次回、「PHASE-13 ターゲットはジェネシスα」
その数分前…ガーティ・ルーはミネルバとの距離を縮めながら艦橋でエヴァは痺れを切らしていた。
「さて、そろそろいかせてもらうとするか」
まるで飽きたとでもいうように溜め息混じりに呟く。もはやミネルバは動けないだろう。あの埋まり方では自力で這い出るのは難しいはずだ。
なら、これ以上無様を晒す前に一思いにやってやった方が軍人としての礼儀というものだろう。
頬杖をつくエヴァに、オペレーターの一人が躊躇いがちに忠告した。
「岩塊に邪魔されて、直撃は期待できませんが…」
そう…確かに岩盤で埋めて行動不能には追い込んだが、その岩盤が艦全体を覆っていて、僅かながら盾となっている。おまけにその時の影響で周囲にも細かな岩塊やデブリが数多く漂い、これ以上接近はできない。
攻撃しても僅かながら威力が殺がれ、致命傷は期待できない。それも範疇だとも言うようにエヴァは手を振る。
「別に構いやしねえよ…ただ、もう追っかけられるのは御免だからな。未練たらしく女のケツおっかけるような奴に」
小馬鹿にしたように肩を竦める。要は追撃不能にまで追い込めばいい…どの道あの状態ではもう追撃は不可能だと思うが、念には念を入れておこう。
「あいつは面白くないかもしれんが…こっちの損害も、バカにならなくなってきたしな……」
愉しみに水を差すかもしれないが、こちらも既にMSを2機喪っている。それに展開しているMSのパワーも危険域にそろそろ達するはずだ。
これ以上余計な損害を被るのは艦を預かる責任者としては容認できない。戻ったらまた人員補充を要請しなければと溜め息を心中に零し、エヴァはミネルバを見据えた。
「ま、お気の毒だけど……相手にした女が悪かったと思うのね」
眼差しが鋭く…そして嘲るように歪み、エヴァは口元を薄く歪めた。
距離を詰めるガーティ・ルーはその砲塔を向け、ジワジワと忍び寄る。しかし彼らは驕っていた。
窮鼠猫を噛む…鼠も追い詰められれば、猫に反撃する。極限まで追い込まれれば、何をしでかすか解からないということを…そして、ミネルバはまさにその瞬間を待ち構えていた。
リンの進言した策をなるべく効果良く使えるようにタイミングを見計らい、タリアはその瞬間に備える。
「ボギーワン、距離150!」
バートの報告にタリアはここだと確信し、顔を上げた。
「総員、衝撃に備えよ。行くわよ!」
そのタリアの声にメイリンは両手で頭を抱えるとコンソールに伏せた。他の一同も訪れる衝撃に身構える。
「右舷スラスター全開!」
その掛け声と共に左舷のスラスターの出力が下がり、右舷の残っていた6基のスラスターが最大出力で噴射された。
僅かながら身を震わせる…微かに小惑星との距離が開いた瞬間、アーサーが声を張り上げる。
「右舷全砲塔、撃てぇ!」
そのアーサーの掛け声によって右舷に向いたミサイル発射管からナイトハルトが一斉に放たれ、イゾルデとトリスタンが火を噴いた。
それらが小惑星に吸い込まれるように着弾した瞬間、予期していたものの…凄まじい爆発と衝撃が轟音とともに起こり、それが横殴りにミネルバに襲い掛かった。
ミサイルが炸裂し、熱線が岩を蒸発させ、急激に膨れ上がるガスが飽和し、連鎖反応を起こしながらミネルバは周囲に漂っていた岩隗とともに押し出された。
船体を無数の礫が襲い、激しく打ち鳴らし、装甲を傷つけていく。その振動にブリッジにいる者達は想像以上の衝撃に歯噛みしながらも必死に身体を堪える。だが、艦内はそうはいかなかった。
いくら事前に通達があったとはいえ、その衝撃によって格納庫内は資材や工具が跳ね上がり、整備士達も身体を固定できなかったものは壁に身を打ちつけ、艦内通路ではクルー達がシェイクされる艦内で通路に身を強か打ちつけられた。
それは士官室にいたマコトも同様だった。突如襲い掛かる振動に身体を壁に打ちつけ、医務室ではマユが眠るカスミを押さえつけながら必死に堪える。
艦内に激しい振動を起こし、被害を与えつつも…ミネルバはその爆発によって見事脱出を果たした。
「ミネルバ…!」
その光景にレイが驚愕の声を上げ、ダガーLを蹴り弾きながらセスはその光景に一瞥する。
「何て無茶…!?」
刹那はそのあまりに無茶苦茶な脱出法に呆れと驚き、そして雫の安否を気遣った。
眩い閃光を背に女神は再臨する…艦首の向きが真っ直ぐに前方に向けられる。
「回頭30! ボギーワンを討つ!」
衝撃に耐えていたタリアが顔を上げ、未だ鳴り響く轟音のなかに声が轟く。ガスと粉塵に視界を覆われながらもマリクは必死に舵を切り、ミネルバが正面を向く。その先にはガーティ・ルーの姿がありありと浮かんでいる。
これで終わらせる…そんな決意を秘め、タリアは睨みつけながら、アーサーに指示を飛ばす。
「アーサー!」
「りょ、了解! タンホイザー起動! 照準、ボギーワン!!」
