そして…先程の一団と同じようにアークエンジェルをじっと観察する者達があった。

「どうかな、噂の大天使の様 子は?」

「はっ、依然、なんの動きもありません!」

赤外線スコープで監視してい た副官:マーチン=ダコスタが上官に報告する。

「う〜冷えるねえ、砂漠の夜 は…こんな時はこれに限る」

上官は徐に取り出したポッド からコーヒーをカップに注ぐ。

「君も飲むか、コーヒー?  暖まるぞ」

「いえ…お構いなく」

迷彩服に身を包み、日に焼け た精悍な顔を持ち、湯気の漂うコーヒーカップを持つこの男こそ、ザフト軍地上部隊の名将の一人にして名パイロット、アンドリュー=バルトフェルド……通 称、砂漠の虎だ。

「地上はNジャマーの影響で 電波状況がめちゃくちゃだからな。『彼女』は未だ、スヤスヤとお休みか……」

バルトフェルドは手に持った カップを口に運ぶ。

「んっ!?」

「…何か!?」

バルトフェルドの表情の変化 に、ダコスタは慌てて赤外線スコープを見直し、身構える。

「いや…今回はモカマタリを 5%減らしてみたんだがね」

「はあ?」

「これはいいな」

どうやら…先程の変化は、飲 んでいたコーヒーの感想だったらしい。

ダコスタは思いっきり脱力し てしまった。

この上官の趣味は…コーヒー の自己ブレンドなのだ。

悠然とした足取りで、その場 を後にし、砂丘を滑るように降りていき、飲んでいたコーヒーのカップを放り投げられ、ダコスタは慌ててキャッチする。

月の光に照らされた砂丘の麓 に、巨大な影が幾つも鎮座している。その周囲にはヘリやバギーが並び立ち、急がしそうに動き回る人影が見られる。

バルトフェルドが歩み寄って いくと、彼らは素早く集合する。

「では、これより…地球連合 軍新造艦:アークエンジェルに対する作戦を開始する」

声は張っているが、口調は無 造作だ。

「現在確認されている敵戦力 は、あの戦艦本体とMS2機、宇宙用MA2機のみである…目的は敵艦、及び敵MSの戦力評価だ」

「倒してはいけないのであり ますか?」

にやつく部下達にバルトフェ ルドは考え込む。

「まあ、その時はその時だ が……ただ、アレはクルーゼ隊が遂に仕留められず、ハルバートンの第8艦隊が多大な犠牲を払ってまで地上に降ろした艦だ。その事を忘れるな……一応な」

最期に付け加えられた一言 に、部下達の顔に自信が現れる。

「では、諸君の健闘と無事を 祈る! 総員搭乗!!」

部下達は一斉に敬礼し、四方 へと散り、各々の愛機に搭乗していく。

そして、バルトフェルドもダ コスタが運転するジープに乗り込んだ。

「うーん…コーヒーが美味い と気分がいい……」

刹那…瞳がキリッと細まっ た。

「さあ…戦争しにいくぞ!」

 

 

 

「少佐、大尉、今日はこれぐ らいにしときましょうや」

マードックがスカイグラス パーのコックピットに収まっているムウとアルフに声を掛ける。

今朝からほとんど一日中、ス カイグラスパーの調整を行っていた。

「あとの調整は実際に飛ばし てみないと解からねえですよ」

「う…ああ〜…そうだ な……」

ムウは欠伸をかき、背伸びを する。

「そうっすね…細かい微調整 の方は明日にしますか」

ムウとアルフはコックピット から出る。

「嬢ちゃんの意識も戻った し、明日は移動するかもしれんからな……とっと仕上げたいところだが……」

そう言い、2機のスカイグラ スパーを見やるのであった。

だが…アークエンジェルのク ルーが静かな休息を取ることはなかった。

数十分後……敵襲が起こっ た。

 

 

