岩塊によって右舷側のハッチが開放すらままならなく、左舷のハッチからカタパルト滑走路を歩きながら、純白のMSが姿を現わす。

AGM138ファイヤービー誘導ミサイルを内蔵した高速機動性に優れたウィザードを装備したレイのブレイズザクファントムがビーム突撃銃を手に自身の推力バーニアを噴かし、発進する。

続けて純白と真紅に彩られたセスのザクウォーリアには、MMI-M826ハイドラガトリングビーム砲を2門装着した近接戦闘のウィザードを装備され、右手にはMA-MRファルクスG7ビームアックスが握られている。続けて離脱するスラッシュザクウォーリア。

最後に姿を現わしたのは、ダークブルーに身を固める吹雪。刹那はバイザーを下ろし、操縦桿を握り締め、ゆっくりと押し倒す。それに連動し、ライトグリーンのカメラアイが光り、バックパックの2基の大型スラスターが粒子を噴出し、吹雪の機体をゆっくり浮上させていく。

岩塊とデブリが密集する空間へと飛び出してく2機のザクと吹雪。3機のコックピットにタリアからの通信が届く。

《見ての通り、ミネルバは動けないわ。現状はかなりこちらが不利よ…酷なようだけど、頼んだわ》

「「了解」」

静かに応じる二人に続き、タリアは刹那にも通信を開いた。

《悪いんだけど、貴方の方も頼りにさせてもらうわ。IFFの登録は終わってるから、誤射はないはずよ》

「感謝を」

短く一礼すると、刹那は表情を引き締め、キッと睫毛を吊り上げ、前方を見据える。

《敵機動兵器、接近! 数4!》

メイリンからの通信に弾かれるように3機は加速し、向かってくる敵機の迎撃に向かう。

(この艦にはギルが乗っているんだ…墜とさせるものか!)

静かに独りごち、意気込むレイがザクファントムを加速し、それに続くセスはモニターで敵機種を確認する。

「GAT-02L2:ダガーLが3機にアンノウン機が一機…それと、例のMAか」

対艦用のドッペンホルン装備のダガーLの方はともかく、厄介なのは未確認機であるストライクEとあのアーモリー・ワンで手こずった機体だ。

「レイ、敵のなかに例の奴がいる…注意しろ」

静かに告げるセスにレイも口を噤む。例の自分の内に奇妙な感覚を引き起こさせた相手のことが甦る。

今まで決して味わったことのない感覚…不快感とも親近感とも取れる奇妙なもの。戸惑うレイの内にその感覚がザラリと流れ込む。肌が粟立ち、その瞬間、レイは間違いなく例の相手だと確信する。

彼は衝動に突き動かされるままに機体をそのMA:エグザスに向かって加速させた。

一方でトドメを刺そうと岩盤に埋まるミネルバを見据えながら、ロイは指示を出そうとした瞬間、レイと同じく肌が粟立つような感覚を覚えた。

その感覚に弾かれるように、ロイは自機を緊急回避させながら僚機に指示を出した。

「全機散開! 来るぞっ!」

その指示に反応できたのはカズイと2名のみ…僅かに反応の遅れ、戸惑うダガーLの一機がデブリの奥から放たれたビームに機体を貫かれ、爆発に消える。

「ヨーン!」

一瞬にして撃ち落とされた僚機のパイロットの名を叫ぶ。

「ちっ」

ダガーLの撃墜にロイは舌打ちする。

ただでさえ戦闘の余波で熱源を持って動く物体も少なくないため、敵の反応を捉えるのが遅れた結果であろうが、友軍機の損失は彼を苛立たせるには充分だった。

そして、その攻撃を仕掛けてきた相手がデブリの奥から現われ、ロイは最大望遠で確認する。純白のザクファントムに白と紅のザクウォーリア…そして、ダークブルーの機体。

見慣れぬMSの姿にロイは眉を軽く寄せる。

「アレは何だ…新型か?」

軽く疑問を呟く。機種特定は未確認を表示している。アレも例の新型の一機かと考えたが、そんな答に意味などなく、むしろ現実に差し迫る問題に小さく溜め息を零す。

「やれやれ…物事はそうシナリオ通りには進まんか……厄介なことだ」

独りごち、ロイは自機に向かってくる純白のザクファントムに意識を移す。

「因縁…そんな大層なものではないがね」

愉しげに呟き、ロイはエグザスのガンバレルを展開する。有線ワイヤーで包囲するようにビームが放たれる。

3機は分散し、レイは己の内に駆け巡る衝動に突き動かされるようにエグザスに向かっていく。ロイもそれに応じるようにガンバレルの軌道をザクファントムへと集中させていく。