コンソールを掴んで身体を支えるアーサーが叫び、それに呼応するようにミネルバ艦首のハッチが開かれていく。
その内側からせり出る巨大な砲口…ミネルバ最強の兵装、艦首陽電子砲:QZX-1タンホイザーだ。
爆発が押し出す衝撃波がミネルバの船体を加速させ、ガーティ・ルーとの距離を800まで縮める。
突如、ミネルバが爆発に包まれる光景にエヴァは怪訝そうに息を呑んだが、次の瞬間…その爆発を背に岩隗とともに小惑星から脱出したのを見て一瞬、思考が止まった。
「なんて無茶しやがる……」
思わずそんな感想が漏れた。
あの状態で小惑星を爆破し、脱出するなど博打もいいところだ。下手をすれば、アレで自爆していた可能性が高いというのに…だが、前方から降り掛かる岩塊の破片が礫となってガーティ・ルーの船体に着弾し、周囲に霧散する爆煙が一瞬視界を覆うも、その奥に影が映った瞬間、エヴァは背筋が凍るような錯覚を憶え、反射的に叫んだ。
「右舷スラスター全開! 焼き切れてもいい、取り舵いっぱい! 回避ぃぃぃぃ!!」
あらん限りの声を張り上げて命令するエヴァにクルー達は反射的に応じ、ガーティ・ルーの右舷スラスターが火を噴くのとミネルバの艦首に光が収束したのは同時だった。
「タンホイザー、撃てぇぇぇ!」
タリアの号令とともにミネルバの艦首から光がこもれ、巨大な砲口から陽電子の奔流が解き放たれた。
真っ直ぐに突き進む光の奔流はガーティ・ルーの右舷を掠める。だが、それは直撃を免れただけで余波が右舷装甲表面を削り取り、蒸発させる。そして、それが運悪く右舷後部のエンジン部分に及び、ガーティ・ルーの右舷後部から火が噴き出した。
激しい振動が船体を襲い、艦橋が揺さぶられ、被害の及んだエンジン区画から炎が上がり、近くにいた整備士を呑み込み、ガーティ・ルーは大きく船体を蛇行させる。
その側面をほぼ密接した状態ですり抜けていくミネルバ。もはや互いに傷つき、それだけ接近してもお互いに何かを仕掛けることはできなかった。
タリアは爆発の影響による視界不全とレーダーの誤差により、直撃を外したことに歯噛みし、エヴァはかろうじて回避したとはいえ、捨て身の攻撃を仕掛けてきたことに相手を侮りすぎていたと己と自身の艦を傷つけられた怒りに打ち震え、2隻が交錯する瞬間、互いに艦橋越しに相手の艦長を睨みつけた。
「状況!?」
素早く我に返り、確認を急ぐエヴァにクルー達も衝撃から立ち戻り、各セクションの状況を確認する。
「第1エンジン被弾、航行速度低下!」
「右舷装甲板、第2層まで破壊…D区画からF区画まで隔壁閉鎖!」
「ゴッドフリート3番、使用不能!」
口々に伝えられる被害にエヴァは歯噛みする。これ程の被害を被ったのは艦長になって初めての経験であり、同時に初めて味わう屈辱だった。
「微速前進! 回頭50! 現宙域を離脱する!」
もはやこの戦闘も見切り時だ。これ以上の戦闘はリスクが大きすぎる。誰だって、リスクが大きな選択は避けたいものだ。
「そんなリスクを覚悟で仕掛けてくるとは…愉しませてくれるじゃない、ええっ! ザフトの艦長さんよ!」
自爆覚悟の捨て身で打って出たミネルバの顔も知らぬ艦長に僅かばかり称賛を送ると、エヴァは離脱を指示した。
後は、あの傍若無人の指揮官殿だが…流石に彼もこれ以上の戦闘は不可と判断するだろう。
そのまま離れていくミネルバとガーティ・ルー…それらを一瞥し、MS達は行動を再開する。
「おのれっ!」
位置的に一番近かったミラーのダガーLが飛びくる礫をかわしながらミネルバに迫る。だが、それを見逃すまいとセスは操縦桿を引き、ザクウォーリアを加速させる。デブリのなかを高速で掻い潜り、弧を描きながら左肩のビームトマホークを抜き取り、飛行しながら瞳のなかにデブリの飛び交う様を映し…その隙間を視留めた瞬間、投げ飛ばした。
回転しながら飛ぶトマホークが光を放ちながら向かう先に飛び込むダガーL。
「なっ!?」
注意がミネルバに向けられていたミラーは突如側面から現われた光のブーメランに反応できず、右腕を切り飛ばされる。
爆発が機体を襲い、体勢を崩すダガーLに向けて急接近するザク。ミラーは近づけさせまいとドッペンホルンを連射するも、セスは動揺した素振りも見せず、トリガーを引いた。
両肩のハイドラガトリング砲が火を噴き、無数の光弾が前方の岩塊を吹き飛ばす。弾かれた岩塊が破片となって散らばり、ダガーLに向かう。放たれた弾頭は礫によって打ち消され、前方の視界が爆煙に覆われる。
視界を遮られたことに眼を瞬くミラー…その僅かな硬直が、彼の生死を分けた。爆煙を裂きながら突撃するザクウォーリアが一気にダガーLに肉縛し、両手に握るビームアックスを振り上げる。
「目標を破壊する」
冷淡に呟き、セスのオッドアイが捉えた瞬間、ビームアックスが振り下ろされ、ダガーLのボディを縦に切り裂く。
大きく抉られるダガーL。コックピットがバッサリと切り裂かれ、ミラーはこの世から身体を蒸発させた。
