アークエンジェルから作業ポッドが発進し、続けてストライクが発進する。

ルシファーのコックピットで 発進準備を行うレイナは突然の通信に顔を上げた。

《よ! ちょっといいか》

ゼロで待機しているムウで あった。

「もうすぐ私も出ます…用件 は手短にお願いします」

レイナはあくまで無機質に答 える。

《あんまり、艦長や坊主達を 苛めてやんなよ》

その言葉にレイナは苦笑を浮 かべる。

先程のブリッジでの一件で全 員が、沈んでの作業開始だ。

その事を気に掛けてきたので あろう。

「…さしずめ、問題児を注意 しに来た、ってところですか」

《ま、そういうこったな》

冗談めかした口調にムウも合 わせる。

淡々と作業をこなしながら話 を続ける。

「…私はただ、忘れないでほ しかっただけですよ……奇麗事を言うつもりはありませんが、生き延びるために必要だとは言え、これは墓荒らしだということをね」

真紅の瞳が射抜くようにムウ を見やる。

……誤魔化し、正論を赦さな い…現実から眼を背けるな……と、彼女の瞳が訴えていた。

とことん真っ直ぐな娘だ…… と、ムウは思う。

《なんでそんな事を俺に言う んだ?》

「それが聞きたかったんじゃ ないんですか?」

図星を指され、ムウも苦笑を 浮かべる。

「大尉」

《何だ?》

「大尉は何故戦うんです か…?」

《そりゃ、護りたいからさ》

「何をですか…この艦です か? それとも、地球軍という組織ですか?」

ムウはすぐには答えられず、 押し黙る。

「私には…護りたいものなん てありません。ただ…自分を護りたいというだけ……それって、間違ってると思いますか?」

壊れそうなほど…儚い瞳で 真っ直ぐに見られ、息を呑む。

この眼が…本当に少女のもの かと疑うほど。

《…悪くはないさ。理由は人 それぞれだからな》
戦う理由なんて人それぞれだ…自分自身を護ることに…生きることに執着しない人間なんていない。

「……じゃ、私も行きます」

レイナは軽く微笑を浮かべて 通信を切り、 ルシファーを発進させ、合流する。

ストライク、ルシファーに護 られながら作業ポッドはデブリの中を進む。

死の静寂が支配する中を進む 一同は…見てしまった。

宇宙を漂う……それを………

「あ……」

「あ、ああ……」

「これって……」

キラ達は眼前に拡がる、凍り ついた大地に声を上げた。

かつて…プラントの一基だっ たもの……

血のバレンタインの悲劇の象 徴……

「大陸…こんな所に……?」

「ユニウス…セブン……」

レイナもルシファーのモニ ターからユニウスセブンの残骸を見詰めていた

(ユニウスセブンの残骸はデ ブリベルトに流れたとは聞いていたけど……まるで、宇宙の墓標……いえ…人の業の証ね)

ユニウスセブンの大地に降り 立ち、レイナは一人……皆と別行動を取る。

凍りついた大地を進む。

すれ違いざまに無数の破片 や…人の死体が漂っている。

真空の宇宙の中を漂う…決し て、朽ちることなく……

(酷いものね……)

レイナは一つの建物に入る。

どうやら…研究施設のよう だ。

各所に設置された農業用機 器……

(そう言えば…ユニウス市は 確か、農業生産コロニーが集中していたはず)

レイナは奥の部屋へと進む と…一瞬立ち止まる。

部屋の中に漂う一人の女 性……

まるで眠っているようだが… ここは真空の極寒の宇宙だ。

不意に…女性の胸につけられ たプレートが眼に入った。

「レノア……ザラ………」

そう…プレートには書かれて いた。

「………」

レイナはめぼしい物がないと 思うと、部屋を出ようとする。

もう一度…女性の方を振り向 く。

(ここで静かに……眠ってい て)

