混迷を深める宇宙とは裏腹に、今は静寂を保つ地球。

 大西洋連邦本拠である北米大陸の北西部。大陸を割るかのように幾棟も聳え立つ広大な山々の連なるロッキー山脈。

 人類の誕生以前の数億年以上も前からこの地に隆起し、存在し続ける山脈の周囲は雄大な自然に囲まれ、現在の地球上において数少ない自然を残す場所でもある。

 前大戦時において国土が戦場となることの無かった大西洋連邦の国内有数の自然地帯でもあり、政府の直轄管理地帯でもあるが故に、一般人の出入りは一部を除いて禁止されている。

 そんなロッキー山脈の麓の小高い丘の上には、木造のコテージが一軒佇んでいる。丸太で造られたそのコテージはこの自然のなかに見事に溶け込み、調和を奏でている。

 そのコテージのウッドデッキに置かれた椅子に腰掛け、揺れながら山脈を見詰める人影。やや色あせた黄色の髪が僅かに靡き、貌には皺がいくつも刻まれ、頬骨が薄く浮き上がっている。だが、そこには年齢とともに積み重なった落ち着きと思慮深さが漂っている。

 老齢の男は椅子に凭れ、心地よい揺れに夢現のごとく身を任せていたが、その椅子の後ろに別の人影が歩み寄る。

「ようやく見つけましたよ、まさかこんな場所に居られるとは予想外でしたが」

 皮肉とも賛辞とも取れる言葉を掛ける人影は僅かな間を空けて立ち止まり、椅子越しに男を凝視する。

「ここは私のお気に入りの場所なものでね……シオン=ルーズベルト=シュタイン」

 呼ばれた人物は、現ブルーコスモス総帥であるシオンであった。スーツ姿に身を包んだシオンが苦笑を浮かべ、肩を竦める。

「お久しぶりでございます、ブルーノ=アズラエル殿」

 恭しく一礼し、その名を呼んだ。呼ばれた男は暫し無言であったが、やがて椅子の向きを変え、シオンに向き直った。

「ああ、かれこれ3年振りか」

「ええ、貴方が財団を引退し、姿を晦ませてからですので」

 シオンの前に立つ男の名はブルーノ=アズラエル。2年前のA.W.において地球連合を私物化し、ブルーコスモスを狂気に扇動したムルタ=アズラエルの叔父にして、前アズラエル財団の総帥であった男だ。

「貴方があのまま財団に留まりさえしてくれれば、ブルーコスモスもあそこまで変わりはしなかったでしょうに」

 やや苦い口調で告げるシオンにブルーノは温和とも取れる苦笑で返す。

「私の役目はあの時終わった。老人は去るのみ…それに、私にはそのような力などありはしない。私が居ても居なくても、変わらなかったかと思うがね」

 見透かしたかのような視線にシオンも口を噤む。

「変わっておられませんね……その先をまるで予見しているかのような物言い。貴方が一族の暴走を押し留めてくれていたものを」

 ブルーノがブルーコスモスの重鎮であった頃、次期盟主候補筆頭に上がっていた。当時、コーディネイターの誕生にブルーコスモス内が大きな変革を迎えていた頃、あくまでコーディネイターを排除せしめんとする強硬派とあくまで自然的に根絶を訴える穏健派に分かれるなか、中立の立場として双方の仲介役であったブルーノがもし、ブルーコスモスを率いてくれたなら、あそこまで暴走はしなかったであろうとシオンは確信している。

「私は変わり者だったからね。財団も些事も全てラースにくれてやった」

 そんなシオンを嗜めるように呟く。

 だが、ブルーノは盟主にはつかず、弟であったラース=アズラエルに財団の総帥、そして盟主の座すら明け渡し、隠居してしまった。そして、盟主の座についたラースにより、ブルーコスモスは狂信的な集団へと変貌していった。

 そのままラースは盟主の座をアズラエルへと譲り渡したと同時にブルーノは姿を消した。

「責任放棄ではありませんか? 貴方は仮にもプラント建造に対し出資した側、貴方がブルーコスモスを離れるのはまだ時期早々であったと」

 プラント建造を許可した当時の地球各国政府とそれに出資した国々は、その膨大な投資を回収するための配分を議論していたが、それに歯止めがきかず、数国の大国にばかり利権が流れ、結果として同盟国内においても軋轢と摩擦が生じ、プラントへのさらなる重税へと繋がり、それがあの戦争を引き起こした。シオンはそう考えている。

