既に防衛線は瓦解しかけていた。レイスタはもはや烏合の衆と化し、まともに動ける機体はほとんどない。

 狭めるように襲い掛かるジンハイマニューバに対し、カイトのジンアサルトは奮戦していたが、重装備が枷となっていた。高機動型の敵機に対し、相性は最悪だ。一撃離脱を仕掛けるジンハイマニューバに対し、カイトは舌打ちし、装甲をパージした。

 一斉に周囲に弾け飛ぶアサルトシュラウド装甲。それらが激突し、体勢を崩すジンハイマニューバに向けて一気に肉縛し、手持ちのハンドガンを突き付け、先端のナイフが装甲を突き破り、その隙間に向けて銃弾が放たれ、ボディを吹き飛ばし、爆発に消える。

 その爆発を一瞥する間もなく、別の機体が斬機刀を振り被り、斬り掛かる。斬撃をハンドガンのナイフで受け止めるも、カイトは歯噛みする。

「くそっこう数が多くてはっ」

 いくらプロフェッショナルと自称するカイトといえども数の差はそうそう覆せない。敵の腕も脱走兵ながら古参らしくベテラン揃いだ。このままでは消耗するばかりだ。

「こうしている間にも、ユニウスΩが落ちる!」

 被弾したレイスタを庇うようにビームサインを拡げ、ビームを防ぐアウトフレーム。ジェスも状況がどんどん悪い方向へ追い込まれていることに焦る。

その時、手元の8が何かを捉えた。

【ミラージュコロイドデテクターニ反応アリ!】

 その文字にジェスが一瞬眼を瞬いた瞬間……ビームガービンを構えていたジンハイマニューバ2機は突如後方から襲い掛かったワイヤーに機体を絡め取られる。虚空から伸びるワイヤーが引かれ、2機は彼方へと放り飛ばされる。

 その光景に呆気に取られるジェスの前で、宇宙空間の一画が歪み、そこから何かが浮かび上がってきた。

 徐々に輪郭を帯び、機体を覆う粒子が霧散し、その装甲を色づかせていく。漆黒の装甲の内側に映える金色のフレーム。巨大な黒い蝙蝠のような翼を拡げ、現れた機体はライトブルーのカメラアイを輝かせる。

 呆然と見入るジェスとジンハイマニューバを弾き飛ばし、その機体を眼にし、覚えがあった形状にカイトは呟いた。

「知っているぞ、その機体…アストレイ、ゴールドフレーム。オーブの軍神、サハク家の機体……っ!」

 禍々しさと神々しさが融合したかのような姿を持つその機体こそ、オーブの軍神と名高いロンド=ミナ=サハクの愛機、MBF-P01-Re2:アストレイゴールドフレーム天ミナ。

「ゴールド…フレーム……」

 ジェスも思わずその名を呼ぶ。だが、ロンド=ミナ=サハクと言えば、オーブの代表。その代表が何故ここに…と疑念を巡らせるなか、ゴールドフレーム天が向き直り、通信を繋げてきた。

「そこの機体…無事のようね。なら、後は私達がやる。そこでジッとしてなさい」

 聞こえてきたのは女の声。だが、問おうとするより早く、ゴールドフレーム天は加速し、ジンハイマニューバに向かっていった。

 突如出現した見慣れぬ敵機に困惑するも、彼らもすぐさま衝撃から立ち直り、ビームガービンで狙撃するも、ゴールドフレーム天を駆るマイは右腕のトリケロス改を掲げ、ビームを防ぐ。

 ビームが拡散し、そのまま距離を詰めるとともに腰部のトツカノツルギを抜き、振り上げる。接近戦を臨まれたことに相手も斬機刀を抜いて振り上げ、実剣が交錯し、甲高い交差音が木霊する。金属の磨り減るような音が聞こえるはずもない宇宙に響くなか、ゴールドフレーム天は持ち手を変え、相手の刃の流れをずらす。

 突然力の向く方角が変えられ、刃が相手の刃を滑るように進み、その勢いに前のめりになるジンハイマニューバに向けてトツカノツルギを突き刺した。至近距離で突かれた一撃が頭部のモノアイを貫通し、破壊する。カメラが潰され、動きの鈍るジンハイマニューバに向けてトリケロス改の砲口を向け、トリガーを引いた。

 ビームがボディを撃ち抜き、機体が閃光に包まれる。爆発の炎が漆黒のボディを赤くはえらせ、金色のフレームを煌かせる。

 その戦闘能力に危機感を抱いたのか、残存の敵機が一斉にゴールドフレーム天に襲い掛かろうとするが、そこへ横殴りに降り注ぐビームに身を翻す。

「今度は何だ!?」

 あまりの急展開にさしものジェスやカイトも思考が追いつかない。ビームが飛来した方角を見やると、2機のMSが接近してきた。

 長距離型の大型ロングライフルを構えた機体。オーブの宇宙用アストレイ、MBF-M1A:M1Aだった。

その2機のコックピットには、旧オーブ軍のパイロットスーツを身に纏ったパイロットが搭乗していた。

「こちら、TF所属、ニコル=アマルフィです。ジェネシスα警備隊に告げます、ただちに後退してください、こちらは引き受けます」

 一方的とも言える通信を送るのは、かつてザフトのクルーゼ隊に属し、A.W.最終決戦はネェルアークエンジェルに属し、戦後ザフトを除隊し、TFへと身を寄せていたニコル=アマルフィであった。

「シホさん、いきますよ!」

「了解!」

 もう一機のM1Aに乗るのは、ニコルと同じく戦後TFへと所属した元ジュール隊副官のシホ=ハーネンフース。ニコルとシホの操縦するM1Aは一糸乱れぬフォーメーションを組み、螺旋を描くように71-44式改狙撃型ビームライフルを構える。

