戦闘が終息に向かい始めたため、エヴァは信号弾を打ち上げさせ、撤退を指示した。
「ガキどもは無事か?」
「はい、機体はダメージを負っているようですが、全機のビーコンを確認」
何気なく尋ねた一言にオペレーターが素早く返答し、4機のシグナルが健在なことに安堵とは違う感情を眼に宿すが、それもすぐに掻き消え、シートに身を預ける。
「取り敢えずはこんなものかね?」
「そうだな、上が喜びそうなネタにはなったな」
会話というよりは独り言の囁き合いのように話し合う。
「ま、あっちはなんか言い訳してたけどね」
国際救難チャンネルでデュランダルの名のもとに発信された情報。だが、自分達はあくまで敵同士、無視していたが、もうその必要もなくなった。
ユニウスΩでの戦闘はかなりの量を記録した。これを提出すれば、上層部は大義名分とばかりに諸手を挙げるだろう。そうなるとまたこちらは顎で使われるなとエヴァは深々と溜め息を零す。なにか、まんまといいように扱われたようで面白くない。
「ストライクE以下、4機収容確認!」
帰還してきた4機はどれもが酷い有様だった。ラストバタリオンのパイロットがこの様。やはり、ザフトは油断ならないと…たかだか新型機数機を奪った程度では大局において何の影響もない。
(だからか。この騒ぎは)
この騒ぎは間違いなく大きな火種になるだろう。それこそ政治的にも軍事的にも今のパワーバランスを崩しかねない。
だが、この思惑は果たしてどこにあるのだろうか。エヴァは不意に隣の上官を見やるが、その表情は何の感慨も抱いていない無機質なもので、何も読み取れない。まるで、この事態どころか、その先すら見越しており、また自分には何も話さないであろうことが予測され、不満気になる。
そして、視線をモニターに映るユニウスΩに向ける。半分に割れたとはいえ、まだその質量はかなりのものだ。間違いなく大気圏で燃え尽きることはないだろう。落下地点から予測すれば、赤道周辺だろう。そして、その落下の爆心地で何万・何十万という命が喪われるだろう。
なのに自分は今こうしてただ見ているだけ……そんな自分に酷く冷めた感情を抱く。
(解かってる。私はただの飼い犬、でもあんたはこのままただ見ているだけ、エヴァ?)
自虐的に罵るなか、ふと自分を呼ぶ声にハッと気づく。
「あの、艦長? 収容を完了しましたが…?」
「あ、ああ」
いつまでも返事が無いエヴァに戸惑いがちに尋ねるオペレーターに上擦った返事を浮かべ、クルー達は撤退の指示を待っているが、エヴァは考え込む。 そして、今一度ロイを一瞥し、やがて腹を据えたように軽く息を吐き、背筋を正す。
「ゴッドフリート全門起動、発射準備」
静かに響いたその指示に、艦橋は困惑に包まれ、クルー達がざわめきながら一斉にエヴァに視線を送る。ロイもまた、不可解気に尋ねる。
「どういうことかな? 我々の役目はもう終わったと思うが? これ以上戦果を欲張ることもあるまい」
ロイの意見はあくまで論理的で客観的なものだった。確かにこの場に鉢合わせたのはそもそも偶然だ。決してこの戦闘も命令されたものではない。多少の反感はあろうが、それでも充分な情報という戦果を手に入れている。欲張って戦果を欲しては余計なリスクを負う。
他のクルー達もロイの意見と同じなのか、窺っていたが、エヴァから返されたのは最も予想外のものだった。
「誰が戦果を欲したって、あたしがやるのはもっとでかいことよ。目標……ユニウスΩ」
不適な笑みを一瞬浮かべ、間を置いて発した目標に、誰もが息を呑み、眼を見開く。ロイは愉しげに感嘆の声を漏らす。
「ほう」
「あたしはこれでも一応軍人なんだ。そして、軍人が護らねばならないのは何だ? それを放棄するほど、あたしはまだ腐ってはいないんでね」
自身を嗜め、蔑むように視線を泳がせる。こんな矛盾じみた言動と行動を起こす自身に対する嘲笑だ。
