MSが帰還し、危機が去ると、ナタルは滞空していたヤマトに対し通信を試みる。

 暫しコールが続いていたが、やがて応じる旨が伝えられ、ナタルの正面モニターに壮年の男の顔が映しだされる。

「御初に御眼にかかります、ガーディアンズ第1遊撃艦隊、大西洋連邦所属艦、ドミニオン艦長のナタル=バジルールであります」

 敬礼し、ハッキリとした口調で告げると、モニター向こうの白の軍服に身を包んだ壮年の男が同じように敬礼を返す。

《こちらこそ、御初になる。大日本帝国軍強襲特装艦:ヤマト艦長の東雲聡准将だ》

「まずは礼を述べさせていただきます、我が部隊に援護していただき、感謝します。おかげで最悪の事態は免れました」

《いや、我らは我らの任務を果たしたまで。そう畏まらずとも構わない》

「差し支えなければ、お話を聞かせていただきたいのですが?」

 さり気に探るような視線を向けるも、相手もそれを察してか、制帽で僅かばかり眼元を隠し、それが拒絶の意と悟るとナタルも微かに眉を寄せる。

《申し訳ないが、我らには守秘義務があるゆえ、お教えするわけにはまいりませぬ》

 そう言われては、こちらも無理強いはできない。同軍内でさえ部隊によって守秘義務があり、それが違う軍ならば尚更だ。

 口を噤むナタルに対し、聡は軽く咳払いを行い、視線を再び上げる。

《我々はこれにて失礼する。また縁があれば、会うこともあろう…達者でな》

「っ、待っていただきたいっ」

 珍しく狼狽した面持ちでナタルが引きとめようとするが、僅かに遅く、通信は途切れ、さらにヤマトは方向転換を行い、微速で離脱をかける。

「イエロー艦、離脱します」

 複雑な面持ちでそう報告が上がると、ナタルは額を押さえ、項垂れる。

「完全黙秘、か」

 こちらの意図を完全に封殺し、情報がまったく伝わらなかった。

「艦長……?」

「全艦に警戒レベルを第2警戒体勢にまで下げる旨を伝達、負傷者の救護を最優先。数小隊を警戒に残し、交代で休ませろ」

 窺っていたクルーにそう告げ、ナタルは独りごちる。

(今回の件、我々の存在が邪魔になったということか)

 あの襲撃の度合いから見れば、艦隊の戦力の削ぎ落とし…もっと突き詰めれば、艦隊の壊滅の可能性が高い。今回の任務を出した上層部、または上層部に通じる者にとってガーディアンズが目障りになったということだろう。そのために罠を張ったこの場所へ誘き出した。しかし、腑に落ちないのはわざわざこんなL3の辺境にまで誘い出したかだ。もっと効果的な場所ならいくらでもある。

 援軍を呼びにくい孤立が目的か…もしくは、ガーディアンズの主力を遠ざけるか……だが、それも無意味なことかもしれない。

(どう転ぼうとも、今回は責任が重くなるのは間違いない)

 手元には簡単にだが、寄せられた各艦の被害状況が纏められている。艦2隻轟沈、1隻中破、MS隊の損耗率は30%近くにまで及ぶ。ガーディアンズ結成以来、これ程の被害を受けたのは初めてだ。いくら部隊規模が縮小されているとはいえ、これは無視できない数字だ。今回のこの失態で、ガーディアンズはその存在意義を問われることになり、部隊の凍結、最悪の場合は解体もありうる。