 放たれるビームがジンハイマニューバに襲い掛かるも、そのいずれもが牽制に近い。被弾しても致命傷ではない。

 戸惑う脱走兵に向けて通信が飛ぶ。

「降伏してください!」

 その勧告に、脱走兵達の顔が憤怒に染まる。

「何をぬかすっ! 我らが大義、邪魔されてなるものかっ!!」

 ビームカービンを構え、M1Aを狙撃する。シールドで防ぎながら、ニコルは歯噛みする。

「戦争はもう終わったんですよっまたあの悲劇を繰り返そうというのですかっ!!」

「黙れっ! 戦争はまだ終わっておらぬっ!!」

「我らが怒り、哀しみを果たすまで、我らは終わらぬっ!!」

 ニコルの説得も虚しく、相手の怒りをより誘うだけに終わる。彼らにとっては未来など関係ない。過去から続く現在のみ。それが嫌でも感じ取れる。

悔しさと哀しみに歯噛みするニコルに、シホが同じように苦悶を滲ませた声で呟く。

「ニコルさん、やるしかありません…っ」

 その内にあるのはやるせなさ。過去を忘れろとは言わない。だが、その過去に縛られた者達の心は、所詮その者自身にしか解からないと改めて知らしめられた。

 そんな苦悶を噛み締めながら、ニコルは決然とした面持ちで顔を上げる。なら、その狂気を止めるしかない。

 防御に徹していたM1Aが加速し、ジンハイマニューバに迫る。その後を追うようにビームカービンを向けるも、M1Aはスラスターを駆使し、その火線を外す。

 宇宙空間での機動性を向上させたM1Aの運動性能はジンハイマニューバ2型にも劣らず、またニコルとシホのパイロットとしての技量も彼らに劣るものではない。

 そして、距離を詰めると同時にビームサーベルを抜き、ジンハイマニューバを一閃する。ビームカービンを持つ腕部を斬り落とし、離脱する。体勢の崩れたジンハイマニューバに向けてシホは狙いを定め、ロングライフルの威力を絞り、トリガーを引く。

 放たれたビームがジンハイマニューバの脚部を撃ち抜き、相手を行動不能に陥らせる。これでもう動けないはずだ。

 そう確信したが、次の瞬間…ジンハイマニューバはスラスターを噴かし、真っ直ぐにM1Aに加速した。

「えっ?」

 その行動にシホは眼を剥く。

「我らが願いっここで絶えるものかぁぁぁっ!!」

 吼え、男は操縦桿を引き、M1Aに向けて加速し、それが特攻だと悟った瞬間、ニコルは叫んだ。

「シホさんっ!」

 だが、ニコルは間に合わない。シホも一瞬硬直してしまったため、回避は間に合わない。次の瞬間、M1Aの前に黒い影が立ち塞がった。

 マイの視線がある一点を捉え、ゴールドフレーム天がトツカノツルギを構え、突進してくるジンハイマニューバに飛び出し、得物を振るった。

 鈍い金属の磨り減る音が轟き、ジンハイマニューバの関節フレームが切り裂かれ、その衝撃で蛇行したジンハイマニューバはM1Aを逸れ、彼方で爆散した。

 その爆発を呆然と見やるも、そこへ低い声が響く。

「あんた達、余計な情けはかけるな。連中は元々、命なんて惜しくないのよ…下手に同情すれば、殺られるのはこちらよ」

 あちらはこの作戦に臨んだときに既に不退転の覚悟なのだ。そんな輩に情けをかけようとも、それに甘んじるような真似はしないだろう。命より、己の歪んだ誇りの方が大事ときている。そんな連中だからこそ、覚悟を決めろと言外に叱咤され、ニコルとシホも逡巡した面持ちながらも、覚悟を決める。

 ビームが降り注ぐも、3機は分散する。シホは操縦桿を切り、M1Aのスラスターを小刻みに機動させ、射線を外しながら、距離を取る。敵機の射程が短いのを確信し、一定の距離を取ると同時にロングライフルを両手で構え、スコープを引き出す。

 照準サイトが敵機にロックされ、シホは胸中に微かな哀悼を零し、トリガーを引いた。放たれたビームがジンハイマニューバのボディを正確に貫き、破壊する。

 僚機の撃墜に回避行動に入るも、M1Aの狙撃精度は飛び抜けており、正確無比と疑わんばかりに追い詰める。

 またもや別の機体が脚部を撃ち抜かれ、体勢を崩した瞬間、機体を蜂の巣にされ、砕け散った。

 完全に翻弄されるなか、遠く距離を取らんとするジンハイマニューバだったが、背後から響くアラートにハッと振り返ると、ニコルのM1Aがビームサーベルを抜いて斬り掛かる。咄嗟に斬機刀を抜いて受け止めるも、ビームの熱量が刀身を融かす。

 いくらMSの装甲を切り裂くほどの強度を持つレアメタル製とはいえ、熱量を一箇所に集中して受ければ保つはずもなく、刀身が融け裂かれ、肩から斬り落とされる。

 振り下ろすと同時に持ち手を変え、逆手で刃を振り上げ、ボディを斬り裂き、ジンハイマニューバが裂け目から炎を噴き出し、爆発する。

 形勢は逆転され、もはや残存しているのは3機のみ。さしもの彼らも続けての僚機の撃墜に気概が殺がれていた。

 だが、彼らに退路はない。元よりまともな補給すらない現状で、退いても帰る場所などないのだ。特攻覚悟でM1A2機に襲い掛かるが、その進路上にゴールドフレーム天が立ち塞がり、バックパックのマガノイクタチを展開し、マガノシラホコを射出する。弧を描くように迫るワイヤーアンカーをジンハイマニューバ2機は紙一重でかわし、勝機とばかりに一気に距離を詰める。

 コックピットでマイはその動きに口元を微かに緩め、操縦桿を捻った。それに連動し、ゴールドフレーム天はその機体を捻り、それに操られるように先へと伸びたマガノシラホコが一瞬張り詰め、それによって軌道を修正し、振り子のように振られて舞い戻る。

