幾多の命が散ったユニウスΩにて再び散った命の灯を纏うように割れたユニウスΩの破片は幾条もの流星となって地球へ向かっていく。

そして、そのユニウスΩを追撃するようにミネルバもまた大気圏に突入しようとしていた。

「降下シークエンス、フェイズツー!」

ミネルバの両翼が折り畳まれ、艦底部に摩擦熱を和らげるジェルが展開されていく。そして、ミネルバ艦首の最強兵装であるタンホイザーの砲口がゆっくりとユニウスΩの破片へと向けられるが、タリアは焦れるように歯軋りする。

「インパルスや他の機体は!?」

「ダメです! インパルス以下全機シグナル確認及び位置特定できません!」

語気を荒げるタリアにメイリンが泣き出しそうに首を振る。

大気圏降下の弊害で通信は愚かセンサー系統もものの役に立たない。いや、もはやこの状態では仮に帰還できたとしても艦内に収容するのは不可能だ。

だが、そのシグナルも確認できないのであれば、艦砲による破砕も不可能。ジレンマに陥るタリアに決断を迫るかのように降下シークエンスは順調に進む。

「間もなく、フェイズスリー!」

「……砲を撃つにも限界です、艦長!」

困惑するアーサーに反論するように火器管制のチェンも焦慮を滲ませる。

「しかし、インパルス以下5機の位置が…特定できねば、巻き込みかねません!」

問題はそこだった。帰還できずとも位置さえ特定できればそれを避けることは可能だが、位置が解からず闇雲に撃っては、その射線上や最悪着弾位置にいれば無事では済まない。タリアの指示で、下手をすれば危険を冒している若者達の命を奪うことになる。だが、この一射によって救われる人々のことを考えれば、仕方がないと思える。それがタリアを鈍らせていた。

「艦長」

逡巡するタリアに向けて雫が声を掛け、顔を上げると、真剣な眼差しを浮かべる瞳があった。

「貴方がどのような決断を下しても、私は貴方を責めません。貴方が最良と思える選択を」

低い声ながら、それはブリッジ内に響き渡る。今、あそこでは彼女の友人も危険に晒され、さらには最悪の可能性もあるというのに、凛としたたたずまいにタリアは息を呑む。

タリアは迷いを振り切るように顔を上げ、決断を下した。

「タンホイザー、発射準備」

その指示に艦橋内に微かに動揺が走る。

「ユニウスΩの落下阻止は、なにがあってもやり遂げねばならない任務だわ」

敢えて冷徹な声で宣言する。

「照準、右舷前方、構造体!」

彼女は数人の若者よりも何十倍もの地上の他人を選んだ。その選択に心を傷めながらも、彼女はその決断を通した。

その決断に異を挟むことはできず、クルー達は傷ましい面持ちでその指示を実行する。

「タンホイザー照準、右舷前方、構造体!」

チェンの正面モニターに精密射撃用のサイトが表示される。そして、灼熱に彩られていくユニウスΩの破片のなかでも最大級の構造体の解析を行い、その構成している接合部分の基点を検索する。

プラントのコロニーは他の宇宙コロニーと違い、独特の形状を持ち、またその構造を構成するために幾つかの基点を中心にしている。そして、それを破壊すれば、基点を喪った構造体は連鎖的に崩壊を始めるだろう。

狙うはそこだった。その解析が進むなか、艦橋内も摩擦熱によって赤く照り映えていく。タリアは制帽で視線を覆うように凝視するなか、メイリンがハッと顔を上げた。

「っ! も、目標に向かって接近する熱源!」

その報告に意表を衝かれ思わず振り向くと、メイリンもタリアに振り向いた。

「ね、熱紋照合! も、MSです!」

モニターに表示されるユニウスΩに向かって接近していく機影。だが、シグナルは『UNKNOWN』を表示している。

「さらに後方より大型の熱量接近! 該当データなし、戦艦クラスです!」

矢継ぎに飛び込んでくる情報にタリアは混乱するばかりだ。だが、その時微かに漏れた雫の声に眉を寄せた。

「まさか、ヤマト……?」

その声に反応し、振り向こうとした瞬間、メイリンの声が割り込んだ。

「艦長、不明艦より通信です!」

「え?」

思わず声を漏らしたタリアの正面モニターに音声のみの通信ウィンドウが開き、その奥から低い声が発せられた。

《こちら、大日本帝国軍所属、戦艦ヤマト。攻撃の意思なし、そちらの意図は理解した、援護する》

通信というには一方的な物言いで告げると同時に電波障害がさらに酷くなったのか、通信が遮断され、やや呆然となるなか、雫が表情を顰めた。

「東雲艦長……グラディス艦長、このまま続行してください」

その声にハッと我に返り、タリアは雫を見据えていたが、やがて意を決し、前方を振り向いた。

「タンホイザー発射準備、急げ!」

クルー達も弾かれたように作業に戻り、ミネルバが艦首の陽電子砲の砲口を向ける。そして、そのミネルバに続くように並行して降下シークエンスに突入する鋼色の戦艦。その船体を赤く染めながら、ヤマトもまた艦首に備わっている陽電子砲を展開する。

どうやら、こちらと共に目標物の破砕に加わるらしい。だが、かなり大気圏に突入してしまったため、重力の影響でまともな精密射撃ができるかは怪しいが、それでもやるしかない。

