デブリが漂う宇宙空間において滞空するスチールブルーの戦艦:ガーティ・ルー。

 先のミネルバとの戦闘でダメージを負い、戦闘宙域から離脱したガーティ・ルーはデブリが密集するこの宙域で戦闘で受けたダメージを修復する傍ら、補給を行っていた。

 ガーティ・ルーに隣接していた補給艦が接舷を解除し、離脱していく。そして、ミネルバのタンホイザーによって中破させられた右舷部には数人の整備士が取り付き、修復を行い、艦の格納庫では大破したカオスの修理を中心にガイア、アビス、ストライクEの整備、そして補給されたダガーLの整備が並行で進められ、整備班は眼を回るような忙しさだった。

 艦橋では、事務仕事に回るエヴァが先の戦闘レポートを纏め、ロイに手渡す。

「ほい、あんま芳しくないな。修理にはまだ時間が掛かるってよ」

 憂鬱気に溜め息をつき、肩を落とす。被弾したエンジンの修理はまだ終わっておらず、ここで足止めを余儀なくされている。予定通りなら、既に月への帰還についている頃だというのに。

 そんな副官を宥めるように肩を僅かばかり叩き、ロイはレポートに眼を通す。

「そういやあ、ガキどもはどうした?」

 無言のまま確認を行っていたロイに思い出したように尋ねる。先の戦闘でカオスは大破、ガイアも中破近い損傷を受け、ストライクEも被弾していた。当然、パイロットにも相当の影響があったはずだ。その問いに対し、ロイは顎を擦りながら相槌を打つ。

「レアの方はかなり乱れていたようだが、今は安定しているらしい。問題はバスカークの方だな。思考がやや混乱しているようだ…相当、ショックが強かったのだろう」

 揶揄するような物言いで肩を竦める。

 帰還当初、レアの方は精神的にやや疾患があったようだが、研究員は戦闘時の精神的ストレスが想定していたものより強く起こったのが原因と最適化を行っている。エレボスに至っては打撲程度で精神面での不備は無いそうだ。問題はカズイの方だった。帰還するなり、情緒不安定な一面を見せていた。

 ブツブツと独り言を繰り返し、爪を噛み、奇声を噛み殺す。どうにも、肉体調整時における処置の弊害が出ており、現在は医務室で拘束し、精神が安定するのを待っている。

「ラストバタリオンのパイロットが揃いも揃ってこの体たらく…どう釈明するの?」

 半眼で睨みながら呟く。

「なに、問題はないさ…目的だったザフトの新型MSのデータは既に渡した。それ以外は公的にはイレギュラーだ」

 ロイ達ラストバタリオンに下されたのはアーモリー・ワンからの新型機の奪取。機体を手に入れ、そのデータを既に補給艦の連絡員に渡した以上、任務は完了した。デブリ時の戦闘においてもそれはあくまで想定外のものであり、責任に問われるようなものではない。