縦横無尽に放たれるビームのなかをレイは紙一重で旋回し、ビームの網目のなかを掻い潜る。煩げに舌打ちし、レイは手持ちのビーム突撃銃でガンバレルを狙うも、放った瞬間には既にその空間には何も無く、ビームが虚空を過ぎる。

「くそっ」

この奇妙な感覚が苛立たせ、反応が鈍い。ただでさえ高速で動くこの飛翔体は厄介だというのに。そんなレイに向けてエグザスが加速し、機体下部のレールガンを放ちながら突撃する。

歯噛みしてシールドで防御するも、エグザスは止まらず、2機は交錯し、金属の摩擦音と火花が飛び散り、互いの純白の装甲を焦がす。

圧し掛かるようなプレッシャーにレイは苛立ちを込めて吐き捨てる。

「何なんだ! こいつは!?」

己自身も解からぬ不快感にレイは憤る。

「動きがまだまだ甘いな、ラウ=ル=クルーゼ!」

対し、ロイは優越感を漂わせながら不適な笑みを浮かべ、ガンバレルを全て展開し、四方からザクファントムを狙い撃つ。繰り出される連射にレイも反応が徐々に遅れ、ビームが機体を掠める。

装甲が焼け焦げ、焦りと苛立ちが増すなか、レイはエグザスを睨みつけた。

エグザスがザクファントムに釘付けになるなか、カズイはダガーLを率いてミネルバに向かっていた。

「お気の毒だけど…沈んでもらうよっ」

表情に微かな狂気を滲ませ、カズイはストライクEのアグニを持ち構える。

だが、そんな彼らの行く手を阻むように吹雪が割り込む。

「させるものかっ」

刹那が吼え、吹雪は右手に保持するM950ビームショットガンを構え、発射する。光の弾丸が弾き出されるように飛び出し、ストライクEを掠める。

「ちっ! 邪魔なんだよっ」

また邪魔をしてくる。アーモリー・ワンでもトドメを刺そうとしたカズイを邪魔し、今回も立ち塞がってくる。カズイの脳裏に苛立ちが増してくる。

「そうかよ…君も護る立場なのかよっ! 俺は…俺はっっっ!」

沸騰する黒い感情に突き動かされ、カズイはアグニを発射する。その膨大な熱量に刹那は操縦桿を切り、スラスターが小刻みに動き、吹雪は身を翻す。

デブリを薙ぎ払いながら虚空へと過ぎるビームを一瞥し、刹那は小さく歯噛みする。

「こんな場所でそんなものを使うなんてっ」

下手にデブリを撒き散らせば、自分も危険だというのに…眼前のパイロットに畏怖しつつ、刹那はガンのモードを切り替える。

吹雪はライフルからカートリッジを抜き取り、それを腰部にセットすると同時に右脚部のサイドポイントに内蔵していた別のカートリッジを取り出す。

それを素早く銃に装填させ、完了と同時に刹那は正面モニターに照準サイトを展開する。デブリの飛び交うなかで照準スコープが動き、それがストライクEを捉えた瞬間、刹那はトリガーを引いた。

次の瞬間、吹雪のガンから先程の弾丸ではなく、一条の矢が放たれる。連射性に優れたマシンガンモードから速射性に優れたライフルモードへと装備を換装していた。

突如武器の仕様が変わったことにカズイは驚き、慌てて回避行動に入る。機体を掠め、それがカズイの沸騰していた感情を僅かながら中和させ、冷静さを取り戻させる。

「くっ!」

相手の能力が解からないというのは不安だ。カズイはアグニを下げ、両腰部に備わったハンドガンを取り出し、発泡する。

相手が装備を変えたことに刹那も息を呑み、機体を反転させる。

ストライクEは機敏に動きながらデブリのなかを掻い潜るように飛行し、ハンドガンで攻撃してくる。

絶え間なく放たれる弾丸に刹那は吹雪を回避させ、エネルギーの切れたカートリッジを放り捨て、再びカートリッジを交換し、装填する。

そして、応戦するようにショットガンを発射する。互いに放たれる弾丸が虚空でぶつかり合い、火花を散らしながら吹雪とストライクEはデブリのなかを飛び交い、機体が交錯する。互いのカメラアイが交錯し、その瞳には向けられる互いの銃口が映る。

