夜の静寂を打ち消すように、 警告の笛の音が響き渡った。

「どうした!?」

サイーブはすぐさま、見張り 台に連絡を取る。

《空が…空が燃えている!  タッシルの方角だ!!》

サイーブだけでなく、マ リュー達も息を呑んだ。

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-16  熱砂の攻防

 

 

矢の如く、レジスタンス達が タッシルに向かってバギーを走らせていく。

その様子を見詰めながら、マ リューはムウやアルフに小声で囁く。

「どう思います?」

「う〜ん、砂漠の虎が残虐非 道……なんて話は聞かないけどな。でも、俺は彼と知り合いじゃないしねえ」

何時もの軽薄そうに答えるム ウに、マリューは溜め息をつく。

「とにかく、タッシルが襲撃 されているというのは事実ですし…どうします、艦長?」

アルフが間を取り持ち、マ リューに尋ね返す。

「アークエンジェルは動かな い方がいいでしょう。確かに別働隊の心配もありますから……少佐、行っていただけます?」

ムウが眼をパチクリさせる が、マリューは先程のお返しとばかりにニコリと微笑む。

「スカイグラスパーが一番速 いでしょう?」

「……だな。んじゃ、行って くるわ」

ムウはやれやれと肩を竦め、 走り出す。

「クオルド大尉は、アークエ ンジェルで待機しておいてください」

「了解…といっても、実際の ところ、まだ2号機は動けないんだけどね」

先に1号機を仕上げたため、 アルフの搭乗する2号機はまだ、飛行試験もしていないのだ。

まあ、いきなり実戦で初飛行 をムウもしたが……

「あくまで救援です! バ ギーでも、医師と誰かを行かせますから!!」

念を押すようにマリューがム ウに叫ぶと、ムウは返事とばかりに手を振った。

サイーブ達が出発し、カガリ もまたキサカと共にバギーに乗り込み、後を追っていく。

「総員! ただちに帰投!  警戒態勢を取る!!」

マリューは周囲にいるクルー に呼び掛けると、すぐさまアークエンジェルに向かっていく。

その時、アークエンジェルの カタパルトハッチが開き、思わず足を止める。

ムウかと思ったが、いくらな んでも早過ぎる。

そして……カタパルト内か ら、紫の機体、リベレーションが姿を現し、飛び去っていく。

「あの機体は……」

「捕虜に逃げられたようです ね…!」

マリューは呆然となり、ナタ ルは貴重なサンプルを逃したとして、悔しさに歯軋りした。

 

ハッチの奥に消え、発進して いったのを、レイナは静かに見送った。

「おい嬢ちゃん、大丈夫 か!?」

そこへマードック達が駆けつ けてきた。

「ええ…残念ながら、逃げら れてしまいましたが」

レイナはあくまで冷静に答 え、惚ける。

「まいったな…まあ、逃げち まったもんは仕方ねえ! お前ら! すぐさまスカイグラスパーを出すぞ! 後、バギーの準備もしろ!」

マードックの指示に、整備班 は急ぎ、準備を進めていく。

(救援か……お優しいこと で)

呆れたように肩を竦める。

あのお優しい艦長のこと だ……恐らく、アークエンジェル内からも相当の物資が送られるだろう。

あくまで、生存者がいればの 話だが……レイナの脳裏には、もう一つ、別の可能性も考えていた。

それは……街を焼き払うこと で、多くの難民を出し、物資の補給を断つこと。

昔……ウェラードに教えられ た戦術の中に、そんなことがあったような気がする。

今回のザフトの攻勢が、それ を狙ったものなら、こちらにとっては厄介なことこの上ない。

「……ルシファーの準備を急 ごっか」

すぐにでも訪れるであろう戦 闘に向けて、レイナはルシファーに向かっていった。

 

 

 

