無残に散っていくヘリオポリ ス……

乱気流に巻き込まれたルシ ファーは逆らわずに、流れに身を任せる。

放り出された宇宙空間に機体 がフワフワと舞う。

重力も…方向すら定まらない 無重力の中……レイナは崩壊していくヘリオポリスを見詰める。

予想できた結果だ…コロニー という世界はあまりにも脆い……

壁を隔てた先は全てを呑み込 むような生命の存在を許さない宇宙の闇……

だが、この闇が自分には心地 よかった……

レイナはしばし眼を閉じ…ル シファーと共に揺られ続けた。

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-04  SILENT DARK

 

 

どれ程そうしていただろう か……不意にコックピット内に通信が飛び込んできた。

《X…05…スト……イ ク……X…00……ルシファ……》

どうやら通信が回復したらし い。

レイナはゆっくりと眼を開 け、通信には答えずに画面を呼び起こしてアークエンジェルの現在地を確認する。

そしてゆっくりとスラスター を噴かし、アークエンジェルへと帰還し始めた。

 

 

「で…これからどうするのか な?」

フワフワと無重力のブリッジ を漂いながらムウはマリューを見やる。

「本艦はまだ戦闘中です…ザ フト艦の動き、つかめる?」

「無理です。残骸の中には熱 を持つものも多く…これではレーザーも熱探知機も……」

マリューの問い掛けにパルは 言葉を濁す。

「向こうも同じだと思うが ね…追撃があると思うか?」

ムウが気休めの言葉を呟き、 尋ね返すとマリューも表情を顰めて答える。

「あると想定して動くべきで す……ですが、今攻撃を受けたら、こちらに勝ち目はありません」

ムウも溜め息をついて答え た。

「だな、こっちには虎の子の 『ストライク』と『ルシファー』、そして俺のボロボロのゼロのみ…戦闘は確かに厳しいな……んじゃ、最大戦速で振り切るかい?かなりの高速艦なんだろ、こ いつは?」

「向こうにも高速艦のナスカ 級がいます…振り切れるかどうかの保障は……?」

「んじゃ、素直に投降するか い?」

厳しい表情で言葉を濁すマ リューにムウはしたり顔で提案する。

一瞬、唖然とした表情を浮か ぶ。

「それも一つの手ではある ぜ?」

マリューが口を尖らせて答え ようとした瞬間、下方からナタルの怒号が響いてきた。

「何だと!そんな事誰が許可 した!?」

「……?バジルール少尉、何 か?」

「ストライク、ルシファー… 共に帰還しました。ですが、ストライクが救命ポッドを一隻所持してきています」

 

 

 

レイナが遅れてアークエン ジェルに辿り着くと、発進口の前でストライクが静止し、ブリッジに向かっていた。

手に持った救命ポッドから何 となく事情は理解できた。

恐らくヘリオポリス崩壊時に 破損したポッドを拾ってきたのだろう…あの優しい少年のことだ、放っておくことなどできなかったのだろう。

ゆっくりと近づくと、気付い たストライクがこちらに通信を送ってきた。

「あ、貴方からも頼んでくだ さい。この救命ポッド、推進部が壊れて漂流してたんですよ…それをまた放り出すなんて……」

「…放り出したら?」

「……!!」

あっさりと答えたレイナにキ ラは絶句する。

「貴方、今の状況が理解でき てる?……今は戦闘中、そしてこの艦は敵の攻撃目標…そんなところへ、民間人を乗せたところで邪魔になるだけよ」

「そんな…!!」

「心配しなくてもすぐに救助 艦が来るでしょ。コロニーが崩壊したんだから……」

「ここで放り出して、そのま まデブリに流れちゃったらどうするんですか?」

……その時は運が悪かったと 諦めるしかない。

だが敢えてレイナは言葉には 出さなかった。

《いいわ、許可します》

その時、マリューの通信が飛 び込んできた。

《二人とも、今はそんなこと で揉めて時間を取りたくないの……すぐに帰還して》

通信が途切れると、レイナは 軽く息を吐き出して先にアークエンジェル内へと入っていく。

自分には元々そんな権限はな いし…だが、ストライクへと通信を繋げる。

「キラ=ヤマト、これだけは 言っておくわ…護るものが多くなると、それを護らなければならない責任も大きくなる。自分で蒔いた種はちゃんと自分で最後まで面倒を見なさいよ」

