「ありがとう、ご苦労様で す」

ハッチの中から一人の少女が 出てくる。やわらかなピンク色の髪と長いスカートの裾をなびかせ、ハッチから出てきたのはキラ達と同年代くらいの愛らしい少女だった。

「あら……あらあら?」

慣性のままに漂っている少女 の身体を、我に返ったキラとレイナがそれぞれ手首を掴んで、床にまで引っ張ってくる。

「ありがとうございます」
間近でニッコリと微笑まれ、キラは僅かに赤くなる。

不意に、その少女の顔が驚い たように変化した。

その視線はキラの軍服に付け られている地球軍の徽章に向けられている。

「あら?……あらあら?」

彼女はおっとりとした様子で 周囲を見渡す。

「まあ……これはザフトのお 船ではありませんのね?」

「は……はい?」

マリューが気の抜けた返事を 返し、一拍おいてナタルが深々と溜息を付いた。

キラは突然現れたこの不思議 な少女に魅せられていた。

レイナも僅かに頭を抱えた。

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-08  歌姫

 

 

一同がラクスに唖然となって いると、突然爆発が響いた。

「何だ!?」

それに全員がハッと我に返 る。

回収したジンのコックピット から突如黒煙が上がり、ハッチが解放されていた。

「ケホッケホ! ったく…… ひでえ目にあった」

ハッチから煙に巻かれ、咳き 込みながら顔を出すパイロット。

青いザフト軍のパイロット スーツに身を包んだ青髪をセミロングに切り揃えた女性だった。

周囲の兵が銃を構え、女性は 自分の状況に気付く。

「………抵抗はしねえよ」

ややぶっきらぼうな口調で手 を上げる。

周囲を見渡していた、女性の 眼が止まる。

「! ラクス=クライ ン……」

そう…捜索に来ていた彼女の 姿を見つけて驚いた。

「まあ、貴方はザフトの…… では、やはりここはザフトの船ではなく、地球軍の船なのですね」

その言葉に…一同がまたもや 脱力しかけた。

 

 

少女と女性は士官室の一つに 連れてこられ、マリュー、ナタル、ムウの3人が尋問を行っていた。

「ポッドを拾っていただいて ありがとうございます」

だが、空気が読めないのか… 無邪気な笑みを浮かべたまま少女は答える。

「私はラクス=クラインですわ…これは友達のハロです」

ラクスと名乗った少女がピン ク色の球状のロボットを差し出して紹介する。【ハロハロ・ラクス】と間抜けな声を発し、ムウがガックリと頭を抱え、マリューとナタルが疲れた顔になる。そ れはラクスの隣に座っていた女性も同じだ。

 

「おい、押すなよ」

「なんか聞こえるか?」

「お前ら静かにしろって」

部屋の前に人垣が出来てお り、キラやトール、サイ、カズィ、挙句の果てはトノムラやパルまでが加わっている。
不意にドアが開き、扉に寄りかかっていた連中は一斉に折り重なって倒れ伏した。それをなんとも言えない冷たい視線で見下ろすナタル。

「お前達はまだ積み込み作業 が残っているだろう! さっさと作業に戻れ!」

ナタルの怒声に一同はいっそ 見事とさえ言えるほどにその場から消え去った。それを見ていたラクスは驚いていたが、すぐにクスクスと笑い声を立てる。

ラクスはキラを見やると、微 笑みながらひらひらと手を振る。

キラは赤くなり、足早にその 場を去った。

扉が閉じると同時にマリュー が軽く咳払いをした。

「失礼しました」

「…んで、そっちのあんた は?」

ムウが気を取り直して問い掛 ける。

「……ザフト軍特務隊所属、 メイア=ファーエデン。追悼慰霊団の捜索に来た」

女性は面倒くさそうに答え た。

「メイア…ファーエデ ン……って、まさか…『蒼の稲妻』か!!」

思い出したように大声を上げ る。

マリューやナタルも驚きに表 情を変える。

 

