※日本軍登場のシーンは是非、マクロスFの挿入歌:射手座☆午後九時 Don't be lateを聴きながら読んでみてください。







 ヘリオポリス外壁付近での戦いが新たな局面を迎えるなか、外周部での戦いもまた新たなる混乱の様相を呈していた。

 奇襲をかけてきたスローターダガー部隊を退けたガーディアンズのMS部隊であったが、突如出現したネロブリッツの猛攻に苦戦するエレンのザクファントムを救い出したユリアとヴェノムであったが、そんな彼らを方位するかのごとく闇から抜け出すように姿を見せる黒衣を身に染めた機体。禍々しいほどの暗い翼を拡げ、赤いバイザーとモノアイを爛々と輝かせながら不気味に鳴動する天使。

「アレは…エンジェル……?」

 その姿を一瞥したエレンがポツリと漏らし、同じように視認したユリアとヴェノムも息を呑み、茫然と凝視する。

「エンジェル…アレが、あの時の……」

「突入部隊が戦ったっていう……」

 エレンだけでない…ユリアとヴェノムも、2年前の第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦には参戦していた。そして見た…世界に対し宣戦布告した白き使徒達を。

 神の遣いと形容すべきその純白のボディと威容さに彼らはあの時、魅入られ…そして恐怖した。その天使達を相手に回して戦ったのが、かつてユニウスαに突入した部隊。

 彼は知らず知らずの内に歯をガチガチさせ、操縦桿を握り締める手が震える。それは、絶対的な存在を前にした時の緊張感と不安が入り混じるものであった。

 人間とは弱い生き物だ。全てがそうではないとはいえ、大多数の人間は、自分とは違う…それも眼に見えてではない。思考…いや、本能というもので理解してしまうほどの大きな何かには恐れを抱き、触れることを拒む。

 それはある種の自己防衛本能だ。危険を察し、回避しようとする本来の性…修羅場を経験し、掻い潜ってきた彼らでさえ、初めてそう慄かされた相手を再び前にし、それが動きを鈍らせ、精彩を欠かせる。

 そのために、どうしても必要以上に身構え、背中合わせに相手の出方を窺う。

 エンジェルを実際に見たのはあの時一度だけ。彼らはその後、陽動の統合軍だったために、エンジェルと直接戦うことはなかった。そのエンジェルのデータはその時に取られたものが一応ガーディアンズには僅かながら伝わったものの、その詳細は極秘事項として扱われ、知ることは叶わなかった。

 相手の特性を知りえないというのは不安要素の一つだ。敵を知り、己を知れば百戦危うからずと言うが、今回ばかりはどうにもならない。相手の能力は手探りで知るしかない。

 ユリアはなんとか思考を回転させ、冷静になれと言い聞かせながら状況を分析する。

(敵の数は10、こっちはブラックストン隊長が戦力外)

 取り囲むように布陣するエンジェルの数は全部で10機。そして未確認機であるネロブリッツの計11機。対し、こちらは被弾したエレンを除けば、14機。数の上では有利でも、敵の能力が未知数である以上、アドバンテージにはならない。

(この分じゃ、オーブ軍も期待できない、か)

 既に戦闘を開始してから数十分。ヘリオポリス調査に赴いたオーブ軍が戻らないところを見ると、あちらでもなにかトラブルが起こったと見ていいだろう。だとしたら、否が応でもこの場を切り抜けなければ、自分達の敗北は決定的になる。

「ブラックストン隊長、貴方は下がってください。ヴェノムさん、援護をお願いします」

「解かった、隊長は一度後退してください」

 その言葉にエレンは悔しげに歯噛みする。既に自機が戦闘不能なのは明白だ。隊長である以上、それを無視して戦闘することはできない。

「あたしには構うな、枯れても腐っても婚期逃しても、曲がりなりにも教導隊の指揮官だ。自分の身ぐらい自分で何とかする」

 だが、ここで退けないのがエレンのエレンたる性。無謀な物言いにヴェノムが言い募る。

「隊長、無茶を言わないでください!」

「構うなって言ってんだろ、囮ぐらいはできる。それにな…教導隊ってのは兵士の見本にならなきゃならねえ部隊だ。任務をどのような形でにせよ、遂行し、帰還してこその意義だ。犬死する気はない」

