緊張状態が続くなか、アプリリウスの評議会議場内もまた、外交に走り回る議員と軍人で喧騒が絶えない。

そんな様子を厳しい視線で見詰める二人。

シルバーブルーの長髪を靡かせる青年、アグニス=ブラーエと褐色の肌を持つ柔和な笑みを張りつける青年:ナーエ=ハーシェルと名乗る彼らは、火星に移住した人類:マーシャンだった。

一年に一回の交易使節団として派遣された彼らはある目的のために地球圏へと渡り、最初の目的地としてプラントを訪れ、先程まで議長であるデュランダルとの会見を行っていた。

「今度のプラントの議長、どう思われますか?」

彼ら二人が地球圏を訪れるのは今回が初めてだ。未だ、生活圏としては不安定な火星圏では、地球圏からの物資の運搬は外せないものだが、彼らは決して地球圏の問題に干渉は行わなかった。特にここ数年は地球圏は激動の連続であり、情勢が目まぐるしく変わっていた。

前議長であるジュセックは戦後のプラント経済の建て直しと地球諸国家との関係回復に尽力したのは火星にも伝わっているが、現在のデュランダルに関してはまったくの無名であり、探るような視線を向けるナーエにアグニスは難しげな面持ちのまま評する。

「無能には見えないな」

「だが、それは善悪とは別ですよね。そうでしょ?」

「ああ」

会見時に感じた柔らかな物腰とそれに覆い隠される探究心…その奥に潜むなにかに安易な信用は危険なものを感じていた。

だが、それはあくまでアグニスの感性でしかない。仮にもプラントの最高権力者だ。腹芸も必要だろうし、能力が確かなのは疑いようがない。

(プラントはまだ信用できるか……)

内心にそう考えを浮かべるアグニスは不意に叩かれた肩に応じ、視線を向けると、ナーエが視線であさっての方角を促す。

それに応じて視線を向けると、奥から数人の気配が近づいてきた。

先頭を歩くのはスーツ姿の男二人だったが、アグニスが注意を引かれたのはその二人に護られるように奥を歩く人物だ。流れるようなピンクの髪を靡かせ、優雅な足取りで歩むなか、その周囲を跳ねるように動く球体状の赤い物体が手に収まり、その顔に見る者を魅了するような笑顔を浮かべる。

少々派手なドレスに身を包み、まるでオーラを発するようなその人物にナーエが声を上げる。

「驚いた、ラクス=クラインですよね?」

「ラクス……」

その名は聞き覚えがある。確か、火星に来たジャンク屋の人間からその名を聞いた。だが、その話と眼前を過ぎる少女はあまりにイメージが違う。

「どうも私達のイメージとは違うようですね。外交の女神とはどの程度のものかと思いましたかね?」

見た目のドレスといい、外交を兼ねる人物にしては些か趣が違う。だが、ナーエにはそんな大それた人物には見えない。観察する間に連れ立ってラクスは奥の待機所へと消えていった。

だが、アグニスは険しい視線でその背中を睨んでいた。

「どうかしましたか?」

「いや…なんでもない」

自分の勘違いと首を振り、会話を切った瞬間、背中に声が掛けられた。

「マーシャンの方々!」

怒声に近い声に振り返ると、兵士の一人が駆け寄ってくる。アグニス達の担当官であるアイザックだった。切羽詰った面持ちで近づくアイザックに訝しげになる。

「こちらでしたか、申し訳ありませんが、待機所まで来ていただきます」

息を切らしながら伝える内容に不審気に見やる。

「何故です?」

「連合がプラントに向けて艦隊を向けてきました!」

投げかけた疑問に返ってきた言葉に二人は驚愕する。

「連合、地球連合のことか!?」

「いえ、違います! 大東亜連合軍です!」

マーシャンである彼らには今日の地球圏の情勢はほとんど伝わっていない。それ故に混乱するが、それを制してアイザックはなおも促す。

「とにかく、こちらへ」

「戦いが始まるのですか?」

「まだ解かりません、ですが既に連合の艦隊がプラントに接近中です」

伝えられる内容にナーエは冷静に処理していくが、アグニスは逆に考え込むように俯き、黙り込む。

プラントが戦場になる…その言葉が波紋を投げかけ、心をざわめかせる。

「議長から盟友であるマーシャンの方々の保護を最優先するようにと指示を受けました。故に、我々には貴方方の安全を護る義務があります。ですから、こちらへ……」

再度促そうとした瞬間、アグニスは拳を握り締め、唐突に顔を上げた。

「我慢ならんっ! すぐに議長に取り次いでもらおうっ」

殴り掛からんばかりにアイザックに掴み掛かり、吼えるアグニスにナーエは唖然となり、アイザックもまたたじろいだ。







L5宙域に到達したと同時に連合艦隊は左右に布陣し、先行するネルソン級護衛艦、ドレイク級駆逐艦からMSが射出される。かつてはMAを運用していたそのシステムは変更され、MS用の電磁レールを各艦に備え、次々と発進していく。