 次の瞬間、ゴールドフレーム天の眼前に迫ったジンハイマニューバ2機は、背中からマガノシラホコにボディを貫かれ、爆発する。

 爆煙が周囲に拡散し、視界を覆う。怯むジンハイマニューバに向かい、爆煙を裂きながらゴールドフレーム天が飛び出し、トリケロス改を振り上げる。

 マイの眼が、鋭く敵機を見据え…それが、パイロットのこの世の最期の光景となった。眼前で振り下ろされたトリケロス改のビーム刃がジンハイマニューバを縦に一刀両断し、振り下ろされる。

 僅かな瞬間…ジンハイマニューバのボディが縦に左右がずれ落ち、その断面が大きく拡がった瞬間、爆発が周囲に木霊した。

 熱を帯びた煙が過ぎり、ゴールドフレーム天の装甲を焦がす。煙が霧散し、装甲に微かな硝煙が燻る。だが、威風堂々と佇むその姿は、それすらもその機体の持つ威容を際立たせた。





 友軍機の全滅―-それは、後方に構えていた彼らの母艦たるナスカ級でも捉えられていた。

 艦橋に座するのは、無精髭を生やした白服の男。歳もまだ若い…30歳後半といった容貌だろうか。

艦長たるその男をはじめ、クルーの誰もが蒼白の面持ちでモニターに映る戦場を見詰めていた。

 彼らは前大戦中、第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦終了後のゴタゴタに紛れて戦線を離脱した。彼らの表向きの理由は、屈辱に耐えての撤退だった。だが、その実は統合軍などという敵であるナチュラルと同盟を組むことを良しとしなかっただけだ。

 アレから2年…廃コロニーを転々とし、機を窺っていた彼らのもとにユニウスΩの地球への移動落下が舞い込み、彼らはそれを自分達と志を同じとする同志と確信し、兼ねてより眼をつけていたジェネシスα奪取作戦を決行に移した。

 事前調査通り、そこにはさしたる防衛力もないただの烏合の衆であり、占拠は滞りなく終わり、このジェネシスαを以って、正義の炎を地球へと向ける計画だったというのに、彼らの同志が駆っていたMS隊は突如乱入してきた未確認のMSによって壊滅させられた。

 モニター向こうで最後の機体が墜とされ、彼らはようやく呆然とした面持ちから立ち戻った。

「こ、後退だ! 後退する! 今一度潜伏し、機会を……っ」

 もはや、それしか選択肢はなかった。パイロットであった者達に比べ、その覚悟が僅かばかり緩いが、艦長である以上、合理的な判断力も持っていたようだ。

 ここは身を隠し、同志を集め、再起を図ろうとするが、そこへクルーの一人が声を荒げた。

「こ、後方より戦艦と思しき熱源、本艦に接近……っ」

「なにぃ!?」

 その報告に眼を剥く。

 ナスカ級戦艦の後方…距離を空けて真っ直ぐに微速で前進する灰色の戦艦。艦首上下に伸びるブレードに左右後部に接続するエンジン。船体中央に備わる艦橋。

 それは、オーブが保有するイズモ級多目的宇宙戦艦であった。アメノミハシラで開発が進められていたイズモ級巡洋艦の一隻、ツクヨミ。オーブ宇宙軍編成に伴い、分離機構をオミットし、純粋な宇宙艦として再設計された戦艦であった。

 その艦橋部。従来のイズモ級と同じCIC配置のなか、操舵席に着くのは、豊かな髭を蓄える男、元ザフト軍水中部隊所属のマルコ=モラシム。CIC席の一つに着く黒髪の女性、マリア=クズハ。そして、その艦長シートに着く青年こそ、前大戦傭兵部隊:TFを率い、ネェルアークエンジェル副長として戦い抜いたキョウ=クズハであった。

「艦長、目標射程内に補足」

 マリアが報告し、頷くと同時に前方のモラシムを見やる。

「艦停止、相対速度合わせ、ゴッドフリート1番、2番起動!」

「あいよ、了解!」

 モラシムが操縦ハンドルを引き、制動をかけ、減速するツクヨミ。同時に艦首上下ブレードのハッチが開放され、その下からイズモ級戦艦の主砲である225cm2連装高エネルギー収束火線砲:ゴットフリートMK.71が起動する。

 ゴッドフリートの砲身が動き、ナスカ級戦艦を捉える。

「ゴッドフリート、撃てぇぇぇぇ!!」

 キョウの号令とともに、ツクヨミのゴッドフリートが発射され、4条のビームがナスカ級戦艦の船体を貫き、次の瞬間、船体が真っ二つに裂けるように炎が噴出し、ナスカ級戦艦は轟沈した。

