背後から追い迫るミサイルをCIWSで撃ち落しながら、ミネルバは必死に逃走を続けていた。

その必死さが功を奏したのか、深刻な被害は出ていないが、それも無駄な足掻きでしかない。このままではいずれ後部の数少ないCIWSも弾切れになる。

だが、そんなミネルバを嘲笑うように迫るダガーLとストライクEが砲撃し、装甲を掠め、周囲の岩塊ごと吹き飛ばし、絶え間なく攻撃を浴びせてくる。

「ナイトハルト! 撃てぇぇぇ!!」

ミネルバから放たれるミサイルが弧を描きながら襲い掛かるも、距離を空けているストライクEにダガーLは悠々と回避する。

「後ろを取られたままじゃどうにもできないわっ! 回り込めないの!?」

艦長席の肘掛を強く握りながら、タリアは苛立ちを滲ませた声で訊ねるが、マリクは首を振った。

「無理です! 回避だけで今は……!」

この間隙のない攻撃のなかで致命傷を避け続けているだけでもその腕はかなりのものだが、迂闊に出れば、集中砲火を受けるのは火を見るより明らかだ。

「レイとセスのザクを……!」

打開策の一つとしてアーサーが進言するも、タリアはそれを一蹴する。

「現状では発進進路も取れないわ!」

タリアの言葉通り、小惑星にへばり付いた今の状態では、MSをカタパルトで射出するだけのスペースを確保するのは難しい。いや、そもそもこんな加速状態で発進させれば、MSは発進と同時に船体に激突するのは眼に見えている。しかし、MSの発進経路を確保するためにこの小惑星から離れれば、間違いなく集中砲火を受け、現状のミネルバにそれを防ぐ手段はない。

だが、キラは奇妙な違和感に捉われていた。敵のMSのなかにいるダガーとは違った形状を持つ機体。恐らく指揮官機だろうが、その機体が装備しているのは間違いなく2年前の戦いでキラが搭乗したストライクの装備の一つであったランチャーストライカーだ。アレの主兵装であるアグニはその一撃で戦艦の装甲を貫けるほどの威力がある。だが、相手は最初の一撃のみであとは副兵装のガンランチャーのみで攻撃している。

まるで出し惜しみしているような…脳裏に、あの戦いの日々が甦ってくる。キラがストライクに乗り、ミネルバと同じく当時の連合の最新鋭艦であったアークエンジェルに乗り、ザフトから執拗な追撃を受けた時…あの時、キラは追われる側だった。そして、ザフトを振り切るために少ない戦力で様々な方法を実践した。

相手の裏を掻く…それが意味するところは……こちらが相手の思惑通りに進められているとしたら……そこでキラはようやく気づいた。

「いけないっ」

突如大声を上げたキラにクルー達の注意が向けられる。

「罠ですっ! 早く進路変更を……っ」

その言葉が続くより早く…大きな衝撃が船体を襲った。

小惑星を抜けた瞬間、ミネルバ船体周辺で爆発が幾つも咲き乱れ、船体の装甲を抉り、激しい振動が船体を一際大きく揺さぶった。

悲鳴と呻き声が響き渡る。





爆発をその身に受けたミネルバが飛び出し、再び小惑星の陰へと滑り込むように退避する。その様にエヴァは口笛を吹いた。

「驚いたな…アレだけの機雷を受けてまだ動けるとは」

先程から散発的に仕掛け、MS隊にも致命傷ではなくあくまで牽制と誘導を行わせた。この宙域へと到達した最初に散布した自動機雷。微かな衝撃を探知し、自爆するように設置した罠へと相手を誘い込んだが、アレだけの爆発なら並みのナスカ級やローラシア級なら航行不能に陥ってもおかしくないほどの火薬量だったというのに、相手の装甲の頑丈さには感嘆する。