炎に包まれるタッシルが、砂 漠の闇に照り映える。

「隊長!」

タッシルが焼かれていくのを 見詰めていたバルトフェルドの元に、ダコスタが戻ってきた。

「……終わったか?」

運転席に乗り込んだダコスタ に確認をするように問い掛けると、頷き返す。

「はい!」

「双方の人的被害は?」

「はぁ?」

ダコスタは思わず間の抜けた 声を発する……抵抗すらできない民間人相手に、正規軍が被害を受ければ、いい恥さらしだ。

「あるわけないですよ。戦闘 したわけじゃないんですから」

当然、とばかりに言うダコス タに、バルトフェルドは念を押すように聞き返す。

「双方、だぞ?」

「……そりゃまあ、町の連中 の中には転んだの、火傷しただのっていうのはあるでしょうが」

更に問い掛けるので、やや呆 れたように答え返す。

上官の意図がいまいち掴めな いダコスタの返答に、バルトフェルドはそれ以上問おうとはせず、あっさりと撤退命令を出した。

「では引き上げる。グズグズ してるとダンナ方が帰ってくるぞ」

「それを待って討つんじゃな いんですか?」

呆気に取られて問い返すと、 バルトフェルドは心外そうに答える。

「おいおい、それじゃ卑怯だ ろ? おびき出そうと思って街を焼いたワケじゃないぞ」

戦争なんだから、卑怯も何も ないと思うが…と、ダコスタは思いながら力なく呟く。

「はぁ…しかし……?」

「ここでの戦闘目的は達し た。帰投する」

言い淀むダコスタに、バルト フェルドはそう指示し、ダコスタは、つくづく…この上官の意図は掴めないと心の中で溜め息をついた。

 

 

 

ムウの駆る1号機が、砂漠の 夜空を飛び、バギーよりも早くタッシルに到着した。

燃え盛るタッシルの上空に到 着したムウは、赤々と灯る街の上を窺うように旋廻する。

「ああ…ひでぇえな……全滅 かな、こりゃ………」

口調に苦いものが混じり、ム ウは焼け落ちていく街を見渡し、ある方向を見やった瞬間、眼を見開いた。

街外れの小高い丘に、人影ら しきものが見えたのだ。

生存者かと思い、ムウはその 丘に向かってスカイグラスパーを駆った。

徐々に近づいてくる丘に、幾 人もの人影が見え、かなりの生存者がいることが確認できた。

人々は、呆然と…燃え盛って いく自分達の街に見入っていた。

流石のムウも困惑を浮かべ る。

「こちらフラガ……生存者を 確認………」

言葉を続けようとしたムウ は、自分の視界に入った数の人影に、どこか上擦った口調で答えた。

「……っていうか、ほとんど 皆さんご無事のようだぜ」

《え?》

通信機の向こう側から、マ リューの声が響いてきた。

「こりゃいったいどういうこ とかな?」

《敵は!?》

「もうないぜ」

マリューの問い掛けにも、ム ウは困ったように答えた。

レジスタンスを呼び寄せるた めに街を焼いたとしたら、当然敵の待ち伏せがあるはずだが、肝心の敵の姿は何処にも見えない。

マリューだけでなく、ムウも 困惑した。

そうこうしている間に、レジ スタンス達のバギーが到着し、あちこちで家族との再会を噛み締める声が響いている。

少し遅れて到着したアークエ ンジェルからのバギーから降りたナタルが、スカイグラスパーから降りたムウに近づいた。

「少佐、これは……?」

大量に溢れ出た避難民に、流 石のナタルも困惑を隠せない。

「怪我人はこっちに運べ!  動ける者は手を貸せ!!」

サイーブもトラックで駆けつ け、避難民の中を歩き回って指示を出す。

カガリらも到着し、カガリが 一人の少年と老人に気付き、表情を喜色に変える。

「ヤルー! 長老!!」

カガリの声にサイーブがそち らに振り向いた。

「無事だったかヤルー。母さ んとネネは……?」

「シャムセディンの爺様が、 逃げる時に転んで怪我したから、そっちについてる」

気丈な様子で答える息子に、 サイーブは父親の視線を浮かべ、安堵の溜め息をつきながら頭をくしゃっと掻く。

流石に堪えていたものが切れ たのだろう…ヤルーは涙ぐんでしまった。

「……どのくらいやられ た?」

リーダーの表情に戻り、サ イーブは長老に問い掛ける。

「……死んだ者はおらん」

小さく呟く長老に、カガリは 驚きの声を上げる。

「どういう事だ?」

「最初に警告があったわ。 『今から街を焼く、逃げろ』とな……」

「何だと!?」

予想外の言葉に、サイーブが 驚愕し、事情を聞くために近づいてきたムウも納得した。

そうでなければ…これ程の人 数が助かるとは思えない。

「……警告の後、バクゥが来 た。そして焼かれた…家も、それに食料、燃料、弾薬、全てな……」

微かに憤りの篭った口調で老 人は告げる。

「確かに、死んだ者はおら ん。今はな……じゃが、全て焼き払って、奴らは明日からわしらにどうやって生きろと言うんじゃ……」

「ふざけた真似を! どうい うつもりだ虎め……!」

サイーブは怒りに拳を固く握 り締めた。そんな怒りに沈んだ空気に横から淡々とした声が響く。

「だが、手立てはあるだろ う。生きてさえいりゃ……」

「何!?」

険悪な表情で、未だ燃え続け るタッシルを眺めているムウを睨む。

「……どうやら、虎はあんた らと本気で戦おうって気はないらしいな…まあ、こいつは昨夜のお仕置きって程度だろう。こんなことで済ませてくれるなんて、随分と優しい虎さんじゃない の」

