カタパルトデッキでは、メネ ラオスからの搬入作業が続いていた。

マードックが指揮を取り、次 々と物資が搬入されていく。

各種ストライカーパックに、 ストライク、ルシファー用の予備パーツに武装。

「おいおい、こいつは… IWSPじゃねえかよ」

補給品目をチェックしていた マードックが声を上げる。

ストライク用に開発された、 4番目のストライカーパック…だが、マードックも資料で読んだだけだったので、実物を見るのは初めてだ。

「あとは…スカイグラスパー 2機。大気圏用の機体じゃねえかよ」

搬入される、2機の戦闘機を 見詰めた。

 

 

キラは格納庫でストライクを 見上げていた。

既にルシファーの整備も完了 したらしく、格納庫には人影が見えない。

見納めのようにストライクを 見詰めている…この機体と共にここまでの戦いを潜り抜けてきたのだ……やはり、いざ降りるとなると一抹の寂しさも感じる。

その背後から声を掛けられ た。

「降りるとなると、名残惜し いのかね?」

不意に声が掛けられ、振り返 ると、キャットウォークの上にハルバートンが佇んでいた。

「キラ=ヤマト君だな?」

名前を呼ばれるとは思ってい なかったキラは、少し硬くなって頷く。

「報告書で見ているんでね。 しかし、改めて驚かされるよ。君達コーディネイターの力というものにな」

ハルバートンの言葉にキラは 身を硬くしたが、ハルバートンの眼にはごく普通の少年を見詰めるようにしか見えなかった。

「ザフトのMSにせめて対抗 せん……と造ったものだというのに、君らが扱うととんでもないスーパーウェポンになってしまうようだな、こいつらは」

ハルバートンは並び立つスト ライクとルシファーを見詰める。

「え、ええと……」

キラは返答に詰まる。色々、 話したいと思っていたが、実際に会うと、何を言えばいいか解からず、上手く言葉が出てこない。ハルバートンはそんなキラを温かい眼で見詰める。

「君のご両親は、ナチュラル だそうだが?」

「え、あ……はい」

「どんな夢を託して、君を コーディネイターとしたのか……」

キラは言葉に詰まる。今ま で、両親にそんな事を尋ねたことがなかった。

「……なんにせよ、早く終わ らせたいものだな、こんな戦争は」

その時、キャットウォークの 向こうから一人の士官がやってきてハルバートンに声を掛けた。

「閣下、至急…メネラオスか らお戻りいただきたいと……」

「やれやれ、君らとゆっくり 話す暇もないわ」

ハルバートンは肩を竦め、 真っ直ぐにキラを見た。

「ここまでアークエンジェル とGを護ってもらって感謝している。良い時代が来るまで、死ぬなよ」

そのまま身を翻して去ってい こうとするハルバートンに向かって、キラは慌てて呼び止め、遠慮がちに尋ねた。

「あの…アークエンジェ ル……ラミアス大尉達は、これから……?」

「アークエンジェルはこのま ま地球に降りる。彼女らはまた、戦場だ」

さも当然のようにハルバート ンは答えた。

マリュー達は軍人であり、 アークエンジェルは戦艦なのだから…だが、キラがいなくなってこの艦はどうなる……誰が、ストライクを………

何時の間にか、キラ自身も気 付かぬうちにこの艦とストライクに、愛着のようなものを感じていたのだ。

逡巡するキラを見て、ハル バートンは口を開いた。

「君が何を迷っているのかは 解かる。確かに魅力的だ、君の力は…軍にとってはな」

窺うようにキラはハルバート ンの顔を見た。だが、その表情には、裏があるようには見えず、優しい視線を浮かべている。

「だが、君がいれば勝てると いうものでもない。戦争はそんな甘いものではない。自惚れるなよ」

「で、でも…『できるだけの 力があるなら、できる事をしろ』と!」

かつて、ムウに言われた言葉 を口にすると、ハルバートンは何とも言えない表情を浮かべる。

「その意志があるなら…だ」

キラは言葉を呑んだ。

「意志のないものに、なにも やり抜く事はできんよ」

そう言ったハルバートンの眼 には、確かに強固な意志を感じさせる光が宿っていた。

 