 あくまで退かないエレンにヴェノムは口を噤み、ユリアもその強情さに表情を顰めながらも、微かに勇気づけられる。

「解かりました。無茶はしないでくださいね」

「無理難題だね」

 軽口を叩きながら意識を前方に向ける。この状態では迂闊に動けない。なら、相手が攻勢に出たところを打って出るしかない。一同が身構えるなか、エンジェルのサークルの外で傍観していたダナが鼻を鳴らす。

「さて…んじゃまあ、貸してもらったエンジェルの性能テストといくかっ。殺れよ、てめえらっ」

 ニタリと嗤った瞬間、エンジェルが起動し、一斉にランチャーを構える。そして、砲口にエネルギーが収束したと同時に、エレンが叫んだ。

「散開!!」

 閃光が迸るのと同時に四方に飛び出すMS。

「このおおっ」

「どりゃぁぁぁっ」

 一機に向かって駆けたユリアとヴェノムは同時に仕掛ける。ウィンダムのビームサーベルとザクウォーリアのビームトマホークが唸り、エンジェルに振り下ろされるも、エンジェルはバイザーの下でデータを解析し、動きを見切り、ランチャーを振り上げ、左腕のアルミューレ・リュミエールを展開し、両者が交錯した瞬間、ランチャーの砲身でトマホークの刃を受け止め、シールドでビーム刃を受け止めていた。

 その反応の高さに一瞬、気圧されるも、それを振り払い、2機は強引に加速して押し切り、その勢いに耐え切れなくなったのか、エンジェルは翼を拡げ、スラスターを噴かし、腕を回転させ、2機の攻撃の流れを変え、柳のごとく捌く。

 加速したまま左右に振り弾かれるも、ユリアとヴェノムが笑みを浮かべ…エンジェルが顔を上げた瞬間、すぐ眼前にエレンのザクファントムが飛び込んできた。

「もらったぁぁぁっっ」

 波状攻撃で咆哮とともに残った右手のビームトマホークを振り被り、勢いよく振り下ろした。トマホークの刃が頭部を真っ二つに切り裂くと同時に柄を離し、エレンは機体を回転上昇させ、エンジェルの頭上で回転し、回り込むと同時に両脚部を伸ばし、その背中を蹴り飛ばして離脱する。

 頭部センサー系を破壊されたエンジェルは背中からの衝撃も合わさって体勢を崩し、それを整えるよりも早く弾かれたウィンダムとザクウォーリアが火器を構え、一斉にトリガーを引いた。

 放たれるビームが無防備な背中に突き刺さり、翼をもぎ取る。そのままボディを貫き、身体を数発の通気口が前後を繋ぎ、その隙間から炎が迸り、赤黒い炎が機体を包み込んだ。

 夥しい閃光を発しながら爆散するエンジェル。周囲に散る黒い羽が、まるで天使の堕ちた様を表すかのごとく漂う。

 それを一瞥した3人だったが、表情は晴れない。今のはほんのマグレ当たりだ。相手の不意を衝いた攻撃が次も通じるはずがない。

「全機、3機編成で迎撃っ、孤立はするなっ」

 一機で行動してはまず間違いなく墜とされ、各個撃破される。それを防ぐためにもチームを組ませるが、元々他部隊の者同士、そう簡単にチームで行動できず、浮き足立つ。

 エンジェルが巨大な双斧を振り上げ、襲い掛かる。その姿に恐怖し、半狂乱になって応戦するダガーLとゲイツRだったが、その攻撃を児戯のごとくかわし、距離を詰めると同時に双斧を振り被り、ダガーLに叩きつける。

 重量が加わった刃が脳天から機体を真っ二つに破壊し、続けて振り薙ぎ、横にいたゲイツRのボディを一閃し、上下に切り裂く。2機を切り裂いただけに留まらず、エンジェルは離脱と同時にドラグーンを展開し、一斉射撃を浴びせる。

 無数の針のようなビームが2機の骸に幾条も突き刺さり、その身を粉々に砕き、機体は原型も留めないほど破壊され、跡形も無く四散した。

 爆発が周囲に霧散し、一片すら残さぬとばかりに破壊の限りを尽くした残虐さにそれを一瞥したパイロット達の精神を蝕む。

 次に、ああなるのは自分だと……残存するエンジェル9機がバイザーを輝かせ、こちらを凝視した瞬間、数機が恐怖の限界に達し、恥も外聞もなく離脱をかけた。

「バカ…! 背中を見せるな……っ」

 その行動を咎めるよりも早く、エンジェル数機が翼を拡げ、機体を加速させる。瞬きするよりも早くユリア達の間を抜け、逃げるFAダガーの前に割り込み、立ち塞がる。

 モノアイが動き、その眼が獲物を捕らえた猛禽鳥のごとく怪しげに光り、2機のランチャーが火を噴いた。

 無数の光弾が放たれ、FAダガーの装甲に突き刺さり、その装甲を破壊していく。パイロットは響く振動に恐怖し、必死に操縦桿のトリガーを引いた。生への執着の本能か、足掻くようにFAダガーは残存の火器を全て向ける。

