アスランとラクスの一時も終 わりを告げ、プラント内が夕闇に染まる時間帯になり、アスランは帰宅する時間となった。

「残念ですわ。夕食をご一緒 くださればよろしいのに」

残念そうに顔を顰め、アスラ ンは困ったように謝罪する。

「すみません」

「議会が終われば父も戻りま す。貴方にお会いしたいと申しておりましたのよ」

「やることも色々ありまし て。その……あまり戻れないものですから」

「そうですか…では仕方あり ませんわね」

しゅんとするラクスに、アス ランは取り繕うかのように慌てて言葉を紡ぐ。

「あ……じ、時間があればま た窺いますので」

「本当に? お待ちしており ますわ」

沈んでいたラクスの表情に、 明るい笑みが戻り、アスランは少しばかり罪悪感にとらわれる。

アスランはラクスにそっと顔 を近付ける。

きょとんとしていたラクス だったが、アスランの意図に気付くと、眼をゆっくりと伏せた。

ラクスの柔らかな頬に、アス ランの唇がほんの少しだけ触れる。

「では、お…お休みなさい」

胸が高鳴り、動悸が激しくな るアスランに対して、ラクスは別段動揺する素振りも見せない。

「お休みなさい……よい休暇 をお過ごしになって」

ラクスに見送られ、アスラン は屋敷を後にした。

エレカを走らせながら、アス ランは夕闇に染まるプラントを見詰めていた。

脳裏には、血のバレンタイン の光景が思い浮かぶ。

そう…あの時に誓ったはず だ……二度とあんな思いを繰り返させないために、自分はザフトに志願したのだ。

だが、そこで…自分の大切な 友を敵に回してしまった。

完全に決別し、次に出逢った ときには撃ち合わねばならない…だが、ラクスの口から語られたキラの内容に、アスランは歯軋りする。

「くそっ! もう無理なの か……キラ…」

どうしようもない苛立ちを募 らせ、アスランはペダルを踏み込んだ。

 

 

 

明けの砂漠の司令部では、地 図を広げながら、今後の作戦を練っている。

「この辺りの廃坑は空洞だら けだ」

サイーブの指が、地図の一点 を指す。

「こっちには、俺達が仕掛け た地雷原がある…戦場にしようってんなら、この辺だろう。向こうもそう考えてくるだろうし、せっかく仕掛けた地雷を使わねえって手はねえ」

周囲を丸く囲みながら、サ イーブはアークエンジェルの士官達に作戦を説明する。

「本当にそれでいいのか?  俺達はともかく、あんたらの装備じゃ、被害はかなり出るぞ」

ムウが忠告するように呟く と、サイーブは難しい顔で俯く。

「虎に従い、奴の下で奴らの ために働けば、確かに俺達にも平穏な暮らしが約束されるんだろうよ……バナディーヤのようにな。女達からはそうしようって声も聞く」

苦い口調で語るサイーブに、 マリューも口を噤む。

「だが、支配者の手は気まぐ れだ。何百年、俺達の一族がそれに泣かされてきたと思う?」

眼光が一瞬、鋭くなり、ムウ やアルフは重苦しい表情を浮かべ、マリューも複雑な表情を浮かべる。

「……支配はされない。そし てしない……俺達が望むのはそれだけだ」

眼光に熱い思いを滾らせ、砂 漠の男は強い口調で言い切った。

「虎に押さえられた東の鉱区 を取り戻せば、それも叶うだろう……こっちはあんたらの力を利用しようってんだ。それでいいだろ? 余計な気遣いは無用だ」

ニヤリと不適な笑みを浮かべ るサイーブに、ムウは肩を竦める。

「……OK、解かった」

余計な気遣いだったと、ムウ は苦笑を浮かべ、アルフがマリューを見やる。

「それでよろしいですか、艦 長?」

確認と同意を取るような問い 掛けに、マリューも頷き返す。

「解かりました。では、レ セップス突破作戦へのご協力、喜んでお受けします」

 

 

