先行したアサギ達はジュリと数機を残し、ヘリオポリス内へと立ち入っていた。大きく空いたコロニーの外壁の奥は暗闇に包まれ、僅かばかり身震いするも、気を取り直して進入する。

 コロニー内部へと進入すると、亀裂の入った外壁に沿って未だに残す街並みが眼に入った。静寂の闇のなかでただ朽ちることなく存在し続ける様は、まるで墓標のようだ。

《こうやって見てみると、ホント凄い大惨事だったんだね》

 無言に耐えられなくなったのか、マユラが語り掛け、アサギも相槌を打ち返す。

「うん、住人のほとんどは脱出できたって聞いてたから、それだけは良かったね」

 ザフト襲撃による避難が迅速だったため、一般市民の犠牲はほんの最小に抑えられた。それだけでも救いだ。だが、シャフトが崩壊し、分解してしまった跡を見ても、激しい戦いがあったということは想像に難くない。

 コロニーがまだ原型を保っているだけも奇跡に近い。やがて、彼女達はコロニーの奥に設けられた資源採掘基地と繋がったモルゲンレーテの工場ブロックに差し掛かった。

「データによると、MS用の搬入ゲートがあるから、そこから工場内に入りましょう」

 ヘリオポリス崩壊直前の工場区の見取り図を表示し、内部データを検証してMSサイズで入れる場所を検索し、ピックアップされた場所へと機体を向ける。

 小高い丘の上に設けられた巨大な搬入ゲートが見え、アサギ達はその内部へと機体を進入させる。

「全機、遮蔽物に注意して」

 攻撃時の崩壊か、内部はかなり崩れており、入り組んでいる。機体をぶつけないように注意しつつ奥へと進み、ブロックの状態を確認していくが、特に異常は見当たらない。

「確か、この辺がGを製造していた区画のはずね」

 やや奥に進んだ後に見えてきた一際大きな工場ブロック。そこは、かつてG兵器を開発・製造していたハンガーであった。

 ハンガー内に降り立つと、工場区は無傷だった。空になったハンガーや資材が散乱し、あの時の状態のまま残されている。

《こっから先は歩きね》

 MSではこれ以上先には進めない。調査予定区画はもう少し奥の方だが、ここから先は歩いていくしかない。

「マユラ、いくよ」

《了解、と》

 ハッチを開放し、アサギは端末を手に念のためにと腰のホルスターの銃を確認し、機外へと身を乗り出す。

 アサギに続いて降りてきたマユラ、数名と合流し、一同は工場ブロックの最深部へと移動を開始する。

「ホント、不気味だよね」

 崩れた通路内の暗闇のなかを進むのは気が滅入りそうになる。ライトが照らす灯りが無ければ、進むのも困難なほどだ。

「ま、これも仕事だし」

 苦笑いを浮かべつつ、これが終わったら休暇と特別手当ぐらい申請してみようかと内心考えつつ、端末の図面を見やり、やがて大きな空間が映る。

「この先がドックになってるはずなんだけど……」

 この上がちょうど、階層になった資源衛星部と直結した戦艦ドックになっており、アークエンジェルが建造されていた区画のはずだ。

「私とマユラは第1ドックを確認するから、貴方達は第2ドックの方を」

「了解」

 同行していた兵士に告げ、二手に分かれるとアサギとマユラは第1ドック内に降り立つ。

「うわっメチャクチャ」

 ドック内の惨状に思わず溜め息が漏れる。固定用の柱やケーブル類、アンカーなど、機材がバラバラになった状態で積もっている。考えてみれば、破壊工作によってドックは爆破され、その後強引にコロニー内部へと発進したのだから、当然と言えば当然だが。

「異常はないみたいね」

 見渡したところ、特に変わった様子は見受けられない。いや、この状態が異常でないというのも可笑しな話だが、不自然な点は見受けられない。

「ザラ一尉はどうして工場区の調査を指示したのかしらね?」

 腑に落ちないといった感じでマユラが首を傾げる。ヘリオポリスの調査なら、別にここまでする必要はない筈だ。いくらここが元オーブのものとはいえ、疑問が残る。

「その辺は解かんないなあ…一度引き上げて、あとは管制室でデータ回収を…」

 調査区画の調査は終わったので、あとはメイン管制室からコロニーのデータを回収して一度クサナギに戻ろうとしたところ、通信が鳴り響いた。

《二尉!》

 唐突な呼び掛けに、アサギだけでなくマユラも眼を見開き、微かに表情を強張らせて通信を繋ぐ。

「こちらコードウェル、どうしたの?」

《た、大変なんです、第2ドックの方へきてくださいっ》

 切羽詰った口調にアサギとマユラは顔を見合わせるも、事態を確認するために慌てて身を翻し、第2ドックの方へ向かう。

 階層エレベーター形式で建造されたこのドックは崩壊さえなければ、そのままAA級の建造を行う計画だっただけに、すぐ真下にもドックが存在する。

第2ドックへ続くハッチを開き、なかへ飛び込み、先行させていた兵士と合流し、問い掛ける。

「どうしたの?」

「あ、アレを……」

 硬い声で指された先を見やり、その瞬間…アサギとマユラの眼も驚愕に見開かれた。

「な、何…アレ?」

 呆然とした口から掠れた声が漏れる。彼らの見詰める先…第2ドックの下部、床面が大きく穴が開かれていた。

 ポッカリと抜け落ちたように空いた巨大な穴。一寸先すら見えない深い闇に覆われた穴は、まるで地獄への入口かのようにそこに在り、見る者に恐怖にも似た震えを与えていた。

 足がその場に凍りついたように動かず、呼吸すら一瞬忘れそうになるほど圧倒されていたが、やがて我に返ったアサギが慌てて端末でドックの見取り図を表示し、穴と図形を交互に見やる。