 胸部のガトリング砲とミサイルランチャーが発射され、光弾とすれ違いながらエンジェルに襲い掛かり、周囲で爆発する。その光景に手応えを確信し、表情を弾ませるも、煙の奥からは赤いエネルギーシールドを翳し、無傷の敵機が出現した瞬間、より絶望へと変わる。

 それが、そのパイロットの最期の光景となった。トドメとばかりにエンジェルはランチャーをマグナム砲で発射し、圧縮されたビームがFAダガーのボディを紙のごとく喰いちぎり、コックピットを大きく抉った。

 残った火器の火薬にも引火し、FAダガーは一際大きな爆発に包まれた。

 またもや友軍シグナルが消え、エレンは歯噛みする。やはり、他のパイロット達への影響が大きい。士気は最悪だ。だが、ここで諦めてはまさしく全滅してしまう。

「止まるなっ! 動いて相手を撹乱しろっ!!」

 一箇所に留まり、尚且つ背中を見せれば間違いなく集中砲火を受ける。残存機が慌てて行動し、必死に応戦するも、動きは悪く、被弾していく。

「くっ!」

 ユリアは双斧をシールドで受け止めるも、その重い一撃に呻く。だが、素早くその一撃を逸らし、至近距離でバルカンを放ち、頭部を狙い撃つも、敵の装甲に弾かれ、傷どころか相手の注意を逸らすこともできず、振り被った一撃にシールドごと弾かれる。

「きゃぁぁぁっ」

 悲鳴を上げて吹き飛ぶウィンダム。だが、それを気に掛けている余裕はない。

 エレンのザクファントムをカバーするヴェノムもビーム突撃銃で敵を狙うも、機動性が極端に抜きん出た相手を掠めることさえできず、歯噛みする。

「くそっ」

 エレンもビーム突撃銃で応戦するが、こちらは機能低下で狙いが甘くなっている。

「カーレル!」

 その声に応じ、2機はバックパックの誘導ミサイルを連射する。無数のミサイルが弧を描いて迫るも、エンジェルはその軌道を計算し、ドラグーンを射出し、縦横無尽にビームを浴びせかけ、撃ち落とす。

 ミサイルの迎撃による爆発の閃光が周囲を包み込み、視界を覆う。その閃光に紛れて突撃をかけるヴェノムがビームトマホークを振り上げる。エンジェルはシールドで受け止め、防ぐも別方向から回り込むエレンのザクファントムがビームトマホークを薙ぎ払うが、別の機体が防御に回り込み、双斧で受け止め、甲高い衝撃音が拡がる。

「こいつら、動きを読んでいる…っ」

 フォーメーションは言わずとも、動きを読み切られている。敵機の動きを収集し、即座に反映するアップロード能力。この瞬間にもこの場にいる9機の戦闘データはリアルタイムで全機に共有され、そのまま反映される。

 そのために、時間を掛ければ掛けるほど不利に陥っていくのはガーディアンズだった。こちらの攻撃が命中しなくなり、それに反比例して上がっていく敵の戦闘能力。士気は下がり、撃墜を防ぐだけで精一杯だった。

(ここまでなのかよ、私らは…っ何が守護者だっ)

 あまりに無力な現実に、エレンは泣きたい気分だった。だが、敵はそんな悲壮な想いを無慈悲に蹂躙するかのごとく双斧を振り、ザクファントムを弾き飛ばした。

 追い詰められていくガーディアンズの部隊を高みの見物で見下ろすダナは卑屈な笑みを貼り付けたままだった。

「ひゅぅ、流石だねぇ。しっかし、上はよくこんな隠し玉持ってたもんだ」

 今回の作戦…ヘリオポリスに調査に赴くガーディアンズ部隊の戦力の削ぎ落とし、可能ならば撃滅という任務に当初、ダナは難色を示した。いくらなんでも自身とエミリオ、そして部隊のドーピング処理パイロットのスローターダガーだけで可能な任務ではないことは理解できる。ダナはそれ程自身を過大評価もしなければ、勝ち目どころか、引き分けすら不可能な戦いを好むほど物好きでもない。

