ザフト軍・ジブラルタル基 地……

この一画…格納庫の一つで、 宇宙から降りたデュエル、バスター、ヴァルキリーの整備が行われていた。

リンも作業に加わり、己の機 体の改修を見詰めている。

機体全体のダメージが深刻で あったため、かなり大幅な改修が必要のため、アークエンジェルが降下したアフリカ北部のバルトフェルド隊に合流するのは、どうやら翌日になりそうだ。

イザークもまた、デュエルの 整備を行っている。

アサルトシュラウドにアップ してから、いきなりの実戦投入をしただけに、今になって各武装や追加装甲とのセッティングを行っている。

だが、イザークの心持は、同 じく降下し、未だ行方不明のリーラの安否であった。

(あいつがホントに『あい つ』なら…絶対に死なせてたまるか)

内心の葛藤を押し隠しながら 整備を続けるイザークのもとにディアッカが近づいてきた。

「おーい、イザーク…お前に いい知らせだぞ」

「何だ、ディアッカ…俺に用 件なら早く言え」

不機嫌さを隠さない声で尋ね ると、ニヤニヤした表情でディアッカは笑う。

「聞きたい?」

「早く言え!」

いい加減、痺れが切れたの か、イザークが怒鳴り返す。

「バルトフェルド隊がリ フェーラ=シリウスを救助した…ってぇ!」

次の瞬間、ディアッカは胸元 を思いっきり締め上げられていた。

「おい! それはホント か!?」

「ほ、ホント…だ、って… ぐぇ……」

あやうくおちる寸前で、イ ザークはディアッカを突き飛ばし、すぐさまバナディーヤに向かえるように、ジブラルタル基地司令の元へ駆け出した。

ディアッカは激しく咳き込み ながら、その場に蹲っていた。

 

そんな様子を、どこか呆れた 様子で見詰めていたリンは軽く溜め息をつき、もう一度…改修作業の進むヴァルキリーに向き直る。

全壊したスラスターは、新た に改良され、追加機構として、両腕の大幅な交換が行われ、両肩には、巨大なブースターを二門装備したものが加わり、大気圏内での単独飛行が可能となってい る。

さらに、この両腕には、Xナ ンバーから得たPS装甲が採用されている。

追加装備として、新たに開発 されたビーム刃を展開できる対艦刀が重斬刀に代わり、装備される。

(今度こそ……必ず!)

無意識のうちに、胸元のペン ダントに手を伸ばし、先端のクリスタルを握り締め、リンはレイナへの戦意を静かに燃え上がらせた。

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-18  迷走

 

 

宇宙に吊り下げられるように 浮かぶ、いくつもの砂時計を模したプラント。

その中心に位置するアプリリ ウス・ワン…その内部の一つを、アスランの運転するエレカが走っていた。

閑静な住宅街を吹く風が、ア スランの髪を靡かせ、助手席の花束を揺らす。

やがて、大きな邸宅を思わせ る白亜の建物の前の門に差し掛かると、カメラが認識し、アスランはIDを取り出し、翳す。

「認識番号285002、ク ルーゼ隊所属アスラン=ザラ。ラクス嬢と面会の約束です」

【確認しました、どうぞ】

電子音が応対し、それに続く ように門が開き、アスランはエレカを屋敷内に走らせた。

助手席の花束を抱え、エレカ から降りたアスランは、執事が扉を開けて迎え入れると、彼が持ってきていたコートを受け取り恭しく礼をする。

アスランが屋敷の中に足を踏 み入れると、賑やかな物音と共にこの屋敷の主の娘であるラクスが階段上から姿を見せた。

「いらっしゃいませ、アスラ ン…来てくださって、嬉しいですわ」

柔らかに微笑み、大量のハロ が周囲を飛び交う中を、ゆっくりと階段を降りてくる。
【ハロ・ハロ・アスラーン】

賑やかなハロに多少引きつつ も、ラクスに視線を向けて軽く会釈をする。

「すみません、少し遅れまし た」

「あら、そうですか?」

待ち合わせていた時間よりも 少し遅れたアスランだったが、ラクスはさして気にした様子も見せずに微笑む。

「これを」

「まあ、ありがとうございま す」

やや遠慮がちに、持っていた 花束を差し出すと、ラクスは嬉しそうに受け取った。

どうやら、花束を気に入って もらえたらしく、苦労して選んだアスランも僅かにホッと肩の力を抜くが、周囲を騒がしく飛び跳ねるハロに、アスランは困ったようにラクスに話し掛けた。