そして、先程から遮蔽物を利用して回避を続けるその運の良さに相手の指揮官への興味も少なからず沸く。

「なかなか粘るな」

そんなミネルバにロイは一応の敬意を評するように呟いた。

「そうね」

同意なのか、エヴァも相槌を打つ。不意は衝いたものの、その後は遮蔽物を巧みに利用し、回避に徹していた。流石にデブリがこう密集していては、艦砲は遮られ、届かない。

「でも、所詮は無駄な足掻き…護りに入った時点でね」

揶揄するように鼻を鳴らし、エヴァは指示を出した。

「奴の足を止める! 奴がへばり付いている小惑星にミサイルを撃ち込め! 砕いた岩と爆発のシャワーをたっぷりと濃く味合わせてやりな! 船体を傷ものにしてやりな…二度と立ち上がれないほどにね!」

不適な笑みを浮かべ、指示を飛ばす。なにも直接当てられなくとも手段はある。デブリ帯は戦い方によっては攻めにも護りにも有利に働く。相手が頼りとしている盾を凶器に変えて、たっぷりと相手をさせてやる。

傷ついた船体でどれだけ保つか…エヴァは内に沸き上がるサディスティックな感情を抑えきれず、眼を細める。

「さて…お膳立ては整ったわ……最期の仕上げをどうぞ」

ロイの心情を見透かしてか、艶の漂った視線で一瞥するエヴァに叶わないとばかりに苦笑を浮かべ、ロイは腰を浮かす。

「お言葉に甘えよう…最初で最期のヴァージンをな」

冗談めかした口調で応じ、ロイはエヴァに顔を近づけ、耳元で小さく囁いた。

「君の方は作戦が終わってから愉しませもらうよ」

静かに憚るように囁くと、ロイはエグザスに乗り込むために艦橋を退出した。

それを見送り、エヴァは微かに熱くなった頬を隠すように制帽を被り、肩を竦めた。

数分後、ガーティ・ルーより急発進するエグザス。白い機体を宇宙の闇に映えさせながらロイは口元を歪める。

「さて…進水式もまだのようでお気の毒だが、これも仕事でね」

モニター越しに岩盤に突っ込んでいくミネルバを見据えながら、囁く。

「冥界へと旅立っていただこうかね…女神殿!」

甲高い哄笑を響かせるように笑い上げ、ロイはエグザスを加速させた。







爆発から飛び出したミネルバは小惑星に密着したまま蛇行し、岩塊を抉りながら細かな振動のなかを突き進む。

既に船体の至るところから煙が上がり、また装甲がひしゃげている。ようやく衝撃から立ち直ったタリアは頭を振って声を荒げた。

「状況報告!」

「こ、航行速度24%ダウン!」

「第28区画から31区画まで被弾!」

「左舷トリスタン2番、砲塔損傷!」

次々に上がる深刻な被害にタリアは歯噛みする。その後ろでは、同じように衝撃にシェイクされていた一同が顔を上げ、リンは先程の爆発に思考を巡らせる。

(敵の攻撃ではなかった…機雷か)

相手の攻撃が着弾した様子はなかった…突然爆発が船体を襲ったような感覚だった。なら、爆発物があの場所に浮遊していた可能性が高い。相手の指揮官はかなり大胆不敵でしかも冷静な思考も持ち合わせている。

しかし、今の弱ったミネルバは格好の的であった。間髪入れず降り注ぐ攻撃の嵐が周囲に着弾し、否が応でも現実に引き戻される。

「回頭20、かわしてっ」

タリアの指示にマリクは必死に操縦桿を動かし、ミネルバの艦首の向きを変え、小惑星と僅かな距離を取って加速する。

だが、それ以上の離脱はできない。背後からはガーティ・ルーの攻撃、側面からはMSによる波状攻撃と完全に動きを封じられている。

「これではこちらの火器の半分も……!」

タリアが悔しそうに呻く。ミネルバの武装はほぼ前面に固められ、主砲などの射角では背後の敵を捉える事はできず、ミサイルを放ってもデブリや周囲に浮遊する小惑星の破片やデブリに阻まれて敵に届かない。