ノイズの入ったモニターに表示される灼熱の巨大な塊を睨み、タリアは決然と号令した。

「撃てぇぇぇぇっ!」

その瞬間、ミネルバとヤマトの砲口から陽電子の渦が迸り、無音の宇宙を轟かせながら灼熱する大地の欠片に降り掛かった。

二つの奔流が亀裂の走ったユニウスΩの大地に突き刺さり、その中央を穿つ。その大地を貫通し、それによって走った亀裂に大きく破片が四方へと吹き飛ばされ、基点を破壊された欠片は崩壊し、瞬く間に炎に包まれ、地球へと降下していく。

それらはまるで、イルミネーションのように蒼い地球の空を照り輝かせ、また幻想的な光を醸し出した。

だが、そのなかに彼らの命がないことを、静かに願いながら、彼らもまた重力という鎖に縛られていくのであった。





機動戦士ガンダムSEED ETERNALSPIRITSS

PHASE-19  混迷の大地







砕けたユニウスΩの欠片から地球へと降下していくMS。

「くそっ」

リンは舌打ちし、なんとか生き残っているバーニアを噴射して機体の姿勢を戻そうとする。エンジェルとの戦闘で負った損傷のため、機体がまともに反応しない。おまけに重力の影響で動きもどこか硬く、碌な体勢が取れずにいた。

このままでは摩擦熱で機体が灼け落ちる。なんとか熱量だけでも和らげなければと機体を周囲に漂うデブリへと寄せようとする。

その時、ザクウォーリアの腕がガシっと何かに掴まれ、ハッと顔を上げると、不知火がザクウォーリアを引っ張り上げていた。

熱が純白の装甲を赤く映えさせるなか、それに怯まずツインアイを爛々と輝かせ、スラスターバーニアの推力を噴き出しながら、重力に引かれているザクウォーリアの機体を持ち上げる。

「っ、無茶だ、あんたも墜ちるぞっ」

この機体の出力がどの程度かは知らないが、2機分の重量を支えるほどの推力がいつまでも保つはずがない。だが、そんな事などお構いなしと不知火はザクウォーリアを引き上げ、戸惑うリンの耳に通信が響いた。

「パージできるパーツを全て捨てろ、急げ」

有無を言わせぬ口調で告げられた内容に一瞬眉を寄せるも、リンには従うしか選択肢はなく、徐にパネルを操作し、機体フレームの四肢のジョイントの接合を解除した。

刹那、ザクウォーリアの四肢が外れ、ボディから下方へと投げ捨てられていく。それらは赤く包まれると同時に炎によって融け、瞬く間に蒸発していく。そして、もはやダルマとなったザクウォーリアのなかでリンは相手の出方を待った。

「済まないな、こちらとしてもギリギリの重量なのでね……」

その言葉が聞こえたかと思った瞬間、ザクウォーリアを抱えていた不知火が背中を下方へと向け、そのバックパックから何かが飛び出した。それは大きく円形に拡がり、背中から機体全体を護るように椀型に拡がり、包み込む。

「っ! バリュート…っ」

その形状にリンは驚愕に眼を剥く。MS用の大気圏降下支援装備。昔、ザフトでも一時期研究が進められていたが、結局初期型の大気圏降下カプセルによる大量降下に変わることなく凍結された。

そして、よく見てみれば、並行して大気圏に突入を始めている日本の機体も同じような装備を展開している。

戦闘機型の空魔3機は機体下部からバリュートを展開し、やがて先端から噴出される冷却ガスが表面を覆い、摩擦熱を緩和している。

(こんなものまで実用化しているなんて…噂に違わぬほど、高い技術力を持っているってのはどうやら本当のようね)

独立から僅か数年で自国の軍備を整えた日本。その高い技術力は既存のものを昇華させたものがほとんどだが、その応用力は他国のそれを大きく上回っている。半信半疑だったものが確信に変わる。

「少しばかり窮屈だろうが、我慢してくれよ」

逡巡するリンの耳に聞こえる声に肩を竦める。

「助けてくれるなら、贅沢は言わないわ」

不本意ではあるが、今はこの身を預けるしかない。揺れる振動に身を委ねながら、リンは宇宙を一瞥する。

その彼方へと去った亡霊を見据え、視線を細めた。

一方のシンや刹那達もまた大気圏に突入を始め、互いに悪戦苦闘しながら機体を操作していた。通常の量産機種とは違うインパルスや吹雪はその出力故か、なんとか自力での制御が行えていた。

「なんとか、しないと…っ」

身体に圧し掛かる重力に耐えながら刹那は吹雪の突入角度を整え、左腕を前面へと持ち上げる。

「突入角度調整、排熱システム、全開…全バイパスをビームザンパーへ」

左腕のビームザンパーを大きく展開させ、なんとか大気圏への降下を試みる。理論上は確かに可能だとなっていたが、実際問題刹那は実践しようとはこれっぽっちも考えていなかった。技術者としての好奇心よりも、冷静な思考の方が勝っていたというべきか…だが、今はやるしかない、少々博打に近いが、パネルを操作し、左腕のシールドを展開しようとするが、突如コックピットにアラートが響く。

正面モニターには、左腕のシステムのバイパスエラーが表示され、愕然となる。

「バイパスに異常!? そんな、どうして……っ!」

さっきの戦闘で思った以上にシステムに負荷が掛かり、さらにはこの状況でフリーズしたのかもしれない。

だが、こうなってはビームザンパーを使っての大気圏突破は不可能だ。吹雪の装甲が保つかどうか賭けに近いが、刹那は意を決してコックピット周りをせめて防護しようと非常シャッターを展開しようとするが、そこへ通信が飛び込んできた。

