照りつける日差しの砂漠の中に、リベレーションは沈んでいた。

「……はぁ」

コックピット内で、リーラは 溜め息をついた。

あの後、アークエンジェルか ら脱出したまではよかったものの、すぐさま新たな難題にぶつかった。

リベレーションは元々、宇宙 戦を視野に入れて開発されただけに、砂漠に対応していない。

おまけにリベレーションには 飛行能力もなく、砂漠の大地を歩くしか移動手段はない。

それでも、最初に砂漠に降り た頃は砂に足を取られ、接地圧を設定するだけでも一苦労だった。

そして…リベレーションは ゆっくりとザフト、砂漠の虎が駐留しているバナディーヤに向かって移動していた。

だが、バッテリーが切れ、リ ベレーションも大地に膝をつくしかなかった。

「まずいな…せっかく脱出し たのに、これじゃ……」

その時、モニター内に何かの 移動物体が近づく機影を捉えた。

「?……陸上艦?」

識別を行うと、ザフトの陸上 艦『レセップス』と表示されている。

「……助かったぁ」

心底、安堵したかと思うと… 張り詰めていたものが切れたのか、リーラの意識は沈んでいった。 
 




「前方にMS反応」

レセップス内のブリッジに、 バナディーヤに帰還中だったバルトフェルドの姿もある。

「機種は?」

「識別……クルーゼ隊所属の MS、リベレーションと確認」

「ああ、ジブラルタルから救 助要請のあったやつだな」

バルトフェルドは部下に回収 指示を出すと、一路…バナディーヤに向かうように指示を出した。

内心は…先程の戦闘の興奮が 収まらぬままであった。

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-17  仇

 

 

そこは思いの他平和そうな街 だった。

ザフトの駐留地であるという のに、人々も活き活きとした表情で、物売りの声が響く。

以前のへリオポリスのような 印象をレイナは持つ。

ジープから最初に勢いよく降 りるカガリに続いてキラとレイナも降りる。

「じゃ、4時間後だな」

「気をつけろ」

キサカが念を押すように告げ る。

そして……キサカはレイナに 視線を向けると、レイナは解かったとでも言いたげに肩を竦める。

「解かっている…そっちこそ 気をつけてな。アル=ジャイリーってのは気の抜けない相手なんだろ」

カガリが心配そうに話し掛け る横で、別のジープにはアルフ、ナタル、トノムラの姿があり、サングラスをかけたナタルがレイナと並んで立っているキラに視線を向けた。

「ヤマト少………ねん」

少尉と呼びそうになり、慌て て誤魔化す。

隣では、トノムラが俯き、ア ルフは口を抑えて笑を堪えている。

「はは、じゃあ…予定時間ま でには戻れよ。まあ、少しは羽目を外してこい」

「た、頼んだぞ」

アルフは笑いながら言い、ナ タルはぎくしゃくと伝えると、サイーブやキサカと共に走り去り、キラ、レイナ、カガリのみが残された。

砂漠の虎の駐留地であるバナ ディーヤの街並みを、キラはややポカンとした表情で見詰め、レイナは表情を変えずに眺めている。

「オイ、何ボケっとしてるん だ!? お前らは一応護衛なんだろ?」
カガリが、二人に喝を入れるように叫ぶと、キラは慌てて我に返り、レイナはやや表情をムスッとさせる。

「大声でそんなこと言わな い…少しは冷静に判断できるようになりなさい」

半眼で睨むので、カガリはや や後ずさる。

タッシルの焼き討ちで、大量 の難民を抱えてしまい、また連日の戦闘で消耗の激しいアークエンジェルと明けの砂漠の面々は、物資の補給のためにバナディーヤにメンバーを派遣したのだ。

カガリは日用品の買出しのた めに現地の市場へ、キラとレイナは彼女の護衛として…そして、サイーブやキサカに連れられ、アルフとナタル、トノムラは裏の取引へと向かった。

