核攻撃隊の所在が知らされ、各戦線で混乱が起きるなか、ラストバタリオンを相手に苦戦を強いられていたジュール隊の許にもその報は届けられた。

突撃銃でヴェールクトを威嚇し、ストライクEと斬り結ぶイザークは送られてきた電文に我が眼を疑った。

「核攻撃隊!? 極軌道からだと!?」

まったくの想定していなかった死角からの奇襲。そしてなにより、思わず眼前に立ち塞がる敵機と周囲を埋め尽くす連合軍に戸惑う。

「それじゃ、これは全部…囮? 陽動!?」

リーラも思わず驚愕に呻く。これ程の規模の艦隊が全て囮など…いや、だからこそ正面に部隊を展開せざるをえない状態に不自然さを抱かせなかったのだ。ザフトの戦略思考の低さが今になって露呈する。

「くそっ急がねえとっ」

「だけどこいつらっ!」

ディアッカとラスティも焦りを抱くも、眼前に立ち塞がるラストバタリオンとMS隊が離脱させまいと阻む。狙い撃つも、ヴェールクトは悠々とこちらの攻撃をかわす。

「回避パターンだけの強化で助かったけど…これじゃ!」

戦闘から確認できたが、ヴェールクトにストライクと同じ回避機動パターンが実装されているのはまず間違いない。だが、攻撃に転じる時の動きはその錯覚が無い。何度か試してみたが、それは確認できた。回避という一部のデータのみの機動であるから、こちらも撃墜こそされていないが、攻撃が当たらないのであれば、結局ジリ貧だ。

おまけにそこへこの奇襲部隊の情報…それが焦りを呼び、こちらの動きが精彩を欠く。ヴェールクトを牽制するなか、アグニスは思考を巡らせていた。

ナーエからの通信により、別働隊がプラント本土目掛けて進軍していると聞き、アグニス自身も焦燥にかられていた。だが、この眼前の部隊の敵機は一筋縄ではいかない。それが、アグニスを一つの帰結へ導く。

一瞬眼を閉じ、逡巡するも…やがて、開かれた瞳は決意に満ちていた。

「ザフト兵、聞こえるか?」

「何だ、マーシャン!?」

ストライクEと刃を交え合うイザークは余裕も無さ気に怒鳴り返す。だが、アグニスは気にも留めず言葉を続ける。

「今からデルタで敵の陣形を崩す…お前達はその隙に戻れっ」

「崩すって…どうやって!?」

通信を聞いていたリーラも眉を寄せる。ヴェールクトを含めた機体の機動力は高く、並みの攻撃は回避されてしまう。おまけに突破しようにもあちらは強引に阻んでくる。おまけに周辺に展開していた他部隊のMSも合流し始め、徐々にだが包囲されている。このままでは最悪各個撃破の恐れもある。

ヴェールクトが牽制し、友軍のウィンダムがビームライフルを浴びせかけ、リーラはシールドで防ぎ、オルトロスを振り放ち、ウィンダムを破壊する。

「チャンスは一度だ、いいな!」

だが、相手の懸念も無視し、通信を切る。そのためにイザークやリーラは方法も解からずに困惑するが、アグニスは機体をヴェールクトを含めた敵機が密集している空間へと加速させた。

「つあ―――――――っ!」

咆哮を上げながら加速するデルタアストレイに向かい、一斉に攻撃を仕掛けてくる。その瞬間を待っていたようにアグニスはパネルを叩き、デルタアストレイのシステムを起動させる。

「デルタ核エンジン起動! リミッター解除!」

刹那、コックピットのシートを覆うように強化外殻がアグニスの身体を覆い、デルタアストレイのツインアイが輝き、背部のスラスターが唸りを上げる。

放出される粒子が形を形成し、それは光の翼を模す。次の瞬間、デルタストレイは眼にも止まらぬスピードで宇宙を駆けた。

身体を圧迫する超Gにアグニスが顔を顰める。超加速に突入したデルタストレイは爆発的な推進力を得て、一気に敵機に襲い掛かる。その動きは人の眼は愚か、機械の反応も対処できない程の神速であり、また残像のように駆け抜ける様はパイロット達に恐怖を抱かせるも、次の瞬間…パイロットの意識は光に刈り取られた。