「一時間後、ブラックストン隊長とザラ一尉を私の執務室にまで来るように連絡を頼む」

「了解しました」

 肩を大きく落とし、ナタルは内に巣食う胸騒ぎが鮮明になりつつあることに不快感を抱いた。

 沈んだ艦、そして被弾したMSから生存者の救助作業がひっそりと進むなか、クサナギの艦橋にアスランが顔を出す。

「一尉、もういいのか?」

 頭に巻かれた包帯が痛々しい姿に、思わず問い掛けるが、アスランは首を振る。

「これぐらい、慣れてますし…責任者が寝ているわけにはいかないですからね」

 苦い笑みを浮かべつつ、隣に立ち、救助作業を見詰めながら、アスランは暗然たる思いだった。

 アサギ達も軽傷で済んだが、仲間のレミュが敵の自爆に巻き込まれ、救助はされたものの、爆発によってコックピットが破損し、出血多量で意識不明の重態との報に蒼然となっており、休憩後アレクサンドロスの方へ様子を窺う旨を申し出、先程送り出したところだ。

「酷くやられたもんだ」

「ええ」

 それ以外、答えようがないのが悔しい。このガーディアンズは少数部隊ながら、前大戦を経験した者達も多数所属していた。なのにこの醜態、決して誇示などしたことが無かった自信が完封なきまでに砕かれた心持ちだった。

 いくら動揺が多少あったとはいえ、一方的に負けたのだ。艦内にはどんよりとした空気が漂い、皆一様に沈んだ面持ちだ。責任者の一人であるアスランもまた同じ心持ちのため、それを和らげることも紛らわせることもできないことが歯痒い。

「見事な戦いだったな、極東からのお客さん達は」

 どこか揶揄するような口調で漏らす艦長にアスランも脳裏に突如介入した日本の機体を思い浮かべる。

 唐突に現われ、そして唐突に去った。一方的に介入し、一方的に拒絶し、こちらは納得がいかないままだ。あまりに憮然とした態度に釈然としないものだったが、それよりも問題は別にある。

 今回の任務、どう考えても仕組まれていたと考えるのが当然だろう。アスランはブリッジに上がる前に執務室に上げられた報告書に眼を通す。

 そこには、回収した敵MSの調査内容が記されている。機体型式番号はGAT-01A2R:105スローターダガーというコードネームで機体のOS画面に登録されていた。能力的にはGAT-01A1型と大差ない。だが、コックピットブロック内は異様な構造になっていた。

 操縦席に着いていたパイロットだが、それはドーピング処置を施された強化人間だった。頭部に打ち込まれた薬品と鼻腔を通じて送り込まれる酸素吸飲。ハッキリとした結果は出ないが、検死を担当した者から聞く限り、暗示に近い洗脳処置も施されていた可能性もある。添付されたパイロットと思しき人物の遺体写真を吐き捨てたいような形容しがたい感情で見やり、思わず握る手に力がこもる。

 そして、もしあの時先攻を仕掛けたスローターダガー部隊全機がこの仕様となっていたなら、彼らはこちらの戦力を消耗させるだけの捨て石だったということ。耐え難い怒りが内に沸き上がってくる。

(そして、消耗した隙を衝き、本命の第2陣で叩く、か)

 戦法としては確かに理に適っているが、それでもそのやり方に禁忌してしまう自分はやはり甘いのだろうか。指揮官には任務の達成が何よりも求められる。だが、部下や仲間を犠牲にしてまでそれを成し遂げたいとはアスランには到底できそうにない。最小の損害で最善の結果を出す、たとえそれが青臭い理想論でも、アスランはそれを信条としている。だからこそ、彼を信頼する者は多いということを、アスランは気づいていないが。

 そして本命のなかにいた機体。

(形からしてイージスとブリッツの改良型か?)

 ムラサメのカメラアイで撮影したロッソイージス。そしてエレンらの機体から撮れたネロブリッツの写真を見比べ、頭のなかでかつて乗った愛機、そして仲間の機体を思い浮かべ、比較する。

 基本的な能力はさほど違ってはいなかったが、そのパワーや機動性、そして特殊装備等、様々な面で強化改造を施されていた。アレはどちらかと言えば、量産機種というよりはハンドメイドのカスタム機と考えた方がしっくりくる。

 なら、それを開発したのは何処の陣営、かという疑問が次に来る。

 元々の初期型GATシリーズを開発した大西洋連邦という懸念もあるが、憶測の域を出ない。

(バジルール中佐を通して、ハルバートン司令に確認を取ってもらうか)