同時に引かれるトリガー…放たれる弾丸が中央でぶつかり、火花が2機を包み込む。

それぞれが激しく激突するなか、ダガーL2機は先行し、ミネルバに向かっていた。

「ミラー! ハンス! 君達は敵艦を叩け!」

吹雪と交戦を続けるカズイからの指示に、二人のパイロットは頷き、一目散にミネルバに進路を向けた。悔しいが、それぞれ相対している敵機は自分達よりも実力は上なのは明確だった。

このラストバタリオンに配属されたときにこの部隊の特異性は聞かされてもいたし、自身の実力も判別できないようなパイロットが回される筈もない。

ミラーとハンスはその狙いをミネルバに定める。

「さあて、そのまま沈んでもらおうかっ」

ハンスがいきり立ち、肩のドッペンホルンを構える。だが、相方のミラーが敵機の反応に気づき、声を荒げた。

「ハンス! 上だ!」

「っ!?」

反射的に機体を捻り、身を翻した瞬間、先程まで自機がいた空間をビームが過ぎり、ハンスは背筋を這う冷たい感覚に身を震わせる。

そして、僅かに固まる同僚の援護に回らんとミラーのダガーLが回り込み、ビームガービンで上方にて攻撃を行ったザクウォーリアを狙い撃った。

セスは舌打ちし、ビームをかわして左手のビーム突撃銃を放ち、応戦する。ダガーLはシールドでそれを防ぐ。

「油断するなよ、ハンス!」

「すまん、ミラー!」

叱咤に相槌を苦い表情で打ちつつ、ダガーLは分散し、それぞれフォーメーションを組んでいく。

お互いに対艦用のドッペンホルン装備というのは痛い。だが、相手の装備は確認した限りでは長距離用の火器は少ない。なら、距離を取れば問題はない。

「覚悟しろ、ザフトの一つ目野郎!」

睨みつけ、ドッペンホルンの砲弾を連射するハンスのダガーL。連射性と破壊力に特化したその攻撃にセスは歯噛みする。

距離を縮めようとするも、別方向からもう一機のダガーLが砲撃を加え、動きを抑制する。

「おっと、相手は一人じゃねえんだぜっ」

ニヤつきながら僚機と息を合わせた砲撃でザクの動きを抑制し、片方が相手を拘束すれば、もう一機が致命弾を浴びせかけてくる。

「こいつら…っ」

相手の戦術に嵌っていることにセスは微かに憤る。砲弾の網に絡め取られ、相手はトドメの一撃を加えようとしている。

加えて、今のセスのザクウォーリアは近接戦用のスラッシュウィザードだ。距離を取られたままでは分が悪い。

「なら…こちらの間合いに引き込む」

セスは静かに見据え、ザクの腰部に備わった手榴弾を取り、それをダガーLの空間へと投げ飛ばし、左手のビーム突撃銃で狙い撃った。

寸分の狂いもなくビームが手榴弾を撃ち抜いた瞬間、眩い閃光が周囲に満ちた。

「ぐはっ」

「な、なんだ…この光は!?」

突如周囲に発生した強烈な光…それは、ザクが携帯しているZR11Q閃光弾だった。その光に視界をやられ、呻く二人。だがそれは、一瞬とはいえ隙をつくってしまった。

光の内から飛び出すザクウォーリアがハンスの視界に映った瞬間、ザクウォーリアがショルダーを突き立て、突撃した。

隆起した角にボディが貫かれ、弾かれるダガーL。

「うおわぁぁぁつ」

体勢を崩すダガーLに向けてセスは無言のまま、照準を合わせる。

「…チェック」

短く囁いた瞬間、ザクウォーリアから放たれたビームがダガーLのコックピットを正確に撃ち抜き、ダガーLは爆発に掻き消えた。

爆発の炎をオッドアイの瞳に映しながらも、セスの表情は敵を墜としたことに対する喜びも、相手の命を奪ったことに対する後ろめたさもない。

そこに在るのはただの無……自身への賛辞すらない無感動なまま、機械のようにセスは次なるターゲットに視線を移す。

「ハンス!」

僚機のシグナルロストに悲鳴を上げるミラー。その爆発の炎を純白のボディに映えさせながら、こちらを睨むザクのモノアイが不気味に見据え、ミラーは息を呑む。

だが、仲間を喪った怒りに突き動かされ、ダガーLは突撃し、セスも残りの一機を墜とさんと加速した。