「あの、しかし……なんです か? このハロ達は」

「お客様を歓迎しているんで すわ。さあ、どうぞ」

ラクスの方は、気にもせず、 奥の方へ向かって歩き出し、アスランもハロを掻き分けながら後を追う。

「しかし…これではかえって 迷惑では?」

作り主は自分ではあるが、気 をつけないと、ハロを蹴飛ばしかねない。

この状態では、ラクスはさぞ 迷惑してると思ったのだが、ラクスは逆に笑顔を浮かべる。

「貴方だから余計はしゃいで いるんでしょう。家においでになるのは本当に久しぶりですもの」

「……すいません」

その悪意のない無邪気な微笑 みに、アスランはいたたまれなくなり、顔を逸らす。

いくら軍で、滅多にプラント に戻れないとはいえ、婚約者である彼女を放ったらかしにしてしまっているのは事実だ。
無論、ラクス自身は、アスランの態度にキョトンとしてい る。

二人は長い廊下を抜け、屋敷 の裏手にあった庭に出る。

その時、二人の下に、箱型の ロボットがゆっくりと歩み寄り、ラクスはそのロボットの荷台に花束を置く。

「オカピ、花を持っていっ て、アリスさんに渡してね。それから、お茶をお願いって」

二人の馴れ初めである、オカ ピにアスランは不意に、ラクスとの初対面の時を思い出した。

彼女に言われた通りに花を背 中の荷台のような部分に乗せると、またトコトコと歩き去っていく。

オピカが去っていくと、二人 は庭のテラスに腰掛ける。

だが、話をしようにも、二人 の周囲をハロが飛び交い、とてもではないが話などできず、アスランは溜息をつく。

そんなアスランの様子に笑み を浮かべながら、ラクスが両手を差し出した。

「ネイビーちゃん、おいで」

【ハロ・ゲンキ】

ハロをそれぞれの色で呼んで いるラクスの手元に、一つのハロが収まり、ラクスが楽しそうに言葉を紡ぐ。

「今日はお髭にしましょう ね」

アスランは疑問符を浮かべ、 隣に腰掛けたラクスはテーブルからペンを取り出すと、キュッキュッと音をさせながらネイビーハロにペンで何かを描いていく。

「これでよし、と。できまし た」

嬉しそうにネイビーハロを掲 げるラクス…ネイビーハロには、白い髭を書き込まれ、アスランは暫し呆然となる。

ラクスはネイビーハロを抱え て嬉しそうに立ち上がると、そのままネイビーハロを解き放った。

「さあ、お髭の子が鬼です よぉ」

他のハロ達は、ネイビーハロ を追いかけるように跳ねていく。
ようやく、ハロ達から解放されたアスランは、自身のハロ製 作に、深く溜め息をついた。

静けさが戻った庭には、小鳥 の囀り、海の波の音と潮風が静かに響く。

「……追悼式典には戻れず、 申し訳ありませんでした」

あの血のバレンタインから既 に一年……国を挙げての追悼式典に、アスランはとうとう戻ることができなかった。

「いいえ」
オカピが運んできたティーセットを、慣れた手つきで紅茶を 淹れながら、ラクスがいつもの優しい笑みを向ける。

「お母様の分、私が代わりに 祈らせて頂きましたわ」

「……ありがとうございま す」

農業学者であったアスランの 母、レノア=ザラはあの血のバレンタインでその命を喪った。

だが、死者のために祈るかた わら、戦場で死者を生み出す自分が酷く矛盾しているように思える。

「お戻りだと聞いて、今度は お会いできるのかしらと楽しみにしておりましたのよ。今回は少しゆっくりおできになりますの?」

「さあ、それは……休暇の日 程はあくまで予定ですので……」

滅多に訪れることのできない 自分に、いつも優しく微笑んでくれるラクスに申し訳ないという気持ちを抱かずにはいられない。

アスランは不意に、眼前に拡 がる偽物の海と空を見詰める…何故か、その輝く青とは対称の、真紅の瞳を持ったリンの表情が浮かんだ。

リンはどうしているだろう、 と思った…まだ会って日は浅いが、何故か自分の中にはかなり印象が残っている。

そこまで考えて、アスラン は、ラクスよりもリンのことを考えていた自分に気付き、頭を振る。

「……この頃はまた、軍に入 る人が増えているようですわね。私のお友達も何人も志願していかれて……戦争が、どんどん大きくなっていくような気がします」
手に持ったクッキーを砕き、テーブルに降りてきた小鳥に差 し出しながら、ラクスは憂いのある哀しげな表情を浮かべ、アスランは困ったように黙り込む。