 ナタルの直属の上司であり、そしてGAT開発計画の立案者でもあり、計画の中枢にいたハルバートンなら、なんらかの情報を持っている可能性もある。それを纏めるが、最後に浮かぶのは、このGATシリーズのカスタム機でも日本の機体群でもない。

(天使…奴らが再び現われた)

 正直、信じられないという思いでいっぱいだった。あの悪夢のごときA.W.の最期の戦いを忘れたことはない。今でもあの時の戦いの記憶が甦ることがある。その天使が再び姿を現わした。

 それだけに留まらず、介入してきた謎の重MS。アレもまた、天使になにかしらの関わりがあるのだろうか。

(彼女達と連絡が取れれば……オーブに戻ったら、一度ノクターン博士やクロフォード主任に訊くしかないな)

 もし、アレが本当に天使であるのなら、彼女達と連絡を取れれば確実だが、肝心の彼女達の所在は不明のままだ。なら、それに近しい存在はオーブに居る彼らしかいない。

「艦長、私はドミニオンに行きます。内部調査の方はお願いします」

「解かった」

 アスランの任務の一つであるPシリーズ2機の確認は別部隊に任せ、アスランはレポートを手に艦橋を後にした。

 暫し無言で進んでいたが、やがてその足が止まり、知らず知らずの内に強く握り締めていた拳を持ち上げる。

 無意識の慢心…あの戦争を勝ち抜いたという驕りが今回のような失態となってしまった。だからこそ、己を諌めねばならない。

 天使を擁する謎の組織、そして突如としてその存在を具現化させてきた日本。裏で何かが蠢いている。そんな予感を抱かせるには充分な状況に、アスランは静かにこの先に待ち受けるものに気を引き締め、虚空を見やった。







 戦闘宙域を離脱したヤマトは、地球へ向けて航行を続けていた。

 威風堂々といった様は、凱旋を思わせる。艦中央部格納庫において、帰還した各機の整備が行われていた。

 陽炎、吹雪、不知火とクローラーに固定されて各関節部とモーター回りの点検に余念がない。近接戦を主軸とする日本の無意識の思想故か、その回りの疲労が大きい。

 そして、階層式になったハンガーには、戦闘機形態の空魔が格納され、各種ケーブルを繋がれ、データ取りを行い、調整を行っている。その様子を見上げながら佇む天音の許に空が歩み寄る。

「お疲れ、天音」

「そっちこそお疲れさん」

 互いに身に纏うのは、一般の軍服と違い、身体を覆っているコートのような上着。それが、大日本帝国軍内において近衛たる証であり、誇りでもある。右腕には、そのなかでも特殊部隊:機動烈士隊の証である刀のクロスしたエンブレムが刻印されている。

 先の戦闘での互いの健闘をそこそこに称え、揃って愛機を見上げる。

「宇宙での初実戦、まあまあだったんじゃないかな?」

「そうね、意外と扱いやすかったし、ファイター形態だと細かな機動も結構できたしね」

「さっすが、次機主力機だね」

「うん、これはJATシリーズの傑作機だよ」

 自分達に与えられた空魔。大日本帝国軍の次機主力機として制式採用され、今現在一部の量産型が各部隊に少数ながら配備され、実戦を踏まえたデータ収集に当たり、それを基に制式化する予定だ。

 そのため、各種稼動・戦闘データ収集が急務となり、配備された部隊はいろいろな運用に奔走し、彼女らも今回宇宙での実戦データ収集に当たっていた。

「菜月は?」

「隊長のとこ」

 この場に居ないもう一人の仲間の所在を尋ねると、天音はその理由をくいっと視線で格納庫の奥を指す。それだけで空の表情もやや硬くなる。

「初めて見たけど……不気味だね」

「いい気しないのは一緒よ」

 相槌を打ちながら二人が見据える先には、先の戦闘で鹵獲されたエンジェルが厳重な拘束のもと、機体の解析作業に入っていた。

 黒衣の装甲のなか、沈黙を保つのは機械と解かっていても言い知れぬ不気味さと不安を感じさせる。彼女達もこの機体を実際に見たのは初めてだ。最初に見たのは2年前、あのA.W.の最期の戦い。世界に宣戦布告した天使達。