 屁理屈を漏らす上官に呆れたように手を振る。

「ああ、そうですかい…で、私らはこれからどうすんの?」

 任務を達成したなら、次の任務が既に下されているだろう。ファントムペインは実働部隊が極端に少ない。そのため、数少ない戦闘部隊である自分達は多忙なのだ。

「ふむ…我々には待機しか出ていないな」

「待機?」

 拍子抜けのように反芻する。

 てっきり、月への帰還かと思いきや、待機とは意外なことだった。

「ああ、現在リヴァイブ・エクリプスが特務に就いているため、我々は次の作戦が決まり次第通達するとのことだ」

 命令文章を読み終え、ロイは肩を竦める。

「あいつらか? だけど、ただ手付かずじゃ不満も出てくるわよ」

 兵のなかには疲労を訴える者も出てきている。修理が終わるまではまだ時間が掛かる。その間、戦闘要員以外は待機を余儀なくされる事態に不満を持つだろう。

 ロイも考え込み、やがて何かを思いつき、振り向く。

「そう言えば、諜報部から面白い情報が来ていたな?」

「面白い情報?」

「ああ、なんでもユニウスセブンの片割れがゆっくりと地球へ向かっているらしい」

 気だるげにしていたエヴァだったが、予想外の返答に眼を見開き、その会話を耳にしていたクルー達も息を呑み、作業を中断して耳を傾ける。

「……冗談、か?」

「私が冗談を言う風に見えるかね?」

 サングラス越しに問われ、エヴァも口を噤み、無造作に渡された報告書に眼を通す。どうやら、上官の言葉は真実らしい。

「自然現象じゃないのね?」

「ああ、それにしては不自然な点が多い」

 考え込むエヴァはやがてロイを一瞥し、手元のパネルキーを叩き、ウィンドウに格納庫で修理を取り仕切る軍曹に通信を繋ぐ。

《なんだい、艦長?》

「艦とMSの修理はあとどれぐらい掛かる?」

《そうだな…早くても後一日ほどすれば、エンジンの修理は終わるが……》

 ガーティ・ルーに関してはエンジン部の修理を最優先で行わせているが、直撃を免れたとはいえ、エンジンがオーバーヒートしたのだ。

「掛かりすぎる…半日でどうにか動けるようにしろ」

 小さく舌打ちするも、軍曹は顔を顰めて首を振る。

《無茶を言うな。今はどこもかしこも人手不足だ》

 ややウンザリした面持ちで嘆息する。エンジンの修理に加えて、損傷したMSの修理、そして補給されたダガーの整備など、挙げればキリが無いほど整備班は忙殺されている。

 その返答にエヴァはやや考え込むも、やがて小さく溜め息を零したあと、顔を上げる。

「エンジンの修理に人員を回す、半日で航行できるようにしろ」

《おいおい、MSはどうするんだ?》

 問題は戦力のMSだ。使えるのは補給されたダガーのみ…奪取した新型機の内一機は大破状態で修復には時間が掛かる。

「そっちは最低限だけでいい。最悪、ダガーだけでも使えるようにしておいてくれればいい」

 反論は赦さないと切って捨てるような指示に、難しげな表情を浮かべていたが、やがて大きく溜め息とともに肩を落とし、苦い笑みを浮かべる。

《了解…まったく、大佐といい、お前さんといい…叶わんよ》

 呆れるような口調で通信を切り、エヴァは心外だとばかりに口を尖らせるも、やがて前を向き直り、こちらを窺うクルー達に指示を飛ばす。

「聞いての通りだ…クルーに通達、修理が終わり次第、本艦はデブリベルトに向かう」

 その指示にクルー達は困惑し、表情を顰める。

「いいだろ? どうせ私らは待機だ…別にここでジッとしてろ言われた訳じゃない。なら、どう動こうが構わないだろう?」

 口を挟まれる前にロイに対してそう一瞥し、ロイは一本とられたとばかりに苦笑し、肩を竦める。

「そうだな。地球に危機が迫っているのを見過ごすことはできんし…たとえ戦闘があったとしても、それは不可抗力だからな」

 真顔でそう告げるロイ。だが、サングラス越しのその人相ではあまりに不釣合いだけに噴出しそうになり、肩を竦めた。

「似合わないからやめとけ」

 心にもない言葉…エヴァはそう鼻を鳴らしたが、自分達はそういった独立部隊としてのある程度の行動権は認められている。それに、諜報部からこの情報が流されたということは、この事態を調査しろという思惑があるのだろう。

 それが諜報部か…ユニオン上層部の思惑かは判断しかねるが……なら、それにのるまで。

「そういう訳だ、作業を急げ」

 催促するエヴァにクルー達も腹を据えたのか、作業を各々に開始し始める。

 その光景を一瞥し、ロイとエヴァは互いにモニターに視線を向ける。そこには、デブリベルトの先に浮かぶ地球が映し出されていた。





機動戦士ガンダムSEED ETERNALSPIRITSS

PHASE-15  過去からの死者







 ジェネシスαにおいてTFを交えてASTRAY達の戦いが始まろうとするなか…別の宙域において活動する部隊があった。

 宇宙空間を航行する数隻の艦から構成される艦隊。ネルソン級護衛艦3隻、ローラシア級戦艦2隻の中心に位置する3隻の艦。一隻はザフトのナスカ級戦艦:アレクサンドロス。もう一隻はオーブ軍のイズモ級2番艦:クサナギ。そして、艦隊の中央に座するのは、グレイのカラーリングに身を包む特徴的な両舷ブレードを持つ艦。AA級2番艦:ドミニオン。

 それは、アメノミハシラ所属のガーディアンズ第1遊撃艦隊であった。

 旗艦であるドミニオンを中央に配し、隙の無い布陣で航行するなか、ドミニオンの艦橋では、各艦の責任者達のミーティングが行われていた。

「以上が、今回の任務の概要だ」

 艦橋中央部の艦長シートに座する連合服に身を包み、キリッとした眼差しを向けるのは、ドミニオン艦長のナタル=バジルールであった。戦後、大西洋連邦においてガーディアンズへ出向という形で派遣され、その手腕を活かし、第1艦隊の指揮官に就き、職務に励んでいた。

 ナタルが向ける先には、並行して航行するクサナギとアレクサンドロスの艦橋に座る者達がモニター越しに映し出されていた。

《了解しました、バジルール中佐》

 素早く返答してきたのは、クサナギにいる青年とも少年とも取れる男性。紺の髪を靡かせるオーブ親衛隊:獅子の牙副長のアスラン=ザラであった。

 戦後、オーブに移住した彼は軍部の再編にあたり、代表であるロンド=ミナ=サハクの護衛を主任務とした親衛隊へと配属された。

《しっかし、L3へ行けとはね…詳細は掴めていないんだろ?》

 ややウンザリした面持ちで問い返すのは、アレクサンドロスの艦橋で佇むザフト軍の白の指揮官服を身に纏った金色の髪をショートカットにした女性。ザフト軍戦技教導隊指揮官であるエレン=ブラックストン。

 アスランに同意なのか、やや表情を気難しげに顰めているが、それはナタルも同様だった。

 今回、彼らに下されたのは、L3コロニー群の一つに調査に向かえというものだった。だが、回ってきた情報はそれだけであった。

 今まで、テロの捜索、鎮圧任務をこなしてきたが、そのいずれもがある程度の情報は回されてきていた。だが、今回に限ってはそれはなく、ただの調査任務だけ。それだけならば、ガーディアンズの偵察部隊を向かわせればいい筈だ。

「確かに腑には落ちんが、命令は正式なものだ。従わんわけにはいかん」

 そう論するナタルにアスランもエレンも黙り込む。だが、内心は誰もが納得し切れていない。ガーディアンズの所属は曖昧だ。元々、多国籍からなる特殊部隊故、直接の命令系統はどの国家にも存在しない。一国家にその指揮権全てを委任するのは軋轢を生むからだ。そのため、独自の行動権を有してはいるが、それでも構成されている各国の代表からなる上層部に従わないわけにはいかない。

《ですが、やはり第1艦隊全てを向かわせるというのは些か疑問が残ります》

《うちら、万年人手不足だからねぇ》

 疲れきったように大仰に零し、相槌を打ち返す。

 A.W.停戦後に発足された地球各国と宇宙コロニー群との共同で設立された対テロ特殊鎮圧部隊:ガーディアンズ。これからの平和を護るという名目で掲げられたこの特殊部隊であったが、実質参加しているのは大西洋連邦をはじめとした親米国家。そしてオーブをはじめとした赤道諸国にプラントと寒々しいものだった。

 確かに、ガーディアンズはどちらかといえば、連合国家とプラントらの都合で発足したに近いだけに、他国からしてみれば関係ないという認識が強いのかもしれない。そのため、ガーディアンズの実働部隊は実質、ドミニオン部隊とオーブ軍、ザフトの戦技教導隊から構成されている第1艦隊のみだ。あとは、小規模の部隊からなる分艦隊のみで、戦力的にはなんとも厳しい台所事情だった。

