ユニウスΩで戦端が切られたと同時に、近海に到着したガーティ・ルーの艦橋では、ロイとエヴァがモニター越しに戦況を監視していた。

「ユニウスΩの軌道変更…でもって、ザフトのMS同士の殺り合いとは……どう思う?」

 嘆息するように溜め息を零し、肩を竦める。

 軌道変更の真偽を確認に訪れた彼らの前で戦い合うザフトのMS同士。いったい、何がどうなっているのか……探るような視線を向けると、ロイはサングラスの奥で視線を細めた。

「ふむ……傍から見れば、ユニウスΩの破壊とそれを邪魔する、という構図だが、第3者から見れば、茶番だな」

 戦闘を一瞥していたロイが顎に手を当て、髭をなぞりながら漏らす。エヴァも気難しげに眉を寄せる。

 確かに、今のところ一方的といっていい戦闘状況に、彼らが仲間ではないのは明白だが、それはあくまで現場での視点。別の視点からなら、それは単なる喜劇でしかない。

「ザフトの三文芝居、でもって…見物料は地球、か」

 自分達はどうやらロクでもない現場に出くわしたのだろうか…少なくとも、自分達はこの場では無関係の第3者でしかない。

「さて…もしかしたらこの騒動も、気紛れな神の手に因るものではないのかもしれないな」

 エヴァの考えに相槌を打つロイの言葉に、頬杖をつく。

 確かに、自分達がここに向かったのもある意味では仕組まれたことかもしれない。不自然な与えられた情報と、不可解な待機命令。所詮は、自分達も都合のいい駒なのかもしれない。

「上が喜びそうなネタになりそうね」

 憮然とした面持ちで吐き捨てる。この展開…どう転ぼうが、少なくとも大きな転局になることは間違いない。ユニウスΩの落下…たとえ、落ちようが落ちまいが、その先にあるのはプラントへの糾弾に他ならない。

 だが、そうなると解からないのはこの件の真相だ。誰がこの件を仕組んだのか…そう考えてエヴァは考えるのを止めた。そんな回答に意味などない…どちらにしろ、この件が終わればまず間違いなくまた開戦の火蓋が切られることは間違いない。報復にしろ、排除にしろ、自分達のやることに変わりはない。

「で、私らはどうする? このまま観戦?」

 皮肉気にロイを見やるも、上官は相変わらず何を考えているのか解からない面持ちでモニターを凝視しているが、やがてサングラスを持ち上げ、頷く。

「そうだな。ただ観ているというのではつまらんな…我らにも大義は必要だ」

 どうやら、介入する方に決まったらしい。まあ、大方の予想とはいえ、この事態を見過ごすのは流石に不本意だ。

 エヴァは仮にも軍人だ。地球に迫る脅威をそのまま見過ごすのは本意ではない。それに、後々のための理由づけにもなるだろう。自分達はまだ、公に所属を明らかにできる立場ではない。まだ、その時ではないのだ。

「バスカーク中尉達を出す。状況を見たい…記録も録れるだけ録っておけよ」

 ロイはそう指示を出し、エヴァも頷いて指示を出した。

「微速前進! 総員、第一種戦闘配置発令! MS隊、出撃!」

 瞬く間に艦内に響き渡るアラート音。大気圏間近の戦闘であるため、使用できる機体は限られるが、仕方ない。

 格納庫では、パイロットスーツに着替えたカズイを筆頭にエレボス、ステュクス、レアがそれぞれの機体へと向かう。

 ストライクEが起動し、カタパルトラインへと移動を開始する。続けてアビス、ガイアが起動し、移動を開始するなか、エレボスのみ別の機体へと向かっていた。半眼で見やるのは、先の戦闘で大破した自身の愛機であるカオスの醜態。両腕を欠き、無様な状態にこみ上げてくる怒りを抑えられない。いくら最適化されたとはいえ、それはあくまで一部のみ。敵への憎悪は生体パーツである彼らの戦意高揚のためにより高められた処置が施されていた。

 エレボスは小さく舌打ちし、横に固定されていたダガーLへと跳ぶ。修理の間に合わなかったカオスではなく、補給されたダガーLでの出撃に臨む形になった。

 開かれていく両舷のハッチ。差し込む宇宙の闇の光が灰色の装甲を浮かび上がらせる。ストライクEのバックパックにエールストライカーが装着され、ビームライフルが両腕に保持される。

