ボルテールとルソーのリニアカタパルトから、次々にMSが発進する。

 漆黒の宇宙へと飛び出したゲイツRに続くように母艦から巨大な作業機器が射出された。相対速度を合わせ、外装の取っ手を掴み、機体を安定させ、それら十数基を抱えた一群がユニウスΩへ向かう。

 三本足の台座の中央にドリルを装備した、小惑星破砕作業機器:メテオブレイカーだ。本来は小惑星などの破砕に使用されるものを、今回はその質量ゆえに、何本も各所に打ち込み、その内部で爆破、細かな破片に分解するというのが任務だった。

「行くぞ! ジュール隊長が急げってよ!」

「到着後、各班は所定通りの位置にて作業を開始」

 後続の作業班に声を掛けると、ディアッカはガナーザクウォーリアを、ラスティはブレイズザクウォーリアを駆って先頭を突き進んだ。

 眼前には、徐々に接近するユニウスΩが迫ってくる。碗型の底部から伸びるストリングスの触手のような様は宇宙を泳ぐクラゲのようだとこんな事態にも関わらず思ってしまった。

 巨大な人工の大地が目前に迫るにつれ、ディアッカとラスティは小さな焦燥を覚えた。二人の脳裏を過ぎる、先の大戦で共に戦った仲間達や知り合った少女。

 大戦中に出逢った彼らは今、地上にいる筈だ。そんな彼らの頭上に、こんなものが落ちるのかと考えると、焦燥は大きく全身を駆け巡り、言いようのない不快感が増す。

「絶対、落とさせねえ」

「ああ、きっちり片付けてやるぜ!」

 互いに余計な言葉は無用とばかりに指を立て、合図すると同時に離れる。作業リーダーであるディアッカとラスティのザクウォーリアに続き、工作班が所定の位置に向けて凍った大地に舞い降りる。

 メテオブレイカーを設置し、すぐさま作業に取り掛かる。その作業風景を見守りながら、このまま何事も無く進んでほしいと小さく思った瞬間、作業中のゲイツRが続けざまに2機、機体が大破、爆発した。

 何処からか放たれたビームに撃破されたのだと二人が理解したのは、自身へと襲い掛かったビームの矢から無意識に飛び退いた瞬間だった。

「「なにぃッ!?」」

 それはパイロットとしての本能、もしくは経験ゆえの行動だったのだろう。辛うじて回避した2機はすぐさま武装をアクディブに切り替える

 同時にコックピットに敵機接近を示すアラートが鳴り響き、周囲を見回す。凍った大地の随所から、自分の部隊ではない機体が、ビームライフルを連射しながら飛び出してきた。

「何だよ! これはッ!?」

「敵、っしょ!」

 明らかにこちらに向けて繰り出されている攻撃に、ディアッカは背部にマウントされているM1500オルトロス砲を展開させ、ラスティも携帯していたMMI-M633:ビーム突撃砲を構えながら、襲撃してきた機体に眼を走らせた。

 黒と紫のカラーリングが走るボディに、機体各部に追加されたブースター、そして左腰に差しているサムライソード型の斬機刀。だが、その形状は見て取る分には理解しやすい原型を残していた。

「ジン、だと!?」

「あれはマニューバ型…なんでアレが!?」

 ジンハイマニューバ2型。それは紛れもなくザフト軍の…友軍の機体だった。先行生産されたハイマニューバ型のさらに生産性と効率性、機動性向上を施されたそれらの機体は、友軍であるはずのゲイツRを次々に襲撃、破壊していく。

「ええいっ、下がれ! ひとまず下がるんだっ!」

 ディアッカとラスティは応戦しながら工作班に呼び掛ける。自分達はともかく作業班のゲイツRは丸腰だ。だが、その叫びも虚しく、一機、また一機と僚機が撃破されていった。



 ボルテールの艦橋もまた、突然の襲撃に混乱に陥っていた。

「ジンだと!? どういうことだ! どこの部隊の機体だ!?」

 工作班からの通信途絶とモニターに映し出された襲撃機の映像を確認し、イザークは怒鳴るようにオペレーターに問い掛けるが、返ってきたのは不明というものだった。

「アンノウンです! IFF応答なし!」

「何!?」

「アンノウン…!?」

 イザークとリーラは息を呑み、モニターを一瞥するIFF反応が無い。それは必然的に友軍ではないという結論になる。

 そして、それを証明するようにモニターの向こうでジンが次々と攻撃を浴びせ、ゲイツRを葬っていく。

 何故自分達の邪魔をするのか…このままではユニウスΩが地上に落ちてしまう。そうなれば、地上に住む人達が……そこまで思考が至った瞬間、背筋をうすら冷たいものが這い上がった。

「工作隊への攻撃…まさか」

 リーラがポツリと漏らし、ジンハイマニューバ2型を見やる。安定軌道にあったはずのユニウスΩが、何故突如動き出したのか…誰もが抱いていた疑問の答えを、彼らは図らずも知ってしまった。

「くそっ、ゲイツのライフルを射出する! ディアッカ、ラスティ! メテオブレイカーを守れ!」

 そんな思考を振り払うようにイザークは怒鳴り、ハッと我に返ったリーラも指示を飛ばした。

「総員、コンディションレッド発令! コンディションレッド発令! 私達の機体を準備させてっ」

 弾かれるようにクルー達が作業を開始し始める。艦内に鳴り響く警告音。兵装射出とイザークとリーラの機体の出撃準備が慌しく開始される。

「俺とリーラもすぐに出る! それまで持ち堪えろっ!」

 ディアッカとラスティの返事を待たずして、イザークは踵を返し、リーラも後を追おうとする。駆けながら、何かに気づき、一瞬だけ顔を向ける。

「ミネルバにも状況の報告を…っ!」

 援軍に向かってきているはずのミネルバへの状況報告と援護要請を指示し、イザークに促され、リーラも飛び込むようにエレベーターに乗った。

「急ぐぞ、リーラ」

「うん!」

 互いに頷き合い、二人は久方ぶりとなる戦闘への緊張感とともに、胸には怒りと焦燥が渦巻いていた。それを振り払うように、二人はハンガーに駆け、カタパルトへ移送される愛機を一瞥しながら、パイロットロッカーに駆け込んだ。







 ユニウスΩで戦闘が開始されたことを知らず、ミネルバは作業支援準備に取り掛かっていた。

 格納庫を見渡すパイロット控え所に待機する二人の人影。

(まさか、再びこれを着ける時がくるなんてね)

 自嘲めいた笑みを浮かべながら、襟口を掴むリン。その横では、キラがどこか気難しい表情で格納庫の様子を見据えている。

 二人が纏っているのは、エースの証である赤のパイロットスーツ。作業支援のためにMSへの搭乗を控え、静かに佇むなか、キラが唐突にリンに話し掛けた。

「ねえ、リンはどうして作業支援に?」

「ん? そうね、ま…一言で言うなら、けじめ、かしらね」

 不意に振られた話に肩を竦め、首を捻る。前大戦時にザフトに属した者として…そしてなにより、この今の世界を選択した責任として。

(あとは、個人的な理由だけどね)

 心中に付け足す。どうにも嫌な予感が拭えない。前回の戦闘時といい、他人に命を預けるのは本意ではない。それに、今回ばかりは静観するには見過ごせない状況だ。

「私より、貴方はいいの?」

 切り返すように問い掛けると、キラも僅かに口ごもる。

 そして、苦い面持ちで自身の纏うパイロットスーツを見やる。戦後、MSに乗ることを無意識に拒んでいた。それは、自分がMS以外で戦えるという選択をしたからだ。だが本当は、再び傷つくことを恐れていただけかもしれない。

「今は、やらなきゃいけない時だから……」

 そう、この状況をただ黙って見ていられないのはキラとて同じだ。できるだけの力があるのだから、せなければならないことを成す。それが、最悪の未来を回避できるのなら。

静かな決意を滲ませながら、佇むキラを小さく溜め息を零しながら一瞥し、リンはシートに腰掛け、天井を仰ぐ。

(だけど、随分あっさり許可が下りたものね……何を考えているの、デュランダル)

 ラクスに支援作業への参加を伝え、ラクスから進言してくれたようだが、デュランダルは事の外あっさりと認可した。

 デュランダルから感じる違和感が、釈然としないものをずっと抱かせ続けている。チラリと時計を確認すると、間もなく時間だと気づき、腰を浮かす。

 ヘルメットを担ぎ、二人は控え室を後にする。格納庫に飛び込むと同時に艦内アナウンスが響く。

《MS発進3分前、各パイロットは搭乗機にて待機せよ。繰り返す、発進3分前、各パイロットは―――》

 格納庫を、パイロットスーツを着たリンとキラはモスグリーンの機体、ザクウォーリア目掛けて飛んでいた。二人に貸与されたのは、無断借用し、この艦に一緒に乗り込んだ機体だった。アーモリー・ワンで受けた損傷は既に修復され、主を待ち構えている。

 身体を締め付けるようなパイロットスーツの感触とこの雰囲気が妙な懐かしさを感じさせる。

 並び立つ2機の直前で別れ、リンが自身に貸与された機体のコックピットハッチの前まで辿り着くと、そこではがっしりとした体格の男が待っていた。

 面識は無いが、壮年の顔つきからミネルバの整備主任であるとリンは推察した。

「おう、待ってたぜ。機体の説明だが、いるかい?」

「お気遣いなく」

 壮年の整備士:マッド=エイブスに手を振り、リンは苦笑を浮かべる。機体の扱いなら既に熟知している。何故ザフトの最新鋭量産機の操作法に精通しているか、下手に問われても困るので、無難な返答だったが、当のマッドは余計な手間が省けたとばかりに、笑みで応じた。

「ま、あんたが乗ってた機体と比べると出力も反応も見劣りしちまうが、我慢してくれや」

 言外にリンの戦歴を知りえている態度にやや驚いたが、別に含むものを感じず、リンは肩を竦める。

「ええ、問題ありません。ただ、装備ですが…ウィザードはブレイズを。別装備として、アレを」

 注文とばかりに告げると、作業支援としては大袈裟な武装を要求され、マッドは一瞬頭を掻いたが、物言わぬ視線にやがて応じる。

「解かった。んじゃ、頼むぞ」

 ポンとリンの肩を叩き、離れるマッドに微笑を浮かべて敬礼し、コックピットに滑り込む。

 そんな様子をすぐ傍のハンガーに固定された赤いザクウォーリアのコックピットでヨウランと話し合っていたルナマリアが気づき、視線を向ける。同じように視線を向けたヨウランは気がつくと説明した。

「あの人らも出るんだってさ。作業支援なら一機でも多い方がいいって」

「へえ…ま、MSには乗れるんだもんね」

 どこか小馬鹿にしたような生意気な口調で呟くと、何かに気づき、ヨウランに尋ね返す。

「ねえ、そう言えばあの日本の女男は?」

 固有名詞こそ発しなかったが、それが誰を指しているか一目瞭然であり、しかも一番聞かれたくないヨウランであったが、苦虫を踏み潰したように肩を竦めた。

「出るってよ、それと先程の件を態度で示すんだとよ」

 軽く鼻を鳴らし、離れるヨウランに邪険にされたようで、何か見当違いな怒りを感じながらルナマリアもコックピットに乗り込んだ。

 ステラ、セス、レイらもそれぞれの機体に乗り込み、発進準備を整える。セイバーも完全な状態とは言えないが、今回は作業支援だけなので支障はないだろうという判断が下されていた。

 そんななか、マコトもセレスティに乗り込み、借り受けた赤のパイロットスーツ姿で起動準備を進めていた。そこへ、通信が届き、軽く眉を寄せながら受信すると、脇のモニター画面にシンの顔が映る。

「シン?」

《聞いたぜ、作業に参加するって…それで議長のとこまで行ったんだって?》

 どこか呆れ返るような口調に当のマコトは乾いた笑みで応じる。

「自分でも驚いてるよ、随分派手な真似したって」

 まさか議長に直訴するなど、普通では考え付かない行為だろう。だが、デュランダルだからこそ、こうして参加させてもらえたかもしれない。もし、相手がタリアだったなら、絶対に許可は下りないだろうとシンは思っている。

《でも何でだ? 別に、お前が参加しなくても、俺達だけで……》

「そうだな。でも、ただジッとしてられなかったんだ…こんな状況で、自分にもできることがあるはずなのに、ただ見てるだけってのが」

 自意識過剰と取られるかもしれないが、この状況は静観という選択を選べなくしてしまった。地球に迫る脅威を取り除きたいと願っているのはマコトも一緒だ。だからこそ、あんな無茶までして参加を直訴した。今更、後悔などしていられない。

「足手纏いにはならないさ」

 決意が固いことを察し、シンはやれやれと軽く苦笑する。

《解かったよ。でも心配すんな、なんかあったらフォローはしてやるさ》

「はは、ありがとう」

《それにしても、結構様になってるじゃねえか》

 ニヤリと笑みを浮かべるシンに僅かばかりに難しげなものになり、スーツの裾を摘む。

「茶化さないでくれよ、馬子にも衣装って解かってるんだから」

 この艦に乗り込んだのも偶然だったため、当然マコトの私物などある筈もなく、以前まで使用していたパイロットスーツは今もアーモリー・ワンにあるはずだ。そして、パイロットスーツの借用を申し出てみれば、貸与されたのはシン達と同じ赤のパイロットスーツだった。単に、これしか近いサイズが無かったのだが、正直面を喰らった。

 これは言わば、シン達の誇りのはずだ。そんなものを自分如きが着ていいものか億劫になるが、そんなマコトの百面相を楽しんでいたシンが被りを振る。

《いやいや、似合ってるって。それに、別に俺らは気にしてないぜ》

 言外に自分が彼らの仲間であると感じ、マコトは嬉しくなってしまう。テレを隠すように頬を掻き、視線を逸らす。

《んじゃ、頑張ろうぜ》

「ああ、後でな」

 通信を切り、マコトはコックピットハッチを閉じ、正面のウィンドウに格納庫内が映し出されると、データを呼び出す。事前に渡されたジュール隊の作業工程表とメテオブレイカーの配置図。そしてその結果による随時の作業変更などを頭に入れつつ、自分が担当するであろう作業を確認し、ヘルメットを被る。

 やがて、発進位置に到達したのか、メイリンのアナウンスが再度響く。

《MS発進1分前……》

 それに合わせて機体が順次発進位置へと移動を開始する。先行してレイのザクファントムとセスのザクウォーリアがガントリークレーンで左右のカタパルトへと移動させられていく。

 その様子を確認しながら、リンやキラは機体のOSを起動させ、機体を立ち上げる。計器を叩き、全システムをオンラインさせ、ヘルメットを被る。

 キラ自身、純正のザフト機に搭乗するのはフリーダム以来だ。コックピットレイアウトは多少変更されているが、それでも操作法に大きな違いは無い。あとは、キラがどれだけこの機体の感覚に慣れるかだった。

 その時、管制の声が慌しく事態の変化を告げた。

《あ、は、発進停止! 状況変化!》

 突如の変更指示に格納庫内は一瞬、不審げに静寂に包まれる。パイロット達も訝しげにしていたが、やがて切羽詰ったメイリンの言葉が響き渡った。

《ユニウスΩにて戦闘と思しき熱分布を探知! 先発のジュール隊がアンノウン機と交戦中!》

 飛び込んできた聞き覚えのある言葉にリンやキラは息を呑む。

「ジュール隊…イザークか」

「イザーク達がここに来ているの……?」

 リンやキラにとっては前大戦の戦友の一人。キラは最初は敵として、リンは部隊の仲間として戦い、最期には共に戦った。

 先行している部隊がいるとは聞いていたが、それがイザークの部隊とは流石に驚きを隠せない。

(運命…いえ、因果なの)

 あまりにできすぎた状況に、まるでなにかのシナリオを進めているような錯覚に囚われる。

《各機、対MS戦闘用に装備を変更してください!》

 艦内の空気が研ぎ澄まされたものへと変わっていく。破砕任務のはずが、一転して戦闘体勢へと変わった。

 リンは状況の整理に思考を巡らせる。

 イザークが居るということは、まず間違いなくリーラ達も一緒のはずだ。だが、それよりも問題は何故ユニウスΩで戦闘が行われているかだ。順当に考えれば、破砕作業を妨害していると考えた方が自然だ。なら、その目的は…アナウンスではアンノウンとされていたが、詳細は伝わっていない。

 袋小路に陥り、情報の精度を確認しようと艦橋へ通信を繋げようとしたリンの耳に新たな報告が流れ込んだ。

《更にボギーワン確認! グリーン25デルタ!》

 その報告にパイロット達の顔にさらに緊張が増す。艦橋も予想外の事態の連続に緊迫した空気に包まれる。

 つい先日取り逃がしたばかりのあの不明艦までがここに現われた。それが何故ここにいる…その襲撃者と同一なのか、全く状況が掴めず、リンは艦橋との通信を開き、僅かばかり低い声で管制官の少女、メイリンに尋ねた。

「どういう事? 状況をもう少し詳しくお願い」

 微かにビクっとしたようだが、そんなものは気にも留めず、睨むように見据えるが、当のメイリンも困惑顔のままだ。艦橋も入り混じり、乱れる情報に混乱して、把握できていないようだ。小さく舌打ちする。

《解かりません! しかし、本艦の任務がジュール隊の支援であることに変わりなし! 換装終了次第、各機発進願います!》

 任務内容は大分様変わりしてしまったが、役割は変更無し。整備班は素早く対MS戦闘用に各機の装備変更を開始する。

《リン、これは……?》

 状況を茫然と見守っていたキラもただならぬ様子に険しい面持ちだ。

「解からない。けど、一騒動あることは間違いないわね」

 厄介なと毒づき、今現在把握している状況だけでも整理しようと思考を回転させる。謎の襲撃者とボギーワン、最低でも2つの敵性勢力が在ると見ていいだろう。そして現在迎撃中の部隊がジュール隊なら、彼らの腕は確かだ。早々遅れは取らないはずだ。

「私達は、予定通り作業支援に当たった方がいい」

 作業班なら、まともに戦闘行動は取れまい。なら、初発から戦闘装備で出る自分達が遊撃として支援に回るべきだろう。

 キラも少しばかり躊躇っていたが、やがて何かを決意したように表情を顰める。

 先にカタパルトラインに移動したレイとセスの機体が発進ベースへと固定され、クレーンが外れる。同時に天頂部が開き、ウィザードが姿を現わす。

 そして、ミネルバ両舷のハッチが開放され、薄暗いリニアカタパルトを明るく差し込ませ、リニアラインが灯る。レイのザクファントムにブレイズウィザードが、セスのザクウォーリアにスラッシュウィザードが装着される。

 同時進行で中央発進口からシンのコアスプレンダーを先頭に各種フライヤーの発進準備が進められる。『1』と書かれた扉から高機動戦闘用のフォースシルエットが選択され、カタパルトにセットされる。

《中央カタパルトオンライン。発進区画、減圧シークエンスを開始します。非常要員は待機してください。コアスプレイダー全システムオンライン。発進シークエンスを開始します》

 防護シャッターが閉まり、エレベーターが機体を発進口へと昇るなか、シンはコアスプレンダーのシステムを起動させていく。

「ボギーまでとはね」

 苦い口調で吐き捨てる。昇降のなか、シンは通信を開き、後尾に待機しているセレスティへと繋ぐ。

「マコト、聞いてた通りだ、非常事態だ。今からでも遅くない、お前は残れ」

 もはや状況は悠長な作業支援の枠を超えてしまった。マコトが出ても危険に晒される。向けられたマコトも苦い面持ちで口を噤んでいたが、やがて決然と顔を上げる。

「いや、このまま出る」

「マコト!」

 予想外の返答に思わず声を荒げる。だが、マコトは静かに首を振る。

「変な意地なんかじゃない。こんな状況だからこそ、出なきゃいけないんだ。シン達にしかできないことと、俺にしかできないことをするために」

 気圧されるような視線と口調にシンは小さく息を呑む。その瞳は、もはやガンとして揺るがない信念のようなものを漂わせている。

「……解かった、無茶するなよ」

 だからこそ、シンも強硬に止められず、渋々と頷き返す。

「済まない、まだ死ぬ気はない」

 それだけ伝えると、シンも頷き、そして自身の神経を眼前へと集中させた。

 続けて移動するセイバーとルナマリアのザクが待機ブースに固定され、ガナーウィザードが装備される。

 後続に待機し、戦闘用にOSを切り替える作業の最中、リンとキラのザクウォーリアに回線が開き、顔を上げると、そこにルナマリアの顔が映る。

訝しげに見やるなか、挑むような口調で囁く。

《状況が変わりましたね。危ないですよ……お止めになります?》

 面白げに、そして挑発的な態度で話すルナマリアにキラはどこかムッとしたように憮然となり、リンはクスッと笑みを零した。

 両者両様の反応にルナマリアが観察していると、キラが反論した。

「心配しないでいいよ」

 それは、自尊心じみた物言いだった。確かにブランクはあるが、これでもMSの扱い方は心得ているし、なによりこの状況だ。今更退く気は毛頭ない。

キラが安い挑発にのせられ、まだまだだなと内心溜め息をつき、ルナマリアを見やる。

「そうね。余裕があったらお願いね……赤服さん?」

 微笑を浮かべて発した言葉に意表を衝かれたのか、ルナマリアが眼に見えて不快そうに眉を寄せる。

《ええ、私の実力を特と御覧あそばせ》

 嫌味たっぷりに通信を切り、リンは一瞥すると、最後の起動シーケンスを終了させる。そして、その時が来た。

「シン=アスカ、コアスプレイダー、いきます!」

 先陣を切るように中央ハッチから飛び出すコアスプレンダーに続き、チェストフライヤー、レッグフライヤー、フォースシルエットが続いた。

 シンに続くように開かれた両舷ハッチに待機するレイとセスがヘルメットのバイザーを下ろし、操縦桿を握り締めると同時にシグナルが点灯する。

「レイ=ザ=バレル、ザク、発進する!」

「セス=フォルゲーエン、ザク、GO」

 カタパルトが動き、2体のザクを打ち出す。ケーブルをパージし、射出速度と合わせてバーニアが火を噴き、純白のブレイズザクファントム、白と紅のスラッシュザクウォーリアは加速する。

 間髪入れず、待機していたセイバーとザクがカタパルトに固定される。バイザーを下ろし、前方を見据え、シグナル点灯と同時に操縦桿を引いた。

「ステラ=ルーシェ、セイバー、出るの!」

「ルナマリア=ホーク、ザク、出るわよ!」

 打ち出され、セイバーはその灰色の身に流麗な赤を纏い、赤のガナーザクウォーリアと並行して加速する。

 そして、続けて刹那の吹雪とキラのザクウォーリアがカタパルトへ移送され、キラのザクウォーリアにはレイと同じくブレイズウィザードが装着された。

 ハッチの奥に映る宇宙が酷く懐かしく思える。再び、こうして戦場に戻ることが運命だというように、宇宙は拡がる。

 高揚と諦念が心中を掠めるなか、キラは再び戦場に舞い戻ってきた。

「キラ=ヤマト、ザク、いきます!」

 迷いを振り切るようにキラは声を張り上げ、操縦桿を引く。

 キラの決意に呼応するように飛び出すザクウォーリアが力強く加速する。それより僅かに遅れて刹那が操縦桿を引いた。

「真宮寺刹那、吹雪、いきます!」

 誰よりも強く雄々しく、必ず落下を阻止せんと望む強い意志をのせ、ダークブルーの装甲を宇宙に映えさせ、ツインアイを輝かせながら、吹雪はスラスターを噴かし、加速する。

 そして、最後にカタパルトへと移動するリンのザクウォーリアとマコトのセレスティ。固定されると、リンのザクウォーリアにはブレイズウィザードが装着される。大気圏間近の限定された空間なら、機動力が高い方がいい。

 近接格闘用にOSを再構築し、リンはヘルメットのバイザーを下ろす。視線を前へと向けるよ、ハッチの奥に宇宙とともに映るユニウスΩ。

 過去を追憶し、リンは一瞬瞳を閉じるも…やがて、力強く開き、前方を睨むように凝視した瞬間、シグナルが点灯する。

「リン=システィ、出撃する!」

 久方ぶりに味わう射出Gを身体で受けながら、リンは己の感覚の導くままに身を委ね、操縦桿を引いた。

 スロットルが上昇し、ブレイズウィザードのバーニアと連動し、粒子を放出させ、機体を加速させていく。

 全機の発進が終了し、最後に残ったセレスティがカタパルトベースに固定される。マコトは絶え間なく内に響く鼓動に呼吸が荒くなる。

 セレスティには、最低限の自衛用にとマッドがインパルスのビームライフルとシールドを貸与してくれた。

 だが、それが実戦であることを嫌でも自覚させた。シンには大見得を切ったが、自分から戦闘に飛び込むのは数回目とはいえ、マコトは訓練を受けた正規兵でもなかれば、場慣れした傭兵でもない。故に必要以上に身構え、気持ちが昂ぶるのも仕方がなかった。

 プレッシャーをひしひしと感じていたマコトだったが、そこへ通信回線が開いた。モニターに映ったのは、シンと同様、この艦に乗ってから世話になっているメイリンであった。

《あの、大丈夫ですか?》

 メイリンも驚いているのだろう。民間人が戦場に出向こうとしているのだから…しかも、決して浅くない付き合いのある人間なら尚更だ。

 不安な眼差しを向けるメイリンに、シンは僅かばかり緊張が解れたのか、乾いた声で応じた。

「ああ、大丈夫だ。やれるさ」

 それが意地だと思われるかもしれないが、メイリンは暫し迷っていたが、やがて静かに頷き返した。

《気をつけてください》

「ありがとう」

 最高の激励とばかりに感謝し、通信を切る。刻一刻と迫るなか、セレスティを固定したクレーンが外れ、小さな振動が機体を揺らし、再び身を強張らせながら、眼前の星空に視線を移した。

 これまで程の恐怖感はない。自分は、決して独りではない。頼れる仲間、そして護るべきものがある。だから、自分はできる。

《進路クリア、発進、どうぞ》

 メイリンの管制とともにランプがグリーンに変わった瞬間、マコトは小さく息を吐くと真っ直ぐに進路の先をキッと見据えた。

「マコト=ノイアールディ、出るッ!」

 刹那、スラスターが唸りを上げ、粒子を放出する。臨界を越えると同時にカタパルトが外れ、リニアラインを駆け抜ける。導くライトが純白の装甲で屈折し、照り映えさせる。

 ケーブルがパージされると同時に飛び上がるセレスティのスラスターが拡がり、粒子口からこもれる推力が機体を押し出す。

 加速力が加わり、身体に掛かるGが身体を圧迫するも、それを突き抜けるように身体を押し出し、機体を加速させる。

 純白の装甲が宇宙の闇に映え、蒼い瞳が輝き、祝福するように星々が輝くなかを、セレスティは飛翔した。









――――――幾多の運命に誘われ……悪意の混濁する終わりと始まりを告げる地へと収束していくのだった………

















《次回予告》





哀しみと苦しみ…決して忘れられぬ傷み。

だが、それが隔たれる深さが道を分かつ。

分かたれた道は離れ、そして次なる悲劇へと続く。





業に彩られし悲劇の地に渦巻く悪意。

その悪意は少年の心を呑み込むのか。

差し出される手は悲劇を止めるためか…連鎖を繋げるためか……



世界が新たな破壊の刻を刻むとき……少年と白き戦士は眼醒める。

それが、次なる運命への道標とは知らず…………





次回、「PHASE-18 Break the World」



破壊と再生の世界、駆け抜けろセレスティ。







次回がいよいよ第1クールのラストを飾るユニウスΩ攻防戦。

それに相応しい内容に仕上げたいです。

ではでは、また次回で。


BACK  TOP  NEXT


inserted by FC2 system