《第二戦闘配備発令! 繰り 返す、第二戦闘配備発令!》

寝静まりかけた艦内に、突如 として警報が鳴り響き、マリューや休息を取ろうとしていたムウやアルフは飛び起きた。

「敵……!」

まどろみの中にいたキラは、 一拍遅れで警報に気付き、身を起こす。

そして…素早く周囲に散ら ばっている服を身に着け始めた。

何かを決意したように瞳をギ ラリと輝かせる。

「……もう誰も死なせな い……死なせるもんか……!」

キラは軍服の上着を引っ掛 け、部屋を飛び出す。

ドアが閉まり、その足音が遠 ざかっていくのを…キラのベッドから顔を出したフレイはぼんやりとした表情で聞いていた。

シーツの下から、現れる華奢 な裸体と、肩から鮮やかな赤い髪が流れ落ちる。

フレイはだるそうに枕に顔を 埋めた。

「…ふ……ふふ………」

乾いた笑いが漏れ、身震いす ると、彼女は自身を抱き締め、シーツの中で身を縮める。

「護って…ね……」

……もう、後戻りはできな い。彼女は賭に勝ったのだ………

キラを、戦いに引きずり込む ことに成功したのだ。

自分が受けた傷を、他の誰か に償わせる……理不尽としか言いようがないこの論理。

フレイはそのために…コー ディネイターであるキラを選んだ。

幼くして母親を亡くしたフレ イにとって、父親であるジョージ=アルスターは唯一の家族だった。

父親が死んだ時に…彼女を取 り巻く世界が崩壊したのだ。

父を殺したコーディネイター に復讐するために…コーディネイターであるキラを使って……戦う術を持たない自分の代わりに……

そのために、彼女は軍へ志願 した…キラを戦場に縛り付けるために。

たとえそのために、サイ達を 巻き込もうが、自身がどうなろうが…構わなかった。

「あの子も…きっと殺 す……」

フレイの標的はキラだけでは ない……

自分の傷を抉った少女…憎む べきもう一人のコーディネイターと思しき少女……レイナ=クズハ。

彼女にも必ず復讐する……だ が、その前に…キラを自分のものにするために彼女は敢えてその身を差し出した。

彼女の…レイナの容姿に…… フレイは危機感を抱いた。

ただでさえ、容姿では敵わな いのだ……キラがレイナに惹かれる前に自分のものにした。

そして…まずは、キラに復讐 をさせる。

もはや、キラはフレイを護る ためなら、同胞を…かつての友を殺すことも厭わないだろう……コーディナイター同士で殺し合い、双方滅びればいい……

「……あいつら…みぃん な……やっつけて………」

あどけなく笑い、その隠され た眼から…涙が零れたのに気付かなかった……

 

 

砂丘を越えて飛来するミサイ ルをイーゲルシュテルンで撃ち落す。

艦内が振動に包まれる…その 時、ブリッジにマリューが現れ、素早く艦長シートに座る。

「状況は!?」

「第一波ミサイル攻撃6発!  イーゲルシュテルンにて迎撃!」

「砂丘の陰からの攻撃で発射 位置、特定できません!」

マリューは表情を引き締め、 すぐさま指示を飛ばす。

「第一戦闘配備発令! 機関 始動! フラガ少佐、クオルド大尉、ヤマト少尉は搭乗機にてスタンバイ!」

「クズハ特務中尉は!?」

不審に思ったナタルが尋ねる と、マリューは首を振る。

「彼女はまだ出られませ ん!」

傷ついている少女を出すな ど…マリューにはできなかった。

ナタルは納得できないながら も、口を噤む。

 

 

格納庫に駆けてきたムウとア ルフはスカイグラスパーを出せるようにマードックに掛け合っているが、マードックは首を横に振る。

「とにかく、飛べるようにし てくれるだけでいいんだよ!」

「それが無理だって言ってる んでしょうが! 弾薬の積み込みも間に合わねえし!」

「せめて一機だけでも飛べる ようにはならないのか!?」

三人の言い争いを横に、パイ ロットスーツを着込んだキラは重力を苛立たしく感じながら、ストライクに乗り込んだ。

 

 