 そんなダナの心持ちを払拭させたのは、上層部が切り札として預けた十機のエンジェル。A.W.において使用された機体をどうやって上層部が入手したのか、そんな事はどうでもよかった。解かるのは、これが圧倒的な力だということ。一方的に蹂躙される様を見るのはなんとも気分がいい。

「このまま殲滅しちまうか」

 それすらも可能ではないだろうか。愉悦の笑みを浮かべるダナであったが、その時長距離レーダーが反応を示した。

「あん…距離30000に戦艦だと?」

 レーダーにキャッチできた位置は、ほぼ後方。そこに戦艦の反応が一隻ある。IFF反応が無いことから、友軍ではないはずだ。なら、海賊かとダナはネロブリッツの向きを変え、彼方を見やった。







 前線での戦況が不利に陥るなか、艦隊は残存のスローターダガー部隊と防衛部隊が激突していた。

 M2がビームライフルを放ち、スローターダガーを狙うも、シールドで防ぎ、突撃してくる機体がビームライフルで撃ち返し、被弾する。撃墜こそないが、既に護衛艦を一隻喪い、こちらも士気の低下は否めない。

 艦隊は対空砲で敵機を近づけさせまいと弾幕を張る。

「ウォンバット、撃てぇぇぇぇ」

 中央に座するドミニオンの艦橋でもナタルが声を荒げ、接近する敵機を迎撃する。イーゲルシュテルンの弾幕に晒されたスローターダガーのボディに着弾し、装甲が砕けると同時に撃ち込まれたミサイルが機体を木っ端微塵に吹き飛ばし、撃墜する。

「敵機ロスト!」

「ダガー隊、損耗20%!」

 防衛に就くMS隊も敵の狂気じみた突貫に押され、損耗率が上がっていく。艦への深刻なダメージは今のところないが、ナタルが苛立つのは前線の状況の不透明さだった。

(敵にエンジェルだと…どういうことだ?)

 前線にいる部隊からの通信と映像が送られてきた時、ナタルは息を呑んだ。カラーリングこそ違えど、それは紛れもなく2年前の最終決戦でディカスティス側が用いたエンジェルそのものだった。そして、それはこのダガー部隊と共闘していると推察できる。

 何故、この組織はエンジェルを保有し、運用しているのか…この2年余りの間で裏で何かがあったのかという疑念が幾度も浮かんでは消えていく。

 あまりに突発的な事態の連続にさしものナタルも冷静な思考能力を麻痺させていたが、今はこの窮地を切り抜けることが先決であった。

「オーブ軍はまだ戻らないのかっ?」

「はい、ヘリオポリスに向かった部隊と依然交信不能! Nジャマーの濃度が濃く、状況確認もできませんっ」

 戦闘開始と同時に急激に上昇したNジャマー。ここまで見事に先手を取り、こちらを追い詰めている敵の戦術に歯噛みする。

 やはり、今回のこの任務はあらかじめ仕組まれていた可能性が高い。でなければ、これ程円滑に包囲できるはずもない。

 Nジャマーによる部隊の分断、及び最初の消耗戦に続いて切り札の投入による戦力の中枢の集中攻撃。その次は、間違いなく母艦を墜とす。

「ミカゼ隊、及びブラックストン機との交信は!?」

「こちらも通信が妨害されていて、反応ありませんっ」

 先程から何度も交信を試みてはいるが、前線にいる部隊との交信は回復していない。エンジェルが相手側にいる以上、苦戦を強いられているはずだ。一刻も早く救援に向かわねば、艦隊は全滅してしまう。

 悩んでいる時間はない。ナタルは拳を握り締め、決然とした面持ちで顔を上げた。

「ドミニオン、前に出る! 艦隊の指揮権はクサナギに譲渡っMS隊を護衛に就かせろ! 前線にいる部隊の救援に向かうっ」

 その指示にクルー達は眼を見開き、息を呑む。敵の渦中にこの砲火のなかを突破して突撃をかけるのだ、当然艦も無事でいられるか解からない。

「急げっ!」

 だが、反論は赦さないとばかりにナタルが一喝し、クルー達は弾かれたように指示を実行していく。

 ナタルとて、これが無謀な行動だということは解かっているが、ここで前線にいる部隊を見捨てては、間違いなく残存部隊では対抗できなくなるだろう。それを防ぐためにも、彼らを見捨てることはできない。

