外壁部分では、奇妙な静寂が場を支配していた。

 ミストのアザゼルに対峙する壮吉の不知火。両者、無言で…ミストは表情を隠し、壮吉は笑みを張りつけたままだ。

 アザゼルのモノアイが輝き、連装キャノンで先制を仕掛けた。高速で迫る光弾を不知火はカメラアイを輝かせ、跳躍する。

 脚部ブーストで機体を軽やかに跳ばせ、デブリに張りつき、蹴り弾いて跳び交い、弾丸をかわす。逃すまいと右手のランチャーを構え、トリガーを引く。

 ビームの奔流が真っ直ぐに呑み込まんと迫るも、不知火はその機動性を駆使して回避し、距離を詰めてくる。

「はっ」

 振り被り、アザゼルに向けて投擲する。アザゼルのボディに突き刺さる薔薇を模したような鋭利なニードル。装甲に微かに抉り込むが、気にも留めず反撃しようとした瞬間、突如アザゼルを爆発が包んだ。

 振動によって弾かれるアザゼル。亀裂部分が僅かに拡がり、そこが焼け焦げている。

「ははは、ほんの、挨拶代わりさ」

 不適な笑みを張りつけたまま、肩を竦める。

 先程のニードルには爆薬が仕込んであったのだ。突き刺さった内側からの爆発でさしもの装甲でも耐えられなかったようだ。僅かに残るニードルの破片を抜き取り、握り潰すと、アザゼルは静かに憤怒のごとくモノアイを輝かせ、バックパックのスラスターを噴かし、飛翔する。

 高速で迫り、キャノン砲を斉射し、不知火に襲い掛かる。

「おっと、怒らせたかな?」

 だが、壮吉は余裕を崩さず、不知火を演舞のように舞わせ、攻撃をかわし、腰部から87式複合突撃砲を取り出し、応戦する。

 散弾銃のように広範囲に放たれる実弾のなかをアザゼルは弾丸を弾きながら迫り、体当たりを仕掛ける。その巨体の突進を跳んでかわすも、過ぎったアザゼルの腰部に備わった蛇の尾の先端から砲身が延び、機銃を浴びせかける。

 転がるようにかわし、突撃砲のモードを切り替え、狙い撃つ。弾丸がアザゼルの装甲を掠め、着弾させて態勢を崩させる。

 失速し、デブリに激突し、突き破って蛇行するも、制動をかける。動きを止めたアザゼルの眼前に飛び込む不知火が、右手にビッグワンを構え、振り払う。

 左腕を振り上げ、装甲でビッグワンを受け止める。装甲をつたって響く振動が機体を揺らすも、奇妙な手応えに壮吉は微かに眉を寄せる。

「ふむ…そうか、といやっ」

 独りごち、ランサーを振り上げ、左腕を弾き、機体を回転させてビッグワンの打撃を数発叩き込む。

頭部、胸部と打ち込まれたアザゼルが体勢を崩し、弾かれる。

 巨体を弾き飛ばしたことに傍観していたアスランが唖然となる。

「凄い……」

 身体の痛みも忘れ、思わず見入っていたアスランの口から感嘆の声が漏れる。一方的に押されてばかりであった自分とは打って変わって相手に反撃の隙を与えず、完全にアドバンテージをとっている。

 これが、大日本帝国軍の近衛の実力。同じ君主を護るという役目を負いながらも、その実力の差に微かな羨望と自身の不甲斐なさに苦悶を浮かべる。

 そして、こうしてただやれらままになり、一瞬でも諦めを抱いた自分が酷く情けなかった。そんな自身を嗜め、アスランの瞳に再び生気に満ちた力強いものが宿る。こうして無様に這い蹲っているては、獅子の牙副長としての名折れとアスランは痛みを噛み締めながら機体の状態を再確認し、もはや不要になった区画を閉鎖し、機体を再起動させる。

 ムラサメのカメラアイに光が満ち、その身体をぎこちなく立ち起こす。

 片脚を喪っているが、宇宙空間で脚など絶対に必要というわけではない。要はバランスの取り方だ。腕で身を起こし、アスランはスラスターを噴かし、反動で機体を立ち上がらせ、飛び上がる。

