「しかしまあ…補給の問題が解決したと思ったら、今度はピンクのお姫様に蒼の稲妻か…」

ムウがからかうようにマ リューを見やる。

「悩みの種がつきませんな… 艦長殿」

他人事のように言ってくれる ムウにマリューは溜め息をついた。

「彼女達もこのまま…月本部 へ連れていくしかないでしょうね……」

「もう寄港予定はないだろ う?」

「しかし、月本部へ連れてい けば…あの女の子の方は……」

蒼の稲妻であるメイアは間違 いなく、極刑が課せられるだろう……なにしろ、地球軍にとってザフトの重要な戦力の一端だからだ。

しかし、民間人であるといっ ても…ラクス=クラインは………

「そりゃ大歓迎されるだろ?  なんたって、クラインの娘だ。いろいろと利用価値はある」

ムウが皮肉っぽく呟く。

政治的なカードとして、彼女 を利用することはまず間違いない。

「でも…できれば、そんな目 に遭わせたくないんです。民間人の、まだあんな子供を……」

迷いを口にするマリューをナ タルがせせら笑うように反論する。

「そう仰るなら、彼ら は……?」

ナタルはブリッジを見渡し、 トールやサイを見やる。

「こうして操艦に協力し、戦 場で戦ってきた彼らだって、まだ子供の民間人ですよ」

「バジルール少尉、それ は……」

「キラ=ヤマトやレイナ=ク ズハ、彼らをやむを得ぬとはいえ、戦争に参加させておいて、あの少女だけは巻き込みたくない……とでも仰るのですか? 彼女はクラインの娘です……という ことは、その時点で既にただの民間人ではないということですよ」

マリューは反論できずに押し 黙る。

根っからの軍人気質の彼女に とって、マリューはあまいと思われているのだろう。

自分は艦長には向いていな い…と、マリューは思った。

 

 

 

「まあ、驚かせてしまったの ならすみません…実は私喉がかわいて……それにはしたないことを言うようですけど、随分お腹もすいてしまいましたの。あの、こちらは食堂ですか? 何かい ただけると嬉しいのですけど……」

「……って、ちょっと待っ た!!」

ようやく我に返った一同が慌 てる。

「鍵とかって、してない 訳!?」

「やだあ! なんでザフトの 子が勝手に歩き回ってんの!?」

「あら? 勝手にではありま せんわ…私、ちゃんとお部屋で聞きましたのよ? 『出かけてもよいですかー?』って、それも3度も…でもお返事がなくて……よろしいかと」

「…それを勝手に出歩いているって言うんじゃないの」

無邪気に笑うラクスにレイナはボソッと呟く。

「それに私はザフトではあり ません。ザフトは軍の名称で、正式には…ゾディアック・アライアンス・オブ・フリーダム……」

「何だって一緒よ!! コー ディネイターなんだから!!」

ラクスは首を傾げ、キョトンとした表情でフレイを見る。 

「……? 同じではありませ んわ。確かに私はコーディネイターですが、軍の人間ではありませんもの……貴方も、軍の方ではないのでしょう? でしたら、私は貴方と同じですわね?」

柔らかな微笑みと共に差し出 された小さな手。

だが、フレイは差し出された 手を見て後ずさった

「ちょっとやだ! やめて よ!! 冗談じゃないわ…なんで私があんたなんかと握手しなきゃなんないのよ!? コーディネイターのクセに馴れ馴れしくしないでっ!!」

嫌悪感を漂わせた表情でフレ イが叫ぶ。

決定的な断絶…キラの呼吸が 止まる。

「……キラ、その子の食事を 持って部屋へ連れてって」

傍観していたレイナはキラの 肩に手を置く。

「え……?」

「いいから」

キラは、愕然とした表情のま まレイナの手からトレーを受け取り、ラクスを連れ立って食堂を出て行く。

「……」

それを見送ると、レイナは食 堂から二人分のトレーを持ち上げる。

未だ、険しい表情で出入り口 を見詰めているフレイを見やる。

(醜い子……)

人を傷付けていることにも気 付かない…醜くて愚かな子。

レイナは無言のまま…食堂を 後にした。

 

 

 

