない今、分が悪い。

「ならこれでっ」

エレボスも苛立ち、カオスの誘導ミサイルを発射する。何十発ものミサイルが弧を描きながらインパルスに向かうも、インパルスはトリッキーな機動を行い、ミサイルを翻弄する。混乱したセンサーが接触を避けられず、数発が接触し、自爆する。それでもなお追い縋るミサイルに向けて振り向き様に胸部の機関砲で狙撃し、撃ち落とす。

爆発が機体を照り映えさせ、ゆっくりとこちらを凝視するインパルスに気圧されるように息を呑む。

「逃がさない…奪った3機は返してもらう!」

決然とした面持ちでシンはスロットルを引き、インパルスは再加速して動きの鈍る4機に向けて襲い掛かる。ビームサーベルを抜いて斬り掛かろうとした瞬間、横殴りにビームが撃ち込まれ、シンは咄嗟にシールドで防御するも、その威力に加速を殺され、弾かれる。

「何!?」

驚愕するシンが攻撃された方角を見やるも、敵機の姿は無い。だが、視界の隅にキラリと白い光が迸った。反射的に操縦桿を捻り、インパルスが機体を傾けた瞬間、ビームが掠め、インパルスの右肩を抉った。

右肩の装甲に走るビームの融解跡。コックピットに表示されるダメージにシンは息を呑む。もしあの瞬間、回避が少しでも遅れていれば、頭部が撃ち落とされていただろう。

「攻撃…? ダメージは!?」

呆然となっていたが、すぐ我に返り、片手でダメージを確認する。装甲が抉られただけでフレームに損傷は無い。次にレーダー類を駆使し、全神経を張り詰めるように昂ぶらせ、周囲を索敵する。だが、ビームが何も無い…そして他方向から同時に発射された。

シールドを掲げてビームを受け止めるも、表情が歪む。

「何処から!?」

戸惑うシンの眼に矢のように迫る一条の軌跡を描く白い機体が映る。

それがMAだと悟った瞬間には、その機体は機体下部のレールガンを撃ちながらインパルスの横を掠める。立ち往生するインパルスに反転するエグザス。

「フッ…本能、というものかな? 勘は鋭いようだな」

相手を揶揄とも称賛とも取れる言葉を漏らしながらロイはエグザスの照準を合わせ、ガンバレルを展開してインパルスに砲撃を浴びせる。

「大佐、何故!?」

突然のロイの登場にカズイが困惑する。だが、ロイの名を聞くと同時にレアの恐怖に歪んでいた表情が微かに安らぐ。

「ロイ…来てくれた……」

親を見つけた幼子のように漏らすレア。エレボスはやや悔しげに舌打ちし、ステュクスも肩を竦める。

そんな彼らに向けてロイは不適な笑みを浮かべ、通信を送る。

「部下を護るのは指揮官の役目なのでね…バスカーク中尉、3人を連れて合流地点に向かいたまえ! ポイント座標はブルー18、マーク3αだ」

告げると同時にレーザー回線でガーティ・ルーの現在位置を送信し、意識をインパルスに向ける。

そして、座標を受け取ったカズイは3人を促し、4機は離脱していく。

「待て…っ!」

防御していたシンは強引に追おうとするも、それを阻むようにエグザスの攻撃が降り注ぎ、シンはエグザスに反撃する。

ビームライフルを構え、狙い撃とうとするも別方向からの砲撃によって阻まれる。なんとか機体を旋回させて射線を回避し、高速で飛び交う4基の飛翔体が視界に飛び込む。

「ドラグーン…いや、ガンバレル!?」

機動ポッドから伸びる有線ワイヤーのようなケーブルを備えたガンバレルが火を噴き、シンはガンバレル目掛けて攻撃するも、ロイの意識に連動し、まるでそれぞれが別の生き物であるようにビームをかわす。

「さあ…その機体もいただくとしよう!」

嘲笑を浮かべ、エグザスが加速し、ガンバレルの攻撃が激しくなる。遠近感が麻痺しがちな暗い宇宙空間において高速で機動するその小型兵装ポッドに対応するには同等の空間認識能力が必要になる。シンの能力ではそこまで対応できない。

だがそれでも、必死に飛び交うガンバレル目掛けてビームライフルで応戦するも、こちらのビームが空間を薙いだときには既にそこに姿はない。

全方位からの間隙の無い砲撃にシンは翻弄される。

(相手は一機のはずなのに…これが、本物のガンバレル!?)

