オーブ連合首長国の中心であるヤラファス島の繁華街。大勢の市民が行き交い、平和な街並みを謳歌する様は、今現在の世界の状況から切り離されたような桃源郷のように見える。

立ち並ぶ高層ビル群の一面に大きく備わったモニターからは、ユニウスΩ落下による各地の被害等が報道されているが、気に留める者は少ない。

そんな繁華街の裏手の一画にひっそりと構える一件の喫茶店。古びたレンガ調の造りの外観に薄暗い店内なのか、外からでも中の様子が窺えないその店は『砂漠の虎』という看板を掲げていた。

その店内もまた、ひっそりとした様子だった。カウンター席に窓に面したテーブル席を見渡しても人の姿はなく、ただ天井に取り付けられたモニターから流れる報道番組だけが店内にBGMとして流れている。

カウンターには、幾つも並ぶフラスコやランプ類に散乱した豆類。壁にびっしりと埋め込まれたケースには、何百という豆類が収められている。そのなかから選り分けた豆を取り出し、カウンターで悠々自適にブレンドを楽しむやや焼けた肌にアロハシャツを羽織った男がビーカーのなかで気泡を立てるコーヒーを掻き混ぜながら、香りを嗅ぐ。

「う〜ん、いいね…このブレンドも最高だ」

御満悦とばかりにくつろぐ男こそ、この店の主であるアンドリュー=バルトフェルド、かつてザフトの砂漠の虎の異名を取った男である。

そんな余韻に浸るバルトフェルドに向けて正面から鋭い勢いで飛んでくる物体を慌てるでもなく直前で受け止める。

「ハハハ、危ないじゃないかアイシャ」

爽やかな笑顔で呟く先には黒の長髪にメッシュを入れた優美な女性が厳しげな視線で佇んでいる。

「アンディ…いい加減、店の中でブレンドするの止めてくれない?」

「おや、いいじゃないか? 僕のささやかな楽しみなんだから」

しれっと答える様子に肩をワナワナと震わせ、カウンターに歩み寄り、バルトフェルドの前で両手をカウンターに叩きつけた。その拍子に周辺器具が一瞬浮き、思わず頬を引き攣らせる。

「そのせいでお客さんが全然入らないんでしょうっ!」

怒りの剣幕で腕を振り、閑散とする店内を指差す。閑古鳥が鳴きそうなほど、ガランとした店内…喫茶店でありながら、主であるバルトフェルドの趣味のためか、主に扱うのは自作のブレンドコーヒーのみ。しかもどれもクセが強く、また店内で作業するために相当の臭いがこもるのだ。そのために客が寄り付かず、オープンからこっち、開店休業状態だ。