 あの時に感じた恐怖に身震いするが、やがて気を取り直す。

「でも、なんで鹵獲なんて……?」

「さあ? 隊長の指示だったし…上の方でなんかあったのかな?」

 互いに顔を見合わせながら困惑し、肩を竦めた。





 場所を変えてヤマトの艦内。クルー達の居住区画の一室。

 士官用の個室としてはかなりの拡さを備えた佐官用の一室。だが、そこはやや趣が異なっている。執務机が置かれた作業区画の隣に設けられた畳。その畳の傍には、これまた豪華なシステムキッチンが備えられていた。

 おおよそ似つかわしくない程の造りの部屋のなか、畳が敷かれた場所に腰掛ける二人の少女。

 短く切り揃えたショートのライトブラウンの髪に、黒いリボンをバンド代わりに頭の上に巻く少女と赤い髪を腰まで届くほど靡かせる少女。

 ホワイトスターズの虎柴菜乃葉と雨宮沙雪がどうにも落ち着かない面持ちで腰掛ける。

「あの、番場大佐?」

 この沈黙に耐えられなくなったか、もしくはこの眼前の異様な光景にいい加減ツッコミたくなったのか、菜乃葉が口を開いた。

「ん? 何かね?」

 声を掛けられた人物は、システムキッチンで作業をしていた手を止め、振り返る。近衛の軍服の上につけたエプロンには、『V3』という刺繍が描かれている。包丁を片手に振り返るのは、近衛軍総指揮官にして機動烈士隊隊長の番場壮吉であった。

 その姿にどう突っ込んでいいやら思わず迷うが、意を決して菜乃葉は軽く咳払いをしながら言葉を紡ぐ。

「何故、このような場所で?」

 沙雪も同意なのか、心中で頷く。ヤマトの壮吉の私室。そこはまだいいのだが、自分達が現在腰掛けているのは、コタツである。しかも、脚を下に降ろせる掘りゴタツというものだ。

 このなんともいえない暖かさと脚を伸ばせることが楽な姿勢を取らせてくれる。だが、決して自分はそれを堪能するためにここに居るわけではない。

「ふむ、女性の冷え性は怖いからな。暖かい場所がいいと思ったのだが?」

 真顔でそう尋ね返され、菜乃葉はますます頭を抱えそうになる。

「あの、大佐…これは、何なのでしょうか?」

 その隣に座る沙雪は思わずコタツのテーブルの上に置かれた物体を指差す。だが、その問いに対し、壮吉は首を傾げる。

「鍋だが? おや、二人は鍋は嫌いだったかね?」

「あ、いえ」

 慌てて被りを振る。テーブルの上に置かれたガスコンロに弱火で煮え立たされている土鍋からは、微かな湯気が昇り、ダシに使用した根昆布の仄かなコクが漂い、食欲をそそる。

「それは良かった。ちょうどいい魚が手に入ったのでね。今の季節、魚が美味いからな」

 そう言い、キッチンの上に魚を置き、包丁で見事な捌きを披露する。季節柄、日本近海ではいい魚が手に入り、鼻歌を謳いながら魚を捌いていく。その姿に思わず和みそうになったが、慌てて被りを振る。

「あ、あの…そうではなくてですね。今回の作戦の報告に……」

 菜乃葉と沙雪が壮吉の執務室を訪れたのは、あくまで今回の作戦における報告のためだったはずだが、入室するやいなや、壮吉は鍋の準備に取り掛かり、二人をコタツに促した。コタツと鍋…抗い難い誘惑に、無意識に誘導させられた二人は、コタツでややほのぼのしてからようやく我に返ったため、どうにも反論する口調が弱い。