 そして、漂っていたM2の残骸からビームライフルを掴み、一瞬仲間への追悼を述べると、視線を砲火へと向け、機体を加速させた。

 弾かれたアザゼルは僅かによろめいたものの、すぐさま体勢を立て直し、尾を振り被る。至近距離で振り払われた尾をビッグワンを立てて受け止めるも、その衝撃が振動して機体を揺さぶる。

「おおっと、なかなかタフだねぇ」

 揶揄するような口調だが、楽しげに回転させて捌き、距離を取る。距離を取った不知火に向けて連装キャノン、ランチャーを構える。

 確認できるだけの全火器を正面へと回し、一斉射のチャージを始めるが、そこへ横殴りに撃ち込まれるビームがその収束を掻き消し、アザゼルを怯ませる。

「ん? フッ、勇ましいな、赤い騎士君」

 その方角を見やった壮吉はフッと笑みを零す。それは、揶揄ではなく敬意を表すような視線であった。

 赤いムラサメがビームを放ちながら、アザゼルに集中砲火を仕掛ける。

「どんなに装甲が厚かろうがっ」

 生半可なビームが通じないのは承知済みだが、それでも同じ場所への連続なら、効果はあるはず。その直感を信じ、アスランは一点集中で狙撃する。

 アザゼルの右腕に集中して撃ち込まれるビームに純白の装甲表面が微かに熱を帯びたように赤くぼやける。

「排熱許容量、限界濃度、イエロー」

 モニターに表示される警告音に、ミストが鬱陶しげに振り被り、連装キャノンを放つ。ムラサメのビームを呑み込み、掻き消さんばかりに放たれる光弾がムラサメに迫る。

「ぐっ」

 歯噛みし、操縦桿を切ってその光弾をかわすが、やはり損傷した機体ではアスランの反応に対応し切れず、また無理な機動でフレームに過負荷が掛かる。

 悲鳴を上げる各関節部に舌打ちするが、ムラサメのフレームが遂に限界を超え、フレームの結合部が砕け、体勢を崩す。

「しま……っ!?」

 息を呑むアスランの眼前にエネルギーの塊が迫るが、その前へ割り込む不知火がビッグワンを振り被り、ビームを切り裂き、その場で拡散させる。

 そのあまりに非常識な対処法にさしものアスランも眼を剥くが、ビッグワンの柱身を焼け焦げさせながら、不知火は振り被る。

「無茶はよしたまえ」

 唖然となっていたアスランを嗜める。だが、声が出ないアスランを一瞥し、ムラサメを護るように対峙する不知火にミストは足枷がついたと言わんばかりに悠然とランチャーを構えるが、レーダーが接近する機影を捉え、アラートを鳴り響かせる。

「熱源3、人形3」

 外壁部の外側から向かってくる反応。二つのグループに分かれている。後方は識別したコンピューターがエンジェルのデータを表示するが、先行する3機はデータ登録無しと『UNKNOWN』と表示している。

 そして、それは壮吉やアスランの方でも捉えられた。怪訝そうになるアスランだったが、壮吉は落ち着いた面持ちで肩を竦めた。

「来たか」

 その言葉とともに顔を上げ、その方角を見やる。デブリの密集する空間の奥から輝く光。それが徐々に鮮明を帯び、姿を見せ始める。デブリを抜けて飛び出す3機の戦闘機。菜月、空、天音の駆る空魔とそれを追ってきたエンジェル3機。

 突如姿を見せた機体群にアスランの思考は再び混乱の様相を呈す。

「アレは、エンジェル…っ!?」

 姿を見せた漆黒のボディを持つ機体は見間違うはずもない。だが、何故アレがここにいるのか、その疑念と、そのエンジェルが追撃する戦闘機を一瞥し、アスランはさらに驚愕した。

「F06機…もう、実戦配備されていたのか……?」

 親衛隊の副長という立場上、他国の軍事技術に関して触れる機会も多い。少し前にモルゲンレーテでエリカ=シモンズに見せられた日本の次機主力兵器。だが、伝わったのは戦闘機であるという点とまだ試作段階という点だけであった。それが既にこの場で実働していることに驚きを隠せない。