 緊急時ならいざ知らず、平時の今、艦隊全てを動員する必要はない。

「文句を言っても始まらん。仕方がなかろう」

 苦虫を踏み潰したようにやや顰めた面持ちで告げるナタルにアスランとエレンも追求をやめる。

 ここ最近、世界の情勢は不安定さを露呈し始めている。それをハッキリ口に出すことはしないが、アスランもエレンもそれを察しているらしく、似たように表情を顰める。

「我々は、我々の仕事を果たせばいい。何事もなければそれはそれで問題はないのだからな」

 世の中、軍人は暇な方が好ましいのだ。ナタルとて別に何かが起こって欲しいわけではない。以前の自分からはあまり考えられないようなことにナタルは内心、苦笑する。

《解かりました、では》

《んじゃ、またブリーフィング時に…あ、そうそうそっちに行ってる二人も遅くならないうちに帰るように伝えてくれ》

 通信が切れ、ナタルは軽く息を吐き出す。そして、その視線を前方の虚空へ向け、視線を僅かばかり細める。

(因果なものだな。再びあそこへ行くことになるとは……)

 感慨、というには微妙な心持ちで、ナタルは命令書の指示先を脳裏に掠める。

 指示された場所は、L3宙域、そして…その座標に位置するのは、資源コロニー:ヘリオポリス。かつて、オーブの保有するコロニーであり、そして運命の始まりともなった地であった。

(何事もなく、という訳にはいかんか)

 何か、陰謀めいたものを感じ、ナタルは再び嘆息した。



≪エレン=ブラックストン≫




 ドミニオンと並行して航行するクサナギの艦橋で、通信を終えたアスランは小さく溜め息を零した。

「どうした、一尉?」

「あ、いえ…なんでもありません」

 艦長シートに腰掛ける年輩のオーブ軍の艦長に愛想笑いで応じる。だが、そんなアスランの考えを見透かしてか、口を挟む。

「お前さん、本当に顔に出やすいな。なんでもない、って顔じゃないぞ」

 そう指摘され、アスランは眼を一瞬剥いた後、慌てて自分の顔を確かめるが、その仕草に艦長は笑い上げる。

「ははは、本当解かりやすいな」

 そう評され、ますます表情を顰める。つくづく、自身のポーカーフェイスの無さに自己嫌悪してしまいそうだった。上に立つ者として示しがつかなくなるかもしれない。

「まあ、解からんでもないがな」

 そんなアスランを気遣うように肩を叩く。それによってアスランも若干ながら余裕が生まれたのか、落ち着くように息継ぎをし、視線をモニター先へと向ける。

「ええ、正直に言えば…今回の任務、腑に落ちない点が多すぎます」

 曖昧な任務、そして大袈裟ともいえる艦隊の総動員…疑問にすべき点は多々ある。それは、部隊の誰もが感じていることだった。

 言い換えれば…今回の任務には、それ相応の危険が孕んでいるという意味合いかもしれない。

「だな、部隊が縮小されているとはいえ…虎の子の一個艦隊を出させるとはな」

 ガーディアンズの主任務は前大戦の折に流出した各国家の脱走兵や海賊、非合法テロ組織等の捜索・調査・逮捕だ。停戦の傍らで発足された部隊だけにあくまで臨時的な意味合いが強い。そのために、主任務が減少しつつある今日においてガーディアンズは徐々に部隊規模を縮小されていき、現在のような部隊規模になっている。

 もしかしたら、解散もありうるかもしれない事態にアスランはやや不安を憶えていた。

 部隊の解散…それが良い意味なら歓迎できるが、悪い意味でなら……最悪の事態を振り払うようにアスランは小さく被りを振った。

 今は任務に集中しなければならない。そして、脳裏に今回の任務先に挙げられた場所に感慨にも似た複雑な思いが沸きあがってくる。

(ヘリオポリス、か……思えば、あそこから全て始まった気さえするな)

 目的地はL3のヘリオポリス、かつてのオーブの資源コロニーであり、アスランにとって運命の地とも形容できる場所だ。2年前…いや、正確に言えばもう既に3年以上前になる。あの時、アスランは同じようにL3へと向かっていた。

 当時の大西洋連邦軍が中立コロニー:ヘリオポリスで開発していた新型機動兵器:Gを奪取するために、ザフトのアスラン=ザラとして進攻したのだ。仲間達と共にGを奪取し、そして親友との運命とも今で形容できるかのような再会と対峙。それが引き金になったかのように続いた戦いと流転の路。それらが脳裏を次々に掠める。

(因果、なのか)

 あれから3年…立場を変えて、再びかの地を訪れることになるとは、考えもしなかった。いや、冷静になってみればこの機会はあって然るべきだったはずだ。

 オーブに身を移し、今の立場に就いたことに不満も恥もない。だが、こうして過去の己の罪を垣間見た気さえしてくるのはあの戦闘でヘリオポリスを崩壊させてしまった一因を担ったことへの後ろめたさゆえか。

 だが、今回は決してそんな過去の罪を確認するためではない。ガーディアンズの一員としての職務に臨まねばならない。

 本来、親衛隊に属するアスランは基本的に本国の代表であるミナの身辺警護が主な任務であるが、今回は特例としてガーディアンズへの出向が下された。その任務は2つ。

 崩壊しているヘリオポリスの状態確認後、復興可能かどうかのデータ収集…そしてもう一つは………

(P04、P05の2機の所在確認…か)

 数日前…ちょうどアメノミハシラへ発つ前に遡る。アスランは、オーブ本国での一件を思い出していた。





 南洋の島国からなるオーブ連合首長国。その中心島であるヤラファスの行政府の官庁の一室で、アスランは呼び出されていた。

「アスラン=ザラ一尉、出頭しました!」

 敬礼し、見据える先にはオーブ連合首長国代表であるロンド=ミナ=サハクが鎮座している。

「うむ、わざわざ呼び出して済まなかったな」

「いえ」

「貴君を呼んだのは、ある任務を頼みたいからだ?」

「任務、ですか?」

 思わずオウム返しに問い返す。親衛隊として、これまで従事してきたが、それまでとは打って変わるような真剣な面持ちで見やるミナにアスランは首を傾げる。

「貴君は、コードウェル二尉以下、数名を連れてアメノミハシラに上がってもらいたい」

 その言葉に息を呑む。

 親衛隊のメンバーたるアサギ=コードウェル、マユラ=ラバッツ、ジュリ=ウー=ニェンら3名を連れて本国を離れての任務に就かせるというのは、些か異例なことだ。

 訝しげにするアスランだったが、それを察してか、ミナは肩を竦める。

「どうした? 不満か?」

「いえ、任務ならば…ですが、理由をお聞かせ願えればと」

 不可解ではあるが、親衛隊は代表を警護すると同時に直属の上司でもある。その命令には従わねばならない。だが、理由を聞かねば納得できぬものもある。その特別任務とやらがどのようなものなのか、アスランが疑問に思うのも仕方がなかった。