「何だと!?」

ムウに噛みつかんばかりに激 昂して詰め寄るカガリ。

「こんなことだと!? 街を 焼かれたのがこんなことか!? これのどこか優しい!?」

殴らんばかりの勢いで詰め寄 るカガリに、流石のムウもたじたじになる。

「いや、失礼…気に障ったん なら謝るけどね。けどあっちは正規軍だぜ…本気だったら、多分こんなもんじゃすまないぞ」

現実を知らせてみるつもりで 言ってみた……レイナがここにいれば、言ったであろう言葉。

彼女はいつも閉鎖的な観点か らではなく、現実を見て、客観的に意見を発する。

虎が本気ならば、こんな街な ど全滅させることなど簡単だという現実を。

だが、それは…カガリにとっ て火に油を注ぐだけであった。

「あいつは卑怯な臆病者だ!  我々が留守の間に街を焼いて、それで勝ったつもりか!? 我々はいつだって勇敢に戦ってきた! 昨日だってバクゥを倒したんだ! 臆病で卑怯なあいつ は、こんなやり方で仕返しするしかないんだ! 何が砂漠の虎だ!」

カガリの言葉に触発されるよ うにレジスタンス達も軽蔑の視線をムウに向ける。

レジスタンスの間には、既に 自分達がバクゥを倒したという認識が一人歩きしている。

殺気すら込められた視線を受 け、流石のムウも表情が引き攣る。

「あ……え、と…ヤな奴だ な、虎って」

「あんたもな!」

鼓膜を破らんばかりに叫び、 ズカズカと離れていく…ムウは、周囲の冷ややかな視線に冷や汗を流していた。

サイーブはバギー周辺で武器 を持ち出しているメンバーに気付き、慌てて叫ぶ。

「お前ら何処へ行く!!」

「奴らが街を出て、まだそう 経ってない! 今なら追いつける!!」

「街を襲った直後の今なら、 連中の弾薬も底をついているはずだ!」

「俺達は奴らを追うぞ! こ んな目に遭わされて黙っていられるか!」

怒りを言い叫び、興奮気味に レジスタンス達はバギーに乗り込んでいくが、サイーブは慌てて静止する。

「バカなことを言うな!!  そんな暇があったら怪我人の手当てをしろ! 女房や子供についてやれ! そっちの方が先だろう!!」

だが、サイーブの言葉は反感 を買っただけであった。

「それで何になる!? 見 ろ!! タッシルはもう終わりさ! 家も食糧も全て焼かれて!……なのに、女房子供と一緒に泣いていろと言うのか!!」

「まさか俺達に虎の飼い犬に でもなれって言うんじゃないだろうな、サイーブ!!」

最早聞く耳もたないといわん ばかりに、レジスタンス達のバギーは発進し、サイーブは言い知れぬ苛立ちで足元の砂を蹴りつけ、傍らの男を呼んだ。

「……エドル!」

「おう!」

バギーにエンジンが駆けら れ、サイーブが飛び乗る。

「お、おいおい! 追う気か よ?」

「……放ってはおけん!」

呆れた口調で問うムウに答え 返すと、カガリが飛び乗ろうとしてきた。

「私も行く!」

だが、サイーブはカガリを払 い落とす。

「お前は残れ!」

言うや否やバギーは走り出 し、カガリは意図が解からずに恨めしげに怒鳴る。

「サイーブ!」

「乗れ、カガリ!」

そこへ、キサカを乗せたアフ メドの運転するバギーが止まり、カガリは表情を喜色に染めて飛び乗る。

勇み足で仲間達のバギーを 追っていった。

「なんとまあ……風も人も熱 いお土地柄なのね………」

深々と溜め息をつきながら呆 然と呟く。

「全滅しますよ!? あんな 装備でバクゥに立ち向かえるわけがない!」

ナタルは客観的に、レジスタ ンス達の無謀さに呆れ返っている。

「だよねえ……どうする?」

「うっ…わ、私に言われて も……」

答えることができず、ナタル は言葉を濁した。

すぐさま、ムウはそのことを アークエンジェルに伝えると、マリューもまた呆れたように叫ぶ。

《何ですって!? 追って いった?……なんてバカなことを!》

何気に酷い言い草に、ムウは 引くが、通信画面の向こう側のマリューはさらに睨んでくる。

《何故止めなかったんです、 少佐!?》

ムウも非難するような口調 に、ムウは流石に傷ついた。

「止めたらこっちと戦争にな りそうな勢いだったの」

《……少佐、この場合は戦争 をしてでも止めた方がよかったんじゃ》

同じく、マリューの横で待機 しているアルフが声を掛けてくるが、こちらの気も知らないで……と言わんばかりにムウは深々と溜め息をついた。

「…それより、問題は街の方 だ。確かにこの状態じゃ…食糧、なにより水の問題もある。これだけの人数だからな…おまけに怪我人も多い」

気を取り直してムウは通信機 を片手に周囲を見渡す。

視界の隅で、子供達に迫られ て悪戦苦闘しているナタルの姿を見て、小さく笑みを浮かべた。

後でマリューやアルフにも話 してやろうと、密かに思った。

 