「これ…そのまま、宇宙に繋がってる」

 ポツリと小さく囁かれたが、その声に全員が反応し、視線を向ける。

 この第2ドックの床面の真下はほぼコロニーの外壁に近い場所だ。この穴の深さから推察しても、宇宙にまで繋がっている可能性は極めて高い。

「ですが、これは明らかに戦闘による破壊ではありません」

 確かに、コロニーを崩壊させるほどの戦闘があったとは聞き及んでいるが、それでもこの穴はまるで爆撃でも受けたような大きな破壊エネルギーによるものだ。それも、極最近の……

「残留しているエネルギー残量から見ても、この穴ができたのは一年以内です」

 ようやく冷静さを取り戻してきた兵士達が状況を検証し、予測を報告し、ますます困惑する。となると、この穴は戦争終結から今日以内にできたもの。こんなL3の辺境であるため、気づく者もほとんどいなかったのだろう。

 だが、第2ドックに何があったのだ。データでは何も建造されていなかったはず、と思考がループに陥り、アサギは神妙な面持ちで踵を返す。

「一度報告に戻ります、各自撤収」

 現場でこれ以上論議しても自分達では憶測が限界だ。ここは一度報告に戻り、アスランに指示を仰いだ方がいい。マユラや他の兵士達も同意し、すぐさま離れようとしたが、そこへ緊急通信を告げるシグナルが点灯する。

 外にいるはずのジュリからの通信にアサギが慌てて繋げる。

「ジュリ?」

《アサギ、早く戻って! こっちに今…ル……ツ………っ》

 咳き込むようなジュリの声は、突如割って入ったノイズに掻き消えた。

「ジュリ? ジュリ!?」

 突然通信が妨害されたことにアサギが必死に呼び掛けるも、通信機からはノイズしか返ってこず、刹那、振動がコロニーを震撼させた。

 地震のような揺れがドック内に轟き、破片がパラつく。

「この振動…っ!」

「急ぎましょう!」

 明らかに様子がおかしい。ここに留まるのは危険と全員が身を翻し、MSの許まで駆けた。







 その十数分前、アサギ達がヘリオポリスの調査を行うなか、外壁部分で待機を任せられたジュリは微かに欠伸を噛み殺していた。

「あ〜、暇だなぁ」

 誰も見ていないという安心感ゆえか、肩の力を抜き、背筋を伸ばす。

「でも、ホント酷い有様だな……」

 憂鬱気にモニターを見やっていると、映像の端に何かが光ったのが視界に引っ掛かる。

「ん……?」

 思わず眼を凝らし、映像を睨みつけた瞬間……モニターの奥から閃光が迸った。次の瞬間、僚機のM2がボディを撃ち抜かれ、爆発に掻き消えた。

「え…っ」

 突然の出来事にジュリも混乱するも、友軍機が墜とされたという認識が脳裏に伝達されたと同時に叫んだ。

「散開!!」

 咄嗟の判断だったが、爆発とその怒号に弾かれるように回避行動に移った瞬間、幾条ものビームがジュリ達の滞空していた空間を過ぎり、周囲のデブリを灼き払う。

「敵襲!?」

 これは明らかにビーム兵器だ。ビームの飛来する先を視認しようとカメラを望遠し、発射地点を表示する。

 モニターには、黒灰とも取れるカラーリングを施されたMSが数十機、ゴーグルフェイスを不気味に輝かせながらこちらに銃口を向けていた。

「ダガー? どういうこと…きゃぁ」

 ビームに晒され、振動がムラサメのボディを揺さぶり、悲鳴を噛み殺す。奇襲を受けたため、M2部隊も反撃に転じれず、防御に手一杯になっている。

「くっ、アサギ!」

 このままではマズイと内部に進入したアサギに通信を試みる。

《ジュリ? どうしたの?》

「アサギ、早く戻って! こっちに今、MSが……っ」

 スピーカーから聞こえてきた声に叫ぶも、やがてアサギの声が雑音のノイズに遮られる。

「どういうこと…!?」

 通信が妨害されたことに眉を寄せるも、それも接近してきた敵機のアラートに現実に引き戻される。

 ダガーがビームサーベルを振り被り、ムラサメに斬り掛かる。ジュリは反射的にシールドを掲げて受け止め、エネルギーがスパーク、ジュリは歯噛みした。





 その奇襲は艦隊の方でも捉えられ、各艦の艦橋に震撼を齎していた。

「敵襲だと!? 何処の機体だ!?」

 調査部隊が襲撃を受けているという報告にナタルは鋭く叫ぶ。

「IFF反応なし! 機体照合…該当機なし! ですが、GAT-01A1:105ダガーに類似する機体と思われます!」

 その報告に息を呑む。

 IFF反応が無い…それは、必然的にこちら側に敵対するものということになる。だが、それが何処の所属かは、解からない。

 ダガーを使用している以上、地球側の勢力であるという可能性は高いが、105ダガーの類似機となると、大西洋連邦か、大東亜連合、もしくはブルーユニオン。

「こ、後方より熱源多数! MSです!」

 思考を巡らせるナタルに追い討ちをかけるように張り上がった報告に眼を見開き、正面モニターに映像が映し出される。

 艦隊の後方より迫る数十機の機影。全機が、105ダガーに近い形状を持つ機体だ。

(これだけの規模、やはりどこぞの支援を受けていると見て間違いないな)

 これだけの数の同型機を揃え、運用するとなるとある程度組織じみたものがバックに必要になるが、それは弱小のテログループ程度ではない。かなり大きな支援者がいるとみて間違いないだろう。