 ドミニオンのエンジンが唸りを上げ、船体を加速させていく。編隊から飛び出し、砲火の飛び交うなかへ突撃していく。

 大方撃墜したとはいえ、スローターダガー部隊はまだ健在している。ビームライフルを幾発も浴びせかける。AA級の装甲は対ビーム対策用のラミネート装甲だ。ちょっとやそっとでは破れない。前方に向けてゴッドフリートを放ち、敵機を分散させ、イーゲルシュテルンとミサイルの弾幕を張り、敵機の動きを抑制する。

 その隙を衝き、護衛に就くMS隊が甲板から狙い撃ち、撃墜していく。だが、機体を破壊されたスローターダガーは煙を噴出しながら特攻し、ドミニオンの船体に激突し、爆発する。

 その衝撃が船体を大きく揺さぶり、ナタルやクルーは歯噛みする。

(間に合ってくれよ……っ)

 仲間を…そして部下を喪うわけにはいかない。それがナタルの意志を奮い立たせていたが、そんなナタルの意志を嘲笑うかのごとく、一機のスローターダガーの放った一撃が艦尾で護衛に就いていたダガーLの腕部を撃ち抜き、その拍子で制御を喪った右手のマニュピレーターが誤作動を起こし、ライフルのトリガーを引き、その一撃がエンジン部を掠め、小規模な爆発が起こり、艦を失速させる。

「だ、第2エンジン被弾! 出力、強制カット!」

 エンジンの被弾による誘爆阻止のための強制コマンドが発動し、エンジンの出力が落ち、ドミニオンの加速が止まる。

 この状態での失速は致命的だ。ナタルが悔しげにアームレストに拳を叩きつけた瞬間、オペレーターの一人が声を荒げた。

「っ!? ほ、本艦の反軸線上、距離30000の位置に、戦艦と思しき熱源反応!」

「何!?」

 この期に及んで敵の増援かと身構えたが、オペレーターは言葉を濁す。

「艦識別…データ登録なし! 未確認の艦種ですが、この識別は……」

 ライブラリを検索していた表情がやや不可解なものに変わり、ナタルは不審気に眉を寄せ、声を荒げる。

「どうした!?」

「し、識別反応イエロー! IFFは、大日本帝国のものですっ」

 自身の言葉が信じられないといった表情で伝えたオペレーターに、ナタルもまた驚愕する。

「日本軍…だと……?」

 この場にいるはずのない…不可解な存在の登場に、ナタルは眼を剥き、茫然となった。







 前線での激しい攻防が続くなか、その戦闘宙域から離れた位置に航行してきた一隻の艦艇。

 鉄褐色の金属質の持つ独特の質感を感じさせる装甲に、艦首部分が前部に流線のごとく伸び、艦中央に聳える艦橋部分の下部には連装の主砲と思しき砲身が雛壇のように3基備わり、両翼がスマートに伸びるその船体。

 ―――――大日本帝国軍ヤマト級壱番艦:ヤマト。

 何百年も前にかの地にて存在していた艦の名を冠する日本の有する万能戦艦。その艦橋部分では、十人近いオペレーター達が戦況の分析を行っている。

「戦闘宙域確認、距離30000」

「機種特定…ガーディアンズのMS隊及びAT-01:エンジェルと確認」

 オペレーター達が報告するなか、艦橋の上部に備わった司令塔に座する年輩の男。壮年の皺を刻みながらも、力強い容貌を持つ男こそ、このヤマトの艦長である東雲聡准将であった。

「うむ…閣下の懸念、当たっていたようだな」

 どこか、この状況を予知していたかのごとき落ち着いた面持ちでモニターを一瞥する。

「番場大佐は?」

「ヘリオポリス外壁部にて未確認機と交戦中!」

 その報告に苦笑じみた笑みを浮かべ、肩を竦める。相変わらず大胆な行動をすると軽く毒づきながら、一瞬瞑目した後、引き締まった貌で前方を見据える。

「総員、第1戦闘配備発令! 全兵装アクティブ! 本艦はこれよりガーディアンズを援護する!」

 聡の指示に従い、クルー達は全艦に戦闘配備のシグナルを伝達する。ヤマトの前部主砲が起動し、スラスターを噴かせながら、戦闘宙域に向かって進軍していく。

「機動烈士隊、ホワイトスターズ出撃させろ!」

「了解! 第1から第3カタパルト準備! 中央カタパルトオンライン!!」

 ヤマトの両舷の装甲表面にラインが走り、装甲ハッチがスライドするように移動し、艦内部へと繋がるハッチ口が開く。艦底部に備えられた格納庫、並び立つ幾体もの影に向かってパイロットスーツを着込んだパイロット達が搭乗し、起動シークエンスを開始する。それと同時に固定されている床がスライドし、各々の発進口へと向かっていく。

