プラントからの緊急通信を受けたミネルバもまたひとまずの修理を終え、通常航行には差し支えない程度に回復したのを確認し、装備等の最終チェックさえ惜しみ、慌しく進路をユニウスΩに向けて発進した。

 現存するザフト艦艇のなかではナスカ級やエターナル級すら上回る最高速を誇る高速艦の自慢の足をフルにして急ぐも、それでも焦る気持ちをクルー達は抑えることができない。

 この事態が起こしうる最悪の可能性に不安を抱き、一路一刻さえ惜しみながらただ急いだ。

「ボルテールとルソーがメテオブレイカーを持って既に先行しています」

 艦橋においてタリアは再び居座る厄介な相手に苦みを億尾にも出さず報告し、後部シートに着く当の傍若無人に近いデュランダルは昨夜の情事のことなど仕草にもまったく匂わせず、頷いた。

「ああ、こちらも急ごう」

 プラントで議長抜きで行われた緊急議会において、ユニウスΩの破砕が正式に可決され、そのために対隕石破砕用の大型掘削機であるメテオブレイカーが投入されることになった。前大戦においても使用は認可されたが、その情勢ゆえに日の目を見ることもなかったが、それが再び必要とされる事態に不安を憶える。

 十数基のメテオブレイカーは現ザフトのトップガン部隊に預けられ、彼らは先行しており、ミネルバもそれに合流する。

「地球側には何か動きはないのですか?」

 議長という立場にやや圧されてか、控えめに尋ねるアーサーの問いにデュランダルは、思考を一瞬巡らせるも、やがて静かに溜め息をついた。

「何をしているのか、まだ何も連絡は受けていないが…だが、どの道今から月からでは戦艦を出しても間に合わないな……」

 憂鬱そうに芳情になった。

 現在、宇宙で動ける組織は限られる。だが、ガーディアンズは主力が出払い、動きが取れず、また大東亜連合の擁するアルザッヘル基地は月である以上、今からではもはや動くこともままならない。

 むしろ、彼らにしてみればこの程度のことで軍を動かす理由などないのかもしれない。

 毛嫌いされているとクルー達が苦いものを浮かべるなか、デュランダルのみ、表情を崩さず、独り言のように続ける。

「後は地表からミサイルで撃破を狙うしかないだろうが…それでは表面を焼くばかりで、さしたる効果は上げられないだろうな……」

 諦めきったかのように断言に近い地球側が取るだろう手を考えたがどれも期待が薄いものばかりだった。

 援軍は期待できず、また地上からの支援も望めない。八方塞の状況にタリアも憂鬱になる。

 やはり、当初の予定通り、被害を最小限に留めるなら、大気圏に突入する前に、できるだけ小さな破片に砕くしかない。

 タリアを含めたクルー達がその答に行き着いたのを見計らったように、デュランダルの言葉が響いた。

「ともあれ、地球は我らにとっても母なる大地だ。その未曾有の危機に、我々もできるだけのことをせねばならん」

 この場に居る…いや、この艦に乗り込んでいるクルー達はほぼプラントで生を受けた者がほとんどだ。彼らにとって地球は、そこまで悲観的な感傷を抱くものではない。だが、決して地球に住む者達を蔑ろにするつもりはない。地上に生きる彼らを救いたいという気概を持たぬほど、冷血でもない。そして、今それが可能なのは自分達のみという状況もそれを奮い立たせている。