 それに、艦隊の後ろから攻撃を仕掛けてくるとなると、待ち伏せされていた可能性が高い。ならば、今回の任務は最初から仕組まれていたという疑惑を抱かせるには充分だった。

 ガーディアンズ上層部にまで影響を出せるとなると、かなりのバックがあると思われるが、今はこの窮地を切り抜けるのが先決だった。

「総員、第1種戦闘配置発令! 対空、対MS戦闘用意!」

 どちらにしろ、迎撃に出なければならない。索敵からすると、近くに母艦らしきものは見当たらない。

 となると、長距離航行用に強化された機体の可能性が高い。ドミニオン以下、艦隊が対空体勢を整え、艦首の向きを敵機の方角へと向ける。

 モニターに捉えられたダガーの解析図が映し出され、敵機として登録される。

「目標をゴーストと呼称! MS隊、迎撃!」

 敵機の識別コードネームが転送され、警戒に就いていたMS隊が身を翻し、ダガー部隊に向かっていく。

 ユリアのウィンダムが率いるミカゼ隊、レミュ、ヴェノムを筆頭にザフトのMS部隊が加速し、両者の間から火花が散った。

「索敵怠るな! 誤射防止のため、艦砲は禁止!」

 敵機の加速度から艦砲は間に合わなく、また混戦に突入した今、迂闊に援護射撃するのも危険だ。ここは、MS隊の腕を信じるしかない。

《バジルール中佐、私も出る!》

《私はヘリオポリスへ!》

 通信から弾くように間髪入れず、エレンとアスランの応答が返ってくる。二人もまた身を翻し、格納庫へと向かっていく。

 白のパイロットスーツに着替えたエレンがクローラーに固定される愛機に搭乗し、ハッチを閉じる。同時にモノアイに光が灯り、機体がロックを解除して発進口へ移動する。ハンガーの床面から機体を浮遊させ、シグナルが点灯と同時に操縦桿を引いた。

「エレン=ブラックストン、出るよ!」

 ケーブルがパージされ、リニアラインに誘導され、白銀のザクファントムがアレクサンドロスより発進する。

 ブレイズウィザードのバーニアを噴かし、機体を戦闘宙域へと加速させる。

 クサナギからもまたハッチへと続く発進ベルトに移動するMS。コックピット内でアスランはコンソールを叩き、全兵装をアクティブにし、APUを起動させていく。発進体勢が整った瞬間、アスランは両手で操縦桿を握り締め、前方を見据えた。

 あの時と同じ……ヘリオポリスで戦うことになる因縁に、アスランは複雑なものを憶えつつ、貌を引き締めた。

「アスラン=ザラ、出る!」

 操縦桿を引き、スラスターが火を噴き、機体を打ち出すように飛び出させる。クサナギから飛び出した赤のカラーリングを施されたムラサメがその流麗さを宇宙に映えさせながら、機体を変形させていく。

 戦闘機形態となり、バーニアを点火させ、機体を加速させてアスランは一路、ヘリオポリスの外壁に向かった。







 ヘリオポリス外壁部では、オーブ軍とGAT-01A2R:105スローターダガーから構成される部隊と激しい攻防が続いていた。

 先制を取られたため、動きの鈍いオーブ軍は防戦一方になり、ジュリのムラサメもまた2機のスローターダガーを相手に苦戦を強いられていた。

「このぉっ!」

 イカズチを放ち、狙い撃つも、スローターダガーはバックパックのエールストライカーの機動性を駆使し、難なく回避し、ビームを浴びせてくる。

「なんて動きなの!?」

 いくら推進力に強化された装備のダガーとはいえ、あの動きはおかしい。パイロットに掛かるGが半端ではないはずだ。

 回避したスローターダガーのコックピットで、パイロットスーツを纏った兵士は眼を大きく血走りに見開き、顔の表面に血管を浮かび上がらせ、鼻に取り付けられた呼吸器から荒い息を際限なく繰り返していた。

 そのまま、スローターダガーは一気にムラサメに肉縛し、体当たりで機体を弾き飛ばした。

「きゃぁぁぁっ」

 激しい振動に悲鳴を上げ、体勢を崩すムラサメに向かったもう一機がビームサーベルを抜き、振り被る。

 殺られる、とジュリが眼を見開いた瞬間…別方向より飛来したビームがスローターダガーの腕部を撃ち抜き、融解させる。

「ジュリ!」

 その声に反応し、爆発と同時に体勢を崩したスローターダガーを蹴り弾き、距離を取る。次の瞬間、上空から舞い降りた影がビームサーベルを振るい、スローターダガーのボディを両断し、一気に離脱する。

 爆発の閃光が宇宙に映えるなか、ジュリが援護した機体を視認し、弾んだ声を上げる。

「アサギ! マユラ!!」

 そこには信頼する仲間のムラサメが佇み、アサギとマユラが頷く。

「無事、ジュリ?」

「遅いよ!」

「ゴメン、ゴメン!」

 軽口を叩き合いながら互いの無事を喜び、3人は意識を攻撃を続けるスローターダガー部隊に向ける。

「とにかく、こいつらをなんとかしないと…マユラ、ジュリ!」

「「OK!!」」

 アサギのムラサメを先頭にマユラとジュリが連携を組み、3機編成でスローターダガー部隊に向かっていく。

 調査隊のM2が合流し、援護に入ったおかげで持ち直すオーブ軍は反撃に転じる。

 シールドで数機が防御に回り、数機がビームライフルで攻撃し、連携戦でスローターダガーに迫る。

 スローターダガーはほぼ単機で仕掛けてくるため、連携で攻めるオーブ軍は的確に一機一機墜としていくが、やはりその動きはどこかおかしい。

 なかにはビームを全身に浴びながら突貫し、特攻する機体もある。一機一機は脅威ではないが、こちらの損害も大きい。

 ビームサーベルを振るうM2の攻撃をシールドで受け止め、体当たりで弾き、空いたボディに向けてサーベルを突き刺し、エンジン部分を貫き、至近距離での爆発に巻き込まれ、自滅する機体もある。

「なんかおかしいよ、こいつら!?」

 敵の不可解な行動に戸惑う。狂気じみた戦い方に気圧されてしまう。迂闊に接近を赦せば、自決覚悟で特攻してくる相手に、慄く。

「それに、パターンが読みづらい!」

 動きがあまりに不規則なために、相手の攻撃を予測するのが難しい。ナチュラルの操縦するMSのOSは、ある程度のモーションが事前に組まれているため、動きがどこか似通るのだが、このスローターダガー部隊は動きがOSのモーション以上に不可解なものが多い。