「いやいや、これでも僕のコーヒーは御近所の奥様方に大人気なんだがね」

「それを無料で渡してさえなければね」

こめかみを押さえながら言い捨てるアイシャにさしものバルトフェルドも閉口し、乾いた笑みを浮かべるだけだ。

「まったく、こんな調子じゃお店潰れちゃうわよ」

カウンターに腰掛け、嗜めるもバルトフェルドは飄々と肩を竦める。

「いいじゃないの、別に……僕は好きなだけコーヒーに時間を割けて有意義だがね」

その言葉に思わずカチンと来たのか、アイシャは髪を振って、悪態を衝いた。

「そうね、どうせ貴方の道楽だし…こんなコーヒー臭い店に来るような物好きもいないでしょうし」

それには流石にきたのか、バルトフェルドが顔を引き攣らせて手を止める。

「本当にもう……でも、こんな事してていいのかしら」

溜め息を一つ零すと、アイシャは視線をモニターへと向ける。流れてくる報道は、大東亜連合によるプラントへの進軍ニュースが臨時として延々と流れ続けている。

「仕方ないだろ、今の僕らにはどうしようもないことだ」

憂いを看過し、注いだコーヒーを啜る。アイシャはやや不満気だったが、それが事実であるために肩を落とす。

確かに今はただのしがない一市民でしかない。ここで思い悩んでいてももう既に事が始まっている以上、どうしようもないだろう。

「議会の方は正直荒れているようだが、フラガやクオルド達からの連絡待ちだな、ミネルバのこともある。もう少し様子見をしておくべきかもしれんがね」

「そうね…取り敢えずは、ね」

一応の納得をし、カウンターに腰掛けようとした瞬間、来客を告げるウィンドチャイムが鳴り、記憶に久しいぐらいの来客にアイシャは瞬時に営業スマイルで振り返る。

「いらっしゃいませ、ようこ……」

だが、その笑顔が固まり、声が消える。ドアから差し込む逆光を背に受けながら佇むのは、あまりに予想外の相手だった。

「ほう? これはこれは…珍しいな、君がうちに寄ってくれるなんて」

バルトフェルドも内心の動揺を押し隠しながら、相手に話し掛ける。入口に佇む黒衣を羽織った女性は、口元に微かな笑みを浮かべた。

包帯で右眼を覆いながらも片方の眼には決して変わることのない信念を宿すかのように紅い眼光を発している。

「……久しぶりね、レイナ」

一瞬呆けていたアイシャだったが、やがてその表情が柔らかくなると、レイナはそのまま無造作に店内に進み、テーブル席に腰掛ける。

「コーヒー」

簡潔に注文を述べると、二人は互いに顔を見合わせて苦笑し、バルトフェルドが陽気に応じた。

「ちょうどいい、新作があるんだ…それを御馳走するよ」

楽しげにブレンド調合に入るバルトフェルドは視線でアイシャに目配せする。それを察したアイシャも静かに頷く。

二人の注意はレイナの右眼を覆っている包帯にあった。どの程度の傷か解からないが、少なくとも彼女に何かが起こったのは事実だ。だが、それを詮索はしない…それは彼女の背中が拒んでいるように見えたからだ。

「でもどうしたの…急に」

バルトフェルドが作業に没頭するなか、アイシャは自然に歩み寄り、話し掛ける。彼女が姿を消して以降、今日まで一度も訪れたことがなかった。その彼女が何故ここへ来たのか…その問いに対し、レイナは表情を変えずに言葉を濁した。

「ちょっと…ね」

少なくとも旧交を温めにきたわけではない。だが、その顔に微かな陰りが漂っているのを感じ取ったアイシャは一瞬思考を巡らせるが、やがて悪戯を思いついたように眼元を緩めた。

「ひょっとして…恋の悩み?」

遠回しに事情を問われ、その気遣いに気づきつつ、レイナもそれに応じた。

「……そうね、二度と逢うつもりもなかった。昔の恋人のことでね」

レイナが冗談で返したのがやや意外だったのか、眼を剥くも…アイシャは相槌を打つ。

「おいおい、ならヨリを戻す相談でもしにきたってのか……お待たせ」

カウンターより顔を出し、バルトフェルドがカップをレイナの手元に置く。微かな湯気と苦みが漂うカップを一瞥し、徐に手を取って一口口に含む。

「どうかな?」

興奮した面持ちで感想を待つバルトフェルドに対し、味を試したレイナは微かに不適な笑みを零す。

「調合率があまい、豆の臭みが抜け切れていない…これは、飲む人を選ぶわね」

辛辣な言葉を掛けられ、バルトフェルドは怯む。そんな様子にアイシャは煽るように意地の悪い笑みを浮かべる。

「いいわよ、もっと言ってやって」

思わぬアイシャの裏切りにダブルでダメージを受けたバルトフェルドはたじろぎ、後ずさる。

「君達、容赦ないね」

ぶつぶつと愚痴を零しながらトボトボカウンターに戻る背中に対し、アイシャはどこか清々しさを感じさせる。

「あーすっきりした」

普段の鬱憤を少しばかり晴らせたのか、御機嫌なままレイナをジッと見据える。

「でも、貴方は必要としてるんでしょ……その相手のこと」

詮索はしなかったが、その一言にレイナの顔に苦いものが漂う。

「そうね…もう必要も無いから別れて、それがこうして必要になったからまた頼る……情けないったらないな」

自嘲気味に肩を竦め、視線が俯く。酷くくずんだ瞳…少なくとも、2年前の彼女とは少し何か様子が違うとアイシャも感じ取った。

(哀しみ…いえ、違う。もっと深い……)