「大義はもう充分だろ? んでもって、これはあたしの独断だ。全責任はあたしが持つ。急げ」
渋るクルー達を投げやりな口調で言い捨てる。だが、エヴァの予想に反してクルー達は矢継ぎのように作業を実行していく。よく見れば、皆どこかいきいきとした面持ちだ。
反発があると思っていただけにエヴァは拍子抜けしたように眼を丸くしていたが、クルー達が不適な面持ちで振り向く。
「水臭いですよ、艦長」
「そうそう、俺らだっておんなじ思いっすよ」
「でかい花火をザフトの奴らに見せつけてやりましょうぜ!」
口々にガッツポーズを決め、作業を進めていくクルー達にエヴァはやや呆然としていたが、やがて軽く口元を薄め、肩を竦める。
「ったく、バカ野郎どもが」
それが、クルーに対すエヴァからの最高の称賛だった。
「で、隊長様は?」
ジト眼で見やると、ロイも笑みを浮かべ、肩を竦め返した。
「そうだな、盛大な花火を上げるも悪くないかもしれん。我らの存在を世界に示すにはな」
妙な言い回しだったが、どうやら異論はないらしい。どの道、この状況で一人反対したとしても意味はなかっただろうし、心なしかロイも愉しげだ。エヴァは気を取り直し、制帽を被り直し、前を強く凝視する。
「おっし、回頭! 目標点入力!」
ガーティ・ルーの艦前部に備わったハッチがスライドし、その下からせり上がってくる2門の砲門。最強兵装であるゴッドフリートが6門起動し、その砲口を真っ直ぐに降下していくユニウスΩへと向けていく。
「おい、あのザフトの艦…なんつったっけ、まあいいや。一応知らせてやれ、これからユニウスΩにでっかい花火を上げる。火傷したくなかったらさっさと道を空けろってな」
何かを思い出したようにエヴァはオペレーターに告げる。別に無視してもよかったのだが、仮にも自分の艦を一度は追い込んだ宿敵だ。こんな形で沈めさせるには少し抵抗があった。感傷だと自分に言い捨てる。
「了解」
ミネルバに向けてレーザー通信を送り、それが完了すると、ゴッドフリートのエネルギーチャージ完了の報が届く。
「発射と同時に回頭、戦線を離脱する! 各員、対衝撃、閃光防御!」
クルー達がやがてくるであろう衝撃に備えて身構える。モニターに映るユニウスΩに照準サイトが固定された瞬間、エヴァは声を張り上げた。
「この一撃が、我らが望む青き清浄なる未来への道標とならんことを! ゴッドフリート、撃てぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
その瞬間、ガーティ・ルーから閃光が迸り、宇宙の闇を切り裂きながら真っ直ぐに伸びた。
その数分前、ガーティ・ルーから打ち上げられた帰還信号はミネルバでも確認されていた。ラクスが息をつき、雫が怪訝そうに眉を寄せるなか、デュランダルは安堵の滲む声を吐き出す。
「ようやく信じてくれたのか……」
間髪入れず、タリアはドライな口調で答を返した。
「そうかもしれませんし、別の理由かもしれません」
「別の理由?」
その問いにタリアは冷静に答えた。
「高度です」
その視線が向く先は、地球との距離を示す計器の数値だった。その言葉に触発されるようにクルー達やラクス、そして雫も深刻な面持ちでモニターではなく、強化ガラス向こうの景色を視界に入れる。ユニウスΩの動向や目まぐるしい戦闘の程に気を取られていたが、眼前に青い惑星が視界を覆いつくさんばかりに迫っている。時間の経過と同時に限界高度が迫ってきた証拠だ。
「ユニウスΩと共にこのまま降下していけば、やがて艦も地球の引力から逃れられなくなります」
あの艦が大気圏突入能力を有しているかは外見からは判別できないが、恐らくあの形状では不可能だろう。なら、これ以上留まっていては限界高度に捕らわれ、逃れられなくなる。そんなリスクを向こうが犯すとも思えない。
「結局、あの艦の目的は解からずじまいですか」