 エンジェルの追撃をかしながら、3機の空魔が照準を合わせ、ミサイルを斉射する。数十発のミサイルがアザゼルに降り掛かり、爆発と衝撃が機体を包み込み、爆煙に包む。

「隊長、ようやく見つけましたよっ」

 憤るような口調で叫ぶ菜月に壮吉は調子を崩さず、笑みを浮かべる。

「ははは、そう怒るな」

「怒りたくもなりますよっいっつもいつも部隊ほっぽって勝手に…っ」

「菜月!」

「話は後だよっこいつらを何とかしないとっ」

 愚痴る菜月を宥め、後方からしつこく追撃してくるエンジェルに小さく舌打ちする。

「とにかく、あちらは中尉にお任せしました、こちらもすぐに終わらせますっ」

 一方的に告げ、菜月らは機体を翻し、エンジェルに向かい合うように対峙する。エンジェルがドラグーンを展開し、ビームを浴びせかけてくる。そのビームの間隙の間を縫い、3人は機体を駆る。

 ビームの嵐のなかを抜け出した3機は編隊を組みながら、機体のフォームチェンジレバーを引いた。

 それに連動し、戦闘機の後部ユニットが分かれ、下方へと振り下がり、ボディの両舷部分が割れ、左右に伸びる。その先に現われる人の手首。機種部分が折れ曲がり、ボディへと収納されると同時に出現する人型の頭部。両のサイドアンテナが映え、そのゴーグル型のバイザーで覆った下のツインアイが輝き、姿を見せるそれは、MSだった。

 ――――――JAT-F06C:空魔

 可変機構を導入された大日本帝国軍の主力機。その姿にアスランやアサギ達は驚愕に眼を見張る。突如姿を変えたことにエンジェルもコンピューターが目標の視認誤差を起こし、混乱したように動きを一瞬鈍らせる。

 その隙を逃さず、変形した空魔は右手に92式ビームガンポッドを構える。

 銃身を上げ、先端のカバーがスライドし、その下から姿を見せるガトリング型の砲口。両手で銃を構え、一斉に狙撃した。

 轟音と錯覚するような反動とともに放たれた銃弾が一機のエンジェルに降り掛かり、機体を粉々に撃ち抜き、爆散させる。

 僚機のシグナルロストに残りの2機がようやくその機体を敵機と認識し、続けて撃ち込まれた銃弾を離脱して回避し、翼を拡げながら迫る。

 黒衣の翼を拡げて迫るその姿は天使よりも悪魔を思わせる。ランチャーのガトリング砲を斉射し、3機は分散する。

「この動き、やはり…っ」

 その動きを見て何かの確信を強め、菜月は機体をファイターモードに戻し、高速に入る。エンジェルを追撃しながらミサイルを放ち、放たれたミサイルの軌跡を追いながら並行して加速し、光のループのなかを掻い潜りながらエンジェルに向けて機銃を放ち、追い詰める。

 そして、空と天音の空魔もまたファイター形態でエンジェルを追撃し、デブリの密集するなかへと突入し、浮遊する無数のデブリの海のなかを掻い潜るように飛行し、銃撃戦を繰り広げる。

「やらせるもんかっ」

 機体を加速させ、空は空魔をエンジェルに向けて突入させ、直前でモードを切り替え、腿の内部から棒状のユニットを取り出し、持ち構えると同時に突進し、エンジェルに体当たりした。直後、エンジェルのボディを貫くビームの光。

 そのままデブリにエンジェルの背中を叩きつけ、串刺しにしたビームサーベルを離し、離脱と同時にガンポッドを斉射し、エンジェルのボディを撃ち砕き、破壊する。

 残り一機、菜月は追撃していたエンジェルが爆発に紛れて姿を消したために機体に制動をかけ、MS形態でデブリの上に足をつかせ、辺りを窺う。

(何処…何処に隠れた……?)