おまけにMSへの対抗手段も取れない…今のミネルバは既に矛を失った状態だった。

ただ無様に逃げるしかできない今の状況にタリアはいたくプライドを傷つけられていた。

「ミサイル接近! 数6!」

屈辱感に打ち震え、耐えているタリアに、バートが敵からの砲撃を告げる声が届き、タリアは反射的に迎撃を命じた。

「迎撃!」

「待ってください! これは…?」

ミサイルの進行方向を確認したバートが当惑し、リンも反射的に正面のパネルへと視線を走らせる。真っ直ぐに向かってくるミサイル群の予想到達コースを見て違和感を覚え、眉を寄せた。モニターに映し出されたコースは直撃コースではなく、ミネルバ前方の小惑星を指し示していた。

(直撃コースじゃない…牽制……いや…)

この密集状況では確実に当てるのは無理と当てずっぽうで放ったのか、それとも航路を狭めるために牽制として放ったとも考えたが、リンの視線がモニターに映る右側面の今のミネルバの命綱でもある小惑星が捉えた。

「まさか…まずいっ」

相手の目算を悟ったリンは思わず声を荒げ、それにタリアが反応し、振り返る。そんなタリアに向けて怒鳴るように叫んだ。

「艦を小惑星から離せ! 早くっ!」

「えっ…?」

怪訝そうに見やるタリアだったが、遅かった。

放たれたミサイルはミネルバが身を寄せる小惑星に次々と突き刺さり、その岩壁を抉り、その破壊の果てに生み出した破片をミネルバへと撒き散らしたのだった。無数の破片が生み出された反動のままミネルバの船体に襲い掛かり、横殴りの衝撃を無遠慮に与えていく。

命綱があっさりと首を絞めるものへと変わり、その破片が牙を剥き、船体を激しく傷つけていく。いくらビームや衝撃に対しての耐性を備えていても、質量による衝撃を中和などできるはずもなく、岩塊が船体をひしゃげさせ、大きく凹ませる。スラスターにも激突し、衝撃によりスラスターから火花が迸る。

岩塊の嵐を大きく傷つけられながら蛇行し、一番大きなダメージを受けたのはやはり岩塊に密着していた右舷側だった。

「右舷がっ…艦長!!」

あまりに現実感のない状況にアーサーが悲鳴のような声で叫び上げ、轟音に掻き消されそうになりながらも声を張り上げながらタリアは指示を飛ばした。

「離脱する! 上げ舵15!」

もはやここは危険だ。離れても敵の攻撃を受けるが、このまま岩塊に押し潰されるよりは遥かにマシだった。残りのスラスターが船体を持ち上げようとした瞬間、さらなる衝撃が襲い掛かった。

「さらに第二波接近!」

「減速20!」

続けて降り注ぐミサイルは直撃コースを含んでいた。ミサイルの予想進路を読み取ったタリアが瞬時に命じる。

微かに減速したため、直撃コースにのったミサイルは到達する前にデブリに阻まれて爆散するも、それがさらなるデブリを四散させ、さらにはミネルバ前方に命中したミサイルによって破壊された岩塊の破片が今度は正面から襲い掛かり、岩の弾幕を喰らう。

絶え間なく襲い掛かる振動と衝撃にクルー達は呻き声を噛み殺すことしかできない。岩の破片は恐るべき凶器となって襲い掛かり、ミネルバの進行直上に巨大な岩塊が突き刺さり、道を塞ぐ。もし、タリアが減速を命じていなければ、今頃船体はあの岩に押し潰されていたかもしれなかった。