「ですが、おおよその目的は達したと見るべきでしょう」
落胆するラクスに雫が冷静に答え、デュランダルが唸るように見やる。
「やはり、外交官もそう思われますか?」
「ええ、彼らの本当の目的がどこにあったかは流石に解かりかねますが、この場に居合わせたのが偶然にせよ、必然にせよ好ましくない事態だったことに変わりありません」
そう、あの艦がどこの所属にせよ、この場を見られたのは厄介だった。後に起こるであろう事態を思い、ラクスの表情が暗然と憂いを帯びる。
「それに、作業の方もそろそろ限界でしょう」
雫が哀しげに視線を揺らす。限界高度が近づいているということは、MSもそろそろ離脱しなければ重力に捕らわれて、地球へと真っ逆さまに落ちていくだろう。となれば、これ以上の作業は危険が増し、継続は不可能に近い。
彼らの尽力によってユニウスΩも当初の半分以下にまで砕かれた。だが、元々の大きさが巨大すぎて、その質量だけでも充分な脅威ではあるし、細かに散った破片もその反動で大気圏に突入を始めている。なかには燃え尽きずにそのまま地表に到達するものも多数出るだろう。
それでもなお、MS隊は未だ大きな破片目掛けてメテオブレイカーを打ち込み、細分化を試みているが、それも無駄な足掻きとなろう。
「我々も、命を選ばねばなりませんわね……」
雫の心中を代弁するように漏らしたタリアは淡々と続ける。
「助けられる者と、助けられない者と」
ラクスがその真意を図りかね、デュランダルは不審気に声を掛けた。
「艦長?」
呼び掛けるも、タリアは無言で背を向けたまま…どれだけそうしていたのか、状況を分析していたバートが躊躇いがちに報告する。
「ユニウスΩの破片部、依然降下中、このままでは、後30分程で大気圏に突入します」
その報告に、タリアは一瞬瞑目し、やがて静かに振り返り、女性らしからぬ不適な笑みを浮かべた。
「こんな状況下に申し訳ありませんが、議長方はボルテールへお移りいただけますか?」
唐突な申し出に、デュランダルが眼を瞬き、雫やラクスも微かに息を呑む。意図を探るように見やる一同に向けて、タリアはその決意を明かした。
「ミネルバはこれより大気圏に突入し、限界まで艦首砲によるユニウスΩの破砕を行いたいと思います」
凛とした…それでいてどこか不適に発された言葉に、当のデュランダルらだけではなく、クルー全員が驚愕に眼を見開いた。
「えええ!?」
アーサーは驚きのあまり、思わず腰を浮かして棒立ちになり、他の面々も驚愕に引き攣った表情で唖然としている。それ程までにタリアの意見は予想外だったからだ。
「艦長、それは流石に……」
さしものラクスも眼を丸くしている。だが、雫はタリアの意見を至極冷静に受け止めていた。そう、残された手段はこのミネルバの艦首に備わった陽電子砲のみ。その威力の程は先のデブリ戦で垣間見た。そして議長から聞かされた話では、この艦には大気圏突入も可能とのことだ。だが、他国の人間である雫にはその意見を具申する訳にはいかなかった。だからこそ、タリアの申し出は意外で僥倖なものだった。だが、それに伴うリスクもある筈だが、そんな事は承知とばかりに眼前で平然と座するタリアは部下達の躊躇にも構うことなく、さばさばした仕草で肩を竦める。
「どこまでできるかは解かりませんが……でも、できるだけの力を持っているのに、やらずに見ているだけなど後味悪いですわ」
ハッキリと告げたタリアの表情は不安を微塵も感じさせないほど、強く見えた。
「タリア、しかし……」
そんなタリアの決意を感じ取りながらも、気遣わしげに声を掛ける。確かにこの艦は従来のザフト艦と違い、スペック上は大気圏突入能力を有してはいるが、それはあくまで理論上の問題。実際に試したことはないのだ。しかも、万全の状態ならいざ知らず、今は先の戦いの傷も癒えぬ状態。スペック上の耐熱値や耐久力は当てにならない。つまり、これはかなりのリスクを伴う。