 相手が高度なステルス技術を持っていることは承知しているが、必ず何処かで熱源の動きがある。全神経をそれに集中させ、警戒するなか…空魔のセンサーが接近する熱源を捉え、ハッと顔を上げる。

「後ろ……っ」

 振り向くと同時に双斧を振り被るエンジェルの斬撃が迫る。

「菜月ぃぃぃぃっ!!」

 そこへ割り込む天音の声。機銃を乱射しながらエンジェルに浴びせ、怯ませると同時に突撃し、弾き飛ばす。だが、エンジェルはそのまま空魔に掴み掛かる。天音は空魔をMSに変形させ、突如装甲の位置がずれたために掴み掛かっていた腕の重心がズレ、体勢を崩す。その隙を衝き、天音はエンジェルをデブリに激突させ、離脱する。

 ショートした敵機に向けて天音と菜月はガンポッドを撃ち込み、エンジェルを破壊する。

 全エンジェルの反応が消失したのを確認し、菜月は周辺の伏兵の存在を確認する。熱源を持って動く反応は、現在シグナルを表示しているオーブ軍とアンノウン機のみ。そして、センサーがコロニー内部で動く反応を捉え、菜月は素早く身を翻す。

「空! 天音!」

 その呼び掛けに応じ、加速する菜月の空魔に追い縋る空と天音。3機は編隊を組み、目標地点に向けて加速する。

 3機が向かう先…それは、被弾したオーブ軍の機体が固まる場所であった。

 それぞれ半壊したムラサメのなかで互いの無事を確認し合うアサギ達。

「ジュリ、マユラ、無事?」

「な、なんとかね」

「それより、何よ、あれ?」

 顰まった表情ながら、彼女達の見据える先。突如乱入した日本の機体群。自分達の乗るムラサメと似た変形機構を持つフレーム構造のようだが、その可変性はまるで違う。どちらかと言えば、人型形態で戦うことが多いアサギ達に比べ、日本の可変機は戦闘機形態を主軸にして高機動戦を展開していた。

 それは、有体に言ってしまえば、機体特性ではなく、パイロットの操縦志向の違いだ。

「あのエンジェルを相手に、ああも戦えるなんて」

 アサギ達にも忘れられない強敵。あのエンジェルを相手に回し、彼らは怯みもせず戦い、撃破した。

 その勇猛さとパイロットとしての腕に見惚れ、羨望する。そして、エンジェルを撃破した3機が突如機体を旋回させ、こちらへと向かってくるのを視認し、怪訝そうに眉を寄せる。

「な、何…?」

 相手の行動に訳が解からずに戸惑うが、そこへ叱咤が飛ぶ。

「逃げてっ」

「え……っ」

 刹那、アサギ達の背後の外壁部分が崩れ、その内から姿を現わす赤の機体。不知火によってヘリオポリス内部へと叩き込まれたロッソイージスだった。

 狂気に歪んだ怒気で表情を刻み、吼えるエミリオがアサギ達に襲い掛かるが、それより早く割り込んだ空魔がビームサーベルを抜き、ロッソイージスのビームサーバーを受け止める。

 エネルギーをスパークさせ、歯噛みする菜月。

「死ねぇぇぇぇっ」

 そのまま振り下ろそうとするが、左右から空と天音の空魔がビームサーベルを抜き、斬り払ってくる。

 後方へと跳び、巡航形態に変形し、離脱するロッソイージスの後を追うように空魔3機が戦闘機へと変形し、追撃する。

 ロッソイージスの背後からミサイルを発射し、数十の軌跡を描きながら迫るミサイルが周囲で着弾し、火華を咲かせる。

 そのなかを縦横無尽に飛び交う空魔とロッソイージスだったが、デブリに張りつき、ロッソイージスがスキュラを前面に展開し、散弾モードでばら撒くように砲撃する。

 赤い粒子の弾丸が際限なく飛び、3機は翻弄されるが、菜月の空魔が旋回したのを合図に同じ軌道を描き、後を追う空と天音。

 一直線に並行して飛行し、散弾のなかを掻い潜りながら飛行し、機体を回転させ、最小の動きでかわし、迫りながら変形し、一気にガンポッドを浴びせる。

 一糸乱れぬフォーメーションで放たれた銃弾がロッソイージスのスキュラに集中し、砲口が爆発する。

「ぐっ」

 苦悶に歪むエミリオだったが、すぐさまキッと睨みつける。だが、今の一撃でロッソイージスは最大兵装を喪い、半壊に近い状態だった。さしものエミリオも不利と悟る。そして、残ったスラスターを噴かし、機体を反転させ、一気に離脱していく。