 

アークエンジェルのブリッジ で、マリューとアルフはムウからの報告に考え込んでいた。

「しかし、街を焼き払ってお きながら、死者がいない…代わりに大量の難民とは……」

アルフは思わずにはいられな い。

普通に街を焼き払えば、これ 程大量の難民をこちらが抱えることもなかった。

「何か、引っ掛かることで も…大尉?」

「ええ…虎にしてみれば、俺 達にお荷物を持たせたかったのかもしれないということです」

アークエンジェルやレジスタ ンス達に、大量の物資を消費させる…言わば、『兵糧攻め』で報復に来たとアルフは考えている。

《…アルフ》

「何すか?」

マリューと話し込んでいるア ルフに、通信機の向こう側から小さいムウの呼び掛けが聞こえる。

《それについては俺も考えた けどよ…こっちでは言わない方がいいぞ……あの好戦的な女神様に殴られてもしらんからな》

心底、疲れたという表情で語 るムウに、アルフは引き攣った苦笑を浮かべる。

「どちらにしろ…放ってはお けません」

マリューはレジスタンスの救 援に向かわせようと、アルフに向き直る。

「大尉、出られますか?」

「…そうしたいのはやまやま だが、2号機はまだ最終調整が完了していない」

アルフは顔を顰めて首を振 る。

こんなことなら、早々とテス ト飛行をしておくべきだったと後悔する。

マリューもやや、表情を顰 め、格納庫へと繋ぐ。

「マードック曹長、MSは出 せますか?」

《ストライクは無理ですが、 ルシファーはいけやす》

ストライクはまだ、IWSP の調整が終わっておらず、昨晩からレイナが協力して進めていたオーバーハングパックがつい先程、ロールアウトしたばかりだ。

「解かりました、ハウ二等 兵、ルシファーの発進準備を!」

「はい!」

ミリアリアが答え、マリュー はルシファーへと通信を繋いだ。

 

 

「……放っておいたらどうで すか」

マリューからの通信に、レイ ナは淡白にそう切り返す。

自分達で勝手に出て行ったの だ…それで死んでも、自分達の身勝手さが招いた責任だ。

なんでこちらがそれの手助け をしなければならないのか。

マリューは絶句してしまって いる。

《まあ、お嬢ちゃんの言い分 も解かるけどよ…ここで死なれたら気分悪いじゃない》

苦笑を浮かべているアルフが 頼むと言わんばかりに手を合わせている。

ただでさえ、お優しい地球軍 は数少ない物資を推してでも難民を援助するだろう。

アークエンジェルに対する間 接的な報復に、レイナは敵の指揮官にやや感心する。

「……貸し、一つですよ」

自身はあくまで協力者だ…敵 と戦うことが彼女の役目であり、それ以外は関係ない。

マリューとアルフは、顔を見 合わせ、アルフが肩を竦め、マリューもやや顔を顰めた。

レイナは素早くルシファーを 起動させていく。

《ハウ二等兵、ルシファー発進を》

《了解。レイナさん、ルシ ファー発進願います》

ルシファーがメンテナンス ベットから立ち上がり、カタパルトへ移動する。

《APU起動。カタパルト接 続…オーバーハングパックを装備します》

灰色のルシファーのバック パックに二対のビームキャノンがマウントしたパワーパックが装着され、続けて両脚の外側に六連装ホーミングミサイルポッドが左右に二基ずつ装着される。

(まさか、こんな形で初運用 するとは思わなかったけど……)

正直、満足にテストもしてい ない装備で赴くのは気が引けるが、この際仕方ない。

その時、ストライクからの通 信が入った。

《レイナ……気をつけて》

「……私の心配なんて、十年 早い」

画面の向こう側で、キラが不 安げに見詰めているが、レイナは軽口で答える。

最後にビームライフルとシー ルドが装着され、ハッチが開いていく。

ハッチの向こう側に見える青 空にレイナは一度、瞳を閉じると、鋭い光を宿して再び瞳を上げた。

《進路クリア…ルシファー、 どうぞ!》

ミリアリアの言葉と共に、レ イナはペダルを踏み込み、刹那…ウイングスラスターとブースターが唸りを上げ、ルシファーの機体を飛び立たせた………

 


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