戦力の中核を占めるのはGAT-02L2:ダガーLとGAT-04:ウィンダムだ。ノーマル、または支援用のドッペンホルンを装備した機体が無数に犇めき、その宇宙を覆っていく。

連合の標準艦艇のなかで異色をはなつスチールブルーの艦艇:ガーティ・ルーもまた前進する艦隊の一員として加わっていた。

連合艦隊の進軍と同時に世界に向けて大東亜連合軍の中核である東アジア共和国の李国家主席の演説が発信される。

《全世界の皆さん、私は東アジア共和国の李です。本日は、非常に重大かつ残念な事態をお伝えせねばなりません》

苦悩を携えたように前置きを言い、その口から重々しく告げられる。

《先日のユニウスΩ落下に伴う被害を起こしたテログループはコーディネイターであることはもはや純然たる事実として我々は認識しております。この事実を真偽を問い、またこの状況を打開せんと我々は幾度となく協議を重ねてきました》

発信元こそ不明であるが、ユニウスΩの落下を行ったとも思われる犯人グループであるジンの映像は世界中に発信され、その事実が世界中に反プラント感情を少なからず誘発している。

《が、未だ納得できる回答すら得られず、この未曾有のテロ行為を行った犯人グループを匿い続ける現プラント政権は、我々にとっては明らかな脅威であります》

開かれた口から紡がれた声明には、プラントに対してどのような条件を求めたかは一切出さずに、ただただ自分たちを正当化しようという内容であった。

その内容をブリッジで眺めていたエヴァは深々と溜め息を零した。

「茶番もここまでいくと呆れるのを通り越して尊敬するね」

仮にも今現在連合の一部隊として活動している軍人の台詞ではないが、そんなエヴァを嗜めるでもなく隣に座るロイは無言で演説を見入っている。

《よって先の警告通り、地球連合各国は本日午前0時をもって、武力による排除を行うことをプラント現政権に対し通告しました》

演説の終了と同時に艦隊司令部より作戦開始の報が各艦に伝達される。

「第44戦闘師団、全機発進を確認」

「フォックスドロットノベンバー発令。現時点を以てオペレーションをフェイズ6に移行!」

次々と報告がされるなか、エヴァが肩を竦める。

「あんな見てて滑稽な台詞を堂々と吐くなんて、私にゃできそうにないね」

額を押さえながら表情を顰める。既に死亡しているテログループを引き渡すという要求も無論のことだが、ああも演技掛かった演説など、聴いているだけで背中がくすぐったくなる。

「仕方あるまい、それが政治家というものだよ」

愚痴るエヴァを宥めるロイに気を取り直すように背筋を伸ばす。

「ま、食わせてもらってる以上働かにゃならないしね」

所詮、実働部隊である自分達には政治的な思惑など関係ない。自分達にあるのはただ命令に従って敵を討つだけだ。

「総員、第1戦闘配備! MS隊、発進準備!」

エヴァの号令に応じ、各セクションで戦闘配備が発令され、格納庫ではカオス、ガイア、アビスの3機に続き、ストライクEが起動し、発進カタパルトへ移動する。

「でもいいのか? 私らもこの戦闘に参加して…あっちに私らの所属が知られてしまうけど」

この艦には奪取したセカンドシリーズだけでなく、ガーティ・ルーはアーモリー・ワンでその存在を知られている。隠密部隊である以上、その所属はなるべくなら隠さなくてはならないが、ロイは首を振る。

「上からの命令である以上、従うしかあるまい。それに、ザフトも薄々察しているだろう…どの道、こうなる予定だったのだ。無駄な隠蔽よりも堂々とした方が今はいい」

「開き直りに聞こえるわね」

もっともらしい言い方だが、要はもう所属云々といった機密はどうでもいいということだった。別の組織が一つの鞘に納まるということ…だが、それならそれでいい…使えるものは使う、それがエヴァの信条だ。

