アル=ジャイリーに連れられ た一同は、『ファクトリー』と呼ばれる街外れの古びた倉庫に案内された。

「食糧と水、燃料などは既に 用意させました。後は問題の品ですが……」

倉庫の中を歩く一同の前に、 ジャイリーの部下らしき男達がいくつかの木箱を運び、その蓋を取る。

「75ミリAP弾、モルゲン レーテ社製EQ17磁場遮断ユニット、マーク500レーダーアレイ……」

品名を読み上げるジャイリー の横で、アルフら3人は品を確認する。

「うわっ、純正品じゃない か!?」

「呆れるな…まったく、何処 から……」

トノムラが驚きの声を上げ、 ナタルは苦々しげに呟く。

コピーではない、純正品の連 合の兵器が裏で回っている事実に、軍規に厳しい彼女は軽い嫌悪感を覚える。

「世界には、御存じない地下 水脈も多うございましょう? フホホホ」

反応に気をよくしたジャイ リーが笑い上げる。

「いや、まったく…いったい どれだけの水源があるのやら」

アルフは皮肉げに返すが、そ れすらもジャイリーには賛辞にしか聞こえない。

「水源を探し当てるのも、生 き延びる手段ですよ」

横眼でサイーブを見やるが、 サイーブは鬱陶しげに視線を逸らす。

「どうなんだ、それでいいの か?」

「ああ、品物に文句はない が……」

念を押すサイーブに、ナタル は戸惑いながら答える…だが、問題はこの品の値だ。

「希望したものは、全て揃う んだろうな?」

「それはもう……これを」

ジャイリーは品の値を計算し たものをサイーブに手渡し、不意に覗き込んだトノムラが目眩を起こしそうになった。

「げっ、何だこの額! 嘘だ ろ……?」

いくら、こちらの足元を見る とはいえ、これはいくらなんでも高過ぎではなかろうか。

「貴重な水は高うございま す……お命を繋ぐものでございましょう?」

しれっと言うジャイリーに、 流石のアルフも言い返せない。

どうしたものか、と悩んでい たが…サイーブは無造作にそれをキサカへと手渡した。

「……支払いはEarth  Dollarでいいか?」

合計額に眼を見やると、短く 尋ねた。

「はい、勿論それで結構」

これだけの額を値切りもせ ず、しかも一括で払いのけてしまったキサカに、トノムラとナタルはさらに戸惑い、アルフは口笛を吹く。

「羽振りがいいね…」

「……すぐに運ばせろ」

アルフの軽口に答えず、素っ 気なく言うと、背中を向けた。

「ど、どうなってんですか ね? ついていけないですよ、俺……?」

意外に冷静なアルフではな く、自分と同じように呆然となっているナタルに囁く。

「わ、私に聞くな」

流石のナタルも困惑を隠せな かった。

 

 

 

銃撃戦の後、レイナ、キラ、 カガリの3人は、同席していた男:アンドリュー=バルトフェルドは半ば強引にジープに載せられ、バナディーヤ郊外へと連れてこられた。

豪勢な白亜のホテル…だが、 その背後には巨大な陸上艦:レセップス。

そして…ホテルの前にはズラ リと勢揃いしたザフト兵。

ホテルの中庭には、まるで装 飾品のようにバクゥやジン・オーカーが並びたてられている。

「さ、どうぞ」

「いえ、僕達は、本当にも う……」

キラは先程から何度も、尻込 みするように遠慮しているが、バルトフェルドはまったく聞いていない。

「いやいや。お茶を台無しに した上に助けてもらって……それに、彼女達は服がグチャグチャに一人は怪我してるじゃない。このまま帰すわけには行かないでしょ。ね、僕としては……」