 

格納庫を出た、ハルバートン は部下に先導され、通路を歩いていた。

その時、通路の奥に…消えて いく人影が見えた。

ハルバートンは足を止める。

「閣下……?」

「先に行ってくれ…すぐ戻 る」

部下にそう告げると、ハル バートンは人影が消えていった後を追った。

 

展望デッキに入るレイナ……

強化ガラスの前に立ち、眼前 に拡がる宇宙を見詰めている。

手には、先程…避難民の中に いた女の子が手渡してくれた折り紙の花が握られている。

『護ってくれてありがとう、 お姉ちゃん』……そう言って、笑顔で手渡してくれた。

レイナは、どう答えていいか 解からなかった。

自分は別に…礼を言われる 程、大したことをしたわけではない。

不意に…何かを感じ、前を見 据える。

(感じる……リン…シス ティ………私の…喪われた記憶を…呼び醒ます存在…貴方は…誰なの……?)

艦隊の遥か奥に感じる、相手 の存在……

静かに腹部を見やる…既に体 力は回復したが、傷跡は…やはり、完全には消えない。

これもまた…自分に架せられ た業なのだろうか……

軽く溜め息をつくと、気配を 感じて振り返る。

「……君とは、まだ挨拶を交 わしていなかったな…レイナ=クズハ君だね?」

優しげな視線を浮かべるハル バートン…レイナは軽く頷き返した。

「君のことを調べさせても らった…君は、オーブにその身を置いていない……」

軽く表情が強張る。

「そして…君の『クズハ』の 姓……もしや、君は…ウェラード=クズハの関係者かね?」

今度こそ、レイナの瞳が驚愕 に見開かれた。

だが、それも一瞬のことで、 すぐにレイナはいつもの無表情を浮かべる。

「…懐かしい名ね……別に、 それ程親しい間柄じゃない。ただ、数年前に、一時期拾ってもらっただけよ」

「そうか……ウェラードはど うしている?」

レイナは視線を逸らし、宇宙 を見詰める。

「………死んだわ。私に… 『クズハ』を託して」

「そうか…惜しい男を亡くし たな」

驚くのでもなく、ただ感慨深 げに、ハルバートンはトーンの落とした声で答える。

「よく言っていたわ…『俺が 抜けても、ハルバートンの奴がいれば、軍は腐らない』って」

ハルバートンは苦笑を浮か べ、肩を落とす。

「過大評価しすぎだな、奴 も…実質、軍は腐り始めている……私の力など、微々たるものでしかない」

「……一つ聞かせて…貴方 は、この戦争をどう思っているの?」

振り返り、真剣な表情で問い 返すレイナ。

「ナチュラルとコーディネイ ター……どちらかが滅びなければ、この戦争は終わらない…貴方はそう思っている……?」

誤魔化しを赦さないような… 迫力を込めた視線を、ハルバートンも受け止める。

「少なくとも…私個人はそう 思っていない。我々は、同じ『人間』なのだから……」

だからこそ、ハルバートンも 自分の思想を語る。

今の情勢が…どれ程、それを 困難にしているか……それも承知で。

「逆に問おう…君はどう思っ ているのかね?」

「………さあね。私は別に興 味はないし…どちらが勝とうとも、滅びようとも…結局は同じことの繰り返し……フフフ、こう考えるのは、私自身がイレギュラーなだけかもしれないけど」

苦笑を浮かべ、肩を竦める。

「イレギュラー……?」

「…そう。ナチュラルとコー ディネイター……どちらにも属せない、この世界の異端者…私には、最初から居場所なんてないのかもしれない……」

儚げに、遠くを見詰めるレイ ナに…ハルバートンは、まるで孫娘を見るように優しい視線を浮かべる。

「これから…どうするのか ね?」

「ここでアークエンジェルか らは降りるつもりだった…地球に降りて、旅でもしようかと思ったけど…気が変わった……」

ハルバートンは眉を寄せる。

「アークエンジェルに同行さ せてもらうわ…でも勘違いしないで。私は、軍に入るつもりはない……ただ、私がやろうとしていることに都合がいいから、ここに残る…それだけよ」