 そのため、さしものアサギ達も苦戦を強いられていた。

「とにかく、孤立するとまずいわ! 接近戦を避けて、各自チーム単位で迎撃して!」

 死角をつくらないためにチーム戦で応戦するなか、敵の数も徐々に減り、戦況的に優位に立ってきた。だが、それは僅かながらの油断を誘う。

「きゃぁぁっ!」

「「マユラ!!」」

 スローターダガー2機が接近戦をマユラのムラサメに挑み、掴み掛かられ、そのまま機体を殴りつけられる。

 振動が機体を大きく揺さぶり、マユラの身体がシートに強かに打ちつけられ、苦悶を浮かべる。その手がコックピットに伸び、ハッチ部分を掴み、握り締めて装甲をひしゃげさせていく。

 モニターに迫るスローターダガーのバイザーが獰猛に光り、マユラは恐怖する。アサギとジュリが援護に向かおうとするも、残存機に阻まれ、歯噛みする。

 コックピットブロックを抑えつけられたために脱出も封じ込まれ、棺桶に閉じ込められたマユラに向かってスローターダガーはトドメを刺そうとビームサーベルを振り被る。

 これまでかとマユラは眼を閉じ、訪れる傷みに覚悟するが、彼方より飛来したビームがスローターダガーの腕を掠め、融解させる。

 動きの鈍るスローターダガーが顔を上げた瞬間、デブリの奥から飛来する赤い機影。戦闘機に備わったビームライフルが火を噴き、その一射が正確に頭部のみを撃ち抜き、行動不能に陥らせる。

「アレは…!?」

「副長!」

 立ち塞がっていたスローターダガーを退け、姿を現わした機体にアサギとジュリは声を弾ませる。

 体勢の崩した2機のスローターダガーが弾かれ、呆然となるマユラの眼前に割り込むように降り立つ戦闘機が変形し、MS形態となる。刹那、両手に握ったビームサーベルが煌き、スローターダガーの四肢を斬り裂き、相手を完全にダルマにした。

 小さな爆発が辺りを照らし、閃光がその赤い装甲をより赤く映えさせる。その肩には『02』と刻印された獅子のエンブレムが悠然と輝く。

 その鮮やかとも取れる戦技に一瞬、言葉を失う。

「無事か、ラバッツ二尉?」

「ザラ一尉? どうしてここに…」

 先程から通信障害のせいで艦隊とも連絡が取れずにいたため、こちらの状況が伝わっていないと考えていたせいもあるが、マユラの思考は助かったという安堵と混乱が交互に行き交い、うまく纏まらない。

「敵襲という報告を最後に通信が切れたからな。それに、艦隊の方も襲撃を受けている」

「そんな…!?」

 3人が眼を見開き、アスランは頷く。

「M2隊は敵MSの回収を…俺達は艦隊の援護に向かう!」

 説明が惜しいため、アスランは素早く指示だけを飛ばす。既に敵機の反応は消えた。大方撃破したとはいえ、数機はコックピットブロックは無事なはずだ。救助、連行し相手の正体を掴まねばならない。

 この場の収拾を任せ、戻ろうと身を翻した瞬間…レーダーが警告音を発した。

「新手…!?」

 レンジ外から急速に接近してくる反応。だが、このスピードは尋常ではない。身構え、その方角を見やると、デブリの奥……ヘリオポリスのコロニー内部から光の微かな反射が起こり、それが徐々に鮮明になってくる。

 それを捉えたカメラが解析図をモニターに表示する。小型巡洋艇のような形状を持つ機体、だが、該当する機種は無い。

 また未確認機かと表情を強張らせるアスラン達の視界に飛び込んでくる機影。相手は加速をさらに強め、こちらへと衝突コースを取る。

「散開!」

 慌てて分散し、回避するも、その過ぎった機影は艦首部分を四方に分解させ、後部スラスターを後方へとスライドさせる。分裂した艦首が細長く伸び、スライドしたボディ部分から現われる腕部。

「何!?」

 敵の変形に眼を見開くアスラン達の前で、ボディ部分から飛び出すように出現する巨大な頭部。そのカメラアイが輝き、完全に姿を現わしたそれは、MSだった。

「アレは…イージス……っ!?」

 その機体形状に変形システムを目の当たりにしたアスランは驚愕する。それはかつて、自身がこのヘリオポリスから奪取したイージスそのものだったからだ。だが、僅かにディテールを違えるその機体はどこか禍々しさを醸し出している。

 思わぬ過去の幻影を見せつけられたかのごとく、動きを止めるアスラン。その隙を逃すことなく、イージスが右手のビームライフルを構える。

「ザラ一尉!」

「っ!?」

 動きを止めたアスランを呼ぶアサギにハッと我に返ったと同時にトリガーが引かれ、ビームがムラサメに迫り、アスランは反射的に操縦桿を引いた。機体が動くも、それは遅く、ビームが右肩の装甲を抉り、衝撃が機体を襲う。

「ぐぅぅぅっ!」

 歯噛みするアスランに向けて、イージスは容赦なく追撃をかける。

「死ね、コーディネイター!」

 その機体、GAT-X303AA:ロッソイージスのコックピットでパイロットであるエミリオ=ブロデリックは鋭い視線を向け、殺気を滲ませる。

 ロッソイージスの構えるビームライフルに応戦するようにアスランもムラサメのイカズチを振り被り、互いにトリガーが引かれる。発射されたビームが両者の中間で激突し合い、両機を照り映えさせた。





 ヘリオポリス周辺での戦闘が混迷するなか、外周部での攻防もまた熾烈を極めていた。

 ユリア率いるミカゼ中隊が主軸となり、配置を構築し、迎撃する。FAダガー隊が右腕にマウントされた2連装大型ビームランチャーと左肩に背負った120mmレールガンで砲撃し、敵スローターダガー隊の陣形を崩す。