 固定されたそれは、戦闘機のフォルムを持ち、その形状は大気圏内での空力特性を追求したデルタ翼、そして流線のようなシャープな形状を誇っている。

 コックピットに着き、身体をシートに固定し、APUを起動させる。正面モニターに光が灯り、計器パネルを叩き、スイッチを起動させ、全機能をアクティブに移行させる。

 アームに底部をドッキングされた戦闘機が艦内ホールを通り、両舷のハッチ、そして艦底部のハッチから姿を見せる。

 宇宙の屈折した光が差し込み、戦闘機のパイロット3人が顔を上げる。

「私らの宇宙での初陣、やってやるわよ」

 青い髪を靡かせる少女が自信を漂わせた表情で前方を見据える。

「うん、頑張らなくちゃ、僕らはそのためにここにいるんだから」

 やや緊張した面持ちで己を奮い立たせる赤髪の少女が操縦桿を強く握り締める。

「こちら機動烈士隊、発進シークエンス開始します」

 最後に姿を見せた少女が発進態勢の完了を艦橋へ伝え、それに連動して全システムが起動を完了する。

《進路クリア、発進システムスタンバイ、発進システムスタンバイ》

《リニアカタパルト展開、発進のタイミングを、パイロットへ移譲します》

 ハッチから装甲表面に沿って展開される光のライン。リニア電磁レールが延び、3人は操縦桿を握り締める。

「アイハブコントロール…天音、空…いくよっ」

 黒髪の少女がその透き通ったライトブルーの瞳を上げ、前を見据える。この先にあるのは未知の世界。そして、そのなかへ飛び込んでいく覚悟と微かな不安。だが、それを克服できる仲間の声が確かな確信を抱かせる。

「了解」

「いいよ、菜月」

 打って響かんばかりに返ってきた力強い返答に、少女は口元を一瞬微かに緩めるが、次の瞬間にはキッと前方を凝視した。

「如月菜月、空魔、出ますっ」

 その瞬間、機体を固定していたアームがドッキングを解除し、機体を浮遊感が包み込む。身体が浮き上がる感覚を憶えたと同時にペダルを踏み込み、操縦桿を押した。それに連動し、機体後部の2基のエンジンが粒子を噴出し、機体を打ち出す。

 打ち出された機体は展開されていたリニアレールに誘導され、機体を加速させながら身体に掛かるGに微かに表情を顰めながらも、その加速に身を委ねる。

「草薙天音、空魔、いっくよー!」

 弾んだ声を上げ、操縦桿を引き、同じように機体を加速させる。

 両舷の2機が発進し、ワンコンマ遅れて発進タイミングが回ってきた最後の機体のなかで、少女は息を呑み込み、微かな逡巡のあと、機体をドッキング解除させる。

「進路クリア、司狼空、空魔、出るよっ」

 操縦桿を押し、スロットルを噴かし、機体を加速させ、電磁レールが機体に干渉し、加速を強め、機体を打ち出す。

 ヤマトの装甲面を滑りながら純白のボディを宇宙の闇に煌かせ、離脱する。

 編隊を組みながら突き進む3機の戦闘機に続くように、艦内では艦載機の発進シークエンスに移行する。

 ショルダージョイントで固定された機体が持ち上げられ、格納庫から移動し、発進カタパルト内へと移り、カタパルトベースに足を固定する。

 コックピット内では白とピンクを基調としたパイロットスーツに身を包んだ人物がパネルを叩き、全兵装をアクティブに切り替え、発進シークエンスを進める。

 ヤマトの艦中央に設けられたハッチが開放し、リニアラインが延びる。誘導灯が点灯し、打ち出すMSの道標のごとく輝く。

 カタパルトの奥に姿を現わす純白のボディにピンクのポイントカラーを施された機体。右手にライフル、そして左腰部には刀、右腰部にはそれより僅かに刀身の短い刀がそれぞれ帯刀されている。