ここなら、永遠に眠りを妨げ られることは無いだろう…眼を閉じ、その場を後にした。

ルシファーに戻ったレイナは ユニウスセブンの周辺を探索する。

その時、すぐそばで撃沈され たローラシア級戦艦を発見した。

周囲には僅かにジンやシグー の残骸もある。

恐らく、血のバレンタイン時 の地球軍との戦闘で大破したものが一緒に流れてきたのだろう。

戦艦の内部に入ったレイナは 僅かに驚いた。

ほぼ無傷のジンがハンガーに 固定されていた。

出撃前に戦艦が沈み、そのま まにしておかれたのだろう……

(使うかどうかは解からない けど…まあ、無いよりはマシかな)

ジンを抱え上げ、さらには予 備パーツや弾薬を持つと、一度アークエンジェルへと帰還した。

帰還したルシファーが抱えて いたジンに流石のマードックも呆れ返った。

「おいおい…こんなもんが あったってな……」

乗れるパイロットがいない… そう言おうと思ったが、レイナが遮る。

「無いよりはマシです……一 旦、ブリッジに行きます」

補給を任せ、経過を聞くため にブリッジに向かう。

そして……次の補給が伝えら れていた。

 

「あそこの水を……本気なん ですか!?」

キラが驚愕の声を上げる。

「あそこには1億トン近い水 が凍りついているんだ」

彼らはユニウスセブンの残骸 から水を回収することにしたのだ。

「でも、見たでしょう。あの プラントは何十万人もの人が亡くなった場所で……!」

コーディネイターである彼に とってあそこは特別な意味を持つ。

それ以外においても心理的抵 抗を感じる。

「でも……水は、あれしか見 つかってないのよ」

キラはハッと息を呑み、トー ルが辛そうに顔を顰める。
そんな彼らに畳み掛けるようにムウが強い口調で語った。

「誰だって、できればあそこ には踏みこみたくはないさ…けど、しょうがねえだろ! 俺達は生きてるんだ…ってことは、生きなきゃなんねえって事なんだよ!」

ムウの言葉に誰も反論する事 が出来ず、内側に不満を閉じ込めたままブリッジから出ていった。残されたムウとマリュ−は顔を見合わせ、同時に深い溜息をつく。

「……大変ですね」

労うようにレイナが声を掛け る。

「また、嫌われたかな?」
「そうかもしれませんね」

苦笑を浮かべるレイナ。

「解かっているはずです…自 分達は生き延びなければならない……だけど、あのユニウスセブンの悲劇を起こしたのも……貴方達、地球軍だということも…忘れないでくださいね」

念を押すように呟くと、レイ ナも後を追った。

ムウとマリューはまたもや顔 を俯かせた。

 

 

 