「目標、ロスト」

「マリア、ジェネシスαに寄港を具申、受理後、艦をジェネシスαへ」

 矢継ぎに指示を出し、クルー達が作業に入るなか、キョウは彼方のジェネシスαを見やる。

「アレが…新たな火種になる、か」

 その呟きは小さく零れ、キョウは視線を曇らせた。そして、ツクヨミは真っ直ぐにステーションを目指した。



 彼方でナスカ級戦艦が轟沈したことに戦闘を呆然と見入っていたジェスが驚愕した。

「戦艦が爆発した?」

 激しい閃光がここからでも確認できる。ジェスは汗を流しながら滞空するゴールドフレーム天らを見やる。

「こいつらの仕業か…何者なんだ……?」

 いったい、何者なのだろうか…カイトも先程から警戒した面持ちでジンのハンドガンを牽制するように向けている。

 戦艦の消失を確認したかのように、ゴールドフレーム天がこちらを見やり、思わず身構える。

《ああ、そう構えないでいいから。銃を向けたままじゃ話したくても話せないでしょう?》

 通信越しに聞こえてきたのは、先程聞いた女性の声。

「貴様ら、何者だ?」

 それでもカイトは銃を向け、低い声で問い掛けると、相手は肩を竦める。

《御挨拶ね。せっかく援護してやったのに…ま、別にいいけど》

 気を取り直すように軽く咳払いをし、相手は改めて名乗った。

《私はマイ=フェアテレーゼ、ジャンク屋組合に対し、オーブ連合首長国代表、ロンド=ミナ=サハクからの親書を届けに来た。代表へと取り次いでもらいたい》

 コックピットでバイザーを上げ、その顔が露になる。黒髪を靡かせ、アメジストの紫の瞳を持つ女性、マイが発した言葉に、ジェスとカイトは驚愕に眼を見開いた。

 その十数分後、合流したツクヨミと共に、彼らはステーションへと上陸した。








 寄港したツクヨミから現われたのは、リーアムにとっても馴染み深いキョウだったため、彼も驚きを隠せなかった。

 そのままステーション内に機体を着地させたマイ、ニコル、シホを伴い、リーアムとともに執務室を訪れていた。

「お久しぶりですね、キョウさん」

「ああ、リーアムも代表を頑張っているようだな」

 その賛辞に謙遜するように笑みを浮かべる。互いの挨拶もそこそこに、本題を切り出す。

「それで…用件は何でしょうか?」

 ただの物見遊山でここを訪れた訳でもあるまい。結果的には助かったが、目的は別のところにあるところを察していた。

「話が早くて助かる。ジャンク屋組合は、この2年でかなりの発展をみせているな」

 前振りのように語り出したキョウの後を紡ぐように、マイが言葉を並べる。

「各地への戦後復興の協力、条約監視に兵器削減…世界中の信頼を集めている」

 美麗文句のように揶揄するマイにリーアムは視線を向ける。

「何が…言いたいのですか?」

「端的に言えば、大きくなりすぎた…かしらね?」

 肩を竦める。そう、ジャンク屋組合はこの2年でその勢力を拡大しすぎた。あまりに急速に発展したために、無視できないほど。

「このジェネシスα、そしてギガフロート…限定的とはいえ、MSの量産が行えるほどのファクトリーと人材……反乱を起こそうと思えば起こせなくはないわね」

 軽薄な物言いのなかに微かに混じる悪意。

 言外に何を指しているのかを悟り、リーアムも表情を硬くする。いくら中立の立場をとるとはいえ、それはその『中立』という範疇から抜け出さない場合に限定される。戦時中はジャンク屋の存在は重宝された。故にその中立主義は尊重されたが、戦後に急速に肥大したその勢力は、世界にとって無視できないものになっていた。

 もはや、一勢力とすら見なされる程のジャンク屋組合…世界がそれを見逃すほど、甘くはない。

「……残念だが、ジャンク屋組合は近いうちに最大の危機に見舞われる」

 重々しく告げたキョウに、リーアムは息を呑む。これまでさして大きく動揺した素振りを見せなかった彼の貌に、初めて険しげなものが浮かぶ。

「これを…」

 暫し間を空け、キョウは懐から封筒に入れられた便箋を差し出した。

「これは?」

 差し出された便箋を見やりながら、問い返すと、キョウが頷く。

「サハク代表からの親書だ。これを読んで、どう判断するか…それは貴方次第だ、リーアム代表」

 覚悟を促すような視線。リーアムは強張った面持ちのまま、その便箋を凝視した。





 その頃、ステーションの管制室ではユニウスΩの動向を探っていた。

「ジェネシスαは助かったけど、ユニウスΩは本格的に降下を開始し始めたようね」

 プロフェッサーが頭を掻きながら、嘆息する。

 宙域図には、地球への降下軌道に向かうユニウスΩの光点が表示される。あれだけの質量が地球へ降下すれば、間違いなく落下した地点は壊滅。その衝撃波により連鎖的に影響は拡がっていくだろう。

 その事実にジェスは絶句し、カイトも微かに表情を顰め、持っていたドリンクのボトルを握り締める。

「ザフトも破砕チームを急行させたようだけど…間に合うかしらね?」

 動揺した素振りもなく肩を竦める。

 この事態は既にプラント内でも大騒ぎとなり、ザフト側は破砕のために部隊を派遣しているようだが、果たして限界軌道に到達する前に破砕できるかは五分五分だ。

「あの〜ガーディアンズはどうなってるんでしょ〜〜」

 こちらも浮かない顔でユンが問い返す。衛星軌道に位置するガーディアンズの拠点であるアメノミハシラからなら、この異常事態を察しているはずだ。

「それがどうやら、主力部隊がL3へ出張ってるみたいね。あそこもまだまだ人手不足だし」

 その返答にユンはますます狼狽する。

 地球側大西洋連邦、オーブ連邦首長国、そしてプラント側ザフト軍の統合部隊であるガーディアンズではあるが、まだまだ活動できる部隊数が圧倒的に少ない。それが、脱走兵鎮圧・捕縛に時間が掛かっている要因でもあるのだが。そして、その主力であるドミニオン以下艦隊がある任務のためにL3宙域に向かったとの報告も既に受けている。

 八方塞の事態に、ジェスは何もできない現状に歯噛みする。

「そんな…なにか、方法はないのか………」

 このままザフトが破砕するのを願うしか自分にできることはないのだろうか。しかし、もしそれが失敗に終われば、最悪の事態が待ち構えている。あの脱走兵の一人が示唆した最悪の可能性が……そこまで考えて、ジェスはある物に気づき、ハッとした。

「そうだ!!」

「な、何ですかぁ〜?」

 突然大声を上げたことにカイトが睨み、ユンは驚きの声を漏らす。プロフェッサーも口には出さないが、やや非難めいた視線を向けるが、それを気にも留めず、ジェスは名案とばかりに意気込んで語り出した。