 ヘルメットを被り、陰湿な暗い眼を前方へと向け、カズイは薄く嗤う。

「カズイ=バスカーク、ストライク…出るよっ」

 電磁パネルが点灯し、カタパルトがストライクEを打ち出す。続けてアビスとガイアが発進口にセットされる。

「ステュクス=ローランド、アビス、いきますよっ」

「レア=フェイルン、ガイア、いくのっ」

 固定具が外れ、走るカタパルトがリニアラインを滑走し、アビス、ガイアの2機を打ち出す。最後にエレボスのダガーLが発進口に移動し、天頂部からAQM/E-X04:ガンバレルストライカーが姿を見せる。

 ダガーLの背部に装着され、管制がシグナルを告げ、エレボスは睨むように視線を細める。

「エレボス=バルクルム、いくぜっ」

 吼えるように叫び、操縦桿を引き、カタパルトが機体を打ち出す。加速Gが身を圧迫するなか、スラスターが火を噴き、ダガーLは先行する3機に合流する。

 ストライクEにダークブルーのカラーリングが施され、続くアビスとガイアもまた灰色の衣を脱ぎ捨て、装甲色をその身に纏い、加速する。

「僕らの目的は状況の把握とデータ収集、及び敵の殲滅だ」

「「「了解」」」

 カズイの指示に応じ、4機は既に砲火が飛び交う氷原へと突入していった。







機動戦士ガンダムSEED ETERNALSPIRITSS

PHASE-18  Break The World







 地球落下軌道へと迫るユニウスΩの氷原は今、激しい砲火が飛びかっていた。破砕作業のために取り付いたジュール隊のMS部隊に向けて迫る漆黒のカラーリングを施された高機動型弐式のジンハイマニューバ2型を駆るサトーの眼は激しい炎に燃えていた。

 憎悪と憤怒という黒い炎に……

「我らの邪魔をしにきたのが、我らの同胞だとは……情けないっ」

 内に吹き荒れる失望。それは、果てしない怒りへと変貌していく。

「そこまでして、こんな偽りの平和を喪うのが、惜しいのかっ!!」

 サトーだけではない。自分達にとって、今の世界は欺瞞と偽りに満ちている。だからこそ、この世界を真のあるべき姿へと戻さんがために成そうとしている偉業を邪魔するものは、誰であろうと敵であった。

「全機、突撃!!」

 その号令に強い返答が返り、ジンハイマニューバの一群は工作隊に迫る。増設されたブースターにより、現行主力機のゲイツRにも匹敵するほどの戦闘力と機動性を有していた。おまけに、工作隊は突然の奇襲に反応が遅れ、次々と破壊されていく。

「こんなヒヨッコどもにっ!」

 あまりの腑抜け具合にサトーの失望の度合いはますます増していく。これが、かつては自分達が属した組織の成れの果てだとでも言わんばかりの錬度の低さに嘆く。

 機体性能にさほどの差はない。だが、パイロットの技量は雲泥の差だった。だが、彼らはかつての組織の機体とはいえ、手加減などという慈悲は持ち合わせていない。各々が背負う信念に従い、彼らはゲイツRに向けてビームを浴びせ、次々に撃墜していく。

 絶え間なく咲き乱れる爆発に工作隊はメテオブレイカーを抱えて後退しようとするが、逃すまいとサトーは機体を翻し、迫る。彼の眼に、後退していくゲイツRが母艦から射出されたと思しきライフルを掴み、応戦に転じてきた。

 突然の奇襲に浮き足立っていたかに見えたゲイツR隊だったが、応戦に転じ、サトーも僅かばかり注意を払う。

「成る程、指揮官は優秀なようだな」

 初発で5機以上墜としたが、それに動揺せず距離を取りながら、複数の攻撃を集中させて間合いを取ろうとしている。これは恐らく、指揮系統が素早く成立したからであろうとサトーは睨んだが、所詮その対処法もマニュアルとさして変わらない。経験の差というものはそう簡単に埋められるものではない。

 怯むことなくビームの弾幕のなかへと突入するサトーのジンハイマニューバはビームを紙一重でかわしながら一気に迫り、その動きに慄いたのか、ゲイツRの動きが一瞬鈍り、その隙を逃さない。