ヴェールクトのボディが両断され、爆発に包まれる。その爆発を背に光の軌跡を描きながら飛ぶデルタアストレイは次々と周囲に展開していた連合軍を駆逐していく。撃たれる熱がダガーLのボディを灼き、振るわれる刃がウィンダムを斬り裂く。連合のパイロット達はほとんど何が起こったか知覚することも叶わないまま葬られ、宇宙に光輝が咲き乱れる。

まるで、夢現のような光景に、思わずイザーク達は呆然となってしまった。それ程現実味がない光景だった。突如敵の密集空域へと突貫したデルタアストレイに驚愕する間もなく、視界に飛び込んできたのは光に包まれたデルタアストレイが宇宙を飛んだ後に爆散していく連合機のみだった。

「何だ、アレは…?」

あのMSが知覚できない程の超スピードで移動しているのは解かったが、それが何にあるか解からず、戸惑う。

「イザーク、今ので包囲網に穴が空いた!」

同じように茫然となっていたリーラの声にハッと我に返る。デルタアストレイの攻撃により、周辺の敵機が撃墜され、包囲網に穴が空いた。あのヴェールクトも数機が被弾し、今がチャンスと悟ると同時にイザーク達は機体を加速させた。身を翻し、イザーク達は必死に宇宙を駆け、プラントへと急いだ。

それを阻もうと割り込むダガーLやウィンダムを擦れ違い様に切り裂き、背中での光芒を受けながら、イザーク達はタイムロスに歯噛みした。







奇襲艦隊から出撃したクルセイダーズのウィンダム部隊はもはやプラント群の眼と鼻の先に迫っていた。その光景を眺めながら、ネタニヤフ艦橋で艦長の男が不適な笑みを浮かべた。

「もうじきだ、諸君」

その言葉はなによりも強く響き、艦隊の誰もが作戦の成功を確信していた。

「今度こそ終わらせよう、全てを……青き清浄なる未来のために」

その響きはなによりも勝る神託のごとく、歪んだ信仰心を助長させ、誰もがそれに心酔する。クルセイダーズは既に射程圏内に入った。もはや前線の部隊や防衛隊が気づいたとしても間に合うはずもない。数十発の核ミサイル全てを墜とす手段などもはや無いのだから。

そして、自分達の放った神の鉄槌によって、宇宙のバケモノどもは死に絶える。そこには哀れみも戸惑いもなく…ただ栄光のみを享受していた。だが、それに浸っていた艦長にオペレーターが脇から水を差した。

「レッド22ベータにナスカ級3! ですが、一隻は見慣れぬ装備をつけています!」

その報告に気分を害された艦長は顰めた面持ちで望遠で捉えた光学映像が映し出されたモニターを見やった。プラント群から離れた位置に布陣する3隻のナスカ級。恐らく、クルセイダーズに気づいて迎撃のために出撃したのだろうが、たった3隻であの大軍、そして核ミサイルを迎撃することなど不可能だろうと嘲笑する。

そして、クルセイダーズから鉄槌となる核ミサイルがパージされ、一気に発射される。何十発という核ミサイルが軌跡を描きながらナスカ級を葬ろうと迫る。その時、布陣する3隻の中央で艦首前方で細長い羽を連ねた長い突起物を装備している艦に動きがあった。ヘリのローターのように幾重にも重ねられた羽が微かに振動し始めた。

次の瞬間、そのアンテナのような突起物から何かが迸った。そして、核ミサイルが虚空で次々にその身を揺らし、光輝に包まれていく。幾つも咲き乱れる淡い閃光…だが、それに留まらず、突然の光景に唖然となるクルセイダーズのパイロット達だったが、その意識は自らが振るうはずだった炎によって呑み込まれた。

攻撃隊の第2陣が保持していた核が突如爆発し、それを背負っていたウィンダムは光に呑まれて消滅し、放った第1陣にも及び、クルセイダーズのウィンダム隊は全機炎のなかへと滅えた。

