宇宙に輝く信号弾に、メテオブレイカーを運びながら未だユニウスΩに留まっていたマコト達はハッと顔を上げ、その意味をシンが理解した瞬間、ハッと計器を見やった。限界高度に近づきつつある。このままでは一緒に地球へ真っ逆さまだ。
「二人とも、そろそろ限界高度だ、帰還しないとマズイ!」
その言葉にマコトも刹那も苦虫を踏み潰したように表情を顰める。ユニウスΩは幾片にも分かれ、既に細かな一部は大気圏の突入を始めている。だが、まだまだ大気圏で燃え尽きる最長の直径20m以上の大きな破片が幾つも存在している。当初ほどではないにしても、これだけでも地上のいくつかの場所が甚大な被害を受けることは間違いない。
しかし、ザフトもこれ以上作業を強行できない。現にジュール隊のMS隊は既に帰還を始めている。だが、彼らはここで離脱をかけることに迷いを抱いていた。そんななか、さらに決断を急かすかのようにミネルバからのレーザー通信が3機のコックピットに届く。
そこには、ミネルバが艦首砲による破砕作業を続行しつつ大気圏へ突入する旨が書かれており、そのために現作業を放棄して帰還せよとのことだった。その判断に3人は驚きつつも安堵する思いだった。
どれだけ軽減できるかは解からないが、このままよりは幾分マシになるだろう。
「マコト、刹那、戻ろう!」
二人を促そうとするが、そこへマコトが被りを振った。
「いや、もう少しだけ…ミネルバの艦首砲だけじゃ、表面を砕くだけで決定的なものにはならない」
こういった破砕作業にも一定以上の経験と知識がある故に、マコトはミネルバからの砲撃も大した効果は期待できないと踏んでいた。コロニークラスの建造物にはえてして強固な鋼材が用いられている。それは過酷な宇宙環境で耐えうるための最高のものだ。それ故に、外部からの衝撃に対す耐性は戦艦や隕石などとは比べ物にならない。ミネルバの艦首砲も桁外れの威力を誇るが、それでも外壁を多少砕くことはできても内部まで浸透させるのは難しい。そのために、やはりあと一、二発はメテオブレイカーで内部から崩壊させた方が確実だ。
「けど!」
「せめてこれ一基だけでも頼む!」
必死に呼び止めるシンに頑固に拒否するマコトに呆れにも似た溜め息を零し、シンは肩を竦めた。
「解かった、急ぐぞ!」
「ああ!」
その言葉に応じ、刹那もまた笑みを浮かべ、頷いた。
メテオブレイカーを抱え、3機はスピードを上げてユニウスΩの破片のなかでも最大規模のものを判別し、そこへ向かって機体を降下させる。視線を破片上に走らせた時、破片の上で何かが動いたのを視認し、息を呑んでその詳細を確認した瞬間、2機のザクウォーリアがメテオブレイカーを設置しようとしているのに気づく。機体識別コードを確認すると、そこにはミネルバ所属を表わすIFF。それは、リンとキラの機体だった。
激しい振動に包まれ、地表が鳴動し、なかなか固定できずにいるメテオブレイカーを抱えるリンとキラのザクウォーリア。
「キラ、あんたは戻りなさい、そろそろ限界のはずよ」
「まだ、せめてこれが終わるまで」
反対側の機体に向けて通信を送るが、頑固なキラの返答にリンは小さく溜め息を零す。正直、キラにはここで退いてもらった方が良かった。ミネルバが艦首砲で破砕を行うというレーザー通信を受け取った時、デュランダルとラクスらは間違いなく退艦するはずだ。なら、そのままプラントに戻るだろう。 キラにはラクスについていて欲しかったのだが、相変わらず一度決めたら頑固な部分があると悪態を衝く。
なら、せめてこの作業を急がなければならない。流石にリンもここで命を捨てるつもりもない。メテオブレイカーを固定させようとするなか、後方から接近してくる反応に気づき、モニターに眼を見やった。
「何をやっているんです!?」
後方からメテオブレイカーを抱えて接近してくる3機を見やり、リンはまたもや溜め息を零した。