「我らの思い、やらせん! やらせはせんわぁぁぁぁっ!!」

 闘気漲る猛々しい叫びとともにサトーは吼え、瞬く間に相手の懐に飛び込み、腰に佩いた斬機刀を抜き放つ。銀の閃光が煌いた瞬間、振り下ろされた刃にゲイツRは頭部から真っ二つにコックピットごと斬り裂かれ、沈黙した。

 一点の曇りもない太刀筋のなか、ゲイツRの爆発が黒い装甲を赤く映えさせ、ジンハイマニューバは屠った敵の命を喰らうようにモノアイを輝かせる。

 所詮はこの偽善のぬるま湯に浸かって安穏を貪る者達。自分達や、死んでいった多くの英霊の無念にも気づかず、またもや偽善を重ねようとしている。

 ならば、その曇った思考は、自分達が目覚めさせてやるべきだと……自らを絶対的なものと信じ、次の獲物を狙い、サトーは新たな華を散らすために自機のブースターを煌かせ、漆黒の闇を駆ける。

 ジンハイマニューバの攻撃から身を護り、尚且つ恐慌状態に陥っている破砕部隊を援護できるのは実質、ディアッカとラスティのザクウォーリアのみであった。

 ディアッカのザクウォーリアがオルトロスの巨大な砲身を構え、エネルギーの奔流を迸らせる。ビームの渦が接近してきたジンハイマニューバを掠め、分散する。間髪入れず、ラスティがバックパックからミサイルを発射し、数十発のミサイルが弧を描きながら迫るが、それは相手の体勢を崩させただけで致命傷には至らない。

「くっ! どういう奴らだよいったい! ジンでこうまで……!」

 ディアッカは苛立ちを込めて呻く。

「こいつら、海賊なんかじゃないっ! 間違いなく、プロっしょっ!」

 苦りきった表情でラスティが吐き捨て、斬機刀をシールドで受け止め、弾き飛ばす。先程から、彼らの攻撃はなかなか致命傷を与えられていない。一般兵士の待遇を受けてはいるは、ディアッカもラスティもかつては赤を纏うエースであり、前大戦を戦い抜いた経験を持つ。いくらこちらが防御に徹しているとはいえ、相手の動きは単なるゲリラや海賊ではあり得ない。彼らは確信する…これは、間違いなく軍事訓練を受けた者……そして、かなりの熟練者だということを。

 嫌な実感が身を襲うなか、二人は攻撃に転じなければ間違いなくこちらが不利と悟るが、工作隊をやらせる訳にいかない。ゲイツRは自衛に徹し、つかず離れずで迎撃するなか、一機のジンハイマニューバが弾幕を抜け、ゲイツRに迫る。

 ディアッカとラスティが眼を見開くなか、斬機刀を振り上げて迫るジンハイマニューバとゲイツRの間を裂くようにビームの奔流が過ぎり、咄嗟に動きを止めるジンハイマニューバだったが、次の瞬間…続けて飛び込んできた蒼い閃光が漆黒のボディを真っ二つに切り裂き、ジンハイマニューバのボディが上下に分かれた瞬間、宇宙に炎を咲かせる。

 その光景に敵味方が一瞬動きを止める戦場に飛び込む2つの機影。蒼い閃光と紫の流星のように駆け抜ける2つの機体が現われた。

「イ、イザーク!?」

「リーラ!」

 戦場に姿を現わした2体のザクファントム。一体は、青いパーソナルカラーで彩られ、両肩に背負う二基のガトリングビーム砲を備えた近接戦闘用のスラッシュウィザードを装備し、右手には先程のジンハイマニューバを葬ったビームアックスが握られている。もう一体のザクファントムは、紫に近いネイビーパープルに彩られた機体だった。ウィザードは、ディアッカと同じ砲撃用のガナーウィザードを装備し、右手に巨大な銃身であるオルトロスを固定している。

 並び立つ2機のザクファントムの姿はまさに双星と呼ぶに相応しい威風さを醸し出していた。それが、ジュール隊の指揮官であるイザーク=ジュールと副官のリフェーラ=ジュールの機体であった。

 隊長でありながら前線で戦うことを臨む気性の荒いイザークにマッチした装備でビームアックスを振り、ジンハイマニューバを翻弄する。

 接近戦は危険だと判断したのか、距離を取るジンハイマニューバだったが、次の瞬間…その空間を狙ったかのように飛来したビームに左腕を抉り取られ、蛇行してユニウスΩの大地に墜落する。