振り下ろすと同時に離脱をかけ、一拍後…ダガーLは爆発に消え去った。それを一瞥するザクウォーリアのモノアイが不気味に鳴動した。
「くそっ」
ダガー部隊が全滅したことにカズイは憤りを憶え、せめてこの眼前の未確認機の首でもいただこうとアグニを構える。
砲口にエネルギーが収束した瞬間、アグニからビームが解き放たれるも、刹那はその攻撃をかわす。
「タイムラグはコンマ2…いくよっ」
アグニは確かにビーム兵器としては強力だが、その高威力故に弱点もある。それは連射がきかないという点。無論、それは実際にはほんの僅かな時間でしかないが、エネルギーをチャージするのに僅かばかりタイムログが出る。
刹那はその時間を計算し、即座に吹雪のOSに入力して対応させる。アグニの攻撃をかわすと同時に加速し、吹雪はビームショットガンを放った。
発射される弾丸がストライクEを掠めるも、カズイは先程と同じ攻撃に鼻を鳴らし、回避する。いくら砲戦用とはいえ機動性が低いわけでもない。
だが、次の瞬間…吹雪がストライクEの眼前に飛び込んできた。かわされるのは承知…むしろ、それ故に相手の機動を予測できる。
眼を見開くカズイの前で吹雪は左腕に装着されたユニットを起動させる。
ユニットを中心に展開される蒼白い光の円状の刃…刹那は操縦桿を切る。
「ええええぃぃぃっ!!」
吹雪の最大兵装の一つ…盾と矛、その二つの機能を併せ持つ攻防一体の武器、AG22ビームザンパーが唸り、吹雪は左腕を振るう。密着した状態で振るわれた刃がアグニの砲身と左腕を斬り飛ばし、吹雪は後方へと過ぎる。
一拍後、本体から離れた左腕と砲身が爆発し、ストライクEのボディを包み、カズイは苦悶の声を上げた。
「がぁぁぁぁっ!」
爆発の衝撃が機体を襲い、ストライクEは弾き飛ばされる。それを一瞥した刹那はビームザンパーをカットする。
ユニットが収納され、排熱用の煙が噴き上げる。
「排熱開始…やっぱり、まだ長時間の使用には耐えないか」
モニターに表示されるエラーに、刹那は軽く表情を顰めた。
戦況が悪転したことにロイは余裕気だった表情を歪めた。右舷装甲を蒸発させられ、エンジンも被弾し、蛇行するガーティ・ルーを悔しげに見やりながら、ロイはようやく敵艦のした事を理解した。ほぼ零距離から岩塊を砲撃し、その反動と爆発のエネルギーを利用して失ったスラスターと同等の推進力を得る。言葉にすれば簡単だが、何という分の悪い賭けだろうか。まさに捨て身の戦法であった。
だが、相手はまさにその戦法であの罠から脱出し、反撃に打って出た。その爆発によって脱出はうまくいったようだが、流石に視界まではどうにもならなかったと見える。アレだけの衝撃波のなかではセンサーやレーダー類もまともに働かなかったということだろう。
もし、後少しでも攻撃が速ければ、間違いなくガーティ・ルーは撃沈され、こちらの敗北は確実になっただろう。
「ちぃぃっ、あの状況から、よもや生き返るとは……!」
大きく舌打ちし、ロイは腹立ち紛れに怒鳴りながら、機体を翻させた。同じように蛇行するミネルバにせめて一矢報いてやらんとするも、その進路を塞ぐようにレイはザクファントムを滑り込ませ、ビームを浴びせかける。
険しく睨み、攻撃の手を緩めないレイにロイは潮時かと悟る。既にダガー部隊は全滅…カズイのストライクEも深刻なダメージを受けている。
そしてガーティ・ルーにはもはや戦闘を継続するにはリスクが大きく、撤退する旨がレーザー通信で送られてきた。
もう一度、戦場での予測の立て方を見直すべきか…と、らしからぬ自己批判を浮かべながら、追い縋るザクファントムを見やりながら、ロイはせめて撤退する前に少しばかり意趣をこらすのも悪くはないかと思い、全周波数でチャンネルを開き、SOUND ONLYで回線を開いた。
「聞こえているかね、ザフトのパイロット君?」
「っ!?」
唐突にコックピットに響いた声にレイはピクリと眉を動かし、僅かばかり息を呑む。それが、あの白いMAからのものだと理解するのに時間は掛からなかったが、その声色に何故か酷く注意が引かれた。
「私の名はロイ=R=シュターゼン…憶えておきたまえ」
「ロイ…R…シュターゼン……?」
相手が名乗った名に思わず片言で反芻する。動きが止まるザクを横に、エグザスは加速する。
ハッと気づいた時には遅く、既に彼方へと離れていく…そして、未だ繋がったままの回線から最期の言葉とでもいうように言い捨てた。
「またいずれ会おう…それが、我々の宿縁なのだからな……アーハッハハハハ!!」
甲高い哄笑を響かせながら、エグザスは飛び去っていく。
一方的な別れを告げ、ロイは退却を意味する信号弾を打ち上げ母艦へと向かっていくのだった。
確認した一同は動きを止め、それを確認したカズイもまたなんとか機体を立ち上がらせ、煙を噴き上げながら離脱する。その際にストライカーパックを破棄し、眼晦ましに利用しながら急速に離脱していった。