その光景を捉えたネタニヤフではオペレーター達が驚愕する。

「だ、第1攻撃隊消滅!」

撃墜ではなく消滅…それは、跡形も無く消え去ったということ。それを成したのはあの見慣れぬ装備をつけたナスカ級。その装備の用途を推し量る間もなく、その見えない衝撃波が艦隊にも襲い掛かった。

眼前に展開している友軍艦が次々と炎に包まれ、自壊していく。後方に位置していたネタニヤフの艦橋でその光景を一瞬捉えた艦長は表情を蒼褪めた。2年前の第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦においてプラント側が使用した大量破壊兵器:ジェネシス。それによって灼かれ、一瞬の内に消滅した艦隊。

その光景が脳裏に浮かんだ瞬間、ネタニヤフもまた炎に包まれ、艦長の意識は光に呑まれた。それが、自らの核の炎だとは気づくこともなく………



イザーク達がようやくプラントに接近しつつあった敵部隊を視界に捉えた瞬間、核ミサイルがウィンダムから解き放たれた。

「くそぉぉぉっ! 間に合わん!」

呻きながらも、イザークやリーラ達は必死に核ミサイルに向かって攻撃するも間合いが遠すぎる。放たれた攻撃はあさっての方角へ掠め、それを潜り抜けたミサイル群は突き進む。その先には故国である巨大な砂時計のコロニー群。絶対零度さえ遮断する外壁も、核という熱量を受けては一溜まりもない。

多くの同胞が…コーディネイターが死ぬ……あのユニウスセブンと同じ悲劇が繰り返されようとする現実にイザークは悲痛な叫びを漏らし、リーラはやがて飛び込んでくるであろう光景に耐えられず眼を閉じて逸らす。

もはや彼らに打つ手はない…かつて、アレと同じ攻撃を防いだ者達は今はいないのだ。その時、プラント側から白い閃光が迸った。

次の瞬間、光の照射と同時に核ミサイルがプラント外壁に届く寸前で閃光を発し、自壊していく。それだけに留まらず、控えていたウィンダムのランチャーに装填されていた核までもが何かに影響され、砕け散り、ウィンダムを瞬く間に光に呑み込んでいく。その光景はやがて後方の奇襲艦隊にまで飛び火し、同じ末路を辿る。

膨れ上がる白光の輝きが幾つも咲き誇り、宇宙の闇のなかで煌く。それは、幾重にも重なり、まるで超新星の爆発のような光景に見えた。

その様は、戦場から全て見渡せ、両軍とも戦いを忘れて一瞬見惚れてしまう。静寂に包まれていた戦場はその光輝によって照り映え、眼前でそれを見届けるイザーク達もプラントが無事だという喜びを認識するよりも、現状を理解できずに茫然となるばかりであった。

「イ、イザーク…アレって………」

掠れたようなリーラの声も酷く遠くに聞こえる。眼も眩む白い閃光はほんの一瞬の夢のように消え…後には何も残っていなかった。

プラントの健在…奇襲艦隊の消滅……それは、核攻撃の失敗を意味していた。それと同時に沈黙していた戦場に再び砲火を灯す。

士気を逆転させられ、連合側は浮き足立ち、ザフトは眼前で再び繰り広げられた暴挙に反撃する。攻勢に転じたザフト側の猛攻に連合側のMS隊は押され、撃墜されていく。

損耗の拡大と作戦の失敗を嫌でも確信した連合艦隊は奇襲艦隊を消滅させた手段にかつてのジェネシスを畏怖し、大慌てで撤退を指示した。打ち上げられる信号弾に反応するでもなく各個に敗走し、離脱していく部隊。