 銃口に炎を燻らせながら腰に構えるリーラのザクファントム。正確な敵の行動予測と射撃能力。それは、同じ火力を有しながらも敵を圧倒させるディアッカとは対極的なスナイパーだった。

 互いに補い合いながら敵を翻弄する2機のザクファントムは、まさに今のイザークとリーラの強い絆を表わしているかのようだった。

「工作隊は破砕作業を進めろ! これでは奴らの思う壺だぞ!」

 呆然となっていた工作隊に叱責が飛び、その戦いに見惚れていた者達が慌てて我に返った。

「敵は私達が抑えます! 工作隊、破砕ポイントの再検索! チームを再編して当たって!」

 リーラが残存の部隊へ破砕ポイントの変更を指示し、それに応じてゲイツR部隊は無事なメテオブレイカーを抱えてユニウスΩへと向かっていく。

 隊長陣の到着により、浮き足立っていた工作隊は統制を取り戻し、また士気を再燃させた。

「やれやれ、いいとこ取りかよっ」

 工作隊に迫ろうとするジンハイマニューバに対し、イザークとリーラは絶妙のコンビネーションで応戦し、一機一機的確に倒していく。

 その技量はやはり認めざるをえない。ラスティも肩を竦め、不適に笑う。

「なら、俺らも負けないようにしないと!」

 そう、こちらもようやく本来の調子が戻ってきた。やはり、力強いリーダーの存在はチームには必要だ。そして、自分達もだからこそ心置きなく戦える。

 ディアッカはオルトロスを構え、ジンハイマニューバの一群に向けてトリガーを引く。ビームが宇宙を過ぎるも、ジンハイマニューバは分散して回避する。だが、ディアッカは口元を軽く歪める。ビームが浮遊していた岩塊に着弾し、ビームが岩塊を吹き飛ばした。砕け散った礫が後方から無数に襲い掛かり、突然のことに動きの鈍るジンハイマニューバにラスティのザクウォーリアが接近する。

 気迫とともに振り薙がれたビームトマホークがボディを袈裟懸けに切り裂き、そのボディが爆発に消える。仲間をやられた憤怒からか、ラスティのザクウォーリアに斬機刀を振り抜いて襲い掛かるが、その背中が背後からのビームに撃ち抜かれ、爆発に消える。

「へっ、戦場じゃ背には気をつけな」

 軽く毒づき、ラスティが指を立てて合図する。2機のザクウォーリアも触発されるように、先程まで感じていた焦燥感が薄れ、精彩に満ちた動きでジンハイマニューバに襲い掛かり、戦況は大きく傾きかけていた。

 工作隊のゲイツRが後退し、その後を追おうとするもジンハイマニューバは立ち塞がる4機のザクに近づけずにいた。

「ぐっ、おのれ…それ程の腕を持ちながら、脆弱なザフトに従うかっ」

 先程までの高揚感が薄れ、サトーは苛立ちを沸き上がらせた。ゲイツRの動きの変化、そしてたった4機で7倍近い戦力の自分達を抑えている。そこからもその4機のパイロットの腕がかなりのものであることを推察するのは容易い。

 何故それだけの腕を持ちながら今の世界を甘受しているのか、サトーは憤怒を滾らせながら機体を加速させる。

 巨大な砲身を構える青紫の機体に向かい、ビームライフルを連射する。降り注ぐビームに気づき、リーラは肩のスパイクシールドを翳してビームを防御するが、連射のために相手の動きを見切れず、接近を赦す。

 懐に飛び込んだジンハイマニューバが斬機刀を振り上げる。ガナー装備では近接戦に対処できない。リーラは反射的に操縦桿を引き、身を捌かせるが、僅かに遅く刃がボディを掠める。