「おお、そうそう! 肝心なことを忘れていたな」

 ポンと手を叩き、こちらを振り向いた壮吉にようやく本題に戻ったと安堵したが、次の瞬間、壮吉はキッチンのシンク下から何かを取り出し、こちらに見せながら問い掛けた。

「中尉と准尉は、ポン酢と胡麻ダレのどっちが好みかね?」

 真剣な面持ちで両手に持った鍋に欠かせない二つの味瓶を見せながら問い掛ける壮吉に、菜乃葉と沙雪は揃ってテーブルに頭を打ちつけた。

 いい打音が響き、二人は突伏したまま、硬直している。なんとも言えない空気が漂うなか、ドアが開き、新たな来訪者が入室してきた。

「失礼します、隊長…報告書の確認……何事ですか?」

 入室した菜月は、瓶を持ったまま佇む壮吉と頭を打ちつけて突伏している菜乃葉と沙雪の奇妙な光景に間抜けな声を漏らした。

 だが、そこは壮吉の部下たる所以か、この異様な光景を無視し、手に持った書類を手に壮吉に歩み寄り、差し出す。

「隊長、空魔の戦闘データ、及びエンジェルの解析データです」

「御苦労、どうだ、宇宙での乗り心地は?」

 受け取ると同時に尋ねると、菜月は肩を竦める。

「問題はありません。流石は真宮寺炎乃華殿が設計しただけはあります。宇宙での機動性はさして懸念していた程ではありません」

 今回、菜月達の仕事の一つが、空魔の宇宙空間における機動テスト。地上での空力特性を追求した機体フォルム故、空気抵抗がない宇宙空間ではその形状はまったく意味を成さず、どれだけの上限があるかの確認であったのだが、少なくとも機動力低下は杞憂だろう。あとは、どれだけ宇宙空間での機動を認識できるかだが、こればかりはパイロットの錬度に関するためになんとも言えないが。

「ふむ…エンジェルの方は?」

「それですが、あの機体は、2年前の物と仕様が若干変更されています」

 書類に眼を通しながらもう一つの懸念事項を尋ねると、菜月は視線をやや細め、低い声で呟き、再起動した菜乃葉や沙雪もその言葉に小さく息を呑み、壮吉も無言で聞き及んでいいたが、やがてそれがある一つの項目で止まり、それを睨むように凝視する。

「あの機体は、純然たる無人仕様となっています。事前に確認した機体データと違い、コックピットブロックモジュールそのものが入れ替えられています」

 菜月の言を証明するように、手元の資料には、2機の構造図の比較データが載せられ、片方は2年前のA.W.で確認された機体だが、もう片方は今回回収したエンジェルの構造図。コックピットモジュールそのものが変更され、それに伴う能力の若干の低下予測数値が記されている。

「ただ、製造パーツは全て登録が抹消されており、製造元をあらうのは不可能かと」

 やや無念そうに肩を落とす。調査で解かったのはそこまでだ。肝心の製造工場等の割り出しは不可能に近いほど徹底されている。

「量産体制が整い、今も現存、稼動しているとなると……厄介なことだな」

 独りごち、書類を閉じる。確かに、今回は機体数も少なく、また不意を衝いたために苦戦こそしなかったが、やはり手こずらされた。

 前大戦の末期から製造ラインが未だに稼動しているとなると、看過できる問題ではない。

「生産工場に関しては、八咫鴉に調査を依頼しよう」

「了解しました。では、自分はこれで……」

 踵を返す菜月に壮吉が静かに待ったをかける。

「君もどうだ? 食べていかないか?」

「御相判に預かりたいのは山々ですが、空と天音を待たせていますので、またの機会に取っておきます」

 心底残念そうにやんわりと断ると、壮吉も残念そうに肩を落とす。

「そうか、久々に腕を振るおうと思ったのだが」

「餌付けされてはたまりませんから、あ、そうそう忘れてました」

 苦笑を浮かべ、何かを思い出した菜月は懐から何かを取り出す。それは、綺麗なラッピングリボンを施された小さな包み。

「隊長、バレンタインチョコです。私達3人から」

「おお、ありがとう」

 差し出されたそれを、壮吉は受け取り、礼を述べると菜月は軽く肩を竦める。

「まだ日付は早いですけどね。あとで召し上がってください、では」

 敬礼し、今度こそ部屋を後にした菜月を見送ると、菜乃葉もまた何かを思い出したように思考を巡らせる。

(バレンタインか……今年はどうだろう? 刹那君は仕事でいないし、お兄ちゃんは多分連絡取れないんだろうな……)