 デブリの奥へと逃げるロッソイージスに空が焦る。

「菜月!?」

 追撃しようとする空を諌めるように首を振る。

「深追いは禁物よ。私達の目的は達したわ」

「…うん」

 頷くと同時にガンポッドを下ろし、警戒した面持ちながらやや肩の力を抜く。

「そこのオーブ軍機、大丈夫だった?」

 振り向き、呆気に取られているアサギ達に響く声。声色から、自分達とさほど歳が離れていない少女のものと理解し、ますます驚愕する。

「こちら、大日本帝国近衛軍機動烈士隊、如月菜月少尉です。御無事でなにより」

 恭しく告げた菜月に茫然となっていたアサギだったが、慌てて応じる。

「あ、私はオーブ軍親衛隊、獅子の牙所属、アサギ=コードウェル二尉です。救援、感謝します」

 素直に感謝の意を述べる。助けられたのは事実であるし、名乗るのが礼儀だからだ。

「いえ、では…自分達はこれにて」

 挨拶もそこそこに身を翻す。

「え、ちょっと……?」

「僕達の仕事、終わったからね。あとは隊長を連れて帰るだけ」

 戸惑うマユラに空がニコリと笑みを浮かべ、制する。

「ま、待ってよ…話ぐらい……」

「うーん…ゴメン、私ら守秘が課せられてるし、あんま馴れ合えないんだ」

 状況のあまりの混沌ぶりに説明を乞うジュリに対し、やや考える仕草を見せるが、やがて困ったように拒絶する天音。

「では、また縁があれば…次がどのような機会か、保障はできかねませんが」

 冷静な口調で不穏な言葉を漏らす菜月にアサギ達は息を微かに呑み、口を噤む。固まる彼女らを横に、3機は戦闘機形態へと戻り、急速に離脱していく。

 彼方へと去っていく空魔の機影を見送りつつ、釈然としないものを内に憶えながら、アサギ達は凝視した。

 ロッソイージスを退けるのとほぼ同時刻。不知火とアザゼルは激しい攻防を繰り広げていたが、お互いに決定打が出ないまま、膠着していた。

 アザゼルの兵装である連装キャノン、ランチャー、そして尾のレーザー機銃と既に荘吉に看破され、不知火もまた俊敏性は高いが、一撃的な火力不足で致命傷を与えられず、互いに無駄な攻撃を仕掛けず、一点一点の隙を衝くが、それが相殺し合い、また膠着するというループに陥る。

「さぁて…ネタはお互いに出し尽くしたようだが、どうする?」

 手持ちの手を見せ合ったが、そこで見納めではない。あちらもまだ何かしらの切り札を隠し持っているはずだ。

 滞空するアザゼルのコックピットで、ミストはデータを分析し、現状では打破が不可能という結論を出していた。

「MODE:D、STAND BY」

 ミストは躊躇いも後悔もなく、淡々とシステムの基盤に指をかけるが、そこへ割り込むように正面モニターに別のウィンドウ画面が開き、動きを止める。ウィンドウ内に表示される文字。それを一瞥し、ミストは基盤の上で止めていた手を引き戻し、レバーに手をかける。

「任務変更了解、現任務を放棄、離脱する」

 瞬時に身を翻し、アザゼルの両脚部の外側に備わったコンテナのハッチが開放され、微粒子を吐き出しながらアザゼルはバーニアスラスターを噴かし、急速に離脱をかける。

「むっ」

 突然の撤退に壮吉が不可解とばかりに眉を寄せるが、そんな壮吉を一瞥し、アザゼルはランチャーを突き出し、トリガーを引いた。

 高粒子を凝縮したビームの奔流が放たれるが、それは不知火の側面を掠めただけに留まる。だが、ハッと視線を向けた時には、アザゼルは既に彼方へと向けて飛び去っていった。

 もはや追いつくのは叶わないだろう。

 ビッグワンを下ろし、軽く溜め息を零す壮吉の許に接近する空魔。不知火の傍で制動をかけ、停止すると、モニターに菜月、空、天音の顔が映し出され、やや苦虫を踏み潰したように貌を顰めた。