 真摯に聞き入るクルー達の顔を一人一人見回し、デュランダルは語り掛けた。

「この艦の装備ではできることもそう多くはないかもしれないが、全力で事態に当たってくれ」

「はっ!」

 一斉に敬礼し、気合の入った面持ち操艦に当たった。





 クルー達が決意を固め、ミネルバがユニウスΩへの航行を続けるなか、割り振られた個室で刹那は沈痛な面持ちのまま、部屋の灯りをつけることなくベッドに腰掛けていた。

 ベッド脇の微灯のみが照らすなか、陰がかかった表情は晴れることなく、その瞳は暗く虚空を彷徨っていた。

「落ち着いた、刹那ちゃん?」

 そんな刹那に先程までの硬い面持ちではなく、身を案じるように覗き込む雫が問い掛けるが、いつもなら反論する言葉も今は返ってこず、ただ無言のままだ。

「その一度落ち込んだら際限ない癖、直さないとダメだよ」

 小さく溜め息をついた後、ぐいっと刹那の表情を下から覗き込み、引き締めた面持ちで指を振る。すると、刹那が沈痛な面持ちのなかに苦笑を浮かべ、顔を上げる。

「ゴメン、雫」

「私のことはいいよ。でも、私個人は気にしてないけど、外交官としては容認できないわね」

 その言葉に刹那も相槌を打つ。ここは仮にもザフトの戦艦内だ。自分達はそれに乗車させてもらっている客人にしか過ぎない。まだ正式な国交すら結んでいない国の…その戦艦のクルーの不謹慎さが原因とはいえ、刹那が取った行動は流石に無視できないものだ。

 無論、雫とて彼らの会話を全て聞いていたわけではないが、刹那のあの態度からおおよそに想像はついた。

 普段は温和な刹那があそこまで感情を怒りに露にする原因は数えるほどしかない。それを知るからこそ、あまり強く責めることもできない。

「解かってる。あとでもう一度謝っておくよ…でも、僕はやっぱり、プラントの人達を信じることはまだできそうにない」

 握り締める手に力がこもり、微かに震える。

「僕だけじゃない…コーディネイターってだけで、同じに見られて……責められて」

 小さな声色のなかに混じる憤怒。

 これまで、決して周囲には漏らさず、ひた隠しにしていた事実。

「僕、約束を破っちゃった」

 そして、刹那の内に拡がる自身への失望。刹那はコーディネイターだった。だが、その事実は今まで外部には秘密にしてきた。特に刹那達の国は前大戦時には大西洋連邦の属国であったため、コーディネイターに対する反発は強く、日本に生きるコーディネイター達はその事実を隠蔽して生きてきた。

 刹那もまたそんな一人だった。だが、それでも彼らはうまく生きてきた。ナチュラルの市勢のなかで生き、その才能を隠し、平凡になる。それも、生きるための処世術であった。それを、プラントの起こしたある事件に壊された。

 エイプリルフールクライシス…血のバレンタインの報復とも取れるプラント側の地球へのNジャマー大量投下作戦。プラント側はそれこそ、地球全土にばら撒いたのだ。当然、連合国家に属さない国々は無論のこと、とばっちりをくらった連合国家も数知れず。

日本もその煽りを受け、旧来の原子力発電に依存していたため、深刻なエネルギー不足と、経済不安に襲われた。そして、日本国内でもコーディネイターの排斥を謳う風潮が一部で流れ、コーディネイターと知られた者、噂された者など、暴行や最悪殺人にまで至るケースも少なくなかった。

 地球に生きるコーディネイターにしてみれば、同胞というだけで責められ、プラントのコーディネイターを恨まずにはいられないこともあった。たとえそれが政治的・軍事的な措置だったとしても、一番その被害を受ける者達にしてみれば、そんな建前は関係ない。

 だから刹那は怒りに我を忘れかけた。いくら世界が変わろうとしても、人の考えなど、そう簡単には変わらないという現実に。

 未だ、プラントのコーディネイターにはナチュラルを見下す者も多い。いや、地球に住む者を軽視する考えも少なくない。それは、種の違いよりも、地球と宇宙に住む溝の違いかもしれない。

 刹那の心持ちに深く陰を落とす。そんな刹那を傷ましげに見やりながら、雫は刹那の肩に手を置く。

「大丈夫。何があっても、私も…それに、刹那ちゃんを知る人達は変わらないから。それに、今はまだ仕方ないわよ。プラントにもああいう人もいるはずだって」

 雫とて、解かっている。そう簡単に人の考えが変わらないことを…だが、だからといってそれは仕方ないことだ。絶対に消えない事実だ。それに悲観して相手を否定ばかりしていては、道は閉ざされる。