「刹那君、現在位置から左へコンマ3、移動して!」

「っ、菜乃葉…さんっ!?」

唐突に飛び込んできた通信にハッとし、モニターを見やる。刹那の吹雪の後方に菜乃葉の機体が在り、刹那の眼が吹雪のバックパックに装備されたものに気づいた。

「よしっ」

残っているスラスターを全開にし、刹那は吹雪の位置を変更する。推進噴射によって逆制動をかけ、相対速度を合わせていく。

やがて、菜乃葉の吹雪の間近にまで辿り着くと、菜乃葉が手を差し出し、刹那もまた重力に抗いながら手を伸ばし、2体の吹雪の手が繋がれ、菜乃葉が機体を下方へと滑り込ませたと同時にレバーを引いた。

吹雪のバックパックから展開される椀型のバリュートが2体を包み込み、噴出される冷却ガスが覆い、2機に纏わりついていた熱量を遮断する。

「このまま地球へダイブだね」

その状態にようやく一息ついたのか、軽口を漏らす菜乃葉に刹那は嘆息に近い溜め息を零した。

「貴方は無茶しすぎです」

「にゃははは」

称賛なのか、それとも事実なのか解からないが、苦笑を浮かべて応じ、2機はそのまま大気圏に突入していく。

一方のシンは自力での大気圏突入を試みていた。

「突入角度調整、排熱システム、オールグリーン……自動姿勢制御システムオン、BCSニュートラルへ!」

忙しなくキーボードを叩き、大気圏突入用にシステムを変更させ、自動制御で可能な部分はオートに切り替える。コックピット内は徐々に温度が上昇し、パイロットスーツ越しに滲み出る汗を拭う余裕すらなく、シンは灼熱に憮然となる。

VPS装甲により、単体での大気圏降下が可能なスペックだというのは事前に開発部から告知されていたが、それでも実際にやりたいとは微塵も思わなかったが、今はそれを信じるしかない。

「頼んだぜ、インパルス!」

まだ付き合いも浅い相棒に向かって呟き、シンは左腕に残ったシールドを突き出し、安定した姿勢にシフトする。シールド表面の排熱システムを限界にし、機体への負担を軽減させる。あとはシールドとスペックを信じるしかない。

予断は赦さぬ状況で緊迫した面持ちでいたシンの視界に、別の何かが飛び込んできた。

「アレは……っ!?」

インパルスよりも下方を落下している機影が映り、眼を見開く。電波状況が酷いなか、機体のIFFを識別させると、それはキラのザクウォーリアだった。

残った左腕のシールドを下方へと向け、なんとか熱量を緩和させている。だが、徐々に損壊した箇所から火が噴き出し、ブレイズのバックスラスターが一基落脱し、それが炎に包まれて砕け散る。ザクウォーリアもスペック上では大気圏突入時の高熱に耐えうる装甲を兼ねているが、流石にそれを実践しようとするような馬鹿はいない。しかも、損壊している今、果たして保つかどうか怪しい。

「くそっ」

シンは舌打ちし、安定していたインパルスのスラスターを噴かし、降下スピードを加速させ、ザクウォーリアに向かってダイブしていく。

降下姿勢をなんとか維持するなか、キラもまた焦燥のなかにあった。大気圏へのMS単体による突入はこれで3度目。だが、かつて搭乗した機体とは違い、今回はさらに万全の状態でもない。

それでもなんとか姿勢を保ち、降下するなか、キラはその後の打開策が見出せずにいた。肝心のザクウォーリアのスラスターはもはや全壊し、推力は出ない。大気圏を突破しても、その先にあるのは重力による降下エネルギーの鎖。スピードを殺せず、減速できないまま海面、もしくは大地に叩きつけられ、機体は粉々になるだろう。

キラは悔しげに歯噛みし、操縦桿を握り締める。その時、通信機から声が飛び込んできた。

「しっかりしろっ、今そっちにいくぞ!」

「っ!」

突如響いた声にハッと顔を上げると、インパルスが急降下で接近してきた。そして、そのままザクウォーリアのボディを両手で掴む。

「よせ! いくらインパルスでも、2機分の落下エネルギーを支えるのは……!」

シンの勇気には感嘆するが、それでも現実は過酷だ。振動に揺れるなか、怒鳴り返すが、それはノイズによって掻き消され、相手へと届かずに消える。

キラが不安に染まるなか、インパルスはザクウォーアをガシっと掴んだまま、決して離そうとはせず、そのままスラスターバーニアを残っている推進剤を放出し、姿勢を制御する。その無鉄砲ながらの行動に、キラは呆れと感心を抱きながら肩を落とした。







ユニウスΩの崩壊によって無数の破片となった欠片が赤く尾を引きながら大気圏に突入し、やがて地上から映し出される。

人々にとってはこれが二度目の流星だった。それは、2年以上も前のあの日と同じ光景。

だが、それはかつてとは違う。あの流星は人々の未来を見せた福音だった。今降り注ぐのは…過酷なる厄災の炎だった。

海に近い都市部をはじめ、落下予測地点と目されていた地域は混乱の極みにあった。誰もが我先にと逃げ、叫び、惑う。

《繰り返しお伝えします。ユニウスΩの破砕は成功しましたが、その破片の落下による被害の脅威は未だ残っております》

高層ビルの壁面に備わった巨大スクリーン、街路路の無数のモニター、そして家庭のリビングや部屋に備わったテレビ画面からアナウンサーのニュースを報じる映像が流れるが、それに耳を傾ける者は誰もいない。

《現在、赤道を中心とした地域がもっとも危険と予測されています。沿岸部にお住まいの方は、海からできる限り離れ、高台へ避難してください》

アナウンサーの告げる警告も所詮は他人事のように虚しく響く。住宅地から人の姿は消え、妙に白々とした朝日が人声の絶えた街並みを照らす。が、そこから程近い幹線道路には避難の車が溢れ、ドライバー達が動かない列に業を煮やし、互いに怒鳴りあっていた。