「……ホントに、ココが 『虎』の本拠地? 随分賑やかで、平和そうだけど………」

どう見ても、平和そうな光景 だけに、キラはいまいち実感が沸かない。

「ついて来い」

カガリは視線を鋭くし、顎を しゃくる。

雑踏から数分歩き、裏路地に 入っていく。

子供達が駆け抜け、洗濯物が 干される路地を抜け、その先にあったものにキラは息を呑む。

大きく抉られたような…およ そ平和そうに見える街には不釣合いな爆撃の後がそこにあった。

「平和そうに見えたって、そ んなもの見せかけだ」

苦い口調で吐き捨て、カガリ は瓦礫の奥に見える破壊された建造物より大きく見える陸上艦……アンドリュー=バルトフェルドの旗艦であるレセップスを睨んだ。

「……あれが、この街の本当 に支配者だ。逆らう者は容赦なく殺される。ココはザフトの……砂漠の虎のものなんだ………」

カガリの言葉に、キラは何も 言う事が出来ずただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

軍属であるといっても、アー クエンジェルに乗って日も浅く、直にザフトの占領地など眼にしたことはなかった。

だが、キラの中には先程の表 通りの平和そうな光景が思い浮かぶ。

支配されているというのに、 人々は平和そうに暮らしている……逆らわなければ、平和な暮らしができるのではないだろうか、と…キラは疑問に思わずにはいられない。

なのに何故…タッシルの人々 は戦いを選ぶのだろうか。

その代償が…自分達の故郷や 愛する者であるというのに……キラにはそれが理解できなかった。

「バッカみたい……」

二人よりやや遅れて後を追っ てきたレイナは、呆れたように呟いた。

「何だと!?」

「……少なくとも、逆らわな ければ平和に暮らせるんでしょう? 支配されようがされまいが、平和に暮らせるならそれも一つの利口な道だと思うけど。誰かさん達みたいに、バカみたく無 意味な戦いをし続けるよりはよっぽどマシね」

噛み付きかかるカガリにレイ ナは冷静に答える。

そんな二人のやり取りを、キ ラはどこかハラハラした心持ちで見詰めていた。

熱く、直情的なカガリに対 し、冷静で客観的なレイナはまさに水と油の関係だ。

何があったかは解からない が、先のレジスタンス達の専行の一件以来、特に関係が悪い。

と言っても…突っ掛かるのは カガリで、レイナはほとんど相手にしていないのが現状だが。

「平和っていうのは…結局は 大きな力によって成り立つものなのかもしれないわね。支配されるか、護られるかの違いだけよ……ヘリオポリスみたいにね」

オーブという強大な力に護ら れたヘリオポリスとザフトという力に支配されたバナディーヤ……表面的な違いはあっても、根本的には一緒だとレイナは思う。

キラは気まずそうに視線を逸 らし、カガリも何かに詰まったのか、それ以上追求しようとはしない。

「……?」

不意に、レイナは視線を感じ て首を僅かに傾け、肩越しに後ろを見やる。

表通りに面したカフェテラス のテーブルの一つに腰掛けている人物がどうやら問題の相手のようだ。

先の戦闘以来、レイナは周囲 の気配に、特に敏感になっている。

だが、その相手はカンカン 帽、サングラスにアロハシャツ、いかにもといった怪しげな男だった。

その人物は、自身が凝視され ているのに気付いたのか、傾いていたサングラスを直し、視線を逸らした。

まあ、害はないだろうと思 い、レイナは視線を戻す。

「…あんまりのんびりはしな い方がいいんじゃない。仮にも敵地なんでしょ」

レイナはキラとカガリに声を 掛け、三人は買出しのためにバナディーヤを歩き出した。

「しっかし、お前暑くないの か?」

カガリはレイナの格好に、呆 れたように呟く。

黒いアンダーシャツに黒のス カート、おまけに黒のジャケットまで羽織っている全身黒ずくめだ。

こんな砂漠の土地では、見て るだけでこちらまで暑くなりそうだ。

「別に……」

だが、さしてこの暑さに懸念 していないレイナは冷静に切り返した。

 

 

 