 敵側は火力を有する支援機が見当たらないのを確認したユリアがザフトの部隊にも通信を送る。

「こちらユリア、敵を牽制します! 射撃による混乱に乗じて仕掛けます!」

「了解!」

 ヴェノムのザクウォーリアが応じ、並行するレミュのザクウォーリアに呼び掛ける。

「シーミル、お前らは敵を牽制してくれ!」

「了解! 狙い撃ちます!」

 ガナーのオルトロスを腰に構え、レミュはスコープを引き出し、照準をロックする。レミュのザクウォーリアに応じるように対艦用のD型兵装を施されたゲイツR数機が火粒子砲を構え、一斉にトリガーを引く。

 放たれる閃光の奔流が幾条も向かい、敵の編隊に突き刺さり、相手を被弾、撃墜していく。爆発が巻き起こり、視界が一瞬覆われるも、その爆煙を裂いて向かってくるスローターダガーを確認し、ユリアが加速する。

 ウィンダムのビームライフルが火を噴き、スローターダガーのボディを撃ち抜き、破壊する。それに続くようにダガーLが応戦し、ダガー同士の激しい火花が散る。

 正式な後継機と情勢により主力となり得なかった機体は互いの因縁を体現するかのように撃ち合い、相手を葬り、屠っていく。

 ビーム突撃銃を構え、ザクウォーリアが狙撃し、スローターダガーのボディを撃ち抜く。両肩の誘導ミサイルを斉射し、相手の火器やボディを破壊する。

「中尉、こいつらは見当つきますか?」

 ウィンダムと背に撃ち合い、相手の正体に関して思考を巡らせる。

「解からない。けど、私達は嵌められたってのは間違いないね」

 苦い口調で応じながら、トリガーを引く。相手の正体に関してはユリアもはかりかねるが、それでも艦隊の後方から奇襲してきたことといい、待ち伏せされていた可能性が高く、自分達はどうやら罠に嵌められたようだ。

「上層部っすか?」

「早計ね、でも、安々と生贄にされてたまるもんですかっ」

「同感っす」

 嗜めつつ、まずはこの場を切り抜けるのが先決と互いに飛び出し、ザクウォーリアは左肩からビームトマホークを抜き、袈裟懸けにボディを切り裂き、ウィンダムは両腰からMk315 スティレット投擲噴進対装甲貫入弾を取り出し、投擲する。

 短刀がボディに突き刺さった瞬間、仕込まれた火薬が内部で爆発し、機体を粉々に砕く。

 身を翻し、A52 攻盾タイプEを振り上げ、内側にマウントされたミサイルを発射し、離れた位置で狙っていたスローターダガーの周囲に着弾させ、体勢を崩させる。その隙を衝き、ヴェノムはビームトマホークを振り上げ、下段からボディを切り裂き、破壊する。

 閃光を背にウィンダムとザクウォーリアは指を立てて互いに合図し合い、敵機のなかへと突入していく。

 前線で奮戦するなか、艦隊の護衛に回った支援部隊に向かって抜けてきた敵機が際限なく迫り、弾幕を絶やさず放ち続ける。

「こんのぉぉっ」

 オルトロスを放ち、スローターダガーのボディを撃ち抜く。だが、その爆発を盾にするかのようにさらに距離を詰める僚機。

 ガナー装備で懐に入り込まれては対処が難しい。レミュは間合いを取らせまいと必死に距離を取る。だが、それでもしつこく追い縋る敵機にレミュはハンドグレネードを掴み、投擲する。

 手榴弾がボディに着弾し、爆発に機体を木っ端微塵に破壊し、レミュは体勢を立て直す。

「こいつらなんでこんなにわらわら…っ!」

 正直、敵機の数が半端ではない。思わず愚痴るレミュだったが、遂に弾幕を抜けたスローターダガーが艦隊の方へ直進する。

「しま……っ」

 抜かれたと歯噛みした瞬間、スローターダガーはビームを撃ちながら護衛艦に迫り、対空砲の集中砲火を浴び、機体を次々ともぎ取られながらも加速を止めず、煙を噴き上げながら護衛艦の艦橋に激突し、機体が爆発する。

 その爆発に巻き込まれ、艦橋を吹き飛ばし、その誘爆が艦全体に拡がり、護衛艦が轟沈する。

 その光景に一瞬呆気に取られるレミュ。そして、それは他のガーディアンズのMSパイロットも同様だった。敵機の特攻と友軍艦の消失に、息を呑む。

 それは、士気を大きく下げ、隙を生じさせた。逃すことなく降り注ぐビームの嵐にゲイツRが被弾し、FAダガーも反応が鈍く、防戦に陥る。

「うっ」

 レミュも動揺を隠せず、シールドを掲げて防御に意識を専念させる。

「な、なんなのこいつら…?」

 先程から不審に感じていた違和感がより鮮明なものになってくる。相手の攻撃が鬼気迫る程のものであることもそうだが、それ以上に命すら惜しくないと謂わんばかりの突撃戦法。

 だが、それは確かにこちらに対しある種の威圧感を与え、動きを鈍らせている。

 その時、後方からミサイルが撃ち込まれ、部隊の眼前で炸裂し、爆煙が視界を覆う。

「今のうちだ、体勢を立て直せっ」

「エレン隊長!」

 ハッと振り向くと、白銀のザクファントムが加速して向かってくる。閃光が収まった瞬間、エレンは照準を合わせ、両手持ちでビーム突撃銃を放った。

 幾条も放たれたビームが閃光を突き抜け、スローターダガーのボディを撃ち抜き、破壊する。その正確無比さにレミュは感嘆する。

(やっぱこの人敵に回しちゃいけないよね)

 もし敵に回ったら、間違いなく的にされるであろうと確信しつつ、レミュはエレンの許まで下がり、オルトロスを砲撃し、スローターダガー一機を破壊する。

「隊長」

「油断するな、こいつらは恐らく前座。本命は別にいる」

 素早くエレンは自機に搭載されている各種センサー類を作動させる。艦橋から確認した敵戦力、そして不可解な行動。これは恐らく、こちらの戦力分断と、各個撃破を狙った陽動だ。なら、別働隊がいる筈だ。