「アメノミハシラに駐留しているガーディアンズ第1艦隊に、先程出撃が下された。目的地は、L3コロニー群…座標ポイントは、L3-29-766-Cだ」

 ミナの口から出された場所にアスランは驚愕に眼を見開く。

 その座標は、アスランにとって忘れられぬ場所だ。

「ヘリオポリス…しかし、あそこは確か」

 そう…その座標にはかつてヘリオポリスが存在していた。だが、そのヘリオポリスは前大戦で崩壊し、今は廃墟になっているはずだ。あれ以来、何かが変わったという報告は受けていない。

 どこか咳き込むように尋ねるアスランにミナもまた表情を僅かばかり顰める。

「余にも解からぬ。だが、第1艦隊に命令が下ったのは事実だ。だからこそ、貴君らに頼むのだ」

 そこまで言われ、アスランはようやくミナの意図することを理解した。

 ガーディアンズが動くとなると、そこには必ず軍事的行動が関わってくる。その目的地がかつてのオーブのコロニーである以上、放っておくことはできない。あそこは、サハク家にとっても暗部を表わす場所なのだ。

 そして、ミナにとっても今回のガーディアンズへの命令が不可解なものであることも。だが、ミナは直接動くことはできない。故に、直属の部下たる親衛隊を今回の任務に同行させ、その意図を確かめようとしているのだろう。

「表向きは、クサナギの戦力補充だ」

 故に、その意図を他国に悟られる訳にはいかない。幸いに、部隊縮小により、アメノミハシラに駐留する部隊は少数のため、そこへ援軍として送ったとしても不審には思われにくいだろう。

「解かりました、すぐに…」

「待て、話はまだ終わっておらん」

 駆け出そうとしたアスランを制するように紡ぎ、アスランも足を止め、今一度ミナと向き合う。

「確かに、貴君らにはその件もあるが、本題は別にある。アスラン=ザラ一尉、貴君に特務を言い渡す」

 低い口調で紡がれ、アスランも身を微かに強張らせる。

「貴君はクサナギに同行し、ヘリオポリスの状態確認及び、内部調査を行ってもらいたい」

「内部、調査……?」

「うむ。オーブとしても、ヘリオポリスをあのままにはしておけんのでな。可能なら、再建計画を実行に移したい」

 資源衛星であったヘリオポリスはオーブにとって貴重なものだった。それを喪ったことでオーブの生産力も低下してしまったことは否めない。現在はアメノミハシラのみが唯一の宇宙での拠点であり、それを主軸にコペルニクスなどの月面中立都市の民間企業と提携し、生産力を上げているが、可能なら、ヘリオポリスを再建し、資源衛星を確保したいというのが本音であった。

「成る程…ヘリオポリスの現在の状態、及びデータの回収、ですね?」

 納得したかのように問い返すと、ミナも頷き返すが、同時に立ち上がり、視線を僅かばかり逸らす。

「それと、もう一つ…コロニー内部、モルゲンレーテの工場ブロックの調査をしてもらいたい」

「工場ブロックを? しかし、あそこは……」

 モルゲンレーテのヘリオポリス支部の工場ブロックは、アスラン達が潜入し、破壊した区画だ。当然、MSによる襲撃も行われ、半ば崩壊しているはずだ。

「工場ブロックの最深部を調査してもらいたい。そこには、まだアレが残っている可能性があるのでな」

「アレ……?」

 抽象的な物言いに困惑するが、ミナは沈痛な面持ちを浮かべたまま、背中を向ける。

「我が国の象徴たるアストレイ…そのプロトタイプ、P04とP05の所在だ」

 告げられた事実に息を呑む。

 オーブの象徴的MSであるアストレイ。それがヘリオポリスで開発された連合のG兵器を盗用して造り出されたものだということは知っている。その試作型となった機体がヘリオポリスに在ったという事実は、オーブのなかでも知る者は極限られる。

 しかし、アスランも事前に知ったデータでは、アストレイのプロトタイプは3機までのはずで、その3機とも所在が確認されているはずだった。そこへ告げられたのは別の機体が存在していたという事実に困惑を隠しきれない。

 そんなアスランの心持ちと同様なのか、振り返ったミナも自身の言葉に戸惑っているように顰めている。

「驚くのも無理はなかろう。余も、遂最近知ったことだからな」

 自嘲気味に溜め息を零し、ミナは再びシートに身を落とす。

 サハク家の遺産を整理していたミナはある日、弟ギナの記録を偶然発見した。それは、ヘリオポリスにおけるアストレイ開発計画の記録誌だった。ヘリオポリスでの計画をギナへと一任していたミナは、その詳細をギナからの報告書以外に知る由もなかった。だが、発見したその記録には驚くべき内容が記されていた。

 ヘリオポリスで開発されたアストレイプロトシリーズは3機ではなく、5機存在していたという事実。P01たるゴールドフレームはミナの許に、P02はジャンク屋ロウ=ギュールの手に、P03は叢雲劾の手に渡り、それがミナの知る全てだったが、そこへ新たに4号機と5号機の存在が露呈したのだ。

 これが事実なら、由々しき事態だ。ヘリオポリスで連合の眼を盗んで開発したプロトシリーズは、オーブの暗部。決して外部には漏らせない極秘事項だ。

「今の情勢では、不確定要素は少しでも減らしておきたいのだ」

 苦りきった面持ちで告げ、アスランも表情を顰める。

 確かに、今の情勢は不安定さを徐々に醸し出し始めている。迂闊な国の暗部が世論に知られれば、それは国というシステムを決壊させる危険性も孕んでいる。

 自身に課せられる任務の重要性が肩に大きく圧し掛かる。

「貴君には、その2機の存在を確認してもらいたい。可能なら、2機は持ち帰ってもらいたいが、不可能の場合は、破壊も許可する」

 正直な話、その2機がどういった状態なのかハッキリと解からない。先の3機と同じく稼動状態まで完成していたのか、もしくは未だ組み立てさえできていないパーツ状態だったのか。だが、どちらにしろ確認を取らねば何も始まらない。