都市部の各所に設けられたシェルターには人が溢れ、それでもなお助かりたいがために押し退け、強引に目指す者達で、人の渦が蠢く。倒れた者が踏み潰され、幼子の鳴き声が木霊する。整理に当たる警官の誘導も虚しく、響くのは怒号と悲鳴のみ。

シェルターを諦めた者達はできる限りの高台を目指すが、その車列は動かず、人々は車を乗り捨てて走り始める。

混乱が混乱を呼び、パニックに陥るなか、それに気づいたのは誰だったのか……彼らの頭上を、炎に包まれた物体が無数に通り過ぎていく。砕かれた塊の小さなものは光を放って大気圏中で燃え尽きたが、それでも少なくない数が白煙の尾をたなびかせて無情に地表を目指す。真っ直ぐに落ちていく光景は、まるで天使が過ぎるかのごとく幻想的で、非現実的なものだった。

人々の脳裏に掠める忌まわしい記憶がそれを呼び覚まさせる。あまりに美しく、そして恐ろしい天使の審判を……一瞬の静寂、世界が静止したかのごとく、誰もが茫然とその光景を見上げるなか、遂にその瞬間は訪れた。

巨大な炎の塊が次々と地表を捉え、激突する。あるものは海に…またあるものはジャングルに…砂漠に、山脈に……そして、都市へと降り注ぐ。落下地点は一瞬のうちに膨張したエネルギーの爆発に呑み込まれ、その衝撃波が円形に拡がり、周囲の全てを吹き飛ばしていく。大地は水面のようにさざ波を立て、その上にある全てを薙ぎ倒し、拡販する。ビルは崩れ、森は蒸発し、海は裂ける。炎の衝撃波が人々をゴミのように吹き飛ばし、車も紙細工のごとく持ち上げ、吹き飛ばす。吹き飛んだ車両が降り掛かり、人々を潰し、炎が灼く。そしてその後に大きく立ち昇るキノコ雲が、灼熱したガスを大気中にばら撒いていく。海面は水蒸気と化し、空へと舞い上がり、灰色に染めていく。

爆発によって生じた二次的三次的現象が獲物を求める死神のごとく鎌首を擡げ、容赦なく襲い掛かる。

地上は今、阿鼻叫喚の地獄絵図へと塗り替えられていた。

そんな地上の様子は、軌道上からも見て取れた。まるでその審判の様を見届けるように地球を見下ろす2体の機影。

片方は大きく損傷した灰色のエンジェル。そして、黒衣を纏った堕天の女神:クレセント。

「壮観…かしらね。どう、貴方は?」

まざまざと見せつけられる光景にゼロは声を殺して嗤い、アベルは無言で無感動のまま見詰めている。

薄雲のたなびく蒼い惑星に降り注いだ星屑が炎を咲かせ、縞模様を描く。大地と海にいくつもの火球が生まれ、膨れ上がっていく。まるい火は次々と連なり、蒼い惑星を美しく装飾していく。

それは、生命という名の死化粧。あの赤き炎の下では、無数の生命が灼きつくされていることだろう。

そして舞い上がった黒煙がその蒼を灰黒く覆っていく。

もう充分だとばかりに身を翻すエンジェルに向かい、ゼロが辛辣な言葉を漏らした。

「派手にやられたようね……流石は比翼の騎士、といったところかしら。それとも、手加減するようなお優しい慈悲に足元をすくわれたかしら?」

その問いに悔しげに歯噛みし、大仰に舌打ちするとともにエンジェルは生き残っている翼を拡げ、離脱していく。その様を嘲るように肩を竦め、ゼロはバイザーの下で微かに視線を細め、地球を一瞥する。

(01のあの能力、事前に聞いていたものと違っていた)

脳裏を掠めるのは、先程の戦闘。不意を衝かれたとはいえ、一瞬でも圧倒したあの能力。それを思い起こし、ゼロは口元を冷たく歪めた。

「説明してもらいますよ、プロフェッサー……貴方がアレに何の小細工をしたのかね」

小さく吐き捨て、クレセントもまた身を翻し、紫紺の翼を拡げ、離脱していく。

(さて、どう動くかしら……まずは、プラントかしらね)

この先の世界の混沌を夢想し、ゼロはほくそ笑み、クレセントを宇宙の闇のなかへと掻き消していくのであった。





大小様々な破片が炎に包まれ、落下するなかに混じり、純白の機体が同じように赤く染められ、炎に包まれながら降下するセレスティ。

「ぐっ、くそっ」

思わず渦巻く感情の行き場を求め、マコトは腕をモニターに叩きつける。先程から内に巣食う不快な感情に戸惑い、そしてやるせない怒りを憶えていた。

だが、それも熱されていくコックピットに包まれ、自身の置かれている状況を把握し、歯噛みした。

重力の影響下に入り、もはや自力で上がるのは不可能。こうなったら、降りるしかない。マコトは操縦桿を引き、セレスティに姿勢を安定させようとする。果たしてこの機体が大気圏を突破できるのか、だが、仮に突破できたとしても自身の身体が保つかどうか。

(蒸し焼きで熱死か)

自虐的に呟く。

機体装甲が仮に保ったとしても、上昇する熱だけはどうしようもない。加えてナチュラルであるマコトの身体がその熱量に耐えられるかどうか。

いや、そんなものは考えるまでもないだろう。嫌な実感が襲うなか、マコトは首を振ってその不安を掻き消す。

(なにか、なにかあるはずだっ)