向けられるのは初めての攻撃にシンは戸惑いながらも防御し、対応する。だが、宇宙は全方位が常…下方の対処が甘くなるインパルス目掛けて上昇するガンバレルの一基がビーム刃を展開し、加速する。

「!?」

それに気づいたシンは反射的にレバーを引き、機体が後退し、直前を過ぎるガンバレルにビームライフルの砲身が切り飛ばされる。一拍後、銃が爆発し、体勢を崩すインパルスの背後にエグザスが回り込む。

背中越しに感じる殺気にシンが息を呑み、硬直する。そして、逆にロイは愉悦のような笑みを浮かべ、口元を緩めた。

「フッ…青いな」

機体にのる感情任せの動き…機械的ではないが、故に読みやすい。

「コックピットをやらせてもらう…その機体もできれば、回収したいのでね」

レールガンの砲口にエネルギーが収束した瞬間、ロイの内に微かな違和感が走った。

「むっ?」

その瞬間、トリガーを引こうとしていた手が別に動き、エグザスは身を翻す。機体のバーニアが向きを変えたと同時に過ぎるビーム。瞬時に離脱するエグザスを狙い撃つビームの矢。

援護射撃…そう感じたシンの耳に仲間の声が飛び込んできた。

「シン! 無事!?」

「ステラ…?」

放たれる方角に眼を向けると、アーモリー・ワン方向から迫るセイバー、ザクファントムとザクウォーリアの姿があった。

遅れてシンの後を追ってきた3機はエグザスに向かって狙いを定める。

「レイ、セス!」

「何をしている! 足を止めるな、いい的だぞ! この敵は普通とは違う!」

勇むレイにシンが冷静な彼らしくない言動に思わず口を噤む。

その間にも3機はエグザスに向かって攻撃する。3対1だというのに、ロイは動揺もせず、エグザスを駆り、ガンバレルを展開する。

狙いはセイバー。レールガンを放ち、セイバーの動きを封じる。ステラは晒された火線にシールドを掲げて受け止める。だが、動きを止めたセイバー目掛けてガンバレルの一基が回り込み、ビームを放つ。

それにステラが気づいた瞬間には遅い。だが、セイバーの前に割り込むレイのザクファントムが肩のシールドで受け止め、防ぐ。

その行動にロイが眼を僅かに瞬き、眉を寄せるように皺が刻まれる。その微かな隙を逃さず、セスのザクウォーリアが狙撃し、ガンバレルの一基が撃ち抜かれ、爆発する。

ロイは舌打ちしてワイヤーを破棄し、距離を取る。そして、それを逃さぬようにザクファントムも狙い撃つ。

正確な狙撃で逆に翻弄される状況にロイは奇妙な引っ掛かりを憶えた。あの白いザクファントムのパイロットはセイバーが反応できなかった攻撃に対処した。まるで予測していたような動きだ。だが、高速で迫るビームが発射されたと同時に目標を捉え、弾道を見切るのは不可能だ。それこそ、あらかじめこちらの狙いを知っていなければ……そして、3機のなかでもザクファントムの射撃精度は一つ飛び抜けている。ガンバレルの動きを正確に把握しているようだ。

奇妙な感覚にとらわれるなか、ロイの耳に不思議な声が聞こえた。通信の混線…いや、そんなものではなくまるで内に直接…全身の神経が共鳴したような声だった。

「この感じ……そうか、そういうことか」

微かに戸惑っていたロイだったが、何かを確信したのか、口元が歪む。

そして、愉しげに攻撃をザクファントムに集中させていく。レイは突如自分に攻撃が集中し始めたことに一瞬息を呑むも、弾道を見切り、回避しつつ反撃する。だが、ガンバレルはそれらを紙一重で回避し、今度はレイの方が驚きに包まれる。