プラント最高評議会。召集を 受けて報告を行ったアスランは会場を出た所でどっと肩を落とした。やはり、こういう所は疲れるものなのだ。

「アスラン」

その背中に声がかけられる。 振り返ったアスランは咄嗟に敬礼した。

「クライン議長閣下!」

「そう他人行儀な礼をしてくれるな、アスラン」


「いえ、これは……その」

苦笑混じりに言われてアスラ ンはようやく自分が敬礼している事に気付いた。慌てて手を下ろし、シーゲルと顔を見合わせて思わず笑い合う。

「やれやれ、ようやく君が 戻ったかと思えば、今度は娘が仕事でおらん。まったく、婚約者同士だというのに、一体君らは何時、会う時間が取れるのかな」

シーゲルは苦笑を浮かべて、 溜め息をついた。

「は…申し訳ありません」

「いや、私に謝られてもな」

二人は談笑をかわしながら議 場の前の壁に備えられたモニュメントを見詰める。

『エヴィデンス01』……通 称、くじら石。

C.E.18…ファースト コーディネイター:ジョージ=グレンが木星から持ち帰った地球外生命体を証明するものであり、コーディネイター達にとっての象徴でもある。

「しかし…また大変なことに なりそうだ。君の父上の言うことも解かるのだがな……」

眉間に皺を寄せ、やや疲れを 見せるシーゲル。

穏健派であるシーゲルは対極 の立場にあるパトリックと急進派の意見に押し切られている。

「アスラン=ザラ」

その時、議場から連れ立って 出て来たクルーゼとパトリックが声を掛ける。

「あの新造艦とMSを追う… ラコーニとボルトの隊が私の指揮下に入る…それと、特務隊から補充パイロットが加わる」

アスランはやや驚きを浮かべ る。

特務隊と言えば、パトリック の直接管轄にある国防委員直属のエリート部隊。

「出港は72時間後だ」

「は! 失礼します…クライ ン議長閣下」

シーゲルに敬礼を返すと、ア スランはクルーゼと共にその場を離れた。

残されたクラインとパトリッ クが共にエヴィデンス01を見上げる。

「…我々に、そう時はないの だ……いたずらに戦火を拡大してどうする?」

「だからこそ許せぬので す……我々の邪魔をする者は………」

 

 

かつては砂浜であったろう凍 てついた波打ち際から、ミリアリアは両手一杯の花を投げた。勿論、生け花などアークエンジェルには無い。色取り取りの折り紙の花だ。それが怒りに固まる海 に広がり、舞っていく。

凍った大地の上で、艦の中 で、人々は黙祷を捧げた。ここは自分達の、ナチュラルの罪の烙印。例え気休めでしかなくても、彼らには祈るしかなかったのだ。

キラはコックピットでそれを 黙って見詰め、レイナはルシファーの頭部付近で舞っていく花を見詰めていた……

作業を開始したクルー達は凍 りついた水を切り取り、アークエンジェルに運び込む。

ストライクとルシファーが ポッドを護るように哨戒を続けていた。

 

 

プラントの一角にある閑静な 墓地。

風に舞う色取り取りの花々と 草木に満ち溢れたここを、アスランは訪れていた。

彼は手に持つ花を墓標に捧げ る。

レノア=ザラ  C.E. 33〜70……アスランの母の墓標だ。

だが、その墓標の下に遺体は ない……

墓を見詰めながらアスランの 脳裏に、先程のパトリックの言葉が蘇る。

座して待っていても、戦争は 終わらない……そう…戦うしかない。

平和を手に入れるために……

決意を新たに…アスランはそ の場を去った……

風が…吹き荒んだ………

 

 

レイナは一人…アークエン ジェルよりやや離れた周辺の警戒にあたっていた。

その時、モニターの端で何か が動いた。

「デブリ…違う、熱反応?」

一瞬、デブリが動いただけか と思ったが、そこに熱源があれば話は別だ。

残骸の影に隠れるように熱源 の反応があった周辺を見やる。

デブリに紛れて動く影は…… MS。

 

『ZGMF− LRR704B』

 

機種を特定したコンピュー ターが表示する。

(強行偵察型…複座式のジ ン……こんな場所で何を……?)

海賊の機体かとも思ったが、 発信している信号は紛れもなくザフトのものだ。

何故、こんな場所をたった一 機で……

その時、モニターには、ジン のすぐ近くに一隻の艦が映る。

(民間艦……撃墜されてか ら、そんなに経っていないようだけど……)

ジンは艦の周囲を見渡すよう に動く。

(何かを…探してい る……?)