「少なくとも、あんた達と同じ理由よ」
遠回しな言い方だったが、それで伝わり、口を噤むのを一瞥する間もなく、作業を続行する。
「帰還命令が出たはずです。通信も入ったはずだ、貴方方は本来、民間協力の立場です」
「解かっているわよ、でも今のままじゃミネルバの艦首砲でも効果は恐らくさほど望めない。せめて少しでも内部の構造を破壊しておかないと…」
淡々と応じながら、リンが漏らした一言に唖然となる。自分達と同じようにこのコロニー構造を踏まえての判断だが、それでも限界高度ギリギリまで踏み止まるほどの義理も義務もないはずだが、そんな事は関係ないとばかりに2機は作業を続ける。
「あんた達も同じなら、さっさと始めなさい。ボケッとしてたら時間切れになる」
固まる一同に辛辣な言葉を漏らし、それでハッと我に返り、マコト達は互いに見やり、リン達から少し離れた位置にメテオブレイカーを設置し始める。
少なくとも2基のメテオブレイカーが打ち込まれれば、この巨大な破片も分割され、かなりの質量を軽減できる。そこへミネルバからの艦首砲も加われば、完全とまではいかなくても、大部分の破片を消滅させられる。各々が意気込んで作業を黙々と急ぐなか、彼らはそれに没頭するあまり、僅かばかり失念していた。
既に妨害者がいないという思い込みを…だが、それもまた降り注いだビームによって否定され、それと同時に響いたアラートに掻き消される。
「「「「「!!!?」」」」」
5人が驚愕し、振り仰ぐと、ジンハイマニューバが6機、ビームライフルを放ち、または斬機刀を振り上げながら襲い掛かってきた。
「おおおおっ!」
「これ以上はやらせんっ!」
既にどれもが機体の一部を欠損し、損傷を受けていたが、そんな機体ダメージを気に留める様子もまた躊躇う様子もなく突進してくる。
パイロットの顔には狂気が爛々と滾り、それは眼前の機体への憎悪に満ち満ちていた。
「こいつらっ、まだ……っ!」
「往生際の悪い!」
シンが怒りに燃え、リンは悪態を衝く。そしてセレスティを除いた4機が応戦するべく武器を構え、メテオブレイカーに近づけさせまいと飛び立つ。
ビームサーベルを抜いたシンのインパルスがジンハイマニューバに斬り掛かり、残った左腕のシールドで防御するがそれと同時に弾き、そこへ吹雪が割り込み、ビームザンパーを展開する。急接近した瞬間、通信機から突然、怨嗟の声が飛び込んできた。
《我が娘のこの墓標、落として灼かねば世界は変わらぬ!》
それが眼前のジンハイマニューバのパイロットのものであると悟ったと瞬間、刹那が振り払ったビームザンパーの光刃がそのボディを薙ぎ払っていた。
「む、娘……?」
「何を……?」
勢いのまますれ違い、背後で爆発したジンハイマニューバの炎が機体を照らすなか、刹那とシンは一瞬唖然となり、動きを止める。
その隙を逃すことなく斬り掛かるジンハイマニューバに向けて、リンのザクウォーリアが突撃し、ビームアックスを薙ぎ払い、ボディを袈裟懸けに切り裂く。
「死にたいの!? 動きを止める……っ!」
毒づいた瞬間、別の機体が斬機刀を振り上げて迫り、咄嗟にシールドを掲げて受け止める。
《ここで無惨に散った命の嘆き忘れ、撃った者らと何故偽りの世界で笑うか! 貴様らは!?》
響くサトーの糾弾にキラやシンは驚愕し、刹那もどこか忸怩するように表情を顰める。だが、リンはその眼差しを細め、刃を弾き飛ばす。
「その命をこうして冒涜している貴様らが言えたことかっ!」
《リン=システィ……っ!》
呪うかのような声色を無視し、リンはビームトマホークを振り飛ばす。サトーに襲い掛かろうとする光刃の前に別の機体が割り込む。
《隊長…!》
ボディに突き刺さり、コックピットを両断されたジンハイマニューバが爆発する。舌打ちするリンにサトーのジンハイマニューバが加速し、突破する。
「行かせる……っ!」