「頼んだぞ、ザラ一尉」

 射抜くような視線だったが、そこには信頼が込められている。亡命者でありながら、そこまで信頼を寄せられることにアスランは感謝し、力強く敬礼した。

「了解しました、アスラン=ザラ一尉、これより特務に就きます!」

 その返答にミナも満足気に頷く。

「貴君らの不在の間は、カガリが全うしてくれよう。幸い、まだそこまで情勢も流動しまい」

「大丈夫ですかね」

 どこか引き攣った笑みで苦笑する。カガリが事務仕事が苦手なことを知っている副官としては、不安ものなのだが、それにミナはあっけらかんと応じた。

「これも試練だ。いい加減、スムーズにこなせるようになってもらわねばな」

 ハッキリと告げたミナに同意するようにアスランも深々と頷いてしまった。





 数日前のやり取りを思い出し、アスランは貌を難しげに顰めていたが、そこへ艦長が声を掛けた。

「一尉、気持ちは解かるがそう難しい顔するな」

 嗜められ、アスランは微かに身体中に入っていた力が緩和される。

「お前さんが何を気負ってるかは聞かんが、今からそんなに肩張ってちゃ身が保たんぞ」

 アスラン以外は、ミナの特務を知らない。だが、それでもアスランの気の張りようから何かしら思うところがあるのは年長者としての経験からか、察せられた。緊張しないのも困りものだが、肩を張りすぎるのもよくない。微かな気遣いにアスランは忸怩たる心持ちだった。

 確かに特務ということに気を張りすぎているかもしれない。真面目な性格なのだが、いつもこれでは身がもたないとカガリにもよく嗜められていることを思い出し、苦笑した。

「気分転換に、あいつらを迎えに行ったらどうだい? そろそろ戻しておかないとマズイだろ?」

「そうですね、ではそうさせていただきます」

 艦長に笑顔で応じ、アスランは身を翻して艦橋を後にする。それを見送ると、艦長は肩の力を僅かに抜き、若さと生真面目さが同居した若き指揮官に苦笑した。







 同時刻、ドミニオンの食堂。時間的には人が少ない時間帯のため、ほとんど人気がない一画で談笑を交わす面々がいた。

「惜しかったな〜あと少しで私達の勝ちだったのに」

 悔しげに口を尖らせる少女に隣に座る赤服の少女が得意気に笑う。

「へへっそうそう簡単にやられてちゃあ、教導隊にはいられないってね、アサギ君」

 胸を張って告げる少女にさらに頬を膨らませる。

朱色の髪を靡かせる赤服の少女は、レミュ=シーミル。そして、それに相槌を打つ純白の軍服に身を包む金髪の少女は、アサギ=コードウェルだった。



≪レミュ=シーミル≫


 2年前はミドルだった朱色の髪を現在はロングに伸ばし、教導隊配属と同時に赤を纏うことを赦され、悪友に自慢したのは記憶に新しい。

「でもぉ、レミュは最後墜ちたじゃない」

 アサギの横から援護するように口を挟む茶髪の少女。同じ軍服に身を包んだマユラ=ラバッツであった。その口撃に得意気であったレミュの表情が固まったように引き攣る。

「そうだな、油断は禁物だぞ」

 それに同意するようにレミュの隣に腰掛ける同じ赤服の青年が腕を組んでウンウンと頷き、さらに胸中を抉られたような錯覚に陥り、身体を仰け反らせる。

「ううう〜先輩がイジメる〜〜」

 ジト眼で睨まれ、愚痴るレミュに流石に気を悪くしたのか、青年は慌てて被りを振る。

「あ、いやぁ…そんなつもりじゃなくてだな。ただ、独り先行したのがよくなくてだな」

「それって、ますます追い詰めてますよ」

 銀髪を三つ編みに束ねた青年、ヴェノム=カーレルにさらにツッコミを入れるのはヴェノムの横に腰掛けてコーヒーを啜る淡い青い軍服に身を包んだ女性。眼鏡を持ち直し、再びコーヒーを啜る。

「いや、キツイな」

 苦い笑みを浮かべて頭を掻き、見やるヴェノムを冷ややかに見据えつつ、溜め息を一つ零すのは、翠の髪をストレートに流した女性、ユリア=ミカゼ。



≪ユリア=ミカゼ≫


「ミカゼさん、指揮は凄かったですもんね」

 そんなユリアを称賛するのは、ユリアの手前に座する同じ眼鏡をかけた紺の髪を持つ少女。眼を輝かせながら見やる少女に微笑を浮かべる。

「ありがとう、ニェン二尉」

 返された少女、ジュリ=ウー=ニェンは照れたように頭を掻く。

 その場にいるのは、かつてA.W.の最終決戦において戦い、生き延びたパイロット達であった。

 オーブ親衛隊:獅子の牙に所属するアサギ、マユラ、ジュリは戦後、二尉という立場で現在はカガリやアスランの部下として活動し、レミュ、ヴェノムの二人はエレンによって引き上げられ、赤を纏うことを許可されてMSの運用・戦術ノウハウ構築のために戦技教導隊へと身を置いた。ユリアは大西洋連邦からの出向という形でガーディアンズに所属し、出向解除で別の部隊に配属になったデスティの後を継ぎ、現在はミカゼ隊の指揮官としてドミニオンに配備されていた。

 気心が知れた者同士、なんだかんだで長い付き合いを継続し、今はドミニオンのシミュレータールームで模擬戦を終えての休憩を取っていた。

「でも、貴方達はフォーメーションが素晴らしいじゃない。流石、息ピッタリね」

 ユリアがアサギら3人を見渡し、称賛する。先程の3対3の模擬戦では、アサギ達3人に対し、こちらはユリア、ヴェノム、レミュで臨時部隊を組みシミュレーションを行った。こちらはユリアが指揮を執ったが、普段はまったく別の部隊であるためになかなかうまくフォーメーションが取れず、対しアサギ達は流石にチームを組んでの歴が長く、呼吸の合ったフォーメーションでこちらを苦戦させた。最終的にはユリア達が勝ったものの、それは格差であった。