だが、その代償としてミネルバは完全に進路を塞がれてしまう結果となった。その岩塊は、まるで地獄へと誘うもの引き寄せる鬼門のように思えた。

「4番、6番スラスター破損! 艦長、これでは身動きがっ……!」

恐慌の表情で告げるアーサーに、タリアは奥歯を噛み締め、拳を握り締める。先程の岩の弾丸で右舷スラスターが破損したのだ。前へは進めず、右には岩壁、後ろからは敵艦が迫り、スラスターが潰されては回頭は愚か、左方向への移動もできない。

八方塞…もはや、絶対絶命という陳腐な表現しか浮かばないことにタリアは悔しげ歯軋りした。

「ボギーワンは!?」

「ブルー22デルタ、距離1100!」

「さらにMA、MS急速接近!」

バートとメイリンの報告に、一同は悲痛な暗然とした表情に染まる。間違いなく自分達にトドメを確実に刺しにきたのだ。クルー達は顔を強張らせ、雫も身に迫る危機に身体を硬くする。緊張した表情で自分を見るラクスにキラは唇を噛んだ。自分はラクスの護衛だというのに、その彼女が危険に晒されている今この時も、ただ座っていることしかできないという現実に、あまりにも無力感を感じずにはいられなかった。

誰もが絶望するなか、一人諦めないといった表情で一瞬の静寂の後、タリアは艦内通話の受話器を取り、通話を繋げた。

「エイブス! レイとセスを出して! それと日本の機体も!」

この状況では仕方ない…既に艦の兵装のほとんどが動けない今、向かってくる敵機を迎撃できるのはMSしかない。

《はぁ、しかし艦長! これでは発進通路も確保できません……》

「歩いてでも何でもいいから! 急いで!」

確かにエイブスの言うとおり、こんな埋まった状況ではカタパルトから打ち出すなど不可能だが、ハッチの開閉ぐらいはできる。MSには歩かせて自身で発艦させるしかない。

思わず怒鳴り、マッドもやや圧倒されながらも応じ、すぐさま発進準備を急がせる。

苛立たしげに通話を切ると、乱暴に通信機を置き、メイリンに鋭い声を掛けた。

「シン達は!」

「ダメですっ! インパルス、セイバー、ザクともに依然としてカオス、ガイア、アビスと交戦中です! Nジャマーの影響で通信も無理です!」

今にも泣き出しそうな表情で応じるメイリンにタリアは歯噛みする。そちらの援護も期待できないかとリンは内心に思う。シン達の腕は確かに認めているが、あの奪われた新型機を相手にしている以上、容易にはいかないはずだ。それに、恐らく向こうは戦闘を目的としてではなく、足止めを命じられているに違いないのだから。積極的に攻めてこない相手への対処は厄介なはずだ。

「この艦にはもうMSは無いのか?」

突然、今まで黙って見守っていたデュランダルが問い掛けると、タリアは無造作にこちらを振り返り憮然とした声で答えた。

「…パイロットがいません」

苦悩を感じさせる声に、キラは自分の心臓がビクリと跳ね上がるのを感じた。デュランダルとタリアの会話に触発されたのか、ラクスが弾かれたようにキラとリンを見やる。

キラはどこか後ろめたい感情に捉われ、周囲の視線を避けるように俯く。

リンは無意識にデュランダルに視線を向けた。

(この男……)

何故唐突にそんな事を問うたのか…否が応でも使おうとでもいうのだろうか。だが、確かにこの艦にパイロットは残っている。

だが、とリンは思う。たとえ自分がこの場でMSに乗ることを具申しても、時間が足りない。既に敵の艦載機が眼と鼻の先に迫っている。悠長に格納庫まで向かう時間が惜しい。

なら、自分にできるのは…この状況を切り抜けるために岩塊に埋まったこの艦をどうにかするしかない。

(世話をやかせる…っ)