「それより、L2から回されたアレ、戦力として使えるの?」

視線を外し、前を見据えながら尋ねると、ロイは顎をさすりながら言葉を彷徨わせる。

「開発部から問題ないという話だがね。機動強化だけでなく、例の戦闘回避パターンがOSにアップロードされている」

「けど、実戦どころか試験もまだなんだろ、そんな試験機よりセンチュリオンでも回してほしいね」

正直、開発途上中の機体を回されても不確定要素が付きまとう。そんなものより、安定した戦力を欲するのは当然だろう。

「アレは他部隊に優先的に配備されているからな…数もまだ足りんのだろう」

「ダガー系の補給もなし。懐事情が厳しいのは解かってるけど……やるしかないってことね」

連合が各地に戦力を振り分けているなか、余分な機体は無い。かつての地球連合時代と違い、大西洋連邦が離れたのは眼に見えないところで確かに影響を及ぼしている。L2コロニー群の寒々しい状況にもはや諦めたと肩を竦めたと同時に前方で火花が上がった。

「加速! 距離を詰めると同時にMS隊発進だ!」

ガーティ・ルーの後部エンジンが火を噴き、加速する。前方で咲き乱れる砲火のなかへ威風堂々と突入する。両舷のカタパルトハッチが開放され、エレボスのカオス、レアのガイア、ステュクスのアビスが先陣を切るように飛び立つ。

鋼の衣を脱ぎ捨て、各々の色を纏い、血に飢えた獣のように3機は加速し、それに続くようにカズイのストライクEが発進する。

そして、カタパルトの奥にセットされる機体。全身をダークパープルに塗装し、鋭利な機体形状と両肩、脚部に増設されたバーニア機構とバックパックのエールストライカーを模す巨大な翼が細かに動き、機体を振動させる。



―――――GSU-47:ヴェールクト



GAT-04を思わせる形状ながらも随所に施されたカスタマイズ。シールドとビームライフルを持ち構え、青いバイザーに光を走らせ、腰を構えて打ち出されるカタパルトベースから飛び立つ。

数機の紫の猟鳥は獰猛な爪を突き立て、獲物を狩るために戦場に舞った。

先行する無数のMS隊の様は、かつての大戦末期の第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦を髣髴させるものがあった。

違うのは、未だ旧式機を運用するザフト違い、その潤沢な資源と国力故に最新鋭機種とまではいかなくとも、当時の主力機であったGAT-01:ストライクダガーの上位機種であるダガーLが全部隊に配備されているという点であろう。

MS隊は三方に分かれていく。艦隊左翼には、連合のダガー部隊に混じるように進む一団があった。

周囲標準カラーとは違うダークブルーに塗装されたダガーL部隊を率いるのは重MSであるブルーユニオンのGAT-X03:センチュリオンだった。数機のセンチュリオンを筆頭に編成された部隊が十数小隊、編隊を組んで航行する。その一部隊の突撃前衛であるセンチュリオンの一機には、アレットの姿があった。

「遂にこの瞬間が来た……コーディネイターどもを葬るこのチャンスがっ」

内からはやるように燃え上がる闘志がアレットの瞳をギラつかせる。そこには、歪んだ負の感情がありありと浮かび、操縦桿を握る手が強くなる。

不意に、胸元の首からぶら下げている物を見やる。少々女物のようなロケットだったが、そのなかを一瞥し、隠すように閉じるとアレットは怒りと憎悪…そして哀愁のようなものを宿しながら機体を加速させた。

センチュリオンらが率いる部隊が友軍たる連合部隊を置いて加速し、並行している連合のMS隊は顔を顰める。

「何故あんなのと……」

思わず部隊を率いる中隊長が愚痴を零す。いくら友軍とはいえ、編隊を崩されては碌な連携も取れない。いや、そもそも彼らにとっては他所者だ。

上層部からの意向で今回の作戦で共同戦線を張ることになったが、正規軍である彼らにとっては厄介なお荷物を背負わされたという感じだ。

「各機、連中に遅れるな、正規軍の力、思い知らせてやれ」

妙な意地が働き、遅れまいと中隊長機のウィンダムの鼓舞に僚機のダガーLが加速し、編隊のなかに組み込まれている異質な機体に眼を向けた。

「トレイスター少尉、遅れるな」

編隊のなかで一番後方を飛ぶダークブラウンの機体。GAT-FA02/E:バスタードのなかでイリアがせせら笑う。

「壊していい? いいよね、いっぱい…いぃぃっぱい……壊してあげる」

口元に薄っすらと嘲笑を浮かべ、視線が病んだように細まる。耳に聞こえる声などどうでもよく、イリアはこの先に待つ快楽と殺戮に夢想し、身体を熱く焦がしながら機体を加速させた。