その頃…アークエンジェルの 格納庫では、賑やかな声が上がっていた。

並び立つスカイグラスパーか ら伸びるコードに繋がれたシミュレーターに、人が集まっている。

「おおっと!」

シミュレーターに座るカガリ が操縦桿を動かし、画面上のスカイグラスパーが敵の攻撃を見事に回避する。

だが、回避すると同時に攻撃 し、画面上のジンが撃ち落とされる。

「うわぁ、すげぇ! これで 15機目だぜ」

「へぇーっ!」

覗いていたミリアリアやカ ズィが驚嘆の声を上げる。

それに気付いたトールが、 ゆっくりと近づく。

「何やってんの?」

「あ、トール見て、この子凄 いの!」

興奮した様子でミリアリアが カガリを見やる。

今は、スカイグラスパーの予 備パイロットのテストを行っていた。

万が一に、ムウかアルフが出 撃できなくなった場合に備えて、予備のパイロットを選出しようとしたのだが、意外にも筋がいいのはカガリであった。

テストを任されたノイマンが 興味深げにシミュレーターを覗き込む。

「確かにやるね…えーと、カ ガリちゃんだっけ? 空中戦の経験ある?」

ノイマンの問い掛けに、カガ リは得意げに笑い、トリガーを引く。

最後の一機が撃ち落され、シ ミュレーションの終了と、テスト結果が表示される。

「二発喰らっちゃったな」

だがそれでも、カガリは誇る ように笑みを浮かべる。

「でも凄いじゃん! 俺なん か、戦場入った途端、落とされたもん」

「私も……」

興奮の止まぬカズィが言い、 ミリアリアもやや情けなさそうに苦笑を浮かべる。

「え…なになに、もう皆やっ たの?」

トールが身を乗り出して尋ね る。

「お前ら、軍人のくせに情け なさすぎ。銃も撃ったことないんだって? んなこっちゃ死ぬよ? 戦争してんだろ、戦争」

座席から飛び出し、どこか小 馬鹿にした口調で言い、去っていく。

「……確かに」

ノイマンが苦笑を浮かべて肯 定するが、ミリアリアは不満顔でそっぽを向く。

「なによ、威張れるようなこ とじゃないわよ、銃を撃ったことあるなんて」

「撃ったことがないっての も、威張れることじゃないぞ…軍人なんだから」

ノイマンが釘をさし、ミリア リアとカズィは気まずげに顔を逸らす。

自分達の今の立場を完全に忘 れていたからだ……

だが、トールだけは何処吹く 風とばかりに興味津々でシミュレーターに近づく。

「次、俺やってもいい? ね ね、やらせて」

「ゲーム機じゃないんだぞ」

嗜めると、トールは畏まり、 敬礼する。

「はっ、解かっております!  訓練と思い、真剣にやらせていただきます!」

「そんならよーし! ただ し、撃墜されたらメシ抜き!」

意地悪な笑みを浮かべ、ノイ マンが呟くと、トールは抗議の声を上げ、シミュレーターの周囲はまた騒がしさに包まれた。

シミュレーターを後にしたカ ガリはそのまま格納庫を徘徊する。

いくらシミュレーターをこな そうとも、既に二機のスカイグラスパーにはパイロットが決定している。

何気に後ろに立つストライク とルシファーを見ていると…横に並ぶジンに気付いた。

「なぁ、なんでジンがここに あるんだ?」

ストライクの整備を行ってい たマードックにカガリが問い掛ける。

「ああん…ああ、そいつは宇 宙であの嬢ちゃんが拾ってきたんだ。無いよりはマシだと思ってずっと置いてんだけどよ…肝心のパイロットがいないんじゃな」

ナチュラルではMSは動かせ ないので、マードックは軽く愚痴をこぼしながら、整備に戻る。

唯一人…カガリだけは、興味 津々の眼で、ジンを見上げていた。

 

 

 