 無意識に髪を束ねる黒いリボンに手を触れ、難しい顔で悩む菜乃葉に気づいた壮吉がチョコを置き、からかうように声を掛ける。

「中尉もチョコを誰かにあげるのかね?」

「え?」

「ふむ。まあ、本命が今音信不通では難しいかもしれんがな」

 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべ、そう揶揄するように漏らした壮吉に菜乃葉の頬は軽く熱を帯び、赤くなる。

「にゃっにゃ、ち、違いますっおに…じゃなくて、不破少佐は関係ないですっ」

 あたふたと釈明するが、その姿に壮吉は笑みを浮かべ、沙雪もまた笑みを噛み殺す。

「隊長、墓穴掘ってますよ」

 そう指摘され、菜乃葉は反論できず、俯いたまま黙り込む。その初々しさに、何故かたまらないものを憶えるが、流石にそれ以上からかうことはしなかった。

「さて、それじゃ煮込むとするか」

 気を取り直し、捌いた魚、そして野菜類を煮立つ鍋のなかに浸け込み、蓋を閉じる。ダシ湯のなかで温められた材料がその食欲をそそる豊潤な香りを漂わせる。

 流石にそこまできては、菜乃葉や沙雪も止める訳にはいかず、むしろその匂いに腹の虫が鳴きそうな勢いだった。

 そして、バツが悪そうに乾いた笑みで壮吉を見やると、軽く口元を緩め、再び味瓶を取り出す。

「どちらがいいかね?」

「私はポン酢で」

「自分は胡麻ダレをお願いします」

 それぞれ瓶を受け取り、小皿に注ぎ、そのタイミングで蓋を取ると、一際大きな湯気が立ち昇り、靄となって霧散すると、煮え立つ鍋が見える。

 壮吉が促し、菜乃葉と沙雪は同時に箸でそれぞれ掴み、手元の小皿で味付けし、口に含む。

 食材のうま味と暖かさがなんとも言えない幸福感を齎す。

「美味しいです」

「ホント…大佐の料理の話は聞き及んでおりましたが、これ程とは」

 舌鼓を打ち、称賛する二人に壮吉は微かに照れたように視線を逸らし、自らも食し、その味に満足気に頷く。

「さ、どんどん食べたまえ。しめはこのダシをふんだんに使った雑炊だからな」

 鍋の醍醐味を控え、二人はどんどん箸を進め、空腹感を満たしていく。

 食事が進み、それもたわわななか、菜乃葉は不意に、頭を過ぎった疑問を壮吉に問い掛けた。

「大佐、お訊きしてよろしいですか?」

 箸を止め、真剣な面持ちを向ける菜乃葉に壮吉も箸を止め、向き合う。

「今回のこの任務、あの機体…エンジェルの鹵獲が本当の目的だったのですか?」

 士官クラスにまで閲覧が赦されたのは、今回の任務がヤマトの宇宙空間での実戦テスト、及び宇宙軍を擁さない日本の今後のノウハウ構築のために実戦でMSの試験運用、及び新型量産機種のデータ取りだった。

 だが、そのためにわざわざL3の果てにまで足を伸ばした理由が解からない。しかも、偶然にもあそこで戦闘が起こっていたなどとなると、できすぎたシナリオに勘繰らずにいる方がおかしい。

 その菜乃葉の疑念に壮吉は内心、感嘆したように笑みを浮かべた。

(流石、透真が師事しただけはあるようだな。四門陣の一将としていい戦略眼だ)