内心愚痴りながら、リンは状況を打破する策を巡らせた。







ミネルバが絶体絶命の危機に陥るなか、シンもまたカオスとアビスの連携に苦戦を続けていた。

カオスの縦横無尽に襲い掛かってくる機動ポッドに舌打ちを打ちながら、シンは機体を巧みに操作しながらその攻撃を回避していた。

装甲を掠られ、僅かに損傷はしたものの、未だ致命傷は負ってはいないが、それも時間の問題だ。体勢を崩すインパルスに向けてカオスはバックパックからミサイルを発射し、インパルスに弧を描きながら迫る。

「くそっ」

胸部バルカン砲を斉射し、ミサイルを撃ち落とすも、閃光が視界を遮り、一瞬眼を覆う。次の瞬間、閃光より飛び出してきたアビスがビームランスを構え、鋭く突き刺す。

連撃で突かれるビームの槍にインパルスは防戦一方になる。インパルスのエクスカリバーはその長身故に懐に入り込まれては対処が難しい。

間合いを詰め、アビスは息もつかせぬ連続で突きを繰り出し、インパルスを翻弄する。

「無様ですねぇ!」

ステュクスが鼻を鳴らし、槍を引いた瞬間、胸部のカリドゥスにエネルギーが収束する。シンは反射的に操縦桿を切り、機体を上昇させてかわすも、上部からのアラートにハッと顔を上げる。

「もらったぁぁぁ!」

加速して降下してくるカオスがビームサーベルを振り下ろす。エレボスの気迫とともに振るわれた刃がインパルスを掠める。

刹那、胸部に鋭い斬撃の跡が刻まれ、融解する。

「ぐっ」

「ちっ、浅かったか!」

歯噛みするシンとは対照的にエレボスは舌打ちする。シンは距離を取る…今のインパルスは近接用。だが、先程からなんとか距離を詰めようとしているのだが、カオスの機動ポッドと宇宙空間戦闘を念頭に設計された機動性に翻弄され、挙句アビスも中距離戦に徹し、こちらが隙を見せた時にしか接近してこない。

迂闊に挑めば、こちらが蜂の巣にされる…完全に抑え込まれている状況にシンは歯噛みする。

カオスが機動ポッドから内蔵されていたファイヤーフライ誘導ミサイルを放ち、放たれたミサイルが真っ直ぐにインパルスに接近する。撃ち落とそうとするも、それより早くアビスが横殴りにビーム砲を放ち、ミサイルを薙ぎ払った。

「なっ!?」

驚愕するシンの手前でミサイルが爆発し、相手の奇行に固まっていたシンは一瞬反応が遅れ、その爆風を諸に受けてしまった。

至近距離で起きた爆発に揺さぶられ、その衝撃におってセンサー類が一時的に麻痺してしまう。さらに生じた爆煙にモニターは覆われ、完全に視界が覆われてしまった。

「どこだっ…!?」

眼晦ましかと気づいた時には遅く、警戒するも一寸先さえ確認できない今、迂闊に動くこともできず、身構えるシンだったが、次の瞬間…煙を切り裂くようにカオスが迫った。

シンは反射的にバルカンを放つも、VPS装甲に護られたカオスは銃弾を弾きながらビームサーベルを抜き、振り払った。

振り払われる一閃がインパルスのビームライフルの砲身を切り飛ばし、一拍後爆発がインパルスを弾き飛ばした。

爆煙から弾かれたインパルスのなかでそのGに表情を苦悶に染めるシン。だが、そんな暇さえ与えないとばかりに体勢の崩れたインパルスに向かってアビスがビームランスを構えながら突進してくる。

振り向き様に突かれる槍を紙一重でかわすも、アビスは流れるように脚部を振り上げ、インパルスを蹴り上げる。

横殴りに打ち込まれる衝撃がシンの身体を幾度となくいためつける。いくらVPS装甲によって物理的な攻撃は防げるとはいっても、パイロットはそうはいかない。衝撃を完全に中和するような装置はない。衝撃はダイレクトにパイロットに確実にダメージを蓄積させていた。