「だけど、刹那ちゃんはそれに囚われないで。相手を完全に理解しろとは言わない。でも、全てを否定するようなことも決してしないで」

 真っ直ぐにこちらを見る雫を見据え、刹那は心持ちが軽くなっていく。そこに込められるのは心からの心配と信頼。それに応えるように刹那はできるだけの笑顔で頷いた。

「うん」

「うん、よし…いい子いい子」

 少しでも元気が戻ってくれた様子に安心したのか、雫は無意識に手を肩から刹那の頭にのせ、優しく撫でる。

「あの、雫…なんで僕の頭、撫でるの?」

 突然の行動に刹那が引き攣るも、当の雫は首を傾げる。

「え? 昔はよくしたじゃない。こうやってよく刹那ちゃん撫でてあげたし……」

「いったいいつの話してるのさっ」

 傍から見れば、和む光景だが、刹那にしてみれば恥ずかしいという思いの方が強い。やや狼狽して怒鳴るも、雫は悪びれもなく不満気になる。

「えー、従姉妹としては、落ち込む弟を元気づけようとしたのに、お姉さん悲しい」

「こんな時だけ年上ぶらないでよっ」

 わざとらしく泣き真似をする雫に刹那は額を押さえる。

「まあ、これぐらいにして…どうするの、刹那ちゃん? ミネルバは一応、ユニウスΩに向かうという話なんだけど……」

 しれっと話題を摩り替えられ、胸中に溜め息を零すが、雫の意図を察し、刹那は考えるまでもなくハッキリと答えた。

「僕も出るよ。黙って見ているわけにはいかないから」

 先程の件の後だ。正直、いい感情は抱かれないかもしれないが、刹那もこの事態に対し何もしないでいる訳にはいかない。

 刹那の決意を感じ取り、雫は応じる。

「解かった。デュランダル議長には私から話を通しておきます」

「お願い」

「必ず止めないと…でないと、また繰り返されるかもしれない……」

 雫はおぼろげながら今後の世界について予感めいたものを感じていた。どういう結果に終わるにせよ、今回のこの件はかなり根が深くなるだろう。下手をすれば、また世界は争いのなかへと迷い込んでしまう。

 そして、雫はやらねばならない。今後のために…祖国のために、自身の戦いを……互いの決意を感じ、二人は奮い立つ。

 今の彼らにとって、それこそが自身の信じる選択だというように。









 ユニウスΩを破砕するためにミネルバより先行していたザフト艦艇。2隻のナスカ級戦艦の片方である旗艦:ボルテールの艦橋でモニターに接近しつつあるユニウスΩの残骸を見詰める数人の人影。

「……こうして改めで見るとデカいな」

 そのなかの一人、一般兵士用の緑の軍服を着た褐色肌の金髪の青年がしみじみと零す。浅黒い顔にいつも浮かんでいる斜に構えた笑みも流石に今回の事態には圧倒されたようだった。

「ま、当然っしょ…これだけでも片割れっしょ」

 そんな青年に相槌を打つようにこちらも同じ軍服に朱色の髪をどこかボサッとさせる同年代を思わせる青年はやや沈んだ面持ちで肩を竦めた。

 彼らの名は、ディアッカ=エルスマンとラスティ=マックスウェルといった。

「当たり前だ。住んでるんだぞ、俺達は、同じような場所に」

 噛み付くように二人を嗜めるのは、傍らに立つこの場で唯一、指揮官であることを示す白の軍服に身を包む真っ直ぐな銀髪とやや切れるような端正な顔立ちの青年だった。そんなやり取りを傍らで眺めつつ、笑みを零すのは、彼らとは違った紫の軍服に身を包み、肩にまで伸ばした艶やかな赤い髪と見る者を魅了するような柔らかな顔立ちを持つ女性。

「まあまあ、イザーク」

 必要ない仲裁をするのも彼らにとってコミュニケーションだ。

「いやあ、やっぱ副隊長様は旦那と違ってお優しい」

 ディアッカがニヤニヤと呟くが、青年は怒鳴り返す。

「黙れっ! リーラもあまりこいつらを甘やかすな、すぐ調子にのる」

「はーい」

 怒りで誤魔化しているが、そこに盛大なテレが隠れていることを理解しているからこそ、からかわれるのだが、それは敢えて口には出さないのが妻の優しさだろうと思った。

 青年の名はイザーク=ジュール、そして傍らの女性の名はリフェーラ=ジュール。

「でもま、確かに今回はちっと厄介事っしょね」

「そうそう、アレを砕けって今回の仕事が、どんだけ大事か改めて解かったって感じだぜ」

 上官に当たるはずの二人に対して敬意の欠片もないフランクな調子で話しながら、二人は神妙な面持ちでモニターを見上げる。

「ホント、だよね。連絡を受けた時は信じられなかったけど……」

 リーラも複雑な面持ちでモニターのユニウスΩを一瞥する。定期哨戒任務を終え、プラントと地球間に存在するザフトの宇宙ステーションに補給のために寄港した彼らの許に届けられたユニウスΩの軌道変更と落下。そして、驚く間もなく彼らには評議会より破砕任務が下り、メテオブレイカーを積載し、慌しく出発したが、この眼で見るまでは半信半疑だった。