 あの戦争で富を得たのは一部の軍需産業のみ。結果としては、結局戦争を始めた方が損になった。

 だからこそシオンはプラントの自治権をある程度承認する代わりにそのプラントから発生する利潤を連合国家内に配当し、回収を念頭に置き、あの条約締結にこじつけた。

「君が居れば問題はなかったはずだ。現に、今こうしてうまく世界は纏まったではないか」

 そう指摘され、シオンは口を噤む。

「そんな過去の与太話をするためにわざわざ私を捜していたのかね? 君はそれ程暇な立場ではあるまいて?」

 鼻を僅かばかり鳴らし、低く哂う。シオンは微かに息を呑む。確かに、今更そんな過去の話を蒸し返しても意味はない。シオンは気を引き締め、軽く呼吸をして一息吸い込む。

「私が貴方を捜していたのは、訊きたいことがあるからですよ。前アズラエル財団総帥、そしてブルーコスモス盟主にして貴方の弟君であった、ラース=アズラエル…その所在をお教え願いたい」

 発せられた言葉に、ブルーノは僅かばかり表情を顰めたが、それは深い皺に紛れて窺えない。

「貴方は御存知のはずだ。財団解体と同時に姿を消し、現在も所在は不明…そして、ブルーユニオンなる組織の蜂起。いったい、何が起こっておられるのです?」

 睨むように言い放ち、シオンはブルーノに対峙する。

 前大戦で戦死したムルタ=アズラエルの実父にして、アズラエル財団の総帥であったラース=アズラエル。財団解体時に経営陣は軒並み逮捕されたが、総帥であったラースだけは逃亡してしまった。その所在をシオンは独自に調査していたが、余程うまく改竄したのか、その影さえも追うことができずにいた。

 いくらなんでもその存在を完全に覆い隠すのは不可能だ。なら、それを手助けした者がいるとシオンは睨み、ラースと繋がりが深い有権者や軍関係者を中心にこの2年間調査を進め、その過程で偶然にもブルーノの所在を掴んだのだ。

 そして、ブルーノならラースの逃亡先を知りえているかもしれないという点、そしてここ最近になって活動を活発化してきたブルーコスモス強硬派残党の流れを汲むブルーユニオンの蜂起など、その背後に大きな組織じみたものを感じ、シオンは不可解なものを憶えていた。

「君は、パトロンが私だと思ってるのかね?」

 既に組織的な行動など不可能なはずの強硬派を後援できるほどの財力。そして情報操作等考えれば、必然的にある程度絞れる。無論、ブルーノもその対象ではあった。当然とばかりに応じるシオンに笑い上げる。

「過大評価されたものだな、私も。今の私に何ができるというのだね? もはや老い先短い老人に?」

 大仰に肩を竦めるブルーノだったが、シオンもまた小さく笑う。

「御冗談を。このような場所で隠居している時点で、貴方は身の安全を確保し、影響力を残している」

 チラリと見える麓の工場区を見やる。ここロッキー山脈は大西洋連邦の有する数少ない自国の資源埋蔵地帯だ。故に政府の直轄の管理地帯であり、厳重に管理・監視体制が築かれている。

 そんな場所でこのように独りで過ごしているということは、今の政府内にもパイプを残しているはずだと暗に示唆させるも、ブルーノは笑みを崩さない。

「残念だが、私は本当に何も関与しておらんよ。誓ってもいい」

 その言葉がどの程度信用たるものか、シオンには図りかねていた。だが、これ以上追求してもあちらも答える気はないのであろうと理解し、身を引く。

「解かりました、残念です」

 軽く一礼し、背を向けようとしたシオンにブルーノが待ったをかけた。

「ただ、これだけは言える。世界は……常に変革を求めていると、な」

 思わず足を止め、ブルーノを見やるが、ブルーノは眼を閉じ、小さく息継ぎする。

「いや……求められているのは、人の世かもしれんがな。ブルーユニオンとやらが存在するのも、それを望む者がいるからであろう」

 たとえ何があろうと、眼の前に起こっている現在こそ事実であり、真実だ。ブルーユニオンが蜂起したのもそれを望む存在があってこそのこと。

「世界は管理されるべきか、それとも流れに身を任せるのみか……私には解からんがな。それに、いくら落ちぶれているとはいえ、これでも人の子だ。身内を売るような真似はできんよ」