右翼は回り込みながら敵艦隊側面を攻めるため、機動力のある駆逐艦を中心に編成され、ダガーLも各機がノーマル装備か機動力のエールストライカーがほとんどで構成されている。ダガーLの灰色が宇宙を染めるなか、一点だけありありと見える真紅の機影。

それは、周囲のダガーLのなかで一際異色を放つ。それは、ザフトのZGMF-515:シグーだった。連合のダガー部隊のなかでまるで異端のように混じるシグーには、蝙蝠のエンブレムがマーキングされている。

周囲を飛ぶ友軍たるダガーLがまるで包囲するように固めているなか、シグーのコックピットでパイロットたる男が苦笑混じりに肩を竦めた。

「御苦労なこった…蝙蝠は信用できないかい?」

小馬鹿に囁くのは、ジスト=エルウェスと名乗る大東亜連合のパイロットであった。彼はナチュラルとコーディネイターのハーフとして生まれ、連合に身を置く酔狂な道を選んだ男だった。

前身である地球連合からの名残か、連合内でコーディネイターは疎まれる立場にある。連合に属するコーディネイターの数こそ極少数だが、ほとんどが激戦地送りや、過酷な任務に従事させられる場合がほとんどだ。そしてなにより、前大戦中、コーディネイターのエースであった『煌く凶星J』であったジャン=キャリーが連合を除隊後にレジスタンスに身を投じたことも大きな要因になっていた。

連合に入隊しても彼を取り巻く環境は厳しく、連合のダガーではなく敢えて鹵獲したザフト機を使用させていることからも疎まれているのが解かる。さらには監視のために機体のパーソナルカラーを真紅に染めさせる徹底振りだ。

《エルウェス中尉、フォーメーションはアローだ、健闘を祈るぞ》

何の感慨もない淡白な口調で素っ気無く伝えられた命令にジストは毎度のことかと顔を顰めた。

フォーメーションアローはジストが先陣を切って敵陣に殴り込み、撹乱させ、友軍で敵を殲滅させるものだが、切り込み役はジストのみ。当然、ジストの被弾どころか撃墜される危険性も高いが、文句を言えばその瞬間に処分されるのは解かりきっているからこそ、ジストは従うしかない。

「見てな……俺の実力、そして存在価値を知らしめてやるっ」

だが、ジストは悲観するでもなく、むしろ闘志を掻き立てさせ、楽しげに見据える。それは、どちらにも属さないという雑種という不名誉を誇りにしているからだった。それだけを糧と信念に変えて今日まで生き延びてきた。

敵からも友軍からも付け狙われる孤独なエースがその己が意地と誇りをかけて疾駆する。

左翼が突撃前衛、右翼が側面に回り、中央の全軍の半数を占める旗艦部隊は数百のMS隊で構成し、布陣している。

そして、連合の艦隊と宣戦布告、それらはすぐにザフト側にも伝わり、侵攻に対するべくMSの発進を開始した。

布陣する全艦及びゴンドワナから待機していたMSが全て戦闘ステータスで起動し、発動される防衛命令に従い、部隊が集結する。

ナスカ級のカタパルトから、ローラシア級に降り立っていた機体群も、発進準備が整い次第連合軍を迎え撃とうと次々に飛び立っていた。

無人機であるバルファスもまた敵機をダガーLを含めた連合部隊のMSを設定され、データを行き渡らせる。バルファス隊が前方を固め、中盤をザクを中心とした突撃隊、そして重火器を装備したMS群で固める。

編隊を組んで進むMS群のなか、一体のダークグレーのMSが加速する。ザクウォーリアに施されたカラーリングとブレイズのスラスターを噴かせる機体の肩には、鎖に繋がれた竜のエンブレムが施されている。

コックピットに着くパイロットのバイザー奥で、色黒の肌が覗き、その視線は退屈気に垂れている。

『猛獣』と呼ばれるザフト軍のエースの一人―――ルカス=オドネルは骨を鳴らしながら肩を竦める。

「久しぶりだな、本格的な戦いも」

そこに浮かぶ笑み。それは純粋に戦いのみを欲する戦士のそれ……その異名が示す通り、ルカスは戦うことに強い興味を抱き、そして容赦なく相手を叩き潰す。それが彼にとってのアイデンティティであり、戦場に身を置く理由だ。