それぞれの艦載MSが戦闘に突入するなか、ミネルバでは現状を打破するためにタリアが思考を巡らせていた。

「艦長、タンホイザーで前方の岩塊を……」

誰もが不安と恐怖にかられるなか、アーサーが躊躇いがちにミネルバの前部に備わった最強兵装のQZX-1タンホイザーで正面の岩隗を吹き飛ばしたらどうかと提案したがタリアは即座にそれを却下した。

「吹き飛ばしても、それでまた岩肌を抉って同じ量の岩塊を撒き散らすだけよ!」

一蹴されたことにアーサーは情けない顔で黙り込む。

リンもタリアの意見には賛成だった。そのタンホイザーとやらは自分の考えが間違っていなければ、2年前に自分自身も乗ったオーディーンに搭載されていたものと同じはずだ。威力の程がこの期間でどれだけ変わったかは流石に解からないが、それでもこの状態では意味が無い。正面の岩塊だけなら吹き飛ばせるかもしれないが、その余波で周囲に浮遊する岩塊もその爆発のエネルギーによる影響でさらに砕け散り、ミネルバに降り掛かるだろう。自分で自分にトドメを刺すようなものだ。

この岩塊を吹き飛ばすには、もっと巨大なエネルギーがいる…それこそ、船体をこの岩塊から弾くほどのものが……だが、そんな媒体をどこから持ってくる…ミネルバの火器では不足。そして頼みのスラスターは機能が低下している。

艦自身に自力で脱出させるのは不可能だ…かといって、今出撃したMSはあてにならない。敵の部隊編成を見る限り、突破して相手の母艦を狙うのは時間が掛かる。その間に敵艦がこちらを射程圏内に収めるだろう。

同じように八方塞に陥っているのか、タリアは突破口の意図が見えず忙しなくアームレストを叩いている。

リンは一瞥し、ふとミネルバが埋まった小惑星を見やる。

(待てよ……小惑星…やれるか)

敵はこの小惑星帯を利用して追い詰めてきた。なら…逆に同じ手で脱出も取れる。自身の考えた方法で起こる現象、そのリスク…そして、敵艦への対応手段…それらが天秤にかけられ、リンは決然と顔を上げる。

「右舷のスラスターは幾つ生きている!?」

「え?」

唐突に言葉を発したリンに考えを中断されたタリアは険悪な視線で後ろを振り向いた。当然だろう…名目上はラクスの護衛とはいえ、リンに戦闘中の艦の指揮権に口を挟む権限などない。だが、そんなものは糞喰らえだった。

「な、何を…?」

同じように振り返ったアーサーが当惑した面持ちで異議を唱えるが、それを一蹴するようにリンは睨み、再度発した。

「早く!」

ビクっと身を震わせるアーサーに、キラやラクスらも唖然となっている。困惑したタリアは徐にデュランダルが頷き促すと、渋々といった調子で応えた。

「6基よ。でもそんなのでノコノコ出てっても、またいい的にされるだけだわ」

話は終わりとばかりに前に向き直る。所詮はただの浅知恵と割り切るも、リンは気にした様子を見せず独り思考を巡らせる。

「6基……右舷の砲の生きている分と爆発のエネルギーなら」

ぶつぶつと呟くリンにタリアは煩げに見やり、黙るように言葉を掛けようとするが、それは被せるように発したリンの言葉に息を呑んだ。

「右舷側の生きている砲を全部小惑星に向けて発射しなさい!」

途端、タリアの表情が驚愕に変わり、アーサーも驚きの声を上げる。

「小惑星を粉砕して、その爆圧と生きているスラスターで一気に船体を押し出させる! 周りの岩も一緒にね」

「あ……」

畳み掛けるように提案したリンの策にタリアは唖然となる。それは理論派のタリアには思いもつかなかった大胆な作戦だった。と同時にリスクの高い策だった。

「馬鹿言うな! そんなことをしたらミネルバの船体だって…」

その発生するリスクにアーサーが反論する。

小惑星に向けて右舷側の砲を全て放てば、確かに破壊できるだろう。だが、その爆圧によって生じるのはほぼ真横で崩壊エネルギーの余波とそれによって弾き出される岩塊の衝撃が直撃するということだ。