砂丘の陰から姿を現した戦闘 ヘリの部隊は、アークエンジェルに向かって砲撃を開始する。

「5時の方向に敵影3! ザ フト戦闘ヘリ『アジャイル』と確認!」

「ミサイル接近! 機影ロス ト!」

「フレア弾散布! 迎 撃!!」

ナタルは矢継ぎに指示を飛ば す。

放たれた照明弾がアークエン ジェルの周囲を明るく照らし、影の見えたミサイルに向かってイーゲルシュテルンで迎撃する。

爆発が船体を激しく揺らす。

その時、CICのミリアリア の元に通信画面が開く。

《敵はどこだ!? ストライ ク、発進するぞ!》

「キラ? 待って、ま だ……」

ミリアリアは驚くが、既にキ ラはヘルメットバイザーを下ろし、戦闘体勢に入っている。

キラは全くミリアリアの言葉 に耳を傾けず、発進を急かす。

《早くハッチを開けて!》
「待て! まだ敵の位置も戦力も解かってはいない! 発進命令も出ていない!」
ナタルは嗜めるが、キラは聞き入れない。

《何呑気なこと言ってるん だ! いいから早くハッチ開けろ! 僕が行ってやっつけてやる!》

「キラ……」

キラが、自ら進んで戦場に向 かおうとしていることに…ミリアリアは呆然となる。

そんなミリアリアを気に掛け るのでもなく、キラは荒々しく叫んだ。

《早く!》

「艦長…」

ナタルはマリューの指示を仰 ごうと上部を見やる。

「言いようは気に入らないけ ど、出てもらうほかないわね…艦の砲では小回りがきかないわ。ストライク、発進させて!」

マリューはややむっとした口 調で答え、アークエンジェルのハッチが開いていく。
「ストライク発進! 敵戦闘ヘリを排除せよ! 重力を忘れるな!」

ナタルの号令とともに、スト ライクは発進する。

 

 

ランチャーストライクがリニ アカタパルトから射出され、急速に近づいてきた地表にキラは戸惑う。

宇宙での戦闘経験しかないキ ラが、重力下での制約に戸惑いを覚えるのも無理はない。

「…うっ………!」

着地の態勢が崩れ、ストライ クは足元を砂に取られる。

そこへ、砂丘から姿を現した アジャイルがミサイルで攻撃してきた。

キラは慌てて迎撃しようとす るが、立ち上がろうとすると、足が細かく流れるような砂地に取られ、バランスを崩す。

ミサイルが着弾する瞬間、キ ラはPS装甲を作動させた。

爆煙が立ち昇るが、風に煙が 吹き消されると、鮮やかなトリコロールの機体が姿を現わす。

「このぉぉ!!」

ストライクはアグニを構える が、アジャイルは素早く砂丘の陰に隠れ、機体が傾き、発射姿勢も保てない。

流れ落ちる砂の粒子に、スト ライクは足を沈めていく。

 

 

ストライクの姿を、離れた場 所から赤外線スコープで確認するバルトフェルド。

「出てきました…アレが報告 にあった内の一機、X105:ストライクですね!?」

ダコスタの言葉に、眼を細め る。

「バクゥを出せ…反応を見た い」

 

 

キラはアジャイルを追い、ス トライクをジャンプさせるが、ストライクのスラスターでは重力下での長時間の滞空を保つだけの推力はない。瞬く間に、砂丘に着地するが、またもや砂に足を 取られ、バランスを崩す。立ち上がろうとしても思うように動けず、キラは唇を噛む…その時、コックピット内にアラートが響いた。

砂丘の向こう側から、黒い影 が躍り出る…先のアジャイルとは違う……キャタピラを駆動させて接近してきたが、刹那…影は宙に舞い、四脚で砂の大地を駆けた。

獣を感じさせる機体は、敏捷 な動きで、ストライクに襲い掛かった。

一機に弾き飛ばされ、ストラ イクは砂に倒れる。

間髪入れずに同型機と思しき 影がストライクに向かって背中のミサイルランチャーで狙い、ストライクは激しい爆発に襲われる。

「宇宙じゃどうだったか知ら ないがなぁ……」

「ここじゃ…このバクゥが王 者だ!」

 

 

「アレは…!」

見慣れない機体に、マリュー は眼を見開く。

「キラ!」

爆発に包まれるストライクに 不安げな声を上げるミリアリア。その横で機種特定をしていたサイが報告する。

「敵機5! 機種特定… TMF/A−802、ザフト軍MS、バクゥと確認!」

「バクゥだと!?」

ナタルが驚きの声を上げる。

地上戦に特化した4脚のMS であるバクゥを相手に、汎用機であるストライクでは分が悪い。

ストライクは懸命にアグニで 応戦するが、バクゥは砂の大地を滑るように動き回る。

動きの鈍いストライクに向 かって450ミリ2連装レールガン、ミサイルランチャーで攻撃してくる。

バクゥに翻弄されるばかりの ストライクにナタルが歯噛みする。

「スレッジハマー、撃て!」

「ストライクに当たりま す!」

トノムラが抗議するが、ナタ ルはぴしゃりと遮る。

「PS装甲がある!」

「しかし…!」

「命令だ! あれではどうに もならん!」

不利な戦闘になんとか介入し なければならない。

「…了解、スレッジハマー発 射!」

トノムラは強張った表情で操 作し、アークエンジェルの艦尾からミサイルが放たれる。

「キラ…よけて!」

ミリアリアが叫んだ。

だが、ミサイルが放たれた瞬 間、バクゥは瞬時に身を翻し、その場を離脱するが、砂に足を取られて満足に動けないストライクが逆に直撃を受けた。

 