《カタパルトエンゲージ、進路クリア、全システムオールグリーン確認、発進どうぞ》

 管制からの通信に頷き、パイロットは顔を上げる。その瞳に強固な意志を漂わせる。

 バイザーを下ろし、その際に漏れた呼吸がバイザーを曇らせるも、それも一瞬で消える。操縦桿を握り締め、前方を見据える。

「ホワイトスター1、虎柴菜乃葉、吹雪、いきますっ」

 淡いブラウンの髪を靡かせ、青い瞳で前方を見据え、操縦桿を引く。カタパルトベースが射出され、カタパルト内の誘導灯が装甲に煌き、屈折する。その淡い光を受け、飛び立つ機体。

 ―――――JAT-X007:吹雪。

 刹那の駆る吹雪の同型機。だが、そのカラーリングは真っ白な純白の装甲に淡いピンクのカラーが映える。

 それは、パイロットである菜乃葉という少女の内に秘めるものを体現するかのようであった。

 菜乃葉の吹雪に続き、カタパルトベースに固定される機体。カラーリングは純白を基調とし、近いものを施されているが、形状はまったく違う。吹雪よりもやや小型で形状もやや丸みを帯びている。

 ―――――JAT-03:陽炎。

 大日本帝国軍が所有する現主力兵器。長刀を背中にアジャストされ、長距離用の大型スナイパーライフルを右肩に装着されている。陽炎は状況、及びパイロットの特性に応じて装備を変え、対応できる制式機。コックピットで赤髪の少女がバイザーを下ろし、バーニアを起動させる。

「ホワイトスター2、雨宮沙雪、陽炎、いきますっ」

 操縦桿を引き、バーニアが火を噴き、その身を加速させ、飛び立たせる。菜乃葉の吹雪の後方に就き、加速する2機に続くように同じ純白のカラーリングを施された陽炎が数機続く。

 大日本帝国軍が有する4つの部隊。古史に残りし都を守護せし4つの聖獣、四神の一つ。西方を守護せし俊足の雷獣、百虎の名を冠する部隊。

 四門陣にして大日本帝国の中枢を担う十家が一つ、『雷』の虎柴家の若き後継者、虎柴菜乃葉の率いるホワイトスターズがその純白の装甲を宇宙の闇に煌かせ、獣のごとき神速で駆け抜ける。

「ホワイトスター1より各機へ、機動烈士隊の攻撃後、フォーメーションR-13に入るよっ」

 菜乃葉の透き通ったような呼び掛けに間髪入れず力強い返答が返り、頷くと同時に前方を見据える。

先行出撃した機動烈士隊の3人は編隊を組み、苦戦するガーディアンズの許へと駆け、レーダーで敵機をロックする。

「なんだ、こいつらっ?」

 訳が解からない連中の登場にダナは困惑しながらも、未知の相手に正面から自身でぶつかるほど物好きでもなく、数機のエンジェルを迎撃に向かわせる。

 ガーディアンズの包囲網から数機のエンジェルが指示の変更に従い、身を反転させて向かってくる日本軍に加速する。

「敵、反転! 数3!!」

「菜月!」

「ロングレンジミサイル、ロック解除! 発射と同時に突入するっ」

 機体各所の小型バーニアで機体の姿勢制御を行い、機体を水平に保つ。操縦桿を切り。モニターの奥で迫る敵機に向けて照準が合わさる。

 ターゲットインサイトが動くなか、噤む口から漏れる微かな呼吸がバイザーを曇らせるが、その瞳は瞬き一つせず、レーダーを直視している。

 そして、無数の照準サイトが目標を捉えた瞬間、操縦桿に備えつけられたスイッチを押した。

「フォックス2!」

 それに連動し、戦闘機から無数のミサイルが発射される。光の軌跡を描きながら迫るミサイルが真っ直ぐにエンジェルに向かう。

 推進剤の尾を引きながら両者の中間点で目標に着弾し、モニター上で弾けるミサイルの熱反応。

「やった…!?」

「違う、相手を怯ませただけだよ、僕らもブーストで逆加速をかけるよっ」

 爆発のなかから突破してくるエンジェルがランチャーのガトリング砲をばら撒くように放つ。その散弾を後部のエンジンノズル部位を前方へ移動させ、逆加速をかける。制動が身体を圧迫させるも、3人の視線は迫るエンジェルに向けられる。