キラは何か言いたげだった が、レイナは通信を切り、先に着艦する。

ルシファーを固定させると、 すぐさま飛び出し、一路ブリッジへと向かう。

なんにせよ、これから先どう するか確かめなければ……

 

 

マリューは通信を終えると先 程の問い掛けに答えるように言う。

「状況が厳しいのは解かって います…ですが、投降するつもりはありません。我々は何としても、この艦と『ストライク』、そして…今となっては『ルシファー』も無事に大西洋連邦指令部 へ持ち帰らなければならないのです」

「意気込みはいいが、月基地 との連絡すら取れないこの状況でどうする……?」

今度ははぐらかさず、真剣な 表情で問い掛ける。

「艦長…私はアルテミスへの 寄港を具申いたします」

横から口を挟んだナタルに二 人の視線が向けられる。

「傘のアルテミス…か?」

ムウの確認にナタルは頷く。

マリュー達が所属する大西洋 連邦と同盟関係にあるユーラシア連邦……アルテミスはそこに所属する軍事衛星である。

「現在、本艦の位置から最も 取りやすいコースにある友軍です」

「でも『G』もこの艦も友軍 の識別コードすら持っていない状態よ…それをユーラシアが」

「アークエンジェルとGが大 西洋連邦の極秘機密だということは無論、私とて承知しています…ですが、このまま月に進路を取ったとて、途中戦闘もなくすんなりいけるとはまさかお思いで はありますまい?物資の搬入もままならぬまま発進した我々には、早急に補給も必要です」

ナタルの言うことももっとも であった。

ただでさえ物資の搬入も十分 ではないうえに、大半のクルーを失って運用もままならない…そんな状況でここから地球を挟んで対極にある月基地へと向かうにはあまりに無謀過ぎる。

「事態はユーラシアにも理解 してもらえるものと思います。現状はなるべく戦闘を避け、アルテミスに入って補給を受け、そこで月本部との連絡を取るのが今もっとも現実的な策かと思いま すが……」

ナタルの進言にマリューが考 え込んでいると、後ろから声が掛けられた。

「そう思惑通りにいくかし ら……」

その声に驚いて振り向くと、 レイナがブリッジへと入ってきていた。

「貴様…今は作戦会議中だ。 部外者は出ていってもらおう」

だが、レイナは肩を竦めて嘲 笑を浮かべる。

「部外者……MSに乗せてお いて今更部外者はないでしょ…それより、進路はL3にあるアルテミス………ユーラシアの軍事衛星か」

無重力の中を移動し、モニ ター画面を見詰める。

「あまり気が乗らないわね」

「何を言う!今ではこれが最 善の策だ」

自分の考えにケチをつけられ たようでナタルは詰め寄る。

「アルテミスが大西洋連邦の 軍事衛星なら、ね」

地球連合軍は一つの組織では ない。国家や組織の複雑な思惑が絡み合った、軍事同盟に過ぎないのだ。ザフトの様な結束力はほぼ皆無に近い。特にアークエンジェルとXナンバーを開発した 大西洋連邦と、アルテミスが所属するユーラシア連邦はライバル関係にあり、とてもではないが友好的にこちらを受け入れてくれるとは思えない。

「私としてはこのまま月への 進路を取って、衛星軌道上のデブリベルトを通って行く方がいいと思うけど……」

モニターに浮かぶ地球衛星軌 道上に浮かぶデブリベルトを見詰める。

あそこは敵から身を潜めて進 むには最適。

(なにより…あそこにはザフ トにとって大切なものが彷徨う場所……ザフトもおいそれとは攻撃できないと思うけど)