なんとか熱だけでも緩和し、摩擦熱を抑え込まなければ、突破できてもその後の自重制御を行えない。

その時、セレスティのすぐ真横を降下する物体が横切り、視線を向けた。

「アレは…っ!」

細長く伸びる刀身、その形状は先のジンハイマニューバが使用していたものによく似ていた。

「対艦刀? それに、先にあるのは…!」

その刀剣の突き刺さっている若干セレスティより巨大な物体、それは、MS用の降下カプセルだった。

前大戦初期からザフトで大量生産され、そして使用されたカプセル。4基のハッチの内、一基が破損し、開かれているが、それ以外に損傷は見受けられない。

マコトは生き残っているセンサーでそれを瞬時に確認し、希望を見出したように操縦桿を引き、スラスターの噴射を行い、セレスティをカプセルへと接近させた。

「ぐっ…届けっ!」

腕を伸ばし、カプセルに突き刺さる刀剣の柄に手を伸ばす。『菊一文字』と刻まれた柄に手首が迫り、叫び、それを掴み取った。

握り締める手を決して離さず、それを支点にボディを引き寄せ、セレスティの足がカプセル内に張り付いたと同時に突き刺さっていた穂先が抜け、そのままセレスティは転がるようにカプセル内に入り込む。

「はぁ、はぁ…なんとか、辿り着けたか」

握り締めていた刀剣をカプセル内に突き刺し、マコトはカプセル内の固定具を握り締めさせ、システムにアクセスする。

「頼む、生きててくれっ」

正直、このカプセルが使えるのかは五分五分だ。前大戦中に放棄されたものである以上、まともに機能するかどうかも怪しいが、今は賭けるしかなかった。

やがて、カプセル内にも熱が帯び、内部壁が微かに融け始めていた。えてしてこの手のカプセルは大気圏突破だけを念頭にしているため、外装は強固だが、内装は酷く単純で簡素な造りだ。おまけに現在は入り込んだハッチが一基欠落しており、そこから侵入する熱量で内装が保たない。

焦るなか、必死にパネルを叩き、システムの起動を試みるなか、マコトの意思が通じたのか、カプセル内のシステムが反応を示した。

ウィンドウにカプセルのCG図が表示され、大気圏突入のプロセスが試行されていく。

「やった…っ!」

歓喜の表情を浮かべ、そしてカプセルが姿勢制御を整え、進入角度を調整し、安定した体勢に移行すると同時に下部から冷却ガスが噴出され、それがカプセルを覆っていく。

空いたハッチから染み出す冷気が内装の温度を緩和させ、セレスティの外気温の上昇は抑えられ、自身に纏わりついていた熱気も薄れ、マコトは思わず安堵に項垂れた。

(あとは、運だな)

このカプセルが大気圏を突破する数分間、保つかどうか…そればかりは自身の運を祈るしかない。

そして、先程までは焦っていて気にしなかったが、徐々に身体に圧し掛かってくる何か重みのようなものにマコトは顔を顰める。

「身体が重い…これが、重力か」

生まれてからこのかた、ずっと宇宙にいたためか、マコトは通常よりも軽い重力制御のなかで生活し、特にここ一年はほぼ無重力のなかを活動していたため、筋肉が突然の状況変化に反応し、悲鳴を上げているのだろう。

不意に、開かれたハッチから見える光景を一瞥した。

「これが……地球、なんだな」

視界に大きく映る蒼い惑星を見やりながら、なにかを思うようにマコトは眼を閉じ、その重力のなかに身を委ねる。

そんな主を労わるようにセレスティもまた赤く爛々と輝かせていた瞳を蒼く変化させ、静かな駆動音を響かせた。







共に艦首砲を酷使し、限界高度ギリギリまで行った破砕作業を終えたミネルバとヤマトは大気圏に突入していた。

熱と振動が艦内を大きく揺さぶり、ミネルバのクルー達は慣れぬ状況の連続に戸惑うばかりだが、それがようやく終わったのか、熱による赤が途切れ、振動が弱まる。

「艦長! 空力制御が可能になりました!」

大気の壁を乗り越え、艦を襲っていた振動も弱まったの自身で察したタリアは声を高めた。

「主翼展開! 操艦、慌てるな」

初めての大気圏内運用に不安を感じないではないが、それを億尾にも出さずに指示を毅然と出した。

「主翼展開します。大気圏内推力へ!」

ミネルバの折り畳まれた両の主翼が開き、収納されていたトリスタンが展開した。翼がエアブレーキとなり、宇宙とは違う空気の壁と流れが艦を包み、マリクは慎重な操艦でゆっくりと艦を減速させていく。

安定姿勢に移行するなか、タリアも内心ホッと息をついた。初の大気圏突入と運用を無事にこなすマリクの腕前に感心すると同時に、遂数日前まではこんな展開を予想だにしていなかったことに溜め息を零した。

そして、タリアは徐にメイリンを見やった。

「通信、センサーの状況は?」

「ダメです、破片落下の影響で電波状態が著しく低下しています。これでは、状況の確認も……」

曇る面持ちで告げるメイリンにタリアも小さく舌打ちする。大気中に巻き上げられた多量のガスや粉塵が妨害しているのであろう。周辺の索敵は愚か、状況確認すら困難という事態だったが、タリアは怒鳴るように指示を出した。