刈り取られそうになりながらも、シンは必死に意識を留め、操縦桿を引いてインパルスの体勢を整え、デブリのなかへと離脱する。

インパルスが廃棄コロニーのシャフト内へと逃げ込んだのを確認したエレボスはステュクスに顎をしゃくる。

「ちっ、しぶとい」

「なかなか粘ってくれますね…まあ、無理に墜とす必要はないんですが」

先程から攻め、チャンスも何度かあったというのに、インパルスはこちらの攻撃を寸でのところで回避、または防御してなかなか仕留められない。

そのしぶとさがエレボスを苛立たせる。だが、ステュクスは肩を竦めるのみだ。

「回り込めステュクス! 今度こそ首をとってやるぜ!」

いきり立ち、カオスを加速させるエレボスにステュクスは溜め息を零す。

「まったく…僕は別に要らないのですがね。ですが、たまには大きな魚を狙ってみますか」

彼らに下された命令はあくまで敵の足止め…彼らの母艦が敵艦を仕留めるまでの時間稼ぎ。それは既に充分に達している。無理に攻めて余計な損害を被るのはステュクスにとって不本意ではあるが、さりとて戦闘を開始してからなかなか奮戦するインパルスのしぶとさに少なからず闘争心を刺激されたのは事実。

エレボスの指示に従い、ステュクスはアビスをシャフト外部からインパルスの逃走ルートに向かって回り込む。

飛び込んだシャフト内を飛行しながらシンは乱れていた呼吸を落ち着けながら必死に状況把握に努めていた。

「くッ! これじゃこっちの位置が…」

飛び込んだシャフトの片側こそガラス張りだが、それ以外の三方は完全に密封された細長いスリット状の空間だ。いくらやむを得なかったとはいえ、こんな視界の悪い場所では、相手がどこから攻めてくるか解からない。

神経を張り詰めるなか、センサーが接近する熱紋を捉えた。

「敵…!?」

慌ててそちらに視線を走らせるも、そこに表示されていたのは友軍のIFFだった。

「シン!」

耳にルナマリアの声が飛び込むと同時に、進行方向前方にガラスを突き破り、ルナマリアのザクがシャフト内に叩き込まれ、機体を打ち付けた。

「ルナ!」

シンが呼び掛けると同時に再びガラスが割れ、赤い機体が飛び込んでくる。ステラのセイバーがガラスを突き破り、シャフト内でバーニアを噴射させて耐え抜く。同時にステラは前方に向けてMA-7B:スーパーフォルティスビーム砲とM106:アムフォルタスプラズマ収束ビーム砲が展開され、トリガーを引いた。

4門の砲身から放たれる熱量がシャフトのガラスを融解させ、ザクとセイバーを弾き飛ばしたガイアに向かう。

だが、レアはガイアを変形させ、寸前で方向転換し、ビームの奔流を避けた。

目標を見失ったビームはそのまま横薙ぎに残骸を灼き、激しい爆発が視界を覆う。

「くっ…ステラ、ルナ! 無事か!?」

ようやく合流できた二人に呼び掛けると、こちらも苦い返事が返ってくる。

「なんとかね」

「でもシン、急いで戻らないとミネルバが…っ!」

焦りの声で漏らすステラにシンも奥歯を噛み締める。ミネルバの危機はレーザー回線でシンも知っている。

だがそこへ、後方から新たな砲撃が降り注ぐ。

振り返ると、シャフト内を追撃してくるカオスがビームライフルを連射し、ホバー形態で向かってくる。こんな狭い空間では動きを止めればいい的だ。3機は瞬時に身を翻し、バックで進みながらステラとルナマリアがカオスを狙い撃つも、こんな狭い空間だというのにカオスはその機動性を駆使して回避し、ミサイルを一斉射する。