有無を言わさず連れ込もうと する。

「いいんじゃない…せっかく 誘ってくれたんだから。それに、お茶飲み損ねちゃったからね……」

レイナはさして懸念もせず、 バルトフェルドの後を追うようにジープから降りる。

キラとカガリも腹を括って敵 地へと乗り込んだ。

兵士達が敬礼するが、上官の 姿は派手なアロハシャツ。

だが、部下達はさして不自然 そうには見えず、既に諦めているのだろうかと、レイナは思った。

それにしても、先程の副官と いい、護衛達といい、苦労しているんだろうなと改めて思う。

ホテルの中に足を踏み入れた 3人の前に、長い藍を帯びた艶やかな黒髪に、両サイドに鮮やかなオレンジ色のメッシュが入っている、美しい女性が現れた。

「お帰りなさい、アンディ」

「ただいま、アイシャ」

親しそうなやり取りに、砂漠 の虎の恋人…と、3人は即座に思った。

アイシャは3人に近づき、レ イナとカガリを見やってニコリと微笑む。

カガリはどぎまぎしている が、レイナは至って平静だ。

「この子達ですの? アン ディ」

やや舌っ足らずにも聞こえる 独特のイントネーションの高い声に、開いたままの扉の中からバルトフェルドが応じる。

「ああ。彼女らをどうにかし てやってくれ。かたっぽはチリソースとヨーグルトソースとお茶を被っちまったし、もうかたっぽは怪我してるんでね」

「あら、ホント? 早く手当 てしないと……」

「こんなもの、放っとけば治 るわ」

「あらあら、ダメよ。女の子 は身体に傷を残しちゃ」

アイシャが優しくレイナとカ ガリの手を引き、カガリの方は不安げな顔を浮かべ、キラも後を追おうとするが、アイシャが直前で指を振る。

「ダメよ、レディの着替えに ついてきちゃ。すぐ済むから…アンディと待ってて。男の子は男の子同士、女の子は女の子同士」

まるで、子供を叱るように甘 く囁き、アイシャは二人を連れて奥へと消えていった。

「おーい、君はこっちだ」

佇んでいたキラは、バルト フェルドに呼ばれ、カガリだけではいささか不安ではあったが、レイナも一緒にいるのだ…多分、大丈夫だと思い、キラはその部屋へと入室する。

中に入室すると、バルトフェ ルドは早速、執務机に置いたサイフォンをいじっていた。

「僕はコーヒーには、いささ か自信があってね。まあかけたまえよ、くつろいでくれ」

顎をしゃくって応接セットの 方に促され、キラはそれに従い、部屋の中を見渡していると、その視線が暖炉の上の石版に留まり、思わず歩み寄る。

誰もが一度は眼にした奇妙な 生物の化石のレプリカ…キラも流石に知っている。

「Evidence01…… 実物を見たことは?」

「いえ……」

コーヒーカップ2つを手に 持って近寄ってきたバルトフェルドにキラは首を振る。

キラ自身、オリジナルを見た ことはない。

バルトフェルドはレプリカを ジーッと見詰め、呟いた。

「しかし、何でこれを『くじ ら石』と呼ぶのかねえ? これ、鯨に見える?」

「え…いえ、そう言われて も……」

文句を言われてもキラは困 る…別に、キラ自身が『くじら』と名づけたわけではない。

「これ、どう見ても羽根じゃ ない? 普通鯨に羽根はないだろ?」

レプリカの羽の部分を指し、 自説を語るバルトフェルドにキラは困惑する。

「ええ、まあ…でも、これは 外宇宙から来た、地球外生命体の存在証拠っていうことですから………」

Evidence01の発見 によって、外宇宙に生物の存在が確認されたのは、周知の事実である。

だが、男が聞きたかったのは そこではなかったらしい。

「そうじゃなくてさ、僕が言いたいのは、何でこれが鯨なんだってことだよ」

「……じゃあ、なんならいい んですか?」

逆に問い返され、バルトフェルドも首を捻る。

「うーん…何ならといわれて も困るが……ところでどうかな、コーヒーの味は?」

自分で淹れたコーヒーを飲み ながら尋ねるバルトフェルドに、キラはカップに口を付けるが、味は苦く、キラは顔を顰めた。

バルトフェルドは、そんなキ ラの態度に苦笑を浮かべた。

「ははっ、君にはまだ解から んかな、大人の味は」

 