その奥に漂うのは悲哀や憎悪といったような単純な言葉で形容できないほど、暗くくずんでいた。それと同時にこれ程までに彼女を追い詰めた何かが気に掛かるも、それを迂闊に詮索するのも躊躇われた。

カップを置き、暫し無言が続き、どうしたものかと思考を巡らせていたが、それを変化させる来客を告げるベルが鳴った。

「あ、いらっしゃいませ」

まったく来客がないこの店にとっては二組も客が訪れるのは珍しい。相手を確認しようと視線を向けると、そこには見慣れぬ女性の姿があった。

漆黒の長髪を靡かせ、白のジャケットに黒のジーンズ姿…だが、そのジャケット奥にはそれで隠せないほどの胸が強調されており、アイシャは思わず自身の胸部を見やり、微かにダメージを受けたが、必死に心のなかで自制し、堪えた。

「お一人様ですか?」

営業スマイルで接客するも、女性は答えず、その視線がテーブル席にて背を向けるレイナを凝視している。その視線に気づき、アイシャもどこか視線を険しくする。

「あの……」

再度声を掛けるより早く、女性は無造作に歩き出し、レイナの座るテーブル席に近づくと、了承も得ずにレイナの手前のシートに腰掛けた。

「マスター、私コーヒー…ブラックでね、ついでになんか腹に入れるもんも頼むわね」

相手の反応を待たず、注文をつける女性にバルトフェルドは肩を竦める。

「畏まりましたよ、ではコーヒーはブラックで、それとなにか作りましょう」

芝居掛かった口調で応じ、視線でアイシャを促すと、幾分警戒した面持ちで奥の厨房へと姿を消した。

それを見送ると、女性はようやく前方に座るレイナに視線を向け、当のレイナも無言で相手を見据える。

「ようやく貴方と逢えたわね…そう睨まないでほしいかな、お姉さん心臓に悪いわ」

飄々と笑顔で話すも、その眼光はどこか据わっており、先程からレイナの動作の全てを観察するように投げかけている。

「入国するにしても堂々としすぎね。貴方のこと、こっちの世界じゃ結構有名よ。黒衣の堕天使…レイナ=クズハ」

その内容にレイナの視線が一瞬、鋭く殺気じみたものが混じる。射抜くような視線に動じた様子もなく、おどける。

「おお、こわ。可愛い顔にそんな眼浮かべちゃ、男にモテないぞ」

指を立て、チッチッチと振る女性にレイナが表情を変えずに呟いた。

「随分と私の周囲を嗅ぎ回っていたみたいだけど……」

視線を微かに逸らし、あさってを見やりながら呟き、やがて視線を真っ直ぐに向け、射抜く。

「私の素性を調べたのは依頼主の事情、それとも…貴方個人の興味かしら……大西洋連邦軍諜報部、コールナンバー:ブレード9、コードネーム、マイ=フェアテレーゼ少佐」

その呼び名に軽薄だったマイの顔が微かに強張るが、やがて口元が不適に歪む。

「へぇ…私も有名になったもんね。でも、もう諜報員はクビになってるからね。今は、生活費稼ぐだけの一介の士官よ」

おどけたように肩を竦め、やがてその視線が彼女の顔に向けられ、値踏みするかのように凝視する。

「貴方の…いえ、貴方達こともこっちの世界じゃ有名よ…もっとも、顔知ってるのは極限られてくるけどね」

TDODというコードネームで呼ばれる非合法処理請負人。その存在は政界や軍部において、少しでも裏事情に触れたことのある者なら噂ぐらいは聞く。

狙われたターゲットはよくて表舞台から引き摺り下ろされ、最悪存在を抹消させられる。その彼女らに対して接触を持つことは不可能だった。だが、使い勝手がいい存在でもあるために黙認されているともいえる。