「2年前を思い出すね」

 何気に漏らした一言に他の面々もそれぞれ思うところがあるのか、無言で考え込む。

「ま、なんとかなるっしょ」

「そうそう、そのために俺達が来たんだし」

 沈黙を破るようにお気楽な調子で零す二人にリーラが笑みを零すなか、イザークがやや溜め息混じりに睨む。

「お前らは先の見通しが甘すぎだ、へらへらしてないで、もっと危機感を持て!」

 その言動は嗜めるというよりも、場の空気を緩和させた二人に対してのイザークなりの気遣いだったのだが、当の二人はやや顔を顰める。

「……なんか、お前にだけは言われたくないんだけど」

「同感」

「どういう意味だ、貴様ら!?」

 途端にカッとなるイザークの追求を肩を竦めてかわす。

「「いいえ、なんでもございません、隊長殿」」

「こんな時だけ隊長呼ばわりするなっ」

 傍から見れば、漫才のように聞こえるこの部隊のトップの毎度のやり取りに、同じ艦橋にいるクルー達は呆れと笑みを半々に堪えていた。

 彼らは、イザーク=ジュールを筆頭とする現ザフト軍のなかでも有数の精鋭部隊であるジュール隊であった。部隊の中枢にいるのは、前大戦においても幾多の激戦を潜り抜け、活躍したエース。彼ら4人、そして、今はここにいない元クルーゼ隊の面子であるリン、アスラン、ニコル等を加え、小隊を組んでいた仲間であった。終戦と同時に、紆余曲折を得て、ディアッカとラスティ、リーラはプラントに戻り、脱走罪としての処分を司法取引によって免除されたものの、エリートの証の赤服を返上し一般兵として、リーラと共にザフトに復隊し、彼らをイザークが招き入れた。

 無論、軍部の面々でいい顔をしない者もいたが、上層部としては厄介なメンバーを一ヶ所に集められて厄介払いできたと考えていることだろう。

「んじゃ、俺らは行くとすっか」

「了解」

 互いに頷き合い、ディアッカとラスティは破砕作業のために部隊を率いて出撃するために踵を返す。艦橋から出て行こうとする二人にイザークが声を掛けた。

「いいか? たっぷり時間があるわけじゃない。ミネルバも来る、手際よく動けよ」

 気持ちを切り替えさせるように鋭く言い放つと、二人は敬礼をしながら返事を返した。

「「了解」」

 エレベーターのドアが閉まりながらいい加減な敬礼を返して消えた二人に悪態を衝く。そんな様子に笑みを浮かべながら、リーラは不意に低く呟いた。

「でも…ホント、こういうことに使う方がいいんだよね、MSって」

 それは感傷なのかもしれない。今でこそ兵器としての代名詞ではあるが、元々のMSの前進は船外作業重機だ。自在に精密に動く四肢と、生身の人間にとっては致死的な宇宙放射線を含む太陽風にも影響されない強固な機体は、そういった宇宙空間を問わず、人間にとって危険な作業を行うには打ってつけの機器だ。

 彼女が秘める思いを察し、イザークもまた複雑なものを浮かべたが、やがて首を振り、リーラの肩を叩いた。

「大丈夫だ、きっとうまくいく」

「うん」

 互いに見詰め合う二人に対し、これまたいつもの事とクルー達はどこか肩身を狭そうに深々と溜め息を零した。

 二人が既に結婚し、夫婦であることは周知の事実であるが、こういった仕事の場でも持ち込まれてはたまらない。いや、これが職場結婚した者同士にとって当然かもしれないが。

 そして、当の本人達にしてみれば、そんな周囲の気苦労など気づかず、いつもどおりの対応を行う。

「アイザック君、メテオブレイカーの準備は終わった?」

 クルーの一人であるオペレーター兼パイロットであるアイザック=マウに声を掛けると、慌てて応じる。

「あ、はい。既に全基準備完了しています」

「そう、じゃあ、時間が無いから手早くお願いと、通達して」

 ニコリと微笑むリーラにアイザックは思わず見惚れそうになる。まだあどけない少女としての可憐さと大人の女性としての余裕さがミスマッチに同居したような不思議な笑みだが、少なくとも一般的な男性なら当然の反応であろうが、面白くないのはイザークだ。