「う、うん……」

微かな呻き声を上げて、リー ラは眼を覚ました。

「あれ、ここは……」

自身が心地いいベッドに寝か されているのに、リーラは当惑する。

「あら…気がついた?」

未だ半覚醒状態のリーラは声 のする方に頭を向けた。

そこには、金のメッシュに艶 やかな黒髪の女性が立っていた。

「あの、私……」

上半身を起き上がらせたリー ラは腹部に痛みを感じ、蹲った。

「無理しちゃダメよ…貴方、 肋骨にヒビが入ってたんだから」

女性はリーラに近づき、身体 を抱える。

すっかり怪我のことを忘れて いたリーラは、やや恥ずかしさに頬を染める。

「あ、あの…ここ、何処です か?」

意識を失う前、確かレセップ スを見たはずではあるが、ベッドの横の窓から差し込む日差しからすると、少なくとも戦艦の中ではない。

「ここはバナディーヤよ。ク ルーゼ隊所属、リフェーラ=シリウスさん」

リーラは僅かに動揺し、眼を 見開く。

だが、女性はそんなリーラの 様子に悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

「驚いた? 貴方のこと、ジ ブラルタルから連絡があったの。地球に落ちた貴方の捜索命令がね……さっき、ジブラルタルの方にも連絡は入れておいたから」

そこまで言われて、リーラは 思い出した。

バナディーヤに駐留する砂漠 の虎、アンドリュー=バルトフェルドのことを。

「アンディが貴方のことよろ しくって言ってたからね。取り敢えず、怪我が治るまでは休んでいなさい」

部屋に水を入れ替えた花瓶を 置く女性に、リーラは声を掛ける。

「あ、あの…バルトフェルド 隊長は……お礼と挨拶を……」

「あら、真面目ね。アンディ は今散歩中よ」

クスクスと笑う女性に、リー ラは眼を点にする。

「は? 散歩……?」

「そ、凄く楽しいことがあっ たみたいでね…すぐに戻るわよ」

反芻する女性に、リーラは呆 気に取られたままだ。

いったい、どんな人物なのだ ろうか……と、リーラは不安に思った。

 

 

 

マードックが心底呆れたよう にストライクのコックピットに潜り込んでいる。

「あーあ、まったく…こんな もん持ち込んでよ」

コックピット内に散らばった 食事のトレーや紙屑、カップを掴んでは外へ放り投げている。

「なんだってコックピットで 寝泊りしなきゃなんねーんだよ」

放り出されたゴミを、キャッ トウォークに待機していたフレイが不満げに集める。
コックピット内のゴミは、キラがここ数日コックピットから離れていないことを示していた。