 

その頃、別室に案内されたレ イナとカガリは、アイシャによってメイクアップされていた。

カガリはまず、身体にかかっ たソースを洗うためにバスに入り、レイナはアイシャによって手当てをされるために裾を巻き上げられた。

「貴方…この傷……」

腕に刻まれた幾つもの傷跡 に、にこやかであったアイシャも怪訝そうな表情を浮かべる。

「言ったでしょ…放っておけ ばこれぐらいだったら、すぐに治るって」

だが、アイシャは優しげに微 笑み、腕に包帯を巻きつけていく。

「さてと、次はドレスね」

「へ?」

手当てが終わり、アイシャが 発した言葉に、首を傾げる。

「女の子はもっとおしゃれし なくちゃ。そんな黒ずくめじゃダメよ」

有無を言わせず、レイナは鏡 台の前に連れて行かれる。

「さ、脱いで」

「………」

流石に、逆らうのは拙いと踏 んだのか、レイナは渋々服を脱ぐ。

はっきり言って、人前であま り肌を晒したくはない。

脱ぎ捨てられた服の下から現 れるレイナの裸体には、無数の傷跡があり、それが酷く痛々しい。

だが、アイシャは優しげにレ イナの肩を抱き、自分が選んだドレスを着せていく。

「どうかしら? 貴方の髪の 色に合わせてみたんだけど」

手に持っていた白いドレスを 着せ、腕の全体が隠れるように裾を通す。

「私、白は嫌いなんだけ ど……」

「あら、よく似合ってるわ よ」

レイナを鏡台の前に座らせ、 今度は髪をとかす。

「貴方の髪、さらさらして綺 麗ね」

くしで髪をとかしながら、レ イナは逆らっても無駄と判断したのか、無言のままされるままになった。

バスから上がったカガリも同 じようにドレスを着飾られた。

 

暖炉の前から移動し、バルト フェルドはコーヒーを啜りながら、ソファに腰を下ろす。

キラもその向かいに遠慮がち に腰掛け、バルトフェルドは再度、石版の方を向いて話を続 ける。

「まあ……楽しくも厄介な存在だよねえ、これも」

「厄介……ですか?」

「そりゃそうでしょ。こんな もの見つけちゃったから、希望……っていうか、可能性が出てきちゃったわけだし……」

バルトフェルドの意図が解か らず、キラは首を傾げる。

「……『人はまだ……もっと先までいける』ってさ……この戦争の一番の根っこだ」

キラを正面から見据え、軽薄 そうだった眼が一瞬鋭くなった。

キラは無言のまま、バルト フェルドを見ていたが、不意にノックの音がした。

ドアが開き、アイシャが姿を 現わし、カガリとレイナはその後方にいるらしく、キラの位置からでははっきりと見えない。

「なあに、恥ずかしがること ないじゃない。ほ〜ら」

アイシャがカガリを前に押し 出すと、キラはポカンと口をあけた。

「ほ、ほーう」

バルトフェルドが立ち上が り、カガリを検分する。

髪を結い、化粧を施し、香り もよい。

元々、端整のとれた容姿だと は思っていたが、普段の野性味が個性となって強調されている。

「おんな…の子………?」

「てっめぇっ!!」

キラが思わず呟くと、カガリ は怒りに顔を真っ赤に染めて噛み付きかかる。

「いや、『だったんだよ ね』って言おうとしただけで……」

「同じだろうが、それじゃ あ!!!」

まったく弁解になっていない ことに、カガリの怒りは留まることをしらない。

「ほら、貴方も」

そんな騒ぎを他所に…アイ シャはレイナを促す。

続けて部屋に入ってきたレイ ナに、キラも一瞬言葉をなくした。

「ほう……これはなかなか、 麗しい」

バルトフェルドも感嘆の声を 上げる。

ストレートに流した銀色の髪 にマッチするように、白いドレスに身を包み、薄っすらと施された化粧が端整な顔をさらに際立たせ、唇に薄っすらと引かれたルージュが凄く魅力的だ。