阻止しようとするも、別の機体が襲い掛かり、動きを止められる。刹那とシンもなんとか応戦しているが、動きが硬い。そして、サトーは残ったキラのザクウォーリアに向かっていく。
《軟弱なクラインの後継者どもに騙されて、ザフトは変わってしまった……!》
尚も恨みの言葉を吐き出し続けるサトーにキラは呆然となっていた思考が少しばかり動き出す。
違うと…ラクスやデュランダルが目指そうとしているのは平和であり、本来のあるべき世界の姿だとキラは思考を振り、ビームトマホークを振り上げ、斬機刀を受け止める。
《何故気づかぬかっ! 我らコーディネイターにとって、パトリック=ザラの執った道こそが、唯一正しきものと!》
その言葉にキラは頭を鈍器で殴られたような衝撃に襲われた。2年前に亡くなった親友の父。自分も知っていた、そして彼が選んだ道を阻み、最期には……その一瞬の思考の乱れが、隙を生み、がら空きとなったキラの右方に敵の刃が振り下ろされ、ザクウォーリアの右腕を叩き斬り、サトーは脚を振り上げ、弾き飛ばした。
「うわぁぁぁっ」
悲鳴を上げながら吹き飛ぶキラのザクウォーリアを一瞥し、サトーはメテオブレイカーを破壊せんと機体を加速させる。
シンと刹那がさせまいと飛び出そうとするが、それより早くジンハイマニューバが動き、斬機刀を振り上げ、インパルスが咄嗟にシールドを掲げるも、その勢いづいた一撃に耐えられず、弾かれる。
「シンさん!」
一瞬気を取られた瞬間、ジンハイマニューバが吹雪の後方に回り込み、斬機刀を振り上げるが、刹那は驚異的な反射能力でその斬撃をバク転で回避し、逆に後ろを取る。ビームブレードを抜き、ジンハイマニューバの右腕を斬り落とすが、それに怯みもせず、我武者羅に追い縋り、ジンハイマニューバは吹雪の動きを封じるように組み付く。
「このっ…!?」
敵を振り解こうとした瞬間、閃光がモニターに満ち、刹那の視界を覆った。しがみ付いたジンハイマニューバが自爆し、その衝撃に吹雪が吹き飛ばされ、宙に舞う。
「シン!? 刹那さん!?」
その光景に呆然となるマコトだったが、視界には大きく飛び込んでくるジンハイマニューバが映り、反射的にシールドを掲げてその狂刃を受け止める。
「ぐっ、ぐぐぐっ!」
あまりに重い一撃にマコトは呻く。だが、空いた右手でビームサーベルを抜き、密着状態で抜き払い、ジンハイマニューバの刃を斬り飛ばす。
《おのれぇ、何故邪魔をする! 我らが悲願、我らが想い! 我らの信念を!》
今この瞬間まで自分達を邪魔するかつての同属に対し、サトーは失望と憤怒を増大させ、叫ぶ。自身と想いを共にし、この悲願成就のために集った仲間達を喪い、さらには最期の最期まで阻む敵に対し、咆哮をあげた。
「な、何だと? 何言ってるんだ、あんた!?」
突然通信機から聞こえてきた声に戸惑い、マコトは思わず怒鳴り返す。
《貴様、小童か!? 貴様のような若造などに解かるまい、こんなぬるま湯の偽善の世界に浸かり、腑抜けたような貴様にはな!》
それは、彼らにとっての絶対の真理。だが、他者への毒でもあった。その罵倒にマコトの内に怒りとは違う不快な感情が沸き上がる。
「訳の解からんことをほざくなっ!」
バルカンを斉射し、ジンハイマニューバを怯ませ、機体を加速させて体当たりし、機体を吹き飛ばす。予想外の攻撃だったのか、サトーは呻き、マコトもまた衝撃に身を強張らせる。
サトーは怒りに突き動かされ、折れた斬機刀をしゃにむに振り回し、セレスティに肉縛するが、マコトは必死に機体を操作し、斬撃をかわす。その動きは訓練された者のそれではなかった。
素人丸出しの必死な動きにサトーは怒りと同時に疑念を沸きあがらせる。先程の声からも思ったが、どう見てもこれは軍人ではない。これ以上を時間を掛けまいと、脚で相手のシールドを持った腕を弾き、引いた刃を振り上げ、気迫を込めた渾身の唐竹割を空いたボディに放つ。