そして、そんな様子を遠く離 れた場所から見ながら、マリューが僅かに声を潜めるようにムウに尋ねる。

「でも…何時からそん な……?」

「さぁ…けど、地球に降りて からじゃないの? それまでそんな余裕なかったでしょ」

ムウは苦笑を浮かべて答え る。

「あの子は…サイ君の彼 女……でしょ? なのに、本当にキラ君と………?」

「意外…だよね? まあ、あ のお嬢ちゃんだったらさらに思うけどよ」

肩を竦め、マリューとムウは 最近、アークエンジェル内に飛び交っている『ストライクの貴重なパイロット』に関する妙な噂を耳にしていた。

キラが、サイの恋人を寝取っ たという噂……である。

内容が内容だけに、下手なゴ シップではすまされない。

艦の安全に関わるパイロット のメンタル管理やクルー全体の士気……どれを取っても見過ごせない重要な問題だ。

「それに坊主の態度も妙なん だよな…なんつーか、あのお嬢ちゃんの方も気に掛けているというか……」

ムウ自身、同じパイロットと して、キラと行動することは多い。

そんなムウの見解から、キラ はフレイと付き合っている…だが、キラは僅かながらレイナにも好意…とまではいかないかもしれないが、気に掛けている節がある。

「……はぁ」

マリューは重く溜息をつく と、壁に備え付けられた端末に手を触れハッチを開くと、重い足取りで歩き出し、ムウ後を追って格納庫を後にした。

「それに、何? あの子、も しかしてコックピットに寝泊りしてるの?」

「の、ようだね」

「それでは身体が休まらない でしょう?」

マリューの指摘にムウは言葉 を詰まらせる。

確かに、ムウやアルフも時に はすぐに出撃できるようにアラートの寝袋で仮眠は取ったりするが、キラの場合は片時もストライクから離れないのが現状だ。

コックピットの固いシートで は尚のこと休めるものではない。

アークエンジェルにはストラ イク、ルシファー、スカイグラスパーが2機の4機のみ。

それぞれにパイロットが配置 され、予備のパイロットはいない。

戦闘になれば、当然全員が出 なければならず…傍からは解からないほどの重圧である。

「おかしくなってそうなった のか、そうなったからおかしくなったのかは知らんが……ともかく、うまくないな、坊主のあの状態は」

流石のムウも重い口調で呟 き、マリューは表情を俯かせる。

「それにしても迂闊だった わ……二人とも、パイロットとしてあまりにも優秀なものだからつい……正規の訓練も何も受けていない子供だという事を私は……」

失念していた自身に思い悩 む。

「君だけの責任じゃないさ。 俺も同じだ。いつでも信じられないほどの働きをしてきたからな。必死だったんだろうに……また、いつ攻撃があるか解からない。そしたら、自分が頑張って艦 を守らなきゃならない。そう思いつめて、追い込んじまったんだろうな、自分を……」

キラがいくらコーディネイ ターで、パイロットとして優秀であるとはいっても、実際は新兵どころか、ついこの間まで民間人の少年であったのだ。

自身を思い詰め、身をすり減 らしていったのだろう……それについて何の対策もしなかった自身に酷く腹が立った。

「もっとも、あのお嬢ちゃん の方は違うようだけど……」

「え……?」

ポツリと漏らした言葉にマ リューはムウを見やる。

「あのお嬢ちゃんは、少なく とも冷静だ…それこそ不気味なぐらいにな。なんつーか、キラとは根本的に何かが違う」

キラと同じ、民間人の立場で あったというのに、レイナ=クズハという少女はキラと同等の働きを見せながらも、キラとは違い、冷静そのものだ。

いや、根本的な覚悟が違いす ぎているのだろうか……

「キラがまだ持っていない覚 悟を…あのお嬢ちゃんは既に持っている。それがあの二人の違いだ」

言い方を変えれば、たとえ五 分にMSを動かせたとしても、覚悟の勝負では、キラは弱く…レイナは強い………

この覚悟があるかどうかで まったく強さが違ってくる。

最初に出逢ったときから感じ ていた違和感だ。

「……とにかく、今はキラ君 の方をなんとかしましょう。解消法に心当たりは? 先輩でしょう?」

「え?」

話を振られ、ムウは考え込み ながら…マリューを見やる。

「あ…う〜ん………」

この女性艦長は、自分を見る ときだけは何時もは見せない弱さを見せる。

それになにより美人だし、ス タイルもいい……などとマリューを眺めていたムウは、下心丸出しの自分を冷ややかに見る視線に気付いた。

「……あまり、参考にならな いかも」

「の、ようですわね…」

誤魔化すようにムウに、マ リューは軽蔑するような視線を向け、素っ気なく歩いていく。

「取り敢えず、今日の外出で 少しは気分が変わるといいんですけど!」

強引に会話を終わらせ、ズカ ズカと歩き去っていくマリューにムウは肩を落とす。

「はぁ〜〜〜いいよねぇ、若 者は……」

年寄り臭いことを漏らし、ム ウは自身の気持ちを抑えない者達に羨望した。

 

 