そんな不安を感じるデュランダルにタリアは笑みを浮かべたままハッキリとした口調で冗談めかして告げた。
「私はこれでも運の強い女です。お任せください」
それには、自分への戒めも含まれているのかもしれない。最新鋭艦の艦長という肩書きを持つ自身への…暫し、顔を見合わせていたが、その瞳の決意の程を感じ取り、デュランダルの方が折れた。
「……解かった」
彼女の意気を讃えるように微笑み、小さく息をついた。
「すまない、タリア……後は頼む、ありがとう」
短いやり取りながらも、その信頼が込められた眼差しにタリアの表情も和らぐ。
「いえ、議長もお急ぎください。ボルテールにデュランダル議長の移乗を通達! MSに帰還信号!」
別れのしるしに敬礼した後、すかさず指示を発し、クルー達も表情を引き締め、作業を実行していく。それを一瞥し、デュランダルも慌しく立ち上がり、雫とラクスを促す。
「では、外務次官、斯皇院外交官」
「はい」
ラクスは素早く腰を浮かすが、雫は座したまま。
「斯皇院外交官?」
首を傾げるように手を差し出すデュランダルに対し、雫は首を横に振ることで答えた。
「申し訳ありません、議長。勝手なことですが、私にここに残ることをお許しください」
顰めた面持ちで静かに頭を下げる雫にデュランダルとラクス、そして一度向き直ったタリアが呆気に取られて向き直る。居心地の悪い視線を受けながらも、雫は凛とした面持ちで告げた。
「私は地球側に生きる者として、最後まで見届けたく思います。御迷惑でしょうが、どうか」
懇願するように頭を下げる。正直、雫がここに居ても何の役にも立たない。だが、雫は見届けたいのだ。地球にこれから起こるであろう厄災を…それが、地球に生きる自身の役目なのだ。
「しかし、為政者の方には、まだ他にお仕事が……」
遠慮がちに進言するタリアの言葉が痛い。確かに、一国の政治に関わる者として、自分の今の行為はまったく正反対のものだろう。だが、だからこそ雫は自身の眼で見届けたいのだ。それが、為政者としてはおかしな行為だとしても、自身の信念だ。
「外交官がそうお望みでしたら。お止めはしませんが……」
口を噤ませるタリアを横に、デュランダルは諦めたように溜め息をついた。その返答に雫はニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます、議長。そしてラクスさん」
デュランダルとラクスを見やり、雫は静かに告げた。
「お二方と今回、有意義な時間が過ごせたことに感謝を。そして、またの機会に」
一礼する雫に二人は一瞬、眼を剥くが、やがて穏やかな表情を浮かべ返す。
「はい、またお会いしましょう」
「私も、貴方とお話ができて光栄でした。またの機会を楽しみにしております」
互いに挨拶を交わし、二人は静かに艦橋を後にする。それを見送ったタリアは溜め息を噛み殺すと、やがて意識を切り換えて指示を飛ばす。
「格納庫に議長達のランチを用意させて、MS隊の帰還状況は?」
もう限界高度が近いということは、MS隊も戻さねばならない。彼らが戻らないことには艦砲による破砕も不可能だ。
「ザク、ルナマリア及びセス、レイ機、セイバー帰還します! セス機、セイバー被弾しているそうです!」
モニターには、帰還コースに向かってくるザク3機とセイバーが映り、その内セスのザクウォーリアとセイバーが被弾したのか、機体を損傷させている。
「整備班、被弾機が着艦するわ、消化班と救護班を待機させて!」
手元の通信機に怒鳴り、返事を待たずしてメイリンに振り向く。
「インパルスや残りの機体は?」
「……解かりません、通信も重力の影響で不通ですので」