『蒼の稲妻』…その異名は地 球軍に所属する者にとって畏怖の名。

開戦当初から地球軍の部隊を ことごとく退けたザフトのエースパイロット。

蒼いジンを駆り、稲妻のよう な鋭い動きを行うことからこの異名が響き渡った。

 

「へぇ…あたしを知っててく れてるとはね……エンディミオンの鷹殿?」

軽く笑みを浮かべるメイア。

また…随分と大物が舞い込ん できたと思う。

まさか、アークエンジェル初 の捕虜が『蒼の稲妻』とは……

ムウは気を取り直して、もう 一度ラクスを見やる。

「そっちの嬢ちゃん…ラクス =クラインって言ったっけ。クラインっていやぁ…俺の記憶が確かなら、かのプラントの現最高評議会議長殿も…シーゲル=クラインと言ったが……」

ムウのそれは問い掛けでは無 く、確認だった。ラクスは嬉しそうに手を合わせて頷く。

「あら、シーゲル=クライン は父ですわ。ご存知ですの?」

無邪気というか…頭のネジが 数本抜けてるんじゃないかと思えるようなラクスの態度に、3人だけでなく、横にいたメイアも更にガックリと肩を落とした。

「ラクス嬢…それぐらいは普 通、知ってます」

「あら…そうでしたの。父も 有名なのですね」

その言葉にメイアは更に大き く溜め息をついた。

「……苦労するな」

「……ああ」

ムウの微かな同情にメイアも 素直に頷いた。

「……そんな方が、どうして こんな所に?」
「ええ…私、ユニウスセブンの追悼慰霊の事前調査に来てお りまして……そうしましたら、地球軍の艦と出会ってしまいまして……臨検すると仰るのでお受けしたのですが…地球の方々には、私どもの船の目的が、どうや らお気に障ったようで…些細な諍いから、船内は酷い揉め事になってしまいましたの」

ラクスは表情をやや悲しげに 寄せる。

「……私は、周りの者達にポッドで脱出させられたのですが…あのあと、どうなったのでしょう?」

「なんてこと……」

ラクスの語った内容に3人を 驚愕させずにはおかなかった。民間船の臨検はともかく、その後いざこざを起して民間船を攻撃するとは。

「はっ! コーディネイター が乗っていりゃ、軍も民間の艦も関係ないってか」

吐き捨てるようにメイアが呟 く。

彼女は見たのだ…撃沈された 民間船を……

その罵倒にマリューは顔を俯 かせ、ナタルはやや睨みつける。

「ある意味…意味があったか も知れないわね」

突然、その場に響いた声に全 員が眼を向ける。

ドアが開き、レイナが入って きた。

「作業はほぼ完了よ…出発は 何時でもできるって、ノイマン曹長が」

水の積み込みも完了し、レイナはそれを伝えにここへと来た。

「あ、解かりました」

マリューは呆気に取られて返 事する。

「それより…どういう意味 だ?」

ムウがややむっつりした表情 で尋ねる。

「…何がですか?」

「この嬢ちゃんが乗ってた艦 が攻撃されたことに意味があるかもって…話さ」

惚けるレイナにムウが詰め寄 る。

「…彼女が乗っていた……そ れが理由ですよ」

レイナはラクスを見やる。

ラクスはキョトンとして首を 傾げる。

「プラント評議会議長の娘… 重要人物としてはかなりのものよ。だから……墜した」

そこまで言われて、その場に いた全員が驚く。

確かにそう考えれば、民間船 を襲った理由が解かる。

だが…地球軍の艦がこのデブ リベルト周辺を航行していたことから、かなり早くにその情報を掴んでいたと考えるべきだろう。

「あくまで憶測ですけどね」

最後にそう付け加えた。

 

 