一方、裏の品物を調達に出た 一同は、バナディーヤに存在する豪華な屋敷を訪れていた。

「しかし、驚きましたよ…貴 方が私のところにお出でになるとは……」

応接間に通され、半時間近く 待たされ、ねっちこい口調で話す中年の成金男だ。

「水を押さえて、優雅な暮ら しだな、ジャイリー」

皮肉るようにサイーブは話し 掛ける。

「俺もできれば貴様の顔など 二度と見たくはなかったが、仕方ない。俺達の水瓶を枯れさせるわけにはいかん」

「お考えを変えればよろしい ものを…大事なのは信念より命ですよ、サイーブ=アシュマン」

にやついた笑みを浮かべ、ど こか見下した態度を取るジャイリーに、ナタルは嫌悪感を覚えるが、隣に座っていたアルフがそれを制する。

自分達は物資の調達に来てい るのだ…ここで事を荒立てるのはよくない。

「水場は変わるものです。 が、何処の水でも水は水です……飲めるのなら、それは命を紡ぐものでございましょう」

「仰るとおり」

サイーブの横に座っていたア ルフが相槌をうつ。

「だからこそ、その貴重な水 を分けていただけると、こちらとしてはありがたいのですがね……」

サイーブとジャイリーの関係 が、予想よりも確執が強いことを感じ取ったアルフは、早々と本題を切り出す。

「どうなんだ? こっちの要 望を聞くのか、聞かんのか?」

「それは無論…同胞は助け合 うもの……まあ、具体的なお話はファクトリーの方で」

甲高い笑い声を上げながら、 ジャイリーは立ち上がり、サイーブも後を追っていく。

続こうとしたアルフは何気に ナタルを見やると、明らかに戸惑いを浮かべている。

「大尉…バジルール中尉をこ こへ連れてきてよかったんでしょうか?」

「……人選ミスったな、艦 長」

トノムラの囁きに、アルフは 苦笑を浮かべた。

いや、だからこそ…貴重な戦 力を割いてまでも、自分を同行させたのではなかろうかと思った。

 

 

その頃、日用品を買うために 回っている3人は、次々と店を回り、品物を買い揃えていた。

地理に詳しいカガリが先導す るのはともかくとして、荷物を持とうとはしない。

必然的に、キラとレイナが持 つことになるのだが、量が量だけに大変だった。

「ちょっと待ってろ」

カガリが店に飛び込み、キラ とレイナは店前で待機することになり、レイナは軽く息をつき、キラもやや表情を俯かせ、顔を逸らす…どうも気まずい。

カガリが入った店は女性専用 の服や下着、化粧品といったものが並び立ち、男であるキラが近づくにはまったくの別世界のようだ。

「レイナはいかないの?」

「……興味ない」

不意に尋ねると、レイナは面 倒くさそうに答えた。

同じ年頃の女の子なら、大抵 は入って騒ぎそうだが、レイナはまったく興味がなさそうだ。

もっとも、レイナは容姿が 整っているから、変な飾りつけは必要ないような気もする。

改めて見てみると、流れるよ うな銀色の髪に白い肌……コーディネイターでもかなり珍しいぐらいレイナの容姿は整っている。

そこまで考えていると、キラ は不意に頭を振る。

変に凝視していた自分が気恥 ずかしくなった…自分にはフレイがいるというのに……

そこへ、タイミングよくカガ リが戻ってきた。

 

あれから数件回った3人は、 ようやく買出しリストが一息ついたのか、近くのカフェに休憩に入った。

四人掛けのテーブルにキラは 座るなり、大きく溜め息をついた。

大量の荷物を抱えての行動は 流石に疲れる。

レイナも座り込み、軽く息継 ぎをしている。

これであらかた揃ったが……おい、このフレイという奴の注文は無茶だぞ。エリザリオ の乳液だの、化粧水だの…こんな所にあるもんか」

買出しリストを振りながら愚 痴るカガリにキラは、曖昧な返事をする。

「どうでもいいけど…早いと こ終わらせたいわよ」

いい加減、この買出しにうん ざりしてきたレイナも愚痴をこぼす。

「お待たせネ」

そこへ丁度、カフェの店員が お茶と料理を運んできた。

パン生地の上に、野菜と焼か れた羊肉がのっている。

「……何、これ?」

キラが物珍しそうに尋ねる。

「知らないのか? ドネル・ ケバブさ。あー疲れたし腹も減った。ほら、お前らも食えよ…このチリソースをかけて……」

カガリが赤い液体の入った容 器を手にした瞬間……

「あいや待った!!」

突然、横から声を掛けられ、 3人は驚いてそちらに眼を向けたが、その相手の姿を見た瞬間、キラとカガリは眼を丸くし、レイナはやや眼を細めた。

「ケバブにチリソースなん て、何を言ってるんだ、君は! ここはヨーグルトソースをかけるのが常識だろうが」

「はぁ?」

ヨーグルトソースの入った容 器を握り締めて、力説する男。

(この男…さっきの……それ に、気配を感じなかった…)