 わざとらしい咳払いにアイザックは慌てて作業に戻り、リーラはそんな様子に首を傾げ、クルー達はアイザックの身の程知らずさに思わず同情した。









 地球軌道までもう数時間という地点にまで到達したミネルバでは、先行しているジュール隊の作業支援が主な役目になる。そのため、MSが全機最終点検を行っていた。ステラやルナマリアらが格納庫で機体のチェックを行うなか、マコトはシンと共に医務室に向かっていた。

 マコトはカスミの様子を確認に、シンはマユの顔を見にいくつもりだった。

「驚いたな」

 連れ立って歩くなか、何気にシンがポツリと漏らし、それが指し示す内容にマコトも相槌を打つ。

「ああ」

 脳裏を掠めるのはあの時の刹那の顔。怒りに染まったあの眼…あの眼は二人もよく知っている。大切な者を喪った者だけが持つあの深い哀しみと怒りを秘めた瞳。刹那もまた、二人のようにそんな辛さを経験したのだろうか。

 付き合いはまだ浅いとはいえ、温和な一面しか見ていなかった二人にとっても先程のやり取りは衝撃的だった。

「マコトはどう思う? あの時の刹那とヨウラン達?」

 訊くべきではないかもしれないが、シンは思い切ってマコトにその疑問をぶつける。シンも一応はオーブ出身だ。だが、少なくともオーブはエイプリルフールクライシスの影響をそれ程深刻に受けはしなかった。地熱発電による安定したエネルギー供給の賜物だったのだろうが、やはり他の地域では別のエネルギーで代用できた国は少ない。

 それ故に、連合国家は言うに及ばず、他の国々でも反プラント感情は強くなった。刹那達の国もそうだったのだろうかと思うと、一概に彼らを責めるわけにもいかない。だからだろうか、忌憚のない意見を聞きたいと尋ねたのは……問われたマコトは、唸るように考え込む。

「そうだな…確かに、ヨウランの言葉も不謹慎だとは思うが、あの場では少し間が悪かった、ぐらいかな。勿論、刹那さんの言い分も解かるけど。俺は、そこまで」

 マコトはナチュラルだが、宇宙生まれで宇宙育ちだ。地球に降りたことがないために、どうにも今回の件にも大事だとは思うが、自身にはピンとくるものがない。

「そっか」

 コーディネイターである刹那は責め、ナチュラルであるマコトは違う。なにか、妙な矛盾のようなものを憶えたが、それきり無言となり、両者は医務室の前に到着すると、ドアを開く。

「あ、マコトさん…と、お兄ちゃん」

 入室に気づいたマユが顔を上げ、明らかにおまけみたいな感覚で呼ばれたことにシンがガックリとなりかけたが、そんな様子を無視し、マユはマコトと向き合う。

「カスミは?」

「もう大丈夫だと思います」

 手招きで案内し、ベッドの方へと促し、カーテンを捲ると、ベッドの上で座るカスミが視界に入る。

「カスミ、もう大丈夫か?」

 久々に話すカスミに、マコトは心配そうに尋ね、カスミもマコトを見やり、コクリと頷き返す。その様子に肩の力が抜けたように安堵の笑みを零す。

「もう部屋に戻っても大丈夫だって先生も言ってましたし、OKですよ」

 太鼓判を押すように笑みで伝えるマユに礼を述べ、カスミも無造作にベッドから起き上がり、立つ。

「じゃ、取り敢えず部屋へ行くか」

 カスミの手を取り、連れ立って二人は医務室を後にする。じきに控える破砕任務のためか、居住区の通路は人の気配がほとんど無く、静寂に包まれている。

 手を取りながら無言で歩くなか、マコトはカスミを見やる。

(もう大丈夫なのか……?)