「やっぱブランク長いからなぁ」

 称賛された側だが、アサギは大仰に零し、背凭れに身を預ける。

 親衛隊所属であるが故に、余程の有事以外はMSに乗ることも限られるアサギ達はミナの身辺警護や国内の巡回と、どちらかといえばSPに近い仕事だ。MSも実機に乗るのは訓練がここ一年はほとんどだったせいか、どうにも感覚が鈍っているのかもしれない。

 対し、ユリア達はガーディアンズとして減少傾向とはいえ、実戦をサイクルで経験しているのだから、実際の戦闘における身体の感覚がまだ鈍らないでいるおかげだろう。

「いいことじゃない。平和が一番、私達は暇な方がいいのよ」

 コーヒーを飲みながらそう嗜める。

「それはそうですけどぉ」

 どこか不満気に見やるアサギにレミュが口を挟む。

「アサギ達はまだいいじゃない、ガーディアンズ所属じゃないし、今回の任務が終わればまたオーブに戻れるんだから、私達は滅多にプラントに戻れないのにぃ、ねえ! ヴェノム先輩」

 そう指摘され、アサギは息を詰まらせ、振られたヴェノムも乾いた笑みで頷く。

「そうだな…俺も、できれば妻や子供の顔を見たいんだがな」

 出向という形で来ているアサギ達と違い、レミュやヴェノムらはガーディアンズ所属だ。休暇は数ヵ月ごとのサイクルでしかこず、なかなかプラントに戻れない。まだ年頃であるレミュは青春を仕事に捧げてるようで思わず黄昏そうになって、ヴェノムに話を振ったのだが、返ってきた惚気に僅かばかり貌を引き攣らせる。

 それは、レミュだけでなくこの場にいる全員だった。女性ばかりであるが、ヴェノムは一応既婚者だ。しかも子供までいる……未だ彼氏というものさえ持てていない数名は内心、やや嘆息する。

 固まった周囲を見渡し、ヴェノムは困惑しているが、そんな女性陣の心持ちを察せずにいた。

「はぁ……私も早くいい人見つけたいなぁ」

 切実に大きく肩を落とすユリアに数名が同意するように深く頷いた。

「アサギはいいよね〜もうお相手がいるし〜〜」

 半眼で睨むように詰め寄るマユラにアサギは激しく狼狽する。

「え、マ、マユラ…?」

「そうだよねぇ〜私達、親友だと思ってたのにちゃっかり彼氏キープしちゃったもんね〜〜」

 そんなアサギをさらに追い詰めるように逆隣からググイと迫るジュリの視線も同じように冷たい。

「ちょ、ちょっと…べ、別にラスティとはまだそんなじゃ……」

「「「ほほう? まだと来ましたか〜〜」」」

 混乱して口走った言葉にマユラやジュリだけでなく、真正面のレミュの視線も冷たく細まり、睨みながら声が揃う。

 意地悪な笑みを浮かべ、これ見よがしにアサギをトライアングルに包囲して囁きあう。

「聞きましたか、奥さん?」

「ええ、ラスティってジュール隊のラスティ=マックスウェルさんでしょ?」

「なんでもずっとメールのやり取りしてるそうですよ?」

 畳み掛けるように囁き合う3人だったが、当てられたアサギは恥ずかしさのあまり俯いている。

「うわぁ、赤くしちゃって」

「初々しいですね〜羨ましいですわ」

「所詮、女の友情って儚いものなんですね〜〜」

 3人で肩を寄せ合い、さめざめと頷き合う。なにか、奇妙な友情が育まれている事態にヴェノムは引き、ユリアに囁く。

「な、なんか怖いんすけど……」

「……そっとしておいてあげなさい」

 見やったヴェノムは眼鏡のレンズがキラリと反射して隠れた瞳とどこか冷たい声に身を引き攣らせる。

 そんな傍から見れば、珍劇場を展開しているなか、アサギを弄るのを飽きたレミュが深々と溜め息をつく。

「はぁ〜いい出会いが欲しい。選り好みは確かにあるけど、それで嫁がず後家になっちゃたら嫌だしねぇ」

 彼女達とて麗若き乙女心を持っているのだ。恋愛や結婚に憧れも持っている。だからといって、それに拘りすぎて逃してしまっては本末転倒だ。

 多少なりとも経験ぐらいは積んでおかないと、崖っぷちに立ってからでは遅いのだ。アサギとヴェノム以外が頷き、同意する。

「エレン教官みたいになっちゃったらおしまいだもんねぇ」

 鬱憤というか、不満が溜まっていたのであろう…レミュは爆弾発言を投下し、何人かが眼を剥く。

「え、どういうこと?」

 訳が解からずに問い掛けると、レミュが頷く。

「うん、教官…じゃなくてエレン隊長、こないだ髪切ったじゃん?」

 突然語り出した内容に一同は首を傾げる。確かに、エレンはあの長いポニーテールが結構トレードマークであったのに、遂先日、髪をバッサリカットして周囲を困惑させたものだ。

 だが、それが何の関係があるのか…いまいちピンとこない一同に向けてレミュが真剣な面持ちで話を続ける。

「なんでも…お見合いすっぽかされたんだって」

 低い声で放たれた内容に驚愕し、声にならない声を上げる。

「ちょっ、お見合い!?」

「ブラックストン隊長ってまだ独身だったの? てっきり…」

「わ、馬鹿! 声大きい」

 詰め寄るように話す一同に向けて嗜め、落ち着けるように制し、口元を抑える。

「本当なんだってば…で、凄い機嫌悪かったんだから」

 数週間前…プラントに所用で戻っていたエレンが戻ってきた際、凄まじく機嫌が悪かったのをレミュ達はビクビクしながら過ごした。髪をバッサリ切った理由も告げず、腑に落ちなかったが、その後休暇でプラントに戻った際、レミュは気になって遂調べたのだ。