言葉を濁し、顰める。確かに、重力の影響を受け始め、主だった通信系等にも影響が出始めている。だが、レーザー通信は全機に送り、なにより信号弾も打ち上げられている。彼らがこれに気づいてくれることを願うしかない。
その時、通信席から外部受信を告げる音が響き、メイリンが受信し、内容を確認した瞬間、声を荒げた。
「か、艦長! ボギーワンからレーザー通信が!?」
「何ですって!?」
あまりに予想外の相手からの通信にタリア達は愚か、メイリン自身も困惑した面持ちだったが、タリアが促すように怒鳴る。
「内容は!?」
「は、はい…『今からユニウスΩに花火を上げる。火傷をしたくなければ道を空けろ』、と」
上擦った声で発された内容に、タリアは眉を寄せる。
「どういうことでしょうか? まさか、ユニウスΩを狙うと見せかけて、この艦を…」
「そんな事をするなら、わざわざ通信なんて送ってこないわよ」
アーサーの意見を一蹴する。確かに、ミネルバを沈めるだけなら、そのまま後ろから撃てばいいだけだ。こちらは今、大気圏突入に合わせているために動きが鈍い。わざわざ注意を促すような真似をするとは思えない。
なら、ただのブラフかとも思ったが、バートの報告に息を呑んだ。
「ボギーワン、艦首の砲塔を展開、エネルギーの収束を確認!」
どうやら、相手は本気らしいことが裏付けされた。自身の艦に配備されるはずであった新型機を強奪し、さらには追い込んだ敵艦だが、彼らもただのテロリストではなく、信念じみたものを持っている相手だと認識を改めていた。
「ボギーワンからの艦砲の射線を予測、回避行動に入れ」
「艦長! 信じるんですか!?」
タリアの下した判断に納得がいかないと不満を上げるが、それをピシャリと遮る。
「黙りなさい、アーサー! 今はユニウスΩの件が最優先です! マリク!」
「りょ、了解!」
タリアの気迫に圧され、ミネルバはユニウスΩに接近しながら徐々に艦の位置を移動させていく。手元のモニターには、ガーティ・ルーの予測射線が解析され、ミネルバがその射線から艦体をずらしていく。
完全に射線から外れた瞬間、ガーティ・ルーからゴッドフリートの火線が迸った。
「対ショック姿勢!」
全員が身構えた瞬間、ミネルバの下方を過ぎる太いビームの光条。それが船体を掠め、装甲が振動し、船体を揺さぶる。
クルー達が歯噛みするなか、ビームが真っ直ぐにユニウスΩの突き刺さり、その一部を破壊していく。
「ユニウスΩ、一部消滅!」
「ボギーワン、離脱します!」
目標を砕いたビームがそのまま大気圏に突入せず、軌道を沿うように過ぎっていく。どうやら、相手は重力によるビームの湾曲まで計算に入れていたようだ。ユニウスΩの質量も3分の1程度消滅し、破片となった。味方のMSが巻き込まれなかったかどうかは解からないため、素直には喜べないが、そのおかげでかなりこちら側にも有益となった。
そして、ガーティ・ルーはもう用は済んだとばかりに反転し、離脱していく。相手の大胆な策とその信念に敬意を評するように、タリアは複雑な面持ちでモニター越しに敬礼し、キッと前を見据えた。
「信号弾を!」
ミネルバとボルテールからの帰還信号が打ち上げられ、突然のビームによって地表が割れ、困惑していた面々がハッと我に返る。
「ちっ! 限界高度か!」
「時間切れかよ」
ディアッカは毒づき、ラスティも同じよう悪態を衝く。あのテロリストと強奪犯が現われなければ、充分間に合っていた。そう思うと悔しくて仕方がない。
イザーク自身も少なからず憤りを感じていた。自分の部下を数名喪ったにも関わらず、作戦は失敗とは言わないが、それでも成功とも言えない状況だ。当初よりは幾分マシになったとはいえ、この大きさの建造物が落下すれば、地上への被害は甚大なものになり、多くの犠牲者が出るだろう。
状況を分析し、悔しげに唇を噛むが、そこへミネルバからのレーザー通信が送信され、開かれた文章を読み上げた。
「ミネルバが艦主砲を撃ちながら、共に降下する!?」