踵を返し、ハルバートンの横 を通り抜けていく。

「急いだ方がいいわよ……ザ フトが来るわ」

それだけ告げると…レイナは その場を去った。

 

 

そして…メネラオスから敵艦 隊発見の報告が届き、アークエンジェルのブリッジでも、その動きを捉えていた。

「ナスカ級1! ローラシア 級2! 方位グリーン8アルファ500、会敵予測15分後です」

マリューは思わず立ち上が る。

アークエンジェルをずっと追 い続けてきた敵に、増援部隊が到着したのだろう。

しかし、これだけの艦隊に攻 撃を仕掛けてくることに、マリューは戦慄する。

異常とも言えるほどの敵の執 念深さを感じ、彼女は冷たい感触が喉元に突きつけられたような錯覚を覚える。

その感覚を振り払うように、 彼女は指示を出す。

「搬入作業中止! ベイ閉 鎖! メネラオスへのランチは!?」

「まだ出ていません!」

「急がせて! 総員、第一戦 闘配備!!」

 

 

 

敵の接近が知らされたことで アークエンジェルではランチの発進が急がれていた。

キラもデッキにやってきた が、そこに友人達の姿は無く、デッキで暫く待っていると、子供特有の高い声が響き、そちらに振り返った。避難民のマスコット的な存在だったあの女の子がキ ラを見つけて飛び出してきたのだ。

「おにいちゃん、これ」

舌足らずな調子で言うと、片 手を差し上げ、手に握られている折り紙の花を見、キラは眼を瞬かせる。

「……僕に?」

「うん、もう一人のおねえ ちゃんにもあげたんだよ。いままでまもってくれて、ありがと」

キラは小さな手から差し出さ れた花を受け取えい、女の子はバイバイと手を振り、母親の方へと戻って行く。キラは折り紙の花を見詰めていると、背後から急にヘッドロックをかけられた。 こんなことをする相手は決まっている。

「うわ、やめろよトール!  なに、皆いないから……」

笑いながら振り返ったキラは 言葉に詰まった。

トール達の姿があったが、全 員、何故か地球軍の軍服のままだったのだ。

怪訝な顔のキラにトールが一 枚の紙を突き付ける。

「これ、持って行けって。除 隊許可証」

「え?」

「俺達、残る事にしたから さ」

「残る……?」

「アークエンジェル…軍に さ」

キラは眼を見開き、仲間達の 顔をまじまじと見た。

「どういう事…なん で………?」

「フレイが志願したんだ。そ れで俺達も……」

サイが答え、キラが更に驚愕 する。

まさか、フレイが軍に志願す るとは予想できなかったのだ…細かく問いただそうとすると、艦内に警戒警報が響き渡る。

《総員第1戦闘配備! 繰り 返す、総員第1戦闘配備!》

 

 

第8艦隊目掛けて進撃する3 隻のザフト艦……

ヴェサリウスを中心に、 ツィーグラー、ガモフが並行して航行している。

それぞれの格納庫では、MS の発進準備が進められている。

《MS発進は3分後…各機、 システムチェック》

リンやアスラン、そしてリー ラがそれぞれの機体へと向かう。

「リーラ…これが君にとって の初陣だ…君は後方からの援護に回ってくれ」

「はい!」

リーラを気遣うアスラン。

初陣から、こんな大きな作戦 に駆り出されるとは……正直、不安が伴う。

リンは二人を一瞥すると、愛 機のヴァルキリーに乗り込み、アスランはイージスに、リーラはリベレーションに乗り込んだ。

コックピットに収まったリー ラはOS画面を起動させる。

ザフトのシンボルマークが浮 かび上がり、セットアップが始まる。

 

-eneral

-nilateral 

-euro−Link 

-ispersive 

-utonamic 

-aneuver

 

地球軍のXナンバーと同じ文 字が浮かび上がる。

(いよいよ始まる……私の戦 いが)

やや緊張した面持ちで、操縦 桿を握り締める。

この機体は、超長距離からの 狙撃を目的とした機体であり、アスランの言う通り、後方からの援護が運用的には適している。

だがそれでも、初陣というプ レッシャーが襲う。

(大丈夫……私は、翔ぶん だ…自由を求めて…人形じゃない、私を求めて!)