ミサイルがシャフト内で爆発し、行き場を失ったエネルギーが襲い掛かるも、3機は背を向け一気に加速してシャフト内を突き進む。

「早く戻らないと、ミネルバが…っ!」

ミネルバにはレイとセス…そして、あの日本の機体の3機のみ。敵戦力がどれだけなのかは解からないが、少なくともあのMAに未確認機種が含まれているのは間違いない。レーザー回線で緊急通信を寄越す程なのだ。かなりの危機に陥っているのだろう。

シャフトを飛び出した3機は陰から背後へのビームを受ける。ハッと制動をかけるも、上方より回り込んできたアビスが急迫する。

ステラは身を翻し、セイバーの4門の砲が火を噴く。こと火力に関してはセイバーはセカンドシリーズのなかでも実装備で飛び抜けている。その火力にはさしものステュクスも回避し、巨大な遮蔽物を盾に距離を取る。それを追うセイバーの砲撃はそのまま盾とした巨大な構造物を横に真っ二つに切り裂く。

「このぉぉ!」

ビームに追われたアビスをルナマリアが狙撃する。

オルトロスのビームが真っ直ぐにアビスを狙うも、アビスはスラスターを駆使し、その攻撃をかわす。

まるで後ろに眼がついているのではと疑わんばかりの回避にルナマリアは悪態を衝く。再度オルトロスにエネルギーを収束し、狙撃チャンスを窺う。

またもや分断されたシンの後方にはカオスとガイアが張り付く。

「ちぃぃっ」

シンは咄嗟にスラスターを逆噴射させ、制動をかけた。同時に脚部スラスターを噴かし、インパルスの向きを強引に変更した。機体を宙返りさせ、その機動に意表を衝かれたエレボスとレアは眼を見開き、2機はインパルスを通過し、その背後に向けてシンはビームブーメランを抜き、投げ飛ばした。

完全に後ろを取ったものの、ガイアは振り向き様にシールドでブーメランを弾き返し、カオスは爪先のビーム刃で蹴り上げ、ブーメランを切り裂く。

お返しとばかりにカオスが誘導ミサイルを発射し、ミサイルが弧を描いて迫る。機関砲で撃ち落とし、あるいはデブリを盾にやり過ごす。

追い討ちをかけようとする2機に上方よりセイバーが斬り掛かる。ガイアが前に飛び出し、ビームサーベルを振り上げる。

互いにシールドで刃を受け止め、エネルギーをスパークさせながらステラとレアはコックピット越しに相手を睨む。

「このぉぉ」

「墜とすぅぅ」

互いに強引に押し合い、弾かれる。距離を取るとともに互いにビームを放ち、両機の間で激突し、閃光が照り映える。

その衝撃に弾かれ、セイバーはデブリに激突する。

「うぅぅ」

衝撃がステラの身を襲い、呻く。そんなセイバーにガイアが衝撃波を耐えて追撃する。

「ステラ!」

その光景にシンはセイバーの前に割り込み、ガイアの斬撃を受け止め、強引に弾き飛ばす。距離を取るのを一瞥し、シンはステラに呼び掛ける。

「ステラ、無事か!?」

「う、うん…大丈夫」

ホッとしたのも束の間…二人の内には焦りがジワジワと侵食していく。

「シン…私があの2機を抑えるから、ミネルバに戻って」

「っ?」

唐突にステラが発した言葉に息を呑む。

「ステラ、何言ってんだよ!」

「こうしている間にもミネルバが墜ちるかもしれない…シンだけでも援護に戻って」

時間はどんどん過ぎていく。既にミネルバからレーザー通信が届いて半時間程…だが、この3機の包囲網を3機揃って離脱するのは正直難しい。

あの3機も必要以上攻めてこず、こちらを包囲している。正直、互いに膠着しているが、積極的に攻めてこない以上、相手のエネルギー切れを待つのも現実的ではない。

なら、せめて一機だけでも送り出すしかない…それなら、今装備的に相性の悪いインパルスが無難だ。

それを察してか、シンは黙り込むも踏ん切りがつかない。

「大丈夫…私達は負けないから。だから、行って!」

言うや否や、ステラはシンに決断させるべく、セイバーをデブリから立ち上がらせ、加速させた。

固まるカオスとガイアに向けてビームライフルを連射する。反応が一瞬遅れはしたが、カオスとガイアは分散し、カオスが機動ポッドでセイバーを狙い撃つ。ランダムにビームを放つカオスにステラはシールドで防御、または紙一重でかわし、ビームライフルで狙い撃つ。