「くそっ、何なんだ、アレは!?」

核攻撃を事前に作戦として聞き及んでいたアレットは激しく毒づく。勝利を確信したのも束の間、一気に逆転された。

「隊長、敵が反撃に…がぁぁっ」

後退していた友軍機が撃墜され、その光がモニターから差し込む。攻勢に転じたザフトと士気の急落した現状では不利と悟るまでもなかった。

「全機、撤退しろっ」

血を吐くような思いで下した命令に従い、指揮下のMSが防御に徹しながら後退していく。その様に激しい屈辱感を憶えずにはいられない。

「ぐっ、コーディネイター……っ」

憎悪を滾らせていたアレットの耳にアラートが響き、ハッと顔を上げ、上方から切り掛かるザクファントムに気づいた。

振り下ろされるトマホークによって反応が遅れ、ショットライフルの砲身を切り落とされ、捨てると同時にパルスレーザーで牽制する。距離を空けながら、ハイネは軽く舌打ちする。

「ったく…やってくれたねえ」

軽口ながらも、その表情は硬い。核攻撃が本命と知り、さしものハイネも肝を冷やした。それがどうにか防がれ、内心安堵すると同時に相手に対して怒りを憶えた。

「流石にあそこまでやられちゃ、タダで返すわけにはいかないなぁ、連合の新型さんよ!」

ビーム突撃銃を放ち、センチュリオンを狙い撃つ。相手もバーニアを噴かして攻撃を回避し、リニアライフルで応戦してくる。

互いに撃ち合いながらハイネは相手への怒りよりも純粋な落胆に苛まれていた。

「これ程のパイロットが連合に居たとはな…できれば、もっと思う存分やり合いたいが」

ハイネ自身、自他ともに腕に自信を持っていた。その彼が単機でここまで戦える相手はそうはいない。それが残念で仕方がなかった。あのような攻撃さえ無ければ、何のしがらみもなく戦えただろうに。

そう考え込んでいたため、一瞬気が逸れた。センチュリオンが一気に肉縛し、ビームサーベルを抜いた。内心、舌打ちした瞬間…振り払った刃が銃身を切り離し、爆発させる。その一瞬の怯みを逃さず、センチュリオンは蹴りをザクファントムに叩き入れ、衝撃に呻くハイネを尻目にその反動を利用し、センチュリオンは離脱していった。

スラスターを最大出力で噴射し、虚空へと去っていくその機影を衝撃に打った頭を振りながら見送ると、ハイネは大きく肩を竦めた。

「また逢おうぜ…今度は、お互い何のしがらみもなくやり合いたいな」

それは何の確証もないこと。相手の名すら知らず…恐らくこれからのことを思えば、戦場で合間見える機会はないかもしれない。

「俺は…ハイネ=ヴェステンフルスだ」

だが、ハイネは敬意を示すように己の名を聞こえるはずもない相手に向かって呟いた。

「ハイネ、無事?」

暫し漂っていたハイネのもとにセラフからの通信が届き、見やると…被弾したセラフのザクウォーリアが近づいてきた。

「ああ、お前も…派手にやられたな」

からかうように相手の無事を喜ぶハイネにセラフも安堵したのか、肩を落とす。

「ええ、なんとかね」

欠けた左腕をさすりながら自嘲する。交戦していたバスタードが撤退する時に放った一撃を喰らい、動きを止めてしまった。その隙を衝かれて相手はまんまと逃げおせてしまい、セラフ自身も軽い自己批判に耽る。

「プラントは無事でよかったけど…アレ、何だったのかな?」

核攻撃を防いだあの光…事前に何も知らされていなかったために戸惑うも、現実問題としてアレが無ければプラントはまず間違いなく駆逐されていたと思うと複雑だ。

「さあな、取り敢えずなんとか凌いだんだ…戻るぜ」

深い詮索はするなと安易に告げられ、納得はできかねたが…渋々と頷き、二人は帰還の途についた。

戦線の至る場所で戦闘が終結し、連合側の敗走で決着が着くなか、ザフト側も追撃を控え、警戒のまま後退する…だが、ルカスは一人孤立した状態で連合機に包囲されていた。

遊撃隊として派遣されたために構成軍の少なさ故か、部隊の半数が撃墜、もしくは被弾で後退した。

「引き際を誤ったか…私としたことが」

苦笑するルカスには悲壮はない。鹵獲シグーとの戦闘に没頭するあまり、敵の包囲網に気づくのが遅れたのだ。今現在、近くに友軍はいなく、連合側も後退に入っている。

「さて、どうしたものか」

強引に突破することは可能だが、ルカスにその方法を取ることを躊躇させていた。

「あんなものを用意しているとは…所詮、政治家には外交でしかないわけか」

声に混じる落胆。元々、ルカスは今の状況に不満を抱いていた。穏健派によって指導され、軍部は発言権を低下させている。戦うことを性質とするルカスは戻ったところでまた政治家にいいように戦わされることを嫌った。