「隊長、独断先行はやめてくださいとあれ程言ったじゃないですか!」

 開口一番、咎めるように憤る菜月に宥めるように肩を竦める。

「まあまあ、落ち着け。あまり怒ると肌に悪いぞ」

「誰のせいですかぁ!」

 怒りを助長しかねない言葉に怒鳴るも、何処吹く風とばかりにしたり顔を浮かべる壮吉に諦めたように溜め息を零す。

「まあ、菜月、これがうちらの隊長なんだし」

「そうだよ、今更だけどね」

 天音と空の薄情な言葉にますます心労が浮かんでくる。

「それでもですっ、隊長…貴方は我々機動烈士隊の隊長にして、近衛の指揮官たる十家のお一人なのですよ。もう少し身を案じてください」

 責める口調のなかに微かに混じる不安に、壮吉も流石に誤魔化すわけにはいかず、頭を掻く。

「ああ、すまんすまん。次から自重するよ」

「その言葉に何度騙されたことか」

 溜め息を零し、大仰に肩を落とす菜月。哀愁が漂う背中を空と天音が叩き、その光景を見納めると、壮吉は離れた位置で静止するムラサメを見やる。

「我々はここで失礼させてもらうよ」

「ま、待ってください! 貴方方はいったい……?」

 上擦った声で制止する。正直、訊きたいことがあり過ぎて混乱しているのだが、相手がいなくなっては意味がない。呼び止めるも、それをやんわりと拒絶し、身を翻す。

「機会があればまた会うこともあろう。お互い、敵にならないことを祈っているよ、アスラン=ザラ一尉」

 己を正確に察していることにアスランが息を呑んだ瞬間、不知火のスラスターが火を噴く。

「では、さらばだ」

 不知火が加速し、その後を追うように空魔が飛び、4機の姿は彼方へと去っていく。現われたときと同じように颯爽と唐突に姿を消す神出鬼没さに、アスランは暫し思考が停止していたが、やがて難しげな表情で考え込み、アスランは機体を仲間との合流に向けて移動させた。







 外周部では、後退したガーディアンズの代わりに援護に入った日本のホワイトスターズとエンジェルが戦闘を繰り広げる。

 陽炎部隊は編隊を組み、一機が強化盾で防御に回り、別の機体が狙撃し、相手の体勢を崩し、攻勢に出ていた。

 沙雪の陽炎はスナイパーライフルを構えたまま飛行し、エンジェル一機と銃撃戦を繰り広げる。

 ビームの撃ち合いが周囲に飛び交い、ある種のテリトリーを作り上げている。

 スコープ越しに覗きながら、沙雪は舌打ちする。こうも高速で飛び回られていては、ライフルでは狙いがつけられない。ライフルを肩にマウントし、長刀を抜いて近接戦に切り替える。

 エンジェルの懐に跳び込み、長刀を振るうも、エンジェルは悠々とかわす。ランチャーで狙うも、横殴りに陽炎の突撃砲を喰らい、体勢を崩す。その隙を衝き、再度斬撃を浴びせるも、シールドを展開し、防ぐ。

「この位置ならっ」

 マウントされたライフルの砲身が起動し、砲口がエンジェルのボディに密着する。次の瞬間、エンジェルの背中を突き破るように炎が噴出し、沙雪は相手を蹴り弾いて離脱する。

 爆発に包まれるエンジェル。それを一瞥し、別の目標に眼を見やると、菜乃葉の吹雪が両手の対戦刀を振り翳し、エンジェルと近接戦を繰り広げる。

 双斧刀を振るうエンジェルに対し、桜花と雛菊、攻撃と防御を交互に行いながらスピードを活かして攻める吹雪。

 押されるエンジェルもまた、双斧を振り被るも、菜乃葉はその軌道を見切り、吹雪の身を屈ませてかわす。

「そんな大物じゃ、私は捉えられないよっ」

 大きな得物は破壊力はあるが、振るった時の動作が大きく、不発の後の隙も大きい。それを逃さず、菜乃葉は懐に跳び込み、雛菊を振り抜く。

「ええいっ」

 次の瞬間、勢いよく繰り出された斬撃がエンジェルの右肩に突き刺さり、肩の装甲を粉々に砕く。

 体勢を崩したエンジェルに対し桜花を振り上げ、下段から斬り上げる。ボディに刻む一閃。同時に吹雪の機体は遠く離れ、爆発から逃れる。

「残り二機…!」

 残った残存のエンジェルに向けて加速する吹雪に向けて、エンジェルはドラグーンを展開し、ビームを幾条も浴びせかけてくる。

 網目のごとく乱雑に飛び交うビームに晒され、菜乃葉の表情が微かに苦悶に歪む。桜花と雛菊を腰部に収め、背腰部からM950ビームショットガンを抜き、マシンガンモードで斉射する。互いのビームが干渉し合い、周囲に閃光の華を咲かせる。