 索敵を行うなか、残存の部隊が襲い掛かり、エレンは歯噛みしながら回避する。

「邪魔だ…っ」

 吼え、ビームトマホークを抜いて頭部を切り飛ばし、弾き飛ばす。レミュもまたオルトロスを構えた瞬間、後方からの敵機接近を告げるアラートに眼を見開いた。

 一機のスローターダガーが後ろから掴み掛かり、ザクウォーリアを拘束する。

「なっなにすんのよ……っ」

 振り解こうともがくも、敵の締め付けが強く、なかなか振り解けない。ホールドしたスローターダガーのコックピット、ヘルメットの下でパイロットの男が息を荒く苦しむ。

 眼球が飛び出さんばかりに見開かれ、貌全体に侵食するかのごとく浮かび上がる血管。頭や顔に取り付けられた薬品チューブがそれを際立たせる。

 尋常でない男が奇声を上げた瞬間、スローターダガーのボディが閃光を発し、レミュが息を呑んだ瞬間、スローターダガーは大爆発を起こし、ザクウォーリアが巻き込まれる。

「っ!? シーミル……っ!!」

 眼前で起こった事態にエレンは驚愕に眼を見開く。

 レミュのザクウォーリアを救助しようとした瞬間、別方向から飛来するものを捉え、咄嗟にシールドを掲げて防御するも、向かってきたそれはシールドの装甲を破り、左腕の装甲にも突き刺さる。

「がぁぁっ」

 鋭い衝撃に体勢を崩す。振動に歯噛みし、なんとか機体に制動をかけ、自機の状態を確認する。左のスパイクシールドを貫通して突き刺さったのはニードルのような槍状の武器。そして、それを見計らったようにコックピットに敵機の反応を告げるアラートが響く。

「デテクターに反応…!?」

 エレンのザクファントムに搭載されたミラージュコロイドを探知するデテクター機器。そして、ザクファントムの前方の空間が歪み、そこから抜け出るように姿を見せる漆黒の機影。

 全身に走る黒衣の装甲、そして両腕にマウントされたシールドのような兵装。黒子のような空気を纏った機体がゆっくりと顔を上げ、その瞳を不気味に輝かせる。

「お見事お見事…流石は、ガーディアンズのエースパイロットの一人」

 通信機から揶揄するような声が響き、エレンは眉を寄せ、微かに息を詰まらせる。

「やはり潜んでいたのね…貴様、何者!?」

 睨みつけ、鋭い視線と口調を向けるも、相手は意にも介さず、飄々と肩を竦める。

「名乗るほどの者ではございませんよ。敢えて言うなら……水先案内人といったところでしょうか? 地獄へのね」

 ニヤリと口元が歪み、それだけで相手の性情を悟ったエレンは嫌悪感にますます険しくなる。

「せっかく一思いに楽にしてさしあげようとしたものを…わざわざ苦しみを長引かせることもないだろうよ、お仲間のようにな」

 ギリっと歯軋りし、操縦桿を握り締める。レミュの安否を確認したい衝動を抑え、冷静になれと必死に言い聞かせる。

「仲間を特攻させるような真似…貴様、それでも戦士か!?」

「これは異なことを。連中は所詮、捨て駒…貴方方の戦力を削るという、役目を果たし、見事に散った。命に換えても…自己陶酔犠牲が好きな者にはたまらないだろうよ」

 けらけらと哂う男にエレンは怒りを渦巻かせる。

 そんなエレンの怒りさえも愉しむように黒衣の機体、GAT-X207SR:ネロブリッツはその両腕を振り上げる。

 コックピットに愉悦を帯びる笑みを浮かべる男:ダナ=スニップは舌を舐め回す。

「さて…それじゃ、ショーの第二幕といくか!」

 口調が変わり、ネロブリッツの両腕のランチャーからミサイルが発射され、弧を描きながら迫る。

「っ!?」

 歯噛みしながらザクファントムを後退させるも、ミサイルは誘導されるように追ってくる。

「誘導型? くそっ」

 左腕は先程の攻撃でもう使い物にならない。残った右腕で突撃銃を放ち、ミサイルを撃ち落とすも、全てを落としきれず、抜けたミサイルが襲い掛かる。エレンは舌打ちし、ザクファントムの左腕の関節部をパージする。

「使えねえならっ」

 少しでも機体を軽くするため、パージした左腕を放り投げ、ミサイルに着弾し、爆発が視界を覆う。

「奴は…っ!」

「ここだぜっ」

 ネロブリッツの姿を捜し、視界を巡らした瞬間、ザクファントムの後方に回り込む。

「このおっっ!」

 後ろを取られながらも、エレンは右手にビームトマホークを構え、振り上げる。その斧刃をシールドを掲げて受け止める。

「ひゃ、怖い怖い!」

 戦闘を愉しむように哄笑を浮かべ、ダナはザクファントムを強引に弾き飛ばし、エレンは衝撃に歯噛みする。

「死になっ」

 右腕のトリケロスからビームが放たれ、体勢を崩すザクファントムに迫る。

(殺られる…っ)