 数分後、ジェネシスαが起動し、ミラーブロックを軸に本体が軌道修正し、その先端をゆっくりと地球へ向ける。

 そのジェネシスαに隣接するように滞空するアウトフレーム。

 ガンカメラを構え、地球までの位置、そして目標の距離と射線上の障害物等の算出。そして最適な狙撃ポイントを割り出す。

 コックピットで望遠スコープを覗きながら、ジェスは問い掛ける。

「どうだ、カイト? ロックオンできそうか?」

《ああ、しっかりユニウスセブンが見えてるぜ》

 ジェスの呈示した案とは、ジェネシスαを用いた超遠距離からの狙撃であった。宇宙船の推進加速装置として開発されたジェネシスのもう一つの使用。遠距離からのレーザー兵器。前大戦では、その一撃で連合艦隊の半数を撃滅させたほど、その威力は高い。

 それだけの熱量を浴びせれば、ユニウスΩを破壊できるのではと思いついたジェス。だが、そのためにはかなりの精密射撃を要求される。その眼として、ジェスはアウトフレームで外から観測する方法を提示した。そのため、こうしてここにいる。

 そして、トリガーを引く役目はカイトが自ら買って出てくれた。いくら不測の事態とはいえ、ジェネシスαを兵器として使用すれば、後にいろいろと面倒なことが降ってくる。そういった汚れ役を押し付けてしまったことに暗然とするが、そこへ叱咤するようにカイトの言葉が飛ぶ。

《頼むぜ、ジェス。お前の眼だけが頼りだ…タイミングは俺に任せろ!》

 その言葉に勇気づけられたようにジェスも笑みを浮かべ、強く頷いた。

「ああ!!」

 ジェネシスα内部にエネルギーが収束していく。起動音を轟かせ、終結から今に至るまでほとんど使われずにいた沈黙を破るように。

 チャージがほぼ終了し、あとは照準合わせ。ジェスは真剣な面持ちカメラを回す。ここでのミスは決して赦されない。ジェスの手が汗ばみ、呼吸が乱れる。

 緊張と責任が圧し掛かるも、それに潰されずにデータを検証する。

「観測データに間違いはない、軸線上障害物なし……」

 もはや何度目になるか解からない確認を行い、モニターにはユニウスΩが映し出されている。

「よし! いける……」

 確信した瞬間、ジェスの背中を冷たい悪寒が走り脳裏をあの幽霊のようなMSの姿が過ぎり、息を呑んだ。

「まさか…な………」

 存在していないはずの場所に存在していたもの。決して姿を見せず隠れ、真実から隠す。それがジェスに、IFという考えを齎した。

 徐に愛用のカメラを取り出し、セットする。

「念には念を…8、俺のカメラで直接見てくれ」

【構ワンゾ、何カ気ニナルノカ?】

 取り越し苦労であることを願いながら、ジェスはカメラにケーブルを繋ぎ、それを8の本体にセットする。ハッチが開放され、空気の排出音とともに身を乗り出し、カメラのレンズを伸ばし、望遠で位置を確認し、そのデータが8のディスプレイに表示される。その時、先程のガンカメラで得たデータとの相違点にエラー音が響き渡り、ジェスは愕然となった。

「……違う! データがズレている!」

【地球ヲ撃ツ照準ニナッテイルゾ!】

 8も取り乱したように音を響かせる。このまま放たれれば、ジェネシスαは地球を灼く。ジェスは慌ててコックピットに飛び込み、通信機に向かって叫んだ。

「撃つな、カイト!!」

 あらん限りに叫ぶも、返答は返ってこず、通信端末の向こうから驚愕する内容が流れてきた。

『狙いはバッチリだ。外すなよ、マディガン!』

その声は…ジェス自身のものだった。

「俺の、声…そんな、何故………?」

 聞こえてきたのは、驚愕する内容をカイトと交わすジェスの声。だが、何故ジェスの声が流れているのか、困惑するジェスを他所に通信のジェスの声は促す。

『さあ今だ、撃て! マディガン!』

《急かすなよ、ジェス。カウントダウンスタート、10》

 その声に応じ、ジェネシスαの発射シークエンスが開始される。考えるより先に身体が動いた。

「くそっジェネシスαに戻るぞ!!」

【急ゲ、ジェス!!】

 こうなったら直接止めさせるしかない。ジェネシスαへと急行しようとするアウトフレームだったが、その背中に向かって何かが伸びた。

 鋭い衝撃が機体を襲い、ジェスは身体をシートに打ちつける。何だと背後を見やると、そこにはアウトフレームを巨大な鉤爪で掴み上げる灰色の装甲を持つ幽霊のような機体が佇んでいる。

「こ…こいつはこの前の……」

 そこに佇んでいたのは、アーモリー・ワンでジェスと対峙した謎のMSだった。死人のような冷たい空気を纏うかのようなMSのカメラアイが輝き、アウトフレームを掴む右手の巨大なクローで引き寄せる。

 為すがままになるジェスの耳に、冷たい声が届く。

「お前の真実は…伝わらない………」

 その底冷えするような声は、そのMSから発せられたものであることは理解できた。コックピットには、異形の仮面で顔を覆ったパイロットが愉悦を感じさせるように口元を歪めていた。

 その間にもカウントダウンは進む。ジェスはハッとジェネシスαに視線を戻す。もう間に合わない…そして、カウントが0になった瞬間、ジェスは歯噛みして視線を逸らす。だが、いつまでたってもジェネシスαの発射が始まらない。

 恐る恐る視線を戻すと、収束していたエネルギーが突如消え、ジェネシスαに稼動が停止していく。

「発射、されなかった……」

 理由は解からないが、どうやらジェネシスは発射されなかったらしい。ホッとしたのも束の間、突如拘束していた力が緩み、アウトフレームは突き飛ばされる。

「うわっ」

 前のめりに倒れそうになるも、ジェスは歯噛みして操縦桿を引き、制動をかける。踏み止まると同時に振り返り、そのMSを見やろうとガンカメラを向けるも、ジェスと8は驚愕する。

「…い、いない…バカな………」

 前方のモニターには、何もない宇宙が拡がるだけ。その事実に、ジェスは息を呑んだ。





 その数分前…管制室でジェネシスαの発射トリガーを握るカイト。カウントが進み、やがて0になろうとした瞬間、トリガーを一瞬引き込むも、やがて指の力が戻る。

 微かに震える手が離れ、カイトは小さく息を吐く。さしものカイトも強がってはいたが、やはり大量破壊兵器であるジェネシスのトリガーを引くことには些か重圧だったのかもしれない。