まるで、どこかのお姫様のよ うな気品と凛々しさを漂わせていた。

「……こんな格好、私の性に 合わないんだけど」

レイナはややうんざりした声 だ。

「あら、そんなことはないわ よ。貴方はどう思う? よく似合ってるでしょ?」

アイシャに話を振られ、キラ は戸惑う。

確かにこれまでも、レイナを 綺麗だと思ったことはあったが、今回のは一際だ。

「あ、えーと……」

キラがうまく言葉にできない でいると、プッと前後から噴出す声がした。

バルトフェルドとアイシャは 笑い上げ、キラは一つも女の子を褒める感想を言えない自分が酷く情けなかった。

 

 

 

アークエンジェルにその報せ が届いたのは、3人がバルトフェルドの屋敷に呼ばれていた時だった。

「何ですって!? キラ君、 レイナさん、カガリさんが戻らない!?」

マリューの驚きの声がブリッ ジ内に響き、当直のクルー達も身体を硬直させる。

モニターには、3人を迎えに 出たキサカが映っていた。

《ああ、時間を過ぎても現れ ない……サイーブ達はそちらに戻ったか?》

「いいえ、まだよ」

《市街では、ブルーコスモス のテロもあったようだ》

キサカの報告に、クルー達は 息を呑む。

《電波状態が悪くて、こちら からは彼らと連絡が取れん。何か探ろうにも人手が足りん》

無表情な顔に、僅かな不安を 感じさせ、マリューは急ぎ指示を出す。

「パル伍長! クオルド大尉 を呼び出して!」

《そちらで呼び出せたら、何 人か街へ戻るように行ってくれ》

通信が切れると、チャンドラ が低く呟く。

「……どうせ、遊びすぎて時 間を忘れちまっただけだよ。皆が大騒ぎしてるうちに、ひょっこり現れるさ」

不安を紛らわせるように呟い た口調は震えていた。

「でも…もし、ヤマトやクズ ハが戻らなかったら………」

ストライクやルシファーと いったMSを動かせる者がいなくなる…それは同時に、艦の安全にも関わる。

パルの言葉に、カズィは不安 げな表情を浮かべ、チャンドラは誤魔化すように小突く。

「だから、大丈夫に決まって るだろ!」

安否を気遣うクルー達の不安 が波紋のように拡がる中…サイだけが、違う感情を胸に抱いていた。

このまま、キラが戻らなけれ ばいいのに………と。

暗い感情を抱きながら、サイ はブリッジを後にし、格納庫へと向かった。

並び立つストライクとルシ ファーを見上げ、ストライクの周囲に人陰が無いのを確認すると、息を殺してコックピットに入り込んだ。

一瞬、躊躇ったが、それを上 回る暗い想いが上回り、ハッチを閉じ、OSを立ち上げていく。モニターに光が灯り、計器類が起動し、正面モニターに格納庫の様子が映し出される。