「レーザーでも熱センサーでもいいわ! とにかく、なんでもいいからインパルスやその他の機体の位置を捜して!」

その指示にクルー達が驚愕の声を上げ、振り返る。

「彼らも無事に降下している、と?」

誰もが疑問に擡げたことをアーサーは思わず口に零し、タリアは憮然と横眼で見た。

「平気でタンホイザーを撃っておいて、なにをいまさらと思うかもしれないけど…信じたいわ……」

窺うように雫を見やる。安易な希望を持たせることに躊躇うが、雫は予想に反して落ち着いた様子だった。

悲壮にくれるわけでもなく、かといって自信に満ちている訳でもない。ただ、何かを祈るように眼を閉じ、静かに座している。

そんな様子に戸惑いながらも、タリアも希望を捨てずにいた。

彼らの運を。そして、彼らが大気圏突入時に離脱し、無事に大気の壁を突破したという確率を。彼らの運、そして実力を垣間見たタリアには賭けるに充分だった。

そして、あの過酷な状況下から無事に生き延びたとしても、状況は悪い。だからこそ、早く捜索しなくてはならない。

焦るタリアの耳にバートが声を上げるのが響く。

「っ、艦長! 不明艦、本艦の右舷に降下!」

すっかり失念していたのか、タリアはハッとして振り返る。ミネルバの側面に降下してくる鉄褐色の戦艦。艦の下部を赤く走るラインと流錐型の独特な形状は、前大戦のエターナル級を思わせる。

「あちらからコンタクトは?」

「いえ、通信の類は……」

戸惑うメイリンを他所に考え込む。破砕作業に支援してくれた件から、敵ではないだろうが、緩めまいと警戒態勢を発しようとした瞬間、バートが新たなる反応を捉えた。

「センサーに反応!」

その報告に期待と不安が一斉に向けられる。

「熱反応確認、7時の方向、距離400! これは…インパルス? それに……」

確認されたシグナルに戸惑っているのがじれったく、タリアはメイリンを見やる。

「光学映像、出せる!?」

「あ、はい! 待ってください!」

忙しなく操作が行われ、カメラの映像がモニターに映し出される。電波障害が残る映像はノイズにまみれているが、やがて徐々にクリアなものに変わり、そしてそこに映し出された映像に艦橋に歓声が満ちた。

モニターには、上半身のみになったザクウォーリアのボディを抱え、スラスターを噴射して減速するインパルスが映し出されていた。

「他のカメラも回復、モニターに回します!」

ようやく他の機能も回復してきたのか、艦橋内にモニターの光が灯り、ようやく有視界での状況確認が可能となった。

そして、他のモニターにはヤマトの全貌が映し出され、その上方から降下してくる機影が映る。

展開していたバリュートを解除し、そしてパラシュートを開き、減速する機体群。それに抱えられる機体を視認し、艦橋はさらなる歓声に包まれた。

「ザクです! そして、日本の機体も……っ!」

不知火に抱えられたザクウォーリア、そして同型機と思しき機体に支えられながら降下する吹雪。

「無事ですよ、艦長!」

アーサーも安堵を隠さず叫び、先日の遺恨などすっかり忘却の彼方に置いてきたかのような態度に思わず苦笑する。だが、この人柄の良さと無意識に切り替えられる思考は多少なりとも評価している。

皆が歓喜に沸くなか、それを嗜めるように矢継ぎ早に指示を出した。

「アーサー、発光信号で合図を! マリク、艦を寄せて! 早く掴まえないと、あれじゃいずれ2機とも海面に激突よ。メイリン、先方のアンノウン機に通達、被弾している友軍機を着水後本艦へと運ぶようにレーザー通信を送って」

次々と出される指示にクルー達は弾かれたように実行していく。マリクは操艦でミネルバをインパルスとザクウォーリア2機の降下ポイントへと空中を滑らせ、アーサーは発光信号を発する。メイリンはヤマトへとレーザー通信を送り、それが実行されていく。

空中を降下していたインパルスが気づき、こちらに向かって進路修正してくる。

「ハッチ開け! インパルスとザク、着艦するわよ!」

後部デッキに向けてインパルスが着地し、微かな振動に揺れる。

「インパルス着艦!」

その報告に肩の荷でも下りたように安堵した瞬間、メイリンがおずおずと呟いた。

「艦長、例の民間機、まだ発見できません」

暗い声で告げられた内容にタリアはガバっと顔を上げる。インパルスらの無事ですっかり舞い上がっていたが、一緒に出撃した民間機もまた帰還していない。

「探索続けて!」

慌てて探索を続行させるが、付近に反応はなく、焦りに苦悶が浮かぶ。シン達と違い、彼は一民間人だ。訓練もなにも受けていない彼が果たして大気圏突破という荒行を成し得たかと問われると、はっきりと断言はできないが、可能性としてはまさに低いと言わざるをえなかった。

真剣な面持ちでレーダーを凝視していたバートが上空から降下してくる物体を捉えたのはその時だった。

「ほ、本艦上空より降下する物体あり!」

その報告に全員の視線が集中したのはほぼ同時だった。





ミネルバと並行するヤマトもまた主翼を操作し、艦スラスターによって空力を捉え、安定した姿勢に移行しつつあり、その周囲に大気圏を突破したMSが降下してくる。

「バリュート解除、空力制御に切り替え」

空魔の下部に拡がっていたバリュートをパージし、機体が風に捉われる。大気の気流が機体を揺らし、宇宙では感じなかった地上での抵抗に顔を顰めながら、操縦桿を操作し、空魔はデルタ翼を可変させ、その翼を通して風を捉え、機体を委ねる。