 その横で割り込むようにプロフェッサーが発射シークエンスを緊急停止させ、システムの再起動をかける。

「ったく」

 愚痴るように俯くカイトとプロフェッサーの行動にユンは戸惑い、オロオロする。

「あ…あの…どうしたんですか?」

 そんなユンの疑念にカイトは立ち上がり、一瞥する。

「敵だ、MSで出る!」

「えっ…え?」

 唐突に放たれた言葉にますます戸惑うも、カイトは苦い表情で舌打ちする。

「あの野次馬バカはいつも馴れ馴れしく俺のことをカイトと呼びやがる。だが、今俺に引き金を引かせようとした奴は俺のことをマディガンと呼んだ。つまり……」

「偽者ね」

 罠だ。あのままトリガーを引いていたら、まず間違いなく最悪の事態に陥っていただろう。ジェスの性格に救われたかと内心嘆息する。その横でプロフェッサーはシステムを再チェックし、眼を細める。

「今、ここのコンピューターを調べたけど、どうやらウイルスにやられているようね……」

 システムの至るところからエラーを表示する文字が表示されている。即座に発射システムのみをメイン回路から切断したのが幸いしたのか、発射だけは阻止できたようだが、ステーションの機能の7割近くが汚染され、通信もままならない。

 あまりに唐突に襲い掛かる異常事態にユンは混乱し、愕然となる。そして、カイトは素早く踵を返す。

「外のジェスが心配だ、俺は行く!」

 言うや否や、駆け出し、管制室を後にする。プロフェッサーはシートに着き、サブシステムでウイルスの解析に入り、システムの復旧作業に突入する。

「このウイルスは量子コンピューターをコントロールするタイプね」

 表示されるウイルスプログラムの解析に眼を細める。脳裏に、過去のある出来事が過ぎる。

「以前にやられた時のと同種の…いえ、進化しているわ」

 さらに解析を進め、自身の考えがより確信を帯びてくる。

「このウイルスはミラージュコロイドを媒介にして伝染、量子コンピューターをコントロールできる性質を持っているわ。前にも同種のウイルスでレッドフレームとブルーフレームが操られて戦わされたことがあったわ」

 アレは前大戦後期。宇宙に上がったロウ達の前に劾の駆るブルーフレームが現われ、突如レッドフレームと戦闘に入った。その時に、両機の量子コンピューターにウイルスを流し、操った機体が在った。

NMS-X07PO:ゲルフィニート―――アクタイオン・インダストリーが独自に開発したMS。次期主力機にとザフトに売り込んだらしいが、コンペティションコンペにおいて、結局は国営のMMI社のゲイツに敗れた。確かに、機体性能的には見た目を引くものはなかったが、この機体にはある特殊装備が施されていた。『バチルスウェポンシステム』と呼ばれる量子コンピューターにアクセス、そして操ることのできる特殊なウイルスシステムだ。この機体を入手した情報屋:ケナフ=ルキーニの策略にのせられたが、かろうじてその危機を回避した苦い経験だ。

「その時は明らかな異常だったからすぐに気づいたけど、今回の使い方は上手いわね。カメラの映像やセンサーのデータは全てコンピューターで処理される。その段階で好きなように書き換えているのよ」

 ほぼ全てがコンピューター処理の現在、そのデータが改竄されては対応できない。誰も、機械のエラーを疑わないのだから。

「それじゃ手の打ちようがないじゃないですか〜〜」

 まるで悪夢のようなウイルスにユンは泣きそうになるも、対照的にプロフェッサーはあっけらかんと肩を竦める。

「量子コンピューター以外にはうつらないから、まあ…なんとかなるんじゃないの?」

「え〜〜今時ありませんよ。量子コンピューター以外のコンピューターなんて」

 無責任に告げる上司に、ユンは大きく肩を落とした。



 そんな管制室を他所に、カイトはすぐさまファクトリーに飛び込み、整備を受けていた愛機に飛び込む。

 だが、起動させようとした瞬間、OSがエラーを発した。

「何!?」

 慌ててOSを検索するも、起動システムがほぼ全て滅茶苦茶に書き換えられている。

「くそっ動かないか!」

 どうやら、ジェネシスαのメンテシステムからウイルスに感染されたらしく、ジンは完全に動かない。 メンテシステムを介していたため、ファクトリー内のコンピューターに一度でも繋げた機体は全てアウトだ。余計な手出しはさせないという周到さに悪態を衝く。

「使える機体はないのか……」

 コックピットから飛び出し、ファクトリー内を見渡すも、レイスタは全てハンガーに固定されてジンと同じ状態だろう。整備士達も大急ぎで復旧を行っているが、時間が足りない。歯噛みしながら見渡していると、ファクトリーの端に佇む機体群に気づき、そちらに向けて飛んだ。

 降り立ったカイトは小走りに駆け寄る。その先には、ツクヨミとともに寄港したゴールドフレーム天とM1A2機が佇んでいる。

「こいつらは、ジェネシスのメンテを受けていない。もしかしたら……」

 さしたるダメージもなく、メンテナンスは後でツクヨミで行うつもりだったのか、これら3機はここに置かれたままだった。なら、使えるかもしれないと意気込むも、そこへ声が掛けられた。