もっと自由に…命のやり取りがしたい―――ルカスの望むのはそれだけ。不意に、ルカスは眼前で包囲している連合軍の鹵獲シグーを見やる。

「それも、一つの道か……チップは私の命、悪くない賭けだ」

ニヤリと愉しげに笑い、ルカスはレーザー通信で眼前の機体に電文を送った。内容を受信したシグーのパイロットであるジストは困惑する。

「投降する、だと……?」

不可解といった様子で見やっていたが、やがてザクウォーリアが武装を解除し、両手を挙げる。発光信号で再度投降の旨を伝える。相手は本気のようだ。だが、それがなおジストを困惑させた。

プライド意識の強いコーディネイターがナチュラル側に降るなど、予想もできなかったからだ。無論、連合側でも捕虜の扱いは取り決められているが、それは世論に対する建前でしかない。いや、コーディネイターだけが適用されないのであろうが、ジストはやや逡巡するも、やがて決断する。

「やれやれ…あとでまた睨まれるな」

苦笑し、肩を竦める。だが、自分をあそこまで興奮させたパイロットの顔を拝んでおきたいと思ったのもまた事実だ。投降を受理したことを伝える発光を返し、シグーが近づくと、ザクウォーリアから通信が響いた。

《適切で寛大な判断に感謝する》

皮肉だろうか、相手も受理されるとは考えていなかったのかもしれない。それが逆に笑いを誘い、ジストにますます興味を抱かせた。

《その判断力と胆力、それがお前の強さか》

揶揄とも称賛とも取れる言葉を呟きながら、シグーはザクウォーリアを抱え、ゆっくりと戦線を後退していく。

猛獣:ルカス=オドネルのMIAが軍部内に報じられるのは後のことであった。

前線で主力部隊と交戦していたザフト軍が後退するなか、連合側も敗走を余儀なくされていた。

ガーティ・ルー艦橋で戦況を見守っていたロイやエヴァも打ち上げられた信号弾に肩を竦めた。

「失敗……ね」

どこか侮蔑するように鼻を鳴らす。核を持って意気揚々と仕掛けたはいいが、結果は見事にしてやられた。

「しっぺ返しは痛いわね。早いとこ撤退しないとアレを喰らったらお終いね」

核を一瞬の内に撃墜させたあの妙な白色光。アレを見て大多数の者が前大戦時のジェネシスを連想しただろう。あの時加わっていた者も現在の連合やユニオンには少なからずいる。だからこそだろうか、艦隊司令部の身を返し方は…もっとも、エヴァにしてみれば冷めたものだった。もしアレがこちらに向けられれば、逃げても無駄だろうに……死ぬのが早いか遅いかの違いだけだ。

そんなエヴァに対し、ロイは特に反応も示さず、顎を擦りながら何かを考え込んでいたが、やがて静かに指示を出した。

「全機に帰還命令を出せ、回頭90度、撤退する」

慌てるでもなく、冷静に下すロイに戦々恐々していたクルー達も怪訝そうになる。あの様を目の当たりにしたにしては驚くほどの冷静さだ。いつ撃たれるか恐れるクルーを宥めるようにロイは口元を緩める。

「心配しなくてもいい、アレはこちらに撃たれてもさして意味はないさ」

至極あっさりと告げられた内容にクルー達はますます困惑し、エヴァは意図を掴めずに問い返す。

「どういうこと?」

「アレが放たれた時、ミサイルは外部からではなく内部…自壊した。MSにしても爆発したのはミサイルを運搬していた部隊だけだった。となれば、アレは核…もしくはそれに通じる物質にしか効果が無い可能性が高い」