それは先程の敵艦の砲撃によって受けたダメージとは比べ物にならない損傷をミネルバに与えるだろう。加えて、今のミネルバは傷ついている。その衝撃波に船体の装甲が耐えられるのだろうか…危惧するアーサーにリンは低い声で言い放つ。

「状況に対応しなさい! 今の優先目的は何…生き残ることでしょう? それともこのままここでただの的になって死にたいの?」

鋭い視線を向けられ、アーサーも気丈に睨み返すも…真紅の眼光の奥に見え隠れする修羅場を潜った者だけが持つその気配に気圧され、アーサーは視線を逸らす。

「死ねばそこで終わりよ…後悔も懺悔も意味がない。なら、少しでも生存の可能性が高い方に賭けなさい……私はあんた達に付き合って心中するつもりはないわ」

どこか侮蔑するような辛辣な口調で鼻を鳴らす。クルー達は揃って険しい表情を浮かべる。自尊心を傷つけられたのだろうか…不服なら、自分達でどうにかしてみろと言わんばかりのリンの言葉に先程まで死への恐怖に染まりかけていたクルー達にどこか生気が戻り、そんな様子にタリアはどこか感嘆した面持ちだった。

(うまい具合に発破をかけてくれるわね…死中に活を求めよ、か……)

脳裏に、かつて師事した人物の言葉が過ぎる…恐れていては道は閉ざされる。なら、たとえそこにリスクがあろうとも、活路となるなら突き進めと……張り詰める空気のなか、デュランダルはタリアに声を掛けた。

「タリア……」

その呼び掛けに、タリアは覚悟を決めた。それでもどこか取り繕うような不興気な表情だけは隠せなかったが。

「確かにね……いいわ、やってみましょう」

「艦長!」

「この件は、後で話しましょう、アーサー」

心外そうに声を上げるアーサー。彼からしてみれば、正規クルーでもないリンの提案を実行する等、プライドを傷つけられたも同様だった。

無論、タリアとてそれは理解しているが、リンの提案は敵の意表を衝けるかもしれない奇策な上、彼女の言葉は正論でもある。現状の打破がなにより最優先だ…説き伏せるタリアにアーサーは黙り込み、タリアは明瞭な声で指示を下し始める。

「右舷側の火砲を全て発射準備! 右舷スラスター、全開と同時に一斉射! タイミング合わせてよ!」

「右舷側火砲、一斉射準備」

「合図と同時に右舷スラスター全開」

不本意ではあったが、タリアが了承した以上、従うのがクルーの務め。マリクやチェンが準備を進めるなか、アーサーは不満気に部外者が口を挟んだことにいい顔はしていなかったが、それが己の嫉妬というものであることを理解するよりも、前を向き直ることで隠した。

それを一瞥すると、当の発したリンはシートに身を少しばかり預け、小さく息を零す。

「リン……」

そんなリンに小さく声を掛けるラクスの表情はどこか泣きそうだった。大方、リンの態度に肝を冷やしたのだろうが、ああでも言わないと状況に変化はなかっただろう。肩を竦め返すリンを、何かを得たかのようにデュランダルは微笑んでいた。