 互いの視界が閃光に覆われて霞むなか、援護するように沙雪はスナイパーライフルを構え、エンジェルを狙撃する。追い抜くように後方から迫るビームに続くように機体を加速させ、ビームに晒されたエンジェルに対し、菜乃葉は両手の桜花と雛菊を構え、脳裏にいくつもの動作を浮かばせる。

「薙っ!!」

 高速で抜刀される二振りの太刀から剣閃が煌いた瞬間、エンジェルはまるで見えないハンマーに叩きつけられたように装甲をひしゃげさせ、弾き飛ばされる。

 いや、よく見ると頭部とボディに4つの斬撃の鋭い跡が残り、熱を帯びている。流され、一拍後、エンジェルは爆散した。

「残りの一機……沙雪!」

「了解!」

 菜乃葉の呼び掛けに応じ、吹雪の前に出た陽炎がライフルを斉射し、エンジェルを狙い撃つ。だが、狙いをつけないその一射は相手に悠々とかわされるが、それを気に留めた様子もなく、ただひたすら狙撃を繰り返し、絶え間ない攻撃にエンジェルは回避に手一杯となる。

 動きを抑制されるなか、徐々に後退していく。そして、沙雪の視線がその奥にあるものを捉えた瞬間、トリガーを引いた。

「狙いは…外さないっ」

 砲口に一瞬収束したエネルギーが放たれ、真っ直ぐにエンジェルの脇を抜け、後方へと去った瞬間、後方で漂っていたMS用のバズーカに着弾し、残留していた火薬に引火し、爆発を起こした。

 真後ろからの爆発を受け、前のめりに体勢を崩す。そのエンジェルに向かって吹雪が迫る。桜花と雛菊を帯刀し、菜乃葉は脚部内臓パックを開放し、内部からAO-02:ビームブレードを抜き、エンジェルに迫る。

「でぇぇぇいい」

 気迫とともに両手に握ったビームブレードを突き立て、エンジェルの両肩に突き刺す。そのままスラスターを噴かし、エンジェルを串刺したまま加速し、エンジェルを岩塊の一つに激突させ、張り付ける。

 岩盤にめり込むエンジェルに向けて両肩からAO-05:ビームダガーを抜き、振り被ってエンジェルの両腕に突き刺す。刃が装甲を貫通し、背中の岩盤に突き刺さる。

 機体を張り付けにされたエンジェルが呻くように身動ぎするが、間髪入れず菜乃葉は吹雪の頭部バルカンを斉射し、エンジェルの頭部目掛けて集中砲火し、爆発が頭部を包み込む。距離を取る吹雪の前で煙が晴れると、頭部を焼け焦がしたエンジェルが項垂れ、動きを止めていた。

 その様は、十字架に張り付けにされた悪魔を思わせる。

「機体熱反応無し、エネルギー駆動炉停止確認……生体反応…無し」

 吹雪のセンサーでエンジェルをスキャンし、状態を確認すると、軽く溜め息を零す。

「任務完了、かな」

 バイザーの下で今までの凛々しげなものではなく、歳相応の柔らかな笑みを浮かべ、菜乃葉は力を抜いた。

 その様を遠巻きに見詰めていたダナは、小さくした打ちする。

「なんだ、あいつら…訳が解からんうちに全部やられちまった。まったく使えねえじゃねえか」

 思わず、上層部に対し愚痴る。日本軍介入と同時にミラージュコロイドを展開し、姿を消して戦況を見守っていたが、虎の子のエンジェルは壊滅。たった独りで戦うほどダナは愚かでもない。