―――――やれる……身に湧 き上がる高揚感に、サイはゆっくりと操縦桿を握り、ペダルを踏み込んだ。

ストライクの瞳に火が灯り、 腕がゆっくりと動き出す。

その時になって、初めてマー ドック達整備班は異常に気付いた。

「な、何だ……!?」

戸惑うマードック達を横に、 ストライクはぎこちない動きでキャットウオークを押し広げ、歩き出す。

「おいおい、何だってんだ… まだ坊主も嬢ちゃんも戻ってねえぞ」

ストライクはメンテナンス ベッドから抜け出し、おぼつかないフラフラとした足取りで動く……明らかにキラとは操縦が違う。

そこへ、騒ぎを聞きつけたム ウやトール達が格納庫に飛び込んできた。

鈍い動きで歩くストライクの コックピットで、サイは焦燥感に狩られる。

「くそっ、なんで……」

何故、思うように動かないの か…キラやレイナのように………

マードックの声も聞こえず、 サイは必死に操作するが、ストライクはさらに動きが悪くなる。

「おい、やめろバカ!! 誰 だ!?」

遂にマードックが怒鳴り声を 上げ、近くにいた整備士が小さく告げた。

「さっき、サイって奴がウロ ウロしてはいたんですけど……」

友人の名を聞き、トール達が 驚愕する。

「くそっ、なんでまた……」

ムウは舌打ちし、ストライク を見詰める。

サイはコックピットの中で歯 を喰い縛り、必死に動かそうとするが、それは敵わず、足を踏み出したストライクはバランスを崩し、踏み止まることさえできず、つんのめるように倒れ込ん だ。

ミリアリアの悲鳴が響き、ス トライクは四つん這いに倒れ込んだ。

衝撃音に、格納庫にいた全員 が思わず眼を閉じ…恐る恐る眼を開け、倒れ込んだストライクを見やった。

「……あちゃ〜」

溜め息をつきながら、マー ドックは顔を押さえる。

幸いに、負傷した者はいな かったようだが、戦闘でならともかく、こんな事で傷をつけられては、整備士としてはたまらない。

そして……コックピットの中 で、サイは己の無力さに嗚咽を漏らしていた………

奥でその様子を見詰めていた フレイはバッと背を向け、格納庫を飛び出した。

(バカね……)

内心で嘲笑うように罵る が……その、切なげに歪んだ眼から、涙が零れていた……

 

 

 