マコトは眼を見開き、無意識に両手を振り上げる。自身の脳裏に一瞬浮かんだイメージがそのまま伝わったようにセレスティは両手を頭部前で勢いよく叩きつける。その叩いた手に振り下ろされた刃が受け止められた。
自身の一撃が受け止められ、サトーは苛立ちと焦りを募らせていく。
《貴様のようなヒヨっ子に頼らねばならんとは、ザフトはどこまで腑抜ければ、どこまでナチュラルどもに尻尾を振れば気が済む!》
「何だと!?」
《貴様も仮にもザフトの一員だろうがっ、何故我らの想いを理解できんっ》
「こんな馬鹿な真似するような奴の考えなんか知るかっ! 第一、俺はザフトじゃない! 俺はナチュラルだ!」
刃を強引に捌き、セレスティは蹴り上げてジンハイマニューバを弾くが、無茶な操縦で指先が微かにつり、痺れる。
《何だと!? おのれっ、またナチュラルか!》
マコトの言葉にサトーは怒りに表情を染め、セレスティに掴み掛かり、反応できなかったマコトはそのまま掴まれ、メテオブレイカーに激突する。
「がはっ」
衝撃に身を打ち、呻くが、それだけに留まらず、ジンハイマニューバのスラスターが噴射され、そのまま押し切られ、完全に設置されていなかったメテオブレイカーは支えきれず、倒壊し、そのまま役目を果たすことなく損壊し、セレスティは地表に叩きつけられる。
苦悶に歪めるマコトの耳に、サトーの怨念のごとき言葉が飛び込んでくる。
《貴様らが、貴様らナチュラルが! 我らが愛する者を奪い、我らを蔑み、そして今また我らが願いを邪魔するか!》
「な、何だと……あんた、解かってんのか? こんなものが墜ちたら、地球の人達が……」
痛みを堪えながら途切れ途切れに漏らすが、サトーは嘲笑する。
《それこそが我らが願い、そしてここで散った御霊の願いよ! 血のバレンタインによって無残に散らされた御霊の!》
マコトはようやく理解した。このテロリスト達の正体を…そして、その哀しみも。一瞬、言葉を失うが、それでも首を振ってその同情心を振り払う。
「だからといって、そんな事、やらせてたまるかっ」
操縦桿を引き、セレスティのスラスターを全力で噴射させ、機体を強引に起き上がらせ、その反動で相手の機体を弾き、拘束を振り解く。
「あんたらの言い分も解からないでもないっけどな、あれだけ大勢死んだんだぞっ! あの戦争で! それをまた繰り返そうというのかよっ」
あの戦争に直接関わらなかったマコトには、今立ち塞がっているサトーらの気持ちは解からない。だが、それでもあの戦争が悲惨なものであったことは解かる。そして、そんな戦争を再び起こしてはならないことも。
拳を振り上げ、ジンハイマニューバを殴りつけるが、サトーもそんな弁に論破されるような安い信念でもなく、お返しと殴りつけ、弾く。
《その結果がこれだっ! あれだけ多くの我らの同胞を喪い、そして奪っておきながら得られたのは所詮奴らに尻尾を振る偽善と欺瞞に満ちた世界! こんな偽りの世界、我らは断じて認めん!》
それは純粋すぎる故の妄信。サトー達にとっての絶対の真理。
「あんたらが認めなくても、世界は今ちゃんと動いてるじゃないかっ! 平和を護ろうと、続けようと皆努力してるじゃないか! そんな自分勝手な理屈で世界を掻き回すなっ!!」
踏み止まり、マコトは相手への怒りに燃え、殴り返す。マコトは知っている。シン達が信念を持ってザフトに属し、そしてこの世界を生きていることを。デュランダルやラクスといった為政者達がこの平和を持続させようと努力していることを。たとえ溝があろうとも、少しずつでも埋めていける機会はこれからいくらでもあることを…それを全て台無しにしようとしているサトー達のやり方に、どうしても共感などできなかった。
もはや、殴り合いに陥った2機は相手を叩きつけ、蹴り、殴りつける。互いに衝撃を呻きながら、サトーは渾身の一撃を拳にのせ、叩き込み、腹部に打ち込まれた一撃にセレスティが大きく怯む。