「……そうなのかもしれませ ん…実際………」

アスランも低く呟き返した。

ラクスは唐突に、何か思い出 したよう声を上げる。

「そう言えば…キラ様は今頃 どうされていますのでしょうね?」

「え?」

まさか、ラクスの口からキラ の話題が出るとは思っていなかったアスランは、思わず声を上げてしまう。

「あの後、お会いになりまし て?」

首を傾げるラクスに、アスラ ンは、先の地球軌道での戦いを思い出す。

ルシファーを抱え、真っ逆さ まに堕ちていくストライクの姿が、脳裏を駆ける。

「アイツは今地球でしょ う……あの時、傷ついたルシファーを抱えて墜ちました……無事だと思いますが……」

「ルシファー……?」

「あの黒いMSのことです」

聞き返したラクスに、アスラ ンが答え返すと、ラクスはやや表情を俯かせる。

「そうですか…レイナ様もま た、戦う道を選ばれたのですね……」

哀しげに呟くラクスの口から 出た名前…確か、以前もヴェサリウスで聞いた。

ルシファーに乗る、パイロッ トの名だ……名前からして、多分女だと思うが……

「レイナ…それが、あのMS のパイロットの名ですか?」

「はい…レイナ=クズハ…… それがあの方の名ですわ」

嬉しそうに語るラクスに、ア スランは尋ねる。

「どういった方なのです か?」

「そうですわね……冷たそう ですけど、優しい方です…リン様に似ていますわ」

「リンに…?」

アスランの脳裏に、リンの姿 が浮かび上がる。

リンに似ている……なにか、 想像ができなかった。

「キラ様とは、小さい時から のお友達でらしたのですか?」
「ええ、そうです。4〜5歳の頃から…ずっと月にいたので すが、開戦の兆しが濃くなった頃、私は父に言われて先にプラントに上がって……アイツも後から来ると聞いていたのに……」