セスはその様に軽く息を零し、刹那は肩を落とし、安堵の笑みを浮かべた。そして、それを見送るレイは困惑した面持ちで離れていくガーティ・ルーを見詰める。
「レイ、どうした?」
動きを止めたままのレイにセスが声を掛けると、ハッと意識を覚醒させる。
「…いや……なんでもない」
「ミネルバに戻るぞ…動けないようだからな」
起死回生にはなったが、やはりその代償は大きく、ミネルバはもはや半壊同然だ。装甲は至るところが傷つき、またスラスターも損壊して航行もままならない。そんな状態の母艦を置いて追撃を仕掛けることはできない。
ミネルバに帰還するなか、レイは今一度あの声を反芻させる。
(……あの声………まさか、な)
自身の考えの現実感の無さにレイは思考を切り捨て、その視線を自身の護る者が乗るミネルバに向け、どこか表情を緩めるのだった。
それは、親の褒め言葉を待つ幼子のそれに近かった………
「っつう!!」
ルナマリアは歯噛みしながらオルトロスをアビスに向けて発射する。それをアビスは悠々とかわし、肩の連装砲で砲撃してくる。
実体弾がザクの周囲に着弾し、揺れる機体を制御しながら、漏れる苦悶の声を噛み殺す。その隙を狙い、アビスは肩からM107バラエーナ改2連装ビーム砲が起動し、砲撃する。
射線に晒されたザクウォーリアは熱が機体装甲を融解させ、コックピットに警告音を出す。
「このっ」
流石にルナマリアは焦りと不安を抱きつつあった。
アビスの機体性能もさることながら、パイロットとしての技量も悔しいが自分より上だと認識したのだ。
それを認められるというのはコーディネイターでありながらルナマリアの実直な性格故かもしれないが、彼女も諦めが悪い性分だ。
「エネルギー残量…ヤバイわねっ」
オルトロスの連射でバックパックのパワーパックも長くは保たない。だが、火力に関してもアビスに劣っている以上、対抗手段がない。
袋小路に陥り、歯噛みするルナマリアの耳にアラートが響き、慌ててモニターを確認すると、ビームランスを構えて突進してくるアビスが接近する様が映っていた。
ハッと気づいたルナマリアは右手で腰部の手榴弾を手に取り、アビスに向けて投げ飛ばした。
真っ直ぐに迫る手榴弾はアビスに到達する前に2機の間に割り込んだデブリに激突し、激しい爆発が起きる。
あまりに接近した状態でその爆発は互いの接近を阻むと同時に爆発の余波を2機に浴びせた。
「きゃぁぁぁ!」
自身の起こした炸裂弾によって撒き散らされた礫に機体を打ちつけられながら弾かれるザクウォーリア。
「くっ」
さしものステュクスも両肩のシールドを前面に回し、礫をVPS装甲で防ぐ。激しい衝撃と打撃音がコックピットに響き、舌打ちする。
「マズイですね……」
言うまでもないかもしれないが、このアビスという機体…装備されている火器はどれもエネルギーを必要とするビーム兵器が多い。それに加えてVPS装甲展開による電力消費…そろそろアビスのエネルギーも危険域に達する。
それ以上のリスクをかけるなど、理知派のステュクスにとっては現実的ではなかったが、その時、それは起こった。
彼方で信号弾が3つ、打ち上げられた。宇宙の闇を彩るその閃光にステュクスは軽く息をついた。
「撤退…ですか。やれやれ、結局大物は釣れずじまい、ですか」
仰々しく肩を落とし、ステュクスはアビスを反転させた。
去っていくアビスを衝撃から立ち直ったルナマリアが見やり、やや呆気に取られた。
「見逃してくれた…?」
状況的にはあちらの優位だったはずだ…それが離脱したということは…釈然としない面持ちのなか、ルナマリアはシンとステラに合流すべく反応地点に向かった。
「あ……」
恐怖に歪んでいた表情がレアの表情から跡形もなく拭い去られ、彼女はうっとりと打ち上げられた光を見やる。
レアはこの光が好きだった…慕う上官からの優しい声に被るもの。それは、この心を安らかにさせてくれる。
「ねぇ、エレボス…ロイが帰ってきなさいって言ってるよ」
レアは光を見上げながら呟く。
ガイアは今、小さな小惑星の表面に座り込み、そのガイアの腕のなかには両手を喪い、被弾したカオスが収まっていた。
援護防御したカオスの両腕が斬り飛ばされた影響で、カオスとガイアは弾かれるようにインパルスと距離を取る結果となり、2機はそのままこの小惑星に不時着した。
だがレアは、被弾し、中破したカオスの様に恐怖に身を凍らせていた。恐い、と…赤く迫りくる敵が己に向かう様に半狂乱だった。そこへ打ち上げられたガーティ・ルーからの帰還信号は僥倖だった。
それは僅かながらでもレアに冷静な思考を齎せたのだから…コックピットで被弾し、意識を失うエレボスに一方的に話し掛け、レアは笑みを浮かべる。
「帰らなくちゃ……帰らなくちゃ……怒られちゃうよ……」