 弾丸をかわすと同時に機体をファイター形態に戻し、エンジェルを追撃する。パイロンのレーザー突撃機銃で狙い、飛行する。

 縦横無尽のごとく曲芸のように飛び交う3機の戦闘機とエンジェルは追い駆けあいを仕掛け、仕掛けられを繰り広げ、狙い撃ちながら入り乱れる。

 一機のエンジェルが天音の戦闘機に強引に掴み掛かり、機体を揺さぶり、天音の表情を小さく歪ませる。

「「天音!!」」

 菜月と空が眼を見開くも、天音は衝撃に耐え、機体を回転させる。

「このぉぉ、離れろぉぉぉ」

 機体を回転させながら飛行し、遠心力で相手を引き離しにかかる。その機動にエンジェルは弾かれ、空中へ放り投げられる。

 その放り投げられたエンジェルに向けて彼方より飛来したビームの一射が頭部を撃ち抜き、態勢を崩す。その隙を衝き、突撃してきた吹雪が右手に対戦刀:桜花、左手に小太刀:雛菊を抜刀し、斬り掛かる。

「えええいぃぃ」

 菜乃葉の咆哮とともに振り薙がれた刃が宇宙に煌き、エンジェルのボディを苦もなく斬り裂き、過ぎると同時にエンジェルは爆発する。

 その爆発を一瞥し、菜乃葉は先程の射撃を行った沙雪の陽炎に親指を立て、スコープを外した沙雪もそれに応じ、大型スナイパーライフルを構えた陽炎は加速し、残りのエンジェルに向けて再び構える。

 スコープ内で敵機の機動を見据え、トリガーを引く。放たれるビームがエンジェルを掠め、動きを鈍らせる。

「相変わらず、凄い射程距離だね、沙雪の射撃能力は」

 自身の副官の針の穴も通すかのような正確な長距離射撃には感嘆する。これだけの距離で敵の動きを完全に封じ、抑制するだけの芸当はそうそうできるものではない。

 吹雪の横合いに逆加速で後退してきた戦闘機が並び、菜月が通信を送る。

「虎柴中尉、我々はヘリオポリス外壁へと向かいますっここはお任せしますっ」

「了解だよっ」

 返事を待たずして菜月は機体をファイターモードに切り替え、加速させる。

 それに続く空と天音の戦闘機。3機は加速しながらガーディアンズとの戦闘宙域を突破し、エンジェル数機に機銃を浴びせながら駆け抜ける。その後を追うように離脱するエンジェル3機。

「菜月、追ってくるよっ」

「放っておきなさいっ、私達は放蕩隊長のお迎えよっ」

 煩わし気に手を振り、余計な苦労をさせる指揮官に悪態を衝く。3機はそのまま加速で艦隊の間を駆け抜け、エンジェル3機を引き連れてデブリ帯になかへ突入していった。

 そして、あまりに唐突で目まぐるしく移る状況に外野は完全に置いていかれ、茫然となっている。

 ガーディアンズを包囲していたエンジェルに対し、攻撃を仕掛ける日本軍。動きを止めるエレン達の傍で制動をかける吹雪から、菜乃葉が通信を送る。

「こちら、大日本帝国軍強襲艦ヤマト所属、ホワイトスターズリーダー虎柴菜乃葉よりガーディアンズ所属機へ」

 通信から聞こえてきたのは、歳若い女性の声。先程、エンジェルを鮮やかに倒した剣さばきを披露したとは思えぬギャップさに眼を剥く。

 だが、さしものエレン達も咄嗟に反応できず、声に詰まる。

「この宙域は私達が引き継ぎます、後退を!」

 そんな相手の戸惑いを流し、一方的に用件を告げると通信を切り、身を翻してエンジェルのなかへと突入していく。

 菜乃葉の吹雪が加わり、咲き乱れる砲火がますます激しくなる。その閃光を茫然と見詰める一同。

「日本軍……」

 ガーディアンズ結成以前から独自の軍事力を整え、僅か数年でその組織力を世界に知らしめた極東の島国。

「凄い」

「出鱈目っすね」

 自分達はあのエンジェルの出現に戦意を呑まれ、苦戦を強いられていたというのに、彼らは互角に戦っている。あの見慣れぬ機体群が、日本の所有する機体だろうが、そのスペックには感嘆する。

 それは、機体のアビリティか、パイロットとしての腕か……一つ言えるのは、彼らがこの上なく強力な部隊を運用できるという点であった。

 自身の無様さに、自己嫌悪しながら、その戦いを遠巻きに見詰めた。



≪如月菜月≫



≪草薙天音≫



≪司狼空≫



≪虎柴菜乃葉≫



≪雨宮沙雪≫


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