「なんだっこいつっ!?」

鋭い機動で応戦するセイバーに悪態を衝く。セイバーはカオスと同系の機動性に主軸を置かれ、また単機での火力はカオスを上回る。いや、それ以上にその高機動で相手の攻撃を見切るステラの反応の良さだ。

動物並みの反射神経と相まってセイバーの機動能力を引き出し、セイバーはカオスを翻弄する。

だが、相手はカオスだけではない。ガイアが加速し、セイバーにビーム砲を放つ。

「っ!?」

無意識に振り向き、シールドで防ぐも、その熱量に表面が融解する。歯噛みするステラに向かい、背後からカオスがビーム刃を展開し、斬り掛かる。

「しま…っ!」

ガイアの攻撃に気を取られ、背中を赦してしまったセイバーは無防備にカオスに斬り裂かれ、バックスラスターに刻まれた融解跡が一拍後、爆発する。

「うああっ」

爆発の衝撃に呻き、バックパックから煙を朦々と上げるセイバーはバランスを崩す。その絶好の隙を…レアは見逃さなかった。

「死になさいっ!」

獣のように吼え、ガイアが変形し、翼のビーム刃を展開する。その光条にステラもハッとし、反射的に操縦桿を引いた。セイバーが身を起こすも、遅く…次の瞬間、セイバーの右腕が宙に舞った。

後方へと過ぎるガイアと右腕を切り飛ばされるセイバー。スローモーションのようにセイバーの腕が離れていく。どれだけの時間が流れただろうか…切り口から炎が噴出し、セイバーが爆発に包まれた。

炎に包まれ、弾かれるセイバー。その光景にシンは絶句する。

「ステ…ラ……」

自分の眼がおかしくなったのだろうか…そんな曖昧な考えが胸中を過ぎる。

あまりに現実味のない光景…最愛の者が乗る機体が炎に包まれるなど……だが、それは紛れもない現実。

セイバーの瞳から光が消え、炎に身を包んでいくのは、まるで死への誘い……死神の齎した鎌によって齎される火葬。

喉が渇く…動悸が激しくなる……



――――――死



そんな陳腐で…それでいてこれ以上形容のできない嫌な言葉が脳裏を掠める。

あの2年前の戦いの時に何度も感じたもの…形のない恐怖の具現。そして久しく忘れていたもの。

だがそれは…最悪の形でシンの前に再び現われようとしていた。

主演は最愛の者…観客は自分……明確に迫る死を前にし、シンはそんな事を考えてしまった。

そして…舞台のフィナーレを飾らんとする主役の死神である黒衣の獣がその牙を剥き、襲い掛からんとしている。

(やめろ……)

言葉が出ない。

動けと己に叫ぶ…何でこんな時に自分の身体なのに動かないと叫ぶ。

奪われたくない…もう二度と……そして誓ったのだ…護ると……その誓いが破られる……

いやだと叫んだ瞬間…脳裏に、最愛の者の顔が過ぎった。

「ステラァァァァァァァ!!!」

あらん限りの声が張り上げられた瞬間…シンの内で何かが弾け飛ぶような感覚が過ぎる。

意識がどこまでも拡がる。視界が全方位にまで動く…まるで空を飛んでいるかのような開放感…それは、力の解放だった……

少年の内に封印されていた刃は…今、再臨した…………


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