僅かに視線を細める。

「確かに最短のコースだけ ど、デブリを通るのは危険が大き過ぎるわ」

下手をしたらこの艦もデブリ の仲間入りだ。

「今は……アルテミスに向か うしか、方法がありません」

それでもマリューは決断し た。

キラがポッドを拾ってこなけ れば現状の物資でもいけたかもしれない。

レイナは軽く舌打ちする。

ベストでは無いにせよ、ベ ターな判断だと言う事で渋々承諾する。

「まあいい…あ、それ と……」

ブリッジから出て行こうとし て振り返る。

「奪取されたっていう機体の データとこの艦のデータをルシファーに送っておいて。イザって時に困るから」

その言葉に眉を顰める。

……ということは、まだGに 乗るということだろう。

「あ、嬢ちゃん」

呼び止めるムウに振り向く。

「いい加減名前教えてくれな いかな…何時までも解からないわけにはいかないし」

「はいはい……レイナ…レイ ナ=クズハ」

「レイナ嬢ちゃんかい?」

「そう言う呼び方はやめてく ださい、ムウ=ラ=フラガ大尉」

踵を返し、改めて出て行こう とする。

「動くなら早い方がいいわ よ…敵さんもこちらを探しているだろうし。モタモタしてたらアルテミスに向かう前に発見されるわよ」

そう忠告だけ告げると、レイ ナはブリッジを後にする。

マリューも気を引き締め指示 を出す。

「デコイ用意!!発射と同時 にアルテミスへの航路修正の為、メインエンジン噴射を行う。後は慣性航行に移行、第二戦闘配備!艦の制御は最小時間内に止めよ!!」

囮が発する情報でザフトを引 き寄せ、その隙に熱量を感知されぬ様最初の噴射で得られる推進力だけで航行するつもりなのだ。

はっきり言って運任せという 面が大きい作戦だ。

「アルテミスまでのサイレン トランニング……およそ二時間ってとこか。あとは…運だな」

 

 

ブリッジを後にしたレイナは 一路格納庫へと向かっていた。

あまり気は乗らないが……大 体の方針は解かった。

(敵がこんな子供騙しに引っ 掛かってくれるならいいけど……最悪の事態も想定しておくべきね)

ルシファーのOSを宇宙用に セッティングし直さなければならない。

それに伴い敵戦力を把握して おく必要がある。

(ジンは恐らく先の戦闘で全 て倒した…可能性があるとしたら、奪取されたアレと同系機……)

まったく……厄介な事態に なったと、レイナは心で溜め息をついた。

 

 