カンカン帽に派手なアロハ シャツを着込み、さらにはサングラスをかけたいかにもといった胡散くさそうな男は、最初にバナディーヤに入った時に、視線を感じた男だが、レイナは驚いた のはそんなことではない。

気配に敏感なレイナは、まっ たく接近してくる気配を感じなかっただけに、やや警戒した表情でその男を見やるが、次に男が放つ言葉に激しく肩を落とした。

「いや、常識というよりも、 もっとこう……そう! ケバブにヨーグルトソースをかけないなんて、この料理に対する冒涜に等しい!」

大仰に訴える男に、カガリは やや怒りを覚える。

「…何なんだ、お前は! 見ず知らずの男に私の食べ方をとやかく言われる筋合いはない!!」

カガリはもっともな意見で答 え、これ見よがしにケバブにチリソースをぶっかける。

「ああっ!」

その現状に男は悲痛な声を上 げる。

それだけに止まらず、カガリ はチリソースがかかったケバブを見せつけるように頬張り、笑顔を浮かべる。

「あーっ、美味い!!」

完全に子供のやることだ… と、レイナは頭を抱えたくなった。

「ああ…なんという……」

男の方は完全にこのカガリの 蛮行に打ちひしがれているが…こちらもかなり大人げない。

(バカじゃないの、こいつ ら……カンが鈍ったかしら…?)

眼前で繰り広げられているあ まりにみっともない行為に、先程までこの男を警戒していた自分が酷くバカバカしく思えてきた。

だが、二人がこちらを睨んだ ので、レイナは次に来るであろう災厄をすぐさま察知した。

「ほら、お前らも! ケバブ にはチリソースが当たり前だ!」

「ああっ、待ちたまえ! 彼らまで邪道に落とす気か!?」

随分と勝手な言い草をしなが ら、二人は互いの手に持った容器をキラとレイナの皿の上で争いあう。

呆然としているキラとは別 に、レイナは素早く自分の皿だけを手に取った。

次の瞬間……キラの皿だけ に、二種類のソースがぶちまけられた。

カガリと男は自分達の争いの 結果を見て、申し訳なそうにキラを見やる。

少しばかり呆然としているキ ラの横で、レイナはソースをかけないままケバブを頬張る。

変にソースをかけては、余計 なとばっちりをくらうと思ったからだ。

「……見事にミックスソース ね。ま、死にはしないわよ」

ケバブを頬張りながらキラに 呟くと、キラは情けない顔でそれを口に入れた。

「いや…悪かったね、君」

微妙な空気の漂うテーブルに 腰掛けて、男はキラに謝る

「いえ…まあ、ミックスもなかなか……」

といっても…ソースの味しか しない。

曖昧な返事をしながら、キラ はケバブを食べ終え、口直しにお茶を飲んだ。

「しかし凄い買い物だねえ、 パーティーでもやるの?」

完全にテーブルに居座る男 は、並べられた買い物袋を見ながら呟き、カガリが苛立たしげに噛みつく。

「余計なお世話だ! 大体お 前、さっきから何なんだ? 勝手に座り込んで、ああだ、こうだと……」

文句を言い続けるカガリを横 に、レイナは飲んでいたカップを離し、眼を細めた。

(……物騒ね。数は…十かそ こらってとこか)

明らかにこのテーブルを狙っ ている銃口に気付いたのはレイナだけではなかった。

カガリに噛みつかれている男 は外を見やり、キラも咄嗟に身構えた。

「伏せろ!!」

その言葉を聞くより先に、レ イナは身を竦め、キラはカガリの腕を取った。

叫ぶと同時に男がテーブルを 蹴り飛ばした。

突然の事態に呆然となってい たカガリは、ケバブのソースとお茶を被ったが、キラは構わず身体を、テーブルの影に引っ張り込んだ。

刹那…建物の上から打ち込ま れたロケット弾が店内に直撃し、爆発が起きる。

悲鳴が響き、爆風や飛び散る 破片をテーブルの陰に隠れてやり過ごす。

「無事か!?」

同席の男が足首のホルスター から銃を抜き、大声で尋ねる。

「おかげさまでね」

レイナはテーブルの陰に隠れ ながら、銃撃してくる者達を見やる。

「死ね、コーディネイター!  空の化け物め!!!」

「青き清浄なる世界のため に!!」

マシンガンを手に向かってく る者達が叫ぶ特徴的な言葉。

「……ブルーコスモス か!?」

キラに庇われているカガリが 眼を見開く。

レイナは眼を細めて、ブルー コスモスの襲撃者達を睨む。

(ブルーコスモス…狂信者ど も……)