動きが変わった…そんな言葉が脳裏を掠める。

レアは向かってくる赤の修羅のような機体を見据えながら、歯噛みする。

赤い機体にトドメを刺そうとした瞬間、信じられないようなスピードで割り込んできた。

驚愕するレアに向けて、インパルスは両手の対艦刀を振り被る。

「うおおおぉぉっ」

突如クリアになった思考に驚くことなく、シンはむしろそれに身を委ねるようにガイアに斬り掛かる。

振り下ろされた刃がガイアを掠める。寸前のところでバックし、かわすも…そんな動きはシンの瞳にはスローモーションのように映る。

まるで自身の感覚が拡がり、身体が軽い。まるで自身の身体ではないように動く。

胸部機関砲を放ち、弾丸がガイアの装甲に着弾し、衝撃にガイアは身を僅かに崩す。その隙を逃すまいと、シンは加速し、エクスカリバーを振り下ろした。

レアは咄嗟にシールドを引き上げるも、エクスカリバーはそんな盾など無意味であるかのごとく斬り裂いた。圧倒的な質量とレーザー刃…そして今のシンによって引き出されたインパルスの渾身の一撃に、ガイアのシールドごと腕部が斬り裂かれた。

まるで斬れぬものなどないと謳われた伝説の聖剣のごとく…レアが己の機体の腕を斬り落とされたと知覚した瞬間、爆発がガイアを弾き飛ばした。

「きゃぁぁぁぁっ!」

悲鳴を上げ、吹き飛ばされるガイアにエレボスが眼を見張る。

「レア! このぉぉぉぉ!」

カオスが加速し、機動ポッドでインパルスを狙い撃つ。

だが、シンはその攻撃をまるで児戯のごとくかわす。操縦桿を動かし、インパルスはまるでイリュージョンのようにぼやけ、幾重にもブレながらカオスのビームを回避する。

「くそっ」

その動きに苛立ち、エレボスはカオスを加速させる。MA形態でビーム刃を展開しながら最高速に乗り、切り裂こうと突撃するも、シンはその動きを見切り、エクスカリバーを横に倒し、振り薙いだ。

一瞬の交錯と甲高い金属の摩擦音が轟き、2機が離れた瞬間…カオスの右脚部が斬り飛ばされていた。

「うおわぁぁぁ」

突如機体バランスが崩れ、蛇行するカオスの機動に呻くも、エレボスは歯軋りし、体勢を立て直すと同時に機動ポッドを向けた。

2基の機動ポッドが突撃するようにインパルスに向かうも、先程と同じくインパルスはまるで後ろに眼でもついているように鋭い機動で回避し、ビームは虚空を切る。

「何なんだ、こいつ!?」

今まで手加減していたというのだろうか…そう錯覚させる程、インパルスの動きは先程と見違えている。

こちらを見据える眼光がかち合い、エレボスは在りもしないはずの感情に汗を流す。それを覆い隠すようにポッドと合わせてビームライフルで狙い撃つも、インパルスはビームをかわし、両手にエクスカリバーを構え、加速する。

「うおぉぉぉっ」

シンの咆哮とともに振るわれる刃がポッドの一基を薙ぎ払った。爆発が照り映えるなか、エレボスは舌打ちしてビームライフルを放つ。

あの大きさの対艦刀では、振るった後の動作が大きく、一瞬だが硬化時間ができる。エレボスはその隙を衝くが、インパルスは右手に振り被った勢いを利用し、左手のエクスカリバーを離し、そのまま流れるように背部のビームブーメランに手をかけ、抜くと同時に腕が一回転する。

流れるような動作のなか、左手に握られたビームブーメランが投げ飛ばされ、それがカオスのビームと中間点でぶつかり合い、爆発が起こる。

「なっ…!?」

あまりに意表を衝く反撃にエレボスが眼を見開く。そんな隙を逃さず、インパルスは加速し、そのまま膝を振り上げた。

加速と同時に振り上げられた膝がカオスのボディに激突し、カオスは弾き飛ばされる。

「このぉぉぉっ!」

そんなインパルスに向かってガイアが襲い掛かる。

獣型形態でビーム刃を翼に展開し、突貫するも、インパルスも素早く振り向き、右手のエクスカリバーを横に倒し、ガイアに向かって加速する。

互いに相手を見据えて咆哮するシンとレアの感覚が激突し、交錯する。甲高い交差音とともに離れる2機。

ガイアの右翼が斬り飛ばされ、インパルスも左脚部を斬り飛ばされた。

互いに爆発が機体を襲い、バランスを崩す。レアは歯噛みしながらガイアに制動をかけ、MS形態に戻して手近のステーションの外装に着地し、装甲を踏み砕きながら加速を止め、足を軸に鋭く跳躍する。

インパルスは脚を片方喪い、流石にバランスを取り戻せていない。今なら殺れる…そんな確信がレアの内を過ぎり、瞳を吊り上げる。

ビームサーベルを抜き、確実に相手を仕留めるため…腹部コックピットを狙う。真っ直ぐに向かうビーム刃に対し、インパルスは防御にも入らない。

(殺った……!)