 防御は間に合わない。だが、そこへ割り込むように投擲された物体がビームを弾く。

「何!?」

 エレンとダナは眼を見開くが、そこへビームがネロブリッツに浴びせられる。

「ちぃぃ、誰だ!?」

 邪魔をした相手に毒づきながら見やると、ユリアのウィンダムとヴェノムのザクウォーリアが迫ってきた。

「これ以上好き勝手、させるもんかっ」

「やらせんっすよ」

 前線を片付けたユリアとヴェノムはネロブリッツを狙い、相手を退かせながらエレンのザクファントムの前に立ち塞がる。

「隊長、無事っすか!?」

「ああ、なんとかね」

 苦い口調で応じながら、ザクファントムの姿勢を保たせる。その状態にユリアは庇いつつ、相手を睨む。

「これで3対1よ…いえ、こっちの圧倒的多勢ね」

 皮肉るように吐き捨て、ダナが首を傾げたが、すぐさまその意味を悟る。ネロブリッツを包囲するようにFAダガーやゲイツRら、ガーディアンズのMSが包囲していた。

「その機体、いろいろ訊きたいことがある。投降するなら、身柄は保証する。けど、私達には特例が認められている。投降しない場合は、相応の処罰も課す」

 低い声で言い放つ。相手を威嚇するように全機が銃口を向ける。妙な動きを即座にでも行えば、即破壊だ。

 沈黙が漂うなか、ダナは肩を竦め、大仰に発した。

「こいつは流石にヤバイなあ…OKOK、俺の負けだ」

 両手を挙げ、あっさりと投降の意を示したことにユリアとヴェノムは訝しげになるが、エレンは叫んだ。

「油断するなっそいつは…!?」

「おおそうそう、勘違いするなよ。俺が負けたのは、俺だけで任務が達成できなかったってことだ。黒子は俺だけじゃないんだよっ」

 その言葉が引き金になったかのごとく、突如レーダーに現われる敵反応。唐突な反応にユリアとヴェノムは眼を見開き、エレンも息を呑む。

 ネロブリッツを包囲していたガーディアンズ部隊のさらに外側。包囲するかのように宇宙のなかから現われる機影。

 四肢を轟かせ、頭部のバイザーが輝き、額のモノアイが不気味に動く。右手に構えるランチャーを振り、その背中には巨大な翼が拡がる。

 その姿に見覚えのあったエレン達は眼前の光景に言葉を失う。

「アレは……エンジェル………」

 エレンが呆然と呟く。

 彼らを包囲して佇むのは、先のA.W.の最終決戦においてディカスティスが使用した兵器。コードネーム:エンジェルと呼ばれる機体だった。

 だが、それは全身を神の使徒の証であった純白ではなく…悪魔の遣いとでも言うべき、漆黒に染め上げられていた。

 まるで…墓場から這い上がった死人のごとく………





 ビームが飛び交い、ムラサメとロッソイージスがビームを撃ち合いながら交錯する。ヘリオポリスという因縁の場所でかつて自身の搭乗した愛機と相似の機体を相手にアスランは微かな動揺を憶えていた。

「くっ」

 イカズチのビームを放つも、ロッソイージスは回避し、脚部のビーム刃を展開し、振り払う。その一撃にイカズチの砲身が切り落とされ、アスランは舌打ちし、バルカンで牽制し、距離を取る。

(基本的な能力はほぼ同じ…だが、出力が桁違いだっ)

 相手のイージスはディテールも多少違ってはいるが、武装に能力は自身の乗ったイージスとさして差はない。だが、そのパワーは圧倒的に違う。

 歯噛みするアスランに向けてエミリオはロッソイージスのビーム刃をさらに振り払うも、アスランもビームサーベルを抜いて受け止める。

 互いの干渉が起こるなか、エミリオはさらにもう片方の爪先からビーム刃を展開し、振り上げる。アスランは咄嗟にシールドで防ぐも、表面が大きく融解させられ、弾かれる。

「浄化!!」

 吹き飛ぶムラサメに向けてMA形態となり、中央部に備わったスキュラの砲口にエネルギーが収束し、解き放たれる。

「ちぃぃ」

 レバーを引き、ムラサメは戦闘機へと変形し、その場を離脱する。目標を見失ったスキュラはデブリを薙ぎ払いながら虚空へ消え、アスランはムラサメのハヤテを発射し、ミサイルが弧を描きながら迫るも、エミリオはスキュラを発射する。

 スキュラの閃光は屈折湾曲し、ミサイルを瞬時に薙ぎ払い、爆発が周囲を照らすなか、ムラサメと巡航形態になったロッソイージスは加速し、高速戦闘に突入する。

 デブリのなかを掻き分けるように飛行し、2機の距離が徐々に狭まる。

「死ね、コーディネイター!」

 ロッソイージスの機首が開き、スキュラが放たれる。まるで蛇のようにデブリを避けながらムラサメに迫る。

 レバーを引き、逆制動をかけて機体を急停止させる。その衝撃が身を圧迫するも、アスランは逆制動と同時に逆噴射で機体を後退させた。

 相手を抜き去り、後ろを取り返し、アスランは照準をロックする。

「もらったっ」

 トリガーが引かれ、ビームの一射がロッソイージスの装甲を掠め、それによって相手は体勢を崩す。

 エミリオの表情が初めて屈辱に歪む。だが、アスランはさらに追い討ちをかけるようにハヤテを放ち、ミサイルがロッソイージス周辺のデブリに着弾し、破片の飽和によって無数の礫が襲い掛かる。

 機体装甲を掠める幾つもの衝撃にロッソイージスは打ちつけられ、機体を激しく揺さぶる。

 いくらPS装甲とはいえ、断続的に続く衝撃が内部機器にダメージを与え、一時的にシステムをフリーズさせる。

 動きの鈍った隙を衝き、アスランはムラサメを加速させ、戦闘能力を奪うために相手の機首部分に狙いを定める。

 照準サイトが合わさり、アスランがトリガーを引こうと指に力を込めた瞬間…アスランは肌が粟立つ。

 背筋を這った悪寒にハッと機体を急停止させた瞬間…大出力のビームがデブリを薙ぎ払い、自機とロッソイージスの間を過ぎった。

「何だ……っ!?」

 今のビームの出力は戦艦の主砲並みの威力だった。だが、こんなデブリの密集した宙域で戦艦が動けるはずもない。ビームが撃ち込まれた方角を見やる。ポッカリと空いた空間の彼方から高速で飛来してくる機影。