だが、ブルーコスモスが何故 襲ってくるのか…理由は簡単だ。

彼らが狙うのはコーディネイ ターのみ。

キラの素性がバレているとは 思えない…となれば………

レイナは隣で撃ち合う同席し ていた男を見やる。

男は銃を手にブルーコスモス と銃撃戦を繰り広げる…いや、男だけではない。

周りにいた他の客の一部もま た、同じように応戦している。

恐らく、この男の仲間であろ う。

「構わん…全て排除し ろ!!」

男が慣れた口調で命令を飛ば す。

だが、ブルーコスモスの襲撃 者達は恐れることなく向かってくる。

これだから、思想に狂った連 中は始末が悪い…レイナは散らばった皿を拾い、物陰から襲撃者の一人に向かって投げた。

「うおっ!」

回転しながら皿は襲撃者の銃 を弾き飛ばす。

それによって生じた隙を逃さ ず、レイナは陰から飛び出した。

常人からは考えられないよう な跳躍で、レイナは飛び上がり、襲撃者達の前に着地する。

同時に、驚いて反応の遅れた 一人の腹部にボディブローを打ち込む。

呻き声を上げて男は崩れ、襲 撃者達は一斉にレイナに銃を向ける。

だが、レイナは素早く気絶さ せた男を盾にする。

銃弾は男の身体に減り込み、 男は仲間によって撃ち殺された。

レイナは転がるようにして逃 れ、そのまま落ちていた銃を拾う。

上半身を起こすと同時にトリ ガーを引き、銃弾は狂いもなく、襲撃者達の腕や脚を撃ち抜き、態勢の崩れたところへ、先程の男達が銃撃で着実に倒していく。

キラは先程から、事態の展開 についていけなかったが、視界の隅でキラリと光るものにハッと気付く。

建物の陰に隠れ、襲撃者の一 人が銃口を向けていた。

思わず、キラもまたテーブル の陰から飛び出し、先程近くに転がってきた拳銃を拾い上げ、

着地の姿勢が整うと同時に、 思い切りそれを投げつけた。

「うわっ!」

それは男の銃を持つ腕に直撃 し、銃が暴発する。相手が怯んだ隙を逃さず。キラは助走もつけずに飛び出した。蹴りを顔面に喰らい、男は呆気なく倒れた。

男は、キラやレイナのその行 動に、フッと笑みを浮かべる。

レイナは一人、銃を持ったま ま、振り返る。

最早残っているのは、一人だ けだ。

最後の一人は、脅えて逃げ出 そうとする…レイナは、その男の脚に向かってトリガーを引く。

銃弾は脚を貫き、男は倒れ伏 す。

転がり回る男の胸を、レイナ は踏みつける。

「コーディネイターが宇宙の 化物なら…あんた達、ブルーコスモスはさしずめ地上の化物ってとこね」

冷たい視線で見下ろし、レイ ナは銃口を向ける。

襲撃者は恐怖に顔を歪めてい る。

レイナは、もうそれ以上撃と うとはしない…こんなクズ、殺す価値もない。

そう思っていたレイナは、不 意に上空からの銃弾の雨に、瞬時に身を翻した。

銃弾が僅かに掠り、鮮血が飛 ぶ…銃弾の雨を受けた襲撃者は、絶命した。

「何だ…!?」

命令していた男も即座に構え る。

「ったく、使えねぇ奴らだ」

銃弾が放たれた方角…建物の 上から響いてきた男の声。

その声を聞いた瞬間…レイナ の表情はビクッと僅かに強張る。

(この声…バカな……!)