「また…ここにいなくてはい けませんの?」

元の士官室に戻され、ラクスは寂しげに尋ねる。

「ええ…そうですよ」

食事のトレーを置いたキラ は、沈んだ気持ちを押し隠し、無理に笑い掛ける。

「つまりませんわ…ずっと一 人で……私も向こうで、皆さんとお話しながらいただきたい のに……」

むくれるラクスに、キラはま るで眩しいものを見たように視線を逸らす。

「これは…地球軍の艦ですか ら……コーディネイターのこと…その……あまり、好きじゃないって人もいるし…ってか、今は敵同士だし……」

胸に走る痛みを抑えて言葉を 紡ぐ。

「残念ですわね」

ラクスはキラの顔を見上げ、 包み込むような笑顔を浮かべる。

「でも、貴方は優しいんです のね……ありがとう」

その笑顔にキラはやや見惚 れ…やがて顔を真っ赤にして眼を逸らす。

「僕は…僕も、コーディネイ ターですから……」

ラクスは一瞬、眼を丸くして キョトンとしたが……キラは思った。

何故、コーディネイターが地 球軍にいるのか……そう聞かれると思ったが、その予想は裏切られた。

「そうですか…でも、貴方が 優しいのは……貴方だからでしょう?」

ドキン、と…キラの心臓が高 鳴った。

「お名前を教えていただけま す?」

「あ、キ、キラです…キラ= ヤマト……」

キラは慌てて答える。

「ありがとう……キラ様」

そう呼ばれた途端、キラは自 分が大昔の騎士にでもなったかのような錯覚に陥った。

穏やかな雰囲気が流れる 中……ドアが開く。

キラが驚いて見やると…そこ には食事のトレーを2つ持ったレイナが立っていた。

「レイナ…どうしたの?」
首を傾げて尋ねる。

「はい…これは貴方の分」

「え……?」

手渡されたトレーを見て、さ らに訳が解からなくなる。

そんなキラに構わず、レイナ は淡々と言葉を続ける。

「食堂に来たってことは食事 をしにきたんでしょう?」

「え…う、うん」

「今、あそこで食事ができる と思う?」

当然のように言われた言葉に、先程のフレイの拒絶の言葉を思い出す。

キラはレイナを見やる。

レイナは冷たいのか、優しい のかさっぱり解からない……

 

優しくはないが…傷つけたり もしてこない……

 

レイナだけがこの艦の中で さっぱり理解できない……レイナは時々、自分の心を見透かすようなことを言うから……キラの中では苦手な部分がある。

「ま、私にも責任があるし… ついでだから、そこの子の話し相手になってあげたら」
ラクスを見やると、穏やかな笑顔を浮かべている。

「ありがとうございます…貴 方は?」

「…レイナ……レイナ=クズ ハよ。ラクス=クライン」

「レイナ様…ですか」

3人の、奇妙な食事が始まっ た……

 

 

食事が終わり、キラが先に部 屋を後にする。

「キラ様もお優しいですけ ど、レイナ様もお優しいんですのね」
その不意打ちに近いラクスの言葉に、レイナは苦笑を浮かべた。

「違うわ……私は…優しくな んてない」

そう……自分は優しくなんて ない……

ただ…自分が信じる道を進む だけ……

たとえ、周りにどれだけ嫌わ れようとも……

答えたレイナに困ったように ラクスは微笑む。

「どうして…孤独であろうと するのですか?」

鋭い指摘にレイナはやや表情 を強張らせる。

「人は…一人では生きていけ ません……孤独は、貴方自身を苦しめるだけですよ」

やはり…この娘はただの世間 知らずの天然お嬢様ではないと、改めて思う。

「優しいっていうのは…キラ や貴方みたいなのを言うのかもね」
レイナは苦笑を浮かべ、部屋を後にする。

「私は……他人に干渉される のが嫌いなだけよ」

 

「いいえ…やはり貴方はお優 しいですわ…レイナ
出て行ったレイナに向けてラクスは言う。

「優しさを押し隠して…厳し いのですね……他人にも……自分自身にも」

優しさは人によって違う…厳 しさが……彼女の優しさの証。

強くて…孤独な……

「歌いましょうか……」

あの二人の心が穏やかでいら れるように………

優しい心が喪われないよう に……

 

 

廊下に出たレイナは先程のラ クスの言葉を反芻させる。

自分の心を見透かされたみた いで…誰にも気付かせない心の内を……

その時…彼女の耳に綺麗な歌 が聞こえてくる。

優しく…それでいて癒しを齎 してくれるような歌声……

「この歌が……貴方の優しさ の証なのね………」

レイナは、微笑を浮かべ、そ の場を後にした。

 

 

 