片言のように呟く。早く戻らなければ…置いていかれる……決してそう断定はできなくても、レアは漠然とした恐怖を抱かせながらガイアを立ち上がらせ、カオスの脚を掴み、ズルズルと引き摺るように歩き出す。
まるで死者を引き摺るように…ガイアはノロノロとした足取りながらバーニアを噴かし、カオスを抱えたまま飛び立つ。
「……帰らなくちゃ」
呪いの言葉のように幾度も反芻する。
クスクスと笑いながら…レアは言いつけを果たせなかったことを哀しく思いながら、一路ガーティ・ルーに帰還していった。
遠く離れていく機影に、やや離れた位置にいたインパルスのなかでシンは呆然と見送っていた。
「はぁ、はぁ……」
呼吸を激しく乱しながら、シンは相手が離脱したことに安堵した面持ちだった。
既にインパルスは、戦闘不能に陥っていたのだから……VPS装甲が解除され、腕をブラリと振り、もはや屍に近い。
あの無茶な再合体とその後のシンの強引な高速機動に、インパルスの各駆動系統や合体時の接続ラインが限界を超え、もはや動くのもままならない。合体による機体構成というインパルスのシステムが起こした必然といえるかもしれない。
だが、今のシンに気掛かりなのはステラのことだった。アレからどうなったのか…ステラは無事なのかと気になるも、通信も繋がらず、焦りは増すばかりだった。
「…シ……聞こ……シン?」
その時、ノイズ混じりに通信から声が響き、シンは気だるげな表情のままチャンネルを合わせる。
「シン、ちょっと無事なの!? 聞こえてたら返事しなさいよね!」
「ルナ、か」
切羽詰りながらも聞こえてきた仲間の声にシンは息をつく。
「無事なのね? よかった…」
やや声が小さかったのは気になったが、それでも無事なことにルナマリアはホッとしたのも束の間、シンは咳き込むように問い掛けた。
「ステラは…ステラは無事なのか!?」
「え…?」
「ステラは…!?」
唐突に問われたルナマリアは眼を瞬くも、シンはなおも声を荒げ、それを制する。
「お、落ち着きなさいよ…ステラは無事よ」
上擦った声で応え返す。シンとの合流を目指すなかで見かけた中破状態のセイバー。ルナマリアも焦りはしたものの、ステラの生体反応は無事確認できた。もっとも、機体の状態から考えれば、怪我をして意識を失っているかもしれないが、無事だという言葉にシンも緊張の糸が解けたように大きく肩を落とした。
「そう…か……よか…」
言葉が最後まで続かず、シンは視界が歪み、大きく揺らぐ。そして、抗いがたい疲労に誘われ、意識を深い奥底へと沈めていった。
通信が途切れたことにルナマリアは焦る。
「ちょ、ちょっと、シン!」
何度も呼び掛けるが、既にシンから返事はなく…ルナマリアは頭を掻く。
「私が運ぶの……?」
誰に向かって呟いたのか…ともにパイロットが眠りに就いたインパルスとセイバーを見やり、大仰に肩を落とし、溜め息をついた。
しかし、愚痴っても何が変わるわけではなく…ルナマリアは渋々セイバーとインパルスを牽引し、一路ミネルバへの合流を目指した。
「ボギーワン、離脱します!」
どこかホッとした声でバートが告げ、続いてメイリンも報告する。
「インパルス、セイバー、ザク・ルナマリア機共にシグナル確認。ですが、セイバーとインパルスは損傷あり、パイロットも意識を失っているとのことです」
「艦長。さっきの爆発で更に第2エンジンと左舷熱センサーが……」
「右舷スラスターの回路が焼き切れたそうです。機関室からも第1エンジンを急停止するようにと許可を……」
次々と寄せられる報告は、全てがタリアに一つの事実を伝えていた。
ミネルバはあの攻防で船体が大きく傷つき、エンジンも臨界ギリギリまで稼動させたために緊急停止。スラスターはあの脱出時に限界を超えて焼き切れ、航行も舵もままならない。おまけに兵装も4割近く機能を停止している。そして、艦載機に至っては、インパルスとセイバーという主力機の損傷……大きく挙げてもこれだけの要素が浮かび、タリアは眩暈がするかのように頭を押さえた。即ち、これ以上のミネルバの戦闘継続は不可能だ、ということを、嫌でも理解させられた。
ミネルバはまさに満身創痍であった。起死回生の策で撃沈こそ免れたものの、離脱するボギーワンを眼の前にしながらも、追撃は愚か、打つ手すらないのが現状だった。
ただ相手が離脱するのを見送るだけになってしまったことにタリアは悔しげに奥歯を噛み締める。
「グラディス艦長」
その現実に苛立つタリアの耳に、後部座席からデュランダルのいつもと変わらない涼やかな声が掛けられた。
「もういい。後は別の策を講じる」
それは、任務の失敗を意味するものであった。意気込んで追撃を進言したというのに、この結果は最悪の屈辱であり、タリアは悔しさに耐えるために唇を噛むしかなかった。
最新鋭の艦と最新鋭のMSを与えられておきながら、その艦長としての最初の任務にタリアは無残にも失敗してしまったのだ。