そんな相手の困惑を感じ取ったように、ロイはサングラス越しに視線を細めた。

「3人目か…因果なものだな、アル=ダ=フラガ…いや……ラウ=ル=クルーゼ」

ロイの口から発せられた名…それは誰に対して向けられたものか、立ち往生するザクファントムを掠めるように急接近するエグザス。

互いの装甲がぶつかり、火花が互いの純白の装甲に迸った。





シン達が苦戦するなか、アーモリー・ワンより飛び立ったミネルバは一路、戦闘宙域に向かって航行していた。

「気密正常、FCSコンタクト、ミネルバ全ステーション異常なし!」

アーサーの報告にタリアは一呼吸置き、問題が起きなかったことに安堵する。この艦はまだ生まれたての赤ん坊も同然。だが、そんな感慨に耽る間もなく、意識を切り替える。

「索敵急いで! インパルスらの位置は!?」

クルー達も処女航海を味わう余裕もなく、眼前に迫る実戦に緊張しながらも指示を実行していく。

「インディゴ53、マーク22ブラボーに不明艦1! 距離150!」

索敵を担当するバートが声を上げ、その位置が近いことにデュランダルは唸る。

「それが母艦か……」

タリアも睨むように前方を見据える。敵艦の位置はアーモリー・ワンと眼と鼻の先。だが、港が機能を停止する前に哨戒部隊は出ていたはずだが、その反応は無い。なら、やられたと考える方が自然だろう。

単艦でそれ程の戦闘能力を有する以上、油断はできない。

「諸元をデータベースに登録、以降対象をボギーワンとする!」

敵を表わす単語を用い、未知の艦にコードネームを割り振る。だが、それもすぐに終わらせる。そう決意するタリアだったが、友軍機を呼び出していたメイリンが上擦った声で叫ぶ。

「ど、同157マーク80αにインパルス以下4機反応確認! 交戦中の模様!」

交戦中というのはともかく、4機とも健在であることに安堵し、顔をメイリンへと向ける。

「呼び出せる?」

「ダメです、電波障害激しく、通信不能!」

「敵の数は?」

「一機です。でもこれは…MAです!」

メイリン自身も戸惑いながら機種を報告する。

その報告に落胆と安堵を同時に憶える。新型3機はまんまと奪い去られたということに、怒りを感じる。もはや取り戻すのは不可能に近いかもしれない。だが、敵がMA一機程度なら、4機で遅れは取るまいと安易に考えた。どんなに優れた機体でも、MAでMS4機…しかも、赤である彼らの乗る機体相手だ。

タリアも彼らの腕は熟知しているし、信頼している。故に安堵したのだが、その憶測が甘かったことをすぐさま思い知らされる。

すぐさま戦闘宙域を正面モニターに映し出す。純白のMAと思しき機体が縦横無尽に攻撃を繰り出し、インパルスを含めた4機は翻弄されていた。押されてはいなかったが、それでも足止めを受けている。セイバーは曲芸のように飛行し、網目のように降り注ぐビームを回避し、ザクウォーリアはシールドで防ぎながら狙い撃つも、攻撃は紙一重でかわされ、決定打が出ない。集中的に狙われるザクファントムは急上昇して回避し、インパルスがビームサーベルでエグザスに斬り掛かるも、盾のごとく放たれるビームに防戦一方になる。

たった一機のMAで新型機2機を含めた赤の乗るMS4機を完全に押さえている現実にタリアは思わず眼を瞬く。

自軍のMSの優位性を信じないわけではないが、旧世代のMAで互角以上に戦っていることに相手のパイロットの技量の高さ、そして自身の認識の甘さを歯噛みする。

MSは完全無欠の兵器ではない…かつての恩師に言われた言葉が内に染みた。

「敵は一機のはずでは……?」

拳を握り締めるタリアの横でアーサーが愕然と呟く。報告したメイリンも困惑している。確かに敵機の反応は一機のみだ。だが、攻撃は他方向から幾重も放たれている。まるで何十機という数で対峙しているのではと錯覚させられる。

「相手のMAが装備しているのは旧連合の機体に装備されていたガンバレルよ…アレを相手にしていては、彼らでは少し分が悪いわ」

モニター越しに確認した敵機が使用している装備はタリアにも覚えがある。ナチュラルのなかでも一部の人間にしか使えない特殊兵装。だが、それをあそこまで使いこなすというのは余程の腕だ。

だが、相手の腕に感心している場合ではない。一刻も早く手を打たねば、インパルスやセイバーのエネルギーも残り少ない。もし今動きが止まれば、最悪3機だけでなく5機とも喪うことになる。