 それによると、婚姻制度でお見合いをセッティングされたそうなのだが、その肝心の相手がキャンセルしてきたのだ。普段は慣れない化粧やめかしこんでかなり気合を入れていただけにエレンの怒りも凄まじいものだったらしい。相手がキャンセルしたのは、エレンの立場と戦績にやや慄いただけなのだが、当のエレンからしてみれば激怒ものだった。

 そして、どうやら髪を切って仕事に割り切ろうとしたらしい……仕事をこなす大人だけに、意外な事実だったが、語られた内容が内容だけに女性陣は鬼気迫る表情で聞き入っていたが、その視線がある者を捉えた瞬間、眼を大きく見開き、息を呑んだ。

「仕事が恋人、ってつもりらしいけど…それって結局後家ってことだもんね。まあ、あの性格じゃ付き合える人はいないと思うけど……」

 そんな周囲の反応に気づかず、レミュは憂鬱気に語り続ける。

「ああはなりたくないよね〜」

 そう締め括ったレミュだったが…その瞬間、背筋が凍るような殺気を憶え、身を震わせる。鳥肌が立つかのような寒気が背中に刺すように這う。後ろを振り向いてはいけない衝動にかられながらも振り向かずにはいられないジレンマに陥るも、覚悟を決めて身を振り向ける。

 引き攣るような軋む音を響かせるかのように恐る恐る後ろへ振り向くと…そこには、予想通りの…いや、さらに予想外の悪鬼が佇んでいるように映った。

「きょ、教官……」

 掠れた声で背後に佇んでいる人物の名を呼び…呼ばれた当のエレンはニコリと微笑む。それにつられてレミュもエヘとぎこちない笑みを返すも、周囲はさらに空気が凍るような錯覚に陥る。

「あんま遅いから迎えに来たんだけど…随分、話が弾んでたようねぇ」

 笑みを張りつけたまま…低い声で呟き、幾人かはひいと身を引き、口を噤む。だが、一番その声を当てられたレミュは逃げ出したのを堪えて必死に返す。

「あ、いえ…その、つまんない話ですから」

 あたふたと取り繕うも、エレンはますます笑みを浮かべ、顔を近づける。覗き込まれ、陰が顔に掛かるも、それに比例してレミュの顔はますます青くなっていく。

「ほおう? 私のお見合いの話はそんなにつまらないのかなぁ?」

 その言葉が致命的だった。どうやら、話を最初から聞かれていたらしい…心中でムンクの叫びに近いほど、悲鳴を上げ、その光景を一瞥した一同はもはや、レミュを見捨てる英断(?)をし、心中で手を合わせた。

「え、聞いて…っ、あ、いえその…そ、そうじゃなくですね! つまんないのは私の方でして……っ」

 レミュは必死に言い繕いながら周囲に助けを求めるが、全員眼を逸らし、我関せずをていしている。

 裏切り者と胸中で泣きながらレミュはなんとか収めようと必死に言葉を選ぶ。

「いえ、あのですね! エレン教官は美人でカッコいいのになんで恋人ができないのかなって話でして!」

「へぇ、嬉しいねえ」

 そんな賛辞に対して悪寒はますます強くなる一方に、レミュは追い詰められていく。

「あ、私…艦長に提出しなきゃいけないレポートがあったんだ」

 場の空気が耐え難いものに変貌しつつあるなか、ユリアは唐突に立ち上がり、席を離れていく。

 その戦術的撤退に全員が胸中でズルイと叫ぶが、そんな叫びを無視し、ユリアは素早く食堂を退出していく。

「おっと、すまない」

 入口付近に差し掛かった瞬間、入室しようとした人影にぶつかるも、気にも留めず去っていく。

 その横柄な態度にぶつかったアスランは首を傾げるも、その姿にアサギら3人は地獄で仏、渡りに舟とばかりに飛びついた。

「ザラ一尉!」

 その声に反応し、アスランがアサギ達に眼を向ける。そろそろブリーフィングも近いため、アスランとエレンは共にランチでドミニオンへ迎えに来たところだったが、当のアスランは食堂内での不穏な空気に気づかず、声を掛ける。

「3人ともここに居たのか。そろそろクサナギの方へ……」

「はい、戻りましょう戻りましょう!」

「ええ、もうすぐにでもっ」

 言葉を遮るように声を荒げ、アサギ達はアスランに向かって小走りに駆け寄り、その手を取って引っ張っていく。

「お、おい、何だ?」

 事態が把握できず戸惑うアスランを無視し、一刻も早くこの場を離れたい衝動にかられ、アサギ達は食堂を退出していった。

 孤立無援になっていく事態にレミュはますます追い詰められていく。

「だけど、どうせ私は粗忽者だよ。お見合いの相手に逃げられるようなねぇ!」

 禁句に触れた、という後悔も遅し。レミュの襟元を持ち上げ、唸るようにエレンはレミュを前後に揺する。

「婚期を逃すような乱暴で、ガサツな私は嫁かず後家決定か、こんちくしょう!」

「そ、そこまで言ってないですぅ」

 揺すられながら弁明するも、襟元を締め上げられているため、呼吸ができず、レミュは意識が飛びそうになる。

「た、隊長! 落ち着いてください!」

 ここに来て静観していたヴェノムが決死の覚悟で割って入り、レミュには頼もしく思えたものの、今のヴェノムの介入はエレンにとってはさらに火に油…いや、炎にガソリンだった。

「なんだ…てめえも私がそうだって。ああ、そうだろうよ! 結婚してガキまでいるんだからなぁ! 部下にまで先越された私が哀れってかぁっ」

 半眼で睨まれ、ヴェノムは手が止まり、思わず後ず去り、尻込みする。これまでか、とレミュが思った瞬間、徐に拘束が弱まり、楽になった瞬間、レミュは酸素を必死に吸い込み、呼吸を落ち着ける。

 そして、不審に思ってエレンを見やると、エレンは項垂れてさめざめと落ち込んでいた。

「私だって、私だってね……いい出会いが欲しいのよ。だけど、私が声を掛けると皆逃げるし…可愛い子ぶっても歳が歳だし……」

 ぶつぶつといじけるエレンにレミュとヴェノムは顔を見合わせる。

((やっぱ、気にしてたんだ……))