まさか、という逡巡に、レイ ナは顔を上げる。

だが、視界に飛び込んできた 襲撃者の顔を見た瞬間…レイナは眼を見開いた。

「……ウォルフ」

低く、殺気のこもった声で相 手の名を呟いた。

「ん?」

ウォルフと呼ばれた30代前 半の無精髭の男は、こちらを睨みつける視線を感じ、そちらに眼を向ける。

眼に入るのは強い殺気を放つ 少女。

その少女の顔が…自分の記憶 にある、忘れられない顔と重なる。

「プッ、アハハハハハ! こ いつは驚いた!」

噴出し、高らかに笑い上げな がらウォルフはレイナを見下ろす。

「お前、BAか? まさか、 こんな所でお前と再会できるとはな」

『BA』…そう呼ばれた瞬 間、レイナの視線は鋭くなり、キラやカガリは訳が解からずにレイナとウォルフを交互に見やる。

「……何で、あんたが生きて るの? あんたは私が…」

「そう…確かに俺はお前に殺 されかけたさ」

物騒なことを口走りながら も、ウォルフは楽しげに話す。

「だがよ、俺は生き残った… 残念だったな」

「そうね…でも別に構わない わ。ここで、あんたを殺せば……ね!」

銃口を向けるが、ウォルフは 肩を竦める。

「おー怖いね……でもまあ、 俺はお前のそんな所が好きだぜ…是非とも、ベッドに誘いたいぐらいにな」

「安心しなさい…ベッドには 付き合えないけど、地獄には送ってやるわよ」

軽口に、笑みを浮かべる。

「残念だけどよ、今日はお前 とデートする準備ができてなくてな…デートは次の機会だぜ、BA」

「逃げる気!?」

「言っただろ…デートは次 だってな」

ニヤリと笑みを浮かべるウォ ルフは、その場を去ろうと身を翻す。

逃すまいと、レイナは銃のト リガーを引くが、銃弾は建物の壁や虚空に逸れ、ウォルフの姿は消えていった……

「くっ…」

今更、追ったところで、追い つけないと判断したレイナは悔しそうに歯軋りする。

自分の復讐の相手…仇と呼ぶ かもしれない男……

レイナの脳裏に、忘れられな い記憶が駆け巡る。

空になった銃を捨てると、レ イナはウォルフが消えた場所を睨む。

(……たとえ、今は逃がそう とも……私には牙と爪がある…覚えておきなさい、ウォルフ……全てを噛み砕く牙と、全てを引き裂く爪が……あんたが何処へ消えようとも……その命を完全に 断つまで…私はあんたを逃がさない……必ず、私の牙と爪で…あんたの喉を喰いちぎり、その身を斬り刻む……!)

湧き上がる憎悪を抑えつつ… レイナはジッと睨み続けた。

「レイナ…」

「おい、お前…大丈夫 か!?」

キラとカガリが駆け寄る。

「……大丈夫よ」

その、普段よりも冷たい声 に、キラとカガリはビクッと身を竦めるが、レイナは気にもしない。

「いやぁ…やるね、君……お かげで助かったよ」

先程、同席していた男が3人 に声を掛けた。

「こっちとしては、あんたの とばっちりを喰らっただけなんだけどね…」

うんざりした口調で語る…レ イナは単に、振り掛かった火の粉を払いのけただけだ。

「隊長! ご無事で?」

「ああ、私は平気だよ。彼ら のおかげでな」

「だからあれ程、街へひょこ ひょこ出るのはやめてくださいって言ってるのに…」

部下らしい軍服の男の小言を 聞き流し、彼は3人の方に歩いてくる。

背後で部下らしい男が溜め息 をつき、レイナは上官がこれじゃあ、苦労してるんだろうなと僅かに同情した。

男は3人の前でサングラスと 帽子を取り、その顔を見た瞬間、カガリが息を呑んだ。

「アンドリュー=バルトフェ ルド………」

「え!?」

「砂漠の虎……」

呆然と呟くカガリと硬直する キラを横に、レイナは一人…冷静だった。

(やっぱり、か……)

どこか、確信的なものがあっ た…ブルーコスモスの標的になるような人物は、ここではこの男以外いない、と…砂漠の虎以外に……

 


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