物資の搬入はまだ完了してい ない…アークエンジェルが見つかって、応援を呼ばれでもしたら厄介と思い、音を立てずにビームライフルを構える。

狙撃用スコープを眼前に引き 出し、照準を合わせる。

ジンがロックされる。

トリガーを引こうとした瞬 間……脳裏を、先程のユニウスセブンで眠る女性が過ぎる。

「……くっ!」

唇を噛み締め、スコープを戻 す。

逆にペダルを踏み込む。

スラスターが火を噴き、ジン に向かっていく。

こちらに気付いたらしいジン が慌ててスナイパーライフルを放ってくるが、それを掻い潜り、ビームサーベルを抜き、一気に近接する。

ジンの頭部と腕を斬り裂き、 戦闘力だけを奪った。

爆発が周囲を照らす……

《ルシファー、何があっ た……!?》

そこへアークエンジェルから の通信が飛び込んでくるが、レイナはコンソールを叩きつけ、乱暴に切断する。

漂うジンを見詰めながら…ヘ ルメットを取り、髪をくしゃっと掻く。

「私も…あまいな……」

キラ達のことは言えないな… と、自嘲気味な笑みを浮かべた。

死者が眠る場所で…命を奪う という非情になり切れなかった自分自身に……

その時…またレーダーが別の 移動物体を捕捉した。

また別の敵かと思ったが、 レーダーに映るそれはMSではなかった。

「…救命ポッド」

発光信号を出しながら漂う一 人用の救命ポッド。

ルシファーでそれを抱える。

レイナ自身も考え込む…キラ 達に言った手前、自分から厄介ごとを引き込むことに気が引ける。

だが、ヘリオポリスと違い… こんなデブリベルトでは救援も来ない。

溜め息をつき、渋々アークエ ンジェルへ戻ろうとする。

不意に…自分が倒したジンが 眼に入った。

「こっちも…放っておくわけ にはいかないか」

戻ったら、文句を言われると 思うと…レイナは軽く溜め息をつきながら、救命ポッドとジンを抱えてアークエンジェルへと戻った。

 

 

「君らは揃って拾い物が好き なのだな」

「……ふん」

ナタルの声に、レイナはそっ ぽを向いて視線を逸らすだけだ。

「開けますぜ」

マードックがポッドを操作す る。

ハッチが微かな音を立てて解 放され、周囲に待機していた兵士が銃を構える。

だが、中から飛び出してきた のは誰もが想像もしなかった物であった。

「ハロ、ハロ……」

間抜けな声を発しながら漂い 出たのは、ピンク色をしたボール状の物体だった。

パタパタと耳が羽ばたくよう に動き、球の真ん中には円らな眼が二つ、光っている。

どうやらペット用のロボット らしい…どんな者が出てくるかと警戒していた一同は完全に毒気を抜かれてしまった。

「ありがとう、ご苦労様で す」

ハッチの中から愛らしい声が 響き、一人の少女が出てくる。

柔らかなピンク色の髪と長い スカートの裾をなびかせ、ハッチから出てきたのはキラ達と同年代くらいの少女だった。

キラは眼を瞬かせ…呆然と見 入る。

レイナは…やや思考を停止し ていた……

 

これが…キラ、レイナと…プ ラントの歌姫:ラクス=クラインの出会いであった……

 

 

同時刻…プラントに浮かぶ、 ヴェサリウスが格納されているステーションでは急ピッチでの修理と補給が行われていた。

「おい、あれってもしかし て……」

ジンに加えて、搬入された MSを見て、作業員は驚きの声を上げる。

外見はシグーだが…機体全体 を黒一色で染めている。

その異質的な特徴に誰かが叫 んだ。

「おい、まさか…あの『漆黒 の戦乙女』がこの部隊に……!」

一人の言葉に…全員がその漆 黒のシグーを畏怖を込めた視線で見上げた。

 

プラントから飛び立つシャト ルの港に一人の少女が現れる。

青みが掛かった銀髪を靡か せ、漆黒のザフト軍の軍服に身を包んでいる。

だが、表情だけは顔を隠す ゴーグル型のサングラスによって、窺うことはできない。

港を歩く少女は…強化ガラス の前に立ち、眼前に拡がる宇宙を見詰める。

微かに…口元に笑みを浮かべ た……

 

 

 

《次回予告》

 

運命は幾つにも分かれ…子供 達を迷わせる……

小さな亀裂は…静かに拡がっ ていく……

 

癒しの歌は…何をもたらすの か……

 

次回、「歌姫」

 

癒しの歌に…何を思うのか、 ガンダム。



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