タリアは素早く戦況をシミュレートし、最適な方法を導き出した。

「ボギーワンを討つ!」

そう宣言した彼女にクルー達が眼を瞬くも、気にも留めず矢継ぎに指示が飛び出す。

「ブリッジ遮蔽!」

タリアの指示とともに艦橋にアラームが鳴り響き、それに連動して艦橋部分が下がり始めそれと同時に天井となる部分にカバーが展開した。

「進路インディゴデルタ、加速20%、信号弾及びアンチビーム爆雷、発射用意!」

艦橋はゆっくりと降下し、下階のCICに直結する。薄暗い戦闘指揮所に到達し、ブリッジが固定される。そして、肝心の副長が呆然と立ったままなのに気がつき、タリアは怒鳴った。

「アーサー! 何してるの!?」

「うあっ…は、はい!」

一喝されたアーサーはようやく行動を起こし、慌てて所定の席に移動した。

「ランチャーエイト、1番から4番、ナイトハルト装填! トリスタン、1番2番、イゾルデ起動! 照準、ボギーワン!」

指示を発するアーサーにようやく安心したように溜め息を漏らし、タリアも眼前を見据える。この艦橋遮蔽システムは戦闘ステータスへのスムーズな移行を可能とすると同時に、船体の突端に位置し、戦闘でも無防備になりがちな艦橋を防護するシステムでもあった。

次々とミネルバの武装システムが起動していく。ミサイル発射口、艦中央に備わった主砲であるMX47 トリスタン、M10 イゾルデが起動し、砲身を展開する。

対艦戦闘準備が整うなか、デュランダルは唐突にタリアに問い掛けた。

「彼らを助けるのが先じゃないのか、艦長?」

ややウンザリしながら振り返り、デュランダルに向かい合う。

「そうですよ…だから母艦を討つんです。敵を引き離すのが一番早いですから…この場合は」

少々嫌味を込めて言い放つ。艦載機同士の混線するなかへ戦艦の装備では援護が難しい。そんな事は艦長としては当然のことだ、と…内心に苛立ちながらも、説明を簡潔に終え、タリアは姿勢を直し、ミネルバは一路、ボギーワンと名づけたスチールブルーの艦に進路を向けた。




インパルス、セイバー、ザク2機を相手にしていたロイはモニターの隅に接近してくる艦影を視界に捉えた。

「戦艦?」

アーモリー・ワンから回り込んでくるライトグレイの戦艦。見たことの無い艦形状だ。

「例の艦か?」

だが、戦艦が出て来たということは港が復旧したのだろうか…その逡巡が一瞬の隙を生み、ガンバレルの動きが僅かに鈍る。

そんな隙を逃さず、セスが一基に向かって狙い撃ち、軌道を補足する。浮かび上がるガンバレルに向かってザクファントムが狙撃し、一基を破壊した。

「ちぃ、私としたことが…二兎を追う者は一兎も得ず。欲張りすぎは元も子もなくしかねんな……」

舌打ちし、潮時と悟る。できることならあの新型と思しき2機も奪取…最悪でも破壊してしまいたかったが、戦艦までも出てきた以上、これ以上増援を出されては流石に分が悪い。ロイは戦況を見定めると、次の行動に素早く移る。

足止めは充分だ…残りの2基をエグザス本体にドッキングさせ、機体を反転させ、一路ガーティ・ルーに向かう。

突然の離脱に4機は戸惑い、動きが鈍る。その僅かな間があれば充分だった。瞬く間に距離を空け、離脱するなか、ロイは徐にモニターに映る白いザクファントムを見やる。

エグザスの動きに対応してみせたあの動き…ロイにとっては確信するに充分なものだった。

「また会おう、ラウ=ル=クルーゼ」

小さく囁き、ロイはガーティ・ルーを目指し、加速する。

彼方へと去っていく機影に呆然となる一同。あまりに唐突な事態に反応できず、見逃す結果…いや、この場合は相手が退いてくれたと解釈する方が正しいかもしれない。旧世代のMA一機で赤4人が抑え込まれたのだから……やや悔しさに歯噛みするなか、相手が何故撤退したのか逡巡したが、その答はすぐに出た。

アーモリー・ワン方向から別の巨大な艦影が接近しつつあった。

「ミネルバ…!」

モニター越しに確認したのは、紛れもなく自分達の母艦たるミネルバのシルエット。だが、シン達は戸惑う。

「なんでココに……?」

ステラも驚きに眼を見張る。進水式さえ終わっていない新造艦が何故戦闘空域に向かってきたのか…恐らく、あのMAもミネルバの出現に退却したのだろうが、ミネルバの登場に思考が混乱する。