たとえようのない辱感に耐えているタリアを宥めるように、デュランダルは言葉を重ねる。
「私も斯皇院外交官や、クライン外務次官達を、これ以上振り回す訳にもいかん」
そういう表現でのタリアの心情を和らげようとする優しい心遣いが、かえってタリアの胸を刺し、より惨めに苛ませるのだった。
自国と友好国の代表を、あわや撃沈の危険に晒してしまった。しかもその危機を救ったのは艦のクルーではなく、部外者であるリン=システィの意見だった。そんな自分の不甲斐無さが口惜しく、彼女は忸怩たる表情で頭を下げた。
「…………申し訳ありません」
その言葉に込められた思いは、如何程のものであるか…ラクスや雫はどこか同情めいた表情で見やる。
やがて、タリアはデュランダルに付き従い、無言のまま客人の送迎に付き添い、ブリッジを後にする。その小さな背中を見送った一同は同じように表情を憂鬱気に染めるも、アーサーはタリアに代わって艦の修理及び、コンディションレッドの解除を指示し、ブリッジ遮蔽が解除され、再び航行位置に戻ると。メイリンはインカムを外し、軽く息継ぎをすると、席から立ち上がり、姉であるルナマリア達を迎えにブリッジを後にした。
デュランダルとタリアに送られ、ラクスや雫達は用意された士官室に移動していた。
「本当に申し訳ありませんでした、斯皇院外交官」
流石にこのような事態に巻き込んだ負い目か…謝罪するデュランダルに対し、雫は被りを振る。
「いえ、御気になさらず…私としても、このような結果に終わったこと、残念に思います。早期の解決を心より」
部屋の前に到着し、静かに敬意を表するように一礼する。その落ち着いた様にタリアはやや感心した。先程の戦闘時においても決して取り乱したりせず、また余計な口を挟まず、じっと耐え忍んだその豪胆さ。歳若くても、一国の代表に選ばれるだけの器はあるとタリアは雫を評した。
「ありがとうございます…先程も、貴方の随員の援護に助けられました」
デュランダルが恭しく返す。ミネルバが敵の罠に掛かった時にも日本側のMSの参戦は大いに助かった。その点は口惜しいも、タリアとしては艦の危機を救う一因となっただけに複雑なものだ。
そんな暗い心情を隠すようにタリアが言葉を紡ぐ。
「本国ともようやく連絡が取れました。既にアーモリー・ワンへの救援、調査隊が出ているとのことですので、うち一隻をこちらへ皆様のお迎えとして回すよう要請してあります」
「感謝を」
「お疲れでしょう…外交官も外務次官達も、どうぞごゆっくりお休みください」
「それでは、お言葉に甘えて…失礼します」
軽く一礼し、雫が部屋へ入室し、それを見送るとラクスも隣のあてがわれた部屋へ向かう。
「では、私も少し休ませていただきます」
流石に疲労が出たのだろう…どこか憔悴した面持ちで一礼し、ラクスが士官室に入り、キラも続けて入ろうとし、リンは隣の部屋へ移動しようとした瞬間、引き留めるように不意にデュランダルが口にした言葉に二人は足を止めた。
「しかし、先程は彼女のおかげで助かったな、艦長」
「ぇ…はぁ……」
同意を求められたタリアは再び暗然たる心持ちなり、リンは背を向けたまま立ち止まり、キラも思わず足を止めてリンとデュランダルを交互に見やっている。
「流石だね、数多の激戦を潜り抜けてきた者の実力は……」
どこか白々しい…称賛された当のリンは、冷淡な表情で聞き捨てるも、そんな彼女に気づかぬように朗らかな調子で褒め称えた。
軽く肩を竦め、無感動に振り向き、事務的に告げた。
「そんなおべっかは要らない……出過ぎた真似をしたな、グラディス艦長殿」
気遣いもない平淡な口調で呟き、軽く頭を下げるリンにタリアはどこか好感を持った。下手に気遣われるよりは何倍も気が楽だ。それにもう過ぎたことをいつまでも拘るのはあまりに大人気ない。
確かに越権行為ではあったが、その彼女の判断で今こうしていられるのは紛れも無い事実だ。艦を救ってもらった恩もあり、タリアはぎこちないながらも顔を崩し、笑みを浮かべると感謝の言葉を述べた。
「判断は正しかったわ。ありがとう」
そんな謝辞にもリンは特に気にした素振りも見せず、視線を逸らす。
「では」
敬礼し、制帽を被りながらタリアはデュランダルと連れ立ってその場を後にする。無言のままだが、タリアはリンのあまりに無干渉な態度が酷く印象に残った。
あれが、前大戦においてザフト内で『漆黒の戦乙女』と称えられたエースパイロット、リン=システィだと。タリアにも思いつかなかった大胆な奇策と決断力、そして厳しい言葉でクルーを奮い立たせた指揮力。それらをあまりに不釣合いなあの若さで持ち合わせている冷淡な女性のアンバランスさにどこか興味を持った。
その頃…ブリッジを後にしたメイリンはルナマリア達を迎えに格納庫へ続くエレベーターホールに向かうため、艦内を移動していた。
「あ!」