「ま、貴方への接触は確かに依頼主からの仕事だけど……個人的に興味もあったのよ」

不適な笑みを浮かべ、レイナを凝視し、互いの視線が宙で絡み合い、内心を見透かす。そこへ無言で差し出されるコーヒーとサンドウィッチ。声を掛けずにアイシャが身を引き、距離を空けて二人の様子を観察している。

どれだけそうしていたのか…カップから昇る湯気だけが時間の経過を示すなか、やがてマイがフッと肩を竦めた。

「成る程…中将や依頼主が入れ込むのも解かるな」

無造作にカップに手を伸ばし、コーヒーを口に飲む。

「ん、いい感じ…空港で飲んだのとは比べ物にならないぐらい苦くて響くわ。砂漠の虎さん」

その揶揄するような褒め言葉にバルトフェルドは動じず、飄々と笑みを浮かべる。

「そいつはどうも」

「さて、本題に入ろうかしら」

言葉を切り、マイは視線を今一度レイナに向け、苦く呟く。

「別になにもしない。だから、そう物騒なものをちらつかせるのは止めてもらえるとありがたいんだけどなあ」

乾いた声ながらも視線だけはレイナの手の動きに固定されている。何気なく懐に寄せられた左手の先には、コートの裏に固定されたグリップがあり、即射が可能な状態だった。レイナからの反応はなかったが、一応の釘を差したことでマイはジャケットの奥に手を入れ、無造作に取り出した何かをレイナの眼前に差し出した。

それは、メモリースティックだった。訝しげに見やるレイナに向かい、マイは背を後ろに預け、低い声で呟いた。

「これが私への依頼。レイナ=クズハ、貴方への贈り物だそうよ……バロンと言えば、解かるかしらね?」

発せられた名にレイナの眉が微かに強張る。

「それは、彼が構築した情報ネットワークの詳細とアクセス権が入ってる。言ってしまえば、彼の財産そのものね」

あまりに軽く告げられているが、それがいかに重大なものか、レイナは理解した。マイ自身もどこか不可解といった様子だ。

「何故これを私に?」

「さあ? 私はあくまで依頼を受けただけ……貴方を捜し、これを渡せとね」

マイとてこうした仕事をやっている以上、迂闊な情報を渡すような愚行はしない。真意を聞き及んでいるかどうかは知らないが、どちらにしろこれ以上話すつもりもないのか、サンドウィッチを頬張っている。

「受け取るか拒むかは貴方の判断に任せる。それが伝言よ……堕天使さん」

挑発とも取れる口調で言い捨て、コーヒーを啜り、様子を見やるマイを一瞥し、レイナはテーブルに置かれたメモリースティックを凝視していたが、無意識に右手が顔の包帯をなぞり、その手が伸ばされ、メモリースティックを掴んだ。

それを見計らったようにコーヒーを飲み終えたマイは腰を浮かし、席を立った。

「私の仕事はここまで。ま、貴方に逢えたのもいいおまけだったけど」

それまでの探るような視線からどこか柔らかなものに変わり、レイナを一瞥すると懐から取り出した紙幣をテーブルに置き、身を翻す。

「もう一つ……貴方、今なにか大きな流れに囚われている」

レイナは微かに息を呑み、マイを警戒するように見やり、それが事実だと理解できた。視線が不意に天井に吊られたモニターに向けられる。

先程からBGM代わりに流れていたニュース速報の一つが耳に飛び込んでくる。

《今朝未明、イザナミ海岸にて身元不明の遺体が発見されました。遺体には鋭利な刃物で斬りつけられたような傷跡があり、警察は殺人事件として捜査を……》

流れてくるのは極ありふれたような事件…だが、マイは内心苦いものを浮かべる。昨日、レイナの身辺を追わせていたエージェントが突如消息を絶った。レイナの口振りからも監視には気づいていたようだが、レイナ自身がそれに関わった様子を見ないところから見ても、別の何かによる彼女に関わるなという警告だろう。

だからこそだ…直接彼女と対峙してみたいと思ったのは……そして、自分の依頼主や上司が興味を抱くのも解かった。

(あの眼……私も魅入られたかな)