「私らの機体、どうするつもり?」

 苛立たしげに振り返ると、そこには会談を終え、この異常事態を察してきたリーアムと、キョウ以下マイ、ニコル、シホが佇んでいた。

「緊急事態だ。あんたらの機体、どれでもいい! 貸してくれ!」

「どうする気? 貴方が出なくても、私らが変わりに出る」

 試すような物言いで射抜くマイに、意心地の悪いものを感じ、カイトは小さく頭を掻き、柄じゃないなと内心毒づく。

「あのバカを……あいつを救えるのは俺だけなんだ。頼む! 10分でいい、それでカタをつける!」

「友を助ける…そう言いたいの?」

「ああ」

 真正面から向き合いながら、ハッキリと言い切ったカイト。その瞳には何の迷いも打算もない。そして、マイは口元を微かに緩め、肩を竦めた。

「そう……いい眼ね。自身の生き方になんの迷いもない。いいわ」

 突然称賛されたことにカイトは眼を剥くも、気にも留めず、マイは視線で後方のゴールドフレーム天を指す。

「私の機体、アレを使えばいい。もっとも、アレも一応借り物なんでね」

「ありがたい!」

 その言葉に弾かれるようにゴールドフレーム天に向かって跳ぶ。それを見詰めながら、キョウがマイに小声で囁く。

「いいのか?」

「サハク代表には私から謝っておくわよ。それに…友を自分の手で助けたいなら、させてやりたいのよ」

 苦笑を浮かべ、搭乗していくカイトを見やりながら、どこか遠い眼を浮かべる。その視線が気に掛かったが、割り込むようにシホが話し掛ける。

「私達は出なくていいのですか?」

「いいんじゃない。プライド高そうだし…敢えて水を差す必要もないでしょう」

 そう制し、起動するゴールドフレーム天を見詰める。動き出し、ゆっくりと発進ゲートへと向かうゴールドフレーム天の背中を、何故か羨望するような眼差しで見送るマイに、キョウ達は訝しげに表情を顰めた。





 一方で、謎のMSがモニターに映らない事態にジェスは混乱していたが、首を振ってその思考を打ち消す。

「そうだ、こんなバカなことはないっ! 真実を見てやる!!」

 そこに在るべきものが無いはずがない。鬼気迫る表情で歪められた真実を確かめようとジェスはハッチを開放した。

 開かれたハッチの奥の宇宙。自身の眼には、眼前で佇むMSがハッキリと映っている。やはり、あのMSはそこに間違いなく存在している。

「……やはり、いやがったな」

 カメラを取り出し、レンズに映した映像を8へと送信し、8にもようやくその存在が認識できた。

【アウトフレームノセンサーニハ反応ガ無イ。ジェス、私ニハオ前ノカメラヲ通サナイト見エナイ! ドウナッテル?】

 先程からアウトフレームの量子コンピューターには異常は何も感知されていない。何故相手を肉眼でしか捉えられないのか、困惑する8だが、それはジェスも同様だった。

「俺が聞きたいよ?」

 汗を流しながら相手の出方を窺っていたが、幽霊のように佇んだままだったMSがゆっくりと右腕の巨大なクローを持ち上げ、構える。

 そのコックピットで、ヘルメットの下に異形の仮面に身を包むパイロットの僅かに露出する口元が卑しく歪む。

「計画変更。RGX-00:プロメテウス、目撃者を消去する」

 機械的な口調で呟いた瞬間、プロメテウスと呼ばれたMSはカメラアイ輝かせ、動き出した。相手が動き出したことにジェスは息を呑む。

 プロメテウスはクローに備わったビーム砲でアウトフレームを狙撃する。

「うわっ」

 慌ててビームサインを取り出し、扇状に展開し、シールドを張る。だが、センサー類で相手をまったく捉えられない以上、有視界で相手を追うしかない。だが、ハッチを開放したままではなかなか円滑に対応できない。

 容赦なく降り注ぐビームに防御に手一杯となるなか、アウトフレームのシステムを検索していた8がエラーの原因を突き止めた。

【解カッタゾ、ウイルスダ!】

「何だって!?」

 驚愕した僅かな隙、それを衝き、一気に距離を詰めるプロメテウス。相手の頭上を取った瞬間、頭部の突起したアンテナが突如光を迸らせた。

 次の瞬間、ビームサインを展開していたアウトフレームの左腕が突如糸が切れたように落ちた。

「動かない? どうした!?」

【アウトフレームニウイルス侵入! コントロールヲ奪ワレタ!】

 8のその言葉がジェスには死刑執行の合図に聞こえた。ビームサインが消え、動きの鈍るアウトフレームに向かってプロメテウスがクローを振り上げる。

 巨大な鉤爪が、鈍い嫌な音を轟かせ、アウトフレームの右腕を吹き飛ばした。

「うわあぁっ!!」

 凄まじい衝撃が機体を襲い、ジェスの悲鳴が木霊する。

 衝撃に揺れるなか、ウイルスの特性を即座にサーチした8はそれが過去に遭遇したものと同種であることを解析した。

【コレハアノ時ノウイルスダ! 俺ガOSヲサポートシテナントカ動ケルヨウニスル!!】

 即座にアウトフレームの操作系統を全て自身のシステムに接続するも、その間にプロメテウスの攻撃が迫り、今度は左脚部が切り飛ばされた。

 追い詰められるアウトフレームに向けて無情にも振り下ろされそうになったが、アウトフレームのカメラアイが輝き、左腕が微かに震え、ぎこちなく振り上がる。

 ビームサインを展開し、間一髪で攻撃を防ぐも、それに怯みもせず、むしろますます攻撃の勢いは増し、左腕の肩アーマーが粉々に砕かれた。

「…まだ、反応が鈍い!」

【コレガ精一杯ダ!】

 既に半壊し、防御もままならない。弱った獲物をいたぶるようにクローを振り上げた瞬間、プロメテウスは背後から攻撃を受けた。

「ぬう!」

 初めてパイロットの顔に憮然としたものが浮かび、被弾箇所から煙を上げて振り返るプロメテウス。その反応にジェスは眼を見開く。

「生きてるか、野次馬バカ!」

「その声は、カイト!」

 聞こえてきたカイトの声にジェスは強張っていた貌に微かな安堵が浮かぶ。アウトフレームとプロメテウスの背後から抜け出るように宇宙から姿を現わすゴールドフレーム天。何故カイトがその機体に乗っているのか、そんな疑問すらどうでもよく、ジェスは相手の異能力を叫ぶ。