 話は終わりとばかりに背を向け、拒絶の意を示すブルーノに、シオンはその真意を探りつつ、一礼し、静かにその場を去る。

「私は今でも貴方を尊敬していますよ……ブルーノ殿」

 微かに尊敬の念をまじえ、呟くと離れていくシオンを背中で見送り、ブルーノは無言で空を一瞥する。

 澄み渡る青空の遥か彼方……微かに見える影、それを一瞥し、ブルーノは嘆息した。

「やれやれ…ここでノンビリも終わりか。これもシナリオの内なのかね……?」

 嘆息し、肩を落とす。

 その漏れた疑問が誰に向けられたものなのか……それは誰にも…ブルーノ本人にも解からぬことだった………





機動戦士ガンダムSEED ETERNALSPIRITSS

PHASE-16  東方の志士







 人々の記憶のなかから薄れ…忘れ去られたように宇宙で朽ちるのを待つヘリオポリス。

 その墓標とも取れる場所を舞台に、今また新たな戦渦が渦巻き、そして拡がろうとしていた。

 守護者の名を冠せし者達に襲い掛かる死界からの来訪者達。死をその身に纏い、そして誘うべく現われし天使がその翼を禍々しく舞い上がらせる。

 ヘリオポリスの外壁部で攻防を繰り広げる機影。オーブ軍、アスラン=ザラの駆る赤褐色のムラサメは、ビームライフルを捨て、ビームサーベルを両手に構えて突撃する。

 その前方に大きく立ちはだかる純白とも灰色とも取れる重装甲に身を固めた巨人。荒野に彷徨いし堕天使の名を冠するMS:アザゼルがその頭部のモノアイを爛々と鮮血のごとく輝かせ、そのコックピットと呼ぶにはあまりに異質なコア部で一体化する鎧に身を纏いし者:ミストが同じく兜の下で紅く瞳を輝かせ、マスク部から呼吸器の収縮音を響かせる。

「目標を殲滅する」

 抑揚のない声で呟き、それに連動するようにアザゼルは右手に持つ巨大な砲身をボディ前部に構え、持ち手を変えて両手でランチャーを構える。

 前部バレルが伸び拡がり、砲口が拡大し、収束するエネルギーがプロミネンスの粒子を噴き出す。

ミストの眼前のモニターの照準サイトが展開され、加速するムラサメを捉え、ロックオンされる。

 無感動にトリガーを引き、砲口から高エネルギーが解放される。解き放たれた奔流は真っ直ぐにムラサメに襲い掛かる。

「ぐっ!」

 アスランはその全感覚を駆使し、操縦桿を切ってムラサメを回避させる。一瞬の鋭い機動に各関節部が軋みを上げるも、ムラサメは奔流を沿うように紙一重で回避し、かわしきる。

「掠めただけでこれか…だがっ」

 装甲表面が融解し、次に喰らえば間違いなくフレームがやられる。だが、あれだけの出力なら、連射はきかない。たとえできたとしても多少のタイムラグがある。その隙を逃すまいとアスランはフルスロットルで機体を加速させる。

 バーニアが火を噴き、ムラサメは両手にビームサーベルを抜いて斬り掛かる。

「おおおっ!!」

 咆哮とともに振り下ろされるも、アザゼルはモノアイを輝かせ、背部のスラスターを噴かし、ムラサメが薙いだ瞬間、その身を陽炎のように霧散させた。

「何…っ!?」

 驚愕するアスランだったが、その瞬間…背後に回り込むアザゼル。

「速い……っ!」

 予想以上のスピードにアスランが眼を剥く間もなく、アザゼルは両肩の連装ランチャーをムラサメにロックする。この距離なら先程のような回避は間に合わない。

「ターゲット、破壊完了」

 トリガーを引こうとした瞬間、横合いにビームが撃ち込まれ、アザゼルを振動させる。ミストはまったく動じた様子もなかったが、それは僅かながらのタイムラグを生み、アスランは考えるより先に機体を操作し、機体を離脱させた。