驚くと同時に感心した。確かに、既存のナスカ級やこれまでのザフト艦艇とは違い、万能艦を意識されたミネルバなら、高い火力と大気圏突入能力を有しているため、そういった真似も可能だろう。
そして、自分達の役目が終わったことを悟り、イザークは静かに溜め息を一つ零すと、展開している全機に向けて通信を送った。
「ジュール隊、全機に通達! 残念だが、我々の任務はこれまでだ! 各員、ボルテールに帰還せよ!」
その号令に従い、作業を中断し、残存のゲイツR隊がユニウスΩより離脱をかけ、ディアッカとラスティも無言のまま機体を上昇させていく。
それを確認し、イザークはコックピット内でユニウスΩに向かって敬礼する。それは、何に対してなのか、彼の表情からは読み取れなかった。静かに冥福すると、リーラに声を掛ける。
「リーラ、俺達も戻るぞ! 議長達の護衛もある!」
「でも、リンさん達が」
あのビームによる強引な破砕のおかげで一緒だったリン達と逸れてしまった。不安気なリーラにイザークは事もなく言い放つ。
「あいつらなら心配する必要はない、お前も知ってるはずだろ」
それはリン達への強い信頼、確かに彼らがこの程度で死ぬはずがない。不思議とそんな気持ちにさせる。頷き返しながら、離脱をかけるイザークを追おうとするリーラは曇った面持ちでユニウスΩを見下ろす。
「まだこんなに大きいのに、これまでなの……」
低く暗い声。確かに質量は軽減されているが、それでもその大きさはまだ健在だ。任務を完遂できずに退くことを歯痒く思い、そして哀しい。
これから大勢の地球の人達が犠牲になると解かっていて、自分にはもう何もできることはない。
「リーラ、急げ!」
いつまでも滞空しているリーラにイザークの叱咤が飛び、リーラも忸怩たる思いで後ろ髪を引かれながら後にしようとした瞬間、レーダーが接近する反応を捉えた。
「え……?」
その反応に気づいたと同時に離れた空間を過ぎり、落下していくユニウスΩ目掛けて急接近していく機影が映った。
「アレは……!?」
モニターに映し出されたそれは、MSだった。その細部は乱れる電波のためにはっきりと捉えることはできないが、少なくともリーラには見覚えのない機種だった。
「MS、見たこともないタイプだけど、何を……っ! 破砕を続ける気なの!?」
戸惑うリーラの眼に、手にした刃で途方もない破片を斬り砕くMSが映る。だが、あんな事では焼け石に水もいいところだ。
「そこのMS、戻って! 一緒に燃え尽きてしまう……っ!」
慌てて通信に叫ぶが、それは届くことなく、また舞い上がった破片にその姿も奥に消えていき、リーラは呆然と見送った。
ジュール隊のMSの離脱を確認し、デュランダルとラクスの搭乗したランチがミネルバから発進したのを確認すると、タリアはアーサーを促し、アーサーが全艦に向けてミネルバの選択を放送する。
「総員に告ぐ。本艦はMS収容後、大気圏に突入しつつ艦主砲による破片破砕作業を行う」
その放送に艦内の至る場所から驚愕と戸惑いが起こる。それは、被弾した機体を連れて帰還したパイロットにも聞こえていた。損傷の大きいセスとステラの機体を消化した整備班はハンガーに固定し、残りの機体も固定作業に入るなかでこの放送、戸惑わない方がおかしい。
「各員マニュアルを参照。迅速なる行動を期待する!」
艦橋のクルー達が身構える。初めて行うだけに緊張が隠せない。しかもただの大気圏突入ならいざ知らず、破砕作業を行いつつ突入という難易度の高い作戦だ。全艦で突入の際のショックに備えて固定作業や準備が進むなか、やがて地球からの重力の影響がミネルバにも及び始めた。
微弱ながらも船体を振動させ、それが徐々に大きくなり、メイリンも小さく悲鳴を噛み殺した。揺れるなか、タリアは睨みつけるように大気の摩擦によって下部を既に炎に包んでいくユニウスΩを凝視した。