キッと前を見据える。

「リン=システィ…出撃す る!!」

「アスラン=ザラ…出 る!!」

ヴァルキリーとイージスが発 進し、続けてリベレーションがスタンバイする。

右手に大型スナイパーインパ ルスライフルを構え、左手には予備マガジンを搭載したシールドを装着している。

「リフェーラ=シリウス…リ ベレーション、いきます!!」

ヴェサリウスから発進し、 PS装甲がONとなる。

灰色のボディに紫のカラーリ ングが施され、リベレーションは今…飛び立った。

 

《全隔壁閉鎖、各科員は至急 持ち場につけ!》

ガモフやツィーグラーでもジ ンやバスター、ブリッツが発進していく。

そして、ガモフの医務室から 荒々しく飛び出すイザーク。

顔の半分以上に包帯を巻き、 その表情は苦痛に満ちている。

「ダメですよ! まだ安静 に……」

「うるさい! 離せ!!」

追い縋る衛生兵の手を払いの け、鬼気迫る表情でイザークはMSデッキへと向かう。

自分より本来劣ったはずの、 ナチュラルの駆るストライクに負わされた傷は、彼の自尊心を大きく傷つけていた。

この傷は死にも等しい恥辱で しかない……だからこそ、ストライクを討つために、こんなところでグズグズしているわけにはいかない。

イザークは、既に改修の完了 したアサルトシュラウド装備のデュエルに乗り込んだ。

《よせ、イザーク! お前は まだ……》

「うるさい! さっさと誘導 しろ!!」

管制官の制止をヒステリック に跳ね除け、固定アームを外し、デュエルが発進態勢に移る。

(ストライクめ……アサルト シュラウドが貴様に屈辱を晴らす!)

ギリリと奥歯を噛み締め、 デュエルが発進した。

 

 

 

警報に、トール達が反射的に振り返り、持ち場へ向おうとする。背後から声が掛かった。

「おい、そこの。乗らんの か、出すぞ!」
「待ってください、こいつも乗ります!」
「トール!?」

トールはキラの肩をぐっと掴 み、しばしその顔を見詰めると、片目を閉じてニヤっと笑う。

「これも運命だ。じゃあな、 お前は無事に地球に降りろよ!」
「元気でね、キラ!」
「生きてろよ!」
「何があっても、ザフトには入らないでくれよな!」

各々の別れの言葉に、キラは 顔を俯かせた。

取り残される不安感と、これ でいいのかという焦燥が圧し掛かってくる。

本当に、これでいいのか…こ のまま何もかも放り出し、平穏な生活に戻れるのか……

それに、アスランのことは… このまま降りれば、もう彼とも戦う心配はないかもしれないが……こんな中途半端なまま、放り出していいのか……?

呼吸が荒くなり、キラは右手 にある除隊許可証と左手にある折り紙の花を見る。

これ以上、同胞と戦わずにす む…だが、それでも自分には力がある。

皆を護るだけの力が……

背後からランチの搭乗員の急 かす声が聞こえ、キラは決断した。

「行ってください!」

くしゃくしゃになった除隊許 可証を残し、キラは床を蹴った。

 

 

ロッカールームに入ったレイ ナは、パイロットスーツを着込む。

そう……このまま降りるわけ にはいかない……やっと見つけたのだ。

自分の…喪われた過去を知る 者が……だからこそ………

不意に、手に持った折り紙の 花を見やり、苦笑を浮かべ、ヘルメットを被る。

そして……MSデッキへと向 けて、駆けた。

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

それぞれが選んだ道……

その決断は、彼らに何をもた らすのか……

 

堕天の少女は再び戦乙女と向 き合う………

 

そして…少女は己の力を解放 する………呪われた力を……

 

次回、「呪われた瞳」

 

震える大気を…斬り裂け、ガ ンダム。



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