 それと同時に放たれる連装キャノンは空を切り、アスランは微かに息を吐く。

「副長!」

 呼び掛けに反応し、振り向くと、アサギ達のムラサメがこちらへと向かってきた。

「すまん、助かった!」

「いえ…でも、こいついったい……!?」

 アサギ達も困惑していた。ダガーならまだある程度予想はできるものの、この眼前の敵機はまったく見当がつかない未知の敵だ。それが言い知れぬ不気味さと恐怖を味あわせていた。

 だが、アスランもそれに答える術はない。

「解からん…だがっ、俺達を狙っているのは間違いないっ」

 正直、アスランも困惑しているのだ。そのために微かな動揺が操縦にも現われている。艦隊との通信はジャミングがかけられているのか、不可。そしてこの未知の機体。相手の真意、そして正体が解からず、アスランは歯噛みする。

 だが、そんな困惑を無視するようにアザゼルは再度連装キャノンを砲撃し、無数の光弾は4機に襲い掛かる。

「くっ!」

「きゃぁぁっ」

「危ないっ」

「このぉぉっ」

 砲撃に晒されながらも、マユラとジュリのムラサメが反撃しようと砲撃を掻い潜り、アザゼルに攻めるも、アスランは叫ぶ。

「いかん、やめろ……っ!」

 あの機体はその鈍重な外見にそぐわない機動力と推進力を有している。迂闊に近づいても餌食になるが、それは遅く…ジュリのムラサメがビームライフルで牽制弾を放つと同時にマユラのムラサメが戦闘機形態で突撃した。

「このぉぉぉっ」

 ジュリのビームに続くようにマユラはビームライフルを連射するも、アザゼルはよけようともせず、その重装甲を突き出すように構え、ビームが着弾した瞬間、熱粒子が周囲に霧散する。

「え!?」

 その予想外の事態にマユラは呆気に取られ、離脱のタイミングを逃し、アザゼルの懐に急接近してしまう。

 アザゼルの瞳が不気味に鳴動し、身体を大きく捻り、その背腰部から伸びる巨大な尾のような鞭が撓り、ムラサメに襲い掛かる。

 振り薙がれた尾が突撃してきたムラサメに激突し、マユラは大きく吹き飛ばされた。

「きゃぁぁぁっ!」

 衝撃に呻き、身体を襲う痛みが全身を駆け巡りながら機体がシェイクされ、ムラサメは岩塊に叩きつけられた。着撃時の衝撃がトドメとばかりに背中を強く打ちつけたマユラはヘルメットの下で微かに鮮血を混じらせた嘔吐物を吐き出す。

「げほっげほっ」

 全身を襲う痛みと圧迫感による呼吸困難に苦しむ。

「マユラ! っ!?」

 マユラのムラサメが無残に弾かれた光景に呆気に取られたジュリだったが、次の瞬間…眼前にビームが迫り、慌てて回避するも、左腕を抉り取られ、爆発に弾かれる。

「きゃぁぁぁっ!」

 悲鳴とともに弾かれたジュリのムラサメもまた大きく蛇行しながら岩塊に激突し、ジュリもまた嘔吐する。

 瞬く間にマユラとジュリが倒されたことにアサギとアスランは息を呑み、歯噛みする。

「ザ、ザラ副長……」

 アサギの不安のこもる声が聞こえる。仲間の無残な姿に戦意を喪失させている。アスランもそうだ、動揺が汗となって身体中に流れている。それでもそれを外に出さないようにさせているのは指揮官たる所以か。

 このままではマズイ、敵の能力は自分の予想以上だ。これ程の戦闘能力を持たせ、運用できる組織となるとかなりのバックボーンがあると見て間違いない。だが、それも自分達がここでやられては何の意味もない。