プラント最高評議会議長の娘にして歌姫であるラクス=クラインの行方不明はプラント中に大きな騒ぎを起こしていた。

整備と補給を終えたヴェサリ ウスが発進準備に入る。

《ヴェサリウス発進は定刻通 り…搭乗員は12番ゲートより速やかに乗艦せよ》

アナウンスに従い、アスラン は搭乗ゲートへと向かう。

その通路の途中でパトリック とクルーゼの姿を見つけて驚いた。

まさか、自分を見送りに来た とも思えない……

それによく見ると…パトリッ クの隣にはもう一人、人影がある。

後姿ではあるが、漆黒のザフ トの軍服に身を包み、青みが掛かったロングの銀髪…自分と年齢の近い少女のようだ。

話し込んでいる二人に向かっ て敬礼する、通り過ぎるとき、何気に少女を見やると、少女は顔をゴーグル型のサングラスで隠していた。

その出で立ちに驚くアスラン にパトリックが声を掛ける。
「アスラン、ラクス嬢の事は聞いておろうな?」
「はい」

少し前にラクスの乗っていた シルバーウインドがユニウスセブン付近で消息を絶ったというニュースを知ったばかりだ。

彼女の安否が気になる中、何 故ここにパトリックがいるのかが組み合わさり、アスランは驚きの声を上げる。

「…隊長、まさかヴェサリウ スが……」
「おいおい、冷たい男だな、君は。無論、我々が彼女の捜索に向かうのさ」

「でも、まだ何かあったと決 まったわけでは……民間船ですし……」

「いえ…事態はそうもいかな いのですよ」

アスランに向かって、パト リックの隣に立っていた少女が話し掛ける。

「貴方は……」

困惑するアスランに少女は微 笑を浮かべる。

「失礼しました…挨拶が遅れ ましたね」

少女はサングラスを取る…そ の下から現れた彼女の顔……いや、正確には彼女の瞳の色に驚いた。

血のように真っ赤に染まった 瞳…それが凄く印象的だった。

「ザフト軍特務隊所属、リン =システィです」

その名を聞いた瞬間…アスラ ンはやや表情を強張らせた。

「漆黒の…戦乙女………」

ポツリと漏らす。

 

『漆黒の戦乙女』…それはザ フトにとって畏怖と尊敬の意味を込めた異名。

パイロットである少女と、搭 乗機であるカスタムシグーのコードネームからこの字がついた。

だが…開戦初期から常にザフ トの前線で戦ってきた…腕は確かであった。

 

「先程の続きですが、捜索に 向かった同じ特務隊のメイア=ファーエデンの偵察型ジンも消息を絶っているのです」

その言葉に表情が更に険しく なる。

メイア=ファーエデンと言え ば、眼の前の漆黒の戦乙女と同じく蒼の稲妻と呼ばれるエースパイロットの名だ。

「本日付けで彼女がクルーゼ 隊に配属となる…お前達にはデブリベルトに向かってもらう」

「ユニウスセブンは地球の引 力に引かれ、今はデブリベルトの中にある…嫌な位置なのだよ」

確かに嫌な位置だ…地球に近 すぎる。

だからといって…あんな場所 を地球軍の艦が動いているとも思えないが……

「ラクス嬢とお前が運命られ た者同士だということはプラント中が知っておる。なのに、お前のいるクルーゼ隊がここでのんびりしているわけにはいくまい……彼女はアイドルなのだ、頼む ぞ、クルーゼ、リン、アスラン」

3人は敬礼で返事する。

念を押すように告げると、パ トリックは背を向ける。

その後姿を見送ると、アスラ ンは軽い嫌悪感を込めて呟いた。

「……彼女を助けて、王子様 気取りで戻れ…ということですか」

「もしくは…その亡骸を号泣 しながら抱いて戻れ……か」

アスランは驚いてクルーゼを 見やる。

時々、この上官は、無神経と いうより冷酷なところを垣間見せる。

そんなアスランの視線に気付 いたクルーゼは軽く笑みを浮かべた。

「どちらにせよ…君が行かな くては話しにならないとお考えなのさ、ザラ委員長は」

クルーゼは身を翻し、ヴェサ リウスへと乗艦していく。

やや表情を顰めるアスランに声を掛けるリン。

「では、私達も行きましょ う」

リンの促しに…アスランも ヴェサリウスへと乗艦していった……

 