「アレは…何だ……?」

 今まで見たこともない機体。全身を超重装甲で覆った通常のMSの1.5倍近くあるその巨体。その右手には、今のビームを放ったと思しき巨大な砲身が握られている。

 その機体のコックピットで、パイロットと思しき人影が顔を上げる。だが、そのコックピットは異様な仕様だった。パイロットは全身を鎧のような装甲服で身を包み、全身の至るところにコックピットから繋がるケーブルによって一体となっている。

 兜のような仮面を被り、頭部を完全に隠した人影がゆっくりと顔を上げ、その仮面の奥で赤く瞳を輝かせ、口元のマスクからは呼吸器の収縮音のような音が漏れる。

 正面モニターに映るムラサメが拡大され、機体データが照合され、その横に付随するようにアスランのプロフィールデータが表示される。

「最重要ターゲット確認、コードネーム:サタン、MISSION START」

 抑揚のない機械的な声とも電子音とも取れる言葉を漏らし、それに呼応するように主と同じ重装甲の鎧で全身を覆った純白のMSは頭部のモノアイを赤く爛々と輝かせ、フェイス部分を覆うアーマーの排気口から音がこもれる。

 右腕の巨大なランチャー、そして両肩部の連装キャノンが起動し、脚部バーニアと背部スラスターが唸りを上げ、鈍重な外見からは想像もできないスピードを出す。

「アザゼル、目標を破壊する」

 制動をかけると同時にランチャーを構え、砲口にエネルギーが収束する。狙われていることに気づいたアスランが身を翻すも、それより早くランチャーから高出力のビームが放たれ、進路上のデブリを呑み込みながらムラサメに迫り、離脱が遅れたムラサメの右脚部を融かし取った。

 ビームが過ぎると同時に、右脚部を喪失した爆発が機体を襲い、バランスを失う。

「くっ…っ!?」

 姿勢制御を行おうとするも、そんな暇さえ与えまいと相手は両肩の連装キャノンを斉射する。

 ビームの光弾が幾発も迫り、ムラサメを翻弄する。アスランは歯噛みし、スラスターを噴かして攻撃の渦のなかから逃れ、機体を加速させて回り込む。ビームライフルを放つも、敵は回避しようともしない。装甲に着弾したビームは敵の装甲を貫通せず、周囲に霧散する。

「ビームを…!」

 ビームを完全に無効化する装甲に驚愕する。

「ラミネート…いや、違う!」

 一部のMSにはビーム対策用にラミネート装甲が設けられているが、あそこまで無効化は不可能のはずだ。ビームを防げてもその熱量が装甲の表面から伝導し、融解させていく。だが、あのMSの装甲は焼け焦げた様子が見受けられない。

 装甲の性質が未知のものであるため、迂闊には判断できないが、少なくともこの距離からの攻撃では致命傷は与えられない。

 もっと距離を詰めなければ、相手への決定打は出ない。アスランはビームライフルを捨て、ビームサーベルを抜いてクロスレンジに切り換える。

 一気に距離を詰めようとするムラサメに鎧兜の人影は無言のまま一瞥し、ランチャー両手で持ち構え、真正面に構える。

 モニターに映し出される照準サイトが加速してくるムラサメに合わさり、ゆっくりと真正面からセットされていく。

 それに連動し、ランチャーの砲口にエネルギーが収束し、エネルギーの飽和が周囲に粒子の迸りを生み出す。

「収束率、90%。目標との距離、400、射角、誤差修正。ミストからアザゼルへ、データ転送」

 鎧兜に接続されるケーブルを通じて、データを処理しながらゆっくりと右手に握る操縦桿のトリガーに指をかける。

「目標を殲滅する」

 何の感慨も感じさせず…ミストと名乗りし鎧の人物はトリガーを引いた。

 粒子がプロミネンスのように砲口から迸り、一瞬、光が砲口の内に消えた瞬間……超新星の爆発かのごとき、高出力の光の奔流が解き放たれる。



≪ミスト≫










 ―――――墓場を舞台に…死者達の讃歌は響き渡る…………

























《次回予告》



悪魔の天使の名を冠せしもの……アザゼルと名乗りし堕天使が舞い降りる。

かつてこの世界に審判を降さんとした天使の再臨。

だがそれは…死からの再生……

奏でられる讃歌…それは、天への祝福ではなく…死へと誘う鎮魂歌………



守護者の名を冠せし者達はその讃歌にうたわれていくだけなのか。

絶体絶命の危機に陥ったとき…新たなる戦士が戦場へ姿を現わす。





古史に伝承されし古の國の志士。

魔天使と志士が対峙せし刻……

それは…世界に新たなる変革の流れを呼び込む………







次回、「PHASE-16 東方の志士」



世界にその意志を轟かせよ、不知火。









ヘリオポリス前編、いかがでしたでしょうか?

この話の構成自体、一応前作のTWIN時代にも考えていたネタだったのですが、拠点をアメノミハシラに移したこともあり、結局お蔵入りさせた話でしたが、このたび続編に当たってプロットを再構成し直し、ES版アストレイとして書き上げました。

久々の登場となる前作のゲストキャラに加えて、アスランやナタルと久々に書きました。今回は、中盤の日常パートが長くなったために後半の戦闘を少しばかり短くしました。本当なら、ムラサメの高速戦闘とか、ザクの連携戦とかいろいろネタはあったのですが、長くなりそうだったので今回は端折り、次回以降に回すことにしました。

それでもやりたかったアスランINムラサメVSロッソイージスのネタがかけただけで満足かなと思います。

そして、今回登場のエミリオ&ダナのチーム名は、シンポジウムさんの案を採用させていただきました。

今回は、今まで登場したオリジナルMSの設定も付随しました。しかし、改めて陽動+消耗戦は難しいと実感しました。最近見たなかで最大の消耗戦はなんといっても00の鹵獲作戦ですね。あれ程の規模の部隊を総動員するには今はどの勢力も無理、と(汗

次回は日本勢が本格登場します。日本は完全オリジナルなため、なかなか難しいですが、いろいろサプライズも考えてますので、お楽しみに。

ではではww


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