苦笑し、肩を竦める。

「じゃ…縁があったらまた逢いましょう。その時は、ゆっくりお茶でも飲みたいしね」

軽く手を振り、背を向けたままマイは店を後にしていった。

ドアの開閉音と鳴り響くベルの音が暫し木霊していたが、それもやがて消え、空気がなんともいえないものに包まれる。

「なんだったのかしらね、あの人」

少なくともあの身の動き方から見れば、相応の実力者だということは察せられた。レイナとの会話からも、かなり裏世界に通じている。

「そうだね…なんとも危険な香りを纏った女性だったな。しかし、アレはけしからんな……90、いや95はあるな」

相槌を打ったバルトフェルドが漏らした一言にアイシャの眉が吊りあがる。そんな様子に気づかず、うんうんと頷く。

「本当にけしからん胸だった」

マイの胸部は軽く見積もってもその形容がピッタリなほどの大きさだった。動くたびに揺れて自己主張していたのだから、当然だろう。

「ア〜ン〜ディ〜」

地を這うような呪詛にハッと気づいたが、既に遅し…さしもの虎も眼前に立ちはだかる鬼には気圧されたようだ。

「ア、アイシャ、落ち着き……」

言葉を言い終えるより早く、視界に飛び込んできたストレートに顔面を殴打され、呻き声を上げて崩れ落ちた。

その様を蔑むように見下ろし、アイシャは髪を掻き上げながら悪態を衝いた。

そんな様子を傍観しながらレイナは小さく嘆息し、やがて右手に握るメモリースティックに向ける。

(私の進む先を予見してかしらね……マティアス、貴方は私でいいの?)

これを渡した相手のことを思い、レイナはマティアスの覚悟の程を悟り、そしてなにより自分にこれを託した意志を思うと、やや逡巡する。

不意に、包帯の上から右眼をなぞり、レイナは窓から空を見上げる。灰色の雲が晴れ、幾日振りかの陽の光が差し込んでいた。

それが眩しく見え、レイナは視線を覆った。







機動戦士ガンダムSEED ETERNALSPIRITSS

PHASE-22  DEEP HEART





連合側の宣戦布告とともに戦端が切られ、連合、ザフトともに機動兵器を射出し、互いに最大加速で接近する。

ザフト側はゴンドワナを旗艦に先頭船団から何百というMSがハッチから次々と飛び立ち、迫りくる連合艦隊に向かう。

《第一戦闘群、間もなく戦闘圏に突入します。全機、オール・ウエポンズフリー》

先陣を切るMS隊に管制官の声が響く。それと同時に構成部隊の半数近くのMSが携帯火器のロックを解除する。

ジンやシグーの抱える重攻撃用のミサイルが解放され、推進部に粒子の尾を引きながら真っ直ぐに進み、ゲイツRがビームライフルを一斉射した。それと同じくして連合側の先頭部隊のダガーLからもビームの嵐が迸った。

互いに撃ち合う砲弾とビームの軌跡が真っ直ぐに両軍の激突する中央に向かっていく。その様を各部隊や艦艇、そして管制所から固唾を呑んで見守るなか、それは遂に激突した。

ビームが相殺、また砲弾を互いに潰し合いながらもほぼ擦れ違った両軍の砲撃はそのまま先頭部隊へ襲い掛かる。

両軍の間の漆黒の虚空に閃光の華が咲き誇り、それと同時に抜けたビームにジンやシグーがボディを貫かれ、砲弾がダガーLに着弾し、爆発に包まれる。だが、その様はありありと視認できようとも、その際に起こる爆音もパイロットの断末魔の悲鳴すらも真空の宇宙は呑み込む。ただ解かるのは…その後に四散する骸とシグナル消失のみ。

緒戦の撃ち合いで生死を決するのは技量や経験ではなく、ほぼ運のみ。だが、それ故に緒戦の烽火は意味がある。



――――――無数の光輝が幾つも照り輝くなか、開戦の火蓋は切って落とされた。



両軍のMS隊が対峙し合い、混戦に入る。群隊で砲火を浴びせかけるダガーL。真空で拡散しないビーム兵器を標準装備したダガーLの火線に晒され、ジンやシグーはボディを貫かれ、機体を吹き飛ばされ、撃ち落とされていく。