 なら、生き残ることが今の最重要目的だ。アスランは機体のコンソールを叩き、既に機能を低下させている区画を閉鎖し、操縦桿を握り締める。

「コードウェル二尉、奴は俺が引き付ける。その隙に二人を連れて逃げろ」

「え……?」

「いいな…必ず生きて戻れ、そして、この件をサハク代表やアスハ三佐に伝えろ。命令だっ」

 次の瞬間、アサギが声を掛けるより早くアスランはペダルを踏み込み、操縦桿を引いた。バーニアが火を噴き、ムラサメは機体を加速させ、アザゼルに向かって突撃していく。

 叫ぶアサギの声も無視し、アスランは咆哮を上げてアザゼルに斬り掛かる。

「うおぉぉぉぉっっ!」

 不退転の気迫とともにムラサメはビームサーベルを抜き、アザゼルに襲い掛かる。ミストはそれに気づき、機体を後方へと跳躍させ、その斬撃をかわす。だが、逃すまいとアスランはさらに懐に飛び込み、連撃を仕掛ける。

 幾条も振るわれる刃がアザゼルを掠める。間合いを詰めたまま離れず、斬撃を浴びせかけるも、アザゼルは紙一重でかわし、歯噛みする。

(くそっ、なんて機動力だっ)

 相手の質量の法則を無視したような出鱈目な機動には慄く。いくらここが無重力空間とはいえ、機体のあの重量から見ても動きは鈍くなる。だが、そんな常識を覆さんばかりに相手の動きは素早い。

 このままでは相手に致命傷を与えられないが、アスランには好都合だ。このまま相手の反撃を封じ込めたまま、時間を稼ぐ。なんとかアサギ達が離脱するまでの時間を稼げればいい。

 アスランは不意に、脳裏に自身の先を見据えた。

(俺の代わりは…なんとかなるっ)

 既に覚悟したことだ。無論、自身も生き延びることを放棄するつもりはないが、それでも最悪の事態は避けられない。ここで全員犠牲になるよりは、自分独りの方がいい。生き延びてくれれば、それが必ず後の仲間達のためになる。

「おおおおっっ」

 だからこそ、もう暫く自分が殺られる訳にも、眼前の敵にも離れてもらう訳にはいかない。

「付き合ってもらうぞっ」

 決して離れず、幾条も煌く刃は、アスランの命の灯火のごとく輝き、アザゼルに降り掛かる。だが、ミストはそんなアスランの決死の刃をまったく無関心にかわしていた。

 眼前のモニターにはムラサメの機動数値、攻撃パターンが解析され、それがデータとして蓄積していく。

「攻撃パターン蓄積…データアップロード、TAKE」

 データがアザゼルのOSへとロードされた瞬間、アザゼルのモノアイが輝き、マスクから排気音が漏れた。薙がれた刃を屈み込んでかわしたアザゼルは間を置かず機体を加速させ、ムラサメに突貫した。

「がはっ」

 甲高い激突の衝撃音が真空の宇宙に木霊し、ムラサメは装甲を大きくひしゃげながら弾かれる。

 その重装甲の至近距離での体当たりは薄い装甲のムラサメには致命的であり、ボディ部の装甲が大きく歪み、アスランはその衝撃をほぼ無防備で喰らい、身体を大きく打ちつけ、吐血する。

 バイザーを真っ赤に染めながら蛇行するムラサメはそのまま流されるも、その上を取るアザゼル。

 一瞬のうちにムラサメと対峙するように接近し、腕部を振り上げ、振り下ろした拳がボディ部分に突き刺さり、再度鋭い衝撃が身体を襲い、アスランは意識を刻まれた。

 弾き飛ばされたムラサメは大きく吹き飛び、コロニーの外壁ミラーに激突し、壁面を大きく抉りながら飛び、やがて制動がかけられ、動きが止まる。

 だが、ムラサメの状態は最悪だった。ボディの装甲は歪み、コックピットブロックも半ば変形しかけている。

 機体は半壊に近く、アスランもまた度重なる衝撃に全身を大きく麻痺させ、意識を朦朧とさせている。

 そんなアスランにアサギが悲痛な声を上げる。

「副長!!」

 マユラのムラサメを抱え、アサギは眼を見開く。アスランを見捨てて逃げることなどできず、なんとかマユラとジュリだけでも逃そうとしていたが、眼の前の現実に恐慌状態に陥る。

 マユラとジュリも薄れゆく意識のなかで悲痛なものを浮かべ、表情を歪める。

「このっ」

 なんとかアスランを助けようと援護に入ろうとするが、別方向から攻撃が降り注ぎ、援護に回っていたM2が被弾する。ハッと顔を上げると、被弾して外壁部に激突したロッソイージスが飛び出し、こちらへと銃口を向けていた。