無重力のなかを浮遊しながら進むメイリンは、エレベーターから出てきた姉のルナマリアとレイ、そしてセスを見つけた。
「お姉ちゃん、レイ、セス!」
その声に反応し、3人が振り返ると、ダイブするようにルナマリアへ飛び込む。
「お疲れ様、大丈夫?」
ルナマリアの手に捕まってメイリンは動きを止める。
「ええ、なんとかね」
苦い口調で応じる姉に相槌を打ち、見回すと、足りない人物に気づき、声を掛ける。
「シンとステラは……?」
どこかおずおずと尋ね返す。インパルスとセイバーの被弾はメイリンも報告で聞いたが、実際には半信半疑に近かった。
それに対し、ルナマリアは表情を顰め、やや低い声で応じる。
「シンの方は大丈夫、ただの疲労だって…ステラも打撲程度だし」
なんとか2機を牽引してミネルバに帰還したルナマリアだったが、格納庫に着艦後は2機の冷却作業に加えて二人の救助作業と格納庫内は蜂の巣をつついたような騒ぎなった。
タリアが回してくれた救護班がシンとステラをコックピットから救出し、容態を確認したところ、シンは疲労による気絶…ステラは打撲程度で、特に深刻ではないとのことだったが、二人は今、医務室に運ばれて手当てを受けている。
「そっか……」
その言葉にメイリンも表情が暗くなる。
「なにあんたが暗い顔してんのよ、シンもステラも大丈夫だって」
背中を叩きながらぎこちない笑みを浮かべるルナマリアにメイリンも同じように応じる。もう一人の刹那は機密上の問題から吹雪の整備を終えてから雫と合流することになり、やがて会話は艦橋であった、あの脱出劇に及んでいった。
「リン=システィ…あの人が? やっぱりね……」
メイリンの告げた内容にルナマリアは驚きの声を上げる。そういう疑惑を抱いていたルナマリアでさえ、興奮を隠せない。レイやセスは眉一つ動かさずにいたが、それでも話には興味があるのか、黙って聞き入っている。
「議長が言ったんだよ、『リン=システィ君』って、彼女のこと。それにラクス様の秘書の人もキラって呼んでたし…二人とも否定しなかったんだもの……でもでもっ! それだけじゃないの、凄かったんだからぁ!」
興奮した面持ちで咳き込むように話すメイリン。シン達があの3機に苦戦していた時に陥った絶体絶命な危機的状況を見事打開させた起死回生策を呈示したリン=システィ。
その機転と凛々しさにメイリンはどこか憧れめいたものを抱くように語り、当のルナマリアはなにか釈然としないものを感じていた。
結局のところ、セカンドシリーズを撃退したのはシン一人であったし、いいとこもなかったのだ。腐るのも仕方ないことだった。
「……でもぉ、ホントに名前まで変えなきゃなんないもんなのぉ?」
レクリエーションルームに揃って向かう間も、メイリンとルナマリアはなおも口々に疑問を口にしていた。
謎の失踪を遂げたかつてのエースパイロット、という抽象的で伝説じみた存在が同じ艦に乗っているという現実に興奮が隠せないのだ。
その会話は、ほぼ直前に差し迫ったレクリエーションルームにまで届き、一足先に訪れていた人物は微かに顔を上げるも、興味無さ気に視線をガラスに向けた。
「でもなんで今更、ラクス様の護衛で? だってあの人、以前は……」
「何言ってのよ、あんたは。いくら昔…」
ルナマリアがメイリンに言い返しながら、入口を潜ると、そこでピタリと足を止める。彼女と並んでいたメイリンはレクリエーションルームに佇む人物に気づき、慌てて両手で口を抑えるとレイの背後に隠れた。
彼女達の視線の先には、レクリエーションルームの壁に腕を組んで身を預け、傍の強化ガラス外の宇宙を見詰める自分達の話の渦中の人物であるリンが佇んでいた。
自分達より二つ、三つ年長であるはずが、その遠くを見詰める横顔はより大人びた雰囲気を醸し出している。紫銀の髪をポニーテールに束ね、横顔を向けて佇むその姿は傍から見ると絵になる。
当の本人はこちらの入室を気にも留めず、視線を窓からピクリとも離さない。その憮然とした態度が気に障ったのか、ルナマリアは呑み込んだ言葉を落ち着かせ、どこか挑発的な笑みを浮かべ、歩み寄った。
「へぇ……ちょうど、貴方の話をしていたところでした、リン=システィ」
あっさりと本人に言いのける辺りが実にルナマリアらしいといえばらしい。そんな姉をハラハラした面持ちで見詰めるメイリンに、レイとセスは無言で双方を見比べている。
だが、声を掛けられたリンは相変わらず反応しないまま…無視されているようで苛立ちながら、表情を僅かに引き攣らせつつも笑みを崩さず、なおも言い募った。
「まさかと言うか、やっぱりと言うか……伝説のエース、漆黒の戦乙女にこんなところでお会いできるなんて、光栄です」
白々しく聞こえるルナマリアの言葉にリンは初めて反応した。顔をこちらに向け、その無機な真紅の眼光をぶつけられ、まるで魂を射抜かれたような錯覚を憶える。