見る限り、爆発したのは核とそれを保持していたMSや艦艇のみに限られていた。あとはそれの余波で巻き込まれただけだ。アレがジェネシスに準じるものなら、全ての物質に作用し、灼き尽くすことだろう。

「敵の新兵器の存在、そしてデータ収集…収穫はあったと見ていいだろう」

よくよく見れば、観測手があの光の映像解析を行っている。転んでもタダでは起きない…いや、この場合は捨て駒にしたと考えるべきか。

ならば、この戦闘自体が茶番だ。いや、それをそう感じる者が果たしてどれだけいることか…上官の憶測にエヴァは黙り込み、逡巡するも、やがて顔を上げて命令を復唱した。

「撤退する、MS隊呼び戻せ!」

ロイの判断を支持したエヴァに従い、クルー達は矢継ぎのごとく作業を実行し、やがて展開していたラストバタリオンの所属MSが帰投してくる。

ヴェールクトを多少喪ったようだが、それでも主力たるMSは帰還し、安堵する。やがて、ガーティ・ルーは船体を回転させ、他の連合艦に続くように後退していく。

「しかし、前に出ていなかったからよかったものの……」

迂闊に切り込んでいれば、まず間違いなく孤立し、ザフトの主力軍に叩かれていただろう。そう考えるとあくまで前線での敵機撹乱と維持を指示したロイの判断に助けられたという形だが、腑に落ちないこともある。

「あんた、こうなるって解かってたの?」

思わず声が低くなる。クルーに聞かれれば余計な混乱を招くために小声だが、それでもロイの耳に響く。

「私は神ではないよ。だが、予感はあった…と言っておこうか」

はぐらかされたと感じるも、それだけで曖昧ながら答を得たエヴァはそれ以上追及せず、制帽を被り直し、視線を逸らした。

セカンドシリーズやストライクEが離脱し、ジュール隊の血路を拓いたデルタアストレイはその翼を消し、浮遊していた。

アグニスは息を乱す。この機体に搭載されたヴォワチュール・リュミエールは、惑星間航行用に開発されたもの緊急推進装置として改修したものを火星に齎したジャンク屋が搭載した。

瞬間的に得る爆発的な加速はMSの推進を上昇させ、通常ではあり得ない機動力を齎すが、それ故に機体内部に掛かる圧力は想像を絶し、それを中和させるための特殊なGスーツが必要な点と長時間運用は機体面でもパイロット面でも危険なため、不可能という点だ。

故に、使用後は極端に体力と集中力の低下を招き、無防備に近い形になる。アグニス自身もこれを使うつもりはなかったが、プラントを護るために敢行した。そのかいあってか、敵軍を圧倒し、包囲網を崩した。

それに乗じて彼らを行かせたが…次の瞬間に飛び込んできた光景に眼を見開いたのだ。

宇宙に煌く白銀の光輝。まるで忌まわしいもののように咲くその閃光が、アグニスの神経を刺激する。

「これが戦争……そして、地球人………」

初めて味わう戦場、そして使用される大量破壊兵器と争い合う連合とザフト、ナチュラルとコーディネイター……それらがぐるぐると内を駆け巡り、アグニスはこの先に待つものに微かな不安を掻き立てられた。

連合軍は全軍月へと向けて後退し、一応の形ではザフトの勝利とも言えなくはなかったが、受けた損耗とこれからの対処が重く圧し掛かる。







モニターから差し込む白色光に執務室にいた面々が眼を覆い、そして次の瞬間にはポッカリと空いた宇宙が飛び込んできた。その光景に、事前にその威力の程を理解していた者達も思わず茫然となる。だが、誰もがモニターに釘づけになるなかで、独り…デュランダルのみが微かに口元を緩め、相応しくない微笑みを端然と浮かべた。

「核ミサイルは全て撃破、敵軍は完全に消滅しました!」

静まり返っていた室内に、前線からの報告を受けていた秘書官の声が響き、議員達は誰もがホッと安堵の息を漏らし、肩を落とした。血のバレンタインの悲劇の再来を未然に回避したのだ、無理もなかった。