それ以外は退屈なものだった。今の世界もなにもかも……能力を発揮できないことほどもどかしいことはない。そしてなにより抑え切れない己自身の戦いへの衝動が駆り立てる。

だが、それも今回で終わり。今は何の気兼ねも無く戦えるのだ…命のやり取りができる、それだけで身体中の血液が沸騰しそうなほどの高揚感を齎してくれる。

やがて、センサーが第一陣の攻撃隊のフェイズ開始を告げる音を響かせ、ルカスは気だるげだった首を立たせ、身構えるように姿勢を低くする。

最大望遠で捉えられた無数の機影。ざっと見ただけでも数十機規模の部隊が確認できるが、その奥からも沸くように向かってくる敵影に無意識に舌で舐める。

「さあ、俺を楽しませてくれ…俺の血を滾らせろっ」

獲物を狙う獣のように猛禽の眼を浮かべ、ルカスは操縦桿を引いた。それに呼応し、ザクウォーリアが加速する。

己が内に渦巻くあくなき渇きを癒すために…戦場という麻薬が齎す快楽に身を委ねるために………





戦闘が開始されようとするなか、軍事ステーションの一基に停泊する一隻の艦があった。全体を赤い装甲で覆った設計思想は高速性を意識させる。プラントに寄港しているマーズシップ:アキダリアの格納庫では、装甲服のような外装型ノーマルスーツに身を包んだアグニスが無重力のなかを跳びながら中央カタパルトに待機する一体のMSに向かっていた。

曲線を描く装甲形状に施されるトリコロールカラーを持ち、背面には特徴的なスタビライザーを有する機体は、G型MSと同じ形状を持っている。

迷うことなくその機体を一瞥したアグニスは床を蹴ってハッチに取り付き、滑り込むようにシートに着く。

パネルを操作しながらAPUを起動させるなか、ハッチに取り付いたナーエが不可解とばかりに尋ねる。

「アグニス、出撃してどうするつもりですか?」

「プラントは俺達に誠意を示した。俺は戦う力を持っている。それなのにただ見ているだけなど……我慢できんっ」

それこそが理由だと言わんばかりに声を荒げる。そんな潔さにナーエは難色を示す。

「しかし、これは連合とプラントの戦いでしょ? 私達が関与すべき問題ではない…そうは思わないのですか?」

自分達はあくまで客人でしかない。立場は弁えているつもりだが、デュランダルに直訴してまで出撃を望むアグニスに対し、批評をぶつける。

なにより、こんな形で自分達の存在を介入させるのは不本意だ。マーシャンは地球圏の問題に深く関わる理由が無い。そして関わらねばならない理由も無い。あくまで論理的にそう考えるナーエが再度静止の言葉を掛けるより早く、準備を終えたアグニスが一喝する。

「下がれ、とにかく出撃する!」

その気迫に押され、ナーエが身を引いた瞬間、ハッチが閉じられる。発進口へと移動するMSを溜め息混じりに肩を竦めながら見送った。

発進ベースへと固定されたMSに装備がセットされる。ビームライフルと両刃を持つ実剣を備え、待ち構えていたように発進口が開放されていく。

アキダリアの艦橋前部のブレード上部が左右に割れるように拡がり、その下から姿を見せるMSがステーションのライトに照らし出され、その姿を映えさせる。

高まる緊張のなか、アグニスは無骨なヘルメットを被り、バイザーを下ろす。開放される空間が拡がり、それが己の進むべき道を示すかのように錯覚する。発進を告げる電磁パネルが点灯し、アグニスは操縦桿を引いた。

「GSF-YAM01:デルタアストレイ! 行くっ!」

カメラアイにライトグリーンが走り、カタパルトが機体を加速させ、圧力の波が身を圧迫させる。だが、歯を食い縛り、それを弾くように身体を前へと向け、サブバーニアの点火とともに機体が安定した加速に乗り、ステーションから飛び立つ。

『Δ』…扉を意味する名を与えられたMSは次なるステージへと飛び立った。



















《次回予告》





宇宙を染める砲火と命の散華。

求めるのは正義か…それとも憎悪か………

それすらも戦場という闇に呑まれるのか……



邂逅する戦士達が互いの矜持をぶつけ、激突する。

再び放たれる破滅の閃光が齎すのは新たなる怒りか。





彷徨える世界とともに己の信念を見失うキラ。

世界へと華々しく謳い上げる歌姫の姿に、何を思うのか……



運命の糸は絡み合い……数多の因子とともに重なり合う………







次回、「PHASE-22 DEEP HEART」



迷える信念…導け、インパルス。


BACK  TOP  NEXT


inserted by FC2 system