「……うっさいわね」

戦闘の振動が医務室にまで伝 わり、眠りから醒めたレイナはぼやくように呟いた。

「…とは言え、このままじゃ ゆっくり休めやしない」

気だるそうに立ち上がり、か ろうして胸が隠れている包帯のまま、レイナはジャケットを取り、前を肌蹴させたまま身につけると同時に駆けていく。

すぐに格納庫に飛び込むと、 整備班が急ぎスカイグラスパーを一機出そうと走り回っている。

それを横に、レイナはルシ ファーへと近づく。

「ん? って、おい嬢ちゃ ん!」

レイナに気付いたムウが叫 ぶ。

驚くのも無理はない…つい今 朝方まで意識不明だった人間が動き回っていれば、当然こうなるだろう。

レイナは構うこともなく、ル シファーのキャットウォークに昇っていく。

「おい、嬢ちゃん! 無茶だ ぞ、そんな身体で!?」

アルフも驚く…パイロット スーツも着ないままで、レイナはコックピットに入りかける。

「……出ます、またキラが無 茶やってるみたいだから」

呟くように告げると、コック ピットに入り込み、ハッチを閉じる。

同時にルシファーの瞳に光が 灯り、ルシファーはカタパルトに向かって歩き出す。

整備班は慌てて退避し、ムウ やアルフは舌打ちし、急ぎスカイグラパーを発進できる準備を進める。

カタパルトデッキでビームラ イフルだけを選択し、手に持つと、発進ゲートが開いていく。

《レイナさ…クズハ特務中 尉、何を……!》

通信機からマリューの声が聞 こえてきた。

(…特務中尉? ああ、私そ んな立場になってるんだ)

自分に階級が与えられていた ことも知らなかったが、大方、ハルバートンの配慮だろう。

(少しでも動きやすくするた め、か……)

少しばかり、ハルバートンに 感謝の念を送ると、レイナはPS装甲を起動させる。

「……出ます」

《でも、貴方はまだ…》

「私のことなら心配無用で す…それに、私は雇われた身ですから」

素っ気なく答えると、通信機 を閉じ、レイナは操縦桿を握り締める。

(……地上戦は久しぶりね)

軽く笑みを浮かべ、ペダルを 踏み込んだ。

「レイナ=クズハ…出撃す る!」

 

 

アークエンジェルから放たれ たミサイルはバクゥに当たらず、ストライクに直撃したのを見て、バルトフェルドはやや呆れた笑い声を上げる。

「あ〜らら、パイロットに優 しくない指揮官だな。それとも信頼してるのか…?」

母艦からの援護は逆にストラ イクを窮地に追い込み、ストライクはいいように翻弄される。

スラスターを噴かし、飛び上 がってアグニを放つが、バクゥは難なくかわし、着地した瞬間を狙ってミサイルを放ってくる。

「確かにいいMSだ…パイ ロットの腕もそう悪くはない」

そこまで区切ると、バルト フェルドは冷静に言う。

「だが、所詮人型…この砂漠 でバクゥには勝てん」

その時、アークエンジェルを 監視していたダコスタが顔を上げた。

「隊長、敵艦より新たな機影 を確認!」

バルトフェルドは赤外線ス コープを覗いたまま、視線を移動させる。

そして…アークエンジェルを 発進し、飛行してくる漆黒の機体が映る。

「ほう…アレが報告にあった 最後の一機、X000:ルシファーか」

赤外線スコープに映るルシ ファーは真紅のスラスターを噴かし、アジャイル部隊に向かっていく。

「大天使に…堕天使……ね」

 

 