 後ろ眼で見やるカスミの様子は特に変わった部分はない。だが、マコトの脳裏を掠める数日前のアーモリー・ワンでの出来事。謎のMSとの戦闘の最中、突如苦しみ出したカスミ。そして、遂この間まで昏睡状態だった。診察をした軍医の話によれば、何かしらの負担が頭に掛かったため、と小難しい病名は忘れたが、とにかくこうして意識を取り戻してくれたことは安堵したものの、やはり不安になる。

 その時、カスミが突如足を止め、握っていたためか後ろに力が掛かり、思わず踏み堪える。怪訝そうに振り返ると、カスミは視線をすぐ傍の窓に向けていた。やや大きめの強化ガラスの向こうをマコトも不意に覗き込むと、そこにはデブリが無数に散浮するなかでやや距離を空けて奥に存在する巨大な構造物が在った。

「ユニウスΩ……」

 思わずポツリと漏らす。実際の距離からしてみればまだかなりの距離があるはずが、それがこの位置からでも巨大さと朽ちた姿の物哀しさが伝わってくる。あそこで、何十万というコーディネイターが一瞬にして死に、そして今、その墓標は地球へ向かおうとしている。

「哀しい」

「ん?」

「伝わってくる……あそこで、また新しい哀しみが満ちようとしている」

 無感動な金色の瞳を向け、無機質な声で囁くカスミ。だが、その貌がどこか哀しげになっているのはマコトの気のせいだろうか。

 マコトもその指し示すものを今一度一瞥する。確かにあれは一応墓標だ。それを見て愉しくなりはしないだろう。だが、カスミの言葉は何か違うものを指している気がしてならない。

「……哀しい、怖い。気持ち悪い」

 ポツリと漏らした一言にギョッと振り返ると、カスミはどこか蒼褪めた面持ちで表情を顰める。

「たくさん、いろいろな気持ちが…あそこに集まっている」

 胸元を押さえ、眼を閉じる。その拍子に揺れる髪に通路の灯りが反射し、金色の錠を鈍く輝かせる。

 ただならぬ様子にマコトは思考を巡らせる。確か、シン達から聞いた話によれば、あれは自然現象ではなく、何者かによって動かされている可能性があると…なら、カスミが感じている不安はそれではないのだろうか。