航行を続けるアークエンジェ ルに、1つの変化が走った。

通信席にいたパルは突然の計器の反応に驚いて、思わず持っていたドリンクを手放す。

「艦長!」

その声にマリューとナタルが 反応し、振り向く。

「つ、通信です!」

マリューやナタルは眼を見開 いて、パルに近づく。

「間違いないの?」

「間違いありません! これは地球軍、第8艦隊の暗号パルスです!」

「追えるのか!?」

「やってますよ!」

二人が覗き込む中で、やがて計器に、ノイズに似た独特の波形が現れる。

「解析します!」

パルがキーボードを操作し、 スピーカーからノイズ混じりの音声が聞こえてきた。

《こちら…第8艦隊先遣…… モントゴメリ………アー…ジェル……応答………》

聞き取れた言葉から、マ リューは安堵の笑みを浮かべる。

「ハルバートン准将旗下の部 隊だわ!」
ブリッジに歓声が沸き上がる。

「探してるのか、俺達 を……!? 位置は?」

「コープマン少佐の隊か?」

「待ってください…まだかな りの距離があるものと……」

「だが、合流できれば!」

チャンドラとノイマンが肩を 合わせる。

「ああ、やっと少しは安心で きるぜ!」

絶望の中で戦い続けてきた彼 らに…やっと希望の光が差した瞬間であった……

 


だが、アークエンジェルより 先にこの先遣艦隊に気付いた部隊があった。

ラクス=クライン捜索の任を 負ったヴェザリウスである。

ブリッジに呼び出されたクルーゼはリンと共に入室する。

「どうした?」

アデスはモニターを見やり、 クルーゼとリンも視線を追う。

モニターには、デブリベルト 周辺を航行する艦影が映っている。

「地球軍の艦艇と思われます が……こんな所で何を?」

アデスが疑問を口にする。哨 戒部隊にしては妙な位置である。

奥の作戦モニターに宙域図が 映し出される。

「どう思われる…システィ殿?」

クルーゼは同じくモニターを 見詰めているリンに問い掛ける。

「気に掛かります…この宙域はザフトの勢力圏が近い、目的もなしに航行しているとは思えません……」

リンはモニターを指差す。

「例の地球軍の新造戦艦、足 付きはアルテミス周辺でロストしています……仮に、アルテミスから月に向うとすれば、どの進路を取ると思います?」

「では、補給…もしくは、足付きの出迎えの艦艇ということも……?」

「その可能性は高いと思います」

アデスの問い掛けに頷くと、 クルーゼを見やる。

「こちらの位置はまだ気付か れていないな?……ロストするなよ、慎重に追うんだ」

「我々がですか? しかし、 我々には……」

アデスは当惑するが、クルー ゼは何時もの、何を考えているか解からない笑みを浮かべる。

「ラクス嬢の捜索も無論続けるさ…だが、たった1人の少女のためにあれを見逃す、というわけにもいくまい……私も後世、歴史家に笑われたくはないしな」

 

 

 

《方位45、マークヒトマル αへ進路修正完了、機関60%》

先遣艦隊とのランデブーポイ ントに向かって進路修正するアークエンジェル。

先遣艦隊のニュースは、避難 民とクルーに笑顔をもたらしていた。

そんな中で、フレイにサイが 良いニュースを持ってきた。

「パパが!?」

「ああ、先遣隊と一緒に来て るんだって。フレイのことは当然、知らなかったろうけど……さっき、こっちの乗員名簿、送ったからさ……」

「パパが…よかった……」

眼に涙を浮かべるフレイ。

「よかったね」

ここにも間違いなく希望の光 がさしていた。フレイの笑顔を見てサイも微笑む。

 

 

湧き立つ艦内とは裏腹に…レ イナは一人、無言のまま格納庫でルシファーを見上げていた。

……何か、嫌な予感がする。

そう…これまでにも、この感覚を味わった時は、ロクな事がなかった……

だが、今回のは一際大き い……

「………」

レイナは首筋に手を入れ、中 から首にかけていた、チェーンを取り出す。

チェーンの先に、紅く光るク リスタルが付けられていた。

クリスタルを握り締め…無言のまま…しばし……ルシファーを見上げていた………

 

 

時を同じくして…ヴェサリウ スの格納庫……

自身の愛機であるシグー:ヴァルキリーを見上げるリン……

(この感覚……)

今まで、感じたことのない感 覚……いや……昔にも…一度だけ、似たような感覚を感じたことがある……それは…遠い……記憶の彼方での……

「フッ…まさかね……」

リンは自分の胸元に見える チェーンの紅いクリスタルを見詰め…自嘲気味な笑みを浮かべて肩を竦める。

 

 

士官室で…歌うのをやめたラ クスはテーブルの上を転がるハロを突付く。

「では問題です…私達は…… 何処に向かっているのでしょうか?」

それは……解かりきったこと のようで………誰にも解からないものであった………

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

彼方より差し出される救 い……

だが…砲火の光が希望を砕 く……

 

黒衣を纏いし天使と…黒衣の戦乙女………

二人の闇を纏いし少女は… 今、巡り合う……

 

次回、「双翼の邂逅

 

運命を越えろ、ガンダム。

 



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