遠慮なく、笑っていたバルト フェルドだったが、レイナとカガリをソファへと促し、アイシャは未だに笑みを噛み殺したまま、部屋から退出していった。

バルトフェルドに向かい合う ように腰を落ち着ける。

「いやぁ、二人ともドレスが 良く似合うねえ……というか、そういう姿も実に板についてる感じだ」

「勝手に言ってろ」

「あら、ありがと」

さらりと褒めるバルトフェル ドに、カガリは不機嫌なまま答え、レイナは薄っすらと妖艶な笑みを浮かべて答えた。

「そっちの君は、喋らなきゃ 完璧だな」

「余計なお世話だ!」

「はははっ、まあ…君達も飲 みたまえ」

バルトフェルドはキラと同じ く、淹れたブレンドコーヒーを二人にも差し出す。

レイナは躊躇いもせずに、 カップを手に取り…コーヒーを飲む。

「へぇ…いい苦味のするコー ヒーね」

「ほう、お気に召したかね?  いや結構…僕の部下達は味の解からん奴が多くてね」

気をよくしたバルトフェルド に、レイナはコーヒーを飲みながら、なおも感想を続ける。

「だけど…ちょっと苦味がき きすぎね。苦味はコーヒーの美徳だけど、もう少し抑えた方が、いいアクセントになるわよ」

「ふむ…君もなかなか鋭いこ とを言ってくれるね。よし、次のブレンドの参考にしよう」

なぜか、コーヒー議論に突入 する二人に、キラは言葉を失くし、カガリは不機嫌な表情のまま、持っていたカップを置いた。

「おい! お前、本当に砂漠 の虎か? 何で人にこんなドレスを着せたりする。これも毎度のお遊びの一つか?」

カガリが鋭い眼で睨むが、バ ルトフェルドは軽く首を傾げる。

「ドレスを選んだのはアイ シャだし……それに、毎度のお遊びとは?」

「変装してヘラヘラ街で遊ん でみたり、住民を逃がして街だけ焼いてみたり……ってことさ」

キラは、冷やりとして気が気 ではない…自分達の正体に気付いたら、どうする気なのだろう。

バルトフェルドは暫し、カガ リをジッと見詰める。

「いい眼だねえ。真っ直ぐ で……実にいい眼だ」

「くっ…ふざけるなっ!」

不適な笑みを浮かべるバルト フェルドに、カガリの怒りが爆発する。

「カガリ……」

両手をテーブルに叩きつけ、 立ち上がるカガリを抑えるようにキラが声を掛ける。

「……君も死んだ方がマシなクチかね?」

先程までの軽薄さが消え、射 抜くような冷たい眼光を向けられ、二人は立ち竦む。

その圧倒的な存在感の大きさ に、気圧される。

「そっちの二人……君らはど う思う?」

不意に、話を振られ、キラは 言葉に詰まる。

「え……?」

「どうしたらこの戦争は終わ ると思う?……MSのパイロットとしては」

「お前……どうしてそれ を!」

キラが息を呑む前に、カガリ が叫び、バルトフェルドは噴出す。

「おいおい…あまり真っ直ぐすぎるのも問題だぞ」

はったりだった…カガリはま んまとのってしまい、愕然となる。

「自分からバラしてどうすん のよ」

レイナは一人、落ち着いたま まコーヒーを啜っている。

キラも立ち上がり、カガリを 後ろに庇うように引き寄せる。

バルトフェルドは先程、サイフォンをいじっていた机に向かって歩く。  

「戦争には制限時間も得点も ない…スポーツやゲームの試合のようなね。ならどうやって勝ち負けを決める? どこで終わりにすればいい?」

キラは虚を突かれて、一瞬絶 句した。

「どこ……で?」

相手の隙を探しつつ、キラは 今の問いを反芻させる。

だが、答えが出てこない。

自分は今まで、襲い掛かって くる者達を撃退することで精一杯だった…友達を護る……だが、それだけで戦争が終わるわけではない。

「敵である者を全て滅ぼし て……かね?」

答えられないでいるキラに向 かって…バルトフェルドは静かに言い放ち、手に持った銃を向けた。

銃口が静かに二人を射線に置 き、キラは身構え、カガリは息を呑んだ。

キラはカガリを庇ったまま、 周囲を見渡し、逃走手段を探す。

だが、バルトフェルドはそん なキラの思考を見透かしたように言う。

「やめた方が賢明だな。いく ら君がバーサーカーでも、暴れてここから無事に脱出できるものか」

「バーサーカー……?」

意味の解からない言葉に、キ ラが思わず反芻する。

「ここにいるのは皆…君らと 同じ、コーディネイターなんだからね」

キラの表情が強張り、カガリの眼が見開かれる。

「……お、お前………」

「君らの戦闘を見た。砂漠の 接地圧を合わせた白い機体…君はそちらの方のパイロットだな……そして、艦砲をピンポイントで撃ち落す射撃精度、熱対流のパラメータを即座に入れた黒い機 体のパイロットが、そちらに座っている彼女だな」

バルトフェルドの視線がレイ ナに止まるが、レイナは無言のまま、眼を閉じている。

「……君らは同胞の中でもか なり優秀な方らしいな…あのパイロットをナチュラルだといわれて素直に信じるほど、私は呑気ではない」

初めから気付かれていた…キ ラをコーディネイターのパイロットと結びつけていたのだ。

「それに君らのさっきの見慣 れぬ立ち回りだ……君らが何故同胞と敵対する道を選んだのかは知らんが……あのMS のパイロットである以上、私と君ら は敵同士だということだな」