 正直、菜乃葉の年齢ではまだ四門の一角を担うには若すぎる。だが、それを物ともせず最年少で虎柴の当主に就いた。その事実は伊達ではないと納得しながら壮吉はやや迷う。

 正直、何処まで話せばいいか困るのだ。今回の作戦の真意はかなりの守秘が課せられている。正直、佐官クラスでも今回の一件は壮吉の近衛という特殊な立場上知らされているに過ぎない。

 やや困った表情で黙る壮吉に菜乃葉は慌てて被りを振る。

「あ、守秘義務があるのなら、申し訳ありません。越権行為でした」

 壮吉の態度から自分の階級では知れない内容と悟る。謝罪する菜乃葉に壮吉は笑みを浮かべ、肩を竦める。

「スマンな。だが、中尉が考えていることは恐らく当たっている、とだけ言っておこう」

 自身の考えの裏づけがとれ、菜乃葉も微かに表情を緩ませる。

「大佐、この後の我々は?」

 話が一段落したのを見計り、沙雪が尋ねると、壮吉は頷き返す。

「ヤマトはこのまま地球軌道へ向かい、その後伊豆基地に向かう。君達は本陣の守護に戻ってもらうことになるだろう」

 その言葉に菜乃葉と沙雪は互いに見やり、頷き合う。彼女達ホワイトスターズは日本の四方を守護する四神:百虎の要。その責任者がいつまでも本陣を留守にしておく訳にはいかない。

「本国の方も緊張が高まっている。徐々にだが、それが現実味を帯び始めているのでな」

「……大東亜、ですか?」

 壮吉が指すものに確信に近いものを浮かべ、思わず口に出すが、壮吉はなんとも言えないといった表情だ。

「表面的には、だがな。だが、脅威は何も外からばかりとは限らんさ」

「? どういうことですか?」

 意図が掴めず、尋ね返すと、壮吉はやや強張った面持ちで顎を引く。

「不破から連絡があった。西に不穏な動きあり、と……」

「……西…っ、まさか…緋…っ」

 低い声で語られたその内容に、菜乃葉は一瞬思考を彷徨わせるが、何かに思い至り、思わず口に出そうとした瞬間、壮吉がその眼前に指を立て、制止する。

「そこまでだ、中尉」

 制された菜乃葉は茫然と指を通して壮吉の顔を凝視するが、強張ったものからやや苦笑じみたものに変わり、軽く肩を竦める。

「迂闊なことは口にしない方がいい。壁に耳あり、障子に眼あり、だ。気に掛かるのは解かるが、まだあくまで憶測の域を出ん。不確かな憶測で本国をゴタゴタさせ、帝に負担を強いる訳にはいかんからな」

 今現在、日本は内外にと問題を抱えている。それを解決するために帝以下、政府が奔走している。その激務のなかに新たな問題を持ち込むのは近衛として流石に躊躇われる。

 嗜められ、菜乃葉も自身の短慮さに恥じるように表情を曇らせる。

「申し訳ありません」

「いや、構わんさ。それより、雑炊の準備を始めるとしよう」

 会話のなかでひっそりと鍋の余剰物を取り除き、準備を進めていたことに気づき、一瞬唖然となる二人を置き、壮吉はダシが染み渡ったスープに火をかけ、そこに米を沈めていく。

「中尉、恐らく日本に戻れば、伊豆基地で雫君と刹那君に会えるだろう。時間はそう取れないかもしれないが、久しぶりの幼馴染との付き合いだ。少しは休むといい」

「雫ちゃんと刹那君とですか? うわぁ、久しぶりだなぁ、ありがとうございます」

 先程までの沈んだものではなく、華のようにぱあっと明るい笑顔を浮かべる菜乃葉。菜乃葉がホワイトスターズに配属されてからはお互いに仕事が忙しく会えなかった幼馴染の二人との再会を思い浮かべ、菜乃葉は胸を躍らせる。