アスランは思わず言い淀み、 顔を伏せる。

月にいた頃は、アスランに とってかけがえのない日々だった…キラもいて…母もいた。

アスランの心情を察したラク スが、僅かに微笑み、話題を変える。

「ハロの事をお話したら、貴 方のこと、相変わらずなんだなって……」

「え?」

「嬉しそうに笑っておられま したわ。自分のトリィも貴方に造ってもらったものなんだって……キラ様も大事にしていらっしゃるようでしたわ」

思い出した…確か、月から離 れる時にキラに渡した鳥型のペットロボだ。

「アイツ、まだ持っ て……?」

「ええ、何度か肩に乗ってい るのを見ましたわ」

「…そう……ですか………」

あの時に渡したキラと自分を 繋ぐ物を、未だに大切に持ち続けているという事実に、嬉しくなると同時に哀しくなる。

次に会った時には…互いに殺 し合わなければならないというのに……

俯いていたアスランは、ラク スが発した言葉に、一瞬反応できなかった。

「私…あの方好きです わ……」

ラクスの告白に、アスランは 驚いて顔を上げた。

自分をからかっただけなのだ ろうか…しかし、彼女はジッと海を見詰め、その表情からは真意を窺うことはできない。

聞き返すことに、やや躊躇い を覚えた。

「そう言えば…リン様やリー ラはどうされてます? お二人とも、プラントにお戻りなのですか?」

ラクスの言葉に、アスランは 眉を寄せる。

「二人とも…地球にいるはず です。リンの方は、無事が確認されたのですが…リーラの方はまだ……」

アスランは、僅かに言葉を濁 しながら、奥歯を噛み締める。

降下したイザーク、ディアッ カと共にリンは無事にジブラルタル基地に収容されたのは聞いたが、リーラだけが未だに消息不明だ。

「そう…ですか」

ややトーンの落ちた声で、ラ クスも表情を俯かせる。

「あの…リーラとは知り合い なのですか?」

ラクスとリーラが面識がある とはまさか思っておらず、問い返す。

「ええ…リーラとは、少し前 に……」

ラクスもよく覚えている…… 父親に連れられて参加したパーティーで、初めて彼女と会った。

赤い髪と、紅い瞳が印象的な 少女だった…ただ、その瞳だけは、酷く哀しそうに見えた。

まるで…作り物の笑顔を浮か べていた。

「リーラに、軍に入るのを薦 めたのは私です」

「え…?」

流石のアスランも驚く…まさ か、ラクスが人に軍を薦めるとは考えにくかった。

ましてや…同い年に近い少女 を……

「あの方が望んでいるものを 手に入れる方法として…私は彼女を戦場へと導いてしまったのかもしれません……無事でいてくれるといいのですが…」

辛そうに表情を歪めるラク ス。

「リーラはリン様とよく似て います……」

「リンと…?」

「ええ…優しさと、強さを 持ったところが……」

「でも、リンは……!」

アスランは思わず声を荒げ る。

ラクスとて知っているはず だ…あの時、ラクス達が捕虜となった時、ラクス達ごとアークエンジェルを沈めようとしたのは彼女であることを。

「彼女は…リン様は、優しさ を殺しているのです……冷たい感情の中に…あの方は、本当は優しい方です……ただ、優しくすることを知らないだけです」

そして…リンは似ているの だ……レイナに………

だが、ラクスはその事を口に 出さず、静かに呑み込み、テーブルは暫し静寂に包まれた。

 

 

 

《私は何も、地球を占領し、 まだまだ戦争をしようと申し上げているわけではない! しかし、状況がこのように動いている以上、こちらも相応の措置を取らざるを得ないということは確か です!》

プラント中の街頭ディスプレ イ、いたるメディアにて、国防委員長であるパトリック=ザラの演説が流れている。

《中立を公言しているオー ブ・ヘリオポリスの裏切り、先日のラクス嬢遭難の際の人質事件……彼らを信じ、対話を続けるべきと言われても、これでは信じろと言う方が無理です!》

熱弁を振るうパトリックの演 説を、休暇で故郷のマイウス市に戻ったニコルもまた、自宅のリビングで聞いていた。

同じく、ニコルの隣で、軍服 に着替えている父親のユーリ=アマルフィもまた、聞き入っている。

評議会議員の一人であり、国 防委員会に所属し、MS開発に携わっている人物だ。

「貴方、そろそろ時間です わ」

「ああ、解かっている」

妻であるロミナに応えながら も、ユーリは厳しい表情でディスプレイの向こう側で演説を行うパトリックに視線を向けていた。

「確かにな……ザラの言って る事は正しいさ。反対するクラインの方が解からん」

画面に映るパトリックの言葉 に答えるように呟く。

「……うん」

穏健派であるはずの父らしく ない言葉に、ニコルはどこか歯切れの悪い返事で頷く。

「お前の乗っている……『ブ リッツ』、だったか。構造データを見たが、見ればイヤでも危機感を覚えるよ……」

MSの開発に携わるユーリだ からこそ、G兵器の性能には眼を見張るものがあるのだろう。

「あの兵器を参考に、現在… 次期主力兵器の開発が進んでいるが……」

リーラが乗っているリベレー ションもまた、ユーリが奪取したGの性能を参考に開発したものだ。

それに続く最新鋭機、先行試 作機、量産機の開発が密かに進められている。

言葉を濁しながら、ユーリは リビングを後にし、ニコルもテレビの電源を切り、後を追う。

「車が来ましたわ」

妻であるロミナ=アマルフィ が玄関で、ユーリに鞄を手渡す。

「……オペレーション・ス ピットブレイク…なんとしても早急に可決せねばならん。ザラの言う通り……我々には、いつまでもだらだらと戦争などしている暇はないのだ」

「クルーゼ隊長も、そうおっ しゃっていましたよ」

「可決されれば、お前もまた 行くことになるのだな…すまんと思う……」

「い、いえ……」

父に謝罪され、ニコルも戸惑 いを隠せない。

「お前を誇りに思うよ。家に いる間は、ゆっくりと好きな事をしなさい」

「はい」

ニコルが頷くと、ユーリが家を出、ロミナも見送りのために 続き、ニコルは小さな溜息をつく。

「ふぅ」

オペレーション・スピットブ レイクの可決は、もはや疑うところのないところまできている。

可決されれば、自分も恐らく 地球へと向かうこととなるだろう。

この戦争は、何時終わるの か……そして、戦争が終わる時にまで、自分は生きていられるのであろうか……僅かな不安がニコルの心情を掻き乱す。

ニコルは屋敷内の、一部屋に 入る。

部屋の中心に置かれたグラン ドピアノに、ゆっくりと近づき、鍵盤を開く。

静かに両指を鍵盤の上に置 き、曲を奏で始める。

不安な時や悩む時…ピアノを 奏でると心が安らぐ。

静かに流れる旋律に…屋敷に 戻ったロミナも微笑み、ニコルの後姿を見守っていた。

 