「気をつけろ、敵はウイルスを使うぞ!!」

「解かっている!」

 カイトの気迫に呼応するようにゴールドフレーム天が吼え、トリケロス改を振り下ろし、プロメテウスもクローで受け止める。激突時にプロメテウスのアンテナから先程と同様の光が発せられるも、ゴールドフレーム天の動きは鈍らない。

「こっちにもミラージュコロイドがある! 上手く干渉させれば少しは防げるようだ!」

 だが、それもいつまで保つか解からない。早く決着をつけると押し切るゴールドフレーム天にウイルスが効かないと悟ったプロメテウスは背後のスラスターを噴かし、距離を取る。

 逃すまいとこちらも翼を拡げ、後を追う。螺旋の軌道を描きながらビーム砲を浴びせ合う。互いに遠距離での攻撃は埒があかないと踏んだのか、接近戦を再度仕掛けるプロメテウス。クローが突き入れられるも、カイトはトリケロス改でその攻撃を捌き、狙いを捉える。

「やるな…だが!」

 左手で腰部のトカノツルギを抜き、大きく振る。

「脇があまいっ!」

 相手の攻撃の大きさ故にできた脇腹へ薙ぐ。刹那、甲高い衝撃音が響くも、カイトの眼が驚愕に見開かれる。トカノツルギの刀身は、プロメテウスの脇に止められていた。しかも、装甲色が灰色から赤へと変化していた。

 その装甲強度に、カイトは驚愕する。

「色が変わった…フェイズシフトか!」

 同じくその光景を見ていたジェスも眼を瞬き、息を呑む。

「しかも、VPS装甲だ。アーモリー・ワンで見た、インパルスと同じ……」

 インパルスを初めとしたセカンドシリーズに試験採用されたVPS装甲。状況に応じて機体強度を変化させた副産物の効果。だが、これでもはや実体的な攻撃はほぼ無意味になってしまった。

 苦々しく舌打ちするも、カイトは次の手を選択する。

「装甲が硬くても中のパイロットへのダメージなら! 格闘戦で内部にダメージを与えてやる!」

 いくらVPSとはいえ、衝撃までは中和できない。機体に何度も衝撃が加われば、パイロットの方が先に参るだろう。格闘戦を選択し、翼を拡げて迫るも、その行動に相手は不適な笑みを浮かべ、舌を舐めずり回した。

 プロメテウスの懐に飛び込んだ瞬間、バックパックのスラスターが形を変え、次の瞬間には巨大なクローとなり、ゴールドフレーム天の拡がった翼を絡め取るように掴んだ。

「何ぃ!?」

 あまりに予想外の兵装にカイトは眼を見開く。そんな反応を察したのか、相手の口元はますます歪む。

「消去する」

 動きを封じたゴールドフレーム天に向けて、右腕のクロー内部から小型のハンドガンを取り出し、至近距離で発射した。

 コックピット付近に集中して放たれる銃弾の衝撃が襲い、警告音を響かせ、カイトは歯噛みする。電子系統がショートし、火花が散り始める。

 だが、離脱しようにも翼が掴まれた状態ではそれもままならない。その光景にジェスは叫んだ。

「カイトォォォォォォ!!」

 悲痛な叫びを上げ、アウトフレームは残った左手のビームサインを構えて飛び込むように加速する。

「うおおおおっ!」

「ばっ! 来るな、ジェス!」

 ジェスの咆哮とともにプロメテウスに挑みかかるアウトフレームに対し、煩げに一瞥し、右腕のクロー本体から巨大な刃が伸びる。それを大きく振り払った。

 金属を切り裂く音とともに、カイトの視界には、ボディと左腕を切り裂かれ、弾かれるアウトフレームとコックピットから放り出されるジェスの姿が映る。

 まるでモノのように無情に舞う姿に、カイトは声を荒げた。

「ジェスゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 時間が静止した。そう感じた瞬間……彼方から蒼い光条が飛来した。

 3機の傍を掠めるように過ぎるエネルギーの奔流。その光にカイトも意識を引き戻される。

「陽電子砲!?」

 突然の事態に困惑するカイト。それは、相手も同様だった。

「予測にないファクター? 指示の変更を要する」

 片言のように告げ、無造作にゴールドフレーム天の拘束を解き、スラスター形態に戻し、高速で離脱していく。

 その姿を呆然と見送っていたが、やがてカイトは先程の陽電子砲が放たれた方角から近づいてくる物体に気づいた。

 ここからでも見て取れるその大きさは、艦船クラスのものだ。

「艦? あいつが撃ったのか……?」

 困惑するカイトは、呆然と敵が去った方角と向かってくる船の方角を見渡した。





 ジェネシスαに接近する艦。それは、ジャンク屋:ロウ=ギュールの艦、リ・ホームであった。

「目標はどうやら離脱したようだな」

 艦橋の艦長シートに座るキャプテンG・Gの言葉に、シートに着く少女、樹里がホッと胸を撫で下ろす。

「よかったね〜ロウ」

 隣のシートに座る男に話し掛け、笑みを浮かべる。それに相槌を打つ男こそ、アストレイレッドフレームのパイロットであり、戦後火星圏へ旅立ったロウ=ギュールであった。

「ああ、久しぶりの地球……なんか、ややこしいことになってるようだな」

 不適な笑みを浮かべるロウ。それは、興奮を追い求める者の…ロウ=ギュールという人物を表わす顔だった。



















《次回予告》



敗れた意志。

だが、それは不屈の闘志となって再び甦る。



再び襲い掛かる脅威。

そして集うアストレイ達。

真実を歪めし神の炎を司る機体を倒すため、二人の覚悟をのせ、新たな力が飛び立つ。





歪められし真実が曝け出された刻……

新たな舞台の幕開けとなる………

それは…決して逃れられぬ…運命の螺旋………







次回、「PHASE-14 プロメテウスの消える刻」



己が覚悟を胸に真実を求めよ、アウトフレームD。


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