そんな確信と歓喜がレアの内に沸き上がる。

もはや回避は間に合わない…次の瞬間には、この目障りな敵は自分の刃に貫かれる光景が浮かぶ。

だが、インパルスのコックピット寸前まで迫った瞬間…インパルスの瞳が輝き、腹部を中心にインパルスが分離した。

「っ!?」

突如眼前で起こった分離に息を呑む。

上半身のチェストフライヤーと下半身のレッグフライヤーが上下に弾き飛び、その中心から飛び出した小型戦闘機のコアスプレンダーがビーム刃に沿うように突進し、ガイアに機銃を浴びせる。

銃弾の衝撃がボディを襲い、振動がコックピットを大きく揺さぶり、レアは思わず歯噛みする。それによって生じたボディの隙を掻い潜り、コアスプレンダーはガイアを過ぎる。

相手の注意が逸れた瞬間、シンは既に次のプロセスに移っていた。分離したチェストフライヤーとレッグフライヤーを遠隔で操作し、引き寄せる。

弧を描くように向かってくる2つにシンはレバーを引いた。

コアスプレンダーがブロック形態となり、再合体のプロセスが実行され、コマンドが送られる。受信した2機は形状をそのままにコアブロックに向かってくる。

そして、挟み込むように上半身と下半身が合体し、再構成されたインパルスのカメラアイに光が灯る。

凄まじい衝撃と振動がコックピットを震撼させるも、シンはそれに耐え、ガイアに斬り掛かる。

突如分離し、今度は後方で再合体したインパルスの動きにレアは完全に唖然となった。

ガイアに襲い掛かるインパルスが両手のエクスカリバーを振り上げる様がレアの瞳に映る。迫る刃が酷く遅く感じ…自身の身体も何故か鉛のように重く動かない。

もはや思考が止まったかのようにレアは漠然と訪れようとしている『死』に何の感慨も抱かず…それが来るのを待った。

「レアァァァァァァ!!」

だが、突き刺すような自身の名を呼ぶ声にレアの意識は反転した。次の瞬間、ガイアの前方にモスグリーンの機体が割り込んだ。

ガイアを護るように立ち塞がったカオスに向かって振り下ろされるエクスカリバーの刃が光刃の軌跡を描き、カオスの両腕を斬り飛ばした。

加速の加えられた一撃はVPS装甲をものともせず、カオスの両腕は無残に宙に舞い上がる。

爆発がカオスを包み込み、レアの絶叫が響き渡った。







終息しつつある一方で激しい攻防を繰り広げる宙域。

ストライクEが両手のハンドガンで狙い撃つ。だが、吹雪は流麗な動きでそれを回避する。

刹那はモニター内で動き回るストライクEの動き、そして周囲に飛び交うデブリとの距離、動き…それらを視界で確認し、瞳を動かしながらまるでそれが直接神経に繋がっているのではと錯覚するほど連動して小刻みに操縦桿を動かし、吹雪のスラスターを小刻みに機動させ、攻撃を回避する。

相手の射撃の腕はそれ程高くない…それを確信し、距離を保ったまま吹雪もショットガンで応戦する。

僅かなタイムラグで発射される弾丸がストライクEを掠める。ビームの散弾にカズイは歯噛みする。こちらの攻撃はかわされ、迂闊に距離を詰めようものなら、狙い撃たれる。このままでは埒があかない。

徐々に苛立ちが募ってくる…奥歯をギリっと噛み締める。

(何故だ…俺は強くなった…強くなったんだっ)

暗示のように言い聞かせるカズイの眉間に皺が寄り、表情が険しく歪んでいく。

「強いはずだろうぉぉぉぉっ」

獣のように叫び、ストライクEはハンドガンを連射し、吹雪はその乱射に動きを僅かばかり鈍らせる。

それを逃さず、カズイはハンドガンを捨て、アグニを展開する。刹那の表情が微かに強張る。

アレをまともに受けては機体が保たない。攻撃を回避しようとするが、それを赦すまいとカズイは右肩のガンランチャーを放ち、グレネードミサイルが弧を描きながら吹雪に襲い掛かり、周囲を爆発させながら動きを拘束する。