 それを見守るように一瞥すると、壮吉は雑炊のなかに入れる卵を取るためにコタツを立ち、キッチンの冷蔵庫へと向かう。

(……さて、間に合うか)

 内心に独りごち、先程聡から聞かされた内容を脳裏に浮かべる。

 ユニウスセブンの片割れ、ユニウスΩが安定軌道を外れ、地球への落下コースを取ったという旨。L3を発ってからの長距離通信で月と連絡を取り、その内容が伝わったのだ。隠密行動中であったために各通信系統を遮断していたのが仇となった。

 にわかには信じがたい内容ではあったが、送信されたユニウスΩの予測コースと観測データから事実であると確信し、壮吉はすぐさま地球軌道へ向かうように頼んだ。

 だが、ヤマトの高速性を以ってしても阻止限界地点までに間に合うかは五分五分だ。そして、その異常事態に対応できるガーディアンズがL3で足止めを受けている今、阻止できるだけの戦力は限られてくる。

 自分達の選択が後の展開をより悪いものへ繋がったことに、複雑なものだった。

 神妙な面持ちで黙り込む壮吉に首を傾げ、背中に向かって声を掛ける。

「大佐?」

 その声に反応し、相槌を打ちながら振り返る。

「おお、スマンスマン」

 卵を取り出し、慌てて戻り寄る。幸いに表情を見られなかったため、不審には思われなかったようだ。

 余計な混乱を艦内に持ち込まないため、今はまだ艦長以下ブリッジクルーと壮吉のみにしか伝わっていないが、話さねばならないだろう。

 だが今は…僅かでも休息を過ごさせるべきだろう。不意に、テーブルの端に置かれたものが視界に入る。

(予測される落下の日付……因果か? それとも、運命の皮肉か?)

 端に置かれた菜月達から渡されたチョコを見やり、悪態を衝いた。























《次回予告》





過去の象徴……

過去に縛られる者か…過去を乗り越えし者か………

それぞれの想いを抱え、運命は新たなる試練を課そうとしていた。



哀しみの鬼に身を堕とせし外道をゆく者達の選択。

それは、世界を自らの望む路へ糺さんとする所業だった。

戦士達は、悪意渦巻く戦場へと身を投じていく………





そこは…終焉の地にして……新たなる祖まりの運命が集う運命の地であった………

そして…かの約束の地より…新たなる変革の嵐が吹き荒れる………





次回、「PHASE-17 混濁する悪意」



悪意渦巻く戦場へ赴け、インパルス。













16話完成しました。はい、今回も性懲りもなく4パートになってしまいました(マテ

主人公達がいない回なのになんでこんなに長くなるんだと自分でツッコミたくなる長さです。

今回は日本のメンバー登場に加えて、ガーディアンズ側に割を喰ってもらいました(爆

前々から温めていたネタをいろんなところに散りばめました。全部解かった方は凄いです・・つーか、思いっきり趣味丸出し(汗

そして、今回日本側のメンバーとしてメビウスさんの『如月菜月』、『司狼空』、『草薙天音』、クランさんの『雨宮沙雪』に登場していただきました。

恒例のイメージCVを



壮吉:宮内洋、菜乃葉:田村ゆかり、沙雪:後藤沙緒里、菜月:沢城みゆき、空:水橋かおり、天音:下屋則子、聡:秋元羊介、ミスト:神谷浩史、ブルーノ:清川元夢、アレット:間島淳司、イリア:あおきさやか





前回載せるのを忘れていた(オイ)アレットとイリアのイメージCVも今回掲載しました。あと、沙雪とイリアのイメージCVをこちらの都合で変更させていただきましたので、御了承ください。



今回でヘリオポリス編終了。物語の第一クールの最後の分岐ルートということでいろいろ伏線を残し、次回から本ルートのミネルバルートへと戻ります。そして、予定ではあと2話で第一クールを終了する予定です。

第一クールのラストたるユニウスセブン戦では、もう果てしないことになりそうな予感がします(爆

ではではww


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