《貴様に何が解かる! 理不尽に愛する者を、子を、友を奪われた我らの悔しさが!!》
激しく吐露するサトーに、マコトは唇を噛み、キッと睨みつける。
「解かる、さ……俺だって、俺だってっ」
歯噛みし、セレスティもまた拳を振り被り、ジンハイマニューバに叩きつけ、鋭い一撃にサトーもまた身を打ちつける。
「俺も、理不尽な現実に、そして世界を呪った! 俺から大切な者を奪った世界にっ!」
脳裏を掠める忌まわしい記憶。一瞬にして…そして理不尽に奪われたあの笑顔。何もできず、そして全てに自暴自棄になりかけたあの悪夢の日々。
「あんたらはまだいいさ、そうして憎む対象がはっきりしてる! だけどな、世の中はあんたら以上にどうしようもない現実に足掻かなきゃいけないんだっ」
サトー達はその怒りの、憎しみの先がある。だが、自分はどうすればいい…誰を恨めばいい? 何にこの怒りをぶつけたらいい……だが、そんな事をしても虚しいだけだ。
そして、マコトのように理不尽な現実に悲観している人間はこの世にゴマンといる。だが、彼らは生きている。現実に絶望だけせず、必死に生き足掻いている。
「甘えんじゃねぇぇ!!」
マコトの信念をのせ、繰り出した渾身の一撃がジンハイマニューバの頭部の装甲をひしゃげさせ、その重い一撃に機体を大きく吹き飛ばされ、ジンハイマニューバは地表を抉りながら吹き飛ぶ。
煙を上げながら止まるジンハイマニューバに対し、追い討ちをかけることなくコックピットで大きく息を荒げながら、マコトは睨むように見やる。
「あんたらの気持ち全部が解からないなんて言わない、けどな、あんたらが起こそうとしている真似で、どれだけ多くの人間が死ぬ!? そして、それに絶望したあんたらと同じ人間をまた生み出すのか!?」
衝撃に呻いていたサトーはどこか貌を強張らせながら睨む。
《だ、黙れっ!》
その口調は震え、どこか虚勢のように響く。
「本当はあんたらだって解かってんだろ! こんな事したって誰もあんたらに感謝なんかしない! 死んだ人間が生き返るわけでもないんだっ」
死んだ人間はなにをしても生き返りはしない。それは絶対不変の事実であり、真実だ。それはマコトだけではない、サトー自身も骨身に染みて理解している。だが、それを認めるわけにはいかない。それを認めてしまっては、自分のこれまでの人生全てを否定することになるのだから。
サトーはそんな己の葛藤と矛盾を振り払うように機体を起き上がらせ、セレスティに向かっていく。
「くっ、もうやめろ……やめてくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
悲痛な叫びを上げ、セレスティが身構えた瞬間……ジンハイマニューバは突如飛来した一条の閃光に頭部を吹き飛ばされた。
爆発が機体を揺らし、そのまま地表へとダイブし、吹き飛ぶジンハイマニューバにマコトは唖然となり、そして背筋を這った冷たい気配に息を呑み、身を強張らせる。硬直した首を振り向き、その気配の漂う先を見据えた瞬間、宇宙の闇に漂う黒衣が視界に飛び込む。
「アレは……」
それは、二度と遭いたくはないと思っていた機体。あのアーモリー・ワンで自分を襲い、そして恐怖に染めたあの死神が佇んでいた。
その闇に包まれるコックピットのなかで、金色の髪を揺らし、ゆっくりと顔を上げたゼロは口元を歪め、その艶やかな唇を舐め回した。
「はぁぁっ!」
リンの咆哮とともに振り払われたビームアックスがジンハイマニューバのボディを両断し、葬る。爆発を背にリンは小さく溜め息を零し、肩の力を抜く。
これであのテロリストのジンハイマニューバは片付いたはずだ。だが、余計な手間を取られた。早くメテオブレイカーを設置し、離脱しなければミネルバの艦首砲と大気圏摩擦の炎の挟み撃ちにされてしまう。
身を翻そうとした瞬間、不意に脳裏に走った感覚に眼を瞬き、動きを止めた。
(何、今の……?)