 あそこで何かが起こるという……確信に近い不安。それに至り、微かに身震いする。

「…兄さん」

 唐突に呼ぶ形容に息を呑む。

「兄さんは…どうしたいの?」

 真っ直ぐにこちらを凝視する視線。まるで、自分の動向を確認するように呟く。どうするではなく、どうしたい…それは、既にマコトの内の考えを見透かされているようだった。

 深刻な面持ちでガラス奥のユニウスΩを見据え、思考を巡らせる。

 間もなくシン達は、先行していた作業班と合流して破砕任務に当たる。自分はどうするべきなのだろうか…一瞬、考え込むが、やがて何かを思いついたように顔を上げる。

「そうだな、俺にも何かできるはずだよな……サンキュ、カスミ」

 何かを振り切ったように、マコトはカスミの頭を撫で、踵を返す。

「先に部屋で待っててくれ」

 伝えるのも惜しいほど、矢継ぎに伝え、マコトは通路を走り、艦の中央ブロックに向けて駆けていった。

 その足音が遠くなり、背中が見えなくなると、カスミは顔をガラスに近づけ、ほぼ間近に寄せる。微かに漏れる吐息がガラスを曇らせる。

「……寒い」

 このたった一枚向こうの極寒の世界。身体に直接伝わってくる悪寒に、身震いした。この先に待つ…何かに怯えるように………









 ほぼ肉眼でも確認できる位置にまで到達したミネルバの艦橋では、モニターに映し出されたユニウスΩをクルー達が苦い面持ちでちらちら見据えながら作業を進めていた。

 まだ相当の距離があっても、その巨体を理解でき、また未だ多くの同胞が眠るモニュメントであるこれを砕くという今回の任務に、皆一様に心を傷めている。

 暗然とした艦橋の空気のなか、タリアも動揺を押し殺しながら自分の仕事を進めた。艦長が動揺を見せては、示しがつかないのだから。

「ボルテールとの回線、開ける?」

「いえ、通常回線はまだ……」

 先行しているはずのジュール隊に作業の進行具合を尋ねようとするが、この距離と地球軌道上に未だ多く散布されたNJの影響で通信が滞っている。

 軽く溜め息を零すと同時に、ドアが開き、入室してきた人物に気づき、デュランダルは相変わらずの穏やかな笑みを浮かべながら振り返った。

「おや、外務次官…いかがされましたか?」

 その声に反応し、タリアらも思わず振り返ると、そこには苦笑いを浮かべるラクスが佇んでいた。

 二人の顔を交互に見渡した後、躊躇いがちであったが、ラクスは決然とした面持ちで言った。

「ええ、議長に少しお願いしたいことが」

 言い淀むラクスにタリアは何か嫌な予感を憶え、眉を寄せるが、当のデュランダルは気にも留めず、頷く。

「私にできることなら」

「ありがとうございます。今回の破砕任務に、私の随員であるヒビキ=ヤマト、そしてルイ=クズハの両名を参加させていただけないでしょうか?」

 ラクスが伝えた内容に、タリアは的中とばかりに眉間の皺が増し、聞き耳を立てていたアーサー以下、他のクルー達も戸惑いを見せている。

 そして、デュランダルが答えるより早くタリアが口を挟んだ。

「外務次官、いくら外務次官の言葉とはいえ、それは了承いたしかねます」

 硬い口調のまま、明確に拒絶の意を示す。無論、ラクスはこの状況を鑑みて、進言したのだろう。その気遣いと彼女の正義感のようなものに好感は持つが、そもそもの引き合いに出されている人物がまた問題だ。

「彼らは今は民間人の立場です。現状で、軍事行動に関わらせることはできません。彼らにも要らぬ迷惑でしょう」

 いくら同じプラントの人間としての立場とはいえ、民間人と軍人という境目がある。それを律しなければ、規律は成り立たない。そして、彼らの存在をプラントにとって公にできない立場と暗黙に認めた上での発言だった。その上で、ラクスに及ぶであろう悪影響と、彼らの立場を尊重しての意見であった。

 タリアの温情を理解し、ラクスは表情を緩ませるが、申し訳ないように顰める。

「理解しております。ですが、彼ら自身の嘆願でもあります。私自身も、できることなら何か手助けできればと思っています。この状況を黙って見ていることなどできません」

 静かな、それでいて揺るがない強固な信念のようなものを漂わせる口調にさしものタリアも気圧されたように口を噤む。

「ですが、今の私にはそれは叶いません。ですが、どうか二人だけでも…使える機体があのなら、どうか」

 ラクスも今の自分の立場では勝手に動けない。だからこそ、こうして頼み込むしかない。頭を下げ、言い募る。これは、地球に生きる者達だけでない…ひいては、自分の同胞でもある、プラントを護るための行為でもある。

 流石にここまでの態度に出られると、どう答えたものかと悩むタリアだったが、そこにさらに厄介な種が舞い込んできた。

「すいません…艦橋はこちらでよろしいでしょうか?」

 唐突に開かれたドアに全員が場の微かな緊張感が切れたようにそちらに視線を集中させると、ドアの奥からおずおずと覗き込む見慣れぬ顔に怪訝そうになる。自身に集中するどこか厳しげな視線に向けられている当人、マコトは思わずたじろぐ。

「あ、と……お邪魔、でしたでしょうか?」

 萎縮しながら引き攣った笑みで呟くが、誰も返事せず、嫌な無言が漂う。そんななか、マコトの顔にメイリンが腰を浮かせる。

「ダ、ダメですよ、ここは立ち入り禁止なんです」

 慌てて席を離れ、マコトに駆け寄る。そこでようやく艦橋のクルー達も状況を把握し始め、タリアは額を押さえながら一瞬俯くが、やがて煩げに横眼を向ける。

「貴方…確か、シン達が連れてきた……」

「あ、はい。お世話になってるマコト=ノイアールディと申す者です」

 冷たげな視線に背を低くしながら頭を下げる。実際に話すのは初めてだが、軍事作戦行動中に民間人が艦の主要部に近づくのは好ましくない。

「メイリン、彼を部屋まで送ってちょうだい」

 ただでさえ問題を抱えているのだ。これ以上の厄介事は御免とばかりに告げると、メイリンは慌てて応じる。

「あ、はい、解かりました」

 マコトを促し、艦橋を退出しようとするが、マコトはメイリンをいなし、視線をデュランダルへと向け、タリアらは訝しげに首を傾げるが、次の瞬間、驚愕に眼を見張った。

「貴方が、ギルバート=デュランダル議長ですね? お会いできて光栄です、この度の御無礼、謝罪致します」

 一礼するマコトにデュランダルは穏やかに応じる。

「ああ、君がそうか。話は聞いてるよ」

「恐縮です。無礼を承知で、お願いがございます。今回のこの破砕作業に、自分もお加えください」

 咳き込まんばかりの勢いで告げ、勢いよく頭を下げる。あまりにも予想外な申し出に、クルー達は口をあんぐりとさせ、タリアも絶句してしまっているが、そんななかででぅランダルのみが変わらず、どこか面白げにしている。