 

 

アプリリウス市に、各市から 議員達が集結し始めている。

灯りの消えた小さな会議室 に、モニターの光だけが灯っている。

そのモニターを前に佇むパト リック。

モニターには、『ルシ ファー』、『ストライク』といった地球軍側のMSと、『デュエル』、『イージス』、『ヴァルキリー』といったMSの戦闘が映し出されている。

「この上、そんなものまで見 せて駄目押しをしようというのかね?」

後から声を掛けるシーゲル= クラインにも、パトリックはさして動じた様子も見せず、冷静に切り返した。

「正確な情報を提示したいだ けですよ」
「正確に『君の』選んだ情報を、か」

皮肉めいた言い草にも、パト リックは動じない。

子供達が婚約者同士であると いうのに、親同士の関係は酷く冷淡なものらしい。

「君の提出案件、オペレー ション・スピットブレイクは本日可決されるだろう……世論も傾いている…もはや止める術はない」

己の無力さに、歯軋りしなが らシーゲルは苦い口調で呟く。

『世界』という名の池に放り 込まれた『戦争』という名の小石……

小石が作り上げた波紋が…池 全体へと拡がるように……戦争は既に後戻りのできないところにまで拡がっている。

「……我々は総意で動いてい るのです。それを忘れないでいただきい」

「戦禍が広がればその分憎し みは増すぞ。何処まで行こうというのかね、君達は!」

憮然とするパトリックに、 シーゲルは感情を露にして叫ぶが、パトリックの硬質とした態度は変わらない。

「そうさせないためにも、早 期終結を目指さねばならんのです……戦争は、勝って終わらねば意味がない」

もはや、パトリックにとっ て、戦争は個人的な復讐ではなくなっている。

完全に決別した二人は、暫し 睨み合う。

パトリックは徐に、パネルを 操作し、モニターの映像を消す…それに反射して部屋には灯りが灯る。

「我らコーディネイターは、 もはや別の新しい種です。ナチュラルと共にある必要はない」

「早くも道に行き詰まった我 らの、どこが新しい種かね? 婚姻統制を敷いてみても、第三世代の出生率は下がる一方なのだぞ!」

コーディネイター達の、ナ チュラルに劣る決定的な差がそれであった。

遺伝子に変更を重ねた彼らに は、次世代への命を紡ぐ能力に、極端に欠けていたのだ。

それはなんという皮肉であろ う……ナチュラルを遥かに上回る能力を持つコーディネイターが、ナチュラルが自然に持つ命を生み出す能力に劣ろうとは………

「これまでとて、決して平坦 な道程ではなかったのだ。だが、我らはそれを乗り越えてきた…今度もまた、必ず乗り越えられる。我らが英知を結集すれば!」

頑なな態度に、シーゲルは苛 立ち、テーブルを強く叩いた。

「パトリック! 命は生まれ 出ずるものなのだ! 創り出すものではない!」

「そんな概念、価値観こそが もはや時代遅れのものと知られよ!」
シーゲルの反論を、せせら笑う。

「人は進む! 常によりよき 明日を求めてな!」

「そればかりが幸福か!?」

シーゲルの叫びも、パトリッ クの前には虚しく響く。

自分達の優位性を信じて疑わ ないパトリックには、もはやコーディネイターをナチュラルとは完全に違う存在と認識しているのであろう。

《……ザラ委員長、お時間で す。議場においでください》

スピーカーからの声に、二人 の間に流れていた空気が一時的に緩和される。

「……これは総意なのです。 クライン議長閣下。我らはもう、今持つ力を捨て、進化の道を旧人類へと逆戻りする事などできんのですよ」

念を押すように冷たく言い放 ち、パトリックは部屋を後にし、残されたシーゲルは、怒りに拳を強く握り締める。

「……我らは進化したのでは ないぞ…パトリック」

 




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