大気の流れに乗った空魔はそのまま滑るようにヤマト周辺に就き、菜月は小さく息を零した。

《姿勢制御安定、実際にやったのは初めてだったけど、結構ドキドキしたね》

あっけらかんと呟く天音に呆れながら、肩を竦める。

《でも次もやりたくはないかな》

対し、空は苦い声で乾いた笑みを浮かべる。確かに、バリュートがあったとはいえ、空魔の装甲材は従来のものに比べて機動性を重視したため、熱に弱い。もしバリュートが無ければ、あの大気の壁を突破する時に装甲が融解し、変形していたかもしれない。そうなると、この空魔の形状上、大気のなかを動くのは非常に困難なものになっただろう。

「二人とも、まだ警戒は緩めない」

そんな二人を嗜めるように呟き、天音と空が溜め息で応じる。

《だってさ、あんまりに展開が急すぎて疲れちゃったんだよ》

《急な破砕支援に加えて、これですからね》

苦虫を踏み潰したように菜月も憮然となる。

ヘリオポリスでの任務を終え、地球へと帰還についた彼らの許に直前になって艦長や壮吉から伝えられたユニウスΩの破砕支援と戦闘。さらには大気圏降下用のバリュート装備での出撃ともなれば、碌な心構えもできていなかった彼らにとっては不意打ちに近かったかもしれない。

「隊長は私達を信じてこの装備を持たせたのよ、ならそれでいいじゃない」

確かに事前までクルー上層部だけでの秘匿であったのは些か不満があるが、内容が内容だけに仕方ないと割り切ってもいる。それに、バリュートまで持たせて彼女らを同行させたのは自分達の力量を信頼してくれたからこそだろうと、菜月は信じたい。

そんな菜月の言にモニターに映る天音と空の眼がにんまりと緩まり、訝しげに首を傾げる。

《は〜いいね、菜月は隊長一途で》

《うんうん、全部ひっくるめての信頼だもんね》

「なっ…!?」

からかうように告げる同僚に菜月は頬を軽く染め、あたふたと首を振る。

「ち、違う! わ、私はただ…っ、その、隊長の判断を信じているだけで…だ、だいたいいつも人に迷惑ばかりかけてるような……っ!」

《私がどうしたって?》

ろれつが回らずにいた菜月の言葉を遮るようにモニターに表示された壮吉の顔に菜月はひゅっと息を呑み、天音と空の二人はGJとばかりに意地の悪い笑みを浮かべた。

そんな二人に後で覚えておきなさいとばかりに一瞥し、菜月は誤魔化すように怒鳴った。

「な、なんでもありません! それより隊長、早く状況確認をお願いします!」

《お、すまんすまん。こっちも今客人を抱えているのでね》

ハハハといつもの笑顔で手を振り、不知火はパラシュートを解除し、抱えていたザクウォーリアごとヤマトの甲板に着地する。

当のリンは蚊帳の外だったが、あまりにベタな会話に突っ込む気も起きず、ただ無言のままだった。

《すまないな、窮屈な思いをさせて》

「別に、助けてもらったんだから文句は言わないさ」

投げやりに返すと、リンはヘルメットを取り、モニターから見える光景を一瞥する。

「これが日本の艦……空が暗いな」

ヤマトを一瞥し、リンは灰色に染まった空を一望する。巻き上げられたチリやガスにより、今地球の一部はこの鬱蒼とした雲に覆われているのだろう。

結局、ユニウスΩは落ちてしまった。それは、結果的にリン達の負けということだった。

憮然としたまま悪態を衝き、身体をシートに預ける。そこへ響く振動。眼を向けると、同じようにパラシュートを解除した吹雪2機と陽炎もまた甲板に着地していた。

《無事だったかね、刹那君?》

「あ、番場大佐。はい、おかげさまで」

思わず敬礼で返し、壮吉は苦笑混じりに肩を竦める。

《君があの場に居たのは正直驚いたが、となると斯皇院外交官も?》

「あ、はい…今はまだミネルバに居ると思われますが」

雫の性格からして、あの場でミネルバから降りたとは思えない。妙なところで頑固なところがある。きっと無理を言ってミネルバに居残っている可能性の方が高い。無理に連れ出されていては解からないが。

《フム、なら外交官を引き取り後、伊豆基地へ戻るとするか》

今後の方針を決めるなか、コックピットに別の通信が届いた。

《聞こえるか、大佐?》

《なにか、艦長?》

ヤマトの聡からの通信に刹那や菜乃葉達も身構える。

《こちらに向かって降下してくる物体がある。確認を取ってみてくれ》

その内容に弾かれて空を見上げると、こちらに向かって降下してくる物体が映る。赤く尾を引きながら降下してくるそれを、ミネルバの甲板からも捉えたシンはザクウォーリアの回収を任せるなか、顔を上げた。

「アレは…カプセル?」

《確認しました、ザフトの降下カプセルです》

メイリンからの報告を裏付けるようにカメラで拡大解析し、表示される映像は確かにザフトのものだった。だが、何故そのカプセルがここに降下してきているのか…疑問に思う一同の前で、摩擦熱を緩和していた冷却材が切れたカプセルの外装に亀裂が走り、それが砕け散る。空中分解したカプセル内から吐き出されるように飛び出す純白の機影。それを確認した瞬間、シンは眼を見開いた。

「マコト…!」

セレスティがそのまま真っ直ぐに弾かれ、降下してくる。だが、セレスティは沈黙を保ったまま、急制動をかけるでも姿勢を制御しもしない。となれば、気を失っている可能性が高い。