賑やかな格納庫とは違い、薄 暗い静かな自室で、キラはベッドに横になっていた。

ぼんやりと天井を見上げてい ると、不意にドアが開いた。

「……キラ?」

入ってきたフレイに、キラは ゆっくりと身体を起こす。

「やあねぇ、なーに? 暗い ままで」

甘えるような口調で囁き、部 屋の照明をつける。

もう既に、この部屋を勝手 しったるの態度で寝泊りし、私物を持ち込んでいた。

彼女の持ち込んだ化粧品の香 りが、今はキラの神経を逆撫でる。

「……さっきはどうした の?」

「え?」

キラの問い掛けにフレイは振 り返り、キラは真っ直ぐに見れず、視線を逸らす。

「……サイのとこ…来てたで しょ」

先日の、無断でストライクを 動かしたサイは、懲罰として倉庫のような部屋に閉じ込められている。キラは先程、隠れるようにして見ていたフレイを一瞬、見かけたのだ。

フレイは答えず、無言のまま キラの横に腰掛け、甘えるように身をすり寄せてきた。

「……ザイ、バカよね」

唐突に呟くフレイの、予想外 の答えにキラは戸惑う。

「貴方に敵うはずないのに… ホント、バカなんだから………」

口調の中に、切ない響きが混 じり、キラは眼を見開いた。

そして悟った…フレイの本心 を……

キラはいたたまれなくなり、 フレイから離れるように移動する。

「キラ? どうしたの?」

不審げにフレイはキラを見や るが、キラは視線を合わそうとはしない。

すると、フレイはキラに寄り 掛かり、甘く囁く。

「大丈夫…キラ…私ずっ と……貴方の傍に……」

誘惑とともに胸が押し付けら れる。

「フレ……」

フレイを引き離そうとしたキ ラの唇が、フレイの唇に覆われる。

そのまま押し倒すようにベッ ドに倒れるが、キラはフレイの身体を突き離した。

「や…やめろよっ!」

予想もしなかった拒絶に、フ レイは眼を見開く。

立ち上がったキラは、背中を 向けたまま、拳を震わせる。

「……ごめん………」

小さく謝罪すると、キラは部 屋を飛び出した。

「キラ……」

フレイの声が響き、キラは零 れそうになる涙を必死に堪えながら、その声を振り切った。

確信した…フレイはやはり、 サイを愛しているということを。

フレイは、自分を愛してくれ なんかいなかったことを…せっかく得た温もりが遠ざかっていく……

絶望的な思いが駆け巡り、キ ラは通路の壁を殴りつけ、そのまま蹲ってしまった。

これからどうしたらいいのだ ろう……何に縋ればいいのだろう……キラの思いは逡巡する。

 

 

 

人工の夜の闇に包まれたアプ リリウス市の一画で、その密談は行われていた。

黒塗りの車の中には、国防委 員長のパトリック=ザラと、ラウ=ル=クルーゼの姿がある。

「では…」

「うむ…真のオペレーショ ン・スピットブレイク、頼んだぞ」

クルーゼは同意するように頷 き返す。

その真意は、未だ解からな い。

「しかし、あの男には知らせ なくてよいのですか?」

何かを思い出したように尋ね 返す。

「よい…あの男は確かに優秀 だが、如何せん、頭が堅物すぎる…しかし、奴を慕っている兵は多い……今はまだ、およがせておく」

「そうですか。ところで閣 下…彼女達の調査はすみましたか?」

切り出したクルーゼの問い掛 けに、パトリックは書類を取り、無造作にクルーゼに手渡す。

「二人とも、やはり詳しくは 解からん…諜報部に調査をさせているが」

資料には、『リン=シス ティ』と『リフェーラ=シリウス』の名が、彼女達の顔写真と共に連なっていた。

「リンの方はともかく、リ フェーラとかいう者は、迂闊にはできん。なにせ、クラインの奴が推薦してきたからな」

「…ほう」

クルーゼも僅かながら驚きの 声を上げる。

穏健派であるはずのシーゲル が軍に人材を推薦するなど、普通では考えられない…何か裏があると思い、調査を行っているものの、リフェーラ=シリウスは孤児で、身元引受人がシーゲルで あるために、表立って調査すれば、余計な隙を突かれることになる。

「リンも経歴は不明だが…奴 は使える。邪魔になれば始末すればいい…それまではな」

リン=システィの経歴は白紙 であった。

ザフトに志願する前の経歴が 完全に抹消され、解かっているのは彼女は第一世代コーディネイターであるということだけであった。

素性は怪しいものの、別段… 外部と連絡を取った形跡も無く、パイロットとしても優秀なだけに、使えるうちは使おうとパトリックは考えている。

「解かっております…私も近 々、地球に降ります」

パトリックは頷き、密談は終 わりを告げた。

 

 

 

軍宿舎に戻ったアスランは、 割り当てられている部屋に戻ると、何気に廊下に吊るしたコルクボードを見やる。

そこには、幼い頃のキラと 写った写真や、キラの母親と自分の母親の写真、クルーゼ隊に配属された時に撮った同僚達との写真が何枚も貼られていた。

写真の中で、屈託に笑い合う キラと自分の写真に触れ、アスランは僅かに唇を噛み締める。

もう…自分達はこの時には戻 れないのだ。

アスランは静かに写真から眼 を離し、部屋の奥へと消える。

写真に写るキラとアスランだ けが…微笑んでいた……

 