「ほう、だが何故? どうして君はそんな事を?」

「自分がそうしたいからです。差し出がましいですが、自分はジャンク屋組合の人間です。破砕作業にも少しばかり経験がございます」

 迷いも無く真っ直ぐに自身の意思を伝えようと真剣な面持ちで話す。自分にできることがある、だが、それをしなければ何の意味もない。出すぎた真似だと理解しているが、マコトにとってこれは譲れない一線だった。

「自分はナチュラルですが、MSも扱えます。決して邪魔にはなりません、もし何かあれば見捨ててくれて構いません。どうかっ」

 脳裏を掠める先程の食堂での一件。コーディネイターでありながら、プラントに猜疑心を抱く刹那と自身の意志で戦おうとするシン…自惚れるつもりはない。だが、彼らと共に動けば、今回の作戦の成功にも微力ながら結びつくのではないかと、思えてしょうがなかった。

「気持ちはありがたいけど……」

 再度頭を下げ、懇願するマコトに困り果てるタリア。その決意のほどは立派と思う、だがそれはこの場合、微妙なものだ。民間人と聞いていたが、まさかナチュラルだとは思わなかった。口には出さないが、コーディネイターのなかにはまだナチュラルを差別する風潮が根強く残っている。そんな彼を加えれば、いらぬ衝突を生む。

 ラクスの件も含め、丁重に断ろうとしたタリアの思考を遮るようにデュランダルの声が発せられた。

「いいだろう、私が許可しよう」

 あまりにあっさりと出された言葉に、全員の視線が集中する。

「議長!?」

「もちろん議長権限の特例として、ね」

 危ぶんで声を上げるタリアの視界に、切れ長の眼が笑みを含んでいる。まるで、自分の権能を楽しんでいるかのような様子に、タリアは押し黙る。アレは何があろうとも、易々と撤回はしないだろう。それ以前に議長権限を持ち出されてはどうしようもない。度重なる心労に、大きく溜め息を零す。

 一方で、ラクスはやや安堵した面持ちだったが、当のマコトは議長の言葉に驚きを隠せずにいた。

こうもあっさり許可を受けられるとは考えていなかったに違いない。もし拒否されれば土下座でもしようかとしていただけに意外だった。

 やや呆気に取られている様子にタリアも微かに同情するが、無駄かもしれないがと一応の進言をしてみる。

「ですが、議長………」

 一民間人を軍事行動に関わらせることさえ軍規違反だというのに、そこへナチュラルの協力者という不確定要素まで放り込まれることは流石に不本意だと、むっとした顔で言い返そうとするが、デュランダルの反論にあって押し黙る。

「戦闘ではないんだ。出せる機体は、一機でも多い方がいい」

 その正論に黙るしかなかった。確かに事態は切迫している、猫の手でも借りたいほどの状況ではあると理解しているが、と不満気なタリアを見詰めながら、デュランダルは柔和な笑みを湛えたまま、冗談めかして言った。

「経験のある者が参加してくれるんだ、拒む理由は無い。それに、クライン外務次官の随員の腕が確かなのは、君だって知っているだろう?」

 本当に、楽しんでいるような笑みに、許可を出されたラクスは釈然としないものを憶え、タリアは視線を逸らすことで応えるのだった。

「あ、ありがとうございますっ」

 だが、マコトのみが心から礼を述べ、頭を下げる。

「頑張ってくれたまえ、期待しているよ」

「はいっ」

 二人のやり取りを背中を向けて聞き、再度溜め息を零す。この作戦、無事に終わって欲しいと切に願いながら……タリアは疲労を滲ませた視線で遠くのユニウスΩを見据えた。


BACK  TOP  NEXT


inserted by FC2 system