「エース…ね……それは、私が前の大戦で大勢殺したからか? それとも…ザフトを裏切った卑しい裏切り者だから、か」
皮肉めいた言動を返すリンにルナマリアは絶句する。不適な笑みを口元に浮かべ、リンは肩を竦める。
「まあ、あんた達には関係のないこと。私がリン=システィだとしても、既に死んだ身…邪魔をしたわね」
リンにとってザフト時代に得た名声や称賛に何の愛着も未練も無い……ただ、感謝はしている。自分の道を選ぶきっかけをくれたことには……そのまま身を起こし、ゆっくりと退出するべく、ルナマリア達の間を過ぎっていく。
だが、徐に立ち止まり…静かに告げる。
「一つ言っておくわ…エースなんて、所詮はただのお飾りでしかない。そんなお飾りに頼らないことね……戦場で死にたくなければ、ね」
辛辣な言葉を漏らすリンにどこか赤であることを咎められた気分になり、自尊心を害されたルナマリアは憮然となるが、話は終わりとばかりに退出しようとするリンにセスが言葉を掛けた。
「お言葉ですが……」
唐突に告げるセスにリンは思わず足を止める。背中を向けるリンにセスはどこか鋭い口調で話し掛ける。
「なら何故貴方はここにいる? 既に死んだ身なら、何故またザフトにいるのです?」
痛烈な皮肉を返された気分だろうか……リンは動揺を顔には出さなかったが、口を噤む。
確かに…この艦に乗ることになったのはアクシデントが原因だ。それが自身の迂闊さとはいえ、やはり名がバレたのはまずかったかもしれない。
無言の空気が張り詰めていたが、やがてセスが口を開いた。
「ですが、ミネルバの危機は救っていただいたそうで……ありがとうございます。次からは、貴方の力を借りずに済むよう、努力いたします」
挑発と棘を含んだ謝辞に、リンは肩を竦め、静かにその場を去っていった。その背中をどこか険しい表情で見送る一同。
暫し、無言がレクリエーションルームに充満するが…唐突にメイリンが声を上げた。
「ああああっっ!!」
「な、何よいきなり…」
突如奇声を上げた妹に驚き、当惑する。レイとセスもそのあまりの大声に困惑しているが、メイリンはそれに気づかず、慌てて頭を下げる。
「ゴメン、お姉ちゃん! 私、少し用事があったの思い出しちゃったっ」
「え…ちょ、ちょっとメイリン…!」
事情を聞こうと呼び止める間もなく、メイリンは脱兎のごとく駆け出し、レクリエーションルームを後にする。
息を乱しながら向かう先は、居住区…戦闘前のやり取りを今になってようやく思い出したのだ。
あの時…苦悩を見せたマコトの顔がどうしても気になっていたのだが、戦闘の激しさとその最中の衝撃的な状況の連続にすっかり抜け落ちていた。
何故こんなにも気に掛かるのか…当のメイリン本人は、解からずじまいだったが…やがて、居住区に到着すると、メイリンは荒くなっていた呼吸を整え、一つの士官室の前に立つ。やや躊躇うも…決然とした面持ちでドアを開放する。
開かれるドア…だが、足を踏み入れたメイリンはその場で立ち尽くす。明かりが消え、暗闇に包まれた部屋…まだ使用してもいなかった部屋だけに、人の生活匂はないから当たり前かもしれないが、何故か酷く寂しげに感じる。
僅かに通路から差し込む灯りが照らす先…ベッドの上に無造作に放り投げられたタオルを手に取る。
僅かに湿るタオルを握り締めながら、メイリンはその場に立ち尽くした。
その頃…マコトはミネルバ内をフラフラと歩き回り、やがて薄暗い通路で立ち止まり、ガラス奥に見える宇宙に眼を向けた。
戦闘で受けたダメージだろうか、船外作業服を着けた数人が外装に張り付き、修復作業に取り掛かっている。
先程の戦闘で受けた衝撃で身を打ちつけた場所を摩りながら、マコトは表情を暗く歪める。
「……何やってんだ、俺」
何故自分はこんな所にいるのだろう…それが酷く自分をどうしようもなく苛立たせる。
自分は結局、誰かに護られる立場でしかないのだろうか……護る立場につけば、あんな恐怖をまた味わうことになるのだろうか……どちらもが嫌で…そして……どちらもが楽で…そんな矛盾が入り混ざり、マコトはガラスに頭を打ちつけるようにぶつけ、そのまま項垂れる。
「宇宙は…なんでこんなに、冷たいんだ……」
ポツリと呟かれた言葉に…答は返ってこない。
ただ…ガラス越しに感じる宇宙だけは…今は酷く冷たく……そして恐く思えた………
《次回予告》
傷ついた女神はその身を休める。
だが…その間にも世界は徐々に運命の嵐のなかへと侵食されていく………
アーモリー・ワンより去ったジェスとカイトは、ジェネシスαへと身を寄せる。
そこで、世界が次なる運命の舞台に誘われようとしていることを知る。
だが、ジェネシスαに忍び寄る影………
追い詰められていくなか、そこへ漆黒の影が舞い降りる。
天界より降臨せし女神を駆る新たなる戦士。
そして……影は遂にその姿を現わす。
神の炎を伴って…真実を歪めるために………
闇に紛れる影を切り裂け、ゴールドフレーム。