「スタンピーダーは量子フレネルを蒸発させ、ブレーカーが作動。現在、システムは機能を停止しています」

別のモニターには、先の核攻撃を防いだ切り札たるNスタンピーダーを装着したナスカ級が映し出され、艦首部分が砕け散っていた。核分裂を行う中性子を暴走させ、外部から任意的に核を起爆させるシステム、それがNスタンピーダーと呼ばれる兵器だった。

「まったく……堪らんな」

未然に回避されたとはいえ、またもや核が用いられた事実に憤り、一人の議員が忌々しげに吐き捨てる。

「スタンピーダーが間に合ってくれて、よかったですわ」

「だが、虎の子の一発だ。次はこうは……」

まだ試作段階である兵器を投入したのだ。射程距離は短く、相手をかなり引き込まなければ効果は望めず、また無重力下でしか使用できない。おまけに耐性に問題があり、連射はきかない。今は確認する限り、第2波の恐れはないが、続けて核を撃たれれば、もはや対抗できない。その点で言えば、まだまだ安定性と運用面で難があるだろう。

だが、これで連合側に少なからず危機感を抱かせることはできたはずだ。迂闊に核を持って近づけば、逆に自分達が灼かれる。勇み足も迂闊な真似も控えるだろう…当然、この兵器に対して何らかの対策は講じてくるだろうが、それでも一応の抑止力たるはなりうる。

取り敢えずの脅威を払拭したことで、気を緩めるなか、デュランダルは厳かに言い放った。

「これで終わってくれるといいんですがね……取り敢えずは」

一瞬思考を巡らせ、顔を上げた彼の瞳にはなにかしらの思索が見え隠れしていた。一応の警戒と伏兵への対処等を指示し、再び慌しくなる室内を見渡し、一人思考の渦に耽る。

(市民の混乱が起こるな…嘆かわしいことだ)

暗然たる思いで嘆息する。

今回の戦闘の程はプラント内部でも中継されていた。恐らく、核の使用で市民は動揺し、混乱が起きる。

(さて、そろそろ出番となるか……白の女王)

脳裏に浮かべた人物を思い、デュランダルは手元の通信機に手を伸ばした。この事態を沈静させるため、自らにとって賭けになる駒を盤面に登場させる決断を下した。





評議会の議場が慌しくなるなか、外れた場所にある待合室ではキラが一人、落ち着かない面持ちで座していた。議場に到着し、デュランダルとの面会とラクスの所在確認を係員に伝えてから既に数時間が経過していた。

港が閉鎖され、市内には戒厳令が布かれた。この瞬間にも、外ではザフトと連合による激しい戦闘が行われていると考えると、気が気ではない。

(ラクス……)

開戦…と、その言葉が重く圧し掛かる。この事態を回避するためにこれまで尽力していた彼女の努力が全て水の泡になったように錯覚し、また彼女の所在が不明という状況がより不安を掻き立てる。

いったいラクスは何をしているのか…次々と浮かぶ不安要素を首を振って打ち消し、キラは顔でも洗おうと席を立つ。このままここで一人イライラしていても仕方がない。少し頭を冷やして冷静にならなければならない。

外に出れば、少しは戦闘の様子も解かるかもしれない。それに、開戦した状況ともなれば議長であるデュランダルに会うことも難しいかもしれない。ならせめて、自分はラクスを捜すべきかもしれないと待合室の近くにあった洗面所で顔を洗い、冷えた感覚が僅かにそれを解消してくれたが、鏡で見る顔はやはりまだ優れない。

不意に時計を見やる。たった数時間がキラにとってはまるで何日間にも感じる。浮かない面持ちのなか、少し状況を知りたくなり、誰か手近の職員に尋ねようとエントランスホールに続く階段を昇っていた時、何処からともなく聞き慣れた涼やかな声が聞こえてきた。

「……ええ、大丈夫。ちゃんと解ってますわ。時間はあとどれくらい?」

響いた声に思わずハッと顔を上げ、キラは小走りに階段を駆け上がり、通路を見渡す。今の声は聞き間違えるはずもない。声のした方角を捜し周囲を見回していると、通路の上部。出入り口へと続く通路階段の上に捜していたピンク色の髪を持つ背中が視界に飛び込んだ。