 

 

尋問が終わり、メイアは捕虜 ということで独房へ連れて行かれることになり、連れ立って3 人が出て、レイナは不意にラクスを見やった。

ラクスは壁にあるモニターを 見ていた。そこにはデブリの中を漂う、荒れ果てたユニウスセブンの残骸が映されている。ラクスはそれを見ると、ハロを膝の上に抱き上げ、囁いた。

「祈りましょうね、ハロ…ど の人の魂も安らぐように……」

柔らかな眼差しが曇り、その 瞳は儚げになる。

そんな全てを悟り切ったよう な透き通った瞳に…レイナはやや唖然となった。

まるで…別人のようなその雰 囲気に………

 

 

「おい……聞きたいことがあ る」

独房へ連れていかれる途中、 メイアはムウに尋ねる。

「何だ?」

「あの少女……」

「ん…ああ、嬢ちゃんのこと か」

ムウは尋ねたがっている人物 の見当がつく。

「彼女…ずっとこの艦に乗っているのか?」

「……? ああ…といって も、ヘリオポリスからだけどな」

一瞬、質問の意図が解からな かったが……ムウは言葉を紡ぐ。

「……何て名だ?」

「レイナ=クズハ…それがあの嬢ちゃんの名さ」

「レイナ…クズハ……?」

予想していたものと違っていたのか、メイアは表情を顰める。

(似ている…あいつに……っ ていうか、瓜二つじゃねえか)

ここいはいない…自分が苦手 な相手を思い浮かべ、メイアは頭を振ってその考えを打ち消した。

(ただの他人の空似だよな……あいつがこんな所にいるわけないし)

 

積み込み作業を終えたアーク エンジェルが月へと進路を取り、出発した。

艦内を歩くキラは、食堂から甲高い少女の声が聞こえてきて、立ち止まった。

「嫌ったら嫌!」

「もう、フレイってば、なんでよ!」

フレイとミリアリアが、食事 のトレーを前に言い争っている。

キラは食堂に入り、傍にいた カズィに事情を問い掛けた。

「何があったの?」
「ああ、あのレイナって子が拾ってきた女の子の食事だよ。 ミリィがフレイに『持ってって』って言ったんだけど、フレイが嫌がって」

「つまり……私が原因ね」

後ろからボソッと聞こえてき た声にキラとカズィはギョッとして振り返る。

「騒がしいと思ったら……」

レイナが呆れ果てた視線で言 い争うミリアリアとフレイを見やる。

フレイが叫んだ。

「嫌よ、コーディネイターの 子の所に行くなんて、怖くって……」

「フレイッ!」

ミリアリアが慌てて嗜める。

フレイもキラに気付き、流石 に失言だと思ったらしい。

「あ…も、勿論キラは別よ。 でも、あの子はザフトでしょ。コーディネイターって、頭いいだけじゃなくて運動神経とかも凄く良いのよ!なにかあったらどうするのよ!? ねえ?」

よりにもよってキラに問い掛 けるフレイ。キラは答えられずに黙り込む。

「私が行くわ」

その時、レイナが一歩前に出 てトレーを持ち上げる。

「運べばいいだけでしょう… このままじゃ埒があかないし」

レイナはちらりとフレイを見 やる。

「な、何よ…」

軽蔑するようなその視線にフ レイは怯む。

「少なくとも、あの子は貴方 に飛び掛ったりはしないと思うわよ…無意味なことだし」

フレイに飛び掛って、その後 どうするというのだろう……

ここは仮にも地球軍の艦だ… 隔離か…重くて銃殺だろう……

まさか、あの少女にそんな自殺願望があるとも思えない…少なくとも、あの時に彼女の眼を見た限りは……

「まぁ、誰が誰に飛び掛った りするんですの?」
気まずい沈黙が支配する食堂に、おっとりとした声が響き、一斉に振り返った

そこには…噂の人物、ラクス=クラインがニコニコと立っていた……

レイナ自身もやや呆然となっていた……

 



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