「あいつ…っ」

 それに気づいたアサギやM2パイロット達が慌てて応戦するも、ロッソイージスはビームの間隙を縫い、一気に加速する。

「抹殺するっ」

 狂気に染まった表情でエミリオはロッソイージスをMA形態へと変形させ、機首が4つに分かれ、その下から覗く砲口にエネルギーが収束した瞬間、スキュラが放たれる。

 その熱量にM2数機掛かりでシールドを掲げ、防御するも…スキュラのエネルギーは直前で軌道を変え、湾曲して横殴りにM2のボディを貫き、機体を破壊する。

 眼前で爆発し、撃墜されていく友軍機にアサギとマユラが息を呑む間もなく、炎を突き破り、迫るロッソイージスが悪鬼のごとくビーム刃を展開して迫り、アサギは咄嗟に抱えていたマユラのムラサメを弾き、ビームサーベルを抜いて応戦した。

 ビームの刃が干渉し合い、火花が両機を照りつけ、アサギは歯噛みする。ムラサメの腕が振るえ、押し切られる。バックステップで跳び、干渉の反発とともに離脱するも、僅かに遅く、ビーム刃に右腕を切り裂かれ、ムラサメは爆発する。

「うっ」

 振動に体勢を崩し、おぼつかないムラサメにトドメを刺そうと逆足のビーム刃を振り上げ、真っ直ぐにムラサメに向かう。

「アサギ!!」

 マユラの悲痛な声が、酷く遠くに聞こえる。ああ、これで終わり…アサギの思考を飛び越え、全感覚がそれをハッキリとしたものとして知覚させた。

 濃厚な死が駆け巡る。人間、死ぬ瞬間には走馬灯が見えるという…アサギの脳裏にはそれらが一気に駆け抜け、より死を内に連想させた。

(ラスティ……)

 最期に浮かんだのは、朱髪の少年。一緒にいると楽しかった。まだほんの数える程度しか会ったこともない。だが、今のアサギの心に深く刻まれた存在。

 もう会えない…その考えが脳裏に浮かんだ瞬間、アサギは冷め切っていた感覚のなかに氷のメスを入れられたかのごとく急激に流動した。

(いやだ…っ)

 まだ死ねない。死にたくない…まだ何もしていないと、自分のことも故国のことも…その瞬間、無意識にアサギは操縦桿を引いた。

 ほぼ直前にビーム刃が迫った瞬間、ムラサメがボディを逸らし、薙がれたビーム刃に沿うように斬撃を回避する。

「何……っ!?」

 その異常な反応にエミリオが驚愕するも、ムラサメはそのまま身を回転させ、加速してロッソイージスに体当たりする。

 衝撃が互いのボディを襲い、呻くも…アサギはそれに歯噛みして耐え、なおも機体を加速させた。

「こんのぉぉぉぉっ」

 生き残ったスラスターバーニアを全開で噴かし、ロッソイージスに密着したまま加速し、2機は一気に外壁へと向かう。

 縺れ合いながら外壁にロッソイージスのボディを強かに打ちつけ、衝撃にエミリオが苦悶を浮かべるも、アサギも程度の差はあれど同じく衝撃を受け、身を麻痺させる。

 逃げようにも身体がいうことをきかない。動けと己に叫ぶも、身体はそれに応えず、痛みだけが蔓延する。

 そして、エミリオの方は怒りに表情を染め、睨みつける。同じ衝撃を受けたとはいえ、こちらはPS装甲だ。多少の衝撃は影響しない。ムラサメを引き剥がし、ボディ前部のスキュラの砲口を向け、エネルギーを収束させる。この至近距離なら、間違いなくコックピットは灼け爛れ、原型も留めないだろう。

 それを一瞬で理解したアサギは痺れる手でなんとか逃げようとするも、力が入れずムラサメは沈黙し、砲口には無情のエネルギーが眩かんばかりに溢れている。

 閃光に視界が覆われ、怯んだ瞬間……アサギはフワリと錯覚するような浮遊感に包まれた。同時にロッソイージスのスキュラが放たれ、真っ直ぐに伸びるも、それは虚空を切り、眼を見開くエミリオ。