 小さな衝撃が機体を揺らし、リーラは歯噛みする。

「くっ」

 呻きながら距離を取り、左手の突撃砲で応戦する。逃すまいと迫るジンハイマニューバのコックピットでサトーが吼える。

「リーラ!」

 援護に回ろうとするイザークだったが、それを遮るようにディアッカの声が響いた。

「おい、イザーク! こっちに接近してくる反応があるぞっ」

「何…っ!?」

 微かに息を呑み、ハッとレーダーに眼を向けると、別方向からこちらへと向かってくる反応がある。また敵かと身構える。

「数、4! 熱反応からMSだっ」

 熱反応を探知し、測定されたデータから声を絞り出すラスティにその熱源の正体を確かめるより早く、高出力のビームが幾条も飛来し、3機は咄嗟に身を翻して回避する。あわやというところで惨事を免れた3人が顔を上げると、新たに乱入する3機がレーダーに映った。

 戸惑う彼らに熱紋が照合され、それが友軍機のものであることを知らせる。いや、正確には友軍機だったものだ。

 ユニウスΩの上空に現われるストライクEを筆頭にアビス、ガイア、そしてダガーLが突入してくる。

 ストライクEが両手のビームライフルを構え、トリガーを引き、それに呼応するように分散する。

 ビームを寸でのところで回避するが、ダガーLが回り込み、エレボスが吼えるようにガンバレルを展開し、縦横無尽にビームを浴びせかける。

 ゲイツRが必死に応戦しようとするが、その変幻自在の動きに対処できず、四方からビームを機体に撃ち込まれ、爆散する。

 ステュクスが不適に笑い、狙いを定めると同時にフルバーストを氷原に向けて薙ぎ放ち、破砕作業中だったゲイツRごとメテオブレイカーを葬り去る。

 ガイアに向けてジンハイマニューバがビームで応戦するが、それを回転飛行で回避し、放たれたビームが虚空を掠め、突入するレアの瞳が鋭く細まり、ガイアは火器を一斉射する。数条のビームに機体を貫かれ、ジンハイマニューバが爆発する。

(赦さない)

 レアの内に滾る相手のこの暴挙への激しい怒り。レアは本能の赴くまま、獣のように見境なく襲い掛かる。自らの牙が砕くものこそ、悪だと疑わず。

 突然の乱入者に破砕作業部隊のみならず、テロリスト側も困惑を隠し切れず、次々と翻弄され、撃墜されていく。その様にイザーク達は戸惑う。

「なんだ? ガイア、アビス?」

 当惑するイザークと同様に事態を把握しかねてディアッカやラスティも自問する。

「アーモリー・ワンで強奪された機体か!?」

「なんでそれがここに…っ!?」

 新たに乱入した機体の内、2機はデータベースに登録されているセカンドシリーズの機体であり、アーモリー・ワンで強奪された機体だということは既に伝わっているが、それが何故ここに現われ、どんな意図でこの戦闘に介入しているのか。

 いや、そもそも彼らは何処の陣営に属する者達なのか。だが、そんな逡巡すらさせまいとアラートが響く。

 ハッと顔を上げると、ダークブルーの見たこともない機体がビームサーベルを抜き、斬り掛かってくる。

「ちぃぃっ」

 イザークは舌打ちし、ビームアックスを振り上げ、互いのビーム刃が干渉し合い、ザクファントムとストライクEに火花が散り、眩い閃光が2機を照り映えさせる。

 モニター越しに敵機を睨み、唸るカズイは狂ったように猛々しく吼える。

 その獣の咆哮に呼応するように、ストライクEのダークイエローの瞳が爛々と輝き、干渉する刃の反発を利用して腕を振り上げると同時に機体を加速させ、ザクファントムに体当たりする。