最初から、彼はこうするつも りだったのだ…敵である自分達を排除するために。

キラは動揺を押し隠し、バル トフェルドを睨む。

全神経を張り詰め…その緊張 が頂点に達しようとした時……ガチャンという音が響き渡った。

全員が驚いてそちらを振り向 くと、ずっと無言のまま座っていたレイナが、空になったカップをテーブルに乱暴に叩きつけていた。

「悪いんだけど…コーヒー、 もう一杯もらえるかしら」

半眼でバルトフェルドを見や り、一同は毒気を抜かれる。

「…ああ、構わんよ」

バルトフェルドは内心の動揺 を押し隠し、レイナからカップを受け取ると、先程のサイフォンのもとに戻り、コーヒーを淹れている。

その無防備な背中は、いかに も逃げ出してくださいと言っているようなものだ。

「安心しなさい…その男は私 達を殺したりはしないわ……ここではね」

未だ、緊張感の漂わせたキラ とカガリに向けて冷静に呟く。

「え……?」

「ほう…どうしてそう思うの かね?」

キラ達が唖然となり、バルト フェルドが新しく淹れたコーヒーを持ちながら尋ねる。

「まず一つ…私達を殺すつも りなら、その銃を持った時に即座に殺されてるわ」

「あ……」

「そしてもう一つ…砂漠の虎 は、コーヒーに関してはうるさいのに、コーヒーのマナーに関してはうるさくないのかしら? コーヒーを飲んでいる時に、そんなものを持ち出すなんて、随分 と無粋じゃない」

真面目なのか、冗談なのか解 からない言葉に、キラとカガリは呆気に取られるが、バルトフェルドは笑い上げる。

「ははははっ! これは一本 取られたな」

苦笑を浮かべるように、差し 出されたカップを受け取り、コーヒーを啜る。

「あんた達も座りなさいよ… 少なくとも、ここにいる時点ではまだ安全だから」

レイナに促され、二人は未 だ、釈然としない表情で再度座り込む。

「……先程の問いだけど、戦 争が始まる時は必ず何かの明確な目的があって始まる……だけど、それすらも変わっていく…戦争が、人の心を変えていく…ゲームみたいに、単純に正義か悪か なんて決められたら、どんなに楽かしらね」

コーヒーを啜り、レイナは皮 肉るように言葉を紡ぐ。

「戦争に、具体的な終わり方 なんてない…そもそもは、互いの意見の違いから対立が起こり…それが、戦争という火種へと繋がる……もっとも、地球側に支配されていたプラントからしてみ れば、よく今まで耐えてた……とも言えるわね」

「なっ、どういうことだ よ!」

カガリが噛み付きかかる…地 球がプラントを支配してたなど、地球に住む彼女にしてみれば穏やかではない。

「あんた…この戦争のそもそ もの発端が何か知らないの?」

「それは…血の……!」

言いかけてカガリは口を噤 む…レイナがゾッと底冷えするような視線を向けていたからだ。

「残念だけどそれは外れ…… 引き金になったのは確かだけど、根はもっと深いところにある。地球で排斥されたコーディネイター達は宇宙へと安住の地を求めた…資源の枯渇する地球にとっ て、宇宙開発をおこなうために、コーディネイターはいい労働力であり、プラントはさしずめ金づる…だから、地球はプラントを支配した…食料の自足をさせ ず、ただただ奴隷扱い…そして遂に、コーディネイター達は自分達で食料の自給自足を開始した…それがユニウス……でも、当然ながら地球はそれを許しはしな い………ならば、どうするか…簡単……壊せばいい…そうすればまた、自分達のいい労働力となる…そして放たれた一発の弾…宇宙の閃光……それがこの戦争の 始まり……」

歌うように話すレイナに、キ ラとカガリはまるで鈍器で殴られたように衝撃を受ける。

「連合がプラントの独立を認 めるか、それともプラントが連合の傘下に入るか……もう、そんな当初の目的すら変わっている…ナチュラルとコーディネイターの差……それは身体的なもの じゃない。互いを理解しようとすることに欠けているのよ…ナチュラルはコーディネイターを妬み、コーディネイターはナチュラルを見下す………互いを理解し ようとしない憎しみが、互いを滅ぼそうとするまで…戦争は終わらない」