接近してくるミネルバから発光信号が打ち上げられた。

「帰還信号?」

その信号の意味するところを悟り、シンは荒くなっていた呼吸を落ち着ける。どうやら、あの戦いで予想以上に張り詰めていたらしく、息もかなり張っていたらしい。

だが、既にインパルスのエネルギー残量も心もとない。敵も退却した今、シン達は帰還する。初陣は彼らの負けであったという事実に…拳が知らず知らず握り締まった。




離脱した4機は無事にガーティ・ルーの着艦コースに乗った。開かれた両舷のカタパルトハッチから格納庫へと着地する。機体が収容されるなか、ガイアが格納庫に足をつけ、機能を停止するとともにレアは震える身体を抱き締めるように両手で抱えた。

「生きてる…私、生きてるよ……お姉ちゃん…生きて、るよ……」

眼元に涙を浮かべたまま、自分が生きているとういう実感を噛み締めながら、レアはコックピットで身を縮める。己の存在を確かめるように……

エレボスとステュクスもやや疲れを滲ませる表情で息を切らし、カズイもやや呼吸を荒げていた。

MSの収容が完了し、ようやく任務が終了した。後はこの場から離脱するだけ。

「艦長、MS収容完了!」

「撤収用意!」

もはや長居は無用。後は指揮官が戻りさえすればいい。迎えに行った本人が遅れてどうするのだとやや毒づくも、オペレーターの上擦った声にエヴァは意識を引き戻される。

「戦艦と思しき熱源接近! 艦種、データにありません! レッド53、マーク80デルタ!」

オペレーターの報告と同時にモニターに迫りくるミネルバが映し出され、エヴァは思わず身を乗り出す。

「例の新型艦ね!?」

見慣れたザフトのナスカ級やローラシア級とはまったく違った形状を持つ流線フォルムのライトグレイのボディ。アレが、報告にあったザフトの新造艦。厄介な相手が出てきたとエヴァは小さく舌打ちする。

「対艦戦闘用意! 面舵15、加速30%、イーゲルシュテルン起動! ミサイル発射管、スレッジハマー装填!」

素早く敵艦からの攻撃を想定し、迎撃体勢を整えさせる。それと同時にミネルバの艦体両舷から対艦ミサイル:ナイトハルトが発射される。

「敵艦より高速熱源多数、本艦に接近!」

無数のミサイルが弧を描きながら襲い掛かってくる。エヴァは即座に迎撃させる。

「迎撃! 撃ち落とせ! 同時に右舷スラスター、ピッチ角30°!」

ガーティ・ルーの船体随所に備わった迎撃対空機関自動砲塔システム:イーゲルシュテルンが弾幕を張り、迫りくるミサイルを撃ち落とす。

だが、その弾幕を掻い潜ってくるミサイルが迫るも、向きを変えたガーティ・ルーの船体を至近距離で爆発したミサイルの余波が押し、ミサイルは虚空を過ぎり、去っていく。

衝撃波によって船体がビリビリ揺れ、エヴァを含めたクルー達は歯噛みする。

「応戦しつつ回頭60°! エグザスの回収急いで!」

同方向から急速に接近してくる白い機影。確認するまでもなくロイのエグザスだ。ロイは決して分の悪い賭けはしない方だ。そして、エヴァも戦闘力が未知数の新造艦を正面から相手するほど酔狂でもない。

爆煙が晴れ、ガーティ・ルーが健在であるのを確認すると同時にミネルバは主砲であるトリスタンと中央の副砲のイゾルデを発射してくる。ビームと弾丸の集中攻撃に晒されつつも、エヴァは回避を命じる。

「撃ち返せ! ゴッドフリート2番及び6番回頭50! 撃てぇぇぇ!!」

負けじとガーティ・ルーの艦首に備わった6門の主砲であるゴッドフリートの左舷に備わった砲門が動き、ミネルバに向かって発射される。

互いに砲撃と回避を応酬するなか、その激しい攻防を掻い潜り、エグザスはガーティ・ルーの着艦コースに乗る。

流石の操縦技術に感心すると同時にエグザスが開かれたハッチに飛び込み、格納庫に強引に着艦する。衝撃吸収用のネットに絡め取られ、動きを止める。

《撤退だ、エヴァ!》

待ってたとばかりにエヴァは声を張り上げる。

「機関最大! 全速!! 現宙域を離脱する!」

ガーティ・ルーはエンジンを噴かし、全速で戦闘空域から離脱をかけた。


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