 予想外の行動にイザークも意表を衝かれ、衝撃に呻きながら岩塊へと叩きつけられる。

「イザーク!」

「こいつ……っ」

 ザクウォーリアが突撃銃を放ち、ストライクEの装甲を掠め、獣の本能のように跳び退り、威嚇するように距離を取る。

 立ち上がったザクファントムの両隣に降り立ち、構える3機だったが、ストライクEはスラスターを噴かし、距離を取りながら両手のビームライフルを連射し、浴びせかける。

 狙いもつけず闇雲に放ってくるが、その弾幕が動きを遮り、3人は歯噛みする。

「くそっ、訳が解からんが、これ以上好きにやらせるなぁぁっ」

 相手はこちらもテロリストも見境なく破壊している。このままでは破砕作業にまで影響が出る。

 飛び出すザクファントムに続き、2機のザクウォーリアも弾幕から逃れるように飛び出す。破砕作業中の無防備な僚機に狙いをつける謎の介入者に向けて、銃口を向けた。







 ユニウスΩに接近するミネルバの艦橋では、状況の混乱の収拾にクルー達が慌しく動くなか、雫が艦橋に姿を現わす。

「斯皇院外交官…っ」

 思わぬ来訪者にやや動揺した素振りで腰を浮かすラクスに雫は無言のまま頭を下げ、視線をモニターに向ける。

「おや、外交官?」

 ラクスとは逆にこちらはどこか落ち着いた…これまで見てきた冷静な素振りに微かに眉を寄せながらも頷き返し、傍のシートに身を寄せる。

「失礼します…無礼を承知ですが、状況の説明をお願いできますか?」

 破砕作業の経過を確認に訪れてみれば、突然の戦闘体勢に戦闘。状況の確認を求めても仕方がなかった。

 デュランダルがタリアを見やり、顎でしゃくると硬い面持ちで応じる。

「状況はまだ不鮮明ではありますが、ユニウスΩ付近にて先行していたジュール隊のMS部隊と謎の一団が交戦中のようです。さらに、問題なのは相手が我が軍のMSを使用しているという点です」

 その言葉に雫は微かに息を呑み、身を強張らせる。

「ジンを使っているのか、その一群は?」

 やや険しい問い掛けにタリアも重々しく苦い口調で応じた。

「ええ、ハイマニューバ2型のようです。付近に母艦は?」

「見当たりません!」

「けど、何故こんな……ユニウスΩの軌道をずらしたのは、こいつらってことですか!?」

 憤慨したアーサーの言葉に雫は静かにデュランダルを見やり、呟く。

「議長、貴方はこの件を既に御存知だったのですか?」

 ユニウスΩの軌道変更が人為的なものであることは薄々察していた。だが、それがどの思惑で動いているのかを判別するにはまだ情報が足りなかった。早計とはいえ、言外に込められた疑念にデュランダルは臆した様子もなく応えた。

「いえ、私も驚いています」

 それがどの程度のものか、判別するには至らなかったが、雫はそれ以上の追求を止め、視線をモニターへと向ける。

 二人のやり取りもクルー達の喧騒に掻き消されて、気づかれなかったようで、その間にも事態は混迷を深めている。

「いったい何処の馬鹿が!?」

 毒づくアーサーにタリアが厳しい口調で厳命する。

「でも、そういうことなら尚更、これを地球に落とさせるわけにはいかないわ。レイ達にもそう伝えてちょうだい」

 そう、タリアの言葉通り、この事態は地球にとってもだが、プラントにとっても不本意のはずだ。

 発進したMS隊がユニウスΩの交戦宙域に突入していく様が視界に入り、雫は刹那の身を案じながら、光芒を散らすユニウスΩを凝視した。

「ユニウスΩ、さらに降下角プラス1.5! 加速4%!」

「ジュール隊、ガイア、アビス及びアンノウン機の攻撃を受けています!」

 次々に飛び込む報告に艦橋には衝撃と緊張が走る。ラクスは焦りを募らせてモニターを見詰める。あの砲火が飛び交う戦場のなかに自身の大切な者がいるのだ。それは、決してその身を案じてではない。ラクスはキラの腕を信頼していた。前大戦においてフリーダムを駆り、戦い抜いた。彼を墜とせるとしたら、それは彼の親友達かもしくは彼女達姉妹ぐらいだ。不安を感じるのは、自身が禁忌しているであろう力を再び手にし、そしてそれを尊重して赴かせてしまった。自身の不甲斐なさ故に…それが、ラクスの心に暗然と圧し掛かる。