「ならもう一回確認できますわね」

【ハロハロ、Are you OK?】

通路の上で二人組の男と会話する人物の周囲をまた見覚えのある球体が跳ねている。それがいっそうの確信を呼び、キラは声を弾ませてその人物の名を呼んだ。

「ラクス!」

その声に会話していた少女とも取れる人物が振り返った。きめ細かな白い肌、柔らかで繊細な眼差しと面持ち、傍らに跳ねる赤いハロ。だが、キラはその容貌に微かな違和感を憶え、勇み足だった動きが止まる。相手の少女はキラの顔を見ると、パッと笑顔になり、軽やかな足取りで階段を駆け下りてくる。

「ヒビキ!」

呼ばれた名と声…それは確かに彼女のもので……間違いないはずが、キラの内に走る違和感は拭えないまま。立ち尽くすキラに少女は瞬く間に駆け寄り、飛びついてきた。

「うわっ」

その衝動で我に返り、慌てて受け止め、倒れないように堪える。上げた視界に舞うピンクの髪と特徴的な青い瞳が自分を凝視する。

「ああ、嬉しい! やっと逢えましたね」

「あ、え…? ぇ……えぇ?」

眼前で抱きつくこの少女は、間違いなくラクス=クラインであった。その顔立ちも声もまごうことない。だが、得体の知れない違和感が先程からキラを混乱させる。何かが違う、と…共に過ごして既に2年以上、公私に厳しい彼女が公の議場で、しかもこのようなドレス姿で自分に接したことのない態度に困惑する。

「こんにちは…いえ、初めまして? それとも……お久しぶり、でしょうか? ヒビキ=ヤマト。いえ、キラ様」

微かに首を傾げ、キラの瞳を覗き込むように下から見上げてくる。それが酷くキラの心情を掻き乱す。だが、彼女を拒むことも何故かできず、不覚にもそのまま抱き合っていたが、やがて付き添いと思しき二人組の男の一人が遠慮がちに声を掛けてきた。

「ラクス様」

促されたラクスは残念そうに身を離し、静かに頷き返す。そして、今一度茫然となっているキラを見やり、ニコリと微笑んだ。

「では、また後ほど……その時に、私と貴方…二人で、秘密をお話しますわ、キラ様」

可愛らしい仕草と口調で告げ、ドレスのスカートの裾を掴んで優雅に一礼する。

「貴方と逢えて、勇気をいただきました……ごきげんよう」

踵を返し、付き添いの男達と連れ立ってエントランスホールを去っていくラクス。その後を赤いハロがコロコロと転がっていく。

【Hey,hey,hey! Ready go!!】

その背中を声を掛けることもできずに見送る。暫し、その場で佇んでいたが、そこへひとまずの事態沈静に落ち着いたのを確認したデュランダルが、数名の秘書官や高官を引き連れ移動しながら話をしていると、進路上に呆然と佇んでいるキラに気づき、声を掛けた。

「ん? やあ、ヤマト秘書官」

突然、背後から名を呼ばれ、キラは停止していた思考が動き出し、慌てて背後に振り返った。

「ぎ、議長……」

思わず情けない声で話し掛けるも、デュランダルは気にも留めず、いつもの柔和な笑みを浮かべたまま話を続けた。

「済まないね、君と面会の約束があったのだが、いろいろと立て込んでいてね。いや、たいぶお待たせしてしまったようで申し訳ない」

謝罪するデュランダルに、キラはしどろもどろになりながら返事をした。

「あ……あ、いえ……あの、その…」

不意に視線が先程ラクスが去った方角を見やるも、言葉が濁る。どう尋ねていいか、キラ自身把握できていないのだ。その様子に、デュランダルは不審なものを感じて問い掛けた。

「ん? どうしたね?」

促されるが、未だ混乱と状況整理が追いつかず、先程の人物について言及するのを思い留まった。

「いえ……なんでも、ありません」

力なく答えるキラには、先の少女が幻であったように錯覚したかった。そんなキラの内心を見通すように、口元にどこか不適なものを浮かべていた。


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