出撃したルシファーはウイン グスラスターで姿勢を保ち、飛行する。

「やっぱ、重力の影響があ る…スラスター制御を再設定、重力への影響を計算……及び、接地圧をマイナスに再設定」

瞬時にOSを変換させると、 眼前のレーダーに敵機の映像が映る。

アジャイル部隊だ…こちらに 向かってミサイルを放ってくる。

だが、レイナの瞳には、その 弾道が全て見える。

直撃すると思しきコースを瞬 時によけ、ミサイルはルシファーをすり抜けるように飛び、爆発する。

その爆発から姿を現し、一気 にアジャイル部隊に接近すると、ビームライフルを撃とうとするが、既にエネルギーゲージがイエローゾーンに入りかけているのに気付いた。

「ちっ…飛行はできても、こ れじゃ役に立たないじゃない!」

宇宙空間でのスラスター駆動 もそうだったが、大気圏内での飛行も可能とはいえ、ここまでエネルギー効率が悪いとは……

「流石、試作機といったとこ ろかしら…」

内心、溜め息をつくと、ビー ムライフルを下げ、アジャイル部隊目掛けてイーゲルシュテルンで迎撃する。

MSとは違い、バルカンでも 十分に応戦できる。

アジャイルを数機撃ち落す と、残りは体勢を立て直そうと後退していき、レイナは眼下の砂漠でバクゥ相手に奮戦しているストライクに気付く。

「あのバカ…また勝手に先 走って」

軽く舌打ちし、降下してい く。

 

キラはアグニを放ちながら、 ストライクをジャンプさせる。

着地と同時にまたジャンプ し、その間に素早くキーボードを叩く。

「接地圧が逃げるんなら合わ せりゃいいんだろ! 逃げる圧力を想定し摩擦係数は砂の粒状性を数値マイナス20に修正……っ!」

何度もジャンプを繰り返し、 キラは運動プログラムを砂地に対応させる。

この動きに、いい加減鬱陶し くなったバクゥは着地点目掛けて直接攻撃に入ろうとしていた。ストライクは着地するが、今度は体勢を崩さなかった。

キラはモニターを睨みつけ、 飛び上がって襲い掛かってきたバクゥ目掛けて蹴りを喰らわせる。バクゥは勢いよく飛ばされ、砂に沈む。そのストライクに向かって背後からもう一機が襲い掛 かってきた。ストライクは振り返るやいなや、アグニの銃床で突き倒し、倒れたところに足を踏みつけ、そのままアグニの銃口を向け、躊躇うことなくトリガー を引いた。

爆発の炎が砂漠の夜に煌く。

「アークエンジェルはやらせ ない……!」

底冷えのする声と眼つきで、 キラは周囲の敵を見回す。

だが、その時になって、コッ クピット内に警告音が響いた。

キラはハッとし、エネルギー ゲージに眼を向けると、バッテリー残量が何時の間にかレッドゾーンに近づいていた。

「アグニを使いすぎた!?  くそっ!」

実際には、アグニだけでな く、何度にも渡るジャンプや被弾によって、ストライクのエネルギーは既に危険域に突入したのだ。

そこへ、仲間をやられたバ クゥが全機で襲い掛かってくる。

その時、上空からビームが降 り注ぎ、バクゥは後退する。

「ルシファー…レイナ!?」

キラが眼を向けると、降下し てくるルシファーが映った。

ルシファーはストライクの眼 前に降り立つと、ビームライフルでバクゥを狙撃する。

「レイナ、何で…!」

僕が護るのに…君も……

そう思っていたキラは、次の 瞬間、振り返ったルシファーにいきなりストライクを殴りつけられた。

砂漠に膝をつくストライク。

キラは訳が解からずにルシ ファーを見上げていると、レイナから通信が入った。

「この…バカ! 闇雲に突っ 込んで…死ぬ気!?」

叱咤が聞こえ、キラは呆然と なる。

だが、レイナは素早く敵機に 注意を向ける。

バクゥが連携を組んで向かっ てくる。

あの、宇宙での戦いから…妙 に敵の動きがはっきりと見える。

バクゥの次の動きがはっきり と見え、レイナは眼前の砂漠に向かってビームを放ち、砂の爆発を起こす。舞い上がった砂に視界を遮られ、バクゥは一瞬、動きを止める。

その隙を狙い、ルシファーは ストライクを抱えて飛行する。

 

 

固唾を呑んで戦闘を見守って いたアークエンジェルのブリッジは、バクゥが一機撃破されたことに歓声をあげていたが、すぐさま一変する。

「南西より熱源接近! 艦砲 です!」

「離床! 緊急回避!」

マリューが素早く命じ、アー クエンジェルはゆっくりと浮上し、イーゲルシュテルンがミサイルをほんの寸でで撃ち落し、撃ち漏らした数発が先程までアークエンジェルがいた場所に着弾 し、爆風が上昇中の機体を激しく揺さぶる。