 

 

「人の部屋の前で何やってん の?」

唐突に掛けられた声に、キラ はビクッとして振り返る。

そこには、キラが今から訪ね ようとした部屋の主であるレイナが立っていた。

あの後、キラはレイナに会い たくなり、彼女の部屋へとやって来たのだが、何度も部屋の前で逡巡し、そこに用事を終えたレイナが戻ってきたのだ。

「あ、えーと……」

「…話? だったら入って」

大して気にも留めず、レイナ はキラを促す。

レイナに続いて部屋に入る… よくよく考えてみれば、女の子の部屋に入るのもこれが初めてだ。

部屋はキラと同じ士官用の部 屋だが、ほとんど私物が置いていない殺風景な部屋であった。

レイナはそのまま部屋のベッ ドに腰掛けると、キラに向き直る。

「…で、何があったの? 涙 なんか流して」

キラは僅かに眼を見開き、驚 いて自分の目元を拭おうとする。

「あの子とケンカでもし た…?」

図星をつかれ、キラは口を噤 む…やはり、レイナには自分の心を見透かされているような錯覚に陥る。

「キラ…あの子が自分に優し くしてくれないからって、私にそれを求められても困るのよ」

今度こそ、自分の心の奥底を 見透かされたみたいでキラは顔を俯かせた。

まさにその通りだった…キラ は、レイナに縋ろうとしたのだ。

自分の心を繋ぎとめてくれる 相手として…自分と同じ境遇の少女を……だが、それはレイナからしてみれば酷く身勝手としか言いようがない。

「私は貴方に優しくするつも りもないし、しなければならない理由もない…結局、貴方は縋る相手が欲しいだけでしょ…でもね、そもそも……戦うのが辛いからって、何かに縋って自分を保 とうとすること自体が間違ってるのよ」

冷静な口調でレイナは続け る。

「そんなに辛いなら…苦しみ たくないなら……何であの時に降りなかったの?」

キラは僅かに表情を強張らせ る。

「何であの時…地球に降下す る前にアークエンジェルから降りなかったの?」

「そ、それは……」

「ここに残ったお友達を護る ため…そんなのは理由にならないわ。貴方はただ、置いていかれたくなかったんでしょ。一人になりたくはなかっただけでしょう…その結果、貴方は軍に入るこ とを決めた」

キラの言葉を続け、レイナは 答えを呟く。

その通りだ…あの時、皆と離 れるのが嫌で…皆を護りたくてここに残ったのだ。

「理由はどうあれ、貴方は自 分でこの道を決めたんでしょ。今更、そうやって悩むこと自体がお門違いなのよ。最初は確かに巻き込まれた被害者だったのかもしれない。でも貴方は何度も選 択肢を与えられたはずよ…それを蹴ってでも、貴方は戦う道を選んだ……その責任は、他の誰でもない、貴方自身の問題でしょ? 何時までもそんな被害者面で 戦われたんじゃ、貴方に殺された同胞達は報われないわね」

その言葉に、キラはカッと なってレイナに掴み掛かった。

レイナの腕を押さえつけ、 ベッドに押し倒す。

だが、レイナは平然としたま ま、醒めた眼でキラを見詰めている。

「そうやって怒るのは…図星 をさされたから、かしら?」

「………っ!」

言い返せず、キラは唇を噛み 締める。

レイナはそのまま起き上が り、キラの腕を離す。

「……結局、貴方は寂しいだ けでしょ? ここにいても、貴方と同胞になるものはいないから……その点は私と同じね」

怪訝そうな表情でキラは顔を 上げる。

「でも、私は貴方とは違 う……私はどう足掻いても、この世界では孤独でしかいられない。私は……捨てられた人間なんだから」

「捨てられた……?」

反芻するキラに、レイナは微 笑む。

 

 

 

 

「………神様に…ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

放火が熱砂の大地を再び戦場 に包む……

決して避けられない敵との邂逅……

 

互いの信念をかけ、銃口を向 け合う……

その死闘の果てにあるもの は……

 

 

次回、「砂漠の決着」

 

トリガーを引け、ガンダム。

 



BACK  BACK  BACK





inserted by FC2 system