「任務失敗だぜ、東洋のサル無勢が」

 小さく愚痴ると、逃げるが勝ちとばかりに姿勢制御用のAMBACのみで向きを変え、気づかれぬように無音でその場を離脱した。

 ネロブリッツの逃亡に気づかず、周辺の敵機の反応が消えたのを確認すると、菜乃葉はホワイトスターズの陽炎部隊に指示を飛ばす。

「目標の機能停止確認、移送」

 その指示に従い、陽炎部隊が張り付けにされたエンジェルを岩盤から引き剥がし、その機体を厳重に警戒しながら移送し始める。

「ちょ、ちょっとあんた達!」

 その光景に今まで傍観していたガーディアンズの面々がようやく再起動し、口を挟む。

「そいつをどうしようって…」

 エンジェルを移送しようとする行為を追及するユリアを制するようにエレンが割り込み、ユリアも思わず詰まる。そんなユリアを無言で制しつつ、エレンは口を開く。

「まず礼を述べる。助けてもらい、感謝している」

 静かに頭を下げる。自身だけでなく、部下の命まで救ってもらい、それは率直なものだったが、生憎とそんな感情だけで済まされないのが現実だ。

「まずは話を聞かせてほしい。あんた達はいったい……?」

「先程も申しましたが、我々は大日本帝国軍の者です。私はホワイトスターズ隊の虎柴菜乃葉です」

 恭しく述べ、一礼するが、エレンらの警戒は緩まない。

「日本が宇宙に軍を擁しているというのは初耳だったが」

「申し訳ないですが、それにはお応えできません」

 やんわりと拒絶する菜乃葉にエレンは内心、小さく舌打ちする。そう簡単に話す気はないということだろうが、視線をエンジェルへと向ける。

「あの機体、どうするつもりだ? あんた達も知っているかもしれないけど、アレはA.W.で使用された兵器だ」

 エンジェルの姿はあの時、全ネットワークを通じて地球圏全域に放送された。当然、日本国内でも存在を知るところになったはずだ。

 射抜くような視線を向けるが、菜乃葉は困ったような笑みを浮かべ、再度頭を下げる。

「ゴメンなさい、それも教えられないんです。軍の守秘義務に当たるので」

「それじゃ話にならないじゃないっ」

 思わず憤り、声を荒げるユリアに菜乃葉はどう答えたものかと言葉を濁すが、そこへ助け舟が出される。

「中尉、目標が着艦に入りました。番場大佐達も戻られます、帰還を」

 いきり立つユリアやガーディアンズの面々を威嚇するように割り込む沙雪の陽炎。その態度にこちらもまた険しい表情を浮かべる。無言の睨み合いのなか、互いの筆頭である菜乃葉とエレンは互いに見やり、これ以上の会話は無意味と無言で悟り、菜乃葉は沙雪を促す。

「戻るよ、雨宮准尉」

「了解」

「それじゃあ皆さん、また縁があれば」

 笑みを浮かべたまま一礼し、身を翻して離脱をかける吹雪と陽炎。その行動に思わず飛び出そうとするが、エレンが無言で制する。

 2機の機影がやや離れたヤマトの艦内へと消えていくのを確認し、ヴェノムが思わず詰め寄る。

「隊長、いくらなんでも納得いかねえっすよ」

 さしものヴェノムもエレンに対して不満を隠さず言い募る。それ程今回の件は不透明な点が多い。まるで自分達を餌にしたようなタイミング合わせの日本の援軍は不可解なものを感じさせ、そしてエンジェルの鹵獲。これだけでも日本の何かしらの意図を勘ぐらずにはいられないが、エレンは黙り込んだままだ。

 無論、エレンとて今回の一件が何かしらの陰謀に関わっていると確信しているが、それが日本の思惑とは限らない。

「だが、仕方ない。彼らはガーディアンズでもなければ、我々にもそれを強要する権限はない」

 苦い口調で自身に向かって言い聞かせる。

 事実、問い詰めようにも政治的にも物理的にも現状は不可能だ。なら、この件は上層部と各国首脳部の方に回るだろう。どのような思惑であれ、日本は地球の独立国家だ。下手な真似に及べば、国際問題にもなりかねない。

「それより、私らは一旦後退だ。それとシーミルの機体を早く回収しろ」

 諌め、今は自分達の方の態勢を立て直す方が先決と言い聞かせ、各機は不満を押し隠し、帰還コースに入る。そして、エレンはスローターダガーの自爆に巻き込まれたレミュの救助に向かった。


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