「くそっ…落下はっ」

急いで落下ポイントを割り出し、シンはそれを確認するや否や操縦桿を引き、インパルスが甲板から飛び立つ。

《シン?》

困惑するメイリンの声も無視し、シンは機体を真っ直ぐに飛ばし、セレスティに向かっていく。

「おおおおっ」

降下予測地点に先回りしたシンはインパルスの両腕を拡げ、落下してきたセレスティを受け止めた。その激突のエネルギーが容赦なくインパルスに圧し掛かり、シンは身体を打ちつけ、歯噛みする。

セレスティの重量に加えて落下エネルギーも合わさり、それを支えきれず一緒に落下していく2機。

「こ、こなくそぉぉぉっ」

衝撃に呻きながらも、シンは重いレバーを押し上げ、インパルスの残っている推進剤を噴射させ、制動をかける。下方へと飛び散る粒子により、相殺された加速が落ち、2機は空中で踏み堪え、インパルスはなんとかセレスティを抱え上げる。

「ふぅ……マコト、生きてるか!?」

一息つき、急ぎ通信に怒鳴るが、返事が返ってこず、焦燥にかられるが、やがて弱々しい声が聞こえてきた。

「シ、シン…か……な、なんとかな」

苦しげに応じるマコトに思わず安堵し、シンは肩を竦める。

「言ったろ、必ずフォローしてやるって。ったく、無茶しやがって…この馬鹿野郎」

「ハハハ、酷い…な」

悪態を衝くシンに苦笑で応じ、それでも急ぎミネルバに向けて機体を上昇させる。もはや推進剤は限界に達している。

見え始める甲板に向かって後少しというところに達し、なんとかなったと気を一瞬抜いた瞬間…スラスターの噴射が途切れ、機体をすぐさま重力の鎖が絡み取った。

ガクンという音とともに甲板の一歩手前で機体の制御が落ち、身体に重りが圧し掛かった。そのまま引き摺られるように機体が降下しはじめた瞬間、甲板に手を伸ばしたインパルスの手に向かって伸ばされて腕が掴み取った。

重力に逆らうように身体に掛かる衝撃…ハッと顔を上げると、そこにはインパルスの手を掴み、必死に支えるセイバーの姿が在った。

「ステラ……っ!」

セイバーのコックピットでステラは右腕の駆動部から響く警告音に歯噛みしながら必死に2機を持ち上げようと操縦桿を引き上げる。関節部に多大な負荷を掛けながら、セイバーは持ち上げようとするが、それでどうにかなるほど甘くはなかった。

2機分の重量に加えて重力が掛かる今、セイバーだけで引き上げるのは不可能に近い。

「ステラ、無茶はよせっ!」

「い、や……っ」

焦って叫ぶシンに苦しげなステラの拒む声が響き、セイバーは関節部から軋む音を響かせながらも少しずつ引き上げていく。だが、それはもはや限界に近い。セイバーの駆動部が負荷に耐えられず、動力ケーブルが途切れ、異常を発する。

再び落下する衝撃が身を襲うとした瞬間、そのセイバーの腕を別の機体が強く握り締めた。

「ったくあんたら…こんな時に仲間頼んなさいよねっ」

激しく悪態を衝きながらセイバーの腕を掴み、引き上げる赤いザクウォーリア。ステラのセイバーが飛び出したと同時にヴィーノ達を押し退け、機体の固定を強引に引き剥がし、急ぎ駆け寄った。

ザクウォーリアのパワーも合わさり、ステラとルナマリアが互いの呼吸を合わせて一気に引き上げた。

それにより、勢いづいたままセイバーとザクウォーリアは甲板に大きく尻餅をつき、引き上げられたインパルスとセレスティはそのまま甲板にダイブするように着艦した。

救出劇が無事終了し、艦橋でタリア達が肝を冷やしたとばかりに嘆息し、救助したステラやルナマリアもまた大きく肩を落とした。

そんな様子に、助けられたシンやマコトは少しばかりバツが悪そうに苦く笑う。

それは、自分達を助けるために危険を冒してくれた仲間に対する感謝と嬉しさだった。

「「ありがとう」」

無意識に二人はそう呟いていた。

傷ついた戦士を迎え入れるかのごとく、差し出された仲間の手を取り、MSは全機艦内へと収容された。

格納庫内は騒然となっていた。初の大気圏突入時におけるダメージチェックに加え、収容したMSの固定作業等に走り回り(おまけにルナマリアが壊したクローラーの惨状にヴィーノらが愕然となり)、それらを収容された機体から救助されたマコトらは救護班からの手当てを受けながら見詰めていた。

あれ程の長時間戦闘は初めてだったためか、訓練を受けていないマコトは完全に心身ともに疲労の極みにあった。そんななか、大きな振動が襲い掛かり、ハッと顔を上げ、周囲のクルー達も色めき立つ。

「な、なに!? まだ何か…!?」

降下と同時に攻撃を受けたのかと狼狽するヴィーノらだったが、これは攻撃による振動ではない。不意に襲った振動に混乱しているとレイが予想を口に出した。

「地球を一周してきた最初の落下の衝撃波だ……恐らくな」

冷静な口調で発された指摘にその場にいた全員が愕然となり、顔を神妙に引き締める。地球を一周してなおこれだけの衝撃が残っている。なら、それらが連鎖的に繰り返され、今地上に起こっている被害を思い浮かべ、うすら寒いものを憶える。

マコトは俯き、脳裏にユニウスΩで散ったサトーのことを思い浮かべた。

(おっさん……あんた、本当のバカだよ。生きて、償わなきゃいけなかったのに)

無意識に拳を握り締め、マコトは自分でも解からない感情に苦悶した。やがて、身に襲う強烈な疲労と睡魔に誘われ、その思考は深く溶け込んでいく。

暗然とするなか、ミネルバはその地上へ向けて降下していくのであった。




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