「何処からだ!?」

「な、南西20キロの地点と 推測!」

「本艦の攻撃装備では対応で きません!」

サイとトノムラの報告に、ナ タルは歯軋りする。

レーダーが使えない上に、敵 艦まで攻撃を誘導できないのだ。

《スカイグラスパー、出る ぞ!》

そこへ、ようやく1号機が発 進できるようになったムウからの通信が飛び込んできた。

《俺が行って、レーザーデジ ネーターを照射する。それを照準にミサイルを撃ち込め!》

「そんな! 今から索敵して も間に合いません!」

《やらなきゃやられるだろう がっ! それまで当たるなよ!!》

ナタルの反論を遮り、ムウは 通信を切ると同時にスカイグラスパーを発進させる。

マリューは拳を握り締めなが らその機影を見送る…間に合わせの調整の上、弾薬の積み込みも完了していないスカイグラスパーで出撃することは危険だが、今はそれしか危機を回避する方法 は見つからなかった。

だが、スカイグラスパーが飛 び立ってすぐ、チャンドラの声が響く。

「第二波接近!」

「回避! 総員、衝撃に備え よ!!」

「直撃…来ます!」

ブリッジの全員が、衝撃に身 構える。

 

 

艦砲が、アークエンジェル向 かって放たれる。

あれが全弾当たっては、流石 のアークエンジェルでも無事では済まされない。

「アークエンジェル が……!」

キラは叫ぶ…だが、ストライ クのパワーは既にレッドゾーンに入りかけ、アグニはもう撃てない。

レイナは艦砲の軌跡を見や り、瞳の中にその機影が映される。

刹那…ルシファーは飛び上が り、艦砲のミサイルを、後方から見据え、ビームライフルを構える。

瞳の中に…全てのミサイルの 姿が映り、レイナはトリガーを引いた。

銃口より、ビームが何発も放 たれ、ビームは正確にミサイルを全て撃ち落した。

爆発の閃光が、夜を切り裂 く。

この光景に、キラやアークエ ンジェルのクルー、そしてバルトフェルドも驚愕した。

 

滞空するルシファーに向かっ てミサイルを放ってくるバクゥ。

「…!」

背後からの攻撃に気付いたレ イナは、素早く機体を空中移動させる。

そして…機体の横を過ぎった ミサイルをイーゲルシュテルンで狙撃する。

爆発が起こり、その爆風を利 用してさらに高々度に機体を舞い上がらせた。

完全にバクゥの上を取り、バ クゥ一機目掛けてトリガーを引く。

虚を突かれたバクゥは、機体 を撃ち抜かれ、爆発する。

 

 

バクゥがまた一機、撃破され るのを見たバルトフェルドは、内心の動揺を隠そうとはしない。

「確かにとんでもない奴らの ようだが……」

手元に持つ機器に、ストライ クとルシファーの詳細データと、武装が表示される。

「情報ではそろそろパワーダ ウンするはずだ。悪いが…墜とさせてもらう」

機器を閉じ、怒りを込めた瞳 で2機を見やった。

 

 

ストライクの傍に着地したル シファーは、周囲を牽制するように動き回るバクゥに銃口を向けるが、レイナが不意に眼をやると、既にバッテリーがホワイトゾーンを越し、レッドゾーンに突 入している。

敵はバクゥが3機に、アジャ イルがまだ数機残っている…対して、こちらはエネルギーが切れ掛け、恐らくストライクも似たような状態だろう。

恐らく、撤退するような相手 でもないし、こちらも逃げれるという保証はない。

だが、こんな危機的な状況な がらも、レイナは冷静だった。

(…どうする?)