同じく…ヘリオポリスの崩壊 を逃れたヴェサリウスとガモフは残骸が漂う中を航行していた。

「いかがされます?中立国の コロニーを破壊したとなれば、評議会の方も……」

「…地球軍の新型機動兵器を 開発していたコロニーのどこが中立だ」

動揺するアデスにクルーゼは 鼻で笑いながら嘲笑する。

一片の悔いも迷いもない……

「住民のほとんどは脱出して いる…さして問題はないさ……血のバレンタインの惨劇に比べれば」

その言葉にアデスの表情も変 わる。

「アデス、敵の新型戦艦の位 置、つかめるかな?」

「まだ追うおつもりですか? しかし、先の戦闘でこちらのMSは全て……」

「あるじゃないか…地球軍か ら奪ったものが4機も」

クルーゼの言葉が指すものに アデスは困惑する。

「アレを投入されると?」

「データの吸出しがすめばも う構わんさ…せっかくだ、使わせてもらおう。あの艦と……特にあの黒いMS、絶対に潰しておかねばな」

クルーゼは宇宙に眼を見や り、自分を退けたルシファーの姿を思い浮かべる。

アレを放っておけば…いずれ 邪魔な障害となる。

ザフトにとって…そして…… 自分にとっても。

「奴らはヘリオポリス崩壊に 紛れてこの宙域を既に……」

「いや…それはないな、恐ら くどこかで息を殺して潜んでいるのだろう」

戦略パネルを見詰めながらク ルーゼは顎に手をやる。

「網をはるかな……」

「網…でありますか?」

「ヴェサリウスは先行して、 ここで敵艦を待つ。ガモフにはこのコースを取らせて、索敵を行わせながらついて来させろ」

クルーゼの指示にアデスの眉 が寄る。

「アルテミスへであります か…しかしそれでは敵が月方向へと離脱された場合……」

その時、通信士の声がブリッ ジに響いた。

「大型の熱量を感知!戦艦の ものと思われます。予測進路コース…地球スイングバイにて月面…地球軍大西洋連邦本部!!」

「隊長!」

アデスが振り向くと、クルー ゼがさして驚いた雰囲気も見せない。

「それは囮だな……」

「しかし、念のためにガモフ に確認を…!」

反論にも耳を貸さず、クルー ゼはブリッジの前方へと移動する。

「子供騙しの手だ…今ので いっそう私は確信した。奴らはアルテミスへと向かう。ヴェサリウス発進だ…ガモフを呼び出せ」

 

 

アルテミスへと慣性航行を続 けるアークエンジェル。

格納庫で並び立つストライク とルシファー。

ルシファーのコックピットで OSの変換を行うレイナ。

素早い動きでキーを叩き、 OSのファイルフォルダを変更し、宇宙用にセッティングする。

内蔵されている武器は頭部と 胸部のバルカン砲、そして腰部のビームサーベルが2本のみ。

物資搬入時に見たビームライ フルとストライクと同型のビームコーティングシールドが臨時に装備されるらしいが、それだけでは正直心もとない。

用心に越したことはない…臆 病でなければ戦場では生き残れない。

それと同時にストライク、そ してアークエンジェルのデータ。

更には奪取された4機のGの データを入力していく。

瞳に映る膨大なデータの波が 処理されていく。

その時、格納庫にキラが入っ てきたのがモニターに映り、気付く。

キラはストライクの前方で立 ち止まり、ストライクを見上げている。

レイナは溜め息をついてコッ クピットから飛び出し、キラの元へと向かう。

「どうしたの…これに乗るか どうかで迷ってる?」

突然声を掛けられ、キラは慌 てる。

「あら…泣きそうな顔して、 なにか辛いことでもあった」

キラはまるで心を見透かされ ているように動揺する。

「あ、いえ…何でもないんで す。え、と…」

「レイナ…レイナ=クズハ」

「レイナ…さん?」

「レイナでいい…で、何でも ないって顔じゃないわよ」

「……あの人に言われたんで す。この艦を今護れるのは、僕と貴方とあの人だけだって」

その言葉に、キラがここへ来 た訳が解かった。

恐らく、あのムウという男に 言われたのであろう。

まあ、ただでさえ状況はキツ イ…だからこそ戦力の出し惜しみはしたくないのであろう。

だからと言って、民間人の少 年をアテにするようでは……

「自分に出来ることをやれ… だから、僕も……」

「コレに乗って戦う……何の ために?」

「それは…友達を護るためで す」

躊躇いがちに答えるキラにレ イナは軽く息をつく。

「立派な理由ね…だけど、前 も言ったけど、半端な覚悟で戦場に出ても早死にするだけよ。まして貴方は、訓練を受けた軍人でもない」

「それは…でもそれは貴方 だって」

同じ…そう言おうとしたキラ の言葉が呑み込まれる。

レイナはまるで遠くを見詰め るように寂しげな視線を浮かべていた。

「確かに私も軍人じゃない… でもね、私が戦うのは自分が生き残るため。貴方のような立派な理由があるわけでもない……結果としては、この艦を護ることになっても……」

言葉を濁しながらレイナはル シファーを見やるのであった。

 




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