 僅かに離れた位置でムラサメを抱える一体の白い衣を纏った機体。全身を覆い隠すその機体が衣の下でツインアイを輝かせ、下から振り出した腕が薙がれた瞬間、ロッソイージスの周囲の岩塊に着弾し、仕込まれていた火薬が爆発し、岩塊がロッソイージスを包み、礫の嵐を受けながらコロニー内部へ陥没していった。

 その様を茫然と見詰めるアサギ。自身が助かったという知覚は愚か、何が起こったか理解もできず、ただ加速するように過ぎ去った事態の連続に思考が追いつかない。

 自身が今、何かに抱き抱えられているという自覚をようやく抱き始めたのも束の間、白い影はアサギのムラサメを横たえ、身を翻して跳び去る。

「私…生きてる……?」

 それだけが、ようやく自覚できたアサギの言葉だった。

 そして、その視線が虚空に消え去った自身を救った影を追い求めるも、その姿は既に消え、見つけることは叶わない。その視界に、アスランのムラサメに狙いをつけるアザゼルの光景が飛び込んできたことで思考が戻り始めた。

 アスランのムラサメは既に半壊し、満足に動くこともままならない。激痛の走る全身にアスランの思考は彷徨う。

(あばらをやられたか…機体も、やばいな)

 あの一撃でかなり身を打ちつけたらしく、身体に先程から激痛が走り、呼吸もままならない。そして、意識自体もかなり朦朧とし、状況を確認できない。

 自身の鮮血で染まったバイザーの奥、モニターの真正面には、距離を空けて静止するアザゼルが巨大な砲口をこちらへと向けるのが映る。

 純白の装甲の下で不気味に鳴動する機体。その姿が、2年前のあの戦いで見た機体に重なる。

(ぐっ)

 あの正体が何であれ、このまま易々とやられてやる訳にはいかない。だが、身体が言うことをきかない。

(カガリ……ゴメン)

 心のなかで愛しい者に向けて謝罪する。かつて、護ると誓った最愛の少女。その誓いを破ってしまう自身の不甲斐なさに断腸の思いだった。

 自分の命はあの光に呑まれて消える。そんなアスランの最期を証明するかのごとく、アザゼルの砲口にはエネルギーが臨界を超え、収束する粒子が砲口から迸り、コックピット内でミストが正面モニターの照準サイトをセットする。

 サイトが動き、倒れ伏すムラサメにロックされ、アザゼルはトリガーに指をかける。

「目標、消滅確認」

 何の感慨もない機械的な口調で囁き、操縦桿のトリガーに指をかけた瞬間……横から何かの接近を告げるアラートが響き、そちらを見やると、回転する何かがアザゼルに襲い掛かり、ミストは振り払おうと左腕を振り上げるも、微かな衝撃が機体を襲い、その拍子でトリガーを引いた。

 アザゼルから放たれる光条。だが、体勢を崩したために当初の軌道を大きく逸れ、ビームの奔流はムラサメを大きく外して虚空へと過ぎる。

 ビームが外れたことにアスランは息を呑み、状況を確認しようとするが、思考がうまく纏まらない。身体が麻痺しているために視界が拡がらないが、それでも眼前のアザゼルが体勢を崩しているのだけは確認できる。

「…っ」

 そして、視界を凝らし、アザゼルを凝視すると、驚くべき光景が飛び込んでくる。アザゼルの左腕の装甲に大きく突き刺さった棒状の物体。

 ビームを先端に展開するその武器にアザゼルの装甲を貫通こそしなかったが、今までビームを無効化していただけに驚きが大きい。

「装甲、破損。機体フレーム…異常なし」

 自身の機体が傷つけられたというのにミストは動揺も見せず、ただ冷静に機体ダメージを分析し、突き刺さる武器の解析に入る。

 そして、その武器の反対側…細長いワイヤーのようなものが伸びているのを確認した瞬間、通信機から声が聞こえてきた。

「ひとつ、人の世の生き血を啜り……」

 その声は、全周波数なのか、アスランのコックピットにも届く。だが、聞き覚えのない声に戸惑うが、その間にも口上は続く。

「ふたつ、不埒な悪行三昧……」

 同じように声に聞き入っていたミストはその口上を無視し、ワイヤーで繋がる何かを引きちぎろうと腕を振り上げたが、向こう側からも力が掛かり、その反動で刃が装甲から抜け、棒状の武器はバネのように虚空へと消え去っていく。