思わず身構え、脳裏を過ぎる感覚に戸惑う。これは、この感覚はあの刻と同じもの…だが、それは二度とあり得ないはずだった。
「リン……?」
周囲を警戒するリンに体勢を立て直したキラが眉を寄せ、付近で漂っていたシンと刹那も脳震盪を起こしていた頭を振りながら立ち上がる。そんな3人を横にリンは周囲を睨みながら低い声で呟く。
「気をつけなさい……何か、いるわ」
警戒し、操縦桿を握る手が汗ばむ。呼吸が内に乱れ、鼓動が早まる。この感覚は忘れもしない。
(まさか、そんな筈……っ)
内に被りを振った瞬間、前方の空間がグニャリと歪んだ。次の瞬間、リンの視界に突き出される光刃が飛び込み、リンは反射的にレバーを引いた。
空気を裂いたかのような鋭い衝撃が轟き、首を傾けたザクウォーリアの頭部の真横に静止する熱を帯びた穂先。その余熱が頭部の装甲を微かに融解させている。だが、リンはそんなダメージに気を配る余裕も無くしていた。
眼前にその光刃を突き出した主を視界に入れ、その眼は彼女らしくない驚愕に満ちていた。
「エン、ジェル……」
彼女の前に佇む灰色に近い機体は、見間違えるはずもない。2年前のあの戦いで自分達のきょうだい達が遣った神の使徒を模した機体。その機体が眼前に佇んでいる。その現実にリンは暫し呆然となるが、そのゴーグルフェイスとモノアイが不気味に鳴動した瞬間、リンはハッと意識を引き戻された。
「くっ」
操縦桿を引き、機体を傾けた瞬間、光の穂先が横へと振り払われる。リンはザクウォーリアをエンジェルの懐に滑り込ませ、ボディを蹴り上げた。
弾かれたエンジェルは宙に吹き飛ぶが、その紫のラインが走る灰色の翼を拡げ、空中で静止する。それと同時にレーダーに現われる熱反応。
リン達がハッとすると、その灰色のエンジェルを中心に虚空間から抜け出すように機体を3次元へと実体化させていく機影群。
「ミラージュコロイド…? でも、これは……!?」
相手のステルス能力に眼を剥き、刹那は息を呑む。
「こいつら、あの時の……っ!」
「黒い、天使……っ!」
その姿に嫌というほど見覚えのあったシンやキラもまた困惑と驚愕を混ぜ合わせながら唖然となる。
そんな彼らを一瞥し、灰色のエンジェルのなかでアベルは侮蔑するように鼻を鳴らした。
「騎士、そしてイレギュラーども…滅びを!」
その瞬間、エンジェル達が一斉に4機に襲い掛かり、リンは咄嗟に叫んだ。
「散れっ!」
叫ばずとも4機はエンジェルが仕掛けてきた攻撃に身を翻していた。黒いエンジェルが3機に散るなか、灰色のエンジェルのみがリンのザクウォーリアに襲い掛かる。手には身丈のほどもある長身の槍、その先端にはビームの穂先が展開され、宇宙を滑走してくる。
リンはビーム突撃銃を連射するが、エンジェルは攻撃を造作もなく回避し、距離を詰め、槍を振り被る。
「ちぃぃっ!」
ビームアックスを振り上げ、突き刺される槍の軌道を捌くが、エンジェルは左手に腰からビームナイフを取り出し、至近距離で突き放つ。リンは左手の突撃銃を上げ、銃身でナイフの刃を受け止める。
「流石だな、騎士!」
予想を超えた反応速度、それに称賛し、そして不適な笑みを浮かべ、互いに距離を取る。突撃銃の爆発が2機の間で照り映える。
「くっ、姉さんの予感…これのこと、墓場に呼び寄せられたのかっ」
悪態を衝き、槍を繰り出すエンジェルにリンはその突きをかわしながら、思考を巡らせる。この動きは明らかに機械的なものとは違う。パイロットが搭乗している筈だ。だが、この動きは…ビームアックスで受け止めた槍を捌き、弾き飛ばす。エンジェルは宙を悠々と舞う。その姿が、リンに錯覚を見せる。
ターンを描き、再度突進してくるエンジェルに、彼女の機体が重なる。
「ルン……っ」
かつて殺した、自身の妹の亡霊を垣間見、リンはギリッと歯噛みした。