デブリの四散に動きを止めた隙を狙い、照準が合わさった瞬間…カズイはニタリと笑みを浮かべた。

「死ねよぉぉぉぉ」

愉悦とともに発射されるアグニの光条が真っ直ぐに吹雪を狙う。刹那は迫るビームに歯噛みする。

回避は間に合わない…刹那は咄嗟に吹雪の左腕を掲げる。

「フィールド全開!」

左腕に備わったユニットが展開され、それを中心に吹雪を覆うように展開されるライトブルーの輝きを発する光の盾が現われた。

アグニの光が突き刺さり、フィールドが防ぐ。激しい振動が機体を揺さぶる。

「くっ…フィールド出力限界…あと、50!」

やはり予想以上に相手の砲撃のエネルギーが強い。このままでは押し切られる。フィールドを形成するビームが干渉し、相手のビームを相殺するなか、刹那は操縦桿を引き上げ、防御する腕を軸に、吹雪の向きを相手のビームの出力を利用し、反転させた。

ビームを流し捌いた吹雪を沿うようにアグニのビームは後方へと流れ、進路上にあった戦艦の残骸を貫き、爆発が周囲を照らす。

爆発を背に純白のザクファントムとエグザスの攻防は続いていた。レイは両手持ちでビーム突撃銃を放つも、エグザスは悠々と回避し、ガンバレルで応戦する。4基のガンパレルから縦横無尽に放たれるビームをザクは巧みにかわし続ける。

「フッ…そうそうやらせはせんよ」

ザクの攻撃の動きを読み、回避しつつ追い込んでいく。状況が完全に膠着していることに焦ったレイは岩塊とデブリが密集する空間へ飛び込む。

逃がすまいとロイもそれを追って岩塊の中へと飛び込むも、この中では周囲に漂う岩塊が邪魔をしてガンバレルでは少し分が悪い。

「攻撃を封じるつもりか…だがっ」

姑息なと憮然とした表情で毒づき、ロイはエグザスを加速させる。この状況では互いに手出しはできない…だが、動きはこちらが速い。

MSに比べて小型であるエグザスは網目を縫うように岩塊の間をすり抜け、徐々にザクとの距離を縮めていく。

ガンバレルではなくレールガンを展開し、照準をロックすると同時にトリガーを引き、弾丸を発射する。

レイは背中越しにその接近を感じ、機体を捻る。レールガンの弾頭が機体を掠め、装甲が僅かに抉られる。

回避されたことにロイは軽く舌打ちし、そして僅かな感嘆を抱いた。

(流石はラウ=ル=クルーゼ…というべきか)

称賛というよりは嘲笑…これまでの攻防で、相手が高い空間認識能力を有していることは確信していた。その能力を持ってすれば、紙一重でこちらの攻撃をかわすこともできよう。

そう…相手はあのラウ=ル=クルーゼなのだから。

だが、そうなると好転しないのはこの状況だ。既にダガーを2機喪い、残りのストライクEとダガーLは敵MSと交戦中。対艦用の装備ではMS相手には少々分が悪い。

こちらの予測を悪い意味でよく裏切ってくれると自嘲し、さてどうしたものかと思考を巡らせる。

そろそろエヴァの方も痺れを切らす頃だろう…微かな苛立ちを覚え、これからどうするべきか思案し始めたその瞬間、岩塊に覆われていた敵艦が大きく動いた。

いや…爆発した、という表現の方が正しいのだろうか……眩いばかりの閃光が小惑星から放たれる。

「なにっ…!?」

冷静だったロイは驚きの声を上げ、表情が崩れる。

ガーティ・ルーの砲撃はまだ発射されていない…なのに何故爆発が生じたのか…エンジン被弾による自爆かと一瞬考えたが、その大きな爆発の閃光に眼を灼かれながらも飛来する岩塊を避け、後退しながらかわし、状況を確認しようとするロイの前に、淡いグレイの船体が飛び出してきた。


BACK  TOP  NEXT


inserted by FC2 system