 同期では既に除隊して結婚までしているのがほとんどの中、迂闊にもエリートコースに入ったのが運の尽き、というべきなのだろうか……出会いがまったくと言っていいほどなく、おまけに仕事も忙しくて長続きしない状態を気にしていたのだ。

「教官、大丈夫ですよ。教官は綺麗ですから、きっといい人見つかりますって」

「この件が終わったら、妻に友人を紹介してもらうんで」

 同情してしまい、励ます二人にエレンは力無く頷き、肩を叩いた。

 その時は絆が深まったかに見えたのだが……復活したエレンに引き摺られていく二人の姿がドミニオンクルーに多数目撃されることになる。



≪ヴェノム=カーレル≫






 そんな珍騒動のなか、艦隊は遂にL3宙域に到達し、各艦の艦橋からも目的地が見え始めた。

《目標、コロニーヘリオポリスを確認、モニターに投影します》

 モニターに映し出される構造物。かつて、その宇宙に在った人々の生活の場。オーブの資源衛星コロニーであったヘリオポリスの成れの果てが今もそこにポツンと存在していた。

 辛うじてシャフトによって構築されたコロニーの外観は残しているものの、その表面を覆っていたはずの強化ガラスはほとんどが砕け散り、周囲にはコロニーの破片が無数に乱雑している。

 その破片に混ざって漂う車、植物、家…そして、人々の生活の一部であった器具等。それが、あの崩壊によって引き起こされた一つの世界の成れの果てを生々しく表わしていた。

 ナタルやアスランは、その光景に複雑な面持ちだった。あの時、ナタルは逃げるのに必死でコロニーの状態を悠長に見ることもできず、アスランはキラとの再会に頭を取られ、そんな余裕さえもなかった。

 だが、眼前に拡がるこの光景をつくり出してしまった一因は間違いなくあるのだ。

《かなり地球軌道に流されてきてるな…このままじゃ、遠からずデブリベルト入りだな》

 エレンの評通り、ヘリオポリスは地球軌道から離れた衛星軌道に建造されたとはいえ、地球の重力側へと僅かずつであるが引き寄せられている。

 このままでは、いずれデブリベルトの一つとなろう。それだけは阻止したいところだ。

「調査には、こちらから人員を向かわせます」

 ヘリオポリスの調査を具申する。元々、このヘリオポリスはオーブの所有コロニーだ。勝手知ったるとばかりにナタルも頷き返す。

《了解した、では、ミカゼ隊以下数小隊で周辺の警戒に当たる》

「了解。艦長、MSを出してください」

「解かった、ハッチ開放、MSを出せ」

 制動をかける艦隊。そして、クサナギの本体中央部に備わった発進ハッチが開放され、その内から戦闘機が発進する。

 オーブ軍の主力機として配備が進んでいるMVF-M11C:ムラサメだった。一般機カラーよりも純白に塗装された3機のムラサメの翼部には、親衛隊の証である獅子のエンブレムが刻印されている。

 アサギ、マユラ、ジュリの3人が搭乗するムラサメの背後に続くようにクサナギから数機のMSが自力で発艦し、スラスターを噴かせて追随する。

 M1と同じ機体フォルムを持ちながらも、純白の発泡金属装甲の下のフレームカラーはパープルで塗装されている。機体型式番号、MBF-M2:M2アストレイだった。前大戦において活躍したM2シリーズの流れを組み、M1とのパーツ互換性によって開発された制式機。

「ムラサメ以下、パープル小隊発進完了しました」

 オペレーターからの報告に頷くと、アスランは回線を繋げ、手元のウィンドウにムラサメのコックピットを映す。

「コードウェル二尉、デブリに注意しつつコロニー内部の調査を頼む。それと、くれぐれも油断はしないでくれ」

 この状況では艦はこれ以上コロニーに近寄れない。そして、今回この場に来たのは廃コロニーの調査なのだ。どんなアクシデントが起こる可能性も否定できないために、注意を促す。

《了解しました、一尉》

 普段はどこかあっけらかんとしていても、アサギらは前大戦を戦い、生き延びた優秀なパイロットだ。その辺の切り替えは心得ている。

 そして、そんな彼女達を信頼しているアスランもまた頷き、ヘリオポリスに接近していく機影を見守る。

《では、こちらも部隊を哨戒に出す》

《ああ、シーミル、カーレル、出ろ》

 クサナギの部隊が発進したのを確認し、艦の護衛と周辺哨戒のため、ドミニオンとアレクサンドロスのハッチが開放し、カタパルトが展開される。

《ミカゼ隊、出ます》

 ドミニオンのハッチから先陣を切るように発艦離脱する淡いブルーカラーに塗装された大西洋連邦軍主力MSの一つであるGAT-04:ウィンダム。バックパックには宇宙用に改修されたエールストライカーを装備している。ユリアのウィンダムに続くように発進してくるミカゼ隊所属のMS。ノーマルのダガーLに、重装備を施された機体、GAT-02L2FA:FAダガーが続く。

 全機、ユリアのパーソナルカラーと同じカラーを両肩に施されている。

《レミュ=シーミル、いきます》

《ヴェノム=カーレル、いくっすよ》

 アレクサンドロスのカタパルトラインに導かれ、ノーマルカラーのブレイズウィザードを装備したザクウォーリアと、朱色に塗装されたガナー装備のザクウォーリアが発艦し、それに続くようにゲイツRが数機飛び出し、布陣する。

 数機編成で部隊を組み、MS部隊が周辺哨戒に回り、それを確認すると、アスランは視線をモニターのヘリオポリスに向ける。

 この崩壊したコロニーの調査を命じた上層部の考え、そしてミナからの特務。それらが幾度も脳裏を反芻する。

「艦長、念のために私の機体の準備もお願いします」

 何事もなければ、あとはランチに乗ってヘリオポリスの管制室や工場ブロックの調査を行えばいいが、万が一という事態に備え、出撃の準備を万全にしておかなければならない。艦長も頷き、格納庫にアスランの機体の準備を進めさせる。

 それを確認すると、アスランは今一度モニターを一瞥する。ポッカリと空いたコロニーの外壁に向かって接近し、ジュリのムラサメとM2数機を残し、内部の調査へと進入していく。

(何事もなければいいんだがな……)

 先程から落ち着かない予感にアスランは独りごちた。


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