「ほう……?」

「私は少なくとも、そこにい る二人とは違う……客観的に大局を見れず、自己本位の正義しか信じないお嬢様や、自己満足の正義で、覚悟も何もできていない甘ちゃんとはね」

キラが絶句し、カガリが怒り にいきり立つ。

「それに…人類がいる限り、 戦争は決して無くなりはしないわ」

カップを離し、レイナは一息 つく。

「ナチュラルとコーディネイ ター…たとえ、呼び方は違っても、同じ人類……ナチュラル達は同じ同胞だというのに、互いに争いあっている…コーディネイターも同じよ……仮にプラントが 今回の戦争に勝利しても、いずれは…コーディネイターの中にも、能力の違いに嫉妬し、争いが起こる…それが戦争へと繋がっていく……戦争は決してなくなり はしないわ……どちらかが滅んでもね…あやまちを繰り返し続ける…愚かな存在なのだから……」

……そして、自分自身も…醒 めた口調で語るレイナに、バルトフェルドは笑みを浮かべる。

「なかなか、面白い考えを 持っているな、君は」

「私自身が…この世界のイレ ギュラーだからね。ナチュラルとコーディネイター……どちらにも属さない、この世界の異端者」

キラとカガリは、訳が解から ずに首を傾げ、バルトフェルドは眼を細める。

「さて、と……コーヒー、美 味しかったわ。そろそろ帰ってもいいかしら?」

微笑を浮かべて尋ねるレイナ に、バルトフェルドも肩を竦める。

「いいだろう。今日は話せて 楽しかったよ……よかったかは解からんがね」

語尾に苦いものが混じり、キ ラは一瞬不思議な思いに捉われたが、カガリを促す。

レイナもそれに続く。

「最後に一つ…教えてくれな いか?」

背中を向けたレイナに向かっ てバルトフェルドが声を掛ける。

「さっきのカフェでの男との 会話に出てきた、『BA』とは何のことかな?」

キラとカガリも思わず足を止 める。

レイナは暫し考え込み…やが て、口を開いた。

 

「………『Bloody  Angel』…昔の私の名よ」

 

苦笑を浮かべ、レイナは呟い た。

「また戦場で遭いましょ う……砂漠の虎。私は……レイナ=クズハ」

「ああ、楽しみにしてるよ」

短い会話を交わし、キラとカ ガリを追うようにレイナも部屋から出た。

廊下にはアイシャが佇み、そ の腕には、レイナとカガリの服があった。

「貴方達の服よ」

柔らかに微笑み、自分の服を 渡されてカガリは慌てた。

「あ…じゃ、じゃあ、ドレス を返さないと」
「良いわ、あげる。その服、貴方達によく似合っているもの」

「で、でも……」

「本当にいいのよ、自分より 似合う人のいる服なんて、私はいらないから」

「ありがとう…私は白は嫌い だけど、このドレスは大事にするわ」

萎縮するカガリとは対照的 に、レイナは微笑を浮かべる。

「……お行きなさい。他の者 は、貴方達の事、まだ知らないわ」

アイシャはクスリと笑うと、 3人の脇を通ってバルトフェルドの部屋に入っていった。

3人もまた、その場を後にし た。

 

 

 

「どうだった?」

部屋に入ったアイシャは、窓 際で佇むバルトフェルドの背中に声を掛けた。

「…酷い気分だ」

「あらあら…可愛い子達だっ たじゃないの。何が気に入らなかったの?」

「気に入った…だから気分が 悪い」

まるで、駄々っ子をあやすよ うにアイシャは背中に寄り添う。

「あの子……随分と哀しい眼 をしていたわ」

「ああ……アレは、自分の全 てを憎んでいるような眼だ」

バルトフェルドの脳裏に焼き ついた、あの憂いを漂わせた哀しい真紅の瞳……

覚悟の中に見える…冷めた哀 しみ……

「やれやれ…気まぐれは起こ すものじゃないな」

バルトフェルドは天を仰ぐ。

 

「…Bloody  Angel………血まみれの天使…か」

 

先程のレイナの言葉を反芻さ せた……

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

ヒビ割れた友情……

傷つく想いは、少年を迷わせ る……

 

離れ離れになり…想いは深く 刻まれる……

刻の流れは…そんな想いを迷 わせる……

 

 

次回、「迷走」

 

迷いを切り裂け、ガンダム。




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