重斬刀を抜いて迫るも、ダガーLはシールドで防ぎ、ビームサーベルで一閃する。その熱量に実刃である鋼材は何の妨げにもならず、無残に刀身ごとボディを斬り裂かれる。葬った閃光が機体を照りつけるなか、ダガーLは別方向からのビームに貫かれ、瞬く間に宇宙に四散する。

同じくビームライフルを標準装備したゲイツR部隊が戦場に舞い降り、ビームを浴びせかける。ダガーLがボディを次々と蜂の巣にされ、散っていく。

レールガンをばら撒くゲイツRに向けてバズーカを放ち、砲弾が吸い込まれ、寸前で爆発し、機体を焦がす。

連合軍のMS隊は総数ではザフトを上回っていた。ザフト側が一機墜とすも、その後には3倍近い数で攻められる。そのために、ジンやシグーといった第一世代機は性能面で遅れを取り、一部を除いて後退せざるを得なかった。代わって前線に突入するのは主力機とはなり得なかったものの、その高い性能からマイナーチェンジを繰り返してきたゲイツRとバルファスの混成軍だ。

前大戦時において人員の枯渇から採用された無人型のAI制御による機動兵器。だが、それは統括するAIのハッキングによる大量奪取という汚点を露呈させた。機械故に制御を乗っ取られれば容易に敵に回りうる。無論、大戦終結後にそれらを危険視され、MMシリーズは開発凍結処分に処せられようとしたが、限られた人員というプラントの問題点から、凍結は撤回させられ、システム面の更なる強化が図られた。

ハッキングによる対策は無論のこと、AIが制御不能に陥った時には遠隔操作で自爆させるという保険も搭載された。だが、それらのシステムの複雑化によるOSは柔軟な対応が難しくなり、初期設定のみでしか敵機入力ができないという欠点を齎した。無論、それらの欠点対策は進められているが、現状では初期索敵で確認できた敵機しか目標と認識できないが、代わりに友軍機への援護行動は過剰なまでに高められた。

それを発揮するように無機質なカメラアイで捉えたダガーLに向かい、バルファスは鋭く襲い掛かる。ビームで応射されるも、その機体ポテンシャルを十二分に発揮し、パイロットの制約を受けない機械人形は悠々と回避し、無感動に相手を砲撃する。

高熱量にボディを灼かれ、ポッカリと胸部を消失させたダガーLが数機、爆発に消える。その攻撃力に慄き、他の友軍機が必死に応戦するも、それは虚空を切り、鋭い機動で翻弄し、追い詰められるパイロットの眼前に飛び込み、そのカメラアイが鈍く光り、射抜くような恐怖を感じた瞬間、パイロットはその認識もろとも身体を蒸発させられた。

爆発に消えるダガーLを一瞥するでもなく、次なる獲物を求めるバルファスには無機質な冷たさのみしかない。

前衛が瞬く間に駆逐され、浮き足立つ連合軍に向けてゲイツRや後退していたジン、シグーが襲い掛かる。降り注ぐ銃弾やビームが機体を次々と撃ち抜き、駆逐される。連合側も一矢報いようとゲイツRに向かってビームサーベルを振るうも、前面に素早く回り込んだバルファスのエネルギーシールドに阻まれる。

何の躊躇いもなく友軍の盾となる。敵に回せば厄介だが、味方ならば心強く、そしてまた良心を傷めない兵器だった。バルファスを盾に回り込んだゲイツRがビームサーベルでウィンダムを一閃し、真っ二つにされたボディは炎に消えた。

前線は一進一退が繰り広げられ、やがて突入してきた艦艇による艦砲射撃の様相を呈した。応酬される艦砲のなか、駆逐艦が貫かれ、ローラシア級の船体をミサイルが粉々にし、護衛艦が甲板を蒸発させられ、ナスカ級が炎に四散する。


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