「みっつ、醜い浮き世の鬼を……」

 虚空へと消えた先、そして声の発する周波数の音源を探り、センサーが捉えた場所へ向けて、ミストは機体を振り向かせる。

「退治てくれよう」

 その瞬間、アザゼルは両肩の連装キャノンを放ち、無数の光弾がデブリが密集した場所へと着撃し、周囲を激しい爆発と閃光が覆いつくす。

 爆煙と粉塵が周囲に霧散するなか、その煙の奥から姿を見せる純白の衣を纏った影。爆発によって発生した衝撃波がまるで風のごとく靡かせる。

 一瞬の静寂、アザゼルの連装キャノンが火を噴き、光弾が襲い掛かる。だが、白い影は軽やかな動きで弾丸をかわし、浮遊するデブリの上を滑るかのごとく疾走し、右手に保持する棒状のランサーを構える。

 近づけさせまいとアザゼルは右手のランチャーを構えて砲撃し、周囲のデブリごと狙い撃つも、奔流の波を滑るように捌き、一気に距離を詰めてランサーを振るう。アザゼルはその薙ぎ払いを跳躍でかわし、至近距離からキャノンを構えるが、その瞬間には姿は無く、背後に回り込まれる。

「速い?」

 戸惑った様子もなく、アザゼルは尾を振り被って弾こうとするが、相手はランサーでそれを受け止め、弾く。距離を一気に詰め、ランサーを叩きつけ、装甲を振動させる衝撃がコックピットを揺さぶる。

 だが、やはりパワーにおいては僅かに足りなかったのか、吹き飛ばすまでには至らず、踏み止まるアザゼルは左手に脚部から取り出した柄を握り、その先端から迸るビームの刃。それを振り上げ、振り下ろす。

 影もランサーの先端を変形させ、三叉状にビーム刃を展開し、その刃を受け止める。ビームが干渉し合い、エネルギーをスパークさせ、両者を照り映えさせる。

 対峙し合い、モニターから溢れる閃光が身に纏う鎧兜を屈折させるが、ミストは仮面の奥で抑揚のない声で呟いた。

「何者だ?」

 冷淡な口調を向けられた影は無言で返す。互いの干渉の影響で弾かれ、体勢を崩す。アザゼルは間髪入れず連装キャノンを斉射した。弾丸が、影に着弾し、爆発する。

 その爆発を一瞥し、無感動に確認するなか、煙の奥からは僅かに四散した衣の切れのみ。表情の窺い知れぬなか、センサーが別方向の反応を捉え、そちらに振り向くと、離れた位置の岩塊に佇む白い影が在った。

 焼け焦げ、ボロボロになった衣を靡かせ、無言で佇んでいたが、唐突に衣を掴み、大きく脱ぎ捨てる。放り投げられる衣の下から姿を見せる機体。

 純白の装甲に身を包み、機体に走る流線のごときフォルム。侍を具現したかのごとく、ツインサイドアンテナが鎧兜を思わせ、雄々しく佇む影の頭部のツインアイがライトグリーンに輝く。

 その機体のコックピットで、モニターから差し込む光のなかで顔を上げたパイロットのバイザー下で口元が薄く緩む。

「鬼に問われて名乗るのもおこがましいが……答えてやるが世の情け、しかと聞けぇ!」

 純白の機体が大きく身を振り、左手に持っていたランサー:ビッグワンを回転させ、右手に移す。機体の中央で立て、カメラアイが輝く。

「大日本帝国近衛軍機動烈士隊行動隊長、番場壮吉!」

 右手に保持する長身の棒を振り被り、構える。

「…よろしく」

 バイザー下で不適な笑みを浮かべ、構えるのは日本の主、帝を直衛する役目を負いし近衛軍の証。JAT-AX005:不知火が悠然とその姿を誇示する。

 侍のごとく雄々しさを漂わせる純白の士。それは、古史に伝承されし東方にかつて存在していた志士のそれであった。



≪番場壮吉≫


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