思わず、自身に問い掛ける。

その時、アジャイルから発射 されたミサイルが、着弾する前に地上からの火線で撃ち落され、続けてアジャイルにも砲撃が集中し、爆発する。

砂丘の彼方から、数台の戦闘 バギーが駆けてきた…バギーに乗り込む者達は、ランチャーやグレネードで、勇猛にもバクゥに立ち向かっていく。

うちの一台が、真っ直ぐ2機 に走り寄り、助手席の金色の髪を靡かせた少女がルシファー目掛けてワイヤを発射する。

突然の介入者に、訝しげな表 情を浮かべていたレイナの耳に、少女の声が聞こえてきた。

《そこのMSのパイロット、 死にたくなければこちらの指示に従え!》

声に続き、モニターに地図が 転送されてくる。その一部が点滅している。

《そのポイントにトラップが ある。バクゥをそこまでおびき寄せるんだ!》

指示を伝えると、返事も待た ずに音声は途切れ、バギーは走り去っていく。

「えらく一方的ね」

内心、呆れ返ってものも言え ない。

はっきり言って、相手の立場 がはっきりしないものに従うかどうか考えないのだろうか。

だが、まあ…この状況では、 ザフトを敵とする勢力だろう。

ここに留まっていても、手は ない…ならば、とレイナは心を決める。

「キラ…いくわよ!」

有無を言わせず、ストライク を掴み、ルシファーは飛行し、先行するバギー群を追った。

バクゥ達は逃がすまいと追撃 してくる。

レイナは、飛行しながら、下 を疾走するバギーを見やる。

正直、どんな罠があるかは知 らないが…餌にされて気分はあまりよくない。

そして…地図に示されていた ポイントに到達すると、そこに降り立つ。

バクゥは追い縋り、十分に引 き寄せた瞬間、ルシファーはストライクを抱えて飛び上がった。

バクゥ達は先程まで2機がい た場所に降り立つと、突然爆発と共に陥没した。そこにいた3機のバクゥが爆発に呑まれて穴に落ち、更に残留していた天然ガスに引火し、誘爆を引き起こし て、巨大な爆発が立ち昇った。

粉々に飛び散る破片を、キラ は無反応で眺め、レイナは軽く息をついた。

 

 

「撤収する」

戦いを遠くから眺めていたバ ルトフェルドは難しい顔をして双眼鏡を降ろした。

ダコスタもやや呆然と、バル トフェルドの言葉を聞いていた。

「この戦闘の目的は達した… 残存部隊をまとめろ」

多大な犠牲を払いながら、当 初の目的であった敵の戦力評価は十分に得た。

最後は予定外の介入があった が、それにしてもMS2機に、バクゥを5機も失うとは……バルトフェルドは予想を超える事態に、甘く見ていたことを悟ったが、同時に1つの疑問を感じてい た。

「しかし…あのパイロット 達……」

最初は砂地に足を取られ、無 様な動きしかできなかったストライクが、戦闘中に突然、敏捷な動きに変わったことから確信した…あのストライクのパイロットは、バクゥを相手にしながら、 運動プログラムを砂地に対応させたのだ。

そして、あの後半に現れたル シファーの動き…重力下での飛行を可能とし、しかも、レセップスの砲撃をピンポイントで全て撃ち落とし、さらにはバクゥの攻撃を利用して飛び上がり、高々 度から一発でバクゥを撃ち抜いた手腕といい……

「…あれが…ナチュラルだ と……?」

バルトフェルドは唸りなが ら、皮肉めいた笑みを浮かべる。

「いずれにせよ、久々に手応 えのある相手のようだ…大天使殿……そして………」

発進するバギーから、バルト フェルドは佇む2機のMSを見やるのであった。

 

 

絶体絶命の危機を乗り越え、 アークエンジェルのブリッジは安堵の雰囲気が流れていた。

その時、レーザー通信が入 り、ミリアリアは顔を上げた。

「フラガ大…いえ、少佐より 入電です!『敵母艦を発見するも攻撃を断念、敵母艦はレセップス!』」

その読み上げられた電文に、 マリューは鋭い声を上げる。

「レセップス!?」

「『…繰り返す、敵母艦はレ セップス。これより帰投する』…以上です」

マリューの表情が深刻そうに 沈み、ナタルが問い掛ける。

「艦長…レセップスとは?」

「……アンドリュー=バルト フェルドの母艦だわ…敵は『砂漠の虎』、ということね」

未知の敵を前に、睨むように マリューは前を見据えた。

 

 

戦いの夜が明け…太陽の光が 砂漠を包み込んだ………

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

少女は己自身のため……

少年は仲間のため……

 

違う思いを胸に…二人は砂漠 の大地に降り立つ。

そして…思いもよらぬ出逢 い……

 

撃たねば撃たれるという現実 は、彼らに何を見せるのか……

 

次回、「再会」

 

新たな戦場に飛べ、ガンダ ム。




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