「これでは破砕作業などできません、艦長! 本艦もボギーワンを!」

 焦れた様子で進言するアーサーだったが、難しげな表情で考え込むタリアに口を噤む。やがて、彼女は苦く口を開いた。

「議長、現時点でボギーワンをどう判断されますか?」

 唐突の問いにデュランダル本人は愚か、雫とラクスも微かに身を硬くし、その意図を計るように見やり、タリアは思い切るように尋ねる。

「海賊と? それとも……連合軍と?」

 それは、アーモリー・ワンから燻り続けながらも、決して断定はしなかった疑念だった。デュランダルも眉を寄せ、難しげに顰める。

「難しいな……私としては、連合軍とはしたくなかったのだが………」

「どんな火種になるか、解かりませんものね?」

 苦く応じるデュランダルに予想通りとばかりに相槌を打つ。周囲のクルー達も、固唾を呑んでこのやり取りを聞き入っている。

「だが、状況は変わった」

「ええ、この非常時に際し、彼らが自らを連合軍、もしくはそれに準ずる部隊だと認めるのなら、この場での戦闘には、何の意味もありません」

 ボギーワンが連合軍の所属というのは、十中八九当たっているだろう。仮に違っていたとしても、ほぼ高確率でそれに準じる組織に属するものだというのは確信できている。それをはっきりと断言はしない。迂闊に決めつければ、それは新たなる火種になる。だが、そう考えればこの事態に対して疑問が浮上する。

 なら何故彼らは追撃を振り切ったというのにわざわざユニウスΩの破砕作業の妨害に現われたのか…いや、彼らにしてみればこちらの行動の意味を理解していない。むしろ、それより最悪の可能性に陥っているかもしれない。

「外交官は落ち着いていられますね?」

 不意に隣を見やり、振られた雫は固唾を呑むが、やがて険しい面持ちで睨むように視線を細める。

「この異常事態に際し、動揺もせず、冷静にその先を見据えていらっしゃる」

 皮肉、いや挑発だろうか…どこか棘のある口振りに雫は憮然とするが、小さく肩を竦める。

「ご冗談を…恐らく、後になって自分が今この時何を考え、そしてしていたか、思い出せるかどうか怪しいものです」

 会話のなかに生まれる微かな間…そして、デュランダルが本題を切り出すように口を開く。

「外交官、地球側の一人として…今回のこの件、どう思われます?」

 聞きたいのは、やはりそれかと雫は回りくどい言い回しに嘆息しながら、気を取り直す。

「忌憚のない意見でもよろしければ」

「構いません」

「第3者…少なくとも、地球側から見れば、これは喜劇……茶番でしょうね」

 低い声で断言した雫に艦橋内に戦慄が走る。デュランダルやタリアも同感とばかりに動揺を顔には出さなかったが、それでも強張っている。

「相手が使用している機体がザフト製のMS、というのも厄介ですね。墜とす側と阻止する側の自作自演劇と取られるのが当然でしょう」

 当事者ではない者の眼には客観的に判断することができない。この状況を見た者の大多数は、その映し出された事実のみを判断材料として結論づけてしまうだろう。そして、その茶番劇を阻止するために現われた連合の部隊となれば…この上ない大義名分というカードが齎されるだろう。

 となれば、中立だった国々は愚か、なかには友好的だった国までがプラントに対して報復を行うかもしれない。

「逆にあのジン部隊を庇っているとも思われると……?」

「ええ、プラントの三文芝居、と」

 重々しく頷く雫に心外とばかりにアーサーが声を荒げる。

「そんな!」

「仕方ないわ、あの機体がダガーだったら、貴方だって地球側の関与を疑うでしょう?」

 嗜められ、口を噤む。人は皆、まず目先の情報を受け入れる。だが、大多数の者はそれだけで判断してしまう。世論は思うだろう…これは、プラントが起こしたただの茶番。そして、その披露料は地球。その事実が艦橋内に激震を引き起こし、誰もが呆然となっている。

「それに、今回のこの件…目的は恐らくそこに帰結するでしょう」

「やはり、外交官もそう思われますか」

 そんな艦橋のクルー達を他所に互いの思惑を言葉少なく示唆し、両者の表情が曇る。

「どういうことですか?」

 徐にラクスが問い掛けてしまった。

 そんなラクスを見やり、雫は曇った表情のまま、暗い声色で呟いた。

「私の予想ですが、此度の件、最終的な目的は恐らく地球の壊滅ではなく…いえ、かなりの高確率で開戦だと思われます」

 その言葉に艦橋に一際大きな衝撃が走り、空気が緊迫する。

「ザフトの皆様に苦戦を強いていることからも、相手側は恐らく同属の方々でしょう。使用している機体からも、そう判断できます」

 ただの海賊がこんな組織じみた集団戦など取れるはずがない。よしんば可能だったとしてもまずメリットがない。そして、破砕部隊が苦戦を強いられていることからもそれなりの腕を持つテロリストであることは推察できる。そこから導き出されるのは、テロリスト側の構成員もまたコーディネイター…しかも、軍属経験のある者だろう。未だ、先の大戦時において戦後行方を絶った部隊は少なくない。

 その可能性は既に察知していたので衝撃は少なかったが、やはり心穏やかではいられない。

「なら、彼らが何故このような大事を敢行したかが、問題です。彼らの最終目的…それは、地球への宣戦布告、そして…再び開戦へ持ち込ませること……私は、そう推察します」

 テロリストに身を投じたかつての同属。彼らの最終目的の可能性を聞かされ、クルー達は身震いする。正直、正常な思考とは思えないからだ。だが、それは仕方ないこと。それこそが、認識の違いなのだから。

 ユニウスセブンの崩壊によって開戦し、ザフトはトップであったパトリック=ザラの強硬のもと、その報復に走り、その過程で多くの憎しみが生まれ、それが今も尾を引いている。人はそう簡単に哀しみを癒すことも忘れることもできない。そして、世界もまた不安定さを醸し出している。そんななかにこの騒動は大きな波紋となって拡がるだろう。

 たとえ砕けても、破片が落ちれば間違いなく死人が出る。全てを完全に消滅させるのは物理的に不可能だ。そして、落下地点を中心に混乱が起き、人々はこの不条理な厄災を齎した存在を恨むだろう。負の感情をぶつける相手を、求めてしまうだろう。

 それは大きな濁流となって流動し、世界を動かすだろう…その最悪の未来を容易に想像でき、ラクスは恐怖を覚えた。

「ユニウスΩの落下は前菜に過ぎないと?」

「解かりません。ですが、この件を起こした方々にとっては望む結果が待っているかもしれません」

 この一件は既に世界の知るところになっている。どの道、どのような結果に終わるにせよ、プラントへの糾弾は免れないだろう。となれば、今現在プラントに対し食糧や資源の輸出を行っている国々も供給を躊躇し、またプラントを快く思わない国々は脅威の払拭という報復行動に出るだろう。

「しかし、我々は…!」

 その重苦しい空気に耐えられず、またあまりに言い掛かり的に近い予知にアーサーが反論しようとする。

 彼らにしてみればいい迷惑だった。自己満足で行動を起こしたテロリストも、身勝手な地球も…だが、そんな理屈が通れば世界は狂いはしない。

 いや、世界は既に狂いかけているのだ。狂った世界で狂うことこそが正常なのかもしれない。今、ユニウスΩを墜とそうとする者達はそれを体現しているのかもしれない。

 タリアが視線でアーサーを睨みつけ、口を噤む。

「しかし、まだそうなるとハッキリ決まったわけではありません」

 その空気を一瞬和らげるように漏らした雫に視線が集中する。

「まだユニウスΩが落ちたわけでもありませんし、あのMS部隊もこの場に居合わせたのは偶然かもしれません。打てるべき手は全て打ち、全力を尽くせば、最悪の未来を回避できるやもしれません」

 そう、まだ全て終わったわけではない。雫はクルー達を見渡すように見やり、決然とした面持ちで言い放った。

「ですから、私は信じます。貴方方を」

 ハッキリとした口調で告げた激励にタリアは口元を軽く緩め、クルー達も表情に精彩が戻ってくる。

「議長、ボギーワンとコンタクトを取ってみましょうか? 応じてくれる可能性は低いですが……」

 デュランダルに視線を向け、タリアが進言すると、一瞬考え込むが、すぐさま答えた。

「可能か?」

「国際救難チャンネルを使えば」

 あちらがどの勢力に属していようとも通信系に使用される電波は変わらない。だが、コンタクトが取れてもあちらがどう応じるかはまさに出方次第だ。 だが、雫の言葉通り、できることしておくべきだろう。こちらとしても今は余計な戦闘は回避したい。

「ならばそれで呼び掛けてみてくれ、我々はユニウスΩ落下阻止のために破砕作業を行っているのだと」

「はい」

 素早くメイリンやアーサーに目配せし、二人は慌てて作業を開始する。それを見やりながら、デュランダルはポツリと呟いた。

「どのような結末が待っているか…彼らの働き次第ですね」

 それは期待だろうか…それとも本心か…読み切れない思考に雫やラクスは釈然とした面持ちだったが、やがて視線を、戦